集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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49話

 

 

 その領主の屋敷の前、門を警備している二人の兵士が入れ替わりとしてやってきた兵士の二人と交代していく。最近東方で起こっている領主死亡事件は各地の領へと伝わっており、悪政を布いているという心当たりがある領主達はこぞって屋敷の警備を強化していた。

 仮眠をしていた兵士が門番を交代し、異常なしという言葉を伝えて二人の兵士が門の脇にある扉を開けて中へと消えていく。

 そして二人の兵士は暗い丘を見つめる。月明かりによって照らされているが、しかし町と違い、灯りは満月と、門の脇にあるかがり火だけだ。

 こうして警備を強化して数週間が経つが、襲撃者はない。しかしそれはここが狙われていないだけであり、他の領では間をおいて領主が死んでいる。

 殺人というケースが多いが、毒殺や事故死というケースも確認されているため、油断は出来なかった。

 

「はぁ……最近ぴりぴりしているよな、領主様」

「そうだな。その鬱憤を晴らすかのように、毎日励んでいるようだが」

「らしいなぁ。使い回しでやっているようだが、それでもいつ死ぬのか、と癇癪起こしているし……はぁ、なんかやってられなくなってきたな……」

「まったくだ。いつまでこんな事が続くのやら。いっそのこと、本当に現れてくれないかな」

 

 毎日毎日屋敷を警備し、休憩時間も屋敷内を回っている領主が手ごろな人を見つけては当たり散らし、町だけでなく屋敷内の空気も悪くなり始めている。実際のところ屋敷で働いている人達も領主に対して不満はあったのだ。

 中には今すぐにでもやめてやる! と心の中で叫んでいる者もいるのだが、実際にやめることは出来ないでいた。

 町の人と同じように、ここで働いている人達もまた領主に対して不満を募らせている。

 だがそれは一部であり、領主と癒着がある人物は領主の甘い汁を今もなおすすり続けているのもまた事実だった。

 だからいつかこの領主から解放されたいと願い続けていた。

 

 そして――それは叶えられることになる。

 

「――呼ばれて、飛び出て、こんばんはー……」

 

 暗がりの中から一人の女性の声が聞こえてくる。

 すぐさま門番は手にしている槍を構えて「何者だ!?」と声を上げる。それはゆっくりと暗がりの奥からゆらゆらと左右に揺れながら屋敷へと近づいてきた。右手には酒瓶を持ち、ぐいっと残っている酒を呑み干して口元を拭い、纏っているローブの中へとしまった。

 

「少し領主様に、御用がありまして……」

「このような時間に用だと? 何だ? ここで聞かせてもらおうか」

 

 槍を構えながら門番の二人は警戒を解く事はない。こんな時間に領主に用があるという女性……どう考えても怪しさ満点。というよりも、もしかするとこの女性が……。

 

「んん? ここで言っちゃっていいのかな……?」

「ああ……聞かせてもらおう」

 

 冷や汗をかきながらそう問いかけると、彼女はローブの中に手を入れ、

 

 一瞬にしてその腕がぶれた。

 刹那、二人の視界はずれる。普通に立っていたはずだが、どういうわけか世界が数センチずれたのだ。

 そのままゆっくりと女性を見つめていたはずなのに、暗い地面へと世界が落下していった。

 

「――領主の命、貰い受けに来た」

 

 痛みを感じる間もなく、門番の二人は体から別れを告げて命を落とす。それを見下ろした女性は続けてローブの中から白い狐のお面を取り出し、顔に嵌める。

 すると彼女の背後から音もなくもう一人の女性がやってくる。その顔には般若のお面を嵌めており、素顔が判別できないでいた。

 

「ほんま、鮮やかな手並みやなぁ。その点は尊敬するわ、天」

「……刹だって実力あるだろうに。謙遜は良くない」

「くす、おおきに。それじゃあ、乗り込もうか」

 

 彼女の言葉に、天と呼ばれた女性はお面の下でくすりと冷たい笑みを浮かべる。さっきまでゆらゆらと揺れていたその体はしっかりと大地を踏みしめて立っている。気の抜けたような雰囲気はもうなく、左手に持つ一振りの刀をまた抜き放ち、固く締められている門を両断した。

 蹴り破るのでも殴り飛ばすのでもなく、その刀を以ってして斬り、穴を作って中へと堂々と侵入する。当然ながら突然門が斬り破られたことで近くを警備している兵達が騒ぎ出す。

 

「な、なんだぁ!?」

「賊……賊だ!」

「侵入者だ、侵入者だぞぉおっ!?」

「出会え、出会えええぇぇ!!」

 

 あちこちからそんな声が響き渡り、そしてその声の主は片っ端から斬られていく。狐面と般若を被った女性は左右に散り、騒ぎ出す兵士達を斬り殺す。

 領主に仕えている者も、領主に反意を持つ者も関係なく。

 

「た、助けてくれっ……!」

「いやだ、死にたく……が、はっ……」

 

 首を刎ね、肩から袈裟斬りにし、情け容赦なく刀を振るっていき、兵達は次々と物言わぬ肉塊へと変えていく。背を向けて逃げ出した者には、気刃を放って遠距離から斬り殺す、という手段を用いていた。

 そうして時間をかけず、門の付近から屋敷までの兵達は全滅。

 手入れされて美しさを保っていた庭園は、撒き散らされた鮮血と肉塊によって赤く染め上げられていき、生臭く、鉄分を含んだ臭いを辺りに充満させ始める。

 生き残りがいないことを確認した二人は、屋敷内へと侵入していく。騒ぎは伝わっているようで、すぐさま数人の兵士が斬りかかってきたが、全て一太刀の下に返り討ち。

 奥へと進んでいけば脇の部屋に振るえている女中などが確認できたが、そちらは無視。

 ずんずんと奥へと進んでいき、抵抗してくる兵は斬って捨て、逃げようとした兵士も背後から閃剣で屋敷ごと斬り捨てる。

 その度兵士の悲鳴が響き渡り、女中たちも悲鳴を上げて震えている。彼女らには手を出す事はなく、しかし般若のお面の下でぶつぶつと何かを呟き続け、それに従ってそれが動いていた。

 ぽたり、ぽたりと兵達の血が流れ落ち、それが女性の呟きに従って動いているようだった。それはゆっくりと女中たちが隠れている方へと進んでいき、淡い光を放って何らかの力を行使していた。

 

「……ぁ」

 

 それを受け、女中らは意識を失ったように倒れ伏し、そのまま動かなくなってしまう。それを確認し、二人は更に奥へ。目標を、始末するために。

 

 

「く、くそ……っ! こんな、こんなバカなことがっ!?」

 

 慌ただしい雰囲気の中、一人の男が数人の共の兵を連れて屋敷を駆けていく。裏口へと一目散に向かい、この惨劇から逃げ出そうとしているそれは、この屋敷の主である。

 でっぷりと肥えた体を包んでいる袴姿はここまで走ってきた事で少し着くずれしており、しかしそれを気にする暇もない程に彼は今、恐れを抱いていた。

 殺される。

 死にたくない。

 その思いが心を埋め尽くし、この死地から一刻も早く退散しようとしている。

 自分の今までの行いが、その原因となっているというのに。彼のせいで、彼を守るために、既に多くの人が死んでいるというのに。

 

 だから、彼は逃げることを許されない。

 

「――どこへ、行きはるん?」

 

 闇の中からよく通る声で彼女はそう呼び止めた。

 それはまるで、死神の呼び止めのようで、「ひぃっ……!?」と裏返った声で領主は呻きながらびくりと体を震わせる。瞬時に彼を守っていた兵達が抜刀し、じっと声のした方を睨み付ける。

 

「……生きたい?」

 

 そうして背後からも女性の声が聞こえてくる。しかも領主に向けて問いかけるように。

 闇の中からゆっくりと姿を現したのは狐のお面を被った女性。左手に納刀している刀を携えながら小首を傾げてくる。

 

「な、なに……?」

「生きたい? ……そう豚に訊いてみたんだけど……ああ、豚だから答えを聞くまでもないか」

「……い、生きたい……っ、生きたいに、決まっているだろう……っ!?」

「ああ、そう……」

 

 何度か小さく頷く狐の女性。

 そんな彼女へと指差し、領主は「わ、わしを殺せばどうなるか……わかっておるのか!? わしは、わしはなぁ……!」と喚き散らし出すが、般若のお面を被った女性がすっと闇の中から姿を現し、

 

「――黙りぃ、豚」

 

 冷え切った声でそう言い放つ。

 殺意が篭ったその言葉に、またしても領主は震え上がる。それだけでなく、彼を守る兵もまたごくりと息を呑んでしまった。

 

「自分の好きなように女を囲み、そんな風にでっぷりと肥えるくらいたらふく飯を食って、しかし領民には苦しい生活を強いる。……くす、清々しいくらいのクズっぷりやなぁ。久々やわ、そういう豚と出会うのは」

「というわけで――逝こうか?」

「ひぃ……っ!?」

 

 前後からぶつけられる冷たい殺気に領主は今まで以上の怯えを見せる。涙を流し、脂汗を流し、鼻水に涎を撒き散らし、無様に尻もちをついてしまう。

 

「は、早く……早く斬れ! こいつらを斬るんだぁっ! で、出会え、出会えぇぇええ! わしを、わしを守るのだぁぁ!」

「……っ!」

 

 震える指先で二人を示し、兵達へと命じた領主。

 そんな様子を見て狐のお面をした女性はやれやれとため息をつかずにはいられない。ここまで醜く無様な姿を見せられては気分が滅入ってしまうというもの。しかしそれでも斬らねばならない。

 どうしたものか、と考えてみることにし、そして一つの本が頭に浮かんだ。あれも勧善懲悪な物語を紡いだ本だったっけ、とうんうんと頷く。

 一方兵達も領主の言葉に一瞬びくついたが、意を決して二人へと斬りかかっていく。それを迎え撃つように二人も抜刀し、

 

「……一つ。非道なる、クズがのさばる、月の夜」

「……口上、か。……くす、ここは乗ったろうか。……二つ。不浄なる、豚に生きる、資格なし」

 

 狐と般若が兵を斬り捨てながら詩を詠む。赤い花が咲き、それを咲かせたものは物言わぬ存在となって倒れ伏せる。領主を守る存在は次々と死に、助けを求めた声は届かない。

 何故ならば、もう……屋敷の兵は全滅しているのだから。

 

「……ああ、乗ってくれたか。じゃあ三つ。醜くも、肥えた豚には、贖いを」

「四つ。宵の刻、別れを告げよう、現世から」

「五つ。今ここに、裁きの刃、振るわれる」

「や、やめ……っ!?」

 

 最後の喚きも聞き入れず、振るわれた二つの刀は領主の首を刎ね、心臓を切り払ってしまった。そうして目的を果たした二人は一息ついた。狐の女性はさっきまで振るっていた刀の刀身を見つめ、小さく舌打ちする。

 

「やっぱりクズの血じゃあ、あまり効果はない、か。これだから、豚処理はあんま好かない」

「……せやなぁ、ま、しゃあないやん。それに、天も少し乗り気やったやん? 本で読んだ人斬りの口上」

「ああ、一つ……ってやつ? ま、何となく、ね。ああまで気に入らない奴を斬るってなるとさ、どうも気分を盛り上げる要素がないとね」

「で、口上、と」

 

 それに微笑を浮かべている般若もそれに乗っかってしまうあたり、狐と同じような気分だったってことなのだろう。般若は刀身に付着している血をふき取り、鞘へと納めていく。

 口上の事を知っているという事は、彼女もまたその人斬りに関する本の事を知っているという事なのだろう。とはいえ彼女は本を読めないのだが。

 

「ほな、最後の仕上げに移ろか」

 

 般若のお面の下で彼女は薄く笑い、指を立てて何事かを呟き出す。それに従い、屋敷を囲むように薄い赤の結界が張られていく。すっぽりと庭園を含む屋敷全てを覆い尽くしたそれは何度か明滅し、そして消えていく。

 しかしあの数秒で結界の効果は屋敷内へと伝わっている。

 

「これで処理は完了。ウチらの仕事は終わりや」

 

 その効果は記憶抹消。

 見逃してきた女中達、囚われている女性達全てに対して自分達の事に関する記憶を消し去ってしまう。今までもこうする事で自分達の正体を知られずにしている。

 こうでもしなければ、襲撃者は女性であるという事がもう既に各地に伝わっているのだから。

 

「あとは……冥の戦い、やな。獅子と戦っとるんやて?」

「……らしいよ。気になるねえ……」

「でも結界で封鎖されとるし、入られへんやろうな。ウチらはただ待つだけ」

「ま、そうか。じゃ、酒でも呑みながら待つか」

 

 またしても酒瓶を取り出して蓋をあけ、狐のお面を外すとぐいっと煽って呑んでいく。その様子を般若の女性は小さく溜息をつき、「ほんま、よぉ呑むなぁ、あんたは」と呟いた。

 その言葉に狐は小さく笑い、

 

「……酒は命の水ってね。私にとっちゃ、酒は原動力ってね」

「絶対体のどこか、いかれとるやろ?」

「あー? 聞こえないねーんく、んく……」

「……ま、あんたがそれでええんなら、ウチはうるさくは言わんけど」

 

 隣で酒瓶を傾けながら屋敷を後にしていく彼女についていき、般若もそれに続いて静かに出ていった。後に残されたのは血みどろの庭園と屋敷、そしてその中に残された生き残った女性達だった。

 

 

 ○

 

 

「我が名は――プルート・ギルガメッシュ! 今は古都と謳われし、ギルガメッシュの最後の王なり!」

 

 そう名乗り上げた彼から圧倒的な闘気と殺気が放出される。

 その名を聞きながら月は再び驚きに包まれていた。

 

 プルート・ギルガメッシュ。

 

 その名は中央の歴史を知っているならば耳にした事があるだろう。

 太古の昔に繁栄していた古都ギル・ガメス。大国として栄え、周囲の領土を統治し、平穏な歴史を築いてきたかの国は、プルート・ギルガメッシュが若くして王となった際に更なる繁栄を見せる。

 その当時は竜らが猛威を振るいだした時代という事もあり、竜に対する防衛と撃退を重視していた。また被害にあった国をプルートは救済し、その領土も吸収し統治して国の規模を拡大していく。

 対人だけでなく対竜に関しても高い武力を用意し、古代の技術を更に高めて武具も揃えたギル・ガメスの勢いは止まらず、中央一の軍事国家となり、同時にこの国に守られていれば竜に対して脅威を感じることもない、と民が集いだす。

 まさに、素晴らしき国であると誰もが思い、外は危険でも中は平和なものでこの時間がいつまでも続くものだと思っていた。

 

 それは、一瞬にして粉々に砕かれることになる。

 

 輝龍ミオガルナ。

 

 最後の星、と呼ばれる古龍であり、現在では七禍龍の一角としてその名を残している。

 かの存在がギル・ガメスに降臨し、この国を蹂躙した。様々な飛竜を討伐し、民を守ってきた屈強な兵達も、その武勇でも名を轟かせたプルートも、ミオガルナを前に敗れ去ったのだ。

 長く繁栄し、その規模を拡大させたギル・ガメスは、一夜にしてたった一頭の龍によって崩壊した。

 戦いによって輝いた無数の星、その戦いによって救われ、守られてきた小さな無数の星、そして彼らを束ね、守り、導いてきた一際輝く星。

 これらの輝きを散らし、最後に残ったのは恒星の如く輝く巨大な星。

 

「馬鹿な……プルート・ギルガメッシュだって? かの大国の王が、どうしてここに……!?」

「数奇なる運命の巡り会わせ、というものよ。我が国は滅びたが、我が魂はあそこに残り続けた。何百、何千と時を経ても、我はどういうわけかあそこに残り続けた。……それだけ我は口惜しかったのよ。一瞬にして滅びた我が国がな……」

 

 普通ならば消えてしまいそうなその魂。長い時を経て摩耗して消えてしまってもおかしくない。というか、普通は消える。ギル・ガメスが滅びたのは千年以上もの昔なのだから。

 それほどの長い時を経てもなお消えなかったとは、よほど現世に未練があったのか、あるいは他に何かの要素があったのか。

 しかしそれにしても何という運命の巡り会わせか、長き時を経てここでかの王と出会う事になろうとは。

 だが、解せない。

 今目の前にいるのは本当にプルート・ギルガメッシュだとして、その体は何なのか。

 

「この気配、シュヴァルツのものだね……どういうことかな?」

「フーッハッハッハ! これもまた数奇なる巡り会わせというものよ。我が都の跡地にどういうわけかこの体の持ち主が迷い込んできおってな、なかなか良い素材だった故に貰い受けたまでよ。……我が消えた世の中、このような興味深い種族が生まれようとは、世界は真、面白いものよな」

 

 軽く指を鳴らしながらプルートはにやりと笑って見せる。その表情は実に喜色に満ちており、溢れ出る闘気が彼が戦る気満々という事を示している。

 

「人殺しにして竜殺しに優れた魔族……くく、この血統の事を調べ、そして磨き上げてみれば、なるほど、これは確かにそれに優れた血統である事を思い知らせてくれよう。これに慣れるのに二年かけ、仲間が集って道を定めるのに一年、そして気づけばさらに三年。気づけば六年……しかし実りある六年であったわ」

「六年……? ……まさか、あの一件の後に君は……っ!?」

「察しがいいな。何やら大きな事件だったようだが、その影響かこいつが遺跡へと逃げてきたのが始まりよ」

 

 そしてこの体の持ち主へと憑りつき、意識を乗っ取って体を手に入れたというわけか。

 まるで悪霊のようだ。いや、悪霊より性質が悪いかもしれない。月は冷や汗をかきながらそう思わずにはいられない。過去の人物が……それも英雄と呼ばれても不思議ではない一国の王の亡霊が、己の滅びた国を再建するために蘇ってくる?

 なんと非現実的な事か。

 しかし事実なのだろう。これほどの覇気を一介の人が放てるようなものじゃない。シュヴァルツの血の影響も多少はあるようだが、魂を揺さぶる程の覇気はシュヴァルツの影響とはまた別だ。

 これは王が持つような気迫。人を束ね、従えるだけの覇気。これはシュヴァルツにはない才能。

 

「シュヴァルツの血の力、練磨すれば素晴らしきものよな。持ち得る力を更に高めるとは戦う者としては良き力の増幅器(ブースター)よ。……その上で、貴様を倒す。こうして貴様に会う事が出来たのならば僥倖。一つの目的が果たすには十分な環境よな」

「私を? どうして私と戦う事を望む?」

「それは神倉月、貴様が人族の中でトップの実力者故に」

「……っ!?」

 

 ぴしっ、と彼が踏みしめた部分が小さく音を立てて陥没する。にやりと笑みを深くした彼はそのまま月を前にして身構える。周囲へと無差別に溢れ出る闘気は彼を包み込むように収束し、プルートを強化させるだけに留めていく。

 

「この六年、この体での戦闘に慣らし、噂を耳にし続けたぞ。神倉一族の最高傑作にして人族の中でのトップに立つハンター。伝説に語られしミラボレアスと生涯で二度遭遇し、二度とも討伐に成功している。……そのような存在、この我が意識せずにはおれんだろう?」

「…………この私を、超えるつもりかな?」

「然り! 我が生きていた頃は我こそが人族のトップに立っておったが、今の世は貴様がトップに君臨しておる。この世に、天の座に君臨するは二人もいらん。どちらかが! その座を抱くのか、今宵決するのだ」

 

 本気だ。

 そう感じ取れば、自然と月も身構えてしまう。

 やらなければやられる。……というより、殺られる。

 

「……真、良き月夜よな。昔も今も変わらぬように、満月はいつも地上を照らし続ける。……が、地上において天に輝きし月は、今宵……落ちる! この我が落とすのだ!」

「よほど上に立ちたい、という心が強いようだね。私には、そういう事は興味ないんだけど」

「だが、貴様は長くその座に立ち続けた。ただの人にも、ハンターにとっても最も遠き天上の星……満月となり続けた。月はいつも空にあり、地上の者らを照らし続ける。決して空から落ちる事のない存在……。月にそういう意志がなくとも、あれはいつもそう在り続けるのだ。貴様と同じようにな」

 

 二人を纏う闘気は凄まじい勢いとなり、周囲の地面を抉り、吹き飛ばしていく。それだけでなく纏ったものから漏れ出たものも、ぴりぴりと音を立ててぶつかり合っていく。

 殺気と覇気が混ざりあうプレッシャーのぶつけ合い。

 これは……互角。

 

「今宵、その理を破壊しよう! さあ神倉月よ、死合おうか! 心ゆくまで堪能し、その上で新たなる伝説の一夜を彩ろうぞ! フーッハッハッハッハ!!」

 

 圧縮された気が彼の右手へと収束し、開幕の狼煙を上げるように月へと撃ち出した。対抗するように月もまた同じように気を圧縮し、プルートへと撃ち出す。

 二つの気弾はぶつかり合い、弾け、それだけで着弾点の周囲にクレーターが出来、土を吹き飛ばしていく。

 土煙が発生し、お互いの姿が見えなくなってしまう。

 その隙に、二人は動いた。

 それぞれお互いの方へと接近し、体を捻って回し蹴りを放ちあう。更にもう一撃蹴り合い、距離を取って拳を撃ち出し合う。

 

「……っ」

「……ん、く……」

 

 クロスカウンターという形となって相手の顔へとめり込んだ拳。その衝撃に二人は呻き、もう一発頬と胸へと同時に撃ち出し合う。女を殴るという事など気にしないプルートだが、彼女を呻かせるように胸を狙い、月はプルートの頭を揺さぶるように頬、顎と狙い続ける。

 お互い躱すようなことはせず、ただただ拳を打ち込み続けるだけ。完全なインファイトだった。

 だが傷ついているような様子はない。二人が纏っている気が鎧となり、ダメージを軽減しているのだろう。

 しかしそれでも気を纏った拳で殴り続けているため、気の鎧を貫通して衝撃が伝わっているだろう。それでも二人がインファイトを続行するのは耐久力が高いからに他ならない。

 月は元より、シュヴァルツの末裔という体をしているプルート。六年の時間をかけて彼はこの体に馴染むようにし、鍛え上げてきている。こんな数度の殴り合いで倒れるほどには軟ではないつもりだ。

 

「くっ、くくく……! 良いぞ、神倉月よ……! この痛み、この刺激……! そこらの輩どもとは全く心の踊りようが違うわ! もっとだ、もっと我を楽しませよ、神倉月ぃぃい!」

「……っ、圧力が増した……!」

 

 気分が乗って来たのか、プルートの覇気が増し、拳速も心なしか増幅した。これまで以上の速さで繰り出される拳が月へと襲い掛かり、それを捌きながら月もまた拳を撃ち出し続ける。

 顔、体と連続してお互いに当たる拳の量が増す。そうしてようやく、口が切れてお互い血が滲み出始めた。それを気にせず、月がねじり込むような拳をプルートの腹へと撃ち込むと、

 

「がはっ……!?」

「ふぅっ!」

 

 肺から空気が吐き出され、それでも容赦なく月はもう一発鳩尾へと撃ち込む。それにくの字に体を折り、そうなったプルートへと肘打ちを落として地面に叩き落す。だがプルートは地面に叩き伏せられたとしても、戦意を失っていなかった。

 ぐるんと横に転がり、起き上りながら足を振るって月へと足払いを仕掛ける。素早く振るわれた事で月は一瞬バランスを崩し、倒れ伏してきた月の胸を蹴り上げつつ両手で地面を叩いて起き上る。

 

「はぁっ!」

 

 そのまま横っ腹を蹴り飛ばして距離を離し、素早く腕を振るって気刃を放ち、それは月の体を切り裂いた。斜めに切り裂かれたその傷は浅手だったが、しかし流れ出る血は確かに月を傷つけているという証になっている。

 そんな彼女へと攻撃の手を止めるようなことはしない。

 

「爆ぜろ爆炎!」

「なっ……いつの間に!?」

 

 月の周囲には既に赤い粒子が漂っていた。プルートの命令に従い、それらが一斉に爆発して爆風を彼女へと叩きつけていく。障壁を張って防御しつつ煙から抜け、月も周囲に魔力の刃を顕現させて展開する。

 それらを一斉に射出して弾幕を作り上げたが、プルートはそれらを疾走して躱していく。続けて両手に気を圧縮させ、そこから刃を顕現させて構える。

 

「渦巻け烈風!」

 

 続けて命じた言葉に従い、月に向かって荒れ狂う風が襲い掛かっていく。彼女を取り囲むような動きをしていたが、しかし月が瞬時にその範囲から抜けだして迫ってくるプルートに肉薄する。

 彼女もまた気の刃を手に顕現させ、今度はお互い斬り合う状態となる。真剣ではなく、気によって作り上げられた刃だが、これも十分殺傷能力を持つ武器だ。刃同士がぶつかり合い、相手の体に掠れば傷を負わせる事が出来る武器。

 両手に顕現しているため双剣のようになり、両手を素早く振るう事で相手へと攻撃。

 それだけではない。回し蹴りを仕掛けたプルートの足にも刃が顕現し、月の腹を切り裂き、彼女を呻かせる。だが彼女とて負けてはいない。

 すぐに体勢を立て直して反撃の刃を繰り出し、連続してプルートへと斬りかかって傷を負わせていった。

 これもまた、互角。

 甲高い音が連続して響き、時折血が舞い上がって地面に落ちていく。

 繰り広げられる剣劇は常人には目で追えず、しかし洗練された技術によって鮮やかなものへと仕上げられている。

 そんな中でプルートは相変わらず笑みを浮かべており、実に楽しそうだった。月をトップの座から引きずり下ろそうとしているが、同時にその死合いを楽しんでいるようだ。興奮を抑えきれないように口元を歪めながら斬り結んでいる。

 

「フハハ、フーッハッハッハ!! 神倉月よ、余興でこれだけの興奮を感じさせてくれるとは、貴様は真、いい女よ! 世が世ならば貴様こそが我が好敵手として覇を競いあえ、我が心を躍らせる友であったろうに!」

「かのギルガメッシュ王に褒めていただけるとは感慨深いね」

「だが、そろそろ余興はこれくらいにしておこうか? 貴様の本気はこんなものではないのだろう?」

「…………」

「この程度のもので人のトップに君臨するほど人は弱くはない。……貴様の真価はまだ眠っているのだろう? 我にそれを見せてみよ。そしてその状態での貴様に勝つ事で、真の意味で我は貴様を超えたと証明できるのだ! フーッハッハッハハハハ!!」

 

 一度距離を取り、挑発するように月を指さしながらにやにやと笑みを浮かべ、最後は高笑いをする。彼の目的は月を倒して自分こそが人族で最強の座を獲得する事。今の彼女が本気ではなく、力を抑えているのだという事は容易に察する事は出来る。

 神倉一族がどういう一族だったのか、彼女がどのような人で、どれだけの実力がありミラボレアスを討伐した過去があるのか。それらを調べていけば彼女の大まかな実力は推し量れるし、彼自身も過去はかなりの実力者という事もあり、月の中に隠されている力がどれだけあるのかもまた読み取る事が出来るようだ。

 それにシュヴァルツの目を以ってすれば、隠された力の渦くらいは見抜ける。なにせ相手の生命力すら練磨すれば見通してしまうだけの力があるのだ。

 

「どうした? 我に貴様の真の力を見せてみよ」

「…………」

「……もしや、乗り気ではないと?」

「言っただろう? 私はそういう事に興味はない、とね。君と死合う事もまた興味はない。今日はこれで終わらせ、退散してくれないかな?」

「なんとつれない女よ。……それともそれだけの力を持ちながら、死合う事に対して遠慮があると? フッハッハ、これはまた面白い! 力があるが故に死合わない、と言うか?」

 

 なるほどなるほど、と大仰に何度か頷き、「よかろう! 貴様が乗り気でないならば、我がその気にさせてやろうぞ」と宣言し、両手の構えを解き、ゆっくりと体の前で円を描くように腕を回す。その軌跡に従って粒子が円を描きだし、その円の動きを縮めていき、最後に両手の拳を打ち合わせた。

 

「古より眠りし我が枷の門、今ここに開かれん。封じられし力、眠りし力、ここに解き放ち冥王へと還りたまえ!」

 

 彼の詠唱に応え、粒子の円周移動が速くなり、強い光を放ち出す。眩いばかりのその光はやがて紫、黒と暗い色へと変化していき、プルートの打ち合わされた両手が離れればその円の中に門が見え始め、それが開かれる。

 

「……っ、これは……そうか、彼もまた、力を……その魂に刻まれ、引き継がれた力を封じていたということか!?」

「然り! かつての力を完全には取り戻せんかったが、この身に引き継がれたシュヴァルツの血により、それに近しいものにまでは蘇っておる! それに加え、我にはかつての武術、魔道の記憶が存在する! 昔の我とはまた違う、新生プルート・ギルガメッシュの力を見せてやろうぞ! ……この我に飲み込まれたくなければ、さあ神倉月よ! 貴様もまたその秘められし力を解き放つがよい! 余興は、前座はこれまでよ! これより、(まこと)の死合いを始めようぞッ!」

 

 月をその気にさせるためにも、彼は先に本気の姿を公開した。それまでとは格段に違うプレッシャーと渦巻く覇気と魔力。金色の瞳には真紅の色が混ざりだし、シュヴァルツとしての力もそこに表しているらしい。

 これほどのものを人間だったプルートが持っていたというのか? 今はシュヴァルツの末裔の体を持っているが、それにしてもこれほどのものとは思わなかった。本能から来る恐怖心、帝王を前にするかのようなプレッシャー。戦場に出れば敵兵を皆、震え上がらせて戦意を砕きかねない程の殺意。

 

(……獅鬼……いや、羅刹に迫りかねない程のもの。古代の王はこれだけのものを纏っていたというのか。…………やむを得ない)

 

 かつての最大の敵、神倉羅刹と同格ともなれば……選択肢など存在しない。

 彼と違うのはプルートの標的は自分だけと言うだけか。しかも目的が自分を倒して最強の座を獲得するだけ、というのだから彼と比べれば全然マシかもしれない。

 だが、負ける気などありはしない。

 ここで敗れれば……これだけの力がぶつかり合えば、敗北が意味する事は一つ。

 

 ――死。

 

 死ぬわけにはいかない。

 自分にはまだやるべき事があるのだから――!

 右手の指を二本立て、顔の前から胸まですっと落とし、左から右へと動かせばその軌跡に従って粒子が青く光って十字を描いた。その中心へと握りしめた拳を置き、鍵を回すように手首を返す。

 

「十字の紋章の門よ、今ここに開け。我が身に課せられた幾多の鎖は解かれ、その奥に眠りし力、今目覚めん。我が力よ、呼び声に応え、再び我が手に蘇りたまえ」

 

 彼女の封印が――解かれる。

 

 

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