集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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50話

 

 十字の光が更なる輝きを増し、その周囲へと青い光が円となって現れ、その円の中に複雑な紋様を描き、最後には十字の紋章を抱く円形の門となる。

 月の右手を中心として門はゆっくりと開かれていき、それに従って奥から眩い蒼の光が解き放たれた。

 

「おぉ……!」

 

 その光の奔流にまたプルートは笑みを浮かべながら感嘆の息を漏らす。その表情は少し恍惚としており、喜びに震えるように体を震わせながらその蒼い光とそれに包まれていく月を見つめていた。

 それはまるで想っている女性を見つめる男性のようにも見え、好敵手とぶつかり合えることを喜ぶ戦士のようにも見える。

 光の奔流に乗ってプルートに迫る程の凄まじいプレッシャーと覇気、気と魔力が放出されていく。普通ならばその凄まじい力に度肝を抜き、心を折りかねないが、プルートは逆だ。むしろ歓迎するように、その力を抱きしめるように両手を広げて全身で浴びていた。

 

「……ふは、フーーッハッハッハッハ!! 素晴らしいッ! これが、これが今代の最強を名乗る女の本気か!? 最、高……ではないかぁ……ッ! 人は、これほどまでの力を手にする事が出来る! この力を超える事が出来れば、我は再びその座へと立つ事が出来るのだ……! そして我は、かの国を再建しようぞ! その上で、再び訪れるであろうかの龍へと一矢報いよう!」

「……かの龍? ……ミオガルナ、か」

 

 プルートの歓喜の叫びを聞き、月は一歩前進しながら光を霧散させる。ぴりぴりとした冷たい空気が震え、彼女を纏う気と魔力の鎧は先ほど以上の硬度と力を誇り、蒼い光となって目視できるようになっていた。

 

「つまり君は、かつて自分の国を滅ぼしたミオガルナを討伐する事、それもまた目的の一つとしているわけだね?」

「当然であろう! かつて敗れはしたが、時代は変わり、我もまた変わった。再度現れるような事があれば、我は奴を討たねばならん。そうして雪辱を果たすのだ。そうしなければ我は未来永劫、古龍に敗れし王として名を刻み続けることになる! それは、我がプライドが許さんッ! 我が敗れた事で我が国へと集い、消えていった多くの民にも浮かばれはせんわッ!」

「……なるほど。それが君の目的というわけだ。……ならばこそ、この戦いは無益だよ。ミオガルナは七禍龍に数えられし古龍。一人で討伐できる程、生易しい相手じゃない。手を組もうじゃないか、プルート・ギルガメッシュ。君と私、手を組めばかの龍に勝てるだろう?」

「否ッ! それは否ッ! 神倉月よ、我は言ったぞ? 我はかつて貴様が座しているそこに立ち、国を、兵を率い、中央を駆け巡った。敵国を討ち、竜を討ち、古龍をも討った! 我に並ぶのは我が従えし者のみ! そしてこうも告げたぞ。天に輝きし星は二つもいらん。淡く地上を照らす満月か、昏い光で地上を見下ろす冥の星か。これはそれを決する戦いであると!」

「二つの星は並べるはずだよ。……私は君の配下にはなれないが、同盟を組める。それではダメなのかな?」

「断る。貴様の名は良くも悪くも広く知れ渡っている。貴様の名声がある限り、我が名を再び世に知らしめることなど出来はせん。故に、我は貴様を討ち倒し、超えねばならん。……それに貴様も知っておろう? 満月と朝陽は、同時に空に輝く事はない、と」

「……ッ!?」

 

 彼の言葉に月は息を呑んだ。まさか、それすらも彼は知ったというのか?

 苦い表情でプルートを見つめれば、彼は小さく手を広げて首を振ってみせている。

 

「それと同じ事よ。二つの星は、空で輝かん。例え輝いたとしても、どちらかが強く輝き、どちらかは薄くしか輝きはせん。そして人は強く輝く星へと目を向ける。そういうものよ」

「どうしても、やるんだね……?」

「くどいぞ、神倉月。これでもなお気乗りしないのならば――遠慮なく殺すぞ?」

 

 一瞬にして冷え切った空気が月へと襲い掛かってきた。底冷えし、体の芯から震え上がる程の殺気……かと思ったが、そうではない。いや、それだけではない、と言うべきか。

 吐いた息すら白く凍えさせるほどの極寒の冷気がプルートから放出されているのだ。

 

「永久凍土の冷気! 具現せよ蒼剣、蒼槍!」

「っく……出でよ、灼熱の業火!」

 

 魔法陣が複数顕現し、天上より降り注ぎしは冷気によって形成された剣と槍。先ほど月が繰り出した魔力によって作られた刃の群よりも鋭い得物となり、月の時よりも多くの数を揃えて撃ち出される弾幕となる。

 それに対抗すべく高温の炎を作り上げてそれらを消し飛ばしにかかる。

 氷には炎を。

 それらを溶かしつくして無力化させにかかったが、プルートはその氷だけでなく冷気すらも操って極寒の冷気で炎すらも無力化しにかかる。燃やすという現象すらも凍結させにかかり、全ての時を止めるその波はじわじわと月へと迫っていた。

 

「これほどのものを行使する魔法……っ、そんなものが存在するとは……!?」

「存在する。……いや、正しくは存在していた、だな」

「していた?」

「そう……遥かな昔、我が生きていた頃は存在していた。所謂、古代魔法というものよ。……知っておるか? 魔法……すなわち、魔道の理は魔族だけに与えられたものではないという事をな……!」

「なん、だって……?」

 

 迫り来る寒波を避けるためにそこから離脱し、プルートへと回り込もうとした月だったが、彼の周囲の大地は凍結している事に気づく。その中心に立つプルートは、自身の周りに張った障壁によってそれから逃れている。

 彼が月を示すように指させば、冷気が月を逃さないとばかりに目標を定めて無差別に全てを飲み込んでいく。

 

「おかしいとは思わぬか? 魔族だけに与えられた力、と謳う魔法。粒子さえ感じ取れるならば魔法は扱えるとあるが、しかし中には人間にしてはおかしい程の魔力を誇り、優れた術者として名を馳せた者も存在する。……ルナ・フォックスといったか? 稀代の魔女として人間の中で優れた者として名を残しておるようだな」

「そうだね。才能ある人物だったというけど……しかし長い時を経てそういう人物が現れてもおかしくはないだろう? 今の世の中、過去に魔族と交わった人もいる。自分がその血を引き継いでいるという事を知らずにいる人だっているんだ」

「ふむ。……だが、それでも人間が魔法使いとして力を振るうのは過去では妙な話となった。魔族だけに与えられた才能、と当時の者らは思った事だろう。しかし才能とは、何もない所から生まれるようなものではない。特に魔法に関しては全く才能がない者すらいるのだ。人間ならばそれが多かろう。……それが、正しい。魔法は、魔道は才能ある者のみが手にする事が出来た神秘の技術。太古の昔に確立された高度の技術の名残! そして歴史から“何か”抹消された技術よ!」

 

 ぐっと拳を握りしめてプルートはそこに左手の拳を打ち付ける。瞬間、月の側面から殴り飛ばすかのような圧縮された空気が迫ってきた。風切音を感じ取って咄嗟に障壁を張り、防御するが、その鋭さは強引にそれを打ち破りにかかる程。

 プルートへと迫ろうと思えば、あの冷気を何とかしなければならない、と月は高速で術を組み立てつつイメージをし、両手を前に出してそれを顕現させた。

 

「ブレイク。その術式を破壊せよ!」

「――ッ!?」

 

 極寒の冷気を作り上げる……自然を操る魔法には魔力と粒子が必要だ。それは例外なく適応され、この古代魔法とやらもそれに従っている。ならばこの充満している冷気の粒子に干渉し、これだけのものを作り上げているその粒子の働きを――破壊する。

 魔法破壊の一種。

 相手の行使しているその術を問答無用に無力化するものであり、これが通用すれば何であれその効果を失う。

 月はそれに、勝った。

 瞬時にして極寒の冷気は霧散し、通常の空気が戻ってくる。そうして月は一気にプルートへと迫り、ローブの中に手を入れてラストエクディシスを抜いた。

 迫る月へと対抗するように、プルートもローブの中に手を入れ、一振りの得物を抜く。

 それは形状としては大剣だろう。刃の部分は硬く鋭い骨と爪と牙によって構成されている。背はたてがみが覆い、鋭い毛がびっしりと埋め尽くされていて、それ自体が今もなお息づく獣を感じさせる。

 

「それは……まさかオルガロンの武器!?」

「然り。銘を、天狼極剣【月蝕】。……クク、今この状況で振るうに相応しき武器だと思わぬか? そら、こいつも貴様を喰らいたいと吼えておるわ!」

 

 しかもこれは鋭い切れ味を誇る大剣というだけでなく、強い冷気を纏っている。どうやら氷属性も内包しているらしい。武器が武器のため、これを作り上げるにはかなり強い個体のオルガロンを討伐していかないといけない。

 どうやらこの男、ハンターとしても優れた戦士らしい。

 天狼極剣【月蝕】を振るえば鋭い刃と共に冷たい空気も同時に襲い掛かり、それを防ぐためにラストエクディシスで受け流していく。だが、形状が普通の剣ではなく爪と牙が生える、というもののため完全に受け流す事は出来ず、肩が僅かに斬られてしまった。

 

「く……ならば!」

 

 月はラストエクディシスをしまい、代わりに封龍剣【真滅一門】を抜く。これはあの一件の後入手した素材を使って一部を強化させた一品だ。封龍剣【超滅一門】を更なる強化を施そうとしたが、しかし完全に強化する事は出来ず、完全な封龍剣【真滅一門】には至っていない。

 恐らく真なる封龍剣【真滅一門】とするには、紅龍だけでなく祖龍の素材も必要なのだろうが、祖龍は伝説の中の伝説。遭遇する事は不可能だろう。

 だが完全体ではなくともこれはG級の武器。プルートが振るう剛種の武器とは渡り合える代物だ。

 

「なるほど! 伝説の黒龍らの素材で作り上げた代物か! 良いぞ! 続けようぞ!」

 

 お互いが振るう大剣同士がぶつかり合い、そして凄まじい衝撃波が周囲に放出される。内包する強い龍属性と氷属性が具現化し、行き場を失ったエネルギーが周りを無慈悲に吹き飛ばし、凍らせていく。

 

「おおおぉぉぉッ!」

「はああぁぁぁッ!」

 

 だが二人はそれを気に留めず、腹の底から声を張り上げてそれぞれの大剣を振るい続ける。二人が吼えれば、二人の得物もまたそれに呼応するように力を発揮し、龍と氷の力は更に力を増してぶつかり合った。

 エネルギーの余波だけで地面が破壊され、衝撃波が発生してお互いを傷つけている。剣がぶつかり合う事で攻撃と防御が成り立ち、斬撃のダメージは与えていないのに、衝撃波だけで二人は傷つき始めていた。

 

「そらそらそらぁぁあ!」

「ふっ……はぁぁあッ!」

 

 その程度の傷と二人は割り切ってただひたすらに大剣を振るう。肩が、腕が、体が小さな傷をつけ、血が吹き出してもなお高速で重量のあるそれを振るう。

 振り下ろし、薙ぎ、振り上げ。目では追えない程の速さで振るわれる竜殺しの凶器はしかし、お互いの技量によって決定打を生み出さずに振るわれ、周囲を破壊し尽くす。

 二人が立っている場所だけは無傷であり、周囲数メートルにわたってひび割れ、陥没し、凍結している。これは全て龍属性の衝撃波と、氷属性の衝撃波の産物だった。

 不意にプルートは片手で天狼極剣【月蝕】を持ち変え、左手を振るって魔法も同時に行使する。

 

「裁きの轟雷! 雷の鉄槌を振り下ろせ!」

「っ!?」

 

 月の足元に黄色い魔法陣が描かれ、そこを狙って高圧のエネルギーが収束する。空間転移を瞬時に構築して離れた刹那、耳を劈く程の雷が降り注いだ。眩いばかりの光の奔流と、大地を焼き焦がすだけの雷のエネルギー。

 しかもプルートはその余波をかき集め、月が逃げた方へと圧縮して撃ち出した。

 それを躱しながら月が封龍剣【真滅一門】を振り抜き、龍属性を内包する気刃を放つ。数メートルを一瞬にして両断する程の刃は、盾のようにして構えられた天狼極剣【月蝕】によって防がれる。

 が、完全に防ぎきる事は出来ず、刀身が僅かにひび割れてしまった。

 

「如何か? 歴史から抹消された魔道の力の味は?」

「……歴史から抹消される……、それはどういう意味だい? 君の国が滅びると同時に、伝える人がいなくなった、というだけではないのだろう?」

「そう。あの頃は我もただの人間。しかし人間にして我はこれだけの術を行使できていた。我だけではないぞ? 才能ある人間たちで構成された魔法使いの部隊も存在していた。あの頃は、世界には人間もまた魔法を、魔道を極める事は出来ていた」

 

 語りながらプルートは天狼極剣【月蝕】を構え、己の気を高めて纏わせていく。それに続くように月もまた封龍剣【真滅一門】を構えて気を高めていく。

 これは決戦の一撃だ。

 己が持てる最大の一撃を放ちあい、それを受けるのか躱せるのか。受けたとして耐えきれるのかを競う一撃。

 その中で、プルートは過去を語り続ける。まるでそうする事によって当時の事を思い返し、その時の感情を力に変えていくかのよう。

 

「剣道、武道と同時に、魔道も才能があれば誰でも高められる世界。しかしこれは我が国が滅びると同時に、“何か”によって歴史から失われた。我がそれを知る事が出来たのは恐らく、魂だけの存在となって現世から離れたからであろうな。……っと、それ故に珍妙な事を言っているのではないぞ? 我は確かに感じ取ったのだ。世界が歪められるような、そんな奇妙な空気が世界を覆い尽くしたのをな。その後、長らく魔道は世界から失われ、そして竜人族から派生した種族、魔族が魔道ではなく魔法と名を変え、獲得するまで続いたのだ」

「つまり、古代では確かに魔法は……魔道は誰もが持つ技術として存在していた、というわけだね?」

「然り。“何か” は我が国を滅ぼすだけでなく、人から一つの牙を奪ったのだ。古代技術が失われるのはよかろう。あれは確かに人には過ぎたる技術だ。それ故に竜からの報復が来るのも頷けよう」

 

 イコール・ドラゴン・ウェポン、と呼ばれるものがある。

 これは通称竜機兵と呼ばれ、古代の生体兵器とされている。これが発見されたのは古代の遺跡であり、それはラオシャンロン程の巨大さを誇り、ワイヤーか何かで吊るされた状態で放置された状態にあったという。

 これらもまた竜の素材を使用され、人の手によって生み出された存在であり、恐らく竜に対抗するための兵器として開発されたと予想される。しかもこれを一つ作るのに使われた素材は竜を三十頭あまりの素材を必要としていたのではないかと予想され、これを作るために多くの竜が狩られたという事を示している。

 人と竜との大戦はこれを人が作ったことによって竜が牙を剥いたと想像するにたやすい。

 しかし同時に、古代文明はどれほど高度な技術を持っていたのか、と現代の人々に新たに想像させるような要素だったという事でもある。

 プルートが生きていた当時はその真っ最中だったのか、あるいはその少し昔の出来事だったのか。それはわからない。

 

「……だがッ! 人の牙を歴史から抹消しようとは許しがたい! その“何か”の正体が神であるならば! 我は神にも挑もうぞ! 我が道を阻んだ敵として、我は神に挑む事も臆しはせんわぁぁああッ!!」

(――神……っ!?)

 

 刹那、頭によぎったのはこの世界を支配しているという龍神。

 竜と古龍らを生み出し、束ね、この世界の外に存在し、長い歴史をかけて見守り続けているという存在。

 人族の間では伝説の中の伝説として伝えられ続けている白き祖龍。

 

 ミラルーツ。

 

(まさか……祖龍が関わっている、のか……!? そんな、古代から? いや、竜を生み出したのが祖龍なのだとするとなにもおかしい事ではない。となれば、ミオガルナを使ってギル・ガメスを滅ぼし、魔道を抹消したとすると、彼を殺したのは祖龍の意思。……しかし、魂だけは残り、今こうして目の前にいる。これを祖龍が知らないはずはないだろう)

 

 高められていく気の中で、月は高速で考え続ける。

 キリン、テオ・テスカトル、ミラボレアスといった古龍らをも従えていたのならば、ミオガルナもまた祖龍の配下。ならばミオガルナがかの時代に現れたのも祖龍の意思。

 推測するにその国の規模が大きくなりすぎたために粛清したのだろう。それによってプルート・ギルガメッシュは若くして命を落とし、それを未練として世界に留まり続ける。

 同時に魔道の歴史を抹消し、古代魔法は失われ、長い歴史の間をおいてゼロから再び魔法の道が拓かれる。

 そして今、プルート・ギルガメッシュは月の前に現れた。シュヴァルツの末裔の体を乗っ取り、己の国を再建し、自分を殺したミオガルナらへと反逆するために。その前段階として神倉月を超える。

 

(――――まさ、か……)

 

 月は……気づいた。

 気づいてしまった。

 そして、戦慄した。

 

(彼らの狙いは、シュヴァルツの抹殺と言っていた。そして、私もまたその血を受け継いでいる。しかし私は……人族の中でトップに君臨し、竜らを相手にしても容易には死なない。……そんな私を殺すための……存在……ッ!? 祖龍の……神の意思は、プルートと私を戦わせ、私を――殺す事ッ!?)

 

 瞬間、誰かが笑みを浮かべた気がした。

 その冷たい笑みを感じ取ったのか、あるいは目の前のプルートの名剣のような鋭い刃のような覇気を受け、月はそれに飲み込まれてしまった。

 いつもの彼女ならば、それに飲み込まれる事はなかっただろう。

 しかし彼女は、気づいてしまったのだ。

 プルートの強き意志と、それすらも計算に入れた龍神(はくおう)の意思に。

 

 ぶつかり合った覇気が、均衡を崩す。

 

 それを見逃すプルートではなく、体勢を低くして天狼極剣【月蝕】を上段へと構えられたそれを、強く薙ぎ払った。

 

「受けてみよ、我が――軍をも飲み込む蹂躙の剣閃をなぁぁああ!!」

 

 振りかぶられた天狼極剣【月蝕】から大波の如く全てを飲み込み切り裂く波状の剣閃が放たれる。それは大地を吹き飛ばし、瞬時の凍らせてもなお勢いを失わず、それらを飲み込みながら大きくなって世界を蹂躙する。

 蹂躙しながら群れの規模を拡大させるような斬撃と凍結の波。

 それを前に、月もまた構えた封龍剣【真滅一門】を一息に振り抜いた。

 迫りくる大波を両断せんとする縦の剣閃。大剣の最大一撃とされる溜め斬りをそのままに、纏われた彼女の気と魔力がうねりを上げて、鋭くも巨大な剣閃となってプルートの剣閃に対抗する。彼の気迫に呑まれはしたが、しかし持ち前の気と魔力によって作られた剣閃は大波を裂き、威力を落としながらもプルートへと迫っていった。

 一方大波も切り裂かれはしたが、凍結の力があるために割れた部分が冷気によって繋がり、そのまま月へと迫っていく。

 

 そしてそれらは、二人を呑みこんだ。

 

「――っ、は、ぁあ……ッ、が、は……」

 

 一方は体を切り裂かれ、

 

「――か、ふ……っつ、ぅぅ……」

 

 一方は全身を切り裂かれる。

 

 そのまま二人は膝をつき、震える腕で何とか大剣を杖のようにして体を支えている。

 着ている服は傷口から流れる鮮血によって赤く染まりだし、月の場合はそれだけでなく大部分が凍結して霜が出来ている。

 被害状況は一見すれば月の方が酷い。体中が切り裂かれ、出血し、しかし凍結によって血すらも凍り付き、風になびいていた美しい蒼い髪もボロボロの状態だった。

 対してプルートは肩から腹へと斬られているが、致命傷には至っていない。だが威力が落ちたとしてもそれは紛れもなく必殺の一撃であり、深手という事は変わらない。このままでは失血によって倒れるほどの血を流している。

 

「決まらぬ……か。ならば、もう一撃繰り出すまでよ!」

「させ……ないっ! 終わらせて、みせよう……!」

 

 震える体に喝を入れて二人はもう一度それぞれの大剣を構えて振りかぶる。放たれた剣閃はお互いぶつかり合い、霧散する。だが月はそれに合わせて魔法を行使していた。

 それはプルートの足元から顕現する。

 四本の鎖がそれぞれプルートを縛り上げるように絡みつき、その動きを止めてしまった。負傷しているプルートにこれを解く術はない。続けてプルートの意識を飛ばすための術を行使しようとしたが、突如その体が硬直してしまった。

 

「なっ……」

 

 驚きの声が漏れる。視線を下げれば、体を覆っていた霜の範囲が広まっており、氷へと変化して全身を覆い尽くすようにして月を蝕んでいた。

 それだけではない。

 月の周囲の空気が凍結し始めており、これらを溶かそうとした炎の展開も出来ない。魔力を振るって吹き飛ばそうとしても、頭が回らない程にまで体力が削られていた。

 

「……残念だったな、神倉月よ……。一歩、我が先を往くようだ」

「くっ……ぅぅう……!」

 

 それでもこのまま終わるわけにはいかない、と月は力を振り絞る。彼女の不屈の心に従い、彼女の血が効力を発揮して体を蝕む氷を少しずつ剥離していく。それに従って彼女の顔に少しずつ赤い紋様が浮かび上がっていく。それは顔の左半分を侵食しだし、左目の蒼が赤へと変色しだした。

 

「シュヴァルツの力、か……ここに来て、神倉月を生かそうというか。……が、それすらも無力と化す事を、思い知らせてやろうぞ」

 

 プルートもまた息も絶え絶えだ。彼を縛り付ける鎖が彼の力を削ぎ落し始めているのだ。これはただ対象を縛るだけではなく、無力化する事も念頭に入れた術らしい。こういうところも彼女らしい術だった。

 だが、プルートは無力化する、という事など考えない。

 勝つならば全力で叩き潰す。勝者と敗者をはっきりと分けるために、完膚なきまでの敗北を。そして確実なる勝利を。それによって敗者が死んだとしても、それもまた一つの結果であり、全力を出して相手が倒れ伏し、生き残ったならばそれもまた一つの結果として受け入れるのだ。

 だから――彼は躊躇する事はない。

 ゆっくりと縛られている右手を天狼極剣【月蝕】から離し、重力に従ってそれは下へと落下し、倒れてしまう。そのまま右手の指先を月へと合わせ、彼は唄うようにそれを紡いでいく。

 

「雷神の神雷……! 天より来たりしは……全てを無慈悲なる裁きの(つるぎ)。地上の贄を喰らい、その名を……知らしめるものなり……っ! 今こそ、天の門を開き……、その御業を……世に示せ!」

「――――っ」

 

 途中で言葉が途絶え、息が掠れてもなお、彼はそれを唱えきった。言葉が紡がれるたびに周囲の粒子は魔力の導きに従って月の周囲へと渦を巻き、まるで竜巻のように空へと上がっていく。

 見上げれば、天上に魔法陣が作られていた。

 黄色い粒子が渦巻く空に、プルートの言葉に従って幾何学的な紋様が描かれていき、それは二重、三重と月へと向かって下がりながら作られていく。

 このような魔法を、月は知らない。

 蒼い瞳と赤い瞳はその動きを捉え、そして……言葉を失った彼女は、ただ身を任せるしか出来なかった。

 

 感じ取ったのだ。

 自分の今の状態と、あれが生み出される古代魔法の威力を比べれば、どのような抵抗も無に帰す。

 

 空間転移?

 

 それを行使できるだけの体ではもうなかった。

 彼女を閉じ込める檻のように、冷気は今もなお彼女の周囲に存在している。体の感覚はもうほとんどない。痛みすらも凍結してしまっており、彼女の体力は先ほどのインファイト、剣撃、そしてお互い放った最大の気刃とこの冷気によって限界に近かった。

 

 ――詰んでいた。

 

(……これまで、か)

 

 頭上で展開されるそれに照らされながら、月は観念したように頭を下げる。

 見れば、プルートも鎖によって縛られながらもじっと月の様子を見据えていた。まるで彼女の最期を見届けるかのように。

 その表情に笑みはない。彼は真剣な表情で月を無言で見つめていた。

 しかしその表情を見つめている月の瞳の力は弱まり始め、視界が悪くなり始めていた。

 

(未練は多いけど……これが、私の道の終焉。……いや、まだ、もう少し道を伸ばす)

 

 月は手にしている封龍剣【真滅一門】を見下ろし、それをローブの中へと入れていく。右手があまり動かないが、それでも彼女は歯を食いしばり、体を震わせながらもローブへと完全に収めた。

 続けて血色が悪くなっているその口を何とか動かし、白い息と混ざって「……コード、てん、そう……。ポイン、ト……ベータ……」と発した。すると彼女の背中からそのローブが消え去り、その場からなくなってしまった。

 

(これで……よし)

 

 最後の力を振り絞ったせいか、視界がおぼつかなくなっている。霞がかかったかのように目の前が見えなくなり始めていた。それでも頭上でエネルギーが収束し始めているのだけはおぼろげに感じ取れる。

 そうした中、まるで走馬灯のように頭の中で様々な人物が浮かんでは消えていった。

 

(ごめんね、みんな……私は、もう君達と共に戦えないようだ……)

 

 先日まで交渉し、共に戦おうと誓い合った人達。

 その中へと送り込むことを約束した彼女にも、彼女を出すために待ってくれているルーシーにも会えなくなる。

 

(獅鬼、姉さん……もうすぐ、そっちに逝く事になりそうだよ。……まだ、やらなければならないことがあったのになぁ……)

 

 最後にはあの二人が浮かんできた。

 あの戦いで喪った血族。彼らに会うのはまだまだ先のつもりでいたのに、どうやら随分早まってしまったようだ。それでもあの二人は自分を優しく出迎えてくれるだろうか? それとも少し怒るだろうか?

 そんな事を考えながら、天上で高まったエネルギーが解放される時を待つ。

 

「……さらばだ、神倉月。貴様との戦いは……、我が新たな道の誇りとしよう。安らかに眠れ、我が好敵手……!」

 

 そのプルートの言葉を耳にしたような気がした時、月の頭上から今まで以上の力を秘めた雷が降り注いだ。

 眩いばかりの光の奔流と、鼓膜を傷つけ、体を吹き飛ばしかねない程の衝撃。数秒程度の時間ではあったが、それはまさしく神の雷といってもいい程の轟雷。そのあまりの威力に大地が穿たれ、周囲を展開していた結界すらも破壊してしまう程のもの。

 結界が破壊された事で一瞬にして周りの状態は修復されていったが、今そこで起こった事だけは修正できずにその名残を残す。

 抉り飛ばされてしまった場所の中心には、無抵抗に雷を受けた月が存在し、ゆっくりと地面に倒れ伏した。それに続くようにプルートを縛り上げていた鎖も消えてしまう。

 

「……っ、と……」

 

 解放された事で自由を取り戻したが、しかしプルートは体勢を崩して転んでしまいそうになった。慌てて体勢を立て直すが、それでも膝をつき、倒れ込んでしまった。思った以上に体力が減り、それだけでなく鎖に力を奪われてしまったらしい。

 だが、この事実だけは実感していた。

 

 神倉月に勝った。

 

 現代の人族最強と謳われた彼女の本気を前にし、自分は勝利を収めたのだ。

 今ここに、新たなる伝説が刻まれる狼煙が上がる。

 

「……フ、ハ……フハハハ……フーッハッハッハ! 我の、勝利だ……! 今ここに、新たなる伝説が……産声を上げる……っ!」

 

 震える腕で体を支え、ふらつきながらも彼は起き上り、再び大地を踏みしめる。そうして離れた所で倒れ伏している月を見下ろし、よろめきながら彼女へと近づいていった。

 うつぶせに倒れている彼女を起こし、仰向けにすれば、ボロボロになりながらもまだどこか美しさを残している彼女を見つめる。

 その死に顔は……笑っていた。

 最後まで誰かを思っていたのだろうか。雷によって氷が溶け、黒こげになっている部分がありながらも、彼女は微笑を浮かべていたのだ。

 その最期の姿に、プルートは数秒もの時間言葉を失ってしまった。そうして彼女の姿を見つめ、感嘆の域を漏らす。

 

「なんと……気高く美しい女よ……。そんな貴様と戦えたこと、増々誇りに思うぞ、神倉月よ……」

 

 そして胸の前で手を組ませてやると、背後から近づいてくる二つの気配を感じ取った。

 それらはプルートへと近づき、そして寝かされている月を見下ろす。

 

「……勝ったんだ」

「……ほんまに死んどるわ。そうまで傷つきながらも、かの神倉月はんに勝つとは……やりますなぁ、冥」

「フハハ……今までの戦いの中でも、まっこと心躍るひと時だったわ……んっ、ごふっ……」

 

 そう呟いたプルートだったが、その口から勢いよく血が吐き出された。そのまま口元を押さえながらうずくまってしまい、咳込んでしまう。やはり彼とて重症という点は変わらない。「手当しましょ」とそんな彼へと般若のお面をしていた女性が素早く近づき、手当ての準備を始める。

 一方狐のお面をしていた女性は月の死体を指さし、

 

「これ、どうすんの?」

「……ごほ、ごほ……タンジアの港に届けよ。そうして、神倉月の死亡を知らしめるのだ」

「……冥が殺した、って広めるわけ?」

「うむ。プルート・ギルガメッシュが、神倉月に勝利した、とな」

「あ、そう……その名を一緒に広めるわけね。でも、今はまだ冥として行動し続けるっての?」

「その名を明かすのは、我が国を……再建した時よ。今はまだその時ではない……っつ、おい、刹那。もう少し優しくやらんか。我を労わるのだ」

 

 指示を出しているプルートへと手当てをしている刹那と呼ばれた女性だったが、その手当のしかたが少し悪かったのかプルートが顔をしかめてしまう。だが彼女は気にした風もなく、「ああ……すんまへんなぁ。冥の事やからこれくらいの事は耐えられる思うてな」と小首を傾げて微笑を浮かべた。

 

「貴様らが思っている以上に、我はこの通り負傷しているのだ。……あの神倉月を前に、無傷でいられるわけもなかろう?」

「せやなぁ。なにせ、“先代”人族最強やからな。その真の戦闘力を前には、ウチらは一瞬にして吹き飛ばされるさかいな。そらもう、台風を前に吹き飛ばされる小石のようにな。……先日の抑えられとる力でさえも、ウチはまったく歯がたたへんかったし」

 

 くすり、と彼女は笑う。森の中で出会ってしまった月を前に、一矢報いようとしても、逃げ切ろうとしても敵わなかったことを彼女は全く気にしていないようだ。

 それが事実である事をありのままに受け入れている。

 

「よっと……」

「ああ、もう行くん? 天」

「ん。こういうのは今の内にやった方がいいし」

 

 月の死体を抱え上げ、天と呼ばれた彼女――東風(とうふう)天和(てんな)は淡々と答える。日付が変わった深夜の内ならば、タンジアの港といえども人気はなくなる。月の死体を置いて来ようと思えば、今の時間帯ならば見つからずに出来そうだ。

 

「そう。気ぃつけぇや」

「ん。じゃ」

 

 ぺこりと冥へと一礼し、天和は走り去っていく。

 そうして残されたのは手当てを受けているプルートと刹那だけ。

 無言で彼を治療していく彼女は、最初は治癒術で止血をし、他の傷の具合を確かめて増血の効果がある薬を彼に与えて失われた血の補充をする。黙々と作業していく彼女を見つめ、そして空を見上げれば、プルートの視界の奥には西の空へゆっくりと沈み始めている満月があった。

 あの月はこの先も変わらず空にあるだろう。夜が来れば昇り、朝が来れば沈む。

 しかし地上の月は、この日、人々の空から落ち、消え去った。

 代わりに未来に上るのはここにいる冥の星。今はまだ昇る事はないが、いずれ必ず空へと昇ってみせよう。

 プルートはそれを硬く誓うのだった。

 

 

 その報せは、瞬く間に東方だけでなくドンドルマがある中央にまで届く程のものだった。

 六年前の時以上に、それは人々の心に刻まれ、衝撃を伝える。

 

 神倉月、死亡。

 原因はプルート・ギルガメッシュと名乗る何者かであるという事。

 それはここ、ヤマト国にも伝わった。いち早く伝えた霧夜の忍により、彼女はそれを知る事となる。

 

「……おい、もういっぺん言ってみろ」

「……はっ。神倉月さんが、亡くなられました」

 

 その忍の言葉に、「ふざけるなッ!?」と激高して渚は机を両手で叩き潰しながら立ち上がる。その目は怒りと驚きに彩られ、両手を震わせながら渚は荒い息をついてもう一度「ふざけ……るな……ッ!」と叫ばずにはいられなかった。

 

「どういうことだよ……あれから、たったの一、二日しかたってないんだぞ……? それだけの間に、なにがあったってんだよぉッ!?」

 

 悲しみと怒りと、そして悔しさに渚は今まで以上の力で机を叩き潰し、破壊してしまった。それが彼女の感情の振れ幅を表していた。

 

 

「……は? 死んだ?」

「はっ……この報せは東方、中央、西方問わずに瞬く間に広まっております」

 

 一方、酉丑灯の下にも風間の忍がそれを伝えていた。

 それを聞きながら灯は煙管を咥え、煙を外へと吐きだしながら「プルート・ギルガメッシュ……か」と呟く。

 

「古都ギル・ガメスの王やったな?」

「はっ……太古の昔に存在した最後の王として歴史書に記されている人物でございます」

「……気になるなー。死体があったんはタンジアの港ってゆーたな?」

「はっ」

「……その周辺、調べとき。鍵は、そこにあるやろ」

「承知しました、お嬢様」

 

 一礼して忍が消え、灯は相変わらず煙管を吹かしながら昼空を見上げ続ける。

 だが彼女の勘が告げていた。

 これは人々が思っている以上にただ事ではないという事を。

 確かにこれは大事件だ。かの神倉月が何者かに殺されるなんて、大事件以外の何物でもない。

 しかし、その裏には何かがあるんじゃないかと灯は思わずにはいられない。

 

「プルート・ギルガメッシュ……ふ、くく……なんやろうな? この胸のざわめきは」

 

 とん、と灰皿へと煙管を叩き、障子に背を預けながら彼女は笑みを深めずにはいられなかった。今頃渚が慟哭を上げているだろう。彼女とは親しかったようだが、灯はまだ彼女らが裏で手を結んでいたとは知らない。

 しかしそれでも知人の死は彼女を泣かせるには十分な要素だ。

 それを想像し、灯は微笑を浮かべる。

 

「渚を泣かせた奴、どんなんやろうなぁ? そのツラ、いずれ拝ませてもらおか。なぁ、プルート・ギルガメッシュとやら? 増々おもしろくしてくれるよーやけど、灯らの邪魔になるんやったら考えさせてもらうで……?」

 

 一人、灯はくすくすと冷たい笑みを浮かべ続ける。

 この大事件の後の波乱がきっと訪れることを予感しながら。

 

 そしてヤマト国の城に届いた報せに驚いていたのは彼女たちだけではない。

 彼もまた、驚いていた。

 ただその驚きは二人とは違っていたのだが。

 

「プルート・ギルガメッシュ……だと?」

 

 顎鬚を撫でながら彼、衛宮兼定は手にしている新聞に目を細める。

 見出しには神倉月、死亡とあるが、彼の視線は書かれている内容に向けられている。

 

「……神倉月を殺害した何者かがその名を語ったか――あるいは、本人が名乗りを上げたか? ふん、どちらにせよ、穏やかではないな。長き時を経てよもやこの現世でその名を聞こうとは……」

 

 目を閉じ、彼は――何故か微笑を浮かべる。

 いつもの彼を知っている者からすれば珍しいことだろう、と驚く顔がそこにある。

 ヤマト国の武神は、その名に何を思うのか。それは誰もわからない。ただ、彼が誰とも知れず「――この世には切っても切れない縁があるというが、なるほど、本当らしい」と呟くのみ。

 

 

 ドンドルマの収容所。

 多くの受刑者が入れられている牢の中で一人、セルシウスはベッドに横になっていた。外では一大ニュースが伝わって大騒ぎになっているという事は、こんな所には伝わってくるはずもない。

 いつものように変わり映えのしない日々の中、眠り続けている彼女の下へと一人の看守がやってくる。

 牢の扉に鍵を差し込んで開け、「セルシウス・ルシフェル、出ろ」と呼びかける。

 その声にゆっくりと彼女は起き上り、半目になってその看守を見つめる。

 

「…………また、面会か?」

 

 と看守に訊いてみると、彼は小さく首を振り、「彼女との約束だ。貴様の仮釈放の命が下された」と告げる。だがその言葉にセルシウスは怪訝そうな顔をして首を傾げた。

 

「仮釈放? その日取りはまだ決まっていないはず」

「…………」

 

 彼女の言葉に看守は応えず、しかしいつも以上にその表情が固いものになっている事にセルシウスは気づいた。その表情と彼女の約束、という言葉に、セルシウスは少し胸騒ぎがした。

 ベッドから立ち上がり、看守へと向かって歩き出した。彼女としては看守へと掴みかかりたかったが、彼女の両手には重い手錠が嵌められている。

 

「……おい」

「…………」

「彼女との約束って、何?」

「…………」

 

 看守はセルシウスから背を向け、牢から離れてセルシウスに牢から出るように促した。それに彼女は従い、もう一人の看守と間に挟まれながら歩き出す。

 そうして長い廊下を歩き、収容所からギルド本部へと移送されたセルシウスを迎えたのは月ではなく、ルーシーとアルテミスだった。彼女を出すために交渉していた人物はここにはいない。

 出迎えてくれた二人の表情はすぐれず、それだけでなく周りを歩くギルドナイト達も落ち着きがない。そうして小声で話している事を耳にし、セルシウスはようやく知る事となった。

 

 神倉月が死んだのだと。

 そして彼女はルーシーから神倉月が「自分が死ぬようなことがあれば、セルシウスを仮釈放するように」と交渉していたと聞かされる。

 きっとセルシウスの戦力が必要になるだろうから、と。

 

「…………阿呆が……っ」

 

 冗談だと思いたかった。

 自分が命を狙われている、とあの時聞かされた時は本当に冗談かと思っていた。そして本当に遺言を聞く気なんてさらさらなかった。

 あの神倉月が、そう死ぬような人じゃない事を知っていたからだ。

 まさか、本当にぽっくりと死んでしまうなんて、誰が信じられるだろう? しかもあの時彼女が言っていたように、何者かによって殺されているのだという。

 それにより、交わされた約束が果たされ、セルシウスはこうして仮釈放される。クロム達と共に戦うために。東方で起こっている出来事を解決するために。

 

(……後味、悪すぎるだろうが……っ、本当に死んでしまうなんて……!)

 

 唇を噛みしめてしまう。

 自分なんかのためにギルドと交渉し、道を作ってくれた。作るだけ作って、死んでしまった。ただ起こるままを受け入れてやる、とあの時月へと言い残してしまったが、こればっかりは受け入れづらいだろうが、と悪態をつかずにはいられない。

 しかし、現実は変わらない。

 どれだけ悪態をつこうとも、文句を言いたくても、言う相手はもういない。

 自分と、彼女達と、そしてこれから向かうあの村にいるメンバーらを残して彼女は逝ってしまった。

 

(……上等。やってやるよ……。やらない、なんてこと、出来るわけないだろうが……。そうしたら、枕元に立たれるんだろうからさ? ……お望み通り、あいつらと共に戦ってやるよ。それが、あんたの遺志、なんだろう?)

 

 こうまでしてもらって何もしないでいられるほど、彼女は無愛想ではなかった。並んでくるルーシーとアルテミスに導かれ、セルシウスはギルド本部を後にする。ルーシーが使っている宿で着替え、用意してあった荷物を手に、三人は一路ポッケ村へと出立していった。

 

 

 そして、ここにもその報せは届いた。

 誰もが驚きを隠せずにはいられない。これから準備を進め、白銀一家はそろそろロックラックへと向かって旅立とうとしていたところだったのに、これによって足を止めずにはいられない。

 

「マジ、かよ……?」

「そんな馬鹿な……あの人が、死ぬなんて……」

 

 クロムと昴が声を漏らし、紅葉とシアンは口元に手を当てて言葉を失い、優羅は驚きに目を見開いたまま硬直している。そしてライムとシアンは涙を流し、声を上げて泣き出した。

 それをクロムと桔梗が体を抱えてやり、受け止めている。

 紅葉と桔梗の目にも涙が浮かび、昴とクロムも言葉を詰まらせながらも月の死を悲しんでいる。

 特にライムとシアンの悲しみようは他の比ではなかった。二人にとって彼女は今の実力に至るまでに鍛えてくれた師匠にして恩人だ。初めてのパーティクエストにも参加してくれた始まりの人でもあるし、尊敬できるハンターでもあった人。

 その人が殺されたと聞いて悲しまずにいられようか。

 彼らだけではない。

 話を聞いたポッケ村の人々もまた悲しみに暮れる。

 

「……プルート・ギルガメッシュ」

 

 ぽつり、と優羅がその名を呟いた。それに昴は顔を上げ、彼女を見つめる。優羅はじっと地面を見下ろしながら、その名を反芻して噛みしめていた。紅い瞳は地面を見つめているようだが、それだけではない。

 焦点が合っておらず、何かを見つめて考え込んでいるあのようだ。

 

「優羅?」

「…………古代の王の名を名乗った何者か、という事になる、か」

 

 昴が呼びかけても彼女は考え込み続けている。彼女は月に対しては隠れ住んでいる間もどこかよそよそしかった。彼女に対して恩義は感じているようだが、それでも人見知りな部分は最後まで変わらなかった。

 でも、心の中では月の事は信頼していた。彼女の人柄、実力は疑いようもない。彼女は紛れもなくいい人だっていうのは優羅も知っている。ただ、素直になる事が出来なかっただけだ。

 そんな彼女を殺した人物。

 気にならないはずはない。

 

「……東方にそれだけの実力者が隠れ住んでいた? 衛宮兼定……いや、ヤマト国から離れるとは考えづらい」

 

 ぶつぶつと呟きながら一体誰が殺したのかを考えているらしい。

 その際に挙げられた衛宮兼定。なるほど、彼の武勇伝を耳にしていれば、彼が候補に挙がるのはわかる。老いてなお健在、生涯現役を謳う老将軍にして武神。しかし彼はヤマト国の護神でもあるため、国を離れることはめったにない。

 また彼は闇討ちなどするような人物ではないし、神倉月を殺す理由なんてどこにもない。容疑者からは除外される。

 では一体誰が殺ったのだろうか?

 他に浮かび上がる容疑者は東方を騒がせている辻斬りだろうか。何にせよ、一筋縄ではいかない敵がいるという事だ。

 

(……そんな敵と遭遇したとして、勝てるか? 今の……アタシに)

 

 以前も菜乃葉と一緒にいた際に誰かに助けられたことがあるが、あれは何者だったのかも未だにわからずじまい。よもや現在同盟関係にある霧夜の忍だとは優羅は今も知らないのだ。

 だからこうして警戒してしまい、疑惑を深めてしまう。

 そんな彼女の肩を優しく叩き、昴は声を掛ける。

 

「……あ」

「神倉さんを殺した奴のこと、気になっているのか?」

「……ええ。どれほどの実力を持っているのか、出会ってしまった時、どうするか。気になってしまいまして」

「……気持ちはわからなくもない。俺も気にはなる。だが、今は彼女の哀悼の意を示そう」

「……はい」

 

 そして彼らは東の空へと向かい、黙祷を捧げる。

 ここにいる誰もが彼女に対して恩義があり、彼女にはいつもお世話になっていた。この六年もの間、世界を周っていた彼女だったがいつだって隠れ住む自分達の事は気に掛け、時折訪れては調子を確かめ、世間話をして去っていく。

 神倉一族の最後の生き残りであり、誰に対しても親しみがある彼女がどうして殺されなければならないのか。

 乾渚らと同盟を組み、これからといったところで殺されたのだから、もしかすると敵が先手を打ってきたのかもしれない。可能性としてはそれが一番高いだろう。

 

 許しがたい。

 

 もしそれが事実なのだとすると許しておけるはずがない。

 あんないい人が殺されていいはずがない。その事に怒りを覚えながらも、昴達はただ静かに彼女が安らかに眠り、天国で獅鬼らと会えることを願って黙祷を捧げるのだった。

 

 

 シュレイド地方、ここにも時間は少しかかったが、神倉月の死についてのニュースは届けられた。人々は騒ぎ、驚いている。その中で一人、新聞に目を通しながら煙草を咥えている中年の男がいた。

 

「……ふーん、神倉月さんが死亡、プルート・ギルガメッシュの名が出てくる、と。こりゃあ確かに一大ニュースだわなあ。とんでもねえこったぁ」

 

 ふぅ、と紫煙を吐きだしながら彼はうんうんと頷いている。壁に立てかけている弓にちらりと視線を向け、「……行くか」と独り言をつぶやく。そんな彼の言葉に応えるかのように、鋼のような翼が目立つその弓は淡く光ったように見えた。

 それを見て彼は「そうかそうか。お前も気になるのね。んじゃま、行きますかねえ。東方に。……それにしても、本当に大事件が起こるとはねぇ。どういう予言してくれちゃってんのよ、あのお嬢ちゃんは」と立ち上がり、その弓を壁にかけていたローブの中へとしまった。

 

「おじさんがはるばると東方までの一人旅ったぁ、なんか哀愁漂わないかねえ。やれやれ、まったく、とんでもない事件を引き起こしちゃってまあ、どうしてくれんのよ」

 

 と、煙草を灰皿にこすり付けながら、誰もいない部屋の中で誰を相手に愚痴っているのか。しかしそれに応えてくれるのがローブの中にいる。「はいはい、わかってますよ」と少しぼさぼさの銀髪をかきながら、ローブを身に包んで今まで利用していた宿の部屋を見回した。

 

「さようなら、シュレイドってね。長らく世話になりましたっと。おじさんは、これから東方に行ってくらあ。どんなところなんだろうね。何気におじさん、今も昔も東方に行ったことないからさあ、はっはっは。……あ、でも今向こうにゃダグラスとかがいたんだっけか。どっかで会えれば、どういうとこか教えてくれるかねえ」

 

 誰もいないのにそんなことを言いながら彼は一人、今まで利用していた宿を後にしていった。……誰かが、くすり、と笑ったような気がした。

 

 同日、シュレイドの王城で一人の女性が旅立とうとしていた。

 それを見送るのは煌びやかなドレスに身を包む少女と、同じように美しいドレスを身に包んでいる女性だ。

 

「本当に行くのかえ? 考え直すことは出来ぬのか?」

「ソーリー、姫様。あたしはこれを見捨てる事、出来ません」

 

 そう言ってぺこりと頭を下げるのは、金髪の女性だった。肩で切り揃えられた金髪に、青い目、と西方人らしい特徴がよく出ている。少し小柄に見えるが、その立ち居振る舞いに隙は見当たらず、白い襟シャツに深緑の上着、白いズボンといった服装でも動きやすさを重視した作りになっている。

 腰には一振りの剣が佩かれ、その存在が彼女が戦士であることを示していた。

 

「スピカが世話になったわね。よく、今まで仕えてくれました、エリーゼ」

「はっ、ありがたきお言葉」

「いやじゃ! 妾は許さぬぞ、エリーゼはこれからも妾のためにここにいてもらわねば困るのじゃ!」

「ソーリー、姫様。わかってくださいませ。あたしは、やらなければならないこと、出来ました。あのようなニュースが出たならば、あたしは東方へゴーせねばなりません」

 

 シュレイド王家、第三王女であるスピカ・シュレイドは、涙目になりながらエリーゼを引き留めようとする。だが彼女の意志は固い。申し訳なさそうに頭を下げつつ、理由を語り続ける。

 

「プリンセス、あなたの言葉がホントウならば、あたしは東方にゴーすることこそデスティニー。そうですね?」

「……ええ。そなたは、一つの運命に導かれるようにして、東方である人物と出会うでしょう。そのような未来が視えました」

「センキュー。あたしもあのニュースをルックしてわかりました。確かにあたしは出会うことになるでしょう。ならばこそ、ゴーしなければならない。わかってください、姫様。これがあたしのデスティニー」

「スピカ、あなたもいい年になってきたのです。聞き分けなさい。そして送り出すのです。そうしてこその、姫というもの」

「……むぅ……」

 

 ぽんぽん、と妹の頭を撫でる第一王女のアテナ・シュレイド。未来を視ることが出来る、という異能を生まれた時より持ち、六年前の一件でもその力を発揮した彼女は、エリーゼの未来を視てしまったのだ。それははっきりとした映像を見ることは出来ずとも、何らかの運命が絡んでいるということまでは視通した。

 だからこそ、彼女が東方へと旅立とうという意志を妨げるようなことはしなかった。

 

「姫様、これを」

「……なんじゃ、これは」

「あたしから姫様へのプレゼント、です。これをあたしと思い、大切にしてくれれば、あたしはとても嬉しいです」

 

 そうしてスピカの手へと渡したのはシルバーのブレスレットだった。それをスピカの左手に通してやり、そっと両手で包み込んでやった。

 

「こうすればいつでもあたしのこと、リメンバーできます。このあたし、盾の戦士エリーゼは、ここにいます。寂しくはありません。あなたと共に過ごしたメモリー、このプレゼントで忘れることはないでしょう?」

「……忘れない、忘れてやるものか。約束じゃぞ、エリーゼ。必ず、ここに戻ってくるのじゃ! 妾のこと、そなたこそ忘れるなんてこと、許さぬからな!」

「……イエス、マム。あたしも、姫様のこと、フォーゲットすることはありません。あなたと過ごした日々は、あたしにとって楽しき時間でございました。もちろん、プリンセスやプリンスとも過ごした日々も充実しておりました。一介のハンターであるあたしに許された時間、感謝の言葉もありません。センキュー、プリンセス」

 

 そうしてアテナへと最上の敬礼を示す。

 そんな彼女へと首を振り、「いいえ。初めてそなたを見た時より、どこかそなたには気品というものが感じられたわ」と微笑を浮かべる。

 

「一介のハンターがそのような気品を、強く気高き魂を持ち得るものではない。そなたを城へ招き、スピカに仕えさせた私の見立ては間違っていなかったと思っているわ。こちらこそ感謝を」

「……センキュー、プリンセス。あなたは良き君主になれるでしょう。あなたのような王女こそ、上に立つべき器をお持ちです。そんなあなたに招かれた恩、あたしはフォーゲットすることはないでしょう」

「ありがとう。……最後に一つ、教えてほしいことがあるのだけど、よろしいかしら?」

「なんでしょう?」

「……そなたは、過去にまた別の誰かに仕えたことがあるのかしら? 以前からそれを問うているのだが、結局今日まで答えてくれなかったわね。これだけでも、教えてもらえるかしら?」

 

 じっとエリーゼの目を見据えながら、アテナはそう問うた。

 真っ直ぐな眼差しを受け、エリーゼは少しだけ考えて、形のいい薄い唇を開く。

 

「――ノー。このあたし、エリーゼ、この世に生を受けて仕えた者は、あなた方以外にはおりません」

「……なるほど、わかったわ。今までご苦労だった。東方でも健勝であれ」

「イエス、マム」

 

 

 ユクモ村。

 瑠璃と茉莉、そして十兵衛が旅立とうとしていたところでその話が届けられる。

 神倉月の死、それは彼女らにとって大きな衝撃を与えた。彼女がクロム達を鍛える際に神倉月がどういう人かはその時の交流で知っているし、クロム達の話しも多く話題に挙がっているためどのような功績を挙げているのかも知っている。

 そして、そう簡単に負ける人ではないという事も知っているつもりだ。

 

「なんで……なんであんないい人が殺されなきゃならないの……?」

 

 そう呟かずにはいられない。あのような人がどうして殺されなければならないのか、と目に涙を浮かばせながら拳を握りしめる。茉莉こそ言葉を発してはいないが、そのポーカーフェイスは僅かに哀しみに崩れている。

 膝の上でぎゅっと手を握りしめて彼女の死を悼んでいた。

 十兵衛もそんな二人を見つめ、そして彼もまた英傑の死に驚いている。しかし二人とは違って面識がないため彼女ら程の悲しみはなかった。

 

「タンジアの港……そこで見つかったって話よね?」

「……そのようッスよ」

 

 俯きながらぽつりと瑠璃が漏らす。ちらりと十兵衛が彼女の顔を見てみると、雫が一つ頬を伝っていた。俯いているせいか前髪で目元が見えないが、彼女は今、涙を流しながら静かな怒りをたたえているらしい。

 まさか、と思うまでもなく、彼女は言葉を続けていった。

 

「……茉莉、目的地変更でいい?」

「タンジアの港に、行くつもりですかね?」

「……ええ」

「よろしいんです? 下手をうてば――死にますよ?」

 

 真剣な表情になって茉莉が言う。

 瑠璃がどうしてこんな事を言い出したのかはわかりやすい。月を殺した何者かを探すつもりなのだ。彼女もまた悲しみとともに怒りを湧き上がらせている。ぎゅっと握りしめられた拳と強く唇をかみしめる様からそれは見てとれる。

 彼女は、仇を取るつもりだ。

 それは絶対に叶わない願いだという事は彼女も頭のどこかでわかっているはず。なにせ相手はあの神倉月を殺した誰かだ。未熟者の、神倉月の足元にも及ばない瑠璃に勝てる道理がありはしない。

 それでも、瑠璃は行くと言うだろう。

 一体どこのだれが殺したのかを探し出すつもりだ。勝てないとわかっていても、探さずにはいられない、確認せずにはいられない。そういう思いが湧き上がり、動かずにはいられないのだろう。

 それが彼女なのだ。

 

「……それでも、あたしは行きたい。あの人の話じゃ、あそこらへんに辻斬りがいるかもしれないってんでしょ? もしかしたら辻斬りが犯人かもしれない。世間を騒がせた辻斬りが、神倉さんを殺したってんなら、あたしはそのツラを拝みたいわ」

「……はぁ。仕方ないですね。……十兵衛さん」

「あ、はい」

「どうやらタンジアの港に私達は行くことになりそうですが、あなたはどうしますか?」

 

 茉莉の視線が十兵衛へと向けられる。彼は月の事は話に聞くだけであり、瑠璃の行動に付きあわなくてもいい人だ。これからロックラックへと向かおうとしていた二人についてくるつもりだったが、タンジアの港へと目的地は変更された。

 それもモンスターの件だけでなく、辻斬りが潜んでいるかもしれないという危険要素まで含んでいる。そんな所までついてくる気があるのか、と茉莉は問いかけているのだ。

 少し考えるそぶりを見せた十兵衛だったが、小さく頷いて、

 

「お付き合いするッスよ。おいらだって辻斬りとかには少しばかり気になるところがあるッスから。よろしく、お願いするッス」

 

 そう言って彼はぺこりと頭を下げた。

 彼女達の道は定まった。

 更に上を目指すという目的に付け加え、辻斬りの一件に足を踏み入れるという新たな覚悟が備えられる。十兵衛を巻き込むことになった事には少し心苦しく思うが、彼は気にするなというように小さく首を振って笑ってくれる。

 人のいい人だ。まるで……あの神倉月のように。

 自分達よりもずっと年上で、穏やかで、しかし彼女と違って人見知りで。でも彼は見た目に反して結構な実力を秘めている。こうして思い浮かべれば彼女と似た部分が結構ある。

 この人の良さ、それが十兵衛の良さなのだろうが、それは彼が慣れ親しんだ相手にしか見せない姿。

 まだまだ彼とは長い付き合いになりそうだ、と茉莉は思わずにはいられなかった。

 

 

 ○

 

 

「神倉月が死んだか。これで神へと挑んだ愚かな一族は滅びた事になったという事よ」

「はい、予定通りあれに、始末させましたよ。これで目的の一つが果たされた事に」

 

 時空の狭間に存在する城の中、玉座に存在する白き女性。

 肘掛に手を付いて頬杖をしつつ、膝を折って頭を下げている黒い女性を見下ろしていた。

 

「しかし古代魔法……魔道の一端を見せていましたがよろしいんですかね?」

「構わぬ。必要以上に知れ渡ればまた修正するのみ。それに、最終的にはあれも死ぬ。プルート・ギルガメッシュは所詮、神倉月を殺すために生かし続けた存在」

「……左様ですか。なかなか酷な事をしますね、白皇」

 

 そう、そこにいるのは白皇と呼ばれし龍神。背中まで届く美しい白髪に、白と赤い紋様が描かれたドレスを身に纏うその姿。宝石やアクセサリといった装飾品をしていないが、そんなものがなくても目を見張る彼女の美貌と、彼女に合ったドレスによって十分に彼女の美しさが引き立っている。

 こうして見れば美しい女王のような姿をしているが、彼女の真の姿は伝説に語られる祖龍ミラルーツ。祖なる者としてこの世界の竜達を生み出したと語られており、その真実は一部の者らが知る龍神として存在している。

 彼女に謁見している黒衣の女性はあのヘル。月蝕として名を馳せている彼女がここに来ているのは、あのプルート・ギルガメッシュについて報告するためだ。

 

「で、白皇? あれをさっさと始末する、方向で? それとも、あれにはまだまだ誰かを殺してもらうんです?」

「ふむ、当初はヘル、貴様に早急に始末してもらうつもりだったが、予定を変更しよう」

 

 ぱちん、と白皇が指を鳴らすと二人の間に数人の人が浮かび上がる。

 白銀優羅。

 クロム・ルシフェル。

 ライム・ルシフェル。

 セルシウス・ルシフェル。

 あの世界にとって六年前の大事件の際に活躍したシュヴァルツの末裔。それを見たヘルは「なるほど、次の標的はこいつらってわけ、か」と頭の中で思う。

 だが白皇は更に指を鳴らして数人の人物を浮かばせた。

 

 草薙桐音。

 草薙武。

 東風天和。

 

 それを見たヘルは目を細める。

 

「おやおや、その顔ぶれ……まさか白皇? こいつらも……いや、こいつらが持つ刀に注目を?」

「……察しがいいな、ヘル。そう、この者らが持つあの妖刀の眠りを解き放たれれば、ヒトの抵抗はより一層高まろう」

「なるほどなるほど、その言葉は尤もですね。……でも、それでも泳がせるん、ですよね?」

 

 その言葉に、白皇はくすりと微笑を浮かばせた。

 いつの間にか草薙姉弟の前と東風天和の前には一振りの刀が浮かんでいる。それらを見つめながら彼女は笑っているのだ。

 

「当然であろう? ヒトに対しても一定の抵抗ラインがなければ児戯にもならぬわ。余はただ力のみで叩き潰すのは好かぬ。それでは面白くなかろう? ヒトには、ヒトなりの抵抗があってこそ、物語は面白くなる。余らの力を前に敗れ去るのか、あるいは最後まで抵抗し、余らに打ち勝つのか。……ヒトの成長を垣間見える事が出来るならば、余は児戯にも付きあおうぞ」

「児戯と言っておきながら、色々とやっちゃってるじゃないですか。何ですか? ジエン亜種にナバル亜種にパニッシャー、今まで砂漠に隠してきたアレすらも少しずつ活動範囲を広げさせるとか……鬼ですか? ……あ、鬼じゃなくて神だった」

 

 くっく、と肩を揺らしながら笑うヘルだが、白皇もまたくすりとまた微笑を浮かべている。近年確認されだしている亜種に新種のモンスターは全て白皇が新たな進化を促し、増えてきている存在だ。

 平行世界から連れてきた個体もいくつか存在しており、砂漠で確認されているUNKNOWNもまた平行世界の産物。といってもアレはそれだけではなく時間旅行もしているのだが。

 全ては人族に対して試練を与えるため。

 シュヴァルツの末裔を殲滅するための竜の軍勢。太古の昔に古都ギル・ガメスを殲滅するために行使したあの戦争を、再び繰り広げるのだ。

 それに人族が打ち勝つようならば、白皇はシュヴァルツの末裔に生きることを許す。

 これは、以前ここに訪れた空狐である白陽との約束でもあった。

 

『ベアトリクス。いよいよゲームが始まるわけだけど、一つここに約束を交わそうじゃないか』

『ほう? 聞こうか、白陽』

『もう知ってるだろうけど、私は……私たちは東方で活動し、ヒトを……シュヴァルツを助ける方向で動いている。もしこの戦いにヒト側が勝つような事があれば、シュヴァルツがこの先も生き続けることを許してはくれないかい?』

『……では余が勝つような事があれば、シュヴァルツの末裔は殲滅し、世界の安定を促す。再び竜とヒトのパワーバランスを保ち、両者の数の減少を止めよう。……それで良いのだな?』

 

 それに白陽は頷く。

 だが白皇は微笑を浮かべて腕と足を組み、じっと彼を見下ろし、『だが』と言葉を続けていった。

 

『勝てるのか? 敵は余だけではない、ヒトの中にも敵はおる。蘇ったプルート・ギルガメッシュ然り、魔族の死を望むヤマトの三家然り……余としてはヒト同士の戦いによって死んだとしても一向に構わぬのだがな?』

『勝ってみせるさ。ヒトはそう簡単に弱くはない。それは君とて知っているだろう?』

『――それにYouだって知っているはずさね。ベアトリクス、あんたもまたヒトを愛しているだろう? それ故に、あんたはヒトにいつも試練を課す。その成長がどれほどのものかを確かめるために』

 

 いつの間にか白陽は黒陰へと変化していた。白髪は黒髪へと変色し、男性のものだった体つきは女性へと変化し、纏っていた洋服も巫女服に近しいものへと切り替わる。

 その変わりようには慣れているため、白皇は何も言わずに見守り続けるだけ。

 

『GodにしてMother。しかし竜に対してだけでなく、ヒトもまたあんたにとっちゃ己の世界に住まう我が子。全ての我が子を守るために鬼となって異物(シュヴァルツ)を殲滅。……涙ぐましい話じゃあないかね。……でも、あれは異物じゃない。あれもまたヒトの進化の一つであり、あんたの子だ。クロらは守りきってみせるよ、白皇?』

『……くく、熱くなったな、黒陰? 少しはあの者らに思い入れが出来たか? それとも、思い入れが生まれたのは七禍の方か? それだけではあるまい。七禍とゲームをしておる貴様の孫娘もまた思い入れがあろう?』

『……あの子らの長いゲームも終わりにさせようじゃないか。少なくとも七禍は、終わらせてやるべきさね。あんたがあれを二代目七禍にしてから、あれは長い時を生きすぎただろう? あれもまた、シュヴァルツの宿命が刻まれているのだから』

『解放しろと? ……一時はあれもそれを望んだようだが、今は違うだろう? 七禍は己の辿る道を行かず、ただのヒトとしての生涯を迎える自分を見るという自己満足に夢中よ。それすなわち、貴様らの勝利で終わらせろと言っているようなものぞ?』

『そう……聞こえなかったかい?』

 

 うっすらと殺気を放ちながら黒陰は白皇を睨み付ける。だが彼女はそれをまるで涼しい風を受けているかのような余裕の笑みで迎えた。

 七禍……“世界”に達している白銀菜乃葉は先代七禍を討伐し、その力を体に取り込んでしまった事でヒトとしての枠を超えてしまった。彼女としては先代七禍と戦い、死ぬことを狙っていたのだろうが、現実は彼女の勝利に終わってしまう。

 ならばとその力を受け、自らその力によって崩壊しようとしたがそれも失敗。

 生き延びてしまった彼女を見た白皇が“世界”の領域へと引き上げ、彼女に広い世界を見せてしまった。白銀菜乃葉はその世界の広さを知り、平行世界を知り、だがそれでも彼女は一時は死を望んだ。

 しかしその願いを白皇は叶えず、白銀菜乃葉は次元の狭間にかつての実家を取り込み、そこで一人で暮らす事になる。その血統の呪縛によって自殺する事は叶わず、九尾とも知り合って今もなお長い時を生き続けている。

 そんな彼女を解放するには、恐らく一つ。

 彼女の望み通り、あの世界の菜乃葉を自分のような道を歩まない未来を見届けさせてやる。そうして未練がなくなった彼女を――殺してやる。これで彼女の人生に終止符を打たせてやるのだ。

 

『根回しのつもりか、黒陰よ? しかし余はそれには乗らぬぞ? 全てはあの者らの戦いの行方に委ねられる』

『Youが用意した駒を全て撃破すればいいんだろう? でも、大方最終的にはまた七禍龍を用意するとみた。……そう、ディス・ハドラーとか、な?』

 

 また白皇は微笑を浮かべる。しかしそれは黒陰とて予想済み。

 それに対抗する手段は彼女も用意してある。かつてその冥蛇龍ディス・ハドラーを討伐した事がある血統が彼女らと関わっている。……しかしその際に使用された武器は敵方の手にあるようだが。

 

『Youの事だ。ディス・ハドラーだけでは飽き足らないんだろうさね?』

『何が言いたい?』

『最終手段――そこにいる娘と戦い、ヒトが勝利すれば、クロらの勝利と認めろ』

『……く、くっくくくくく……! 大きく出たな、黒陰? 自ら、ハードルを上げおるか!』

 

 黒陰の提案がよほど彼女の琴線に触れたのか、肩だけでなく体も揺らしながら白皇は笑いをこらえきれない様子だった。そんな彼女を見つめる黒陰と、彼女が示した――白皇と同じ白い少女。

 この少女に勝つ事が出来たならば、ヒト側の勝利。

 それを噛みしめ、白皇はひとしきり笑うと肘掛を強く叩いて顔を上げる。そこにあるのは王としての顔であり、神としての姿があった。

 

『よかろう。貴様が上げたハードル、余は受け入れようぞ。あれにヒトが勝つような事があれば、そこでゲームは終了としよう。しかし、あれを戦わせるタイミングは余が決める。それに異議はないな?』

『Yes』

 

 黒陰の提案に、彼女は“古い知り合い”ではなく“神”として受け入れたのだ。

 ここに、二人の間で契約が結ばれた。

 

「でも完全な鬼じゃないですね。今まさにあれを派遣してしまえば、その時点で白皇の勝ちじゃないですか。それをしないのもまた――」

「――つまらんであろう? 何事も順序良く、段取りを踏まえて行わねばならん。最終的な敵というものはな、途中で乱入するようなことがあってはならぬ。例え最初の場面で目の前に本拠地があったとしても、な」

「お約束、ってことですね」

 

 くつくつと笑いながらヘルは立ち上がり、腰に差している鞘から短剣を取り出してくるくると手で弄りつつ回転させ始める。刀身に沿って指を這わせながら「となると――」と呟き、溜息をつくと、

 

「あたしの戦いもしばらくは、なさそうですね?」

「うむ。しばらくは陰に控え、プルート・ギルガメッシュの監視をしておくがいい。……それと、七禍と九尾の動きも見ておけ。今回の一件により、あれらの動きが見られるようならば、新たなる監視対象とせよ」

「わかりましたよ、っと。それじゃあたしはこれで失礼させてもらいます」

 

 ぺこりと一礼し、ヘルの姿は見えなくなってしまった。

 それを見届けると白皇は一息ついて傍らにワイングラスを呼び出してそこにワインを注いでいった。そうして目の前に浮かび続ける人々の顔ぶれを眺めていく。

 一つの一族が滅びた。それは予定通り。

 だがまだ他にも気にするべき存在はいる。

 

 特殊な技術を保有し、竜殺しとして陰で名を継いでいった草薙一族。

 遥か昔の戦いによって入手した名刀を一族の秘宝として残し、高めてきた技術と武術を融合させたその戦術は竜にとっては一種の脅威として認識される。

 

 東風天和。

 しかしこれは偽名。

 彼女に関してはあまり気にするようなことはない。確かにその戦闘技術は人族にとっては目を見張るものがあるが、それ自体は脅威ではない。

 問題は彼女が所有する妖刀か。

 あれもまた龍殺しの妖刀であり、伝説を作り上げた一品。今でこそその力は眠りに落ちているが、少しずつかつての力を呼び覚ましつつある。そうなれば、再び伝説が刻まれる可能性がある。

 

 妖刀は二つともプルート・ギルガメッシュ側にある。

 もし彼がその気になってしまえば、彼が目標の一つとして掲げているミオガルナ討伐、果ては神に挑むという大言壮語は現実になってしまう可能性だってある。

 でもそれはそれでおもしろい、と思ってしまうのは彼女の余裕故か、あるいは彼女の悪い癖か。

 それにプルート側にはもう一人いる。

 刹那と呼ばれた女性。

 もちろん彼女もまた天和と同じく偽名。

 彼女もまた剣術を行使するハンターの一人ではあるが、同時に魔法使いとしての側面を持つ。だが彼女に関しては、白皇はそれほど重視はしていない。人側からすれば特異なハンターである事は間違いない。

 しかし戦力として考えれば別段脅威でも特異でもない。血統に何か特別なものがあるわけでもなく、高められた実力もかなりのものではあるが、それでも脅威ではない。

 とはいえ彼女の特徴上、どうしても高められたあの技術に関しては目を見張るものがあるが、かといってそれだけで古龍らに通用するわけでもない。良くて対人戦で力を発揮する具合だ。

 プルートもなかなか面白いメンバーを揃えたものだと白皇は思う。だが、その四人で反たしてどこまで戦えるのか。小さな興味が湧くというもの。

 

「ヒトはいつだって夢を見る。神に、挑もうとする。……だが、良いぞ? 神に挑む者はいつも敗れ続ける。今宵もまた一つの歴史が潰えた。果たしてプルート・ギルガメッシュ、そして他の者らはそれに続くのか、同じ轍を踏むのか。見せてもらおうぞ」

 

 そうやって必死になって抗う姿は、彼女は好ましく思えた。高く聳える壁を打ち破り、前進するというのが人族の姿。そうやって彼らは困難を乗り越え、成長し、進化を果たしてきた。

 超克する姿は、ヒトが輝く一際の光。

 それを見届けるのもまた、彼女の退屈を潰す要素の一つとなっていた。

 だから彼女は小さな期待をする。

 神に挑んだ一族が滅びると同時に、ヒトの希望の一つであった蒼い星は地に落ちた。

 代わりに昇るは太古の昔に沈んだ冥の星。

 果たしてこの変化により、どのような道が生まれるのだろうか、と。

 

 赤い液体が満たされたワイングラスを掲げ、白皇は彼らへと乾杯する。

 役者は東方へと揃いつつある。あとは、彼らがどのようにして動き、戦うのか。

 それに従って竜達がどのように動き、戦うのか。

 さあ、次なる幕へと移ろう。

 

 今度は――誰が、死ぬのだろうか?

 

 それを考えながら白皇はグラスを傾けていった。

 

 

 第一部・完。

 

 

 




これにて、第一部終了です。
主要人物の第一の犠牲者は神倉月となりました。

前作より主要人物らを支え、大きな戦力となってくれた彼女の死。
彼女の死によって、この世界のキャラたちが大きく動くことになります。
戦力が削られる、というだけではなく、彼女の死が引き金となって人が動くのです。
良くも悪くも、彼女もまた前作での主要キャラだった神倉四季と同じく、影響力が強いキャラです。
そんな彼女が第一の死亡者となりました。

次回からは第二部。
送られてくる白皇の刺客者……ならぬ刺客竜。
舞台はもう名前が出ていますね。
二つの地域を舞台とした第二部もお楽しみいただければ幸いです。

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