狩場となる孤島にやってきた瑠璃達は早速テントを設営し、支給品ボックスから水中戦用の道具を取り出して準備を進める。まずは水中メガネを頭の防具へと装着。酸素瓶はポーチへとしまい、水竜の守りを体に身に着けておく。
これによって水中戦に対する必要なものは揃った。
以前は水没林の大河だったが、今回は海だ。大河よりも深く、広い水の世界で主に戦う事になるだろう。なにせ相手は大海の王と呼ばれし海竜ラギアクルス。奴の主な活動領域は陸上ではなく水中だ。
陸上へとあがってくる事もあるが大抵は海で行動するため、ハンター達は奴の領土で主に戦わなければならない。陸上へと引き上げるための釣りも通用しないため、多くは水中で戦う事を強いられる相手、それがラギアクルスなのだ。
水中戦が可能とされるまでは、文字通り手も足も出ない事が多い相手として認識されていた相手と戦う事になる。
さてそんな奴と戦う瑠璃達の今回の装備。
瑠璃は火竜剣【火燐】を手にする事になった。ラギアクルスに対して火属性はある程度有効であり、連続攻撃を可能とする武器として選択。
茉莉はトキシックジャベリンを選択。今回もまた毒を注入しながら立ち回る事を選んだ。
十兵衛は炎戈銃ブレイズヘルでも雷砲ラギアブリッツでもない新たなヘビィボウガンを取り出した。新緑色の甲殻と金属部分が存在するそのヘビィボウガンは妃竜砲【姫撃】。雌火竜リオレイアの素材を使用して作られたヘビィボウガンだ。
毒弾Lv2と火炎弾をベルトリンクによって連続して撃ち出せる事を可能としており、支援と攻撃を若干両立できるボウガンである。
肩から掛けるようにベルトを通し、使用するチップを付けて準備完了。
地図を確認すれば北に海が広がっているようなので、まずはそちらへと向かう事にしよう。
ベースキャンプから道なりに歩いてエリア2へと向かい、そこから真っ直ぐに北上。途中でジャギィやルドロスに遭遇したが、それらを無視してエリア10の海岸へと出る。
ざざーん、と静かな波の音と潮の香りが感じられるこの海岸。数時間という長い航海によって嫌というほどに海を見て、潮風を感じていたので特に感慨深くはならずに海へと近づいていく。
ポーチから酸素瓶に繋がれたマスクを取って口と鼻に当て、水中メガネを下ろし、水竜の守りの力を確認し、三人は次々と海へと飛び込んでいく。
水流の守りの力により装備を付けていても三人は海で問題なく泳ぐことが出来ている。特に重量のあるディアブロUシリーズを付けている十兵衛もまたその例に漏れず、問題なく泳げていた。
さて、朝から数時間の航海によって昼も超えて夕暮れが近くなっている時間帯。もう少しすれば海が赤く染まりだしてしまう時間帯ではあるが、狩りに時間は関係ない。朝でも昼でも、例え夜であったとしても標的と出会えば狩りは始まる。
そしてこの水中メガネは夜の海だったとしても光さえ差し込んでいたならば、ある程度の視界を確保する事は可能だ。だがそれも完全ではないので油断は禁物。出来る事ならば夜の海での戦闘は避けた方が身のためとされている。
つまり今日は夜になるまでの数時間は戦い続ける予定である。
海を泳ぎながら辺りを見回してみたわけではあるが、目につくのはエピオスだけだ。浅瀬付近で見られる草食種の小型モンスターであり、水底に生える水草などを食料としている。
比較的おとなしくこちらから手を出さなければ攻撃してこないモンスターであり、その肉やキモは食料とされている。そしてその肉は人だけでなくラギアクルスらにとっても食料とされており、狙われる確率が高いモンスターだ。
「ここにはいないようね」
ざっと見まわす限りではラギアクルス……というより大きな影は見当たらない。それだけでなく大型モンスターが持つあの気配が感じられなかった。という事はこのエリアにはいないという事になる。
では隣のエリア11なのだろうか、とそちらに向かって泳いでいくことにした。
こちらは完全に水のエリアとなっており、それだけでなく海に浮く岩場が隣の崖から繋がり、その下が結構な深海となっているエリアとなっている。
陸の部分がないため常に海に身を浸し、動き続けなければならないため泳ぐだけでも体力を奪われる場所だ。
だが人にとっては苦痛でも、海に生きるモンスターにとってはなんの問題もないエリアと言える。
そう、あの深海を優雅に泳いでいるあの青いモンスターにとっては、このエリアこそが十全に力を発揮できる環境。
「……いたッスよ」
十兵衛が呟きながら妃竜砲【姫撃】を取り出して構える。瑠璃も火竜剣【火燐】へと手を伸ばし、茉莉も盾を構えながらじっと奴の動きを見据えている。
直線距離でもかなりの距離が離れているというのに、奴――ラギアクルスは何かに気づいたように顔を上げ、長い首を動かして上にいる三人を視界に収める。
そうしてゆらり、と立ち泳ぎへと体勢を変えながら向き直り、その黄色い瞳を爛々と輝かせながら自分の領土……いや、この場合は領海だろうか。それを侵しに来た愚かな者らを見上げている。
そのまま大きく息を吸いこみ、
「ヴォォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
辺りに響き渡る程の咆哮を上げた。水の中という事もあってその咆哮は地上で聞くよりも早く耳に届き、高まった殺気が突き刺さってくるのを感じながら三人は一度散開する。
そんな三人へと一気に距離を詰めるように、ラギアクルスは一気に水を蹴って体を震わせながら一気に海を駆け昇ってくる。
そう、まさにそれは昇竜。
海底付近を先ほどまで泳いでいたというのに、気づけば海面付近まで一気に泳ぎながら昇ってきているのだ。
茉莉はその速さに息を呑み、それだけでなく想像以上にラギアクルスの体が大きい事に息を呑みながら気を込めて盾を構える。
「――っ、くぅ……!?」
盾から伝わるラギアクルスの突進の力。その全身の力が一気にラギアクルスの頭へと集中し、頭突きとして茉莉に襲い掛かった。気を込めて守りの力を高めた茉莉ではあったが、水中という事もあって踏ん張る事は出来ない。
突進を受けて数メートルノックバックされる。
それを歯噛みしながら堪え、ラギアクルスを見れば少し下がって距離を取りつつ口元へと雷エネルギーを集めていた。
そんなラギアクルスへと側面から十兵衛が火炎弾を連続して撃ち出していく。チップから伸びるベルトリンクによって連続して装填され、妃竜砲【姫撃】から素早く火炎弾が水中を突き抜けていく。
「グルルッ……!?」
顔へと命中してくる火炎弾の嵐に怯んでしまい、じろりと彼を睨んで向き直っていく。そんな動きを見つめながら十兵衛は下に向かって泳ぎながら、ラギアクルスの全身を見上げてみる。
(……大きい。いや、これは大きすぎる……!)
放たれる雷弾が上を通過していくのを感じながら、チップから通常弾Lv3を装填してラギアクルスの腹の下へと回り込んで射出。腹の下から見上げるその全身は巨大だ。
通常体としてラギアクルスの全長は2650cm近くある。海に生きる海竜なのでその体が大きくなるのは頷ける。これでも十分大きいだろうが、アグナコトルには及ばない。
だが上位、G級ともなればこの全長は更に大きくなる。
金冠サイズともなれば3300を超える個体が現れるとされているのだ。
そして目の前にいるこの個体。ざっと十兵衛が見た限りでは、目算――2900~3100近く。
おかしい。
おかしすぎる。
上位の個体でこれほどまで大きい個体がいただろうか?
だが現実を見れば、それが目の前にいる。クエストとして発注され、自分達はこのラギアクルスを標的として戦っている最中だ。
「てぇぇえええい!」
瑠璃が急降下して火竜剣【火燐】でラギアクルスの背後から斬りかかっていく。ラギアクルスに対して大きなダメージを与えられるのが背中……その背電殻だ。ラギアクルスにとっての雷エネルギーを生み出し、蓄えられる部位であり、しかし同時に奴にとっての弱点とされている。
刃はしかし浅くしか入らず、だがそれでも内包されている火属性の力が水中でも発揮されて背電殻を炙っていく。
が、ラギアクルスはそれに意を介さず、少し体に力を入れながら体を曲げていく。それに気づいた瑠璃が慌てて距離を取るように背後へと飛び退ると、その背電殻が発電を始めた。それに伴ってラギアクルスの周囲が放電され、そのエネルギーの残骸が周囲へと霧散していく。
水は電気を通す。数秒程度の発電であったとしても、ラギアクルスが巨大なためにその残骸の放出であったとしても数メートルに及んでいる。
両足が少量の電気によって一瞬痙攣し、バランスを崩してしまうが何とか持ち直す。
そうしてラギアクルスを見てみると、背電殻が淡く光っているのがわかる。あれが電気を溜めている証だ。茉莉がトキシックジャベリンを構えて距離を詰めると、ラギアクルスがそれに反応して振り返る。
そんな奴の頭へと刃を突き入れるも、やはり浅くしか入らない。でも放出される毒がラギアクルスへと少量ではあるものの注入され、ラギアクルスはそれを振り切るように頭を振ってきた。
素早くトキシックジャベリンを引いて弾き飛ばされないようにしつつ、横へと回り込むようにするが、ラギアクルスはその長い首を利用して茉莉へと喰らいついてくる。
「ふっ!」
それを見越して盾を構えつつ前に出る。盾に頭がぶつかるがそれを堪えつつ距離を詰め、振り返る事によって背中が茉莉の前へとやってくる。その無防備な背中へとトキシックジャベリンを突き出していくのだ。
下の方で尻尾が振るわれているが気にしない。背後から何度もトキシックジャベリンを突き出して背電殻へとダメージを与えるが、全然脆くなる様子がない。刃を押し返してくるような硬さはないようだが、しかしそれにしては丈夫すぎる。
瑠璃がもう一度ラギアクルスへと接近し、側面から足や尻尾を狙って斬りかかるが、刃は浅くしか入らない。火属性のダメージによって確かに傷はつけているのだが、ラギアクルスは堪える様子がない。平気な顔で自身に群がってくる小魚を振るうかのように体を震わせ、前足で叩きつけ、尻尾を振るって弾き飛ばしにかかる。
その隙を突いて十兵衛が装填された通常弾Lv3を射出し、それはラギアクルスの胸に着弾すると連続して両腕や首、腹へと別々に跳弾していき、ダメージを積み重ねていく。
この跳弾効果こそ、体の大きな相手に有効とされる。小さい相手ならば跳弾してすぐにあらぬ方へと跳んでいくが、大きな相手ならば甲殻を飛び回り、上下に飛んだとしても首や腹、足や尾へと向かってまた跳弾を積み重ねる事がある。
特に海に生きる相手ならば体が大きくなる事が多いため、有効だと言われているのだ。この大きな個体となったラギアクルスならば、その効果が如実に表れる。鈍い音が連続して響き渡り、あちこちへと跳弾してラギアクルスへと連続してダメージを与え、それに呻いたラギアクルスは小さく唸りながら距離を取るように泳ぎだす。
十兵衛を睨みながら離れた所を泳ぎつつ回り込むその動き、十兵衛はぐっと息を呑んで妃竜砲【姫撃】をしまい、同じように回り込みながら泳いでいく。
同じように瑠璃と茉莉も武器をしまってそれぞれ散開して泳ぎ、ラギアクルスの動きを見逃さない。だが彼らの泳ぎよりも、海に生きるラギアクルスの方が速く泳げてしまうのは仕方のない事。
しかもその体が大きいため、その移動距離も差が開き出す。
気づけば、茉莉はその背後をとられていた。それを見越した瞬間、ラギアクルスはぐっと力を溜め、一気に水を蹴って直進してくる。再び迫りくるその巨体の突進に茉莉はまたしても盾を構えて防御せざるを得ない。
逃げの道をとれば、間違いなく轢かれるのは目に見えていた。
盾を構えた茉莉へとぶつかったラギアクルスは、そのまま体を丸めながら力を溜め、体の側面から彼女へとぶつかりに行く。連続して攻撃してくるラギアクルスに茉莉は歯噛みして耐える。
そうして堪えた後に反撃として一撃お見舞いしてやるが、ラギアクルスはやはり意に介さずに振り返りながら噛みつきにかかる。そうして向き直った先には、火竜剣【火燐】を構える瑠璃がいる。
振り返りざまに頭へと一撃、二撃と斬りかかり、しかしラギアクルスの反撃として噛みつきがせまり、下へと逃げて躱してやり過ごし、がら空きとなった腹へと突き上げて反撃する。
離れた所では再び妃竜砲【姫撃】を構えた十兵衛が、また通常弾Lv3を射出しての連続ダメージを狙っている。
「ヴォルルル……!」
唸り声を上げるラギアクルスがまたしても体に力を入れて発電を開始した。これで二段階の電気の力が背電殻へと収束したことになる。それに舌打ちして瑠璃が今一度背中破壊を狙ってラギアクルスの上をとろうと上がっていくが、ラギアクルスはそんな瑠璃を叩き落すように尻尾を振るってくる。
「あぶなっ!?」
目の前を通り過ぎていく尻尾に飛び退るが、続けて体を捻る事で尻尾が鞭のようにしなりながら迫り、瑠璃を弾き飛ばしてしまった。落下していくその姿を狙ってラギアクルスが雷弾を撃ち出して追撃を仕掛けるが、何とか瑠璃は体勢を立て直しながら横に逃げてやり過ごした。
荒い息が漏れてマスクを湿らせ、通過していった雷弾に脂汗が浮いてしまうのは仕方がない。一歩遅ければ着弾していた攻撃だ。しかもあの尻尾の一撃でリオソウルメイルが若干凹んでいる。
一撃が重い。
それを感じとりながらラギアクルスを見上げる。
奴は……弱者を見下ろすかのように瑠璃を見下ろしていた。背電殻は先ほど以上に光を放ち、少しずつ暗くなっていく海を照らしている。それはまるで後光を背負っているかのようで、それに照らされて浮かび上がるその巨体は、まさしく大海の王である事を見せつけているかのようだった。
ぞくり、と悪寒が背中を這い上がる。
通常弾Lv3を撃ち続けている十兵衛はラギアクルスが放つ殺気が変質した事に気づき、はっとして顔を上げた。
ラギアクルスがまた泳ぎだす。それも三人から距離を取るように後ろへと。
そのままゆらりと体をくねらせて迂回し、海に浮かぶ岩山を回り込みながら更に深く。海底へと降りていきながら姿をくらませていく。だが背中の光がその位置を知らしめているが、それでも深みを増した殺気が伝える悪寒は収まらない。
「二人とも、逃げるッス! これは、やばいッス!」
水竜の守りを通じて十兵衛が焦ったような声が聞こえてくる。だがそれが聞こえたところで、海底から凄まじい勢いで電気が放出され、その奥から奴の咆哮が聞こえてきた。
仄暗い海底の闇を切り裂く矢の如く。電光を纏ったラギアクルスが、体をスクリューのように回転させながら迫りくるその姿。あれだけ離れていた距離を零にしてくるその速さ。
逃げる暇もない。
でも直撃だけは避けるべく瑠璃と茉莉は左右に散った。だが、
「あぐ、ぁあ……っ!?」
「っ……くぅ……!?」
螺旋を描く水の動きはラギアクルスの軌跡を示し、通り過ぎた道には背電殻から放出される電気の道が作られる。ただの直進の突進では生み出せない力が、螺旋の力によって上乗せされ、ラギアクルスの周囲の水流さえも味方につけて敵を吹き飛ばすその力。
奴の巨体が当たりはしなかったが、その水流の力が二人を吹き飛ばし、それだけでなく水流に乗るように電気が襲い掛かって二人を絡め取ってしまったのだ。
盾を構えた茉莉はそのダメージを軽減させるも、体中を侵してくる電気が彼女の動きを止めてしまっていた。
一方盾を持たぬ瑠璃は水流と電気の二重のダメージが襲い掛かり、それだけでなく吹き飛ばされた衝撃でマスクが取れてしまっていた。
「がば、ごぼ……っ、か、くぅ……!?」
口と鼻に入り込む海水にたちまち呼吸困難に陥ってしまう。慌てて離れてしまったマスクを震える手で取るも、入り込んでしまった海水が安定した呼吸を生み出さない。一度それを吐き出さないと、と思っても、体を痺れさせる電気がそれを許さない。
「息、が……ごほっ……」
「瑠璃さんッ!? く、マズイ……何とか状況を……っ!」
十兵衛が瑠璃のフォローをしようとするも、それを防ぐようにラギアクルスが立ちはだかる。それを見て舌打ちし、ポーチから二つの道具を取り出して一度茉莉へと近づいていく。
だがラギアクルスはそれを邪魔するように雷弾を撃ち出してきた。それを十兵衛は、
「破っ!」
足から気を纏った弾を撃ち出しながら回し蹴りをし、それを相殺させた。そのままもう片方の足で水を蹴って一気に茉莉へと近づき、手にした一つの実を彼女に手渡す。
「それを食べて逃げてくださいッス。おいらは瑠璃さんを助けに向かうッス」
「あ、はい……ありがとうございます」
そのまますぐに転進して十兵衛はラギアクルスの下から瑠璃へと近づこうとしたが、そうはさせまいとラギアクルスが急降下してくる。だがそれを狙っていたかのように十兵衛はもう一つの道具、閃光玉を投げた。
たちまち発生する強い光にラギアクルスの目がやられ、悲鳴を上げてもがきだす。そして閃光によって暗い海底も照らされ、消えていく光の奥に一瞬見えた青い物体に気づき、十兵衛はこのラギアクルスが何なのかに気づいた。
だが今は瑠璃を救出するのが先だ。素早く彼女へと接近して下から瑠璃を体を抱え上げ、一気に海面へとあがっていく。
水面から顔を出させ、マスクを取って新鮮な空気を与えつつ水を吐き出させようとしたが、瑠璃の呼吸は小さく、ぐったりとしていた。
「瑠璃さん、瑠璃さんッ! く……応急処置が必要ッスか……!」
呼びかけにも応えない。非常にまずい状態だった。これは一度陸に上がるしかない。
十兵衛は先にエリアを離れた茉莉を追うように、瑠璃を抱えたまま泳ぎだす。
こうして初戦は敗退となる。だがそれもある意味当然の結果ではないかと十兵衛は思い始めていた。
陸に上がり、すぐに十兵衛は瑠璃の応急処置行って飲んでしまった海水を吐き出させる。そうして呼吸を取り戻させるべく茉莉の協力も得て何とか彼女の意識は戻った。
「げほ、ごほ……っ、はっ、はぁ……はぁ……」
咳き込みながらも彼女は何とか命を繋げたのだと実感してくる。呼吸が出来ているという事は自分は生きているという事なのだから。
そして先ほどの事を思いだす。
自分はラギアクルスの攻撃を完全に避けきれなかったのだと。そう感じていると、十兵衛が一つの実を差し出してきた。
「ウチケシの実ッス。残った痺れを取り除いてくれるッスよ」
「……ありがと」
礼を言ってそのウチケシの実を口に放り込み、噛みしめながら飲み込んでいく。これは体に残る電気の力や氷の力、体に纏わりつく龍の力などを治す効果が含まれており、所謂属性の力を消し去る効果を持っているのだ。
ラギアクルスの攻撃にあった電気の力による体の痙攣も、これによって治す事が可能であり、十兵衛はこれを持ちこんでいた。
茉莉に手渡したのもこれであり、おかげで何とか彼女は一人で逃げる事が出来たようだ。
「……さて、さっきのラギアッスが、あれはやばいのは明らかッスね」
「そうですね。水中戦に不慣れだという事を除いても、あのラギアクルスは少しおかしいように思えます。体の大きさから見てもおかしいですけどね」
「一体どうなっているのよ? あたしたちが相手にしているあれって、上位に分類していいものなの? それともただの銀冠サイズなだけ?」
モンスターの大きさは個体によって異なり、その大きさや小ささによって銀冠や金冠サイズが存在する。大抵の場合は大きい相手に付けられる事が多く、上位の中でも特に大きければ銀冠サイズと呼ばれる。
ラギアクルスの場合、3000までくると銀冠とされているようだ。
その上がG級に存在する金冠サイズ。ここまでくると見慣れたモンスターであったとしてもその大きさに度肝を抜かざるを得ないとされる。話に聞けば、東方でポピュラーなモンスターであるアオアシラの金冠サイズは、二足で立たれれば見上げなければその顔が見えないくらいの大きさだとか。
さて、今回のラギアクルスは間違いなく銀冠サイズ。
だが、それだけではない事を十兵衛は気づいていた。
「……G級クラス、ッスよ」
「――え?」
その言葉に茉莉にしては珍しく、呆けたような声を漏らしてしまった。
「あれは、見立てに間違いなければG級クラスだと思うッス」
「……G級って……そんな、嘘……マジ?」
「信じられないッスが、たぶん……そうだと思うッス」
瑠璃の言葉に彼は頷いた。
だがそれでも信じられないのは仕方がない。自分達は上位ハンターであり、G級に分類されるクエストは受注できない。そしてクエストは問題なく受注されたし、あれを取った場所も上位クエストの欄だったことも間違いはない。
しかし蓋を開けてみれば、そこにいたのはG級に分類されるだけの個体のラギアクルス?
一体何の冗談だというのか。
「気づいていたッスか? あのエリアの海底に一つの死体があった事を」
「死体?」
「……ラギアの死体ッス」
その言葉に、二人は気づいた。それが意味する答えに。
「あれがおいらたちが相手にするはずだった上位個体のラギア。あのラギアは死体となっているラギアの縄張りに侵入し、食い殺したと考えられるッス。そうして新たな縄張りを獲得した――G級ラギアクルス。それが奴の正体だと推測できるッス」
その言葉を言い終えた刹那、エリアの空気が変わった。はっとして海へと振り返れば、夕日が沈みはじめ、赤く染まり始めるその海の向こうから一つの巨影が近づいてくるのがうっすらと見えた。
三人は立ち上がり、身構えたその時、一度その影が海の奥へと沈んでいく。だがすぐに奴は一気に浮上し、その勢いを利用して陸上へとあがってきた。
それだけでなく、口元に雷エネルギーを収束させており、着地して滑りながら雷弾を連続して撃ち出してくる。三人は散開し、先ほどまで立っていた場所が雷弾によって吹き飛ばされてしまう。
それぞれ地面を滑りながら武器を構え、陸へとあがったそのラギアクルスを見据える。
どうやら逃がすつもりはないらしい。これでは逃げてもすぐに追いつかれるか、背後から雷弾を撃ち込まれて終わりだ。
しかもここは孤島。
ここから逃げるには、船を用意して海を往くしかない。そしてその海は――奴にとっての庭も同然。
逃げられない。
逃げたければ、奴を討伐するしかない。
上位ハンターが、G級のモンスターへと挑む構図がここに完成してしまったのだ。
それを改めて実感すると、瑠璃と茉莉は冷や汗を流さずにはいられなかった。
頭の中にはユクモ村で出会ったあの男、迅雷の言葉が蘇る。彼はこう言っていたではないか。
ラギアクルスをはじめとする海のモンスター達が増え始め、それもG級に分類されかねない個体が確認できる、と。
それが、目の前にいるこのラギアクルスといった実例というわけだ。それはまさに上の領域の体現者。上位とG級という隔たれた壁を示す存在。
「グルルルル……!」
低く唸りながらラギアクルスが歩きつつ距離を詰めてくる。それに瑠璃は冷や汗をかきながら震えるしか出来ない。こうして直に相対してみれば、発せられる殺気が明らかに上位のものではない事がわかってしまった。
飲み込まれている。
それに十兵衛は気づき、妃竜砲【姫撃】から拡散弾Lv2を撃ち出してやる。それは狙い通り頭へと着弾し、数度の爆発を引き起こした。その衝撃にラギアクルスは驚き、頭を振って十兵衛を睨み付ける。
「瑠璃さん、茉莉さん! 呑み込まれればそこで終わりッス! 生きたいというならば、それに抗うッス! 大丈夫! おいらたちはやれるッス! やるしかないんス! 気持ちで負けてしまえば、目標にも願いにも届かないッス!!」
『っ……!』
十兵衛へと向き直ったラギアクルスが、一歩退きながらうつぶせになり、勢いをつけて地面を滑りながら十兵衛へと迫っていく。一気に距離を詰めてくるその巨体に、十兵衛は冷静に横へと逃げながら弾を装填し、背後へとブレーキをかけながら滑るラギアクルスへと貫通弾を射出した。
彼は戦っている。
人見知りで気弱な部分がある彼が戦っているのだ。
その姿を見せられれば、発破をかけられれば、それに応えずして何が仲間か!
二人の目に活力が戻り、改めて気合を入れ直して翼を広げる。
そのまま地を蹴って一気にラギアクルスへと距離を詰めると、奴は勢いよく振り返って首を引き、雷弾を撃ち出してくる。それに関しては他の飛竜らのブレスと何ら変わりがない。弾道さえ読めれば当たりはしない。
体を捻ってやり過ごし、瑠璃が顔から背中にかけて切り裂くように火竜剣【火燐】を構え、一気にラギアクルスの側面を飛行して通過する。
それに振り返ろうとしたラギアクルスではあったが、続けて迫ってきた茉莉が構えるトキシックジャベリンが頭へと突き出され、それに頭を振って弾き飛ばしにかかる。茉莉は一度退き、首から胸へと一気に振り下ろすようにトキシックジャベリンを振るったが、刃は相変わらず浅くしか通らず、想定していた血の噴き出しはそこにはなかった。
(さすがはG級といったところですね。鱗の強度が並みじゃない)
トキシックジャベリンには茉莉の気が纏われており、刃の強度を上げているのだがそれでも浅くしか刃が通らない。毒は注入できているかもしれないが、トキシックジャベリンの攻撃力はそのまま通っていないようだ。
だが背後から支援として十兵衛が妃竜砲【姫撃】に毒弾を装填し、ラギアクルスへと撃ち込む事で毒の蓄積度を上げている。これにより、少し早い段階でラギアクルスが毒状態となった。
口から少し苦しげな声が漏れて聴こえてくるのがその証だろう。
背後へと回り込んだ瑠璃は着地し、尻尾へと向かって火竜剣【火燐】をダブルセイバー形態へと切り替えて回転させながら斬りつける。高速で刃が尻尾を切り裂いていき、爽快な火属性の爆発音が響き渡る。だが、それでも鱗は数枚しか吹き飛ばず、厚い鱗が受け止め続けているため肉はなかなか露出しなかった。
(上位の武器じゃこんなものだっての? くっ……素材こそ揃っていても撫子姉さんがいないからこれを強化出来ないのが難点ね……!)
これは撫子のオリジナルの武器のため鍛冶屋に出したとしても強化のカタログが存在しない。存在するとしたらこれを制作した撫子の頭の中であり、強化するには彼女の手を借りなければならない。
だがそれでも上位の武器の中では十分に性能が備わっているのがこれだ。そこらの火属性武器に並び立つか、少し上の性能を持つ火竜剣【火燐】は瑠璃にとっての愛剣の一つではあるが、それはこの目の前にいる敵には若干通用していないらしい。
「グルッ!」
目の前にいる茉莉と背後にいる瑠璃を薙ぎ払うように側面から大きく口を開けて噛みつきながら振り返り、それに合わせて尻尾を振るうが茉莉はそれを意に介さないように盾を構えて前に踏み込んだ。
ランサーにとってその攻撃は逆に反撃、カウンターのチャンス。がら空きとなった腰元へと一気に刃を突き入れるものの、これでも刃は浅い。だがその浅さが今までよりも違う。刃は浅くともしっかりと鱗を突き破って肉へと到達していた。
手ごたえがあった。それを実感しながらトキシックジャベリンを引き、もう一度突き入れる。
瑠璃も薙ぎ払われる尻尾を飛び越え、迫ってきた顔を下から斬り上げるようにして火竜剣【火燐】を振るう。顎から鼻先へと届いた刃が火によって爆ぜ、ラギアクルスを奇襲するが、それもまた首を軽く振って痛みを振り払う。
ぎろり、とその瞳が動き、宙に浮く彼女へと喰らいついてくるが、翼を羽ばたかせて躱して反撃。その立派な角を吹き飛ばすように長剣形態へと切り替えた瑠璃は火竜剣【火燐】を突き出すも、やはり刃が甲殻に防がれてしまう。
「こ、の……!」
だがそれで諦める瑠璃ではない。一度でダメならば二度、と連続して両手で握りしめた火竜剣【火燐】を振るうが、ラギアクルスに確実なダメージを与えるには至らない。
ラギアクルスもちょこまかと動く瑠璃へと何度か噛み付きにかかり、時に雷弾を放つがそれでも捕えられない。そんな彼女に苛立ったラギアクルスは一度身を引き、背電殻に蓄積された電気を一気に活性化させ始める。
それを見た十兵衛ははっと息を呑み、「二人とも離れるッス! 電気が解放されるッス!」と二人に叫ぶ。ラギアクルスに肉薄している二人は気づかず、離れた所で銃撃している十兵衛だからこそ気づいた事。
それに瑠璃と茉莉は顔を上げれば、背電殻からバチバチと音を鳴らして電気が放出され始めている事に気づいた。急いでラギアクルスから離れていく二人だが、既にそれは解放され出した。
ラギアクルスを中心として数メートル範囲で鳴り響く雷が弾ける音。それに伴って眩いばかりの光が弾ける連鎖と、高電力の弾幕。それはまさに雷の檻。背電殻から放出されたそれは周囲の得物を逃さない檻と化し、その中に閉じ込めた得物を不定期に襲い掛かる電気の弾丸を弾けさせる。
瑠璃は上空に逃げる事で何とか難を逃れたが、茉莉は盾を構えたまま後ずさって逃げるしかない。今飛行したとしてもこの檻から完全に離脱できるとは限らなかった。
不規則に動く電光に体の動きはがちがちとなり、しかし何とか盾で電気を防ぎながら範囲から逃れかけたその時、横から襲い掛かる雷エネルギーに腕が接触し、感電してしまった。
「――――ッッ!?」
声にならない悲鳴が上がり、続けて襲い掛かってきた第二撃が茉莉に直撃し、それによって茉莉は意識を飛ばされてしまう。それでも電気が彼女を倒れさせる事を許さず、しばらくその場に縫い付けられながら茉莉はただただ感電させられ続けてしまう。
「茉莉ぃッ!!」
上空から瑠璃が叫ぶが、それに茉莉は応えられない。リオハートシリーズの雷耐性故に致し方なし。ジンオウガの時だって危険だったが、今回は相手がG級。雷光虫の力を借りるジンオウガと違い、ラギアクルスは背電殻の発電によってエネルギーを作り、解放している。
その差異はあれどランクの違いという壁が存在し、茉莉にかかったダメージは容易にジンオウガを超える事を推測させる。
地面に倒れて無防備となってしまう茉莉を救出すべく、瑠璃が急降下するが、ラギアクルスがそれを阻止するように尻尾を立てて振り回し、茉莉に向かって頭上から噛みつきにかかる。
だがそれを止めるように十兵衛が急速に距離を詰め、茉莉の体を抱え上げて離脱した。
その際彼女の手からトキシックジャベリンが滑り落ちたが、これに気をとられる暇などない。急速にブレーキをかけて振り返れば、獲物が逃げた事でラギアクルスが唸り、十兵衛に向き直って砂浜を蹴る。すると十兵衛に向かって一気に距離を詰めるように砂浜を滑ってきた。
それにまた横へと逃げるように跳び、腰に当てながら構えた妃竜砲【姫撃】から通常弾Lv2を射出していく。重量がある上にきちんと狙いを定めていない攻撃ではあるが、側面から見ても巨体であるそのラギアクルスにばらばらにちゃんと着弾している。
これは牽制なのでダメージがなくても構わないという狙いだ。横目で見ると、瑠璃がトキシックジャベリンを回収しているところだった。それに頷き、十兵衛はラギアクルスから逃げるように走り出す。
だがそれを逃がすラギアクルスではなかった。すかさず四足で走りながら追いかけてくる。瑠璃もそれに続くように飛行して後を追うが、トキシックジャベリンを手にしているため火竜剣【火燐】を振るう事は出来ない。
しかし彼女の武器はそれだけではない。大きく息を吸いこみながら火の粒子を集め、一気に噴き出してやれば火炎放射がラギアクルスの背後から襲い掛かっていく。
背後から突如襲い掛かってきた火炎にラギアクルスが反応したようだが、その火力では止められないとばかりにまだまだ追いかけてくる。
そのままエリア9へと南下してもなお奴は追いかけ続け、そのまま一度うつぶせになって地を蹴って滑ってくる。それをやられれば横に逃げるしか出来ない。妃竜砲【姫撃】はもう腰に戻されており、片手で抱えていた茉莉はお姫様抱っこになっている。
それを一度胸へと抱え上げ、十兵衛は生えている石柱へと飛び、そのまま柱を蹴って別の石柱へと飛び、片手を伸ばしてグルンと回転してラギアクルスを飛び越えて着地する。
その曲芸のような軽業に飛行している瑠璃は驚きを隠せない。あれほどの体術、一体どこで習得したというのか。そしてラギアクルスもまた驚きを隠せないようで、若干目を見開らいている。だがそれでも十兵衛から視線を外さず、雷弾を撃ってきたが、十兵衛は振り返りざまにまた回し蹴りを放って圧縮された気弾を撃ち出して相殺。
続けてもう一つ、今度は刃を化した気を回し蹴りと共に放って攻撃する。
それはラギアクルスの頬を切り、薄く出血させてしまった。そこを狙うように瑠璃が追撃の火炎放射を放ち、傷口が高温の炎に炙られる。それに首を振ってやり過ごそうとしたところでまた十兵衛は茉莉を抱えたまま走り出し、エリア5へと逃げていく。瑠璃もそれに続き、何とか二人はラギアクルスをまく事が出来たのだった。
もう日も暮れる。
今日の戦いはこれで終わりだ。
G級。
その壁は厚い。
それを実感する完全なる敗走であった。