日が完全に沈んだ事でうっすらと空に星々が煌めきだしたころ、茉莉の意識が戻る。彼女はベッドに寝かされており、瑠璃の手によって手当てが施されていた。ウチケシの実の効果によって体の痺れはなくなり、回復薬グレートによって傷の具合も良くなっている。
十兵衛が夕食を作り、体力の回復を促進させるようなメニューを組んで作られた。
それを静かに食べながら三人はこれからの事を考える。
迎えの船は三日後にくる予定だ。海上で船を待たせるわけにもいかず、しかも二つのハンターグループをそれぞれ別の孤島へと送り届けたのだ。そしてハンターを狩場へと送り届ける船は必要であり、あの船は一度タンジアの港へと戻って別のハンターの送迎を待つ。
つまり、三人は帰る術はない。
もちろん、クエストをリタイアするならそれでも構わない。信号を空に打ち上げれば、それによってギルドへとリタイアの旨が知らされる。そうすると、迎えの船は来るだろう。
だが、それが出来たとして安全に帰れる保証はない。
あのラギアクルスは自分達を獲物だと認識した。自分を狩りに来たわけではないが、戦えるだけの力を持つ獲物だと認識した事は間違いない。
つまり、自分達が海に出ればそれに感づいて後を追ってくるだろう。そうなれば帰りの船が襲われる可能性が高い。
やはり奴を討伐するしかないのだろうか。そうしないと安全に帰れない気がしてきた。
翼を持つ瑠璃と茉莉ではあるが、長い距離を飛行し続けられるだけの体力があるわけではない。なにせここまで来るのに船で数時間だ。飛行するという事は数時間は飛び続けなければならないことを意味している。
そんな体力、あるわけがない。
やはりここに閉じ込められた感じだ。この孤島そのものが三人を封じ込める檻と化している。本来のラギアクルスは恐らくこの孤島を含む海を縄張りとしていたのだろうが、あのG級ラギアクルスがそれを侵し、仕留めた事で奴の縄張りと化したのだろう。
そして三人に目をつけているから、しばらくはここから離れる事はないと推測できる。
(……討伐、出来るの? 今のあたし達に)
陸上ならば戦えるだろう。自分達の本来の領域は陸だ。ラギアクルスを相手にする際は水中ではなく陸上ならば戦いやすいとされている。なので奴を陸上に留めながら戦えることが出来れば、勝機を見出せるだろう。
だが明日になればまず間違いなく奴は海にいる。
ということは開幕は水中戦である事は間違いない。
G級に出会ってしまったという事で竦み上がってしまったが、明日はいつも通り……いや、いつもより少しの不調だけで戦えるだろうか?
そんな不安が鎌をもたげる。
当然だろう。
G級を相手にするには自分達では無理がある。装備の問題だけじゃない、経験が足りないのは明らかだ。そんな相手に勝てる自信なんて、持てる方がどうかしている。
以前戦った実力を試されるためにあてがわれたジンオウガを相手にするときだって最初は苦戦していたのだ。今回は実力だけでなく戦場からしても不利。ジンオウガの時以上に勝てるビジョンが見えてこない。
……いや、ジンオウガの時とは違い、今回は十兵衛がいる。
しかも先ほどからとんでもない事をしでかしているではないか。思い出したら訊かざるを得なくなってきた。瑠璃は黙々と夕飯を食べている十兵衛を見やり、口を開く。
「ねえ、十兵衛」
「はい、なんスか?」
「あんたって、本当はどれくらい強いの?」
「……ん?」
瑠璃の問いかけに十兵衛は首を傾げる。質問の意味を計り損ねているのだろうか。
そんな様子に瑠璃は捕捉していく。
「逃げる時に見せたあの動き、普通じゃないわよね? 茉莉を抱えて、そのディアブロUシリーズもあって、その上でのあの動き。明らかに体術に心得がある動きだったじゃない」
「……ああ、その事ッスか。確かにおいらは体術……というより格闘術の心得があるッス」
「格闘術?」
「母親の教えで鍛えられたッス。ガンナー、それもヘビィボウガン使いになるんだったら体を鍛えておかないとって言われて、幼い頃から仕込まれてきたッス。ヘビィは重いッスからね、両腕だけでなく体のつくりから鍛えられたッス。それだけでなく接近された際の距離の取り方とか、護身術も仕込まれたッスね」
「じゃああの気弾とかは?」
「あれは気の応用ッス。それだけでなく魔力の運用も母親に仕込まれたッスからね。これらを組み合わせて身体能力の底上げをしたおかげでこの通り、ディアブロUシリーズを付けていても軽々と動けるだけの体になったッス。そして気弾、気刃とかもある程度は使えるッスね」
「……あんたの母親って何者なのよ……?」
「ただのハンターッスよ。ちょっと変わってるッスが、うん、ただのハンターッス」
そう言う十兵衛の声色が少し変わっているような気がしたが……気のせいだろうか。
だが十兵衛の体が鍛えられているというのは前々からわかっていたが、まさかそんな背景があったとは。それだけでなく格闘術に気を乗せた一撃や遠距離からの攻撃手段、気弾や気刃も放てる腕も持つ。
……まるでクロムのようだと思わずにはいられない。
自分よりも少し小さい十兵衛に秘められた実力。しかしそれも自分達よりかなり年上の人間ではない、という点から考えれば納得してしまいそうだ。
「ねえ、同じ質問をしてしまうけど、十兵衛って本当はどれくらい強いの? 上位で活動しているけど、本当はG級ハンターってオチはない?」
「…………まあ、少し触れた程度にはやってるっスよ」
「おー……これはこれは。G級ハンターだったんですかー」
「でもドス系とか、牙獣種とか、モンスターレベルでは低めしか相手にした事はないッス。それに、長く火山を中心とした地域に引きこもっていたッスからね。ブランクによって実力は落ちてるッスよ」
「炭鉱夫をしてたんでしたね。どれくらいの期間潜っていたんです?」
「……たぶん、四、五年ぐらいッスかね」
「四、五年っ!? なんだってそんなに潜ってたのよ?」
「……色々あったんスよ。その辺りの事は触れないでくださいッス」
恐らく火傷の事だろうか。俗世から離れるために火山に潜っていたんじゃないか、という推測がいよいよ真実味を帯び始めている気がする。
だがその四、五年という期間は確かにブランクを産むには十分な時間だ。炭鉱夫をしている間も時々狩りをしていたのだとしても、それ以上にただ火山を上り下りしてピッケルを振るうだけの日々を過ごしていたのならば、十分ブランクを産む。
……本当にブランクがあるんだろうか、と思わないでもない。
何せ彼はそれを抜きにしても、十分にヘビィガンナーとしての実力があるように見えるためだ。素早い装填に狙い狂わない狙撃、支援のタイミング。ハンターとしての知識も十分だし、フォローに回る速さも確かなものだ。
十分に優秀なハンターだとはっきりと言える実力を持っている。
これでブランクがあるというならば、それは謙遜にしか聞こえない。だが謙遜でないならば、本来の実力はどれほどのものなのか。そしてそれを隠す真意は何なのか?
萩原十兵衛と言う人物がよくわからなくなってきた。
しかしこの話により若干道が見え始めた気がする。
一時期とはいえG級ハンターだった十兵衛。ブランクがあるようだが、それでも十分に実力がある彼がいるならば、あのラギアクルスを突破する可能性が生まれてきたんじゃないだろうか。
それは瑠璃だけでなく茉莉も感じ始めていた。
「十兵衛さん。あのラギアクルスを討伐するための策はなにかありますか?」
「……真正面からぶつかり合うのは、危険に満ちているのはお二人もわかっていると思うッス。だから搦め手を使っていくしか道はないッス」
「搦め手……」
「落とし穴、シビレ罠、毒、麻痺、閃光、滅気、眩暈……とにかくこれらを使ってラギアの動きを止め、一気に攻撃を仕掛けて離脱。これに尽きるッスね」
「……落とし穴は水中では使えないので陸上戦しかないですね。麻痺は投げナイフでやるとして、滅気はどうするのです?」
「姫撃は滅気弾が撃てるッス。狙う隙があれば射出するッス」
滅気弾は着弾すると相手を披露させる効果のある成分を撃ち込める弾だ。モンスターも生物。動き続けたり攻撃し続けたりすればいずれ疲労が蓄積し、動きが怠慢になってくる。それは例えG級であったとしても逃れられない。
滅気弾を撃ち込めば更に疲労を蓄積させ、それが一定を越えれば敵の動きが緩慢になり、隙が多くなってくる。ブレスも撃ち出せなくなったり、突進しても転倒してしまったりと、疲労によってハンターが得られるチャンスは多くなってくる。
更に頭部に着弾すれば相手の頭を揺さぶり、眩暈状態へと近づけさせる事も可能だ。
なるほど、滅気弾が撃てるというのは自分達にとって大きな鍵となる。瑠璃と茉莉もそれに気づき、少しずつ目に力が宿りだした。
「とにかく無理なく攻める事が肝心ッス。大まかな動きはランクが違っても同じラギアッスが、体が大きいため範囲が変わっているッス。そして一撃の重さも違うッスから気をつけるッス」
「確かに一撃の重さが違ってたわね……」
そう言って瑠璃がリオソウルメイルを撫でる。横殴りに振るわれた尻尾による一撃でそこは少し凹んだままだ。当然ながら彼女らの防具は鎧玉などによって強化が施されている。
クエスト報酬やピッケルによる採掘によって鎧玉シリーズはある程度溜まっている。これらを使って強化しているため、G級装備には及ばずとも近しいまでの防御力はある。
それで、この状態だ。
強化していなければ凹むどころか破壊されていたかもしれない。その想像にぞくりとする。
「とにかく何としてでも躱す、または防御できるように心がけるッス。そして発電していた場合、それが解放されるサインを見逃さないようにするッス」
「気をつけましょう。あれはもう勘弁です」
雷耐性がないので雷弾や放電が直撃すれば体にかかるダメージは増加してしまう。防御しきれればいいのだが、それが出来れば苦労はしないし、ぶっ倒れる事はなかった。明日は気をつけようと改めて意を決する。
それからはラギアクルスに対する心構えや対策、明日の溜めの調合を進めて早い目に就寝して体力回復に努めるのだった。
○
一方、別の孤島にて。
プルート達は目の前にいる獲物を前に戦っていた。見上げるほどにまで巨大な蛇。月を背にじっとプルート達を見下ろすその大蛇は、大海蛇シーサーペント。
海岸で相対している両者の戦いで、優位に立っているのはどちらなのか。それは負傷率でわかるだろう。
背中側は蒼い鱗、腹側は白い鱗に覆われているシーサーペントだが、そこに多くの赤が染め上げられている。舌を震わせ、少し苦しげな息を漏らしながらも、シーサーペントは戦意を失っていなかった。
「……久方ぶりのG級ではあるようだが、どうだ? 天よ」
「ま、悪くはないんじゃない? いい血が取れると思うよ。一応こいつも蛇竜だし」
「でも、やっぱり驚きですなぁ。まさか上位ではなくG級の個体やなんて。これはギルドの不備というものなん?」
「さてな。詳しい事などわかるまいよ。最近のモンスターどもの活性化の一件がある故に、ギルドの不備を問い詰めたところでどうにもならぬわ。それにG級ならばG級で我らにも得られるものはあろうよ。……ふんっ!」
プルートが手にしているのは王牙大剣【黒雷】。ジンオウガの素材を使って作られた雷属性の大剣であり、死してなお王者の風格を感じさせる力を秘めた大剣だ。
彼がそれを振るえば、轟く雷鳴を響かせながら雷撃の刃がシーサーペントへと襲い掛かる。素早く体を捻ってそれを躱すが、荒れ狂う雷撃の残骸が体の側面を撫でていく。それに呻いたが、シーサーペントは一度息を吸い、濁った液体を吐き出してくる。
それは奴の麻痺毒を含んだ毒液。頭上から降り注ぐそれを掻い潜り、接近するのは天和と刹那。天和が手にしているのはやはりいつも手にしている一振りの刀。本来の力を引き出せなくとも、それは十分に力を持つ刀だ。
G級相手だろうと、彼女の気に反応して弾かれないだけの切れ味を見せる。そして血を得るたび、少しずつその力の片鱗を覗かせていく得物だった。
刹那が手にしているのは氷刃【雪月花】。ピュアクリスタルとエルトライト鉱石に、強い氷の力を秘めた瞬間凍結袋に凍った粘液塊といった素材を使う事で、高い切れ味と氷の力を内包する氷の太刀だ。
見た目からしても人が手にするような刀に近しい一品であり、氷のような青の刀身は美しさすら感じさせる。しかも特注品なのか、その刃渡りは対人戦で使う刀に近しく作られている。
盲目の彼女が問題なく振るえるようにという配慮なのだろうか。
だがそれを抜きにしても、彼女の立ち回りは盲目である事を感じさせない。頭上から降り注ぐ毒液が見えているかのようにひらりひらりと躱していき、鞘に収めている氷刃【雪月花】を目にも止まらない速さで抜き放つ。
居合い剣術だ。
夜の海に描かれる青い軌跡はシーサーペントの体を斬り、内包されている氷属性の力によって傷口が凍結していく。反撃するように刹那へと噛みつきにかかるが、軽やかに跳躍して顔を飛越し、通り過ぎていくその体へと氷刃【雪月花】を振りおろし、離脱していく。
蛇というものは全身の筋肉を駆使して、その体からは想像もできない程の素早さで伸び縮みするが、これだけ巨大ともなれば体はがら空き状態となる。その隙を埋めるかのように巻き付いてくるのだが、それを察知して跳び越せばそれも無意味となる。
が、背後にあった尻尾が降り上げられ、先端が振るわれて刹那を弾き飛ばしてくるが、小さく「障壁」と呟きながら宙に気の足場を作ってそれを蹴って急降下して回避する。
入れ替わるように天和が刀を振るって斬りかかり、またプルートが顔めがけて王牙大剣【黒雷】を振るって雷の気刃を放ち、大きな傷を与えていく。
尻尾、頭突き、噛みつきに毒液。どれもこれも短い動作で躱され、逆に自分がいいように攻撃され続ける。その事実にシーサーペントは戦慄し、小さく呻いて海へと退却していった。
今はもう夜。海は深い闇に閉ざされてしまっている。この環境の悪さの戦場へと飛びこめるはずがない、とシーサーペントは思ったのだろうが――相手が悪かった。
「視力強化」
そう一言プルートが呟き、自分と天和へとその術をかける。続けて水中メガネをおろし、酸素瓶とマスクを用意して三人は一斉に海へと飛び込んでいく。
たちまち暗い水中が視界に入り込んでくるが、すぐに強化された視力によって逃げていくシーサーペントの姿を捉える。更にプルートが「水中感知」と口にすれば、二人の視界が明るくなってくる。
まるで昼間の海の中へと潜っているかのような視界を確保する事が出来てしまった。これがプルートが習得した夜の海でも戦えるための備え。これが効いている間は暗い海であろうとも敵を見逃す事がない。
刹那は盲目なので視界なんていうものはない。彼女は心眼によって周りの状況を把握してしまうのだから。
追ってくる三人に気づいたシーサーペントはまた唸り、舌を震わせながら振り返ってくる。体をくねらせながら向き直り、ぐっと体を丸めながら力を溜めだす。その予備動作に気づいた三人は一気に散開し、それを追うようにスクリューのような螺旋の動きで弾丸のように飛び出してくる。
「数分でケリをつけるぞ! 天、刹!」
「そーだねー。もう眠くなってきそうだし、それを目指しますか……っと!」
「相変わらず無茶を言いなはる。まあ、頑張りましょ」
敵の領土であったとしても、三人の調子は変わらない。暴れるシーサーペントに恐れをいだく事もなく、彼らはただ己のペースを保って狩りを行っていくのだった。
○
次の日、朝食をとり終えた瑠璃達は準備を整えて再び海を目指した。その際に鬼人薬グレートと硬化薬グレートを飲み、体に小さなドーピングを施しておく。
エリア10は平穏そのものであり、ここに来るまでの間もラギアクルスはいなかった。という事はやはりこの海のどこかにいるという事になる。
そう思ったのだが、不意に遠くの海からゆらりと妙な気が接近してくるのを感じた。島の周囲を巡ってくるかのような気配であり、十兵衛が双眼鏡を取り出してそちらへと向けて見てみた。
すると、確かにそちらからこの海岸に向かってゆっくりと近づいてくる存在が確認できた。同時に纏っているその気迫から、昨日戦ったあのラギアクルスである事が判明すると、三人は武器を抜いて臨戦態勢に入る。
奴がこのままこっちに近づいてくるならば、無理に海に飛び込んでまで戦いに行く必要はない。それはまさに城主の庭に無策で土足で入りこむようなものだ。海こそ奴の領域、奴が得意とする戦場に踏み入っていくなど愚かにもほどがある。
人は、陸上でこそ本来の力を発揮する。
奴がせっかく接近してくるならば、陸上へと歓迎してやればいい。
茉莉が角笛を取り出して吹き鳴らせば、ラギアクルスの意識が完全に三人へと向けられる。一度、角笛の音に反応して止まったようだが、改めて向き直ると少しずつスピードを上げて海を泳いでくる。
よし、釣れた。
実際に釣りをしているわけではないが、まさにこれは垂らした釣り針に手ごたえあり、という感覚だ。
三人は一度海から離れるように距離を取っていき、十兵衛は落とし穴をポーチから取り出して腰へと下げてスタンバイする。
「ヴォォォオオオオオオオオオオオオッ!!」
海中からラギアクルスの咆哮が響き渡り、そのまま勢いをつけて陸上へと飛び出してきた。その巨体が瑠璃に向かっていき、そのまま彼女を押し潰しにかかっていく。素早く地を蹴って横へと跳んで逃げ、背後で鈍い音を立てて着地しながら滑っていくラギアクルス。
そんな奴を歓迎するべく、茉莉が盾を構えながら距離を詰めてトキシックジャベリンを突き出し、十兵衛は落とし穴を設置して妃竜砲【姫撃】に毒弾Lv2が詰まったベルトリンクを繋ぎ、連続して撃ち出していく。
昨日の毒は完全に分解されているだろうが、奪った体力は完全に戻っていないはずだ。抗体が出来たとしてもそれは微々たるものになっているだろう。ならば今回撃ち込まれていく毒も十分に奴の体力を削ってくれるはず。
撃ち込まれていく毒弾に反応してラギアクルスが振り返り、十兵衛へと雷弾を撃ち出し、トキシックジャベリンを突き出してくる茉莉を押し潰すべく上半身を持ち上げる。
それをバックステップしながら盾を構える事で防御し、カウンターを撃ち出すように胸へとトキシックジャベリンを突き入れる。その隙に瑠璃が火竜剣【火燐】を構えて左前足から腹へと切り裂きに行く。
すかさずラギアクルスがその瑠璃を追うべく首をひねって噛みつきにかかり、体を反転させながら尻尾を振るっていく。
当然迫ってくるラギアクルスの顔に気づかないはずもない。翼を広げて横へと逃げ、持ち上げられる顔、首へと火竜剣【火燐】を振りかぶる。しかしやはりというべきか刃は浅くしか入らない。
だがそれでも構わない。小さなダメージでも積み重ねていけば大きなダメージとなる。
着地した瑠璃が素早く腹へともう一度斬りかかりながら背後へと回っていく。それを追うべくラギアクルスがもう一度噛みつきにかかり、もう一度茉莉や十兵衛らの方へと向き直る。
すかさずその頭へと茉莉が盾を使って殴りかかりつつ横へと逃げ、空いた部分を埋めるべく十兵衛の通常弾Lv2が着弾していく。
昨日からいいように遊ばれた感がある十兵衛をラギアクルスは忘れてはいないようだ。ぐっと体を引きながらうつぶせになると、十兵衛を撥ね飛ばすべく地を蹴って滑っていく。だがそれこそ十兵衛の思い通りだった。
素早く背後へと跳びつつ別の弾を装填すると、誘い込まれたラギアクルスは彼が仕掛けた落とし穴へと落ちてしまった。
「グォォァァアアアアッ!?」
落とし穴に落ちた事で無防備となってしまうラギアクルス。その正面から十兵衛は装填した滅気弾Lv1を連続して頭を狙って撃ち込んでいく。背後からも瑠璃と茉莉が合流し、瑠璃は背中を、茉莉は首と胸へと攻撃を仕掛ける。
「はぁ……ふぅ……ふっ!」
瑠璃はこの好機に感情を昂らせず、むしろ落ち着かせて火竜剣【火燐】を振るっている。それはジンオウガ戦でも見せたあの精神統一の心構えだ。目つきが変わり、キレのある剣技によって背電殻へと火竜剣【火燐】で攻撃を仕掛け、破壊を狙っていく。
穴から抜け出そうともがいているようだが、それでも背中はあまり位置が変わらないため問題なく連続して攻撃できる。刃が背電殻を通る度に僅かに血が吹き出し、それに乗って小さな欠片が飛び、それを炙るように火炎が噴き出される。
茉莉もどっしりと構えてトキシックジャベリンを突き、引き、また突きと繰り返して右前足や胸へとダメージを積み重ね、それだけでなく染み出る毒を撃ち込んでいく。
十兵衛は持っている滅気弾Lv1を全弾撃ち終えると、今度は火炎弾のベルトリンクをチップから伸ばし、膝をついて妃竜砲【姫撃】を両手で構える。そうしてもがき続けるラギアクルスへと一気に連続して射出していく。
顔を中心として両肩や首と狙撃を続けて一気にダメージを積み重ねれば、少しずつ鱗が吹き飛んで肉が露出し始める。どうやらいよいよ鱗の守りが崩れ出しているようだ。だがそれも微々たるもの。その全体の大きさからすれば小さな点でしかない。
それに、いよいよラギアクルスのもがく力に耐えきれず落とし穴の効果が失われようとしていた。前足を地面についてその体を穴から抜いて脱出する。
「グルル――――ヴォルァァァアアアアアアアアッッ!!」
いいように攻撃し続けられてラギアクルスの怒りが溜まったようだ。大きく息を吸いこんで辺りに響き渡る程の怒号が発せられた。茉莉は耳を塞ぐが、高級耳栓がある瑠璃と十兵衛はすかさず茉莉をフォローできるように位置を変えて攻撃を仕掛けていく。
瑠璃は切り込むのではなく気刃を放っての遠距離に切り替える。怒り状態となったならば斬り込むのは危険すぎる。何かあった際でも逃げられる遠距離から攻撃すれば事故の危険性は少なくなる。
低く唸ったラギアクルスはぐっと力を込めると、背電殻に雷エネルギーが蓄積され始める。発電だ。それに従って背中から発せられる電気が周囲にまき散らされる。
だが離れている瑠璃達にはその影響はない。隙だらけとなっているラギアクルスへと更に追撃を与えていくものの、効いている様子はない。そのまま海の方へと下がりながら振り返り、口元へエネルギーを収束させて雷弾を撃ってくる。
瑠璃と茉莉はそれぞれ左右へと散り、茉莉はトキシックジャベリンを一度背中へと戻し、ポーチから麻痺投げナイフを取り出した。怒り状態となればランサーである彼女は近づけない。
遠距離攻撃は一応持っているが、気を纏わせて突き出すよりこの麻痺投げナイフの気刃を放って補助に回った方が安全だった。だが距離を離したところでラギアクルスにはその距離を詰める手段が存在している。
ぐっと力を込めてうつぶせになればまたあの滑り込みがやってくる。だが今回は背電殻に溜められた電気が解放され、ラギアクルスの周囲に放出されながら巨体が迫ってくる。
例え横に逃げて突進を回避したとしても、放出されている電気の網が捕えてくるという事か。しかし今回は二人ともそれすらも逃げることに成功。
背後にブレーキをかけながらラギアクルスが止まるところを狙って十兵衛が通常弾を撃ち込んでいき、瑠璃が火竜剣【火燐】を振るって気刃を放っていく。
それに苦痛を感じる様子はなく、また振り返りながら雷弾を撃ってくる。それで牽制しつつ、十兵衛へとまた滑りながら迫っていき、十兵衛はそれから横へと逃げる。だがラギアクルスはブレーキをかけて停止すると、素早く尻尾を振るって十兵衛へと攻撃を仕掛ける。だがそれもバックステップをしてやり過ごし、装填した貫通弾で腹から突き抜けるように狙って撃つ。
その距離ならば首を伸ばせば届く。ラギアクルスが頭上から十兵衛へと噛みつきにかかるが、それも横に跳んで回避。逃げ続ける十兵衛に苛立った様子を見せたラギアクルスだが、横から飛来してくる炎を纏った気刃にも意識が傾く。
痛みはそれほどでもないが体を焼かれる感覚にどうしても意識が向きそうになっていた。唸るラギアクルスの頬を刃が通って焼かれたとき、ついにラギアクルスは瑠璃へと向き直り、彼女の方へと滑り込んでいく。
「……っ!」
翼を広げて横へと飛び上がり、放出される電気からも逃げ、がら空きとなっている背中へと気刃を放ち、背後に着地する。すぐそこには麻痺投げナイフを振るって気刃を放ち、麻痺毒を少しずつ注入していく茉莉がいる。そんな二人へと振り返るラギアクルスだったが、小さく唸って何かを考えると、また方向転換する。
その先には広がる海が。まさかと思う間もなく、ラギアクルスは勢いよく海へと飛び込んでいった。このまま陸上で戦い続けては不利だと判断したのだろうか。あるいは逃げるのか?
そう考えるがラギアクルスは一度深くまで潜ったかと思うと、そこでまた背電殻へと電気を収束させていった。先ほど以上に強い光を放つ背電殻がうっすらと海の底から見える。
そして奴は海面へと顔を出したかと思うと、高まったエネルギーを収束させて雷弾を撃ってきた。横へと跳んで逃げる二人。そうしながらまだ奴は戦う気がある事を悟る。
それに見た限りではもう口元から吐息が漏れていなかったように思える。怒り状態は解けているらしい。ならば自分達も攻撃の手を止めるわけにはいかない。海の中へと入られたとしても、まだ策はある。
それぞれ腰元にシビレ罠を提げ、マスクを取り出して装着すると次々と海へと飛び込んでいく。海に入ればラギアクルスが一度距離を取るように背後へと下がりつつ体をくねらせる。
瑠璃と茉莉が左右へと散り、十兵衛が正面からラギアクルスへと接近していく。妃竜砲【姫撃】に装填されているのは通常弾Lv3。それを撃つタイミングを計りながら、慎重にラギアクルスへと近づいていく。
ああして体をくねらせながらタイミングを見計らっているという事は、突進を仕掛けてくるという予備動作にも見える。それが来るならばすぐさま下へと逃げて撃つつもりだ。
だがラギアクルスは突進はせず、また様子を見るように迂回しながら泳ぎだす。海底から伸びる遺跡の柱のような残骸の奥へと消え、瑠璃の方へと回り込んでいく。瑠璃もラギアクルスの動きから目を離さず、海底へと降りていきながらいつやってきても大丈夫なように身構える。
「…………」
だがラギアクルスは突進せず、雷弾を一発撃ってくる。それから逃げるべく足で水を蹴り、腕で水を掻いて素早く移動。しかしそれを見計らい、ラギアクルスもまた突如水を蹴って瑠璃へと急接近した。
「……ッ!?」
まさかの行動に瑠璃は息を呑み、気で体を固めながら防御体勢を取る。火竜剣【火燐】を長剣形態にして防御するが、それでラギアクルスの突進が完全に防げるはずがない。みしり、と火竜剣【火燐】が軋み、衝撃を完全に殺しきれずに瑠璃の体は勢いよく吹き飛ばされる。
「瑠璃っ!」
茉莉が思わず叫んでしまう。瑠璃は吹き飛ばされただけでなく、海底から聳える柱へと叩きつけられてしまったのだ。だがラギアクルスはそれだけでは足らず、口元にエネルギーを収束させて雷弾を撃ち出した。
しかしその弾道に十兵衛が割り込み、昨日のように足に気弾を形成して回し蹴りで撃ち出す事で相殺した。
「グルルル……!」
またしても邪魔された、とラギアクルスが唸る。その間に茉莉が瑠璃の下へと向かっていき、彼女の救出を行う。その間の時間稼ぎをするべく十兵衛はラギアクルスへと接近するが、ラギアクルスもまた十兵衛を潰すべく接近してきた。
そんな奴の体へと通常弾Lv3を撃ち出し、連続した跳弾を狙っていく。その連続した痛みにたまらずラギアクルスが呻き、その隙をついて素早く装填。再び通常弾Lv3を射出して攻撃の手を止めない。
ズガガガンッ、ズガガガンッ、と気持ちのいい音が聞こえてくるが、生憎とそれに爽快感を見出す事など出来ない。背後で瑠璃を抱えて海上へとあがっていき、回復薬グレートを飲む瑠璃を感じ取りつつ、ただ十兵衛はラギアクルスの意識を引き付け続ける。
不意にラギアクルスがぐっと体を丸めながら力を溜めると、背電殻からバチバチと電気が放出されだした。その予備動作が何か気づき、十兵衛がすかさず逃げの体勢にはいると、体の側面からの体当たりを仕掛けてくる。
それから下へと逃げて回避するが、放出される電気の一部分が足元に引っ掛かって感電してしまった。声にならない呻きを漏らすと、ラギアクルスが素早く向き直って尻尾を叩き落してくる。
その一撃は十兵衛の脇腹を捉え、強制的に海底へと落とされる。
「うっ……く……!?」
叩きつけられはしなかったが、一撃の重さに苦しげな声が漏れて出てしまうのは仕方ない。妃竜砲【姫撃】を離さないだけでもよかったが、ラギアクルスは十兵衛に対して鬱憤がたまっていたらしい。
「グルアアアアアァァァァ!!」
「今こそ殺ってやる!」とでも言うかのような咆哮を上げて、ラギアクルスが十兵衛に向かって急速落下。それに十兵衛は舌打ちし、妃竜砲【姫撃】を腰に戻して両腕を交差させて防御体勢を取る。同時に己の気を高めて守りを固めたところで、ラギアクルスの頭突きが十兵衛へと襲い掛かった。
その衝撃に十兵衛は一気に海底まで叩きつけられ、乾いた声が口から洩れて出る。それだけでは飽き足らず、叩きつけた十兵衛へと口を開き、ラギアクルスは噛みつきにかかった。
「あ、ぐ……ッ!?」
ディアブロUガードによって守られているが、ラギアクルスの牙はそれでも食い込んでくる。上位のディアブロス亜種の硬い甲殻を使用している防具だが、ギリギリと若干軋む音を立て始めていた。
すぐに食い破られるということはないだろが、このままではいずれ本当に牙によって破壊されてしまう。
「十兵衛さんっ! く、瑠璃はそのままで。私が救出に向かいます!」
「あ、待って……っ、くぅ……!」
呼び止めようとする瑠璃ではあったが、腹と背中から来る鈍痛に顔をしかめてしまう。それに呻いている間に茉莉は一気に海底に向かって潜水していった。
茉莉の手には麻痺投げナイフがある。麻痺毒は結構蓄積されているはず。あと数度撃ち込めばラギアクルスは麻痺状態になるはずだ。一気に攻撃する、という流れに持ち込めないだろうが、致し方ない。それよりも命を優先するべきだ。
「グルルルッ!」
「こ、の……!」
唸り声を上げながら左腕を食い破ろうとするだけでは飽き足らず、ラギアクルスの背電殻が鮮やかに光を放ち出す。まさか、と思うまでもなく、その電気が解放されて周囲一帯が雷撃に包まれた。
「ぐっ、ぉぉおお、ああぁぁ――――ッ!?」
瞬時に十兵衛が気と魔力を練り上げて備えたが、彼の体を襲い掛かる雷撃は止められない。それだけでなく雷耐性がない茉莉の接近すら許さず、彼はただ海底に押さえつけられたままそれを受けざるを得なかった。
「十兵衛さあああぁぁぁんッ!?」
ただ、茉莉の声が海底に響き渡り、ラギアクルスは目障りな敵を倒した勝利に歓喜に表情を歪め、声を上げるのみ。