集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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55話

 

 

 信号弾を撃ちあげ、クエスト達成の旨を伝えると、近くの島のギルド支部から連絡が言った港から船がやってくる。といっても一、二時間は待たされたが、それも仕方のない事だろう。

 やってきたギルドの者にラギアクルスがG級個体であったことを伝え、上位個体の死体の件についても報告すると、ギルドの者らは驚きに目を見開いた。当然の反応だと思われたが、一人の人物が「またか……」と声を漏らしていた。

 それに首を傾げ、茉莉が「よくあるんですか?」と訊いてみる。

 

「……ええ。最近、こういうケースが報告されているのですよ。大抵はリタイアして逃げるのですが、孤島のクエストの場合逃げられずに船を沈められたことがあります」

 

 やはり逃げられなければ船ごと襲われてしまったという事か。もしかすると自分達もリタイアすればそのケースの一つに名を連ねてしまったのかもしれない。

 何はともあれ素材も回収し、死体も他のギルドの船が持っていくことになる。続けて別の孤島へと向かってプルート達も船に乗せ、一行は一路タンジアの港へと戻っていく。

 到着した時にはもう日も暮れてしまい、しかし夜が訪れれば酒場は活気に満ちてくる。そんな中へと二組のハンターは訪れ、報告する。それぞれ相手にしたのがG級個体である事を報告すると、ギルドは彼らの無事を祝い、不手際があったことを謝罪し、報酬を上乗せしてくれた。

 その報告を耳にした十兵衛は「向こうもG級個体だったようッスね」と呟いた。するとどういうわけか刹那が何も映さぬ閉じた瞳で十兵衛へと視線を向けてくる。

 それに続くようにプルートも視線を向けて来たかと思うと、小さく笑みを浮かべて「そちらも色々あったようだな? どうだ? 我らと夕餉を共にしないか?」と誘ってくる。

 夕餉……つまりは夕食という事か。断る理由はない、だろうしとりあえず受けてみる事にする。

 大きな机を囲み、それぞれ三人ずつで着席してウエイトレスに注文を。

 そうして待っている間何か話をしようか、と窺ってみるが、こうして対面するだけでもプルート達の気迫というものが段違いだという事がわかる。プルート然り天和然り……刹那も穏やかではあるが、内面には強い気を感じられる。

 すぐに食前酒として運ばれてきた酒だが、天和の前にはやはりというべきか三本の瓶が並べられ、つまみが五皿も運ばれてきている。それをぱくつく天和だが、その消費量がとんでもない。

 

「……こんな時まで貴様は変わらんな」

「んくんく……なぜ変えなきゃならないの? これが私。変えるつもりないし……ぷはぁ、うまうま」

 

 少しだけ楽しそうな雰囲気の変化。食事こそ彼女にとっての一番の楽しみなのだろうか、と思わせるような姿だった。それに慣れてしまっているのか、プルートは注意こそしたものの、やれやれと首を振って「すまぬな。これが天というもの、引いてやらんでくれ」と小さく頭を下げる。

 

「あ、や……驚きはしたけど、そんなことしないわよ」

「ええ。私達は気にしませんよ、天王寺さん」

「感謝する」

 

 もう一度頭を下げると、軽く瑠璃達を見回し、最後に十兵衛へと視線を合わせる。骸の奥にある瞳と視線が交差し、しかし数秒でそれは外される。なんだ、あの視線は、と十兵衛が首を傾げたところで、別の席に着いているハンター達の話が聞こえてきた。

 

「G級クラスの個体が増えてきているようじゃないか」

「一体何が起きているんだろうな? しかもモガ方面じゃイビルジョーが移動してきているって話だ」

「ああ、イビルも移動してきてたな。南下しているんだって?」

「厳戒態勢をとれって通達がされているそうさ。本当に、モンスター達が活性化しているんだろうな……どうなっているのやら」

 

 そんな話が聞こえてくると否応なく表情が引き締まってしまう。

 イビルジョーが南下している。そのイビルジョーというのは先日遭遇したあのイビルジョーだろうか。それが南下してきている。それもモガ方面に。そこから西へと移動してくれば、このタンジアに到着してしまう。

 港周辺のクエストを受けた際に遭遇してしまう可能性があるだろう。そうなれば自分達には太刀打ちできない。いやG級ラギアクルスを討伐したのだから、とか、そういう背景があったとしても奴だけは今は無理。

 生物的な本能が奴を拒否し、臆してしまう。

 だから遭遇しない事を祈るしかない。

 

「お待たせしました」

 

 そこで注文した料理が運ばれてくる。その中でもやはりというべきか天和の前にどんどん、と皿が置かれていくのだが……どう見ても二、三人前のラインナップ。食前酒やつまみはいいとしてメインの料理がそこまで並べられては、見ているだけで腹が膨れてきそうな量が目の前にある。

 だが気にせず天和が食べ進めて酒を傾けるのを見て、プルートらと瑠璃らも手を合わせて夕食を食べ進めていく。その上で少し話をしてみる事になった。

 ハンターとして色々各地を回り、どのような戦いをしてきたのか。

 その経験からくる今回をはじめとする各地の異変がなんなのか。

 

「陸だけでなく海も奇妙な空気となっているようだな。我らからすればどうという事はないが、他のハンター達からすれば厳しい状況であろうな。……貴様らは切り抜けたようだが、どのような戦いをしたのだ?」

「……あたし達は、何も……。ほとんど十兵衛が好機を作ってくれたわ」

「へえ、萩原はんが? んん、確かに出来るように見えますなあ」

「いえ……おいらなんてまだまだッスよ」

 

 謙遜するように首を振る十兵衛だが、彼でまだまだと言われたら瑠璃と茉莉はそれ以上にまだまだ、という事になる。謙遜も過ぎればとんでもない棘となるというもの。瑠璃が何か言おうとする前に茉莉がそっと手で止め、

 

「十兵衛さん。謙遜する事はないですよ。あなたは実力のあるハンターです。それは私達がしかと見ていますし、実感しました。だからそう自分を卑下しないでください」

「……茉莉さん」

「あなたが控えめな人だ、というのはわかっていますが、控えめ過ぎるのは美徳ではないですよ? 時には胸を張り、褒められたままに受け入れるのも大事です」

「……はい」

 

 肩を落としてぺこりとすまなそうに頭を下げる十兵衛。さて注意が入ったところで刹那がもう一度「萩原はんは実力者ってことでよろしいん?」と首を傾げながら問いかける。

 

「そうッスね……G級に片足つっこんでいるッスから、実力者っていえるんじゃないッスか?」

「……へえ、G級?」

 

 その言葉に天和が料理を咀嚼しながら反応した。興味深そうな視線が十兵衛へと向けられている。彼女としては十兵衛が実力者だという事は歓迎できること。強者ならば戦ってみたいという戦士ならではの感情がうずいている。

 ある意味恋い焦がれる感情に近しいが、その表情はただ食事を楽しんでいるという色によって誤魔化されている。

 

「おいらから見た限りでは……あなた方もG級じゃないかって見えるんスが」

「ほう? わかるか。確かに我らはG級だ。G級相手でも戦えるだけの実力はある。だが、そのG級クラスのモンスターが少ないが故に、このとおり上位ハンター主としている。……が、最近はどうやらG級クラスが現れ出しているからな、G級ハンターとして活動する時が来たようだ。……くく、G級を相手にするのは久々よ」

 

 どこか楽しげな雰囲気が伝わってくる。どうやら彼もまた強者との戦いを好む性質なのだろう、と十兵衛は分析した。……というよりああして黙々と大量の料理を消費している天和もまたその気質を感じる。

 まともなのは見た目通り穏やかさを感じさせる刹那ぐらいなものだろうか。しかし気のせいか、彼女の気がずっと隠されてはいるものの十兵衛へと向けられている、というのが何となくわかる。

 

「それにしても……この先、どう転ぶかわからぬな。いつどこでG級が現れるのか、そこを留意しておかねばそこらのハンターでは命が幾つあっても足らぬだろうよ」

「……でしょうね。私達も次もうまくいく保証はないでしょうね」

「だが、生き残るためには力が必要。結局は己を磨き上げるしかあるまい。そのための狩り、経験、そして己を守るための装備。才能があったとしても修練して高めた力がなければ最終的には無意味。それにどれだけ高めた力があろうとも、強大な敵に太刀打ちできなければ、ただ喰われ、死ぬだけなのだからな。それは真に無念極まりない最期を迎えることになろうて」

 

 どこか影がかかったかのような表情でプルートは言う。その瞳はどこか遠くを見ているようで、今語った言葉もなにか思うところがあるような、そんな雰囲気だった。

 少し気になったが、プルートが小さく首を振り、「いや、すまぬ。暗い話は夕餉を不味くさせる。この話は終わらせるとしようか」と話を打ち切った。

 それからは他愛もない話題で話をしつつ、夕食を進めていった。

 

 食事を終えればそれぞれ分かれて宿へと向かっていくことになった。

 その途中、商店街へと向かい、鍛冶屋を訪れて今回のクエストで入手したG級ラギアクルスの素材を使って作られる武具を確認する。だがやはり浮かぶのは防具を作り、身を守るという事。

 しかし得られた素材では一人分の一式を揃えることだった。そしてスキルの面から考えるに、茉莉の分を作り上げるという事になった。寸法を測り、入手した素材を預けて制作を依頼。こうして茉莉はまだ正式なG級ハンターではないが、G級防具を入手する事となった。

 これも最近出現が確認されたG級クラスのモンスターの影響により、上位とG級の垣根がモンスター達によって無理やり破壊された事が関係している。公式狩猟試験云々の問題をパスし、もし遭遇して討伐するようなことがあれば、その素材を使って武具を作る事を認める、とギルドから通達された。

 これによって防具を作り、身を守るならばそれも良し。そうして戦力が急増し、この事態を解決に向かわせるならば、試験をパスしてG級クエストを受注しても良しとの旨が宣告されたのである。

 ギルド側もこの異常事態を前に悠長に調査をするだけでは遅いと判断したようだ。

 彼らも六年前の事件の事を思いだしたのだ。六年前もまた不規則に現れる狂化竜に対して手をこまねいて事態を悪化させ、犠牲者を多く出してしまったという現実がある。対応できる戦力をギルドは求めている。

 もちろんハンターも命が惜しいならばそれも良し。勝てないと判断したならば逃亡してもいい。だがその中で奇跡的にもG級モンスターを討伐できたならば、それによって壁を越えて成長するならばそれも一つの成長の証。G級ハンター入りを認める特例を出す。

 しかしただのまぐれならば、まだ上位ハンターのまま、という曖昧なもの。

 瑠璃と茉莉もそのケースにあてはめ、彼女らの場合はまだ正式なG級ハンター入りは認められない。G級ハンターである十兵衛の支援があってこその勝利だと彼女らもわかっているため、それを受けなかったのだ。

 自分達はまだまだ足りない。

 もっと経験を、もっと修練を。

 そう考えていると、十兵衛は何かに気づいたように顔を上げ、そして少し考えるようなそぶりを見せる。

 

「……あの」

「ん? どうかしましたか?」

「おいら、少し寄るところがあったッス。先に戻っていてくださいッス」

「そう? じゃあ、お疲れ様」

「はい、お疲れ様ッス」

 

 ぺこり、と頭を下げると十兵衛は道を外れて階段を上り、別の道へと向かっていった。それを見送ると二人は宿へと続く道を歩いていく。その途中、露天の一角にあるトレード屋が目についた。

 ここはときどき掘り出し物が混ざっている時がある。

 

「らっしゃい。何をお求めで?」

 

 店へと近づき、並べられている物品を眺めていく。秘薬や落とし穴などの道具や滅龍弾などの普通の店には並ばない弾、モンスターの素材や鉱石などの素材といった様々なものが並んでいる。

 その中で茉莉が目を引いたのは、

 

「……これは」

 

 一見すれば何の変哲もない板……というより破片だろうか。古さを感じさせるような破片である。普通の人が見ればがらくたにしか見えないそれは、茉莉が前に読んだ本に載っている素材の一つだった。

 

「これをください」

「……ほう、嬢ちゃん、これが何なのか知ってるのかい?」

「ええ。長い太古の破片、ですね? そしてこちらはさびた破片。立派な素材です」

「へへ……いいね。大抵の奴らはこれらがなんなのか知らずに去っていくが、これがなんなのか気づいたハンターは久しぶりだ。で、トレードするのかい?」

「ええ。これらの破片、トレードしましょう」

 

 そうして茉莉はさびた破片、大きな太古の破片、細い太古の破片、長い太古の破片をそれぞれ複数を所有している素材とトレードした。これらから作られる防具はアーティアXシリーズ。

 G級の防具だ。

 しかしこれらだけで作られるわけではなく、希少な功績も合わせて使用する事で作られる。しかも頭からの一式ではなく、胴、腕、脚という三点セットなのも特徴。なのでスキルの組み合わせが少し調整しなければならない面もある。

 三つ付けて発現するスキルはガード強化と覚醒。茉莉向けではあるが、しかし先ほどラギアXシリーズを注文したばかり。瑠璃に譲ってもいいが、瑠璃は瑠璃でスキル調整しなければならないだろう。なにせリオソウルシリーズとはスキルが被っていないのだから。

 防御力を優先するならば合わなくともつけるべきだろうが、しかし素材が足りないという面もある。挙げるならばピュアクリスタルという素材だ。

 少し先へと見送るしかない。しかしいい買い物をしたというのは確か。

 二人はそれから話をしながら宿へと戻っていった。そして先に風呂を頂き、十兵衛が帰ってくるのを待つのだった。

 

 

 ○

 

 

(さて、さっきこっちに来とったはずやけど……)

 

 夜の港町を歩きながら刹那は静かに歩いている。空には星空が広がり、街は建物の灯りと点々とあるランプの灯りによって照らされるだけだが、目の見えない彼女からすればその灯は関係ない。

 周りの人の動きを感じとりながら迷いない足取りで一つの気配を辿って歩いていた。

 彼女はプルートと天和と離れ、十兵衛の尾行をしている。しかし彼はあの二人と離れてからどういうわけか気配を消して一息で街を駆け抜けていった。

 その動きは素人のものじゃない。そう言う事に慣れているかのような動きだった。

 しかし刹那の気配感知は常人のそれを越えている。意識を集中させて心眼を広げ、そうして僅かにとらえた彼の気配を再び辿って歩き出す。

 そうすると、街から少し離れた所にある公園へとやってくることになった。夜という事もあって人気はなく、柵の向こうには海と灯台が見える。

 十兵衛はというと、公園にある林の陰に立っていた。そっと近づけば誰かと話をしているかのようだった。

 

「……はい、はい。わかり……。……を、…………ます」

(……妙やな。彼以外の人の気配があらへん。しかもこの反応……使い魔やな)

 

 魔力の気配を探るとそう判断できた。つまり十兵衛は誰かが放った使い魔を通じて話をしている。

 ……誰と?

 しかも途切れ途切れに聞こえてくる言葉は敬語。いや、十兵衛はいつも敬語に近しい口調だが、あれはまるで目上の相手に対するものだった。

 

「……ぶですよ。少し……たですが、死には……。…………はい、すみません。余計な事でしたね。……はい、承知しました。では、これで……はい。……無理は、しないようにするッスよ? ……っ」

 

 最後に何か怒鳴られたかのような反応を見せたとき、使い魔は粒子となって消えた。その事に小さく溜息をついた十兵衛は振り返り、歩きだす。だが数歩、歩いたところで彼は何かに気づいたかのように立ち止まり、軽く辺りを見回した。

 

「……誰かいるッスね?」

「…………よう気ぃついたなぁ。びっくりや」

 

 十兵衛がそうであるように刹那もまた十分に気配を消して佇んでいたはずだ。しかし彼はそれに気づいてしまった。やはりただものではない。プルートや天和が気になるのも頷ける。

 そして、刹那もまた十兵衛に対して興味を抱き始めていた。

 

「どうかしたッスか、壬生さん? ……こんなところで」

「ちょっとした散歩。ここは公園、散歩コースとしてはええ場所やろう? 萩原はんこそどないしたん?」

「おいらも……ちょっとした散歩ッスよ」

「ふぅん……なんか、誰かと話とるような気ぃしたけど、ウチの気のせい?」

「はは、おかしなことを言うッスね。……ここにはおいらしかいないッスよ」

 

 嘘は言っていない。この公園にいる人物は、ここで相対しているこの二人だけだ。

 首を傾げながらじっと十兵衛の様子を探ってみる刹那ではあるが、十兵衛はそんな雰囲気を察して戸惑うような雰囲気を見せ始める。後ろめたいことがある……という戸惑いじゃない。あれは、人見知りの戸惑いだ。

 彼女の探るような雰囲気を察して彼は、人見知りの部分を見せ始めているのだ。

 

「な、なんスか? おいら、なんか……したッスか?」

「……いや、なんも。ただの散歩やったら……うん、ウチと一緒に歩かへん?」

「え? 壬生さんと、ッスか……?」

「いや? 別になんもせぇへんよ? それに、よくよく考えたらこんな時間に女性一人歩くってゆうんは危険やん? ウチを守ってくれへん?」

「……いや、壬生さんほどの実力者ならその必要――」

「なんかゆうた?」

「――なんもないッス。不肖、この萩原十兵衛、お供するッス」

 

 ぺこり、と頭を下げると十兵衛は刹那の後ろにつく。宿がどこにあるか知らないので、刹那が先導する形で移動していくことになる。

 その際、無言にならぬよう刹那が話題をふって話しかけてきたので、十兵衛も途切れ途切れそれに応えつつ会話を進めていく。その中で刹那は不意に十兵衛の過去について触れてきた。

 

「結構長くハンターやってるんやね」

「そう……ッスね。もうかれこれ五十年になるッス」

 

 海沿いの道を歩けば、穏やかな波の音が耳をくすぐり、穏やかな潮風が頬を撫でていく。だが現実はこの穏やかな海のどこかで危険なモンスターが存在しているのだ。束の間の休息。しかしその休息の中で、この二人は束の間の共をする。

 悪くない雰囲気だった。……十兵衛がまだ刹那に慣れず、どこかおどおどするような様子ではあるが。

 

「その傷もハンター業で負ったん?」

「……いえ、これはちょっとした事故ッス。……火事に見舞われて……負ったものッス」

 

 見えていない彼女がなぜそれを知っているのかといえば、夕食の際にもそのスカルSヘッドを取らなかったことを訊かれて答えたものだ。十兵衛は火傷があるから取らないと答え、それからは深く訊かれなかったが、刹那は話題の一つとして訊いてみたらしい。

 十兵衛の答えに「ああ、そら災難やったな……」と何度か頷いて言う。

 

「でも火事、か。リオレウスにでも襲われたん?」

「…………いえ、わからないッス」

「わからん?」

「放火なのか、……火の元不注意なのか……今でも不明なままッスね」

「……ふぅん。放火やったらほんまに災難以外のなにものやあらへんな」

「そう、ッスね……」

 

 不意に刹那が立ち止り、何も映さぬ瞳を開いた。閉じられた瞼の奥には、深淵のような暗い闇のような瞳があった。光がなく、虚空を見つめるようなその瞳はじっと十兵衛を見据えている。

 そっと指を伸ばせば、まるで慈しむような手つきで十兵衛の骸に触れる。その行動に十兵衛は驚きと戸惑いを隠せず、びくつきながら刹那とその雪のような白い指を見つめる。

 しかし刹那は気に留めずただ無言で骸に指を滑らせ、「……怨嗟」と一言呟く。

 

「え?」

「……ウチの目は何も映さへん。ウチが世界を見るのはこの瞳やない。ただ自然と高まった気を探るこの心の目。人が美しい、醜いと呼ぶものはウチには何の意味ももたらさへん。ウチにはそれが見えへんからなぁ。せやから、萩原はん。あんさんが隠したいこの“醜い”傷もウチには意味はあらへん」

「…………」

「そしてウチが感じ取るこの傷には……怨嗟が感じられる。……あんさんを焼いた炎に含まれた感情やろうなあ。あんさん、昔、なにやっとったん?」

「……何も、ないッスよ? おいらはただのハンターッス。そんな、誰かに恨まれるようなこと、やった覚えなんて……何もないッス」

 

 戸惑いながら十兵衛は途切れ途切れに答える。そんな十兵衛を至近距離で見つめながら刹那は小首を傾げる。刹那は十兵衛よりも少し身長が高いため、少しだけ見下ろしながら首を傾げていることになる。

 東方美人と呼べるだけの整った顔付きをした女性にこうして近くまで寄られてしまえば戸惑いも大きくなる。元々彼は初対面の女性に慣れていない。それもこの骸の仮面をつけているとか、色々な原因があるが、刹那にはそれが通用していないのは明らか。

 しかも彼女が語る言葉は……十兵衛の心をさらに揺さぶっていた。

 

「……となれば、あんさんの行動やなくて、あんさんの存在が怨嗟の原因やろうな?」

「…………どういう、意味ッスか?」

「んん? それ、ウチがゆうてもええん?」

「…………」

 

 その口ぶりからして刹那は気づいているのだろうか、と十兵衛は感じ取る。彼女の心眼の高さ、感知能力の高さからして桁外れ。となれば自分の種族も気づかれているのだろうか、と思ってしまう。

 だがそれを口には出さない。

 

「世の中、そういう種族の存在を許さへんのは多いしなぁ。ウチの故郷、ヤマト国にもそういう輩、多いし」

「……っ、ヤマト国ッスか?」

「ん、ヤマト国。ウチ、ヤマト国出身なんよ」

 

 一瞬ではあったが彼はヤマト国に反応したようだ。それを隠すようにしたようだが、刹那はそれを見逃さなかった。

 

「特に現在の申子の代表はやばいらしいわ。魔族の存在を許さず、出会えば笑顔で殺すって話を聞くくらいやばいってなぁ」

「……そう、ッスか」

「せや。そんな過激派がいる世の中。ウチはそういう人の負の感情には結構敏感でなぁ、萩原はんのこの傷に残る僅かな色も何となくは感じ取れるんよ。……もし、これがそういう輩に刻まれたんなら、ほんまに……災難やったな」

「…………いえ。もう、昔のことッスから。壬生さんが気にする事は……なにもないッス」

 

 そっと刹那から距離を取るように後ろに下がる。離れていく柔らかく白い指と相変わらず何も映さない漆黒の瞳が少しずれて十兵衛を見つめている刹那。一体彼女はどういうつもりなのだろうか、と僅かな警戒を持つが、刹那はくすり、と笑って「少し、踏みこみすぎたな。ほんま、すんませんなあ」とたおやかに頭を下げてきた。

 それに「いえ、おいらは……気にしてないッスから。頭を上げてくださいッス」と慌てて止めていく。

 

「……じゃあ、行きましょか」

 

 と、刹那が歩き出す。それに十兵衛が続き、そっと刹那の背中を見つめながら十兵衛は先ほどの会話を思い返していた。

 

(壬生、刹那……いや、これは……偽名。そしてヤマト国出身は真実。なるほど、彼女は……)

 

 頭の中によぎる一人の人物。

 同じ盲目にして名が知られている一人の魔法使い。彼女もまた衛宮家に指導されて剣術を習っていたはずだ。“あの子”から聞かされた情報を自分なりに集めて、ヤマト国で名が挙がる戦士の事は把握している。

 見た目が異なっているがこれくらい変化でどうにでもなる。

 

(桐生、雪菜……どういうつもり、なんだ? おいらの事を探っているのか? まさか、この血統について気づいた? だとすると……彼の刺客? また(・・)おいらを殺しに来たか?)

 

 思い起こされる過去の記憶。

 燃え盛る炎に包まれ、体を焼かれていく記憶。

 明らかな悪意を持って自分を殺しに来た彼の影が思い出されていく。

 

『死ぬがいい! 魔族の血は滅びる定めにあるのです! 道を外れた血統など……穢れた混ざりものなど、存在してはならないのです! この私が直々に黄泉路へと送ってあげましょう! はぁぁああっはっはっははハハハハハァァァァッ!!』

 

 穢れた混ざりもの。彼はそう言った。

 なるほど、混ざりもの、か。

 確かに自分は混ざりものだ。かの家に連なる者に混ざりものの子孫が存在する事など、彼にとっては許しがたいのだろう。別の家の人間の癖にわざわざ辺境までしゃしゃり出て殺しに来た。どこから嗅ぎつけたのか自分の居所をつきとめて、関係のない人達を巻き込んで。

 ――噂に違わぬ、クズ野郎だ。

 

(いや、刺客なら公園の時点でおいらを殺しているか。それに彼ならまた自分から殺しに来るだろう。……じゃあ、この桐生さんはどういうつもりでおいらに近づいてきた? やっぱり、さっきの話を聞かれていたんだろうか……)

 

 だとすると少しマズイ、かもしれないか。

 隠し通せるならば隠し通すしかない。自分の事は知られてはならない。あの技術も秘匿情報だが戦いを切り抜けるために使用してしまった。しかし秘匿情報故に知っている者は限られている。瑠璃達から訊かれてしまったが適当にはぐらかしてきたし、何とかなる……と信じたい。

 知られるわけにはいかない。自分の事も、彼女達の事も。

 知られればまた消される。そうなれば繋がっている彼女達にも迷惑がかかる。いや、それだけじゃない。彼女達も彼の悪意によって消される。彼ならば迷いなく行使するだろう。

 

(……厳しい状況だな、これは……。でも切り抜けないと。ここまで世話になってしまったんだ。せめて最悪だけは避けないと)

 

 様々な事が頭をよぎりながらも、十兵衛は刹那を宿まで送り届けていった。

 

 

 ○

 

 

 森の中に星々が空へと舞い上がっていく。いや、星に見えるそれは無数の雷光虫が飛び去っていく光景だ。彼らは今の今まで自分達を守ってくれる存在の背中に集っていたのだが、それが死に絶えた事で我先にと逃げていっている。

 そしてそれを殺した相手は軽く槍を回転させ、纏っているローブの中へと納めていった。続けて短刀を取り出し、死体となったジンオウガへと近づいていく。しばらくして素材を剥ぎ取り、そうして現れた一つの碧い玉。これが雷狼竜の碧玉。彼の力の結晶であり、貴重な素材の一つだ。

 

「……これはいい一品だねぇ。ん、アタリだ。嬉しいねぇ……」

 

 少し表情をほころばせながらぐっとそれを握りしめれば、碧玉に篭められている雷の力が武へと注がれていく。ジンオウガの力の結晶だけあり、これに篭められているのはまさにジンオウガの魂と言い換えてもいい程のもの。

 武は力を得るだけでなく、この魂までも自分の中へと注いでいくのだ。そうする事によって草薙の一族はあのオーラを行使する種を得る。しばらくして十分に力を得た武は一息つき、ローブから一振りの剣を取り出す。

 鞘に収められているそれは一見すると古い剣のように見えるが、これこそが草薙の里に収められていた宝剣。

 碧玉をその柄へと近づけると、淡く碧玉が光って柄へと吸い込まれていき、消えていった。そうしてぎゅっと両手で握りしめ、先ほど得たジンオウガの力を一気に注いでいく。すると鞘の中にある刀身がバチバチと音を立てて雷の力を放ち始める。

 だが足りない。

 これではまだ足りない。

 永い眠りについている剣は目を覚ます気配はなかった。

 

「上位じゃやっぱり足りない、か。となればG級を得るしかないか。……悲しいねぇ、実に悲しい。色々かき集めてきたけど、足りないって言うのかい? どれだけ貪欲なのかなこいつは、小憎たらしいねぇ……」

 

 今まで狩ってきた竜の力の源を得ては注いできたが、この宝剣は力を食っては眠り続けるのみ。向こうの天和の方も眠りから覚めてくれないらしいが、さすがといったところか。

 天和がそうであるように、武もまた各地を回って多くの竜を狩る理由はこの剣の眠りを覚ますため。天和が血を求めるに対して、武は竜の力を求めた。紅玉などの玉や力の象徴である爪や角。これらをかき集めて己の力とし、それを練り上げて剣へと注ぐ。

 そうする事でこの剣は眠りから覚めるはず……だった。

 だが目覚めない。

 上位の素材では足りないようだ。ならば、最近現れ出したG級を狩るしかあるまい。しかしG級ともなれば自分一人では難しい。これは天王寺冥夜と合流するかな、と考えたところで、背後に人の気配を感じ取った。

 

「……なにか用ですかい?」

「いやなに、ちょっとしたお知らせ、ってところさ」

 

 わざわざ武に気づかれるように気配を曝け出し、現れたのは上から下まで漆黒に染め上げ、顔の左半分を骸の仮面で隠した女性、ヘルだった。彼女はそっと武へと近づくと腕を組みながら「合流するっていうなら、やめておいた方がいいよ」と彼を止める。

 

「どうやら彼らの近くに、あの双子たちがいるようでねえ。顔、割れてるだろ? 合流したら、知られるよ? そうなると……色々めんどうじゃないか。だから、やめておけ」

「…………悲しいねぇ。となると港には行けない、か」

「ついでに言えば、モガにお前の姉もいる。リターンマッチをするってんなら、あたしは止めないけど、今はまだ、その時、じゃないだろう?」

 

 相変わらず独特の言葉の区切りで彼女はそう語りかける。無意識に腰に差している漆黒の短刀を取り出して弄っている。それを見つめながら武は小さく頷き、「確かに、まだその時じゃないなぁ……」と溜息をついた。

 

「じゃあ、大砂漠の方に行くか……悲しいねぇ」

「そうするといい。お前達にはまだまだ動いて、もらわなくちゃあ困るんでね」

「そうですか。……でも、そろそろ教えてくれませんかねぇ? あんた、一体なにが目的なんで?」

「さあ? 別にお前がそれを気にする必要はないよ。あたしはただ陰に隠れ、ひっそりと、お前達が着々と目的を達成できるように、支援するのみ」

「…………」

 

 そんな風にはぐらかされて気にするな、と言われて大人しくしている武ではなかった。素早く剣を抜いて気刃を放つが、ヘルは最小限の動きだけでそれを躱し、一瞬で武の懐まで潜り込みつつ低姿勢となり、回し蹴りとサマーソルトを組み合わせた片足の蹴り上げを放つ。

 鮮やかで軽やか。瞬きにも等しい一瞬の時の中で、彼女は距離を詰めた上に蹴り上げていた。それを武は把握できなかった。気づけば胸を蹴り上げられ、宙に浮いていた。そして縦回転をし終えたヘルが落下してくる武の腹を蹴り飛ばし、何メートルも吹き飛ばした後に地面を転がっていく武を見つめ「血気盛んなのは結構。でも、喧嘩を売る相手は、選びましょうか? あたし、その気になるとさ、一瞬で殺してしまうんですよねぇ……?」と手にしているのに使わなかった短刀に指をなぞらせて冷たい声での丁寧語で言った。

 

「ま、今回はちょっとした連絡だけなんでね。あたしはこれで消えるよ。……せいぜい生き延びるんだね。途中退場ともなれば、お前も、お前の姉も……未練たらたらだろう?」

「…………」

「……ああ、それの眠りを少しでも覚ましたいっていうんなら、蛇竜でも斬ってくるといいさ。それも、いい個体のものを、ね。なにせそれの素材は、蛇竜のトップだしさ。大砂漠のあれもいいし、火山のあれでもいい。選ぶのは、お前さ。草薙の坊や」

 

 冷笑を浮かべて彼女は闇の中へと消えていく。

 それから少し後に地面に横たわっていた武は少し体を震わせながら起き上り、胸や腹をさすりながらヘルが立っていた場所を見つめる。

 

「……本当に、何が目的なのやら。それにしても……はぁ、悲しいねぇ……。あれじゃあ斬れないな。どうやったらあの境地へと辿り着けるのやら……」

 

 ぶつぶつと呟きながら手にしている剣を鞘に戻し、ローブへとしまう。

 そして南の空を見つめ、その先にあるモガ方面へと思いを馳せる。そこに姉、桐音がいるとの事だが、残念ながら今は会う気はない。大方自分の足取りを辿って追ってきたのだろうが、まだその時ではない。

 もちろん本心ではまた殺し合いたいが、再戦するにはまだ早い。

 今はこの剣に関する事が一番の目的だ。力を取り戻すという明確な目的があるが、そのための素材は曖昧。雲をつかむかのように手当たり次第にいい個体を探しては狩り、力を注いでいくだけ。

 ……雲をつかむ、か。

 

(はは、この銘に違わない言葉だねえ)

 

 雲をつかむというより、これは多くの雲がかかっている、という名前がかかっているのだが。まあ、それは置いておくとしよう。

 剣をローブの中へとしまって武は一路、西へと向かって歩き出す。

 向かう先はロックラック方面。大砂漠に向かうか、あるいは途中にある火山に向かうか。どちらに行こうか、と考えながら武は一人で旅をしていくのだった。

 

 

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