集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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6話

 

 

 エリア4へと撤退していった三人はすぐに陸上へと上がり、バイザーとマスクを取って軽く頭を振って水気を取る。加えて炎を発生させて下がった体温を一時的にでも戻していく事にする。

 さて、どうするか。

 エリア5からは時折あの二頭の気配がぶつかり合っているような気がするが、詳しい事まではわからない。だがあの二頭がお互い潰し合ってくれるならばそれはそれでいい。

 それによって負傷してくれるならば僥倖だ。

 

「やれやれ、どうすんのよ?」

 

 火竜剣【火燐】に砥石を使いながら瑠璃が言う。同じように茉莉と桐音も己の武器に砥石を使って切れ味を戻していきながら、先ほどの戦いについて思い返していった。

 水中での戦いはやはり陸上と違って勝手が違う。ルドロスといえども水中で数で攻められてはやり辛いことこの上ない。

 陸上では楽に倒せる相手でも、水中ではそうではなくなる。

 

「どちらも水中で戦う事を主としているけど、それは一頭を相手にする場合。二頭揃えばめんどうです。エリアの地形云々の話だけではないです、文字通りめんどうです。……やはりどっちかを待って打って出るしかないでしょう」

「さっさと殺るならロアルから相手にした方がいいと思うけど、チャナもチャナでめんどうな相手だ。……そこで提案したいんだけどさ」

「聞きましょう」

「ロアルとチャナ、どっちかと戦うんじゃなく、戦力を分散させるってのはどうだい?」

「……二人と一人でそれぞれに当たるって事?」

「そうさ」

 

 要は瑠璃と茉莉、そして桐音にわかれてあの二頭と戦っていくという事になる。陸上ならまだしも水中で一人で戦うというのは危険ではないだろうか。水中装備があるとはいえ、勝手が違う世界での一人の戦いは厳しいのではないかと言うのが二人の見解だ。

 味方がいた方がまだ戦えるはずだ。効率で言えばもしかすると分散させた方がいいのかもしれないが、安全に行くならば一緒にいた方がいいだろう。

 

「あたしは反対。纏まって動いた方がもしもの時に備えられるわ」

「普通ならばそれでもいいでしょうが、今回は水中です。分散しない方がよろしいかと思います」

「……やっぱりそうなるか。残念だねぇ」

 

 軽く頭を掻きながらさっきまで泳いでいた大河を見やる。さっきまでと違って大河は静かなものであり、隣のエリアで戦っていたのが嘘みたいだ。

 そこにあるのは穏やかな自然。しかし戦士が入り込めば、ひとたび戦場へと姿を変える。

 人族にとっては苦行な場となる戦場は、今はただ静寂な空間となっている。

 切れ味が戻ったヘビィディバイドを確認し、それを背負うとエリア5の方へと気を向ける。相変わらずあちらの方は盛り上がっているようだ。あの戦場に入れないのが少し残念でならない。

 

「……戦闘狂って、本当にめんどうね」

「どうして戦いが好きな人って多いんでしょうね」

「この世が狩猟世界だからじゃないの? 狩るか狩られるか、弱肉強食の戦いの世界。……そりゃその道にのめり込んだら戦いが好きになるだろうし、ひどくなれば戦闘狂になってしまうわよ」

「……本当に困ったものですね」

 

 とはいえ二人の母親もまた若干戦いを好んでいる節があるように思える。それが今も彼女を現役たらしめる原動力になっているのかもしれない。それにあの兄も戦いは好きな方だし、あの時別れた金髪の青年もまた己の性の通り戦いを好んでいる。

 戦いそのものを好むのか、強敵と戦えることを喜びとするのか、と少しの差異はあるが、それでも彼らが戦闘狂という事には変わりはないだろう。

 だからといって責めるつもりもない。何が好きなのかは人それぞれなのだから。

 武器の切れ味も戻したところでこれからどうするかという相談を始めるとしよう。

 

「さて、今はあの二頭が分散してくれるまで体を休めましょう。こんがり肉でも食べますか?」

「そうね。一つ腹ごしらえが必要だわ。じゃ、あたしは山菜でも用意してくるから、そっちはよろしく」

「ん。草薙さんはどうします?」

「じゃ、あたいは魚でも捕ってくるか」

 

 またバイザーとマスクをつけて軽く体をほぐすように動かすと、躊躇いなく大河の中へと飛び込んでいく。その手に武器はないが、薄く気を練り上げていたところを見るとそれで武器を顕現させるつもりだろう。

 それを見送ると瑠璃も山菜を求めて森の中へと入っていく。茉莉も肉焼きセットを用意し、生肉を取り出してセット。塩コショウに香辛料を用意すると軽く指先から火を出して準備完了。

 いい感じに焼けてきたのを感じながらも、茉莉は気をエリア5へと向け続けている。現在は休息中ではあるが、それでも隣のエリアに存在している二頭が動いたのか動いていないのかを感じ取らなければならない。

 そうしなければ奇襲を受ける。それを受ければまた戦線が崩壊。再び体勢を立て直す為に撤退しなければならない。それは避けなければ。

 

「……まずは一つ、と」

 

 タイミングよく肉を上げるとそこにはジューシーに焼けたこんがり肉が存在している。肉汁が滴り落ち、アクセントとして振りかけた塩コショウに香辛料が程よく存在している。

 それを用意していた皿に乗せ、もう一つ生肉をセットして焼いていく。

 そうして食事の準備を進めていった。

 

 

 ○

 

 

 目の前にいるチャナガブルへと突撃していくロアルドロス。チャナガブルの上を取り、その背中へと圧し掛かるかのように頭突きをしていく。ロアルドロスの重量がそのまま力となって襲い掛かり、チャナガブルが小さくうめき声を漏らすが、するりと滑るように川底を泳ぎ、尻尾を振るってロアルドロスに反撃。

 尻尾には麻痺毒が含まれており、背後から襲ってきた敵にも対応している。ロアルドロスはそれを避け、振り返ろうとしているチャナガブルへと何かを吐き出した。

 それは白い粘液みたいな塊。振り向いてきたチャナガブルの顔面を捉え、粘液はその顔へと張り付いてしまう。

 

「グバァァッ!?」

 

 付着したそのねばねばしたものにチャナガブルがかぶりを振って振り払おうとするも、それはしっかりと顔に張り付いて離れる事がない。それに戸惑うチャナガブルへと叩き落とすように尻尾を振るうが、それを察知したチャナガブルが飛び退くように背後へと下がり、ロアルドロスから距離を取る。

 その際に額から伸びる提灯が微かに明滅すると、強い光が辺りを多い尽くしてしまう。

 

「……ッ!?」

 

 発生した光に息を呑む間もなく、目を焼くそれに瞳を閉じてしまう。ハンターが投げる閃光玉と同じ力を持つその光こそ灯魚竜と呼ばれる所以。水草のようなひげを砂の下から出して揺らし、獲物を誘うだけでなく、この提灯を出して獲物を待つ場合もある。

 獲物が近づいてきた時、この提灯から強い光を発生させて獲物を混乱させ、一気に丸呑みしてしまう。また捕食だけでなく身を守るためにも使われ、敵の視界を潰してその隙に逃げるか反撃に転じるのだ。

 そう、今のように。

 

「ギュルオ……!?」

 

 何とか薄目を開けてチャナガブルの姿を探したロアルドロスの視界には、既に奴の姿はない。逃げたのか、とロアルドロスが唸りながら辺りを見回してみるが、チャナガブルは逃げを選択したのではない。

 僅かにロアルドロスの近くの砂が動き、辺りを警戒しているロアルドロスの側面から喰らいつく。何とか反応したらしいロアルドロスだが、左肩を噛まれてしまい、少しバランスを崩してしまう。

 しかしそれでも喰らいついてくるチャナガブルへとあの粘液を吐きだし、その顔へとまた付着させていった。目に張り付くその粘液に視界を潰され、チャナガブルはまたかぶりを振ってしまい、それによって肩に喰らいついていた口を離してしまった。

 それを見計らって体を捻り、しなりを利かせた尻尾でチャナガブルの側面から叩きつけ、更に返すようにして顎をかちあげるように叩きつける。その連続攻撃にたまらずチャナガブルが悲鳴を漏らし、そこを逃さないようにロアルドロスが追撃を仕掛けていく。

 だがチャナガブルとてただやられてばかりではなかった。

 

「グッ!」

 

 身を守るかのように体を丸め始めたのだ。いや、ただ体を丸めるのではない、そのまま前転するかのような勢いだ。そしてロアルドロスの方へと背中が向いた瞬間、その背中から鋭い針が飛び出してきたのだ。

 それは追撃を仕掛けようとしたロアルドロスの体へと突き刺さっていき、その針の多さと鋭さによって逆にロアルドロスが悲鳴を上げてチャナガブルから離れてしまった。

 加えて前転した事で背中に続くように尻尾がロアルドロスの頭を捉え、叩き落とされる。

 その衝撃はロアルドロスよりも劣っているが、針によるダメージがあったロアルドロスは防御もなく攻撃を受けてしまった。

 しかしチャナガブルも顔に粘液が付着したままのため前がよく見えていない。そのため追撃をしかけることなく、すぐに砂の中へと潜り込んでしまう。

 ロアルドロスが顔を上げた時には既にチャナガブルの姿はなく、それだけでなく奴の気配もなくなっていた。

 

「グルルルル……」

 

 小さく唸りながら辺りを一度見まわしてみるも、どうあってもチャナガブルの気配は捉えられなかった。離れた所で様子を窺っていたルドロス達が合流し、周りに浮き、沈んでいる死体達を見回すと、ロアルドロスは生き残ったルドロス達を率いて川の奥へと消えていく。

 後には静けさが戻りつつある大河が残るが、そこには死体と血が浮かぶ光景へと変貌していた。

 

 

 ○

 

 

 茉莉が焼いた肉、瑠璃が採ってきたキノコや果物、野草をはじめとする山菜、桐音が捕まえてきた川魚と簡単な食事の用意が出来ると、手を合わせて早速いただいていく。

 小腹がすいた今、これらだけでも十分なエネルギー源となってくれる。

 捕ってきた川魚は塩焼きにされ、ほくほくとした身に塩が効いているのがいい。山菜に関しても瑠璃がきっちり食べられる物を見分けて採ってきたため安全だ。

 それを食べ終え、ドリンクを飲み終えて一息ついた時、桐音のセンサーが一つの気配を捉える。しかしそれはかなり小さな物。気を配っていたとしても捉えきれないものは捉えきれない、という程にまで抑えられた気配。

 それは川底を静かに移動しており、三人がいるという事は気づいているのかいないのかはわからない。だがそれはゆったりと川底を進んでいき、やがて停止した。

 

「……どうやら来たようだぜ? これほどまで抑えられた気配、来たのはチャナのようだな」

「チャナガブル、か。ちょっとめんどうだけど、来たからにはやらないといけないか」

 

 食事を片付けるとナルガヘルムに付けているバイザーをおろし、懐からマスクを取り出して装着する。鞘に収めている火竜剣【火燐】を確認し、桐音と共に水中へと静かに身を沈ませる。

 それに続くように茉莉が大河に入り、三人はゆっくりと川底へと向かっていく。

 先ほどと変わらず、大河は穏やかな雰囲気を保っている。だがここにはチャナガブルが潜んでいる。

 一見すればこのどこかにチャナガブルが潜んでいるなんてわからないだろう。

 実際視覚的にはどこに潜んでいるのか全く分からない。恐らくひげを砂の中から出しているのだろうが、どれがそのひげなのかわからない。

 ならば気配を探るしかない。

 視線を巡らせ、気配を探ってみたところ数十メートル離れた所にいる事が判明した。こちらは位置を確認したが、あちらからはまだ気づいていないらしい。

 

「どうする?」

「……気づいていないなら、一つ提案があります」

「何? なんか思いついた?」

「ええ。一度陸に上がりましょう」

「ん? なんだい、上がるのかい?」

 

 背中にあるヘビィディバイドに手をかけていた桐音が少し残念そうな声を漏らす。出鼻をくじかれたことに不満があるようだが、一応茉莉の提案を聞く気はあるようで、大人しく上へと上がっていった。

 陸に上がった瑠璃と桐音は先に上がろうと声を掛けた茉莉に振り返る。先に上がっていったはずの彼女は何故か浅い場所を泳ぎ、何かを探しているかのようだった。やがて彼女は何かを見つけたようで、手を伸ばしてそれを捕まえる。

 そのまま陸へと上がると、バイザーとマスクを取ってポーチから長い棒を取り出していく。その先には糸と針があり、先ほど捕まえたものをその針に繋ぐ。

 そう、その棒は釣竿だ。餌にするものを針に取り付けるだけで魚や魚竜種を釣り上げる事を可能としている。

 その様子を見守っていた瑠璃はなるほどと小さく頷いた。

 

「釣りカエル、か。確か図鑑によればチャナはカエルが好物だったわね」

「ああ、なるほど。それで釣り上げてやろうってことかい。そしてそのまま陸上で仕留めていこうって魂胆ってわけだ」

「正解です。ただ水中で戦うよりはマシかと思いましてね。あちらもまだ私達に気づいていなかったようなので、この機を生かそうかと」

 

 薄く微笑しながらカエルを大河に放り込み、その場へと座り込んだ。そんな茉莉を見ていた瑠璃は同じくカエルを探し始める。それに桐音も続き、それぞれ一匹ずつカエルを捕まえると、同じように釣竿を用意して針にカエルを取り付けると大河の中へと放り込む。

 後はこのカエルにチャナガブルが喰らいつくのを待つのみだ。

 その時まではこうして文字通り座して待つのみ。

 

「…………」

 

 誰も口を開く事はない。吹き抜ける風に身を任せているその様子は、まるで自然と一体になったかのようだ。

 それが釣り。

 獲物がかかるまでただ自然と一体になって待ち続ける。心を揺らさず、明鏡止水の心で静かにその時を待ち続ける。

 

「…………んー」

 

 不意に桐音があぐらを少し解き、とんとんと膝を右手の指で叩き始めてしまう。どうやら集中力が途切れ始めたようだ。何となく察してはいたが、やはりというべきかじっと待つという事は性に合わないらしい。

 ポーチの中からドリンクを用意すると、軽く口を含んで一息つく。

 少しだけ大河から離れ、ぬかるんでいない場所まで下がるとごろんと横になってしまった。その様子をちらりと肩越しに確認した二人はすぐに視線を大河へと戻し、小さく揺れる水面を眺めるだけだ。

 桐音と同じく傍らにドリンクを用意し、それから十数分の間はこうして過ごす事になった。

 

「……む?」

 

 そうして待ち続けた甲斐があり、不意に瑠璃の釣竿が揺れ始めた。それに気づいた茉莉が声を上げ、瑠璃もまた揺れる釣竿を見て反応して立ち上がる。

 

「ふっ、んんっ!」

 

 リールを巻き、時折引っ張りながら少しずつ獲物を引き寄せていくと、水面に大きな影が浮かび始めた。それが見え始めたからと言って焦る事はない。焦って功を逃してしまえば奴は水中に留まったままになってしまう。

 だから瑠璃は焦ることなく着実に奴を釣り上げていった。

 やがて勝負を決するタイミングを見つけた瑠璃はぐいっと釣竿を引き上げ、その力に従ってついに奴の姿が水上へと上げられる

 

「グボアアアアアアアアアアッ!?」

 

 悲鳴を上げながら釣り針にひっかけられた口を広げたまま、チャナガブルは陸へと強制的にダイブしてしまう事になる。離れた所で寝転がっていた桐音もいつの間にか起き上って戦闘態勢に入っており、じたばたともがき続けているチャナガブルへと接近していた。

 

「はっ!」

 

 抜き放ったヘビィディバイドを振り下ろし、横薙ぎに払いつつ剣モードへと切り替えて頭を殴り飛ばしてやる。そうして攻撃していく桐音に合流するように、瑠璃と茉莉も各々武器を抜いてチャナガブルへと向かっていく。

 

「ふんっ!」

 

 側面を通り抜けながら抜いた火竜剣【火燐】で腹を薙ぎ払っていき、切り裂かれた部分に追い打ちをかけるようにシャドウジャベリン改を突き出していく。傷ついた部分に毒を含んだ刃が突き入れられた痛みは相当の物だろう。

 チャナガブルの声に悲痛な響きが感じられる。

 だが攻撃の手はやめない。見ればその体は今傷ついた部分だけでなく、打撲と思われる傷があるし、顔にも何かが付着していた跡が見られる。

 恐らくそれはロアルドロスとの戦闘痕だろう。これによって体力が減っているならば僥倖。その好機を逃さない訳にもいかない。

 

「グバアアアアアアッ!」

 

 しかしチャナガブルとてただ大人しくやられ続けるわけでもない。ようやく体勢を立て直したチャナガブルはまず背中にある針を一斉に逆立てると、側面にいる茉莉達を押し潰すかのように横に転がり始めた。

 動きを察知した茉莉は盾を構えながら後ろへと下がるも、若干針が盾を掠めていくのを感じた。察知するのが遅れていれば針に貫かれながら押し潰されていただろう。その未来はひやりとするが、予備動作さえ見えていればなんてことはない。

 

「しっ、はぁっ!」

 

 転がり終えたところにすかさず両手で構えて高速の突きをお見舞いしていき、次々と毒を注入。背後から向こう側へと回り込んだ瑠璃も火竜剣【火燐】を振るってダメージを与え、チャナガブルの正面を位置取った桐音は、やはり剣モードにしたヘビィディバイドでその頭に刺激を与えていく。

 完全に嵌った。

 ガノトトスと違い、チャナガブルはほぼ魚に近い状態のために陸上ではこうして攻撃しやすい相手になる。一応四足のような小さなひれを持っているが、あくまでこれはおまけのようなもの。

 陸上で歩く事は出来るが、奴の本領はやはり水中。陸上はほとんどの場合つられた魚のようにいいようにされ続けるだけだ。

 

「グボッ、グボッ!」

 

 顔を振りながら抵抗し、目の前にいる桐音へとその大きな口を開けて噛みついていくが、冷静に見切って躱し、カウンターを当てるように振り回したヘビィディバイドを叩き込む。

 それは一方的な攻撃。

 奴の領域から引きはがし、自分達の領域へと強制的に落とすだけで後は彼女達の実力の分だけの戦いとなる。いや、それはもはや戦いと呼べるものではないだろう。一方通行の戦いはもはや戦いと呼ばない。

 だから桐音はほとんど無表情に近しいものでヘビィディバイドを機械的に振るっていた。

 それでも小さな変化を見逃さないだけの意識はあった。目の前で揺れている提灯が微かに点滅し始めたのに気付くと、一旦距離を取りながら目を閉じる。

 

「閃光するぞ!」

 

 同時に一言叫び、二人に注意を促してやる。

 二人もまた目を閉じた瞬間、辺りを包み込む強い閃光が発生する。ハンターが使用する閃光玉と同じ効果を持つ強い光は当然ハンターにも飛竜達にも通用する。これを使うチャナガブルにとっては意味のないものであるため、閃光玉は通用しない。

 奴の足を止める方法はスタンか罠のみだ。

 

「グル、グッグ……」

 

 三人が目を閉じたので攻撃の手がとまったのを感じてチャナガブルは転進し、大河に向かって走り出す。このまま陸上に留まれば身の危険が及び続ける事は奴にもわかっている。

 そのため自分の領土である大河へと戻ろうという選択は間違っていない。

 しかし相手が悪かった。

 

「……っ、そこですね!」

 

 目を閉じながらでも気配を辿ればどこにいるかぐらいはわかる程に成長した二人だ。茉莉が左手を伸ばして気を込めると、逃げるチャナガブルの前方を塞ぐように炎の壁が発生した。

 

「グボッ……!?」

 

 突如発生した炎に思わずチャナガブルは足を止めてしまう。それを狙って瑠璃は火竜剣【火燐】を薙ぐように振るい、刃から赤い気刃がチャナガブルへと向かっていく。

 目を閉じているはずなのに狙いは正確だ。気刃は足を止めてしまっているチャナガブルの提灯へと向かっていき、額と提灯を繋ぐものを切断してしまう。

 灯魚竜という代名詞である提灯を失いながらも、チャナガブルは何とか炎の壁を抜けて大河へと飛び込んでいく。

 高い水音を立てて大河の中へと消えていくのを感じながら、閃光の影響で目を閉じていても少し闇の中でちかちかするのが収まっていき、ゆっくりと瞳を開けて大河を見つめる。

 もう一度バイザーを下ろし、マスクをつけて準備完了すると逃げていったチャナガブルを追うように大河の中へと飛び込む。

 ここで逃がすわけにはいかない。

 陸上でのダメージは通用しているし、ヘビィディバイドで十分に頭を揺らしてきたのだ。もう少しダメージを与えればスタン状態へと落とす事が出来るだろう。

 このまま見逃し、泳がせ続けるのは愚策。奴の領域である水中だろうとも恐れず飛び込んでいく。

 

「グボボ……」

 

 自分の後を追って飛び込んできた瑠璃達の水音に気づき、チャナガブルが振り返る。三人を順次に確認した奴は小さく唸り、体を震わせながらぱくぱくと口を開閉させる。

 

「グビイイィィィッ!」

 

 最後に大きく口を開けて威嚇すると同時に体を大きく膨らませ始めた。それに従って背中の針が逆立ち、それが引っ込まなくなってしまう。

 これがチャナガブルが怒り状態へと移行した姿だ。少し平べったい体は背中が膨らんだことで楕円形に近くなり、針が常時出ている為に背中から攻めづらくなってくる。

 それだけではなく、背中が膨らむことで強度が増している事も忘れてはならない。こういう場合、陸上ならば出来ない事が水中では可能になる。

 それは下から攻める事だ。

 水中は川底へと行かなければ上下左右と動き回る事が出来る。相手が川底へと行かなければ相手の下を取る事が可能なのだ。陸上ならば相手を斬る際に背中に当たって弾かれそうになる可能性があるが、水中は上から、背後から攻めなければそれがなくなる。

 さあ、いつ斬りこもうかと三人が様子を窺っていた時、チャナガブルは一気に川底へと沈んでいった。そのまま停滞する事なく、体を震わせて砂を掻き分けながらその中へと入っていき、砂と一体化してしまった。

 そのまま逃げてしまうのかと思ったが気配は消えない。ゆっくりと川底を移動し始めたではないか。このまま固まっているといい標的になってしまうだろう。自然と三人は分散し、川底を見やりながら警戒する。

 

「グバアアアアアアアアアッ!!」

 

 標的は桐音だった。突如川底から勢いよく飛び出し、その大きな口で桐音を丸呑みにしようと試みてきた。それは普段なら十分奇襲になっていただろう。そうやって魚の群れを一気に丸呑みする攻撃なのだろうが、残念ながら位置や動きが気配で読める桐音達には通用しなかった。

 

「ふっ!」

 

 ぼんっ、と空気が弾ける音を響かせながら後方へとバック転してその飛び出しから回避しつつ、更に回転した足から更に気の刃を放ちながらチャナガブルへと攻撃する事も忘れない。

 気刃は上へと上がっていくチャナガブルの体と尻尾に命中し、それによって傷つきながらもチャナガブルは水上へと一旦上がり、激しい水音を立てながら水中へと帰ってくる。

 背中から帰ってきたチャナガブルはすぐに体を回転させて体勢を建て直し、我先にと向かってきた瑠璃を見やって噛みつきにかかった。

 

「ちっ……」

 

 陸上ではこの状況でも慌てずに翼と身体能力を使ってクイックターンが出来るのだが、水中ではそれも出来なかった。広げている火竜剣【火燐】を一度ロングソードの形態へと閉じ、刃を口内へと突き入れるようにしながら一気に突き出す。

 その際に気を送り込み、内包されている炎の力を膨らませる事で完全に口を閉じて火竜剣【火燐】を噛み千切る事がないようにした。実際突き出された火竜剣【火燐】を噛み千切ろうとしたチャナガブルはその熱さに思わず口を閉じずに開いてしまう。

 

「はっ!」

 

 その隙を逃さずに火竜剣【火燐】を振り上げて顔を斬り、更に踏み込みながらも側面を位置取りつつ薙ぐ。そうやって気を引いている間に茉莉がチャナガブルの下へと潜り込み、がら空きになっている腹へと力強く抉り込むようにシャドウジャベリン改を突き出す。

 何度かそれを繰り返すと、チャナガブルの腹の一部が変色し始める。既に送り込んでいた毒の影響もあり、ついにチャナガブルを毒状態へと貶める事が出来た。

 

「グボァッ!?」

 

 体を巡る毒の痛みにチャナガブルがたまらず呻き声を漏らしてしまった。そうして生まれた隙をついて桐音が一気に距離を詰めながら剣モードにしているヘビィディバイドを構え、溜めこんだ力を解放するように一気に球体を叩き込む。

 ずんっ、と強くチャナガブルの顔が沈み、口元はだらしなく開かれたままでその体がぴくぴくと痙攣し始めた。どうやらついにスタン状態へと落としてしまったようだ。

 

「一気に決めさせてもらう!」

 

 強く振り下ろした事で勢いを殺さずに前転してしまった桐音は、そのままチャナガブルの顎下まで沈んでいき、強く水を蹴って距離を詰めながらヘビィディバイドを突き出す。指は引き金へと当てられており、それを引き絞ればビンから粒子が一気に放出されて先端へと収束していく。

 その度にヘビィディバイドは揺れ、しかし桐音の力によってしっかりと抑えられることで暴走する事はない。接触している顎に粒子の力がぶつけられる事で連続してダメージが与えられ、同時に凄まじい力が高められていく。

 

「破ッ!!」

 

 臨界点を突破した瞬間、凄まじい爆発音を響かせてそれは弾け跳ぶ。黄緑色の粒子が爆発し、それはチャナガブルの顎に衝撃を与えて肉を抉り飛ばしてしまった。少し濁った水に細かな肉と赤い血が混ざりあい、スタン状態に陥っていたチャナガブルもたまらず激しい悲鳴を漏らしながらもがき始めた。

 一方桐音は強い反動のせいで少しノックバックしながらも、ヘビィディバイドが持っていかれないように両手で支えながら体勢を立て直す。スラッシュアックスの最大攻撃であるあのギミックを使用すると、強い反動と共に強制的に剣モードから斧モードへと切り替わる。

 その反動はかなり強く、水中では抑えこまなければそのまま手から離れて吹き飛んでしまいかねない程だ。そしてその反動があるからこそ武器が痛み、連発する事は出来ない。

 もちろん出来る事は出来るが、それは武器に無理させている事に同義だ。スラッシュアックスをメインとしているならば、長く使っていくためにも休ませてやらなければならない。

 しかし桐音にとってヘビィディバイドはサブウェポンでしかない。好機ならばそれを逃さずに畳みかけていく。

 

「ふんっ、はあっ!」

 

 抑えこんだヘビィディバイドをぎゅっと握りしめ、また水を蹴ってもがいているチャナガブルへと距離を詰めながら今も出血を続けている顎を薙ぎ払い、更に突き出して追い打ちをかけていく。

 そうして攻撃を仕掛けながらガシャン、と剣モードへと切り替え、そう時間も経たない内からまた引き金を引いて粒子を先端へと集めていった。

 

「……ちっ、足りないな」

 

 が、途中で何かに気づき、引き金から指を離して粒子の収束を止める。視線の先にはビンが内蔵されている部分の近くがある。そこにはちょっとしたギミックがあり、柄から若干突き出ている部分が存在している。それは時間の経過と共に動く仕組みになっており、それは剣モードの限界時間を示している。

 剣モードはスラッシュアックスを巡っている粒子の残量によって決まり、一定の量を下回れば変形不可能になっているのだ。

 そして今、ヘビィディバイドの剣モードの限界時間はもうギリギリの状態だ。このまま解放まで持っていきたいところだが、今までの経験を思い返して時間を逆算すると、解放する前に強制的に切り替わりそうだという事がわかった。

 途中で引き金を離し、斧モードへと切り替えながら顎を穿つように斬り上げつつ背後に下がる。すると離れていく桐音を追うかのように数度噛みつきにかかり、続けて前転して押し潰しながら針で貫こうとする。

 しかしやはりそれを見切り、強く水を蹴りながら気の後押しもあってその範囲外へと逃げていく。そうやって桐音へと意識を向けていた事もあり、背後から追いかけていく瑠璃と茉莉には気づいていなかった。

 十分に力を溜め、それぞれの武器へと己の気を纏わせた二人は足から気を放出させて一気に水中を弾丸のように突き抜けていく。硬くなっている背中をものともしないかのように二人は一気に得物の力を解放させた。

 

「はあぁっ!」

 

 背中を一気に薙ぐ強い剣の衝撃。剣による鋭い一撃、その中から噴き出す強い灼熱の炎。硬くなっている背中を針もろとも切り裂いていき、その肉を内外問わずに焼き尽くす。

 

「ふっ!」

 

 そうして刻まれた傷を更に貫く茉莉の一撃。

 シャドウジャベリン改の刃だけでなく、刃の先に顕現させた気の刃をも含めて一気にチャナガブルの体内へと抉り込んでやる。水中であろうとも、気の放出によって推進力を得た事で、茉莉の進撃は陸上で、いや、翼を使っての滑空速度に近しい程までの速さとなった。

 その上での貫く事のみに集中されたその一撃は、一気に背中から腹近くまで抉り込まれ、内臓をも貫通してしまう程の威力を発揮した。

 

「グガ、ガガガ……ッ!?」

 

 惜しむべきはそれが心臓ではなかった事だろうか。心臓を貫く一撃ならばこれで終わらせていただろうが、それが非常に残念だ。しかしそれでもこの二撃がチャナガブルにとって厳しい攻撃だったことは間違いない。

 

「グボッ、グゴゴ……ゴオオッ!」

 

 体だけでなく尻尾も震わせながら追撃を仕掛けてくる茉莉と瑠璃を振り払い、何とか陸上へと逃げていった。まさかの逃げた先が陸上という事に驚きはしたが、ここで逃がすわけにもいかない。

 すぐに陸へと上がったが、チャナガブルはよたよたとした動きながらも素早く走り去り、エリア3へと逃げていったのだ。あの短いひれのような足でよくあそこまで速く動けるものだ、と思わないでもないが、まんまと逃がしてしまった事に瑠璃と桐音がマスクの下で軽く舌打ちする。

 

「エリア3に逃げたという事は……恐らくそこから北へと進んでエリア8に向かっているのではないでしょうかね」

「エリア8……なるほど、ここは奴らにとっての休息地。体力回復を狙っているわけね」

「じゃあ先回りした方がいいんじゃないか? 確かエリア1からそのエリア8へと行けるんだろう? ここからエリア7に上がり、すぐに1へ、それから8って進むって具合にさ」

「ですね。森を走り抜ける事になりますが、問題ないでしょう?」

「当然」

 

 バイザーを上げ、マスクを一旦取りながら三人は一気に走り出す。その際に茉莉が瑠璃が斬り落としたチャナガブルの提灯を手に取り、ポーチの中へと入れるという抜け目なさが光る。

 エリア7へと繋がる坂を駆けあがれば、その先にはちょっとした林の広場が存在している。ブルファンゴが数匹鼻を鳴らして歩き回っていたようだが、彼らが三人に気づいて地面を擦り始める頃には既に左折してエリア1へと駆け下りている所だった。

 それほどまでに疾く駆け抜けるのは、チャナガブルが眠り始める前にエリア8に到達しようという意志の表れである。

 大型のモンスターは休息、それも眠ることによって傷を癒す力を高める存在だ。当然体力も少しずつ回復させていき、数分もすればまた十分に暴れられるだけの体力を取り戻す事もざらではない。

 それが人族とモンスターとの大きな差だ。

 とはいえそんな彼らの高い生命力を引き継いでいるのが一部の魔族なのだが、これは今は置いておくとしよう。

 坂を下りてエリア1へと戻ってくると、右手にあるちょっとした段差の方へと進んでいく。こちらもまた一つの森となっているが、その中に小道になっている部分があるのだ。その先に洞窟の入り口があり、それがエリア8となっている。

 小道を見つけると段差に手を付けて一気に跳躍して飛び乗り、体勢を崩すことなくまた駆け抜けていく。するとすぐに小さな洞窟の入り口が見えてきた。

 その中へと飛び込むと、右手が大きな崖になっている洞窟内部へとやってくることになる。

 天井や壁からは鍾乳洞が生え、眼下には青く透き通った地底湖が広がっている。崖の下がすぐに地底湖になっているわけではなく、小さな凹凸がある硬い地面の陸部分が洞窟のおよそ三分の一の比率になっているようだ。

 残りが全て地底湖であり、ここから対角線状の向こうにはエリア6へと繋がっている。そしてチャナガブルがやってくるであろう道はここから右手の深部の水の道だろう。ここはチャナガブルらが利用する道であり、人の身では例え水中装備をつけていたとしてもなかなか抜けられない道となっている。

 何はともあれチャナガブルはまだ来ていないようだ。

 しかし、ここには先客がいたのだ。

 

「……ロアル、か」

 

 地底湖前の陸地の片隅にロアルドロスが丸くなって眠っている。周りには数匹のルドロスが寄り添っており、同じように眠っているのだ。あの後一体どこにいってしまったのかと思ったら、こんな所で眠っていたとは。

 

「もう少ししたらチャナが合流するだろうな。その前に仕留める……若干厳しいか」

「頭か心臓を狙ってやれば可能でしょうが……はてさて」

「可能性があるならやるしかないんじゃない? 今なら奇襲を仕掛けられるんだし」

 

 そう呟きながら瑠璃が畳まれている背中の翼を静かに広げていく。自分達ならば他のハンター達と違い完全に頭上を取っての奇襲が可能だ。くいっと道の先を示し、そこから飛び降りつつの頭上からの一撃をお見舞いする事が出来れば一撃必殺が成立するだろう。

 瑠璃の視線はそう語っている。

 ならば早いところ済ませた方がいいと、瑠璃と茉莉は揃って道を小走りに進んでいく。この道は洞窟の上に存在し、抜けた先にはエリア9の深い森の小道に出てくる事になる。

 その出口付近まで来ると、茉莉がシャドウジャベリン改を抜きつつ刃の先に気を収束させていき、そっと崖の下を覗き見る。そこには相変わらず眠っているロアルドロス達がいる。まだ自分達に気づいた様子はない。

 桐音の方を見れば、彼女は崖の上で静かに二人の様子を見守るだけだ。彼女が飛び降りれば小さなもの音を立てる事になるため、あそこで待機する事になっている。

 

「っ!」

 

 茉莉が翼を広げて飛び出し、一気に引いたシャドウジャベリン改をロアルドロスの脳天めがけて投擲。空を切って狙い狂わずロアルドロスの頭へと向かっていく矛先が、奴の頭を貫くと誰もが疑わなかったその一撃。

 だがロアルドロスは何かに気づいたように顔を動かし、刃はそのたてがみと右目を貫くだけに留まった。

 

「ッッッ――――!?」

 

 九死に一生を得たロアルドロスではあるが、その痛みにたまらず声にならない悲鳴を上げ、それは洞窟の中に響き渡っていく。

 

「なっ……気づいた!?」

「……いえ、私の攻撃に気づいたというより、あれが来る気配に気づいたというべきでしょう。戻れ(カムバック)

 

 投擲したシャドウジャベリン改を戻すコードを呟きつつ、視線は地底湖の先を見据えている。その先にいるものに桐音も気づいたらしく、立ち上がって壁と聳え立つ岩を交互に飛び移りながら下りていき、バイザーを下ろしていた。

 ロアルドロスはこのエリアにやって来たチャナガブルに気づいて目を覚ましたのだ。気配は隠されていても、奴が負傷したことで漏らしている血の匂いにでも気づいたのだろうか。それが奴の命を繋ぐ要素になってしまった。

 しかしそれも持って数分の命。

 瑠璃も火竜剣【火燐】を鞘から抜きながら飛び出し、翼を畳んで一気に滑空しながら火竜剣【火燐】を構える。母親の花梨、姉の撫子直伝の高速滑空からの奇襲。

 

「ギュルルッ!?」

 

 気づいた時にはもう遅い。間合いまで入ってきた瑠璃が振りかぶった火竜剣【火燐】の一撃は、ロアルドロスのたてがみもろとも首を切り裂き、頬、顎と袈裟斬りにしていった。

 頸動脈を斬られたことで一気に血が噴き出し、黄色いたてがみを赤く染め上げていく。それだけでなく地面も赤い液体をぶちまけ、悲鳴を上げながらたたらを踏んでしまったところで茉莉からの追い打ちが仕掛けられる。潰された右目からも血を流し、残った左目で見上げた先には、無表情に自分を見下ろしながらも一気に距離を詰めてくる少女の姿。

 その刃が視界いっぱいを覆い尽くしたのが、ロアルドロスが最後に見た光景だった。

 

「ギュル、ギュルルっ!?」

 

 額からシャドウジャベリン改を生やし、力なく倒れ伏すロアルドロスを見て残ったルドロス達が慌てふためくように叫び声を上げる。そんなルドロス達を離れた所で着地した瑠璃が火竜剣【火燐】を軽く振って「散りなさい」と一言告げながら、威嚇するように殺気を放つ。

 それにあてられ、茉莉もシャドウジャベリン改をロアルドロスから抜き、回転させて血を払いながら軽く視線を巡らせる。それだけでルドロス達は数歩下がり、次々に地底湖へと飛び込んで逃げていった。

 最初の奇襲は失敗したが、こうして一匹は討伐できた。

 残されたのはチャナガブルだがあちらはどうだろうか。そう思いながら地底湖の方へと視線を向けると、凄まじい衝撃と共に爆発音と水音を炸裂させた瞬間だった。

 どうやらヘビィディバイドの粒子爆発を使ったところだったらしい。少しして青い地底湖に赤が浮かび上がっていく。

 この地底湖は外の大河と違って水が透き通っている為に、ある程度は水中でもバイザーを使わなくても見える状態だ。陸上からでもある程度水中の様子が見える程であり、あそこで一体何が行われているかがわかる。

 そして水中から凄まじい殺気と気の高まりを感じた瞬間、瑠璃と茉莉は信じられない光景を見る事になる。

 

 ヘビィディバイドに強い反動がかかって強制的に斧モードへと変形される中、桐音はちらりと陸の方へと視線を向けた。一つの気配が消えていくのを感じたのだ。

 

(ロアルは死んだか。だったらあたいも終わらせてやるか)

 

 粒子爆発によって額が抉れ、大量に血を噴き出している中でもチャナガブルはまだ死んでいない。だがもう瀕死状態だ。何とかここまで逃げてきたようだが、最早チャナガブルの命運は尽きていると言ってもいい。

 変形が終わり、桐音は水を蹴ってチャナガブルの右側へと回り込みながら陸上を視界に収める。まずは一撃、ヘビィディバイドを突き出し、続けて薙ぎ払うように振りかぶりながら剣モードへと変形。

 それから一気に腕を引きながら力を溜めていく。

 そうする中、マスクの下で小さくその言葉を紡いでいった。

 

「――剛体。轟気、収束。一点突破」

 

 ヘビィディバイドの先端に彼女の気が収束し、球体から突き出されていた針が引っ込んでただの球体と化す。彼女の気の色なのだろうか、オレンジ色の光がヘビィディバイドを包み込んでいき、凄まじい力と輝きを放っていくではないか。

 バイザーの下の碧眼は鋭く細められ、彼女の闘気が高まるにつれてその眼差しに冷たい殺気を宿らせていった。それに気づいたチャナガブルはびくりと体を震わせ、しかし負傷によって動けないでいる。

 それはまさに、死刑執行を待つ罪人の如く。

 執行人の刃は今、ここに放たれる。

 

「――――剣術が一、王牙!」

 

 そして、それはまさに普通ではありえない光景だった。

 水中で放たれたその一撃はチャナガブルの腹を穿つ。それだけでなく先端に収束されていた彼女の気の解放の後押しもあり、チャナガブルの腹に風穴を開けながらその体を陸上へと吹き飛ばしてしまった。

 

「――ガ、バ……ッッ!?」

 

 攻撃を受けたチャナガブルも何が起こったのか把握できていない。そうしたままチャナガブルは地面に叩きつけられながらその命の灯火を消してしまう。

 その様子を見ていた瑠璃と茉莉は固まるしか出来ない。

 魚竜種の一角であるチャナガブルを吹き飛ばすだけの攻撃を、ただの人間が出来るというのだろうか?

 いや、それを可能にしてしまった人物を知らない訳ではない。あの人は血統の僅かな後押しと積み重ねた鍛錬によってそれを可能にしてしまい、一時期の師匠である規格外な人をも驚かせるだけの力を見せつけてくれた。だが彼女はただの人間より少しだけ違っていたという背景があった。

 それに今桐音がやったのは突き詰めればただの突き。

 突きというシンプルな攻撃に己の気を纏わせ、更に自身を強化させて放った一撃だ。

 でも、それだけであれを可能にする事が出来るのだろうか。

 もしかするとあの草薙桐音という人物もまた、あの人のようにただの人間ではないのかもしれない。

 

「……仕留めたか」

 

 転がっている死体を確認しながら水中から姿を現した桐音は軽く頭を振ってバイザー上げて二人の下へと歩み寄ってくる。そんな彼女をじっと見つめ、上から下まで値踏みするような視線を向けてしまうのも無理はないだろう。

 それに気づいた彼女はやれやれと苦笑を浮かべてしまった。彼女自身もわかっている事らしい。

 

「なぁに、ちょっとばかし本気を出しただけだぜ? 言ったろう? あたいは色々剣を扱っている。……だから剣術を使ったっておかしくないじゃないか。あれはその剣術の一つさ」

「剣術、ねえ。一体どこの流派よ?」

「それは秘密さ。結構マイナーなものでね、言っても知らないだろうからね」

 

 そう言いながら剥ぎ取りナイフを取り出してチャナガブルの死体へと向かっていく。少し気にはなったが、どうせ今回限りの付き合いだろうからとそれからは深く気にしない事にする。

 彼女に続いて二人も剥ぎ取りナイフを取り出し、討伐した二頭の素材を剥ぎ取っていく事にした。

 こうしてボルシオ水没林による二頭討伐クエストは成功に終わる。

 使える素材を十分に剥ぎ取り終えると、真っ直ぐにベースキャンプへと向かってギルドアイルーへと成功の照明弾を放ち、死体回収を頼むと一時間の休憩を経て村へと戻っていったのだった。

 

 

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