狩場となっている森へとやって来た昴達は現地で合流したギルドのものらが持ってきたテントと連絡用の信号弾を受け取り、それらを準備して拠点を作り終える。
久しぶりの三人揃っての狩りは昴達の心を躍らせる。なにせ東方に隠れ住む間は家に幼い子供を残さないように必ず誰かが家にいなければならなかった。それぞれ一人で行く事もあれば、誰かが二人で組んで行く事もある。
三人揃ってなんて、子供が生まれる前を最後にしていたと思う。それくらい久しぶりの……「
そんな彼らの装備を見てみる事にしよう。
昴はエスピナUシリーズに鬼哭斬破刀・真打。彼にとっての馴染み深い得物と装備だった。東方では珍しいエスピナUシリーズだが、彼はあれからずっとこれを愛用しており、強化も最後まで施しているくらいだった。
こちらのG級モンスターもそれなりに討伐しているが、それを用いて装備を作る事はあまりない。
それは優羅も紅葉も同じだった。
優羅もまたエスピナUシリーズを身に着けており、その手には撫子が強化させた魔狼砲【黒鳥】がある。どうやらこれを実戦で試し撃ちするつもりらしい。
最後に紅葉もまたラヴァUシリーズを身に纏い、武器は角王鎚カオスオーダーを選択している。
容赦の欠片もない、彼らの本気の装備が出揃っていた。
角王鎚カオスオーダーをくるくると重量など感じていないかのように軽く回転させ、鎚の部分をじっと見つめてチェックすると背中に背負い、紅葉は軽く森を見回してみる。
木々を吹き抜ける風はどこか心地よい感じがするが、森の奥の方では多くのモンスターの気配がしていた。それは優羅も感じ取っており、チップが嵌められているベルトを両肩から掛け、更に両腕の裏にもベルトを通して立ち上がり、じっと一点を見据えている。
「……フロギィの群れだな、あれは」
「やっぱり? 結構な規模じゃない、あれ?」
「……軽く三十は超える。大きな群れだけど、紅葉にとっては問題ないか」
「ま、ね。それくらい、かるーく薙ぎ払ってやるわよ」
軽い調子で笑いながら両腕を交互に伸ばし、最後に背伸びをすると鬼哭斬破刀・真打の調子を確かめて地図を取り出している昴へと並んでいく。
標的はドスフロギィとリオレイア亜種。
そのターゲットの片割れであるドスフロギィ。三十匹を超える規模を率いているようだが、ランク的にはこれは上位以上ならばなんら不思議ではない。時には五十を超える群れを率いる上位のリーダーがいるのだから。
そしてG級ともなれば七十から百を率いるという。それだけでなくリーダーの実力も高く、率いられるフロギィらもまた強固な体を保有している。それが軍となって攻めてくるのだからやり辛くなってくる。
下位などでは大したことのない群れのリーダー勢だが、上位、そしてG級となり、群れの規模が大きくなれば驚異的な敵となる。ハンターにとっては狩りやすい相手でも奴らもまたモンスター。人族とは違う身体能力を持つ存在なのだ。舐めて掛かれば熟練ハンターであったとしても死ぬ可能性が出てくる。
だから軽い調子になったとしても、完全に油断はしない。地図を確認しながら三人はベースキャンプを後にし、地図に記されている道に従い、フロギィらの気配を辿って森の奥へと進んでいく。
そうしてやってきた一つのエリア。
そこには確かにフロギィの群れが存在していた。見渡す限りの橙色の皮と喉元に毒袋を持つ小型のモンスター。獲物に毒を吹きかけ、弱らせてから仕留めるという狩りを行う。
そのため奴らと戦うならば毒に備えなければならない。が、昴は毒半減、優羅は毒そのものが無意味という体質を持っている。紅葉はそういうスキルを持っていないが、当たらなければどうという事はない。
「では仕掛けていこうか」
「ん。じゃああたしがかき回してこようかな」
「ああ。その後に俺が続き、優羅が狙撃という形で処理していこう」
攻め方は昔から変わらず。
紅葉がハンマーを振り回して豪快に道を作りつつ奇襲を仕掛けて群れを混乱させ、
昴が続けて討ち漏らしたものを切り払って始末していき、
優羅が背後から狙撃して狩っていく。
少数対多数となればこうやって奇襲を仕掛けて掻き回して自分達のペースを作り上げ、混乱状態に陥らせたまま一気に数を減らす。それが三人のフォーメーション。
昔の事を思い返しながらいざ戦いを始めようとしたその時、優羅が何かに気づいて「……待った」と声を掛けた。
魔狼砲【黒鳥】を手にしながら優羅の視線はフロギィらの方ではなく、空へと見上げられていく。小さく聞こえてくるのは木々のざわめきだけではなく、風を切るような音が少しずつ近づいてきているようだった。
「……亜種が来る」
それは一気に空から急降下すると、フロギィらの群れへと飛び込んでいった。ドスフロギィやフロギィらがギャアギャアと騒ぎだし、しかしリーダーの指示に従ってフロギィらが動き出す。
森の中に飛び込んでくる桜色の甲殻をした竜、リオレイア亜種。どうやらフロギィらを捕食しようというのだろう。強靭な足でフロギィを掴んでいこうとしたようだが、ドスフロギィがそのリオレイア亜種へと体当たりを仕掛け、続けて周りのフロギィらが飛びかかっていく。
「グルァァアアアッ!」
群がってくるフロギィらを薙ぎ払うように尻尾を振り回し、口から火炎を連続爆発させて噛み付きにかかる。だが数の暴力というものがある。三十以上というフロギィらを従えるドスフロギィの指示により、例え吹き飛ばされたとしても次々に別のフロギィが飛びかかり、離れていれば毒液を吹きかけていくという終わらない攻撃が続く。
指示するだけでなく、ドスフロギィもまた毒霧を吐き出してリオレイア亜種へと吹きかけ、怯んだ際に体当たりを仕掛けて距離を詰め、尻尾を振るって叩きつける。
見事な集団の狩りだ。
それを見つめる昴達は出ていくタイミングを失ってしまっていた。しかしこれは三人にとって好都合でもある。
ああやってお互い体力を削り合ってくれれば、自分達は楽が出来る。
毒状態になってくれたならば体力も削れるし、リオレイア亜種がドスフロギィを仕留めてくれたならば、群れはリーダーを失って散り散りになる。
そうなってくれれば後はリオレイア亜種を討伐するだけで終わる。いいことずくめだ。
なので昴達は待つ事にする。
「ヴォオオオオン!」
ドスフロギィが咆哮し、リオレイア亜種の側面に回り込んでその首へと噛みつきにかかったが、リオレイア亜種が首を振ってそれを振り払う。尻尾を振り回しながらドスフロギィへと向き直り、一歩退いて斜めに回転するようなサマーソルトを放った。
突然のサマーソルトにドスフロギィが吹き飛び、フロギィ達に戸惑いが生まれる。低空飛行をするリオレイア亜種は周りにいるフロギィらを見回して尻尾を振るい、サマーソルトを放ち、火急を落として次々と仕留めていく。だがドスフロギィが起き上り、冷静に指示を出してやれば、フロギィらも落ち着きを取り戻し、飛びかかって攻撃を仕掛けていく。
低空飛行ならばフロギィの脚力で跳躍すれば届いてしまう。その腹、羽ばたく翼へと爪を突き立て、噛み付いてやる事でバランスを崩そうという魂胆だ。
それは叶い、リオレイア亜種は連続して襲い来るフロギィの攻撃に耐えきれず、墜落してしまった。その好機を見逃さず、ドスフロギィが一気にリオレイア亜種の首へと噛みつきにかかり、フロギィらも続いて首や胸、腹や尻尾と次々と噛みつきにかかっていく。
小さなモンスター達でも集団で攻撃すれば大きな存在へと挑める、という野生の構図がそこにはあった。
だが仕留めるまでには至らないらしい。首を振り、溜まりに溜まった力を解放するように怒号を上げて怒り状態へと移行した。口の端からオレンジ色の吐息を漏らし、力を溜めた後に大火球を撃ち出してきた。それは地面に着弾すれば大きく爆発して周囲を焼き尽くしにかかる。
その一撃だけでドスフロギィと近くにいたフロギィらが吹き飛び、地面を転がっていく。ドスフロギィは起き上れたようだが、周りにいたフロギィらはあの一撃で体を焼かれ、一部が吹き飛んで絶命してしまった。
リオレイア亜種の怒りの一撃。それを目の当たりにしたドスフロギィは低く唸り、何かを考えるようにした。フロギィらもリオレイア亜種の怒りの気に当てられ、戸惑う気配や怯える気配を持ち始めている。
それで決断したらしい。ドスフロギィは何度か吼えると森に向かって走り出した。それに続くように生き残ったフロギィらが追従し、森の奥へと逃げていく。だが逃げるフロギィの一匹を捕え、体に歯を食い込ませながら勢いよく首を振り上げ、地面に叩きつけて意識を奪う。
そうして動かなくなったフロギィの肉を食い千切り、咀嚼して胃へと送り込む。だらだらと千切られた部分から血が流れ落ちていって地面に染み込んでいくが、リオレイア亜種は気にも留めずただフロギィの肉を喰らっていく。
さて、そんなお食事タイムではあるが、それをぶち壊しにさせてもらうとしよう。
優羅が魔狼砲【黒鳥】に睡眠弾Lv2を装填すると照準を合わせてリオレイア亜種へと撃ち込んだ。距離が離れているため位置を知られる事もなく、僅かに発砲音を響かせて睡眠弾が射出されていき、装填と発砲を繰り返してリオレイア亜種がこちらに気づく事もなく眠りへと落ちていった。
見事な射撃。腕は衰えていない。
静かに草むらから出てリオレイア亜種へと近づいていった昴達はそれぞれ位置に付き、紅葉が角王鎚カオスオーダーを握りしめて力を溜めていき、続けて鎚に渦巻く風を作り上げて圧縮。
それが一定ラインに留められた瞬間、
「――――ふッ!!」
眠りから覚まさせないように叫ぶ事はせず、紅葉の一撃がリオレイア亜種へと叩き落とされた。みしみし、と甲殻が破壊されるだけでなく、中にある肉をも破壊していくほどの一撃に、たまらずリオレイア亜種が悲鳴を上げる。
だがそれすらも掻き消され、その顔は地面へと叩き潰される。
眠りに落ちている事で守りが弱くなり、そこに打ち込まれた紅葉の一撃。たったの一撃ではあるが、それはリオレイア亜種に瀕死へと貶めるだけの威力を秘めていた。が、僅かに命を繋ぎ止めたらしく、リオレイア亜種はふらつきながらも立ち上がる。
そこに鬼哭斬破刀・真打を抜いた昴が背後から斬りかかり、その自慢の尻尾へと一太刀、二太刀と斬り、最後に深呼吸をして弾ける電流に乗せて振り上げれば、尻尾の裏側から鋭く傷が走り抜けた。
尻尾を振るって抵抗し、火球を放ってくるのだがその動きを見切っていく。
「ふんっ!」
振り返ってきても翼や腹、首へと鬼哭斬破刀・真打を振るい、着実に追い詰めていく。顔からはだらだらと血を流し、激痛がリオレイア亜種へと襲っているだろうが、リオレイア亜種はそれでも生きるために抵抗する。
翼を羽ばたかせてもそれを側面から撃ち抜くように優羅が貫通弾Lv2を射出する。弱ったリオレイア亜種にとってその一撃は翼をもがれるに等しいものだった。飛び上がろうとしても翼を撃ち抜く弾丸は強い痛みを伴って片方から片方へと通り抜けていく。
頭にかかる激痛に翼の痛みが入ったところであまり意味はないだろうが、しかし翼にかかる負荷がリオレイア亜種に飛ぶ力を奪っていっていた。
また紅葉が噛み付きや火球を躱しながら角王鎚カオスオーダーを振るい、頬や頭、時に首や胸へと打ち付ける事で更に負荷をかけている事も忘れてはならない。
角王鎚カオスオーダーの重量などどうという事はない風に、紅葉は素早く軽やかに動いてリオレイア亜種の攻撃を躱している。普段から鍛えているだけでなく、楓を肩車したままよく歩いたり階段を上り下りしたりしているため足腰は鍛えられている。
子供というものは思った以上に成長し、重くなってくるものだ。それだけでなく楓はよくはしゃいで動いてくる。それを支えて安定したまま動くというのは思った以上に難しい。
時に片手で支え、あるいは支えずに歩いているので、紅葉のバランス感覚や足腰の力は彼女の見た目以上に高い。
そのため角王鎚カオスオーダーを構えたまま走るという事に関して、問題などあろうはずもない。
「どっせぇいッ!」
構えた角王鎚カオスオーダーを回転させ、勢いよく振り上げてやればリオレイア亜種の顎をかち上げていく。顎から走り抜ける衝撃にリオレイア亜種の頭が揺さぶられ、力を失ったように転倒してしまった。眩暈状態である。
「仕上げッ!」
かち上げた角王鎚カオスオーダーに両手を添え、もう一度その顔を叩き潰すように振り下ろした時、桜色の果実が弾けるようにリオレイア亜種の顔が破壊され、赤い果汁と果肉を周囲にばら撒いてしまった。
べっとりと血糊が付いた角王鎚カオスオーダーを持ち上げ、それを振り回して血を払い、ポーチから布を取り出してふき取っていく。実に素早い狩りだった。
しかしそれもよく考えれば当然の事。
彼らの武具はG級。対してリオレイア亜種は上位個体。一つの壁を隔てたランクの差があるのだから一方的になったとしてもおかしくはなかった。
とはいえその素材を剥ぎ取らずに放置していく、というような真似はしない。使える物は使っていく。それが狩りをした相手に対する、命を粗末にしないという心構えだ。
尻尾を剥ぎ取り、その奥にあるかもしれないものを探ってみると、どうやらあったらしい。雌火竜の紅玉を剥ぎ取ってその淡い光を眺めてみる。悪くないものだった。
他にも棘、甲殻、翼膜、と剥ぎ取っていき、もう少し尻尾を探ってみれば逆鱗も発見。なかなか良個体だったらしい。それらを剥ぎ取り終えて優羅が辺りを見回し、ドスフロギィらが逃げていった方へと昴達は走り出した。
奴ら……いや、ドスフロギィを討伐し終えればこの狩りは終了だ。
肩慣らしにもならなそうか、と考えながら、昴達は森の奥へと進んでいく。
○
いい匂いがする。
それは鼻を鳴らしながら森を走っていく。自分の飢えをしのいでくれそうな、芳しい血と肉の香りに誘われ、ただただ鬱蒼を茂る森を掻き分けて前へ。
数分走った先には、涎を垂らさせてくれた肉の塊があった。この森の中では目立つその桜色の肉塊。実を叩き潰されて中身と汁をぶちまけているようだが、それでも大きな塊が残っている。
死んでから一時間以上経過しているようだが、迷いなくそれはその肉に喰らいつく。綺麗な薔薇には棘があるというが、背中に生える棘が口を刺してくる。だがそれは気にも留めず、ただその肉を引き千切って咀嚼していく。
肉を咀嚼し、喉を潤すような赤い果汁も、尻尾に存在する毒も全て美味しくいただき、しかしそれでも飢えはしのげない。
まだ足りぬ。
この程度では腹は満たされない。
鼻を鳴らして辺りを見回し、そして遠くにはどうやら多くの命が存在する事をつきとめた。何かと戦っているようだが、その何かも纏めていただくとしよう。
一つの桜色の果実という名の前菜を食べ終えたそれは、続けてメインディッシュを食べるために森を駆け抜ける。
そのメインディッシュは――橙の肉の詰め合わせ・毒添え。
どうやら毒のフルコースを所望しているようだった。
○
リオレイア亜種を討伐して一時間。
ドスフロギィを見つけ出してから仕掛けるタイミングを見計らう事、更に三十分。数が減ったフロギィらと、この森のあちこちに点在していたフロギィを集めたドスフロギィは揃って川へと向かい、水を飲み進めていた。
ついでにそこにいたアプトノスを二頭仕留め、それぞれフロギィらに分け与えて食事に入っている。
どうやらかなりの規模を率いていたらしい。フロギィを集め、揃った数はおよそ四、五十。あそこで散った数を合わせれば六十近くのフロギィを率いていたという事になる。
なかなかの個体だったのだろう、あのドスフロギィは。
しかし悲しいかな、そのドスフロギィにはここで死んでもらうとしよう。よもやまた食事タイムを邪魔する事になろうとは思わなかったが、これもまた好機である事には変わりはない。
最初に決めた手筈通り、紅葉が角王鎚カオスオーダーを握りしめて乱入するタイミングを見計らう。
ドスフロギィが辺りを警戒しているようだが、それはリオレイア亜種の事を気にしているのだろう。またどこかから襲来して、群れを掻き回してこないかと警戒していると推測できる。
だがリオレイア亜種は先ほど討伐してきた。それをドスフロギィが知り得る事はない。
リオレイア亜種の襲来はないが、その代わり自分達が群れを掻き回してやろう。ドスフロギィの意識が向こうの群れへと向いたその機を逃さず、紅葉が草むらから飛び出して角王鎚カオスオーダーを握りしめ、近くにいるフロギィらを纏めて薙ぎ倒すように振り回した。
「おらおらおらおらぁぁぁあああッ!!」
雄たけびを上げながら、まさしく我が往く手を阻むフロギィの群れを撥ね飛ばす暴走ディアブロスの如く。角王鎚カオスオーダーが唸りを上げれば、フロギィは見事に宙を舞い上がる。
鎚にある二つの角によって体を殴られ、角の先端によって体を引き裂かれ、地面を転がっていく。彼女の走る道は強引に切り拓かれ、その初撃によって息絶えたのは十を下らない。
続くように昴が戸惑うフロギィらを鬼哭斬破刀・真打で斬り払っていく。首を刎ね、体を薙ぎ、走り抜ける電流によって感電させて死に至らしめる。彼の背に付き従うように優羅が魔狼砲【黒鳥】に貫通弾Lv2を装填し、頭を撃ち抜いて絶命させていく。
こういう集団を相手にする際は散弾を使う方がいいだろうが、魔狼砲【黒鳥】は散弾Lv1しか装填できない。Lv1では牽制にしかならない。火力が高まる事で威力は上がっているだろうが、今回は別に牽制するために撃つわけではない。
優羅もまたフロギィを仕留めるために撃つため、一瞬で狙いを定めて一匹を確実に撃ち抜く。時に密集していれば二匹を同時に撃ち抜いて同時に仕留められるのでお得だ。
向こうまでかき回した紅葉は一度振り返り、混乱しているフロギィらへと落ち着くように吼えるドスフロギィを確認する。続けて乱入してきた昴達を取り囲むように指示したのを確認し、にやりと不敵に笑って囲みだすフロギィらを視線だけで見回した。
深くまで切り込んだことで紅葉は孤立している。だが別に恐れる事はない。
ぐるん、と角王鎚カオスオーダーを回転させて肩へと乗せ、向こうにいる優羅の方を見やれば、彼女もまた紅葉へと視線を向けていた。
背中合わせになっている昴を感じとりながら、優羅は足元に魔力を集めて刃を形成する。ドスフロギィの指示に従って飛びかかってくるフロギィらを見回しながら回し蹴りをすれば、そこから気刃が放たれてフロギィらを纏めて切り払った。
続けて魔狼砲【黒鳥】の引き金を引いて紅葉の方にいるフロギィの頭を撃ち抜き、素早く次の弾を装填する。そうして支援を受けながら、紅葉は囲んできているフロギィの一点を突破するために角王鎚カオスオーダーを振るう。
噛み付きや飛びかかり、毒液の吐きつけと攻撃をしてくるがどれもが紅葉に決め手を与えない。飛びかかろうが、毒液が来ようが体を捻って躱し、時に角王鎚カオスオーダーで打ち返して迎撃。付着した毒液も角王鎚カオスオーダーを振り回すだけで離れていってしまう。
まさしく打撃の嵐がそこにいる。触れれば吹き飛ぶだけの力の暴力。
だがドスフロギィらも負けてはいられない。フロギィらを切り払っていく昴へと接近したドスフロギィが、喉袋を膨らませて毒霧を吐き出してきた。向こうが見えない程に濃厚な毒霧はゆっくりと昴へと迫ってきたが、背後にいる優羅と共にその場を離れてフロギィらを斬りつつドスフロギィの側面へと回り込んでいく。
だがドスフロギィはそれに気づいて後ろに下がりながら毒霧を吐き出し、優羅の銃撃を受けながらも彼女にももう一度毒霧を吐き出した。
しかし優羅に毒は通用しない。魔狼砲【黒鳥】を腰元に当て、横から噛みつきに来るフロギィめがけて貫通弾を撃ちつつ、右拳を引いて掌打を放つ。刹那、放たれた衝撃波が優羅に接触してきた毒霧を吹き飛ばしつつその奥にいるドスフロギィへと着弾した。
突然顔にかかった衝撃波にたまらずドスフロギィは仰け反ってしまう。その隙を突くように鬼哭斬破刀・真打で横っ腹を斬り、返す刃でもう一撃。首元までかかる程の一撃を放って斜め前へと回り込み、降りてきた首を切断する勢いで首を斬る。
「ヴォルォォオオッ!」
その一撃にドスフロギィは一吼えし、首を曲げて頭上から昴へと噛みつきにかかる。だがそれを小さい動きで躱しつつ、鬼哭斬破刀・真打を頬へと当てて軽く引くだけで鋭い刃がドスフロギィの皮膚を裂く。
内包している雷の力が小さく弾け、追撃したところで胸を斬り上げて腹へとすり足で移動する。その動きを察知して体の側面で体当たりしてきたが、大きく後ろに下がりつつ鬼哭斬破刀・真打に気を纏わせて防御体勢へ。
そこで優羅が魔狼砲【黒鳥】を腰に戻し、ドスフロギィを守るために集まってきたフロギィらを一纏めで薙ぎ払うべく、両足に気刃を作り上げて回し蹴りを放つ。その回転を殺さずに逆立ちしながら開脚し、軽やかに回転して気刃を放ち続けてフロギィらの接近を許さない。
その間に別ルートから紅葉が角王鎚カオスオーダーを振るいながらドスフロギィへと接近し、その頭へと一撃入れてやる。
紅葉が合流したのを確認すると勢いをつけて逆立ちから直立へ移行する優羅。今の蹴りで十~十五匹近くのフロギィが散ったが、まだまだ数はいる。数が減って三十近くになったようだが、それでも小型モンスターなのだから十分に脅威だ。
一気に始末つけられるだけの火力を持つ紅葉は、頭であるドスフロギィを潰す事に回す。それを支援するべく優羅が麻痺弾Lv2を装填し、撃ち込みながら噛みつきに来るフロギィを躱す。軽く跳ねて首を落とす勢いで振り上げた足を落とせば、気刃が首をすっと通って思い通りに首を落とす。
死体となったそれの横っ腹を蹴り飛ばせば、続いて近づいてきたフロギィへと当たって吹き飛んでいく。さあ、もう一発と思ったところで、彼女の背筋に電流が走り抜けたような感覚を覚える。
「――なっ……」
それは第六感。更に言えば遠くから何かが接近してきている、という気配を感じ取ってしまっている。
続くようにドスフロギィも顔を上げ、フロギィらもそわそわとしたように落ち着きをなくしてしまっていた。野生に生きる彼らならではの感覚なのだろう。目の前にいる昴達という敵以上にやばい存在が近づいてきていると察知したのだ。
「ヴォル、ヴォオオオンッ!!」
ドスフロギィが慌てたように、しかしはっきりとした指示を下して駆けだした。攻撃してきている紅葉や昴など目に入らないとでも言うかのように川に沿って上流へと逃げていく。それに続くフロギィ達ではあったが、その背後から勢いよく飛び出してきた影に巻き上げられた。
それもまた暴力的なまでの嵐。しかし紅葉と違ってそれに含まれているのは己の飢えを満たしてくれるための捕食という感情。勢いをつけてフロギィを巻き上げるように首を振り回し、宙に上がったフロギィを口に放り込み、数度咀嚼して飲み込み、また別のフロギィを横から噛みつきにかかり、咀嚼しながら駆け抜ける。
口の端から滴り落ちる血など意に介さず、逃げていくフロギィの群れを追いかける。
それを視界に入らないように下がりながら昴達は驚きに目を見開いていた。
その目が語るのは、どうしてここにこいつがいるんだ? というもの。
それだけその存在――恐暴竜イビルジョーの乱入は驚くべき事だった。依頼書に不安定とあったが、まさかこいつが現れるとは思いもしなかった。
しかし昴達が知らないのも無理はない。なにせタンジアの港には来たばかりなのだから。先日、モガの森に現れたイビルジョーはそのままタンジアの港方面へと移動してきているという報せが広まっている。
そのため港付近の狩場に赴く際は注意せよ、とハンター達には伝えられているのだが、昴達はそれを耳にする前に狩場へとやってきてしまっていた。
「ヴオオオオオオオオオォォォォォォォォン!!」
イビルジョーの目には逃げ惑うフロギィとそれを率いるドスフロギィしか見えていないらしい。奴の願望はあの群れを喰らい尽くすという事。中でも一番大きいドスフロギィは一番の獲物だ。
フロギィらを捕食しながらドスフロギィへと迫り、それに気づいたドスフロギィが毒霧を吐き出しながら後退したが、それを気にも留めずイビルジョーはその顔へと喰らいつく。
僅かに悲鳴が漏れて出たが、その首を持ち上げて噛み千切り、数秒だけぶらんとイビルジョーの口からその体が垂れ下がったが、顔を失った事で血を噴き出しながら体が落下する。
リーダーが喰われた。それに気づいたフロギィらが散り散りになっていき、イビルジョーはそれを見回して数匹だけ逃さずに喰らい、最後にドスフロギィの体も喰らってやる。
「ヴルルルルル……!」
だが、まだ足りない。
腹はまだ満たされない。散り散りになったフロギィ達から、離れた所で様子を見守っていた昴達へと向けられる視線。こうなったら何でも構わない。喰えるならば、喰らい尽くす。
ぶつけられる暴虐的な殺気を前に、昴達は退く事はなかった。手にしている武器をそれぞれ握りしめ、彼らは
このくらいの殺気がどうした?
自分達は、それ以上の恐怖の権化と相対し、生き延びている。
以前ならば臆して逃げただろうが、今ならば奴とも戦ってみせよう。
「いけるか?」
「やってやろうじゃない。いつも通り、戦えばいいんでしょう?」
「……そうだな。いつも通り、やることは変わらない。アタシはそれを支えますよ」
「ふ、そのいつも通りの様子が心強いよ。なら、やってやろうじゃないか」
不敵に笑う彼女達がいれば、何も怖い事などあろうはずもない。それに自分達はここで死ぬわけにはいかない。帰りを待ってくれている愛すべき娘がいるのだ、ここで奴に食われてやるわけにはいかなかった。
そう考えれば、戦う力が湧いてくるというもの。六年前とは違う、生きるための意欲があの頃よりも強くなっている。
これがある限り、家族が待ってくれている限り、なんとしてでも生き延びてやる。
その感情があれば、そして頼もしい妻が二人揃っていれば――負ける事なんてあろうはずもない。
世界を喰らう胃袋を持つイビルジョーが相手だろうが、笑ってみせよう。
奴が喰らってくるというのならば、逆に刃を振るってその自慢の口を更に裂いてやろうではないか。
「乱入歓迎! 殺れるものなら、殺ってみろッ! 行くぞ!」
『――応ッ!』
昴が駆け出し、それを迎え撃つようにイビルジョーの怒号が響き渡る。
宴はまだ、終わらない。