最初にイビルジョーへと肉薄したのは紅葉だった。巨大な獣竜種であるイビルジョーの頭を殴ろうと思えば、奴の頭が少し下がらなければならない。かち上げれば届くだろうが、だが確実にダメージを与えるためには足を狙った方がいいだろう。
それに頭を狙うというのは危険が伴う。捕食者として最上位ともいえるイビルジョーの頭を狙うのはよほどの自信がないと出来ない行為だ。
故に紅葉の初撃はイビルジョーの足を狙った。勢いよく振り抜かれた角王鎚カオスオーダーの一撃は、イビルジョーの巨体を支えるその足に吸い込まれ、確かな手ごたえを残す。
だがそれで倒れるほどイビルジョーは軟ではない。足元にいる紅葉へと振り返りながら下から掬い上げるようにその大きな顎を開いて噛み付きにかかった。
それを紅葉は反対側の足の間からすり抜けるようにして逃げる。首を戻して直立するイビルジョーの背後に回る形となり、紅葉は再び角王鎚カオスオーダーを握りしめて力を溜めていく。
その間に優羅が貫通弾Lv1を装填すると、イビルジョーの行動範囲ギリギリの外からどっしりと構え、その巨体を突き抜けるように狙いを定めて引き金を引く。するとその銃口から複製によって高速で作り出された弾丸を、これまた高速で撃ち出し続けられる。
超速射。
高位のライトボウガンに施されたギミックであり、速射以上の速さと弾丸の多さで相手を蜂の巣にする技術。撫子の技術力によって疑似的、そして本格的に施された魔狼砲【黒鳥】。
貫通弾Lv1だけでなく、通常弾Lv2と氷結弾にも対応されており、火力がアサルトガルルガ【フェンリル】よりも上昇している。
超速射により火力は馬鹿にならないが、その分優羅にかかる反動もまた比例するように馬鹿にならない。エスピナUシリーズによるスキル、反動軽減+1があるとはいえ、無数に吐き出される弾丸の反動は優羅の両腕から身体へと伝わってくる。
火力は高いが、その分だけ隙を晒すという事でもある。速射も同じだが、超速射は複製によって速射以上に弾丸を吐き出し続けるため、その分だけ無防備になる。だからこれは機を見て撃たなければ敵に反撃され、攻撃を受けてしまうという事を意味する。
しかし優羅の目に恐れはない。
「はぁっ!」
イビルジョーの視界に昴が入り込む。彼は鬼哭斬破刀・真打を構えて紅葉とは反対側からイビルジョーの頬へと斬り上げた。これはただの牽制。それだけでイビルジョーの意識は昴へと移される。
それを見越しての一撃であり、釣られたイビルジョーは頭上から噛みつきにかかっていくが、それを小さな所作でやり過ごして懐へと入り込んでいく。
ぐっと柄を握りしめて気を送り込めば、それに呼応するように鬼哭斬破刀・真打に内包されている雷属性が活性化する。そのまま両手から腹へと掛けて鬼哭斬破刀・真打を振り上げ、続けて両足を薙ぐように振り下ろしながら横へと出ていく。
それだけで鋭い刃と活性化した雷の刃がイビルジョーを切り裂いた。幸運にもイビルジョーは雷属性を弱点としている。今の一撃だけでも結構ダメージは与えられただろう。
だがイビルジョーは逃げる昴を捕えるように勢いよく尻尾を振るった。無数の小さな棘が生え揃う太い尻尾が昴へと迫っていく。リオレイア亜種やドスフロギィなんて目じゃない程の太く長い尻尾。
中央にある火山に生息する鎧竜グラビモスに勝るとも劣らない太く長い尻尾は、グラビモスと同じく小さくしなって風を切りながら迫ってきている。それを昴は鬼哭斬破刀・真打を構えなおしながら勢いよく地面を滑る事で回避した。
立っている、あるいは横や前へと逃げるのではなく、滑ることで頭上を通り過ぎていく尻尾をやり過ごしたのだ。一瞬で回避方法を導きだし、実行できるだけの経験に基づく行動。
六年前からの成長がそこに表れていた。
回転する事で前後が入れ替わり、近づいてきた顔めがけて紅葉が角王鎚カオスオーダーを振り上げ、叩き落とす。振り上げは顎を捉え、一瞬怯んだところに上から叩き潰す。しかしイビルジョーはこれで竦むようなことはなかった。紅葉の正面から顔を少し傾けながら噛みついてきた。
これを横に逃げて躱し、がちんと打ち合わされる口を角王鎚カオスオーダーで薙ぎつつ体を回転させて首、両手と打ち据えつつ、勢いをつけて腹をかち上げる。
鎚についている二つの角がイビルジョーの腹を打つだけでなく切り裂く力も入り、振り上げた角王鎚カオスオーダーを構えたまま勢いをつけて地面を踏みしめ、
「どっせぇぇいッ!!」
最初に殴りつけた足へと横殴りに振り抜いた。完全に力の入ったフルスイング。これに耐えきれずイビルジョーが転倒する。ずずん、と鈍い音を立てて倒れ伏したイビルジョーに容赦の欠片もなく、優羅はまた貫通弾Lv1の超速射をお見舞いしていく。
今度は横からではなく正面から突き抜けるように照準を合わせての射撃。貫通弾としての効果がより一層発揮され、弾丸の嵐がイビルジョーへと襲い掛かる。
続けて紅葉の角王鎚カオスオーダーと、昴の手にする鬼哭斬破刀・真打の気刃。構えられた鬼哭斬破刀・真打から雷属性の気刃が放たれ、イビルジョーの腰や尻尾へと傷を刻んでいく。
紅葉が倒れたイビルジョーの腹へと次々と殴りつけているため、昴が狙うのはそこだった。振られるたびにバチバチと音を放ち、電気を帯びた刃がイビルジョーを切り裂いていく。
腹を何度も殴られる事でイビルジョーが更にもがき、体を震わせながら起き上っていく。そうしてイビルジョーは――背中の一部を赤く染め上げながら筋肉を膨張させ、口元から黒と真紅が混じりあうエネルギーの吐息が漏れて出る。
森に響き渡る程の怒号が響き渡り、イビルジョーは怒り状態へと移行する。
その筋肉の膨張により、体に刻まれた古傷まで浮かび上がり、その痛みによって更にイビルジョーは怒りを高める。
足元にいる紅葉を踏み潰すべく、勢いをつけて彼女を踏み潰しにかかったが、素早く背後に飛び退いて回避した。だが強く踏みつけた影響でイビルジョーの周囲が大きく揺れる。
続けてイビルジョーは逃げた紅葉を追うべく走り出し、再び紅葉は横へと逃げてやり過ごす。標的を失ったイビルジョーだったが、前のめりに進みながら噛み付いた口には、森に生える木が咥えられることとなる。
振り返るイビルジョーはその咥えた木を強引に引きちぎり、そのまま首を振って木で攻撃を仕掛けてきたではないか。だがそれも数秒だけ。逃げる紅葉と斬りかかろうとする昴へと牽制するように顔を振って木を振り回し、そのまま勢いをつけて放り投げる。
太く硬い木が頭上から降ってくるという事に、昴は舌打ちして自分が逃げられるくらいの隙間を作るべく鬼哭斬破刀・真打で気刃を撃ち出して斬り、すり抜ける。
その先にいるイビルジョーが木を放り投げた勢いのまま回転し、勢いよくしなった太い尻尾がまた迫ってきた。それをまた地面を滑って切り抜け、懐に入り込んで腹へと鬼哭斬破刀・真打を突き出し、薙ぐ。
が、イビルジョーはそれに堪えずに一歩下がったかと思えば、昴を撥ね飛ばすべく体全体でぶつかりに来た。
「……っ!?」
その巨体が迫ってくるのを前に、昴は一瞬で道を探る。防御するのか、あるいは回避するのか。だとするならばどう抜けるか。そうして見出した答えは――
「ここか……ッ!?」
迫ってきたイビルジョーが体を支えるべく開いたその両足の間。ここに活路を見出して昴はそこを目指して走り、体を屈めて前転し――切り抜けた。すぐさま受け身を取って背後へと振り返り、少し荒くなった息を吐く。
イビルジョーは消えた昴を探したようだが、優羅が魔狼砲【黒鳥】に装填した通常弾Lv3を撃ち出して攻撃していく。跳弾した弾はイビルジョーの体を何度も叩き、ダメージを与えていく。
それに意識を取られたイビルジョーが振り返る前に、素早く腹の下へと潜り込んだ紅葉が角王鎚カオスオーダーに纏わせた風の力をそのまま撃ち出してやる。周囲を切り裂く風の玉と化しているそれは、角王鎚カオスオーダーの打撃と共にイビルジョーの腹を何度も切り裂き、抉っていく。
何度も何度も殴られた事で腹の鱗はボロボロだ。そこに高速回転している風によって抉る事で鱗が吹き飛び、露わになっていく肉へと直に打撃。その一撃でたまらずイビルジョーが呻き声を上げざるを得ない。
しかしそれでもイビルジョーは退かなかった。
もう一度強く地面を踏みしめてやるが、紅葉は既に逃げている。その彼女の動きを視線で追い、大きく息を吸いこみながら向き直っていった。その動きに気づいた優羅がすかさず、
「……ブレスが来るぞ、紅葉!」
と紅葉へと叫んで注意を促す。はっとして紅葉が顔を上げれば、周囲を薙ぎ払うように首を動かそうとしているイビルジョーが見えた。その口からは圧縮された黒を主体とし、真紅の光が混ざるブレスが吐き出されていく。
それは龍殺しとしての力が具現化した力の粒子の集合体。イビルジョーの力の源とも囁かれる粒子を口へと集め、それを大きく吸った息を吐き出す事で力が呼応し、増幅され、あのようなブレスと姿を変えて放出される。
それを紅葉は動きを見切り、足元に風を放出して跳び上がり、先ほどまで経っていた場所を通り過ぎていくブレスを飛び越えて回避した。そのままもう一度殴りかかろうとしたが、イビルジョーが少し身を屈めると紅葉に向かって飛びかかっていく。
「ふっ……!」
頭上から押しつぶしに来るイビルジョーを躱すように横へと飛び退いて転がり、起き上っていく間に優羅が着地したイビルジョーへと麻痺弾Lv2を撃っていく。動きを封じ、一気に叩くという作戦だ。
微妙な痛みと妙な感覚に襲われ、イビルジョーが優羅へと振り返る。狙われた、と感じ取った優羅が走り出すが、それを追いかけるようにイビルジョーが左右に大きく首を振りつつ優羅へと掬い上げるように噛み付きにかかる。
だが逃げる優羅の足の速さは健在だ。迫ってくるイビルジョーからかなり距離を取れてきている。彼女の行く先は森。入り込んだとしてもイビルジョーは木々を薙ぎ倒しながら追いかけてくるだろう。
しかしそこには入らない。エリアを変える気はないので、木へと飛んで幹に足を乗せ、勢いよく反転してイビルジョーの側面を飛ぶ。その際に装填している麻痺弾を二発撃ち、地面を滑るように着地する。
振り返ったイビルジョーがもう一度大きく首を振りながら優羅へと迫り、しかし背後から斬りかかっていく昴を感じ取って勢いよく足を振り上げ、強く地面を踏みしめた。
「っと……」
強く揺れる地面に足を取られそうになるが、何とかイビルジョーから離れて事なきを得る。そのまま振り返りざま昴へと噛み付こうとしたイビルジョーは、彼が斬り上げた鬼哭斬破刀・真打から放たれる気刃に顔を斬られて怯んでしまった。
だがイビルジョーとて負けてはいられない。のけ反ったまま口元に力を溜め、またしても龍属性のブレスを放出する。
「く……!」
川の水を収集し、凍結させて氷の壁を作り上げてそのブレスをやり過ごしたが、しかしイビルジョーのブレスはそれすらも破壊して昴へと襲い掛かる。だが己の気を纏わせて防御する事で何とか耐え凌ぐことが出来た。
エスピナUシリーズは強化してあるのでG級クラスの防御力を確立している。装備にUがついているが、戦えるランク的にもこれは強化すれば十分にG級クラスの防御力を望める。
が、イビルジョーの一撃はそれを容易に打ち砕きにかかる。吹き飛ばされた昴は何とか受け身を取って着地するが、体に纏わりついた龍属性の力が彼の動きを阻害する。これは鬼哭斬破刀・真打にまでおよび、雷属性を殺していた。
(龍やられ、か。属性を無力化する力だったな。……が、問題ない!)
鬼哭斬破刀・真打に纏わせた気を高め、気刃を振り抜いてイビルジョーへと反撃しつつ、さりげなく優羅へと近づいていく。彼女もそれに気づいており、麻痺弾を撃ちながら昴へと近づき、素早くポーチへと手を伸ばしてウチケシの実を取り出し、指で撃ち出して昴へと届けた。
気刃を放ち終えた昴はそれを受け取り、すぐに口へと放り込む。噛みしめて飲み込み、少し間をおいてその効果が発揮されて龍の力が体から消えていく。流石はウチケシの実。その原理は不明だが確かな効果を約束してくれる。
だがそれに安心してはいけない。紅葉の攻撃を掻い潜ってイビルジョーは勢いをつけて体を回転させながら優羅へと迫る。噛み付きと勢いよくしなる尻尾が彼女へと襲い掛かり、しかし動きを見切ってやり過ごす。
強い力で振り回された尻尾は風を切り、振り返るイビルジョーの動きに合わせてまたしなり、近くの木々を薙ぎ倒した。離れた彼女を追いかけるかと思いきや、深くまで身を屈めて地面に届く程にまで頭を下げ、大きく口を開けだした。そうして抉りこんだ口は地面を盛り上げ、勢いをつけて顔を上げれば口の動きに従って盛り上がった土が優羅へと飛来する。
しかしそれも彼女は走り抜ける事で回避し、狙いを定めて魔狼砲【黒鳥】の引き金を引いた。放たれた麻痺弾は蓄積された毒と呼応し、イビルジョーの動きを止める。
麻痺毒によって体の動きが阻害され、呻き声は痙攣によって言葉にもならない。そうして止まっているイビルジョーは格好の的だ。
「おらおらおらおらぁぁぁああッ!!」
震えるイビルジョーの頭を揺さぶるように角王鎚カオスオーダーをひたすらに振り回す。麻痺の次は眩暈状態を狙う。打撃武器を持つハンターならば戦いの定石だろう。昴は腹の下へと潜り込み、両足や腹を狙って鬼哭斬破刀・真打を振る。
最後に優羅は少し斜め前に移動し、背中を突き抜けるように照準を合わせて貫通弾Lv1の超速射。堅実で、しかし確実にイビルジョーを弱らせる戦い。危険な相手だからこそ確実に弱らせていかねばならない。
紅葉の攻撃によって傷ついている部分を狙い、一気に弱らせる。肉を斬られた事で頭上から血が降り注ぐが、昴は気にせず鬼哭斬破刀・真打を振るい続ける。
たったの数秒ではあるが、動けないイビルジョーを袋叩きにしてもなお奴は倒れない。眩暈状態になったとしても、奴は生きている。そこで昴が腹めがけて意識を集中させた一撃を放つ。
それこそ――
「雷閃剣!」
圧縮された気と呼応した雷属性が混じりあい、撃ち出されたそれは倒れているイビルジョーの腹から背中付近に掛けて大きく傷を作り上げ、今まで以上の出血を引き起こす。
それだけではない。紅葉ももがくイビルジョーの眼前で力を溜め、続けて槌に先ほど以上の風を作り上げる。この一撃を以ってしてイビルジョーを討伐しようという試みだ。
「どっせぇぇぇええええええい!!」
瀕死、あるいは討伐を狙って振り上げ、その脳天すら叩き潰さんとする角王鎚カオスオーダーの一撃。紅葉の狙い通りそれはイビルジョーの頭を潰す……と思われたが、大きくもがいたイビルジョーの頭がずれ、それは顎付近に打ち落とされた。
「んな……っ!?」
生命の危機を察知しての抵抗か。それによってイビルジョーは命を繋ぎ止めた。
そして空ぶった角王鎚カオスオーダーの一撃により、めり込んで地面を巻き上げるだけの力を発揮した。めり込んだ角王鎚カオスオーダーをすぐに振るう事は出来ない。そこに紅葉の隙が生まれる。
だが角王鎚カオスオーダーに纏われている風が強風となってイビルジョーの頭にぶつけられ、何度も何度もその頭が揺れるだけでなく、真空の刃が身を切り裂く。
その刺激によってか、イビルジョーは僅かに声を漏らして焦点を紅葉に合わせた。呻き声を上げながらもその口元に龍エネルギーを集め、それを紅葉へと撃ち出した。
「っ!?」
咄嗟に身を捻って躱したが、先ほどまでのようなブレスではなく、抵抗による撃ち出しだったため弾丸のようだった。頬を撫でていき、薄く切られて血が滲み出てきたが、イビルジョーの抵抗は終わらない。
ただただ紅葉に向けて龍エネルギーを撃ち出し、そうしながら起き上ろうとしている。舌打ちした紅葉は一旦角王鎚カオスオーダーから離れて下がり、体勢を立て直そうとしたが、腹に弾丸の一つが命中し、くの字に折れる。続けてもう一撃胸に受けて吹き飛んでいった。
それを見届けながらイビルジョーが立ち上がるが、昴が両足を薙ぎ払う事でまたバランスを崩す。だが何とか持ちこたえ、たたらを踏みながらも大地に立つ。
怒号を上げて再び怒り状態に移行するイビルジョーは、近くにいた昴へと勢いよく跳びかかるのだが、素早く後ろに下がって回避。続けざまに追うようにして体当たりを仕掛け、しかしそれはまたしても足元をすり抜けて躱された。
が、そこまでだ。足元をすり抜けられたことを察知してイビルジョーは素早く尻尾を振るい、昴を側面から打ち据えて吹き飛ばす。
地面を転がっていく昴だが、何とか起き上って体勢を立て直す。二人が離れた事で優羅がイビルジョーへと近づき、意識を引き付けようとしたが、イビルジョーは優羅へとブレスを撃ち出して近づけさせない。
しかし近づけなくとも構わない。目の前を横切っていく黒々としたブレスを見切り、その奥にいるイビルジョーへと貫通弾Lv2を射出。着実にダメージを積み重ねていくが、奴はそれでもなお戦い続ける。
優羅へと迫って体当たりを仕掛け、尻尾を振るい、喰らいつく。
「……ちっ、よく暴れる奴だ……!」
接近されようとも優羅は戦えるガンナーだ。それはハンターでなくとも接近戦、対人戦での攻撃手段を習得しているからに他ならない。迫ってくるイビルジョーの顔を避け、至近距離からの貫通弾を撃ち込み、離れながら今度は徹甲榴弾を装填して頭部を狙って撃ち出す。
しかしイビルジョーの怒気が高まり、飛来する徹甲榴弾を避けると怒号を上げながら暴走したように優羅へと駆けだした。今まで以上の強い殺気をぶつけられ、一瞬優羅の体が硬直し、だが彼女の血の力が無意識に発揮されてその殺気を相殺するべく彼女から殺気が放出される。
が、捕食の権化であるイビルジョーに対して彼女のシュヴァルツの殺気は、奴の殺気と相殺するのみだった。イビルジョーの突進は止まらず、優羅は何とか立ち位置をずらして噛み付きを避けるが、下がった肩に撥ね飛ばされてしまう。
「……っ、く……!」
「ヴォオオオオオオオオオオン!!」
「こ、のぉぉおおおお!!」
紅葉が角王鎚カオスオーダーを回収し、優羅へと追撃しようとするイビルジョーへと迫るが、放出される殺気と振り回される尻尾によって上手くいかない。昴が気刃を放ってイビルジョーへと攻撃し、意識をこちらへと向けようとするも、暴走するイビルジョーの視界は一点だけを映していた。
地面を滑って何とか体勢を立て直す優羅へとまた迫り、体当たりを仕掛けようとしたが、紅葉が角王鎚カオスオーダーに纏わせた風の力を弾丸として撃ち出して足を止める。圧縮された風の弾はイビルジョーの足を捉え、奴のバランスを崩させる。
続けざまに昴が鬼哭斬破刀・真打で斬りかかっていったものの、イビルジョーは堪える様子がない。吼えながら体を回転させて昴を振り払おうとしたが、それを避けてもう一撃斬りかかっていく。
だが、怒髪天を突き抜ける事で痛みにも耐えるイビルジョーはまた体当たりを仕掛け、これを回避した優羅が昴へと近づき、これによってラインが出来上がる。
それを見届けたイビルジョーがまた大きく息を吸いこみ、口元に龍エネルギーを収束させてブレスとして撃ち出す。三人纏めて薙ぎ払うように撃ち出されたブレスはしかし、三人には届かない。
だがそれはイビルジョーにとってどうでもよかったらしい。
それによって三人の感覚が広がったのを見越し、イビルジョーは一気に駆け出した。
「なっ……どこに!?」
昴と紅葉の間をすり抜ける際にわざわざ体を回転させて尻尾を振るって薙ぎ払い、自分に寄せ付けないようにしてイビルジョーはその先へ。昴達に刻まれた傷口から血を流しながらも、イビルジョーは唸り声を上げながらその場から逃走した。
それを見送った昴達だが、イビルジョーを追いかける事はしない。
イビルジョーは古龍とはまた違った意味での災害。遭遇すれば大抵は即逃亡。抗えるハンターは限られ、討伐へと持ち込めるのは一握り。それはイビルジョーの強靭で巨大な肉体と、それが持ちうる高い生命力。
獣竜種でありながら古龍種に近しいまでの暴虐性を保有し、人だけでなくモンスターから恐れられるまでにまで進化した竜。討伐するに越したことはないが、逃げる相手を追いかけて更なる危険に身を投じるわけにはいかなかった。
出来る事ならば討伐しておきたかったが仕方ない。
鬼哭斬破刀・真打と角王鎚カオスオーダーの血を払い、イビルジョーが去っていった西の方へと目を向ける。あの先には更に森が広がり、それを抜ければ大砂漠へと入っていくだろう。
よもや獲物を求めてわざわざ砂漠へと入るようなことはないだろうが、それはイビルジョーの気分次第。
「……切り抜けた、か」
魔狼砲【黒鳥】を戻しながら優羅が呟き、辺りを見回す。イビルジョーがいたせいで周囲にモンスターの気配はない。フロギィらも完全に散り散りになっているため自分達以外に生き物の気配はないはずだ。
だが優羅は一点を睨み付けたまま動かない。その先には何の変哲もない森が存在するだけなのだが、彼女はその木の枝を見つめている。
「どうかしたか?」
「……誰かいますよ」
「え? 誰が?」
三人揃ってそこをじっと見つめていると、葉が揺れて何者かが飛び出してくる。
漆黒の衣装を纏ったその人物は三人から離れた所に着地し、膝をついて一礼する。その出で立ちはまさしく忍者といってもいいだろう。
「……先日ぶりです、白銀昴さん。私、霧夜の忍である、霧夜海と申します」
「その共、霧夜空」
「霧夜の忍……ああ、以前に話をしていた際に後ろに控えていた」
「はい、それは私達です。タンジアの港に向かっている際にイビルジョーを発見し、ああして隠れていたのですが……あなた方と合流できたのは僥倖です」
「わたし達は辻斬りや神倉さんを殺害した何者かについて調査中。その結果、疑わしき存在を数人発見。現在、彼らについて過去を洗っています」
そう言って二人は立ち上がった。すると優羅が二人を見て僅かに首を傾げる。
鋭い視線が海と空を貫き、彼女は何かを思い出そうとしているようだが、しかしそれは叶わない。二人も視線には気づいているようだが、特に何も言わない。
だが紅葉はそれに気づいたようで、「どうかしたの?」と声を掛けた。
「……いや、なにか頭に引っ掛かっている気が……」
「? 辻斬りとかそれの事?」
「……それもあるけど、この二人がどこかで見た気が……」
「以前会ったことあるとか?」
「…………会った事、あるの、か?」
自信がないように首を傾げる優羅。それに空は答えようとしたが、しかし開かれた唇は閉じた。ちらりと主である海を見るが、彼もまた何かを言おうとしている。が、それを口にはせずどうしようかと考えているようだった。
やがて考え続けた海は、小さく「……昔、一度だけですが」と呟いた。
「……いつ?」
「十六年前になりますか。華国の国境付近にて神倉獅鬼さんと出会った事が」
「…………ああ、あの時の魔族か。……ん、んん……確かに思い出してみれば、そんな事もあったような気もする」
優羅のシュヴァルツの特性上、過去の記憶は摩耗し失われる傾向にある。十六年という長い年月もあれば、人であったとしても十分に記憶は失われる。人の事はあまり覚えない優羅ならば、会ったような気はしてもその記憶は十分に消えてしまう。
シュヴァルツの特徴は知らないが、十六年もあれば人は忘れるだろうと海と空は気にする様子はない。
「こうして再会できた事は喜ばしいだろうが、今はここから離れるとしようか。今まで気づかれない程にまで気配を消していたようだが、イビルジョーが気まぐれに戻ってくる可能性だって捨てきれない」
「そうですね。ではこちらへ。ベースキャンプまでご案内を」
「感謝する。……それと、敬語は別に使わなくていい。俺達はお前達の上に立つ存在じゃないのだからな。いつもの調子で話してくれていい」
「……わかった。では、改めてよろしく頼むよ、白銀。俺の事は海でいい」
「ああ。よろしく」
そうして昴達は霧夜の忍二人と合流し、ベースキャンプへと戻ってクエスト達成の信号弾を上げる。しばらくしてやってきたギルドアイルーにイビルジョーの事を報告し、奴が大砂漠の方へと逃げていった事も合わせて伝える。
その日の内にイビルジョーについての警戒態勢が敷かれ、大砂漠方面にも注意が呼びかけられる事となる。
タンジアの港に戻った昴達は別ルートから合流してきた霧夜の二人を宿に招き、それぞれが持つ情報を整理する事となった。そうして挙げた気になる候補はやはりというべきか、優羅が気に掛け、瑠璃達と共に行動していたプルート達。
天王寺領主の息子である天王寺冥夜……ではなく、彼と共に行動している東風天和と、盲目の女性、壬生刹那。どちらも高い実力を持つ剣士であり、辻斬りとしての条件は満たしている。
また彼女らの過去はどういうわけか妙な雰囲気を漂わせている。ハンターとして登録されるのはいいが、それ以前の過去についてはどう探っても見つけられないのだ。
巧妙に情報が乱されているのか、あるいはハンターになる前の過去が存在していないのか。それが意味するのは彼女らが名乗っているのは偽名という可能性。本名は一体何なのか、別の忍が手分けしてそれを探っている最中らしい。
だが探るまでもなく一人はある程度目星は付く。
壬生刹那。
盲目、というこの鍵で最初に浮かぶ候補がヤマト国の桐生雪菜。彼女は以前霧夜の二人は出会っており、話をした事がある。そうして感じ取ったのは、確かに彼女は実力があるという事であり、隠れている自分達の存在を感じ取れるだけの力がある事は明らか。
またどういうわけか突然仲間の忍が斬られた事もある。あれも雪菜がやったのだとすれば、容疑者として浮かび上がれる。なにせ彼女はそれをするだけの剣の実力がある事は過去を洗えばわかる事なのだから。衛宮家に指導されて腕を磨いたのだからそれくらいの事は出来るだろう。
もし彼女らが本当に辻斬りなのだとすれば、今頃船旅をしている瑠璃達は無事なのだろうか、という不安がある。しかし信じるしかあるまい。海を往く彼女らを救出に向かう事は不可能なのだから。
だが無情にも、古龍観測所の気球が届けた報せが港に届けられる。
ナバルデウス亜種の存在を感知。
その被害によって沈められた船、三隻。
現在乗船していたハンター達の名簿が調べられ、救助隊を組むものの、彼らの救出は困難を極めるだろう。
またハンター達の中で緊急時にナバルデウス亜種と戦える、という者は港に待機するように。
その報せが港町だけでなく周囲の町や村に駆け巡った。
沈められた船の中で、瑠璃達が乗っていた船があったと知るのは、その翌日の事だった。
○
森を駆け抜けるイビルジョーは逃げ惑うアプトノス達を追っていた。体中がじくじくと痛み、流れる血はまだ止まらない。筋肉でせき止めるが、バチバチと傷口から電気が弾け、それに筋肉が痙攣して完全に締まらないのだ。
昴が放った雷閃剣の一撃だ。背中付近から腹にかけて大きな裂傷が刻まれ、腹は肉を露出して傷だらけ。だがそれでもイビルジョーは生きていた。しかし痛む傷によってイビルジョーはまだ怒りが収まらなかった。
その暴虐性の殺気をぶつけられるアプトノスはただ本能的に逃げ続ける。それも、長くは続かない。飛びかかったイビルジョーに押し倒され、首元を噛み千切られて一瞬にして絶命する。
その一頭では満足せず、イビルジョーはもう一頭へと向けて尻尾を振り回して横殴りにし、木へと叩きつける。そうして怯んだアプトノスへと喰らいつき、噛み千切りながら地面に叩きつける。
容赦のない捕食行為。それだけイビルジョーは荒れ狂っていた。
口から漏れ出る龍エネルギーが鼻先へと密集する程にまで高まっている。これほどまで鬼気迫る表情をしているイビルジョーを見れば、逃げ出したくなるだろう。
アプトノスの肉を喰らい、それをエネルギーとして傷を癒しだすイビルジョー。二頭を骨の髄までしゃぶり、喰らい尽くせば、その龍エネルギーは落ち着きを取り戻し、消えていった。
だが……足りない。
逃げていったアプトノスを追ってまたイビルジョーは走り出す。あの残り数棟を喰らっても足りないだろう。それほどまでにイビルジョーは飢え、そしてこの刻まれた傷を癒すにも足りない。
そうして走り出したイビルジョーを見送る影が一つ。
木々の陰に隠れるようにしてイビルジョーを見つめていたその影は小さく笑みを浮かべる。
「生き延びた、か。まあそれくらいの実力になったとしても、驚きはしないんだけどねぇ……やっぱり極限状態に追い込まないと相手に、ならないんかねぇ」
森の奥へと去っていくイビルジョーを見つめながら、彼女は一息ついて短剣を弄りだす。自分の手で殺った方が話は早いんだろうが、今はそうしない。わざわざこの東方を走らせ続けているんだ。あのイビルジョーが途中から乱入して掻き回し、あわよくば殺してくれた方が面白い。
だがただのイビルジョーでは話にならない。昴達は普通に戦い、退散させてしまった。
――ならば、ただのイビルジョーでなければいいんだな?
そういう解答へと至れる。
都合よく、あっちの先は大砂漠。間もなく混沌の渦に包まれる大砂漠に迫っている。
そこに放り込んでやれば、過酷な環境の中を走らせ続ければ、あのイビルジョーは大層おもしろいことになってくれるだろう。
「飢えて、もらうか。……くっくっく、んんーそうなれば、あそこにやってくる輩には地獄を見てもらう事になるだろうけど、別にいいよな」
大砂漠入りをするメンバーを頭に思い浮かべ、彼女は冷たく笑う。先日は武が入っていったし、ドンドルマ方面からもギルドナイト達などが入ってくる。
そして大砂漠には元より確認され出した竜達がはびこり、白皇が平行世界より封印を解いたかの存在まで現れている。そこにあのイビルジョーが入り込めば……と頭にその光景を思い浮かべた彼女は実に楽しそうだ。
「楽しくなりそうじゃないの。でも、その前に、ナバルにもう少し、頑張ってもらおうか。生き残った彼らにとどめを刺せるかどうか、ね」
くすり、と笑って彼女は影へと消えていく。
暗い森はただ不気味にざわめくだけ。それはまるで、この先訪れる未来を暗示しているかのようだった。