洞窟を抜けて外に出てみると林が広がっていた。木の実や果物が成る木が点々と見え、少し離れた所からはさざ波の音が聞こえてくる。とりあえず二人は海に出て辺りを見回してみる。
こうして海を眺めている限りでは何の異常も見当たらない。船の残骸が流れてきている、という事もないようだ。
「あっちに少し流れてきとったよ」
「……あ、あったんスか」
そっちに行ってみれば確かに木片がいくつか流れ着いている。波に飲まれてどこまで流されてしまったのだろうか。そこから把握する事から始めようか。
同時にモンスターの気配も探る。大型モンスターが闊歩してれば行動しづらくなってしまうためだ。特に海を行動できるモンスターがいたならば脱出もままならない。
願わくば何もいないで欲しいと思わずにはいられない。
「……今はなにもおらへんな」
「そうッスか。……広範囲を探るための何かはないんスか?」
「使い魔? ああ、あるで? というよりも、もう既に放っとるんやけどな。もうすぐ帰ってくるはずや」
「仕事が早い事で」
そうして海を眺めながら少し待てば、雪菜が言ったように数羽の鳩が飛んでくる。それらは雪菜の指に止まると粒子となって彼女の中へと消えていく。そうして鳩が得てきた情報を頭に移し、この島がどういうところなのかを把握していくのだ。
盲目であったとしても、鳩が得た景色は脳裏に映像として映し出される。鳩らが辿った軌跡と雪菜が持つ感知力。これらを組み合わせ、雪菜は顔を上げて「なるほど……」と頷いた。
「本来のクエストを行う島の近くやな、ここ。陸続きで歩いていけば人のおるところへと行けるわ」
「そうッスか。じゃあそこまで行ければなんとかなるというわけッスね」
「ただ、問題が一つ」
「聞こうか」
「ラギア亜種がおる」
「…………はぁ」
覚悟は決めていたが、めんどうなことになりそうだとまたため息をつく。
ラギアクルス亜種。通称、白海竜。
陸と海を統べる者とか双界の覇者といった異名があり、海だけでなく陸上でもハンター達を苦しめるだけの実力を持つ存在として近年知られ始めている。
「……どんな感じッスか?」
「でかいなぁ。あれ、G級近いかもしれへんなぁ」
「……めんどうな。どうあっても処理しないといけない感じッスかね?」
「んん……使い魔を通した感じやとそんな風に視えた気ぃするけど、実際に近づかへんと、ウチにとっては確実やないなぁ。……あんさんはそういう術、もっとらんの?」
「おいらはあくまでも肉弾戦と銃撃戦だけッスよ。魔法なんて、そのオプションでしかない」
「さよか」
海の中でも厳しい相手だったラギアクルスは亜種となれば、陸上であったとしても油断ならない存在となる。その巨体を生かした戦い、雷属性の攻撃の鋭さ……それは海竜種としての新たな脅威を示す存在。
それがまさかここで遭遇するかもしれない現実となろうとは。
だがもう一つ気になる事がある。
「他の人達の影は?」
「……今んとこあらへんな」
「本当ッスか?」
「嘘は言わんよ。ウチかてあんさんと二人であれと戦おうとか、考えへんわ。……案外、いけるかもしれへんけどなぁ? あんさんが
「……それはお互い様だろう? 魔法と剣、これらを組み合わせた武術を持っているんじゃないかって、おいらは睨んでいたりするんだけど? どうッスかね?」
「……くすくす」
お互いの正体が割れてしまってからは、こうしてお互いの事を警戒しながら探りを入れ、笑いあってしまう。しかし目が笑っていないし、沸き立つのは鋭い刃のような気迫。なんと緊迫した空気だろうか。
こうして笑いあっているが、実際は笑えない状況だ。
しかしいつまでもこうして睨み合っているわけにもいくまい。二人はまず他の仲間が流れ着いていないかを確認するために島を歩き出す。雪菜の手には本来の彼女が持っていたあの番傘があり、それをくるくると弄りながら十兵衛の隣を歩いている。
こうして見れば何の変哲もない番傘だが、この中には鋭い切れ味を持つ居合い刀が仕込まれている。仕込み刀、という武器の一種だ。外見的には普通の小道具や日用品にしか見えないが、その中には刃が隠されている、という暗殺向きの武器である。
主に忍や暗殺者が持つ武器なのだが、まさか雪菜のような魔法使いが持つとは思うまい。彼女は表向きには魔法使いの家系のお嬢様だからなおさらだ。番傘なんて、和装美人が持てば様になる、というくらい似合っているのだから。
……うん、似合っている。
和服に流れるような長髪、歩く姿も様になり、番傘を弄る白い指もどこか美しい。全体図として見ても、一部分を見てもどこか目を引くような美しさ。まさしく東方のお嬢様、という言葉が似合う。
悔しいが似合うし、綺麗だと思わずにはいられない。
だからこそ、警戒する。
こうして見惚れている隙にばっさり、と殺られるという事を警戒する。なにせ十兵衛は近接武器をあまり持たないのだから。近距離で戦うのはほとんど格闘術。火山に篭って塊を発掘して武器としたあの封龍剣【怨滅一門】もあるが、やはり自分にとっては無手があっている。
もし番傘から彼方を抜いてきた場合、十兵衛は手に気を纏わせて手甲か気刃を作り上げて受け止めるか、躱すかの二択しかない。あの一瞬のやりとりで雪菜の剣術は何となくわかった。
居合い。
鞘に収められている刀を一瞬の内に抜き、相手を斬り殺す、あるいは突然の奇襲に対抗する剣術。本来は座っている場合からも刀を抜けるように、という守りに置いた剣術だったが、いくつかの流派が生まれて技術が高められ、様々な使い手が現れる。
本来の通り守りに置いた使い手。
あるいはその抜く速さを生かして攻撃を主体とした使い手。
はたまたそのどちらもある程度網羅した使い手。
さて、雪菜はどれだろうか。どれであったとしても、油断すれば命を取られるだろう。……雪菜の言葉を信じるならば殺しには来ないらしいが。
そんな事を考えていると、雪菜は小さく微笑を浮かべて見せる。
「そんな警戒せんでもええやん。ウチ、そんなに萩原はんの首を一瞬で取りに行く、って思われるん?」
「警戒するなって言うのがどうかしていると思うッスけどね。これ見よがしに番傘を弄られてたら、ね?」
「ああ、これはクセなんよ。なんてゆうか、こう、傘って回したくならへん?」
そう言って小首を傾げてくる雪菜。どこか可愛らしく見えたがそれを振り払う。
ああ、首を傾げた際に顔にかかるその髪が小さく揺れるとか、やめろ。心を乱すな、と言いたくなるが堪える。小さく息をつき、冷静さを取り戻していく。
「わからなくもないッスが、それがおいらを警戒させる要因ッス。完全に信用する要素がどこにもないのに、一瞬で自分を殺せる相手を信用するって話には無理があるッスよ」
「……真面目やなぁ。そう思いつめとったら、胃が痛むで? 疲れへんか? そんなの?」
「誰のせいだと思ってるッスか!?」
「そう怒鳴りなさんな。ウチ、耳がええから近くで怒鳴られたらたまらへん」
「……はぁ、調子狂うッス」
「せやなぁ。あんなにびくびくしとったのに、普通にしゃべっとるやん。調子狂うってゆうより、調子がよくなっとるんちゃう?」
微笑を浮かべたままそんな事を言ってくる雪菜。
本当に、調子が狂う人だ。
人見知りという顔は傷を負ってから作り上げたもう一つの十兵衛の顔。本来の十兵衛はこうして雪菜と話しているように、普通に話が出来る顔にある。俗世から身を隠すためにびくびくとしてあまり人と関わらないようにし、人の記憶に余り刻まれないようにするための振る舞い方だった。
各地を転々とし、人と関わらず、スカルを作り上げれば火山に入り込んで完全に消える。
そうして動いていれば自然とそういう振る舞い方が自然になってくるものだ。実際桐音と関わっている間もこういう振る舞い方をし続けた事で、桐音以外の人々にはあまり覚えられていないし、覚えられたとしても人見知りという顔が生きて深く関わる事はなかった。
人見知りという顔は、十兵衛にとっての守りの構えだ。
「臆病で自身のない小柄な少年」という顔により、ああこの人はこういう人なのだ、と少しの間だけ人の頭に入り、そして忘れ去られる。ハンターにとってこういう性格をしているのはマイナスの印象だ。
だから簡単に消えてくれる。
それ故に、十兵衛は影で行動できる。表向きの顔として定着した「弱々しい少年」から本来の「誰にでも普通に接する事が出来る少年」へ、そして「若くして上の領域へと上り詰めた強い武人」という顔へとシフトしたとしても、何かの間違いだとしか思われない。
桐音も何となくは気づいていたらしいが、しかし十兵衛の深淵まで覗き込むようなことはしなかった。彼女も自分の実力を隠していたのだから、十兵衛の事も見て見ぬふりをしていた節がある。姉御と慕って後ろをついていく弱々しい少年で居られたのも、桐音が踏みこんでこなかったためだ。だからこそ彼女には感謝する。
しかし、隠してきた一端を知り、それを知ってなお雪菜は調子を変えない。それどころかそれをネタにずずいと踏み込んでくる。
まるで十兵衛の全てを知りたいと言わんばかりの切り込みだ。見えない目で十兵衛の深淵を見つめてくるかのよう。
「安心しぃ。なにもせぇへんよ。あんさんがなにもせぇへんなら、ウチもなにもせぇへん。それはもう何度もゆうたで?」
「しかしそれでも信用できないとも答えたッスけどね?」
「……はぁ、しゃあないなぁ。どないしたらええん? ウチがここで脱いで潔白でも示したらええん?」
「なんでそうなるんスか!? 一体この流れのどこに脱ぐ、という選択肢が浮かぶんスか!?」
「え? まさか……脱ぐだけでは飽き足らず、ウチの体を……処女を……っ!」
「待てぃ!? 俺はそんな要求はしないわ! つーか、なにカミングアウトしとるんじゃい!?」
「ああ、処女やってこと知られてもうたわ……よよよ……この歳にもなって処女って、やっぱおかしいん?」
「あんたが勝手に喋ったんだろうが!? あと、別に気にするようなことはないかと……ってなんで俺がそんなフォローしなきゃならんのよ!?」
いつもの口調がなりを潜めて完全にツッコミ役に回ってしまう十兵衛。完全にキャラが変わってしまっている。
ちなみによよよ……と言葉で泣き崩れたが、本当に泣き崩れている。巻かれている布の下から一滴流れ落ち、砂浜に足を崩しながらご丁寧に裾を口元に当てる、という見事な役者っぷり。
言い換えればそうやって隙を晒しているという事でもある。敵であるはずの十兵衛にそうまで身を晒しているのだが、ツッコミに回っている十兵衛が気づくのはそれから少し後になってからだった。
○
木々の枝葉に身を隠し、じっと前を見据える影は二つ。その身を包むのは私服ではなくハンター装備。
片やリオソウルシリーズ、片や新調されたラギアXシリーズ。
完全に戦闘態勢に入りながら、瑠璃と茉莉は遠く離れた所を闊歩する白い影を見つめていた。
二人の意識は昨日の内に取り戻していた。
ここがどこなのかはわからないが、恐らくどこかの島だという事だけは把握した。砂浜に打ち上げられてからどれくらい時間が経過したのか、それ以前に船から投げ出された後にどれくらいの時間が経過したのかはわからない。
何よりも、あのナバルデウス亜種と遭遇してどうして生きているのかすらわからない。九死に一生を得た、とはまさにこのことか。長く海を漂流して砂浜に打ち上げられたことで体力が削られ、所々体が痛んでいたが、ローブの中にあった回復薬や肉と言った食料を口に入れ、一晩眠る事で何とか動けるくらいには回復する事が出来た。
その後数分、空を飛行して島の様子を探ってみたのだが、そのたったの数分だけで翼が痛み、地面に降りざるを得なかった。体力は回復しても、畳まれていた翼を動かすまでの力は回復していなかったらしい。
だがその数分だけである程度の様子は探れた。北東へと進んでいけば陸続きで移動できる。つまり孤島ではないという事がわかっただけでもよかった。ならば人の集落があるかもしれない、という希望を見出せる。
二人は北東に向かって進んでいったのだが、問題が発生した。
それは前方に存在しているあの白いモンスターだ。
「どうしてあれがいるのよ……」
「近くに海があるからでしょうね。大方、この辺りが縄張りなんでしょうね。……そう考えると、よく私達ここに流れつけましたね。どういうことなんでしょうね」
この周囲の海を縄張りとしているならば流れ着く自分達を見つけ出す事は容易だろう。あるいは意識を失っている間に見つけ出し、喰らいつく事だってできたはず。それがなかったのはよほど運が良かったのか、あるいはこちら側に居たから気づかなかったのか。
まあ最終的にはやはり“運が良かった”としか言いようがない。
だがその運の良さも、自分達がいざ逃げ出そうとしたところでがらがらと崩れ去る。流れ着いた運の良さは、こちらで回収しますと言わんばかりに道を塞いでいるのだ。
そう、敵は――
「ラギアクルス亜種、か。どうしたものかしら」
西の海岸から北東へと進んできた二人の前にゆっくりと現れた、奴は周囲を見回しながら歩き続けていた。口元に血が付着している所から見て、どうやら獲物を捕食し、また別の獲物を探しているらしい。あるいは逃げ出したものを追っているのか、だろう。
何にせよ、道を塞ぐならば回り道をしなければならないだろう。だがラギアクルス亜種の背電殻が絶えず電気を放出しており、警戒態勢を崩していない。下手に動けば気づかれる可能性があった。
こうして動かなくなってからもう既に数十分は経過している。つまり奴は逃げた獲物を追っているのではなく、僅かな気配を感じ取って何かを探しているという事になる。
一体何を探しているのか。
隠れている自分達を探しているのではないかという推測だ。
あるいは……この島に流れ着いた他の誰かを探しているのか、だろうか。
何にせよここはまだ動かずに機を待つしか出来ない。
万全の状態じゃないというのに強力なモンスターであるラギアクルス亜種を相手にする事なんて出来ないのだから。
○
海から離れ、森の中へと入っていった十兵衛と雪菜の視界の奥には周囲を警戒するラギアクルス亜種がいる。途中でアプトノスの死体があったから恐らく奴が捕食したのだと推測できた。
だがラギアクルス亜種は何かを捜しているかのよう。逃げたアプトノスを探しているのか、はたまたまた別の何かを探しているのか。
なんにせよ遭遇してしまったならば、道を通るためにやらねばなるまい。既に十兵衛はハンター装備に着替えているが、雪菜はまだ私服のままだ。どうするのかと思いきや、
「装着、狩人」
そう告げれば纏っているローブから光が放たれ、次々と彼女の体へと定着していく。着ている和服とその光が入れ替わり、数秒もすれば日向・覇シリーズが雪菜を包み込んでいた。
一瞬にして一般人から狩人への変化。見事な早着替え……いや、服の入れ替えだ。手にしている番傘は……しまわない。
「まさか、それで戦うつもりッスか?」
「あかん?」
「いや、あかんってことはないッスが、竜と戦える武器なんスかね?」
「これを舐めたらあかんで? ウチにとって一番の得物なんやから。それに長く使ってるからなぁ、手に馴染むんよ」
「ああ、そうですかい」
「そっちこそ、得物はどないするん? 本気出すんやったらそれ相応のものを使うんやろうな?」
「そうは言ってもね、おいらは別にあんたと違って完全なG級ハンターじゃないッスから上位止まりッスよ」
そう言いながら取り出したのは炎戈銃ブレイズヘル。ラギアクルス亜種にとっての弱点である火属性の弾、火炎弾を連続して撃ち出せる機能を備えているヘビィボウガンだ。
「でも、午卯の技術は持っとるんやろ?」
「…………」
「ん? 違うん? 本気ってのは魔闘士としての技術だけなん?」
「…………まあ、ない事もないッスよ。投影、銃剣」
そう呟いた十兵衛の手に鋼の剣とそれの上に器具が取り付けられたものを作り上げる。粒子が収束して出来上がったそれを感じ取った雪菜は興味深そうにそちらへと顔を向け、一息つく。
「投影、か。実物はないんやな」
「正当な午卯家の人じゃないッスからね。でも、投影魔法の技術を父から教わったものッスから、ある程度の物は作れるッス」
「ふぅん……でも投影やからしばらくしたら消えてまうやろ?」
「……それを防ぐために、固定化」
炎戈銃ブレイズヘルの銃口の下に剣を取り付け、続けて取り出した札を剣に貼りつけながら告げることでその力が剣に注がれる。これにより剣が再び粒子となって霧散する事を防いだ。
「投影を消させないようにするための秘術を記した札。とはいえ完全ではないッスがね。数分程度はもつようになるッス」
「そらすごいな。でもそれが全てやないんやろ?」
「……どこまで知ってるんスかね?」
またしても警戒するような視線を向けてしまうのは無理もないだろう。しかし雪菜は気にした風もなく、口元へと指を当てて思案するように虚空を見上げる。
「んー……なんか一部の鍛冶屋を集めて銃に関するすごいもんを開発しているってのは聞いてるわ。対人だけやのうて、対竜に関するものとか、な。確か……撃龍槍の技術を流用して作り上げた小さなもんとか」
「はぁ……それはそれは。そこまで知ってるッスか。でも、おいらは午卯の血に連なるだけであり、その技術を全て持っているわけじゃないとは先ほども言ったッス」
「でも現在の代表……午卯六花はんがあんさんを陰で使っとるんやろ? なら、彼女からある程度の技術を流してもらったんちゃうん? その剣とか、対竜に開発された技術の一端とか。それを今つこうた投影で作り上げれば、短時間であれ午卯の技術を使える。……ちゃう?」
「……末恐ろしいッスね。どこまでおいらを視通してるんスかね?」
そこで初めて十兵衛は顔をひきつらせながらも苦笑を浮かべて雪菜を見る。それに対して雪菜もまた小さく笑ってみせた。
「くす……別に全てを視通してるわけやない。ウチはあくまでもウチが持っとる情報と、こうしてあんさんを視て感じとり、推察したことを口にしとるだけや」
「そうッスか。……でもこれ以上は口には出来ないッスね。知っての通り、午卯の技術は午卯に関係する人だけの秘術ッスから」
「それを横流ししてもらってるのに秘匿、ね」
「それは否定できないッスが、一応おいらも午卯に連なる存在ッスからね」
「せやなぁ。それもまた否定できへんわ。血は逆らえへん。……ま、ええよ。ウチはまだ完全に信用されとらんしな。ここまで見せてくれただけでも十分譲歩されとる、と見てええやろうな。……その等価交換としてやけど、ウチもまたウチの技術を見せたろ。しかと、その目に焼き付けぇや?」
「どうも。じっくりばっちり、見させてもらいましょうかね」
くるくると番傘を弄っていた雪菜はそう言って肩へと乗せていたそれを、ゆっくりとまるで刀を携えるように持ち変える。開かれた傘は閉じられ、それはまさに刀を収める鞘となる。
番傘へと彼女の気が瞬時に纏われるだけでなく、彼女の魔力に呼応して番傘に淡い光の紋様が浮かび上がっていく。まさか、この番傘自体が術式を施された武器だとは思わなかった。今までそれを感じさせないだけの秘匿を施されるとは……もしかするとあの気を纏わせる事で眠っていた術式を目覚めさせたというのだろうか。
となれば、まさしくこれが彼女にとっての一番の得物だという事も頷ける。
剣士にして魔法使い、魔法使いにして剣士。
相反する二つの力を扱う存在。
十兵衛が格闘術と魔法を合わせた魔闘士だとするならば、雪菜は剣術と魔法を合わせた魔法剣士、あるいは魔剣士というべきか。
息を呑みながら雪菜を見る。
番傘を手に佇む彼女の姿のなんと凛々しきことか。
そんな事を考えていると、
「……ついでにウチの裸身もじっくり見てくか?」
「もうそのネタはいいッス」
ぶち壊しだ。
少しでも凛々しい人だ、と思った数秒前の自分を返してほしい。
「興味ないん? ……ああ、もしかして成長期なあの双子の方が好みなん? それとも……午卯六花のような小さいのが好みとか……それってロリ――」
「大きな誤解を招くような事を言うなあああぁぁぁッ!?」
思わず大声で怒鳴ってしまった。こんなところでそういう事をしたらどうなるのか。
「……グルル?」
離れた所にいるラギアクルス亜種が声に気づき、振り返ってくるのは当然の反応だろう。首をひねって二人を視界に収めれば、勢いよく体を反転させて辺りに響き渡る程の咆哮を上げる。
それを見た雪菜はやれやれとため息をつき、
「気づかれたやんか。どないすんねん」
「誰のせいだと思ってるんスか……?」
「……まぁええわ。奇襲できんでもかまへんしな。やることは――変わらへんのやからな!」
「流したッスね……?」
地を蹴って瞬時にラギアクルス亜種へと距離を詰めていき、瞬きする時間の中で番傘から刀を抜き放つ。ラギアクルス亜種はその速さにおいつけず、先手を取られて首から鼻先まで斬られてしまった。
ラギアクルスと違い、亜種は顔の甲殻が段違いに硬くなっており、大抵の武器は弾かれてしまう。だが日向・覇シリーズによって発現するスキル、心眼はその弾かれる事を防いでしまう。硬い相手だろうが武器を振り抜けるため、隙を晒す事が減るお得なスキルだ。
ラギアクルス亜種が雪菜へと噛みつきにかかるも、軽やかな足取りでひらりと躱し、刀を番傘へと納めながら「
「――
空に走るいくつもの剣閃と、それに伴った真空の刃。ラギアクルス亜種の首や前足、胸から血飛沫が飛び、風に乗って散っていく。その返り血は風によって雪菜へと届かず、しかし彼女の白い肌とラギアクルス亜種の白い甲殻に赤が差し込むその光景。
ぺろり、と赤い舌を覗かせ、赤い番傘を顔の近くまで揚げるその姿はどこか色っぽさを感じさせる。
「
赤い番傘に赤く灯る紋様。それは赤く燃ゆる鳥を形作り、番傘を振るう事でラギアクルス亜種へと飛びかかっていく。それだけではない。閉じた番傘による打撃と開かれた番傘から放出される火炎が回転し、熱風さえ生み出してきている。
ただ鞘の役割をしているだけではない。あの番傘自体もまた彼女にとっての武器なのだ。
刀を収める鞘。
術式を施される事で彼女の魔法を援助し、時にそれ自体が魔法を発する武器。
炎を纏っているというのに燃えないというのはそれに対する備えがあるという事なのだろう。その耐久性があるならば、もしかすると彼女を守る盾にもなるんじゃないだろうか。
そう考えながら、ベルトリンクを伸ばして火炎弾を高速射撃する。そうしながら雪菜の支援が出来るようラギアクルス亜種へと近づき、そしてラギアクルス亜種は接近してくるもう一つの敵を視認する。
大きく息を吸いながら首を引くと、通常よりも大きな雷弾を放出した。首を振りながら放たれた雷弾は十兵衛へと迫り、彼は右に跳ぶ事でこれを回避する。地面に着弾した雷弾は連続して炸裂し、弧を描いてその周囲に雷を立ち上らせた。
続けて十兵衛を追うように勢いをつけて地面を滑っていく。その際に背電殻から雷撃を放出し、例え直撃しなくとも雷撃に絡め取ろうという魂胆だ。が、十兵衛は気を放出する事で勢いよく弾丸の如くその場から離れ、岩肌に足をつけて反転。
滑っていったラギアクルス亜種の頭上から火炎弾を背電殻へと着弾させていく。
「軽業師やな」
「褒めてんスか、それ?」
「当然やん。……それより、気ぃついとるか? あのラギア亜種」
「……あんたもそう見るんスね。あれが――G級だっていうのに」
「くす……心、踊るやないの。こんなところでもG級や。とことん世界は荒れとるってことやなぁ」
「それで心躍るって、あんた、そういう性分だったんスかね? 意外ッス」
そう言いながら十兵衛は一度ベルトリンクを抜き、弾を装填して尻尾を振るってきたラギアクルス亜種の背後へと回り込み、「斬裂」と口にする。すると炎戈銃ブレイズヘルに装着されている剣が伸び、振るわれた尻尾へと振りかぶってやる。
剣は尻尾の裏から刃を突き入れ、鱗を数枚斬り飛ばす。だがやはりG級というべきか。投影しているその剣では深くまで刃が入らない。これがわかっただけでもいい。十兵衛は「解除」と口にして札を剥がし、これによって剣は粒子となって消える。
「ふっ!」
続けて撃ち出されたのは貫通弾Lv2。背後から胸にかけて貫いていく弾丸を受けてラギアクルス亜種は小さく呻いたが、それだけだ。しかし続けて番傘から抜かれた刀で右肩や胸、腹と斬られる事で呻きは悲鳴となる。
鋭い斬撃だ。見ているだけでもわかる程に洗練された剣術。やはりただ者じゃない。
ふざけた部分があるようだが、彼女は確かに優れたハンター……武人だと改めて認識する十兵衛だった。
「……っと、はっ!」
見惚れている暇はない。振り返りざまに背後にいるはずの十兵衛にまで届く程に首を伸ばして噛みつきにかかるラギアクルス亜種から離れ、しかしその頬へと一撃入れるように気を込めて蹴りを放つ。
硬い甲殻だが問題ない。衝撃を伝えるように調節した気を込めた回し蹴りだ。そうしつつとん、と角へと足を乗せ、気を放出して跳躍しながら弾丸を装填し、徹甲榴弾を頭部へと撃ち込んでやりながら空中でバック転をしつつ離れた所に着地する。
同時に着弾した徹甲榴弾が爆発し、それを確認しながら続けて貫通弾Lv2を再び装填。背後からまた突き抜けるように弾丸を撃っていく。
補助の弾は使わない。そもそもあの雪菜に補助なんていらないだろう、というのが十兵衛の読みだった。彼女自身の実力が他のハンター達よりも上回っているため、補助する暇もない。
攻撃の鋭さ、回避の腕、そして番傘という名の補助と盾。
これらをただ一人で兼ね備えている万能型。
どうして盾までついているか? それはああして見ればわかる。ラギアクルス亜種が撃ち出した雷弾を開いた番傘で受け止め、回転させて雷撃を霧散させている。どうやらあれの強度まで弄っているようで、十分に盾として通用しているらしい。
「桐生雪菜、か……少し侮っていたかもしれないな……」
じっと雪菜の方を見ながら呟いていると、ラギアクルス亜種に斬りかかり、反撃を躱しながら雪菜は顔を上げる。そのまま刀を番傘に収めながら、どういうわけか少しだけ頬を紅潮させつつそっと手を添えて首を傾げてきた。
「ん? なんか熱い視線を感じるわ。これはもしかして……惚れられた?」
「誰が誰に惚れたってんだ!? こんな時に妙な事を口走るんじゃねえッス!」
「……あ、なんか知らんけど……ウチ、フラれたん? ややわ~フリ続けたウチがフラれる日が来るなんてなぁ……」
「……余裕ッスね、あんた……。おいらの手、いらねえんじゃねえッスか?」
「ややわ~、つれない事、
「そんな動きをしていながら辛いとか……寝言は寝て言えッス」
軽やかにラギアクルス亜種の攻撃を躱しながら雪菜は十兵衛と会話している。こうしている間も十兵衛はラギアクルス亜種へと銃撃しているというのに、本当に彼女は食えない人だと思わざるを得ない。
というか、彼女と正体を暴露し合ってから……いや、もしかすると船で会話している間から調子が狂っている。
「……相性最悪だな」
「いや、逆に相性抜群やないん?」
「どこがだよ……」
くすり、と微笑まれても十兵衛としては渋い顔をせざるを得ない。
そんなやり取りをしながらも戦いは続行される。
まだまだ戦いはこれからだった。