集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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64話

 

 

 その様子を、瑠璃と茉莉は驚きに目を開いて見つめていた。

 二人が生きているという喜びはあったが、それ以上に十兵衛の今まで見た事のないような動きと、雪菜の実力を目の当たりにした事で驚きが勝ってしまっていた。

 素早く動き、銃撃し、時に回し蹴りで蹴り飛ばしながら距離を取る十兵衛。

 盲目である事を感じさせないような危なげなくも素早く動き、目にもとまらぬ速さで抜かれる刀で斬る雪菜。

 自分達とは一線を画す程の実力の差。

 経験の差もあるのだろうが、それ以上に磨き上げられた実力の差を目の当たりにしてしまった。

 だがいつまでもこうして見ているわけにもいかない。二人は木の枝から飛び降り、それぞれ武器を抜いて一気にラギアクルス亜種へと向かっていった。

 瑠璃は火竜剣【炎燐】を、茉莉はブラックテンペスト改を。

 それぞれ強化された武器の初陣となる。

 

「……ん? あら、乱入か」

「? あ、瑠璃さんに茉莉さん」

 

 森の中から飛び出してきた二人の人物。それに気づいた十兵衛と雪菜は一度視線を向け、しかしすぐにラギアクルス亜種に戻して戦いを続行する。

 握りしめた火竜剣【炎燐】の刀身から勢いよく炎が噴き出し、新たな敵に振り返ってくるラギアクルス亜種の胸を斬り上げる。火竜剣【炎燐】は長剣形態のままで戦い続ける。茉莉はブラックテンペスト改を後ろ足めがけて突き入れる。ラギアXシリーズの覚醒スキルにより、無属性だったブラックテンペスト改は爆破属性を兼ね備えるランスとなる。

 しかも属性値はなかなかある。それだけでなく元から無属性のランスだったために通常の火力としても高めだ。

 

「グルォォオオ!」

 

 怒り手前か。唸りながら足元まで届くくらい首を伸ばして振り返りざまの噛みつき。それに繋げるように周囲を吹き飛ばすように連続爆発する雷弾を放出。瑠璃はそれから逃げるように大きく下がり、茉莉は盾を構えて耐える。

 

「お二人さん、気ぃつけぇや? これ、G級個体やで」

「おー……またですかー」

「ついこの間G級ラギアと戦ったばかりだってのに、今度は亜種なの!? ふざけた現実ね……」

「でも、何とかなるッスよ。そこに実力者がいるッスからね」

 

 ちらりと雪菜を見ながらも、十兵衛は装填した徹甲榴弾Lv2のベルトリンクでラギアクルス亜種の頭部を撃ち抜き、衝撃を伝える。雪菜も反撃として撃ち出された雷弾を開いた番傘で受け止め、回転させて弾ける雷を絡め取って吸収している。

 

「自分のことは棚上げ? あんさんだって出来るハンターなくせによぉゆうわ」

 

 吸収したエネルギーを放出するように抜き放った刀から鳥を形作った雷の刃が放たれた。雷属性はあまり通用しないだろうが、切り裂く力でラギアクルス亜種へとダメージを与えている。

 硬い甲殻や鱗が切り裂かれてもなお、ラギアクルス亜種は唸るだけ。背電殻が活性化し、周囲へと充電による余波が放出される。それから逃げるのは茉莉以外。リオハートシリーズは雷耐性が低かったが、ラギアXシリーズとなれば高くなる。盾を構えて放出される雷撃を耐え、カウンターを放つようにブラックテンペスト改を腹へと穿つ。

 一撃、また一撃と穿っていき、粘菌がそこへと蓄積されて赤く染まっていく。そこを更に強く穿った瞬間、粘菌が爆発して鱗を吹き飛ばした。

 その衝撃は後ろ足にも届き、爆風によってラギアクルス亜種の体勢が崩れる。海竜種独特の巨体を支える一角が崩れた事で、鈍い音を立てて転倒してしまったラギアクルス亜種。

 この好機を逃す十兵衛と雪菜ではなかった。

 いや、瑠璃も火竜剣【炎燐】をダブルセイバー形態、そして中心を分離させて双剣へと切り替えて一気に攻め立てようとしたのだ。だがそれよりも速く、雪菜が番傘を構えて背電殻へと接近していた。

 

「さぁて、破壊させてもらおか……!」

 

 数度、刀を抜けば刺激に反応して刀身が炎に包まれ、背電殻へと二太刀入れ、続けて番傘自体を叩きつけ、先端を背電殻へと突き入れる。刹那、高まった炎が先端から放出されて爆発を引き起こした。

 だが止まらない。逆手に持ち変えた番傘と刀の即席二刀流で連撃を叩き込んで斬撃と火炎の二重攻撃を放ち続ける。強固な番傘だからこそ出来る芸当。変則的な二刀流の攻撃は背電殻を少しずつ破壊していく。

 一方胸に回り込んだ十兵衛はというと、他の三人がそれぞれ別の位置に散っていたため見られていない、という状況を感じ取る。そうして静かに「投影、鋼銃槍」と呟いた。

 投影されたそれを素早く銃口に器具を取り付け、杭をもがいているラギアクルス亜種の胸へと合わせて懐から取り出した一発の弾を装填。そうして引き金を引けば、火薬の爆発によって銃口に付けられていた器具が動き、杭を凄まじい勢いで撃ち出す。

 爆発の力によって動いたそれに従って動いた杭は、数度斬られていた胸の鱗を容易に抉り、中にある肉までをも一気に風穴を開けていく。ぶちぶち、と肉が引きちぎられ、鋭利な刃の先端によって貫かれていく穴。引き戻された杭は先端から数センチに掛けて鮮血に濡れ、ラギアクルス亜種の胸の穴から一気に血が噴き出してくる。

 たった一撃でこれだ。撃龍槍を参考にして開発された、パイルバンカーの威力が如実に表れている。だが撃龍槍と同じく一発撃てば数分間は撃てないというデメリットを備える。

 これはパイルバンカーを撃ち出すための弾に込められた火薬の爆発の影響でヘビィボウガンが強く加熱され、傷ついているためだ。連続して爆発させればヘビィボウガン自体が使い物にならなくなってしまう。

 しかしそのデメリットを気にしない程にまでの威力を見せ付ける一撃。

 ガンランスにとっての最大の攻撃である竜撃砲に負けず劣らぬ一撃がパイルバンカーというものだ。そのパイルバンカーの杭は役目を終えたように粒子となって消えていく。

 向こうで腰元や尻尾へと双剣となった火竜剣【炎燐】を振るっていた瑠璃は、パイルバンカーの爆音に驚いた顔で十兵衛に振り返ったが、しかし彼女はその杭を見ることは叶わなかった。

 

「また何かやったのかしら……っと、この……!」

 

 頭上を通り過ぎていく尻尾を身を低くして躱し、剣を振るって少しずつ肉を露出させていく。強化された事で火力が上昇しただけでなく切れ味も上がり、ラギアクルス亜種の尻尾や腰元だろうと弾かれる事はなくなっている。

 刃は鱗を切り裂き、焼き払う事で火竜剣【火燐】だった頃よりも敵に傷を負わせていることがわかる。

 

(相変わらずいい仕事をするわね、姉さんは)

 

 そう考えているとラギアクルス亜種は起き上り、周囲に響き渡る程の怒号を放つ。怒り状態へと移行したのだ。そうした上でラギアクルス亜種は瑠璃に向かって体全体で体当たりを仕掛けてくる。それを尻尾から抜けるように避けたが、振り返りざまに雷弾を撃って追撃する。

 それでは止まらず、後ろに下がりながらもう一発撃ち、最後に瑠璃が逃げた先にいる茉莉と纏めて吹き飛ばすかのように横に首を振って連続して爆発する雷弾を射出。瑠璃は更に逃げたが、茉莉は盾を構えたまま前進。

 盾から己の気を展開して巨大な障壁を作り上げ、爆発する雷撃をものともせずに進軍。それはまさに堅牢な砦の如く、彼女の守りを崩すには至らない。ラギアクルス亜種は迫ってくる茉莉に意識を取られ、もう一発雷弾を撃ったがそれも無意味。下がった頭めがけて茉莉は展開している障壁をそのままに、一気に加速してその頭を殴り飛ばすように盾を突き出す。

 顔面から殴られるその鈍い衝撃にラギアクルス亜種は小さく呻く。顔を守る硬い甲殻は確かに多くの武器を弾くだけの硬さを有し、並大抵のものでは傷一つ付かないだろう。だがしかし、その硬さゆえに有効打が存在する攻撃法もある。

 それが打撃。硬いものには打撃武器、その衝撃を内部へと伝えることでダメージを与える攻撃手段。

 障壁が展開されたブラックテンペスト改の盾。堅牢で強固なG級ディアブロス亜種の素材で作られた重量のある盾。これに茉莉が展開した障壁という要素がプラスされた一撃は、ラギアクルス亜種の頭を揺さぶるには十分なものだった。

 その隙をまさに突くように、茉莉はブラックテンペスト改の先端を十兵衛が作り上げた胸の傷へと突き入れる。ディアブロス亜種の角と甲殻でまっすぐに伸ばしたその槍は、重量も硬さも他のランスとは段違いだ。

 しかし茉莉はそれを持ち前の怪力によって操る事を可能としている。本物のディアブロス亜種ほどではないにしろ、肉を穿たれた事でラギアクルス亜種に苦悶の表情が浮かぶ。

 だがこれで負けていられる程にラギアクルス亜種は甘くはなかった。

 茉莉を押し潰すように上半身を持ち上げ、そして沈めていく。小さな少女などこれで簡単に潰れてしまうだろうが、しかし今の茉莉は堅牢な砦。どっしりと構えた彼女は押し潰しに来るラギアクルス亜種のその巨体を躱し、衝撃を盾でしっかりと受け止める。左腕にかかる衝撃など意に介さず、カウンターを放つように一撃胸へと突き入れる。

 ラギアクルス亜種はしかし、その一撃を受けてまだ動く。胸で活性化する粘菌など意に介さず、首を動かして側面から茉莉へと噛みついていく。が、茉莉は小さな動作でそれを躱しつつ盾で受け流す。

 一撃頬に突き出したがラギアクルス亜種は体の側面から茉莉を撥ね飛ばしにかかる。それも耐えている茉莉であり、雪菜と十兵衛にとってはこれは好機でもある。

 そうやって一人に意識を向けていてくれれば、例え怒り状態であったとしても脅威ではない。

 

「首級、獲らせてもらおか」

 

 構えた番傘を握りしめたまま雪菜は側面からラギアクルス亜種の首へと向かっていく。高めた気は既に番傘に収束している。あとはそれを振り抜いてあの長い首を斬り落とせばいい。

 それだけでこの戦いは終わりを迎える。

 が、現実はそう上手くいかない。ラギアクルス亜種の背電殻が活性化し、またしても周囲を雷撃の檻に閉じ込める。舌打ちして雪菜は番傘を広げて盾とし、一度距離を取る。その感知力によりどこに雷撃が落ちて弾けるのかを感じとり、目隠しの布が揺れる中、雪菜は攻撃するタイミングを失った。

 その代わり、十兵衛が雷撃を放って棒立ちとなっているラギアクルス亜種の背電殻を狙って火炎弾を連続して撃ち出していく。別のベルトリンクから用意した新たなる火炎弾の嵐。雷撃の檻など関係ない、距離が離れていても攻撃できる十兵衛からすれば隙だらけ。

 また茉莉にとっても盾を構えたまま立ち回る事で雷撃など通用しない。受ければただでは済まないだろうが、ラギアXシリーズという耐久性と己の防御術を信じて彼女は立ち回る。その際に機があればブラックテンペスト改を突き出して攻撃する事も忘れない。

 相手はG級のモンスター。

 普通ならば太刀打ちできない強大な敵。

 だがラギアXシリーズとブラックテンペスト改を手にする事により、以前よりも強気で攻められる。それに茉莉はただ武具が強くなっただけでは満足しない。攻守が高まった事で今まで以上の動きを行い、己の力を更に高めていく。

 そう、これは成長のための戦いだ。

 いつまでも成長しないままでいるわけにはいかないのだ。

 桐音の実力を目の当たりにし、十兵衛も出来るんじゃないかと疑問に思っていれば、蓋を開けてみればあれほどまで動けるハンターだった。そしてそこで戦っている雪菜もまた桐音に負けず劣らない実力者。

 そんな人たちが近くにいるのに、自分達はまだまだ弱い。それは、茉莉だけでなく瑠璃も……いや、瑠璃の方がよほど悔しく感じている事だろう。彼女はわかりにくい茉莉と違って、わかりやすく負けず嫌いだ。

 向こうで雷撃がやむまでの間双剣の柄を合わせてダブルセイバーとし、回転させる事で気刃を放って攻撃していた。だが彼女は雷撃が今もなお展開されている事に歯噛みしている。どうやら斬り込んでいきたいのにいけない事に苛立っているらしい。

 

「グルォォオオオオ!!」

 

 吼えながら勢いよく下がり、斬りかかって来ようとする雪菜を体で撥ね飛ばしにかかる。番傘を広げて防御して防ぎ、逆にその番傘に火の力を収束させ、大輪の火の花を咲かせる。勢いよく番傘を回転させて花を更に大きく咲かせ、ラギアクルス亜種の横っ腹を焼きに行く。

 それに顔をしかめるラギアクルス亜種へと一気に瑠璃へ疾走し、ダブルセイバーから長剣形態へと変えた火竜剣【炎燐】を構える。苛立ちは募っていたが、そこで頭によぎるのはクロムの言葉。

 そして茉莉の言葉も相まって、熱くなってきた感情を冷却させていくことにする。そうして無心となり、頭に残すのは斬るという一点のみ。

 G級モンスターが何だというのだ。確かに恐れはあるが、仲間がいるのだからこうして未熟な自分でも戦える。武具も強化されているし、火竜剣【炎燐】は確かにラギアクルス亜種を傷つけるだけの力を持っている。

 あとは一気にケリをつけるだけの一撃を放つだけ。

 尻尾を通り過ぎ、腹すらも通り過ぎて狙うのは首を落とす一撃。下段に構えた火竜剣【炎燐】を首めがけて振り上げたのだが、ラギアクルス亜種は高められた火竜剣【炎燐】の炎の気配を感じ取って振り返ってきた。

 その時には既に火竜剣【炎燐】は振り上げられており、赤く燃える刃がラギアクルス亜種の首を切り裂いていた。しかし刎ね飛ばすだけの一撃とはならず、首の鱗を切り裂いて血を噴き出させるだけに留められた。

 それだけあれば十分だった。ラギアクルス亜種は口を開いて瑠璃へと噛みつきにかかる。それを何とか気を込めて火竜剣【炎燐】で受け止めるも、正面からぶつかってきたラギアクルス亜種の頭突きに瑠璃の体は後ろへと追いやられる。

 そうした上で背後から尻尾を振るって瑠璃を吹き飛ばし、浮いた彼女を雷弾で撃ち抜く。

 

「がっ、ぐ……!?」

 

 体に走り抜ける電流に瑠璃の口から乾いた悲鳴が漏れる。そのまま地面を転がっていく瑠璃に気づいた茉莉だが、ラギアクルス亜種が今撃ち出した雷弾の分の力を補給するように背電殻に電気を収束させる。

 その余波が放出されて茉莉は盾を構えながら防ぎつつ、少しずつ後ろへと下がる。それを見逃すラギアクルスではなく、彼女を追うように前進しながら噛み付きに行く。一撃は防ぎ、二撃目は受け流していくのだが、そこで茉莉は気づいた。

 足腰が少し痛みだした事を。

 これは長く木の上で動かなかった影響だろう。今まで何とか動き、防ぎ続けていたのだが、凝り固まった筋肉がいよいよ悲鳴を上げだしたのだ。G級モンスターが相手だけに、少しずつほぐしていくような動きではなく、最初から全力で動き、防御し続けたツケが回ってきた。

 

(これは……不味いですか)

 

 茉莉の防御はどっしりと構えられるだけの足腰があってこそ。弱ってくれば防御したとしても押しやられ、隙を晒す事になる。瑠璃に続いて自分も落ちることになるか、と覚悟を決めかけるが、どこからか飛来した弾丸が茉莉の腰元へと突き刺さる。

 それがもたらした効果によって足腰の痛みが和らいだ。それに気づいた茉莉がそちらへと視線を向けると、十兵衛が弾丸を装填してラギアクルス亜種へと向かっているところだった。

 どうやら回復弾を撃ち込まれたらしい。ここにきて支援とは驚いた。

 それだけではない。

 雪菜が畳んだ番傘を瑠璃へと向けると、淡い緑の光が放出されて瑠璃へと吸い込まれていく。体を押さえながらも立ち上がろうとした瑠璃はそれに気づき、はっとして体を見下ろす。彼女もまた痛みが和らぎだしていたのだ。

 

「大志を抱くのはかまへんが、無理に突っ込むのだけはいただけんなぁ」

 

 番傘を少し回転させ、手にしている刀を収めつつそう言う雪菜。和らいだとはいえそれでも体にかかったダメージに顔をしかめる瑠璃は、ふらつきながらも雪菜へと一歩ずつ近づいていく。

 

「忠告はありがたいけど……それでもあたしは、やらなきゃならないのよ……。こんな所で、もたもたしている暇はないわ。……少しでも早く上に……行かなきゃ……!」

「はよぉ強ぉなりたい……それは誰もが抱く大志やな。……でも、それを望んだが故に無理をし、勇気と無謀をはき違えて散っていった輩も多いってのは知ってるやろうな?」

「…………」

「あんさんがそれに続くんであれば……ウチは余計な手を差し伸べたかもしれへんな。散るんやったら華々しく散る、それもまた一つの終焉や」

「……んなこと、望んじゃいないわよ……! あたしは、ここで終わってたまるもんか……ッ!」

「さよか。なら、無理せず戦うことや。安心しぃ、ウチとあの萩原はんやったら問題なく終わらせたる。あんさんらはラギア亜種の意識をひきつけてくれるだけで――」

「――そんな風に補佐に回ってばかりだと、あたしたちはいつまで経っても成長しない……!」

「――――」

 

 その悔しさをかみしめるような言葉に、雪菜は見えない目で肩越しに振り返る。感じられるのは悔しさだけではなかった。自分に対する不甲斐なさも感じられる。それだけ彼女は強さを渇望しているのだ、とわかるくらいの感情の揺らぎ。

 一度は落ち着いた揺らぎがまた生まれている。

 自分達以外のハンター達の誰もが強い、という現実に彼女はたまらなく悔しがっている。自分達の年齢の時に、彼らは凄まじい戦いを経て名を馳せ、そして今もなお高みに存在している。

 それに対して自分達はなんと弱い事か。成長しているのだが、しかしその証を手にしてもまだ満足できない。彼らの背中を追いかけ続け、今もなお見えない遥か彼方の背中。手を伸ばしても届かない程に遠き理想。

 がむしゃらに頑張っても、こうして新しい武具を手にして戦っても、結果はこのざまだ。

 

「だから、今ここで結果を出す! あたしが、あたしたちが奴を仕留める……! そうして初めて、あたし達は……また少し前に進んだと自覚できる……!」

 

 ジンオウガとの戦いで成長した事を自覚したのは確かだ。だがこうしてG級モンスターを連続して前にし、彼女らの成長の自信は容易に打ち砕かれる。それだけでは終わらず、ああして十兵衛も戦えているという現実が追撃となった。

 瑠璃の焦燥感はそこから生まれていたのだ。

 

「……急いては事をし損じる。焦る気持ちはよぉわかるけど、それでは目的には届かへんで? 双子姉はん?」

 

 そう言いながら鞘に収めた刀を抜き放ってラギアクルス亜種の首を斬る。一撃、二撃と命中したそれは少しずつラギアクルス亜種に致命傷を与えていく。首を刎ねるに至らなくとも、首から出血するそれによって命を落とす可能性だってある。

 だが瑠璃は失血死ではなく自分の手で討ち取る事を望んでいる。痛む体を押して彼女はラギアクルス亜種へと走り出す。それを止めることはせず、「しゃーないな」と溜息をついて雪菜は彼女の望む通りにしてやろうと援護する事にする。

 

(見させてもらおうやないか。どこまで力を引き出せるんかをな……)

 

 くすり、と微笑を浮かべながらも、迫りくる瑠璃へと雷弾を撃つラギアクルス亜種の前へと躍り出る雪菜。広げた番傘で雷弾を受け止め、その間に瑠璃が長剣形態にしている火竜剣【炎燐】をラギアクルス亜種へと振りかぶる。

 だが硬い東部の甲殻がその刃を弾き返し、それで隙を晒した瑠璃を横から吹き飛ばすように顔を振る。それによって宙を舞う瑠璃の体。だが瑠璃は痛む翼を広げて体勢を立て直す。

 しかしやはり翼もまだ本調子を取り戻せていなかった。数度羽ばたいただけで鈍痛が伝わってくるのだ。だがそれでも翼を羽ばたかせることによって空中でも体勢を立て直す。

 そのまま背電殻へと気刃を放ち、攻撃をしかけるも背電殻が雷撃を放出し始める。だがそれを止めるように十兵衛がまたしても「投影・鋼銃槍」と口にしてラギアクルス亜種の左腹めがけて照準を合わせ、弾丸を装填して引き金を引く。

 刹那、またしても凄まじい爆音を響かせて杭が撃ち出され、その腹へと風穴を開けていく。その一撃にたまらずラギアクルス亜種は怯んでしまい、雷撃を放出する事を止める事が出来た。

その隙に茉莉が強くブラックテンペスト改を胸へと突き入れ、爆発を引き起こして更に怯ませ、瑠璃がこれで決めるかのように火竜剣【炎燐】を振りかぶる。ラギアクルス亜種の瞳が見開かれ、瑠璃を止めようとしたがもう遅い。

 

「――――ァァアアッ!!」

 

 彼女の高まった気が纏われた火竜剣【炎燐】の一撃が首に刻まれた傷を更に傷つけ、そうして焼き切るように刃が通っていく。この一撃こそが今の瑠璃にとっての最大の一撃。体の内側から湧いてくる熱い炎のような気が火竜剣【炎燐】と呼応し合い、灼熱の炎の如き赤き刃を作り上げる。

 これが傷ついているラギアクルス亜種の首を通っていくのだ。硬い鱗ならばまだしも、傷が入り、肉を露出している部分となれば耐えられない。彼女の強き意志が篭った火竜剣【炎燐】が彼女の願いを叶えるかのようにラギアクルス亜種を刎ね飛ばす。

 宙を舞う白い甲殻に覆われた頭が憎らしげに瑠璃を見つめている。

 こんな終わりなど認めないかのようなその視線が地面に落ちていき、鈍い音を立てて転がっていく。それを見た瑠璃の心は――ひどく荒れていた。

 そうだ、こんな終わりなどあまりにもあっけない。それは自分一人……茉莉と協力しての勝利ではない。雷撃を防いだ十兵衛に、傷をあらかじめ作り上げ、それだけでなく瑠璃へと届く攻撃を防いでいた雪菜の協力があっての事。

 それがわかっているからこそこのような終わり方になっている。

 

「討ち取ったなぁ。よかったやん、望み通りにとどめがさせて」

「…………」

「どうしたん? 嬉しくないん?」

「……こんな勝利なんて……嬉しくもなんともないわよ……」

「……せやろうな。やから無理に行くなってゆうたんや」

(それに、とどめの一撃は確かにいい炎やったけど……まだ完全に出しきれてへんな。まだ何か眠っているだけやろう。完全にそれを目覚めさせとらん感じ、か。今回は焦燥感によるちょっとした暴走みたいなもんやな)

 

 そんな事を考えながら閉じていた番傘を開いて肩に乗せてくるくると弄る。死体となったラギアクルス亜種を見つめてどこか満足していないような表情を見せる瑠璃をじっと見つめ、雪菜はこう言う。

 

「でもな、そう強さを求めとるあんさんは自分の実力、気ぃついとるんか?」

「どういう事?」

「よぉ考えてみぃ。ウチらが傷つけとったとはいえ、そう簡単にあれの首を刎ね飛ばせるわけあらへんで? 首を刎ねる……それも硬い鱗持っとるモンスターの首をあそこまで刎ね飛ばせるには技量がいる。その得物の性能も加味しなあかんけど、最終的には斬る使い手の技量が試されるわけや。……あんさんは、見事に首を刎ね飛ばした。そうするだけの技量が……下地が備わってるんや。それで満足せぇへんの?」

 

 雪菜の言葉に瑠璃は沈黙する。

 確かに首を刎ね飛ばすという芸当は誰にでもできるようなものではない。これもクロムに教えられた剣の腕を高め続けた結果だろう。

 

「ウチから見ても双子姉……いや、妹はんもまたそこらのハンターよりも実力あるで。その歳でここまできとるっていうのは優秀なハンターって証や。……それで満足せえへん、まだまだ追うべき人がいるってんなら、どんだけ理想が高いって話や。届かへん背中を追うのもええけどな、立ち止まって足元や周りを見てみぃひんと、いつかつまずくで? ……いや、今まさにつまずいとるんかな?」

「…………」

「……ま、ここまで喋ってもうたけど、余計なお世話やってゆうんなら聞き流しぃ。あんさんがとどめを刺したって事実は変わらへんのやからな。素材も、あんさんらが持っていきぃ。ウチは別に必要あらへんから」

 

 そう言って番傘を軽く回しながら雪菜がその場を離れていく。どこに行くのか、と十兵衛が問えば辺りを見回してモンスターがいないかを探ってくると言った。十兵衛もそれについていく事にし、死体の解体は瑠璃と茉莉が行う事にする。

 強固な鱗や皮、背電殻に尻尾、角と解体していき、尻尾を探れば蒼玉や蒼天鱗が姿を見せる。これもまた良個体だったらしい。

 G級モンスターが現れるだけでなくこのような貴重な素材まで保有する良個体。どうしてこうも巡り会わせがいいのか悪いのか判断に困る結果だ。まるで何かの意思が絡んでいるかのよう。

 ……これが“世界”の意思なのだろうか。

 自分達を潰しに来ているのか、あるいは討伐させて良質の素材を与え、強化させてきているのか。

 そんな事を茉莉が考えていると、瑠璃が神妙な顔で解体をしている事に気づく。

 

「どうかしましたかね? ……もしかしてあの壬生さんの言葉が気になっているので?」

「……気にならない方がどうかしてるわよ」

「でしょうねー。ですが、わからなくもないですよね? 私達はあの人達の背中を追う事ばかり気を取られている節があるかもしれません。強さの道に近道なし、ただ地道に経験を積むしか道は拓けない事が多いのが現実ですねー」

「でも、それでも求めずにはいられないじゃない。……もし、撫子姉さんのような才能があれば、あたしたちだって何かが目覚めるかも……」

「それがあれば苦労はしないですが、そんな気配が今までありましたかね?」

「……ないわね。……はあ、本当に姉さんが全部持っていっちゃったのかしらね」

「はっはっは、案外そうなのかもしれないですねー」

 

 笑い事じゃないが、それでも茉莉は笑ってみせた。そうやって暗い気分を和ませようとしたのかもしれないが、しかし瑠璃の表情は明るくならない。

 こりゃ尾を引きそうだな、と思いながら茉莉は剥ぎ取りナイフを操っていく。

 体術のクロム、魔法のライム。

 トレースのシアンに、防御術の桔梗。

 才能あふれる実の母と姉に白銀一家の三人。

 剣術の桐音に銃術の十兵衛。

 そこに加わった盲目の剣士の雪菜……彼女の仲間の二人も出来るハンターだろう。

 自分達の周りは実力者ばかり。そんな中で自分達はあまり目立たない。成長過程といえばそれまでだろうが、それでも彼らの六年前に比べれば劣るだろう。

 だが雪菜が言ったように、この歳でここまで戦えるだけでも十分強いハンターだと言えるのだ。周りが凄すぎるが故に、二人は強さのボーダーラインを間違えてしまっている。一般的なラインでいけば、二人は優れている。二十歳の時点でG級モンスターと戦えている、というのは誇れる勲章と言える。

 それでも満足していないのはやはり、瑠璃と茉莉が持つ理想が高すぎるが故か。そのボーダーラインを下げ、落ち着いて少しずつ積み重ねるべきだろうか。G級モンスターをこれからも相手にするのならば、雪菜が言ったようにいつかつまずいてしまうだろう。

 改めてそれを考えながら、二人は素材を剥ぎ取っていった。

 

 そうして数十分後、素材を集め終えた二人は十兵衛と雪菜と合流し、道を北上していく。その先で雪菜が放った使い魔に導かれ、プルートと天和――衛宮天羽と合流する事が出来た。

 彼らはそのままある村へと移動し、ギルド支部でナバルデウス亜種について報告する。

 ギルドの者はその報告を聞き、瑠璃達が生還できたという事実に驚き、同時にナバルデウス亜種の事をタンジアの港へと報告した。

 そうした後、ナバルデウス亜種が古龍観測所の報告によって少しずつタンジアの港へと近づいている事を伝える。現在あそこの周辺ではナバルデウス亜種に備えてハンター達を募っているのだと言った。

 古龍との戦いが始まろうとしているのだろう。それを予感させる話だった。

 タンジアの港に送った報告書に従い、ギルドの者がモドリ玉を使って迎えに来てくれる事になり、瑠璃達はそれを待つ事にする。

 その折、雪菜が十兵衛へと近づいた。

 

「冥が話があるそうや。来てくれる?」

「…………いいッスよ」

 

 ただの話では終わらなそうだな、と思いながらも十兵衛はそれを断らずについていくことにした。案内された先は宿の一室だった。そこでプルートは小さな机を前に座っており、グラスで酒を呑みながら十兵衛を待っていた。十兵衛から見て右手の壁際では天羽がぼうっと佇んでおり、酒瓶を傾けている。

 雪菜が十兵衛を伴って中へと入ると、プルートは笑顔でそれを出迎えてくれる。

 

「よくぞ来てくれた。礼を言うぞ、萩原十兵衛よ」

「……どうも、天王寺さん。なにか……御用で?」

「うむ、そこな刹が世話になったようだからな。こうして礼をしようと思ったのだ。本来ならばタンジアにて盛大に礼をしようと思ったがな、こういうのは早い方がよいと思ってこうして招いたのだ。さ、座るがよい」

 

 そう言って対面の席を示してくる。だが十兵衛は骸の下でじっとプルートを見つめ、続けて傍らにいる雪菜と壁際にいる天羽を見やる。

 自分はもう壬生刹那が桐生雪菜、東風天和が衛宮天羽である事は知っている。これを雪菜がプルートに伝えているのならば、彼はそれを知っての上でこうして招いた可能性がある。

 何のために?

 口封じのために、だろう。

 それ以外の理由が思いつかない。そう警戒する十兵衛は、プルートが示した席に座らない。

 

「どうした? 遠慮せずに座るがよい」

「……残念ですが、お断りッス。まず用件を聞こうじゃないッスか」

「用件ならば伝えたぞ? 貴様に礼をしたい、とな」

「それ以外の何かがあるッスよね? ……彼女の事とか」

 

 そう言って雪菜を示す。彼女は少し十兵衛から左手に離れた所で待機している。その手に番傘はない。が、ローブは羽織っており、その気になれば中にある得物を抜けるだろう。あるいは魔法使いである事を生かして何かをしてくる可能性だって捨てきれない。

 そう警戒していたのだが、プルートはグラスの中身を飲み干し、一息つく。

 

「警戒心の強い事よな。……だが、悪くはない。そうやって何かを疑ってかかるのは正しい反応だ。我はそういう輩は嫌いではない。むしろ、好ましいぞ? 萩原……いや、午卯十兵衛よ」

「…………っ」

 

 やはり聞いていたのか、と十兵衛は骸の奥で小さく歯噛みする。しかしそんな十兵衛を見てプルートは小さく笑みを浮かべるのみ。そうして雪菜へと目配せすれば、そっと彼女は十兵衛へと振り返った。

 

「改めて我の仲間を紹介しよう。桐生雪菜、竜狩りの力を高めるためにハンターとなった女だ」

「よろしゅう」

「そして衛宮天羽。あてどもなく彷徨い、強さを求めていたところを我が誘いをかけた」

「……どもども」

「そして我が天王寺冥夜。天王寺家から離れ、竜狩りの力を研磨する者。……そうしつつ、現在荒れている他の領土の領主と交渉する者だ」

「領土? 領主死亡事件ッスか?」

「然り。何やら悪しき政策を行っている領主らが相次いで死んでいるようでな、そうして領主の穴が開いたところへと赴き、交渉しているのだ。……我が天王寺家に降らないか、とな。言い換えれば、領土の拡大よ。現在順調に我が父の領土は広がりつつある」

 

 天王寺の領主は善政を布いていると噂に聞いている。それ故に領主の死亡事件とはあまり関係がないだろうと思われる。が、こうして話に聞き、メンツを見回してみると裏があるように思えてならない。

 そう……例えばあの衛宮天羽がその領主を殺害しているとすれば?

 そうして領主の穴を作り、プルートが交渉に赴いて領土を取り込んでいるのだとすれば?

 そう考えれば意図して領土を拡大していると思い至れる。十兵衛の視線はじっと天羽へと注がれる。当の本人は気にした風もなく、酒瓶を手に佇んでいるだけだ。

 

「我らの目的は領主ではなく新たな国の誕生。タンジアの港も含め、この東方大陸の南に広がる新たな国よ。……どうやらヤマト国のネズミなどが嗅ぎまわっているようだが、どうという事はない」

「……ネズミ、ッスか」

「特に魔族に対して厳しい酉丑をはじめとする三家が動いているようでな……っと、貴様にとっては大いに縁があるか。なあ? 竜魔族である貴様をネズミとして扱っている午卯六花に、貴様をそのような傷を負わせた申子源次……ヤマト国に対して思うところはあろう? どうだ? 一矢、奴らに報いたくはないか?」

「何をするつもりッスかね?」

「なぁに、少し奴らに大人しくしてもらうだけだ。我らが作りし国に入り込まれ、魔族を刺激されては堪らんからな。迎える者らの種族は問わない。我が領土の民となる魔族らに余計な真似をしてもらうのは困るというものよ。それに我が求めるのは実力ある者らだ。そこに、種族など関係ない」

 

 だから、とプルートは両手を広げて続ける。まるで十兵衛を迎え入れるかのように。

 

「午卯十兵衛、貴様もまた我は迎え入れよう」

「……おいらは午卯じゃなく萩原ッス」

「これは失敬。萩原十兵衛よ、どうだ? ヤマト国へと抗わないか?」

「その言い方、戦争でも吹っかけるつもりッスか? 正気の沙汰じゃないッスね。ヤマト国は東方でも有数の大きな国、しかも武神までいる。対してあんたはただの領主の息子。勝てる道理があるんスかね?」

「勘違いするでない。我は戦争を仕掛ける気はない。一矢報いる、と言っただけの事。要は個人戦だ。……それぞれ、ヤマト国のとある人物には縁があり、そして昔よりも高まった力をぶつけたいと望んでいる」

「…………」

 

 ちらりと天羽の方を見る。彼女の場合はもしかすると……あの武神を相手にするつもりなのか? 衛宮家の代表格にしてヤマト国王の近衛隊隊長。武神、護神と謳われし彼を倒し、のし上がろうというのだろうか。

 馬鹿げている。今もなお現役な彼を真剣勝負で倒せる人がいるわけがない。

 いや、いたかもしれないが彼女はもう死んでしまった。となれば勝てる人物は現在世間を騒がせている謎の人物、プルート・ギルガメッシュを名乗る誰かという事になるか、と十兵衛は考える。

 よもや目の前にその当の本人がいるなど、彼には思いもよらなかった。

 そして桐生雪菜。彼女は一体誰と戦うつもりだ?

 桐生家に生まれたお嬢様が戦いたいと願う相手、ヤマト国にいただろうかと思い返す。だがそんな相手……思いつくはずもない。十兵衛は午卯家などを避けるためにヤマト国、それも西京にはあまり近づかないようにしていたのだ。

 深くまであの国の事情を知っているわけではなかった。だから沈黙して彼女らを見回すぐらいしか出来ない。

 そんな中でプルートが新たな酒を注ぎながらじっと十兵衛を見上げてくる。

 

「その傷の恨み、申子源次へと晴らす気はないのか?」

「……どこまで調べてるんだ、あんた? というか、調べる時間があったんスかね?」

「クック、我の仲間はここにいる二人だけではない。別行動している者や我が妹もまた志を同じくする者。いくらでも調べるためのルートはあるぞ? ……萩原十兵衛よ、貴様も感じたはずだ。竜魔族であるが故に、午卯に連なる者であったとしても容赦なく焼かれるなど、理不尽だと。混ざりものであったが故に殺されなければならないなど、理不尽にもほどがある、と」

 

 グラスの中にある氷が軽く音を立てながら、プルートの手でグラスが回される。満たされている酒を通して十兵衛を見つめてくる彼の目は、どこか深い闇を思わせるかのように暗く見える。

 聞いてはならない、と思いながらも、耳を塞ぐことは出来なかった。そんな事をすれば隙を晒す。すぐそこにいる雪菜がその隙に斬り殺しに来る可能性だってある。だが背を向けて退出しようとしても、背後から斬られるだろう。

 十兵衛は、下手に動けなかった。

 

「午卯六花もそうだ。昔の縁だからとあ奴の飼い犬、間諜として動くなど……自分を許せんだろう? なにせあの双子は竜魔族。……魔族を良しとしない午卯にとっては消すべき相手だ。いつ、自分の手で殺せと言われないかびくびくしているのではないのか? んん?」

「……っ!」

 

 僅かに殺気が漏れてしまった。それに反応して雪菜が動きかけたが、十兵衛が手を出さないのを感じ取って止まる。しかしその手は十兵衛に向けられている。その気になれば指先から術が飛ぶだろう。

 舌打ちしたくなるのを堪えてプルートを見据えると、彼はそんな事があったなど気にする様子もなくグラスを傾けていた。もし十兵衛が動き、雪菜の静止もものともせずにプルートへと突っ込んでいたとしても構わない、という風な余裕さえ感じる。

 

「……なあ、萩原十兵衛よ。午卯六花の間諜であり続けて何になる? 貴様はあの双子を殺す日が来るのを望んでいるわけではないのであろう? このまま午卯六花の命に従い、双子の仲間で居続けるのか? そんなどっちつかずを長く続けて何になるのだ? 貴様は、何がしたいのだ?」

 

 何がしたいのか。

 それは六花に対する恩を返す事。

 十兵衛が何者かを知ってもなお友人であり続け、源次に殺されかけた後も気にかけ……しかし午卯の代表になるために遠ざけ、源次を牽制するために立ち回った彼女。恐らく彼女の私情が大いに含まれた成り上がりだろう。それは十兵衛にも何となくわかっていた。

 彼が鍛え、六花が努力した結果、午卯の代表となったその後はあの時口にした通り、源次を牽制し続けている。だが午卯の代表であるが故に、酉丑灯の命に従って動き、陰で魔族を数人殺害している。それが、彼女の仕事の一つなのだから。

 その経歴があるが故に、十兵衛は瑠璃と茉莉の事はぼかして報告している。それは彼女に対する小さな裏切りだろう。基本的に六花の言う通りに動いていても、ハンター仲間であるあの二人を守るために嘘をついている。ユクモ村でもずっと彼女らを監視し続けた彼は、迅雷とのやりとりも目撃している。とはいえ彼に気づかれて撤退してしまったが。

 まさにどっちつかず。中途半端な間諜(ネズミ)だ。

 

「わからぬならば――我が新たな道を示してやろう。先ほども言ったように我は実力ある者は歓迎する。萩原十兵衛、我と共に来い。ここは午卯六花とも、あの双子とも離れてみるのが一つの選択肢よ。そして見るがいい、我の往く道を。それに続き、萩原十兵衛よ、貴様に傷を負わせた者に借りを返すがよい」

「申子源次がどこにいるのか知っているかのような口ぶりッスね?」

「知っている。……どうやら大砂漠へと向かっているようだぞ? 今あそこは間もなく荒れると見越している。我らは一度、我が領土へと戻り、大砂漠へと入る予定だ。あ奴と会いたいならば、案内してやろうぞ」

「ナバル亜種はどうするんスか? あれを止めないとタンジアの港がやばいんじゃないんスかね?」

「それは天が行く。天の目的の一つの達成に近づくからな」

「ん……存分に斬らせてもらうよ、んく、んく……」

 

 何故か右手でサムズアップしながら酒瓶を傾かせている。こうして見ている限りでは無害な女性にしか見えないが、しかし過去に大事件を起こしてヤマト国から逃亡した女性なのは間違いない。

 今は落ち着いていても、彼女の気質はまさに剣そのもの。

 一戦交えたところで勝てるかどうかわからない相手だろう。

 

「さて、どうする? 萩原十兵衛、我と共に行くか、それとも……どっちつかずの間諜を続けるのか? 選ぶがいい」

「断ったらどうするんで?」

「ふむ……我としては穏やかに話を終わらせたいところではあるが、そこな天と刹の事を知られてしまっては仕方あるまい。この話を断るならば……」

 

 その言葉に、雪菜と天羽がじっと十兵衛を見つめるという反応を示す。うっすらと戦意が浮かび上がっているように感じられる。気のせいではない、目の前にいるプルートも表情から感じられないが、その覇気が十兵衛を突き刺しにかかっている。

 それだけではないだろう。十兵衛以外……あの二人にも手を出さないという保証はないかもしれない。自分だけならいいが、あの二人の命まで握られればたまったものではなかった。

 

「……はっ、選択肢を与えておいてこれッスか。おいらに選ぶ余地なんてないじゃないッスか」

「なぁに、気のせいだ。……では、我に降るという事でいいな?」

「好きにすればいいッス。でも、隙があればおいらも好きにさせてもらうッスよ? ……完全にあんたらを信用しているわけじゃない。妙な事をしているんだったら――寝首をかくぞ?」

 

 プルートへと今度は明らかな殺気を向けるが、彼は笑ってグラスを十兵衛へと乾杯するように軽く揺らした。そして雪菜は十兵衛を歓迎するように握手を求める。

 

「くす、歓迎するで、萩原はん」

「まさかとは思うッスが、今までおいらに近づいていたのはおいらの事を探っていたんスかね?」

「それもあるけど、大半はウチの興味本位や。ウチが、あんさんの事を知りたい思うたんや。……くす、それで思うたけど、やっぱりウチらはやっぱり相性ええかもしれへんなぁ? 楽しくなりそうや」

「……それはあんただけでしょ」

「つれへんなぁ。ウチの事、色々知ったくせに。……ウチの恥ずかしい事とか」

「あんたが勝手に喋ったんじゃなかったけぇ!? 別においらは知りたくもなかったんですけどぉ!?」

「なんだ、仲がいいではないか。これならば安心だな。フーッハッハッハ!」

 

 漫才するかのような二人のやり取りにプルートはからからと笑いながら酒を呑み進めていく。そんな中で天羽もまた歓迎の証としてグラスを用意し、十兵衛へと手渡して彼女直々の手酌をしてやる。

 

「……呑め」

「…………どうも」

 

 一応それを受ける十兵衛ではあったが、その視線は警戒を含んでいる。気を許す事はない。どうせ断れば自分を口封じとして殺そうとしていた相手だ。先ほどプルートが語っていたことも気になるし、間諜として探ってやる。

 どうせ彼も間諜である事を見抜いていた上で誘いをかけてきたのだ。自分達の事を探られることは覚悟の上だろう。集めた情報を気づかれないように六花へと流してやれば、プルートらの企みを潰せる可能性もある。

 獅子身中の虫となってやる。

 十兵衛はそう覚悟しながらぐいっとグラスを傾ける。その酒の味は今まで呑んだ中でも一番おいしく感じられたのがどこか癪に障った。どうやら高い酒を呑まされたらしい。それは同時に、天羽はいつもこんな高い酒をちびちびと呑んでいるという事なのだろう。

 ちらりと視線を向けると、「……美味しい?」と小首を傾げてくる。

 

「……美味い、ッスよ」

「そ。それはなにより。っていうかさ、いつのまに刹と随分仲良くなってんのね」

「せやろ? ウチの体を強く抱きしめてきた熱い面もある人や」

「間違っちゃいないッスが、深い意味なんてどこにもないッスよ!?」

「ふーん……確かに、おもしろくなりそうではあるかな。……いずれ、私と戦ってもらってもいいかな、萩原?」

 

 じっとその真紅の瞳に見つめられて言葉に詰まってしまう。ぼけーっとしているような雰囲気をしているが、内面は鋭い剣のような気室を持つ女性だ。それに本来の顔ではないのだろうが、それでも整った顔をしている美人さん。

 演技でもなんでもなく、元から慣れていない女性を前にするのは苦手な十兵衛は言葉に詰まってしまう。だがそれ以上に、目の前にいる彼女に戦意を直接ぶつけられて身構えてしまったのだ。

 しかしそれを雪菜が止めてくる。

 

「やめぃ。天がやったら萩原はんを手違いで殺してしまいそうやないか。せっかく降ったばかりやのに死なれたら意味あらへん」

「……それは残念。午卯の技術を持つハンター……興味、あるんだけどな?」

「やめぃとゆうてるやろ? 強者を相手にしたらぶつかり合いたいっていうあんたの気持ち、わからんでもないけど……少しは落ち着きぃや」

「はいはい。まったく、そんなにこいつがお気に入りか。はぁー……お熱い事で、んくんく……」

 

 そう言いながら酒瓶を傾けて中身を呑み干していく。そんな天羽に同意するようにプルートがそうだそうだと頷き、雪菜がそれに照れてみせる。何だかネタにされているような気がしないでもないが、三人の歓迎を受けているのは間違いない。

 これからどうなってしまうのだろうか、と不安を感じてしまう十兵衛だった。

 

 そうして時間を潰し、送られてきたモドリ玉でタンジアの港へと戻った瑠璃達だったが、すぐに十兵衛は彼女達へと離脱の旨を伝える。緊急事態ではあったが、十兵衛へと届いた報せによりやむを得ず戻らねばならなくなったと伝えた。

 申し訳なさそうに頭を下げていると仕方がない、と二人は了承してくれる。

 ……本当に申し訳ないのだから仕方ない。ここにきて離脱するのは少し後ろ髪を引かれる思いだが、十兵衛はそれを振り切って港の入口へと向かう。そこには既にプルートと雪菜がいた。天羽はやはり一人でここに残るらしい。

 

「では参ろうか。我が領土へ」

「…………うっす」

「くすくす……」

 

 そうしてプルートと雪菜、十兵衛は北西へと進路を取り、天王寺領へと向かっていったのだった。

 緊迫した空気の中、実力者たちが三人抜ける。

 しかも昴達がプルートらを探ろうとしたところで彼らが消えてしまった。何とタイミングのいい離脱だろうか。

 それにより昴達は疑惑を高めるのだが……現在はナバルデウス亜種の接近による緊迫した状態。誰かの過去を探っている暇などなかったのだった。

 

 そして――その時が訪れる。

 

 厄海付近まで迫ったナバルデウス亜種をターゲットとした緊急クエストが、ギルドから発せられる。腕に覚えのあるハンター達がそのクエストを受注していく中で、昴達と瑠璃と茉莉、そして天羽。

 それだけではなく、モガの村から援軍としてやってきた桐音達もまた、そのクエストを受注する事となる。

 

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