タンジアの港町にて、ハンター達を乗せた二隻の船が港を離れていったのを遠くから見守っていた灯は、離れた所からじっと自分を見つめている視線に小さく笑みを浮かべる。
懐から煙管を取り出し、草を乗せて火をつけて煙と香りを楽しむと、背後を振り返って口から微かな煙を吐き出す。それは風に乗ってゆらゆらと進んでいき――小さく粒子を放出して路地裏へと向かっていった。
それに視線の主らが気づいた刹那、「――乱風」と灯が呟く。それに従って粒子が力を放出する。荒れ狂う風が路地裏の壁を切り裂いていくが、視線の主――海と空はその影響外へと逃げていた。
「お、お嬢様。ここでそのような――」
「問題あらへんよ。それに、灯を追ってきた娘もおるし、ちょっと行ってくるわ」
「は? いや、お嬢様? お嬢様自らが出向く事は――私達が奴らを……」
「ん。霧夜はそっちに任せる。灯は、灯に会いに来てくれたあの娘とやる。話もあるよーやし、ここは乗ったらんとな」
くすりと笑みを浮かべて灯は海から離れて町の中へと入っていく。慌てて後を追おうとする炬であったが、灯の命に従う事を選び、素早く路地裏へと身を滑らせていった。彼に続くようにどこからともなく一人の忍が付き従い、逃げていったあの二人を追う。
一方灯はと言うと悠々と町を歩いて気配を探り、自分を誘い込むように一定の距離で離れていく彼女の後を追っていた。そうして導かれたのは港町の出口であり、そこからまた少し離れた先にある丘だった。
海を一望できる場所であり、潮風が吹き抜けてくるその場所には一人の少女が佇んでいる。いや、少女のように見えるが実際は灯と同い年であり、人間で言えば年配の人物だ。
しかしその見た目と種族的にはまだまだ少女と言って差し支えない……まあ、それは置いておくとしよう。彼女――乾渚は神妙な表情でこの場にやって来た灯を見つめている。
それを灯は煙管を咥えたまま微笑を浮かべて受け止めていた。
「よぉ灯。こんなところで何してんだ?」
「それは灯も言いたいな。遠い海の向こうの戦場でも眺めに来たん、渚?」
「はっ、それもいいけどな、あたしの質問に答えな。お前の事だ、別にナバル亜種の事を気にしている以上に、何らかの勘が囁いたんだろ? でなけりゃ引きこもりのお前が西京から離れたこんな所に来る筈がねえ。……何を見た、灯!?」
びしっと指を灯へと突き出すようにすれば、灯はそれを見てまた小さく鼻を鳴らすように笑ってみせる。だがその目はどこか熱く濡れているように見え、その視線が含むのはこんな感じだった。
ああ、怒り叫ぶ渚の表情のなんと可愛いことか、と。
当然、渚もその視線が意味する事に気づき、一瞬引いてしまうのだが……しかしそれでも怒っている事には変わりはない。ここで退くわけにはいかないと突き出す指を引く事はない。
「なんも聞いてないんかな、あんたの部下から」
「あん?」
「んー……その様子、ほんまに聞いてないんやな。ということはそっちの飼ってるネズミらは気づいてないんか」
「……マジで何を見た、てめぇ?」
「知りたい?」
そう言ってどこからか取り出した扇子を開き、自身をあおぎながら煙管を吹かしてみせる。完全に余裕を見せている。煙が空に消えていくのを眺めながら、灯はまた微笑を浮かべる。今度の視線の意味は――挑発。それを感じとり、渚は舌打ちする。
あの顔をしている灯の考えはあまり読み取れない。時にからかい、時に挑発し、そして時に何も考えていない。ただ気の向くままに、それが灯の在り方だった。
吐き出す煙と同じく流れに身を任せ、糸の切れた凧のようにどこへともなく飛んでいくかのような人。昔からこうだった事を知っており、彼女に近い場所に在り続けた渚をもってしても彼女の全てを知る事は出来ない。
だから彼女の言葉に頷いたとしても全てを教えてくれるとは限らないし、逆にある程度の事を素直に教えてくれる事もある。全ては彼女の気分次第だった。
感情が先走る傾向が時にある渚からすればやり辛いことこの上ない相手である。
「一応聞いておこうじゃないか。灯、お前は何を見た?」
苦い表情を浮かべながら渚は試しに訊いてみる事にした。
そして灯はというと、煙管を口から離してこう言った。
「んん? 双子の竜魔族とか、なんか変化しとるらしいハンターとか、都から翼を広げて飛び去っていった大鷲、ってところか」
「な、に……? ま、まさ……か……あいつがここにいるってのか!?」
灯の喩えに感づいた渚は息を呑むしかない。もし本当に彼女ならばとんでもないことになる、と渚は冷や汗をかいてしまう。いや、彼女がここにいるならば何をしようとしているのか。
それを考えれば視線は海の先へと向いてしまう。
「あいつ、参戦しているのか?」
「くす……そのよーやな。あれをまだ持っているかは掴められへんかったけど、でも持っているからこそナバル亜種に向かっていったんやろーな。目的が天羽々斬の目覚めなんやったら、ナバル亜種の血を受ける事こそ目的達成に近づく道なんやから」
「…………気づいていて、止めなかったのか?」
「あれでも戦力の一人。殺すんやったら戻ってきたところをやればええやん? ……さて、これを聞いて渚、灯を止める?」
扇子を広げて口元を隠し、目を細めながら微笑を浮かべつつじっと渚を見据える灯。昏い色をたたえる瞳に見詰められ、しかしその佇まいから優雅さすら感じられるその様。
そんな彼女に見詰められる渚はしばらく考え続け、そしてまた舌打ちする。
最初はここにいる昴達に気づいたのだろうかと危惧したが、それ以上か同格の獲物がいたとは思わなかった。
武神と同じく衛宮家の女性であり、今ではその一族から名を消された反逆者。国宝でもある天羽々斬を持ち出し、衛宮家の者などを斬り殺して逃亡した彼女に対して武神は見つけ次第殺せ、と告げているので灯が彼女を殺そうとしているのは問題ない。
だが現在ナバルデウス亜種に戦いを挑んでいるのは天羽だけではない。あの双子もいるし、白銀一家もいる。天羽が戻ってくるとなれば、彼らも一緒になって戻ってくる。
その際に気づかれたらどうなるのか?
そう考えると色々不味い展開が頭をよぎってしまう。
(くっそ……めんどくせぇ事になりやがって……! どうする? 本当に天羽がここにいるんだったら確かに殺る準備くらいはするだろうが……)
渚としても武神に逆らう気はないし、天羽のやったことはヤマト国としても許されない事だという事は重々承知している。その罪は命を持って贖ってもらう、というのも異を唱える気はない。
が、タイミングが悪い。意図せずしてこの状況を作り上げたって言うならば、本当に彼女の才能と言うものが恐ろしく感じてくる。そんな事を考えている渚を見て灯はますます笑みを深くした。
「どしたん? なにか気がかりな事でもあるん?」
「……いや、なんでもねえよ。天羽を殺す、それに対しては異論はねえさ」
「さよか。じゃあ――灯と一緒に殺りに行こうやないか」
パチン、と音を立てて扇子を閉じ、左手に叩く。灯の言う事はヤマト国の役人……それも王直属の部下としては頭に入れておくべき事柄。国の重罪人を発見したならば見逃す事など出来ない。
灯の言う通り、自分達の立場ならば動かねばならない事柄だ。だから止めるわけにはいかない。しかし白銀一家らは守らねばならない。そこを何とかするしかない。
「それはいいとして、てめぇは別にあの天羽がここにいるっていう確証を持って来たわけじゃないんだろ?」
「ん、いつもの勘。でもこうして大当たりを引いてしまうのが灯ってもんやなー。でもこれ以外にも何かあるよーな気がするんやけど……」
「一番はナバル亜種の力を感じ取ってたんだろ? その中で天羽の存在が見える見えないを抜きにして見つけ出してんだ。それで十分じゃねえか」
「……ま、せやな。じゃあ今頃殺しあっとる炬らを呼ぶか」
何度か扇子を開閉して音を奏で、最後に一際高く音を奏でると扇子が淡く光り、それに向けて「戦闘終了や。戻ってきぃ」と告げてやる。そうして命じた後、最後に渚へと笑いかけて「じゃああれらが戻ってきたら一緒に殺しに行くって事でええな?」と言えば、渚は無言で頷く事で応える。
それに目を細めてにこり、と笑うと灯はそのまま去ろうとする。その背中へと「ちょっと待ちな、灯」と呼び止める。肩越しに振り返る彼女に、
「てめぇ、他に何か隠している事、あるか?」
「灯が何を隠すん?」
「ただの勘だけで動く奴だって事はあたしはよぉく知っている。けどな、それだけではない何かがないとお前は動かねえはずだ。何がお前を動かした?」
「……くす、せやなぁ……大部分は勘やけど、流石は渚。灯の事をよー知っとるわ」
また微笑を浮かべてみせるが完全に振り返る事はない。
「でも渚だってなんか隠しとるよな? 灯だけに喋らすん? それは少しいただけへんな、不釣り合いや。やから訊くんやったらそっちもなんか話し。そーして初めて灯は喋ったろーやないの」
「……ちっ、そう簡単にしゃべらないか」
「くす……ほな、灯はこれで」
小さく会釈すると灯は静かに立ち去っていく。それを見送る渚の表情は晴れることはない。自分の持っている情報は知られる事はなかったが、それでも白銀一家らが危険だという事には変わりない。
彼らを何とかして守らなければならない。
灯はナバルデウス亜種へと向かったハンターが戻ってくるまでここに滞在するだろう。ヤマト国の者らが追い続けた大物がいるのだから離れるはずがない。
やはり自分だけではなく忍らの力も借りるしかない、と渚は海らの下へと駆けだした。懐から札を取り出して彼らへと連絡を繋ぎ、呼びかけるのだった。
数分前、路地裏を駆け抜けていた海と空は、背後から追ってくる炬ら風間の忍を感じ取っていた。人気のない路地裏ではあるが、しかし住宅街という事もあるためここで戦えば家の人に気づかれるため交戦は出来ない。
忍を撒くために高速で駆けているが、しかしそれでも炬らは距離が離れないように疾走している。このままではキリがない、と懐に手を伸ばした空は鋼糸を用意する。だが海はそれに気づいて、
「それはやめておけ、空。絡め捕れれば僥倖だが、この住宅街の路地裏に細切れになった肉塊を放置していくのは忍びない」
「……それもそうですね」
恐らく縦横無尽に鋼糸を張り巡らせて足止めしようとしたのだろうが、その糸の強度と彼らのスピードが合わさった場合、最悪その体が切り裂かれて路地裏にばら撒かれてしまう可能性がある。
そのためこの路地裏から抜けだし、公園へと二人は足を進めていた。それも人々の憩いの場となっている方ではなく、林が乱立する方へと進んでいき、木の枝を蹴って飛び回り身を隠す。
続けて炬らもまた木々の枝葉へと身を隠し、両者は気配を消してお互いの出方を窺っていた。だが空の手は僅かに動いていた。こうして枝葉に隠れて移動しながらも取り出した鋼糸を薄く、広く張り巡らせて蜘蛛の巣を作り上げる。
この林は完全に彼女の狩場となっていた。空が鋼糸使いだというのは炬らも知っている。目を凝らせば極細の糸が木々の間に張り巡らされているというのが見えるだろう。完全に蜘蛛の巣となっているだろうが、しかし炬は手に苦無を握りしめると数か所を狙って投擲する。
張り巡らされている糸の数本を切り、巣を崩していくその間に他の忍が海らへと近づいていく。忍の接近に気づいて切られていない鋼糸を操り、空が忍の一人を絡め取って行動不能にするのだが、それを抜けてくる二人の忍。
だが今の空は一種の女郎蜘蛛。数本の糸が切られようとも、残った糸に追加するように指先から新たな鋼糸を伸ばして忍を捕まえにかかる。
「くっ……!」
周囲から狭まってくる鋼糸と目の前から伸びてくる鋼糸という二重の攻撃を前に一人は戸惑い、一人はそれでも小太刀を手にして斬り込みながら接近。追加された鋼糸に絡め取られてしまい宙づりになってしまう忍を背に、空へと斬りかかっていく忍だが、それを小太刀を手にした海が受け止めて弾き返す。
援護するために絡め取った忍二人を更に動かし、木々の枝へと縛り付けて逆さ吊りにして放置し、空は札を手にして魔力を注いでいく。
「木術……っ!?」
術を行使しようとした空だったが、側面から放たれた苦無を感じ取ってその場を飛び退く。だがそれでも彼女は注ぎ込んだ力を解放させるべく札を前に出しながら、迫りくる炬を見据えつつ中断した言葉を続けた。
「――
「っ……! 風牙の乱!」
札から発せられる風によって枝葉が舞い上がって螺旋を描き、炬に向かっていくのだが、炬もまた両手で印を作って力を注いだ。それに従って空気が渦を巻き、牙を剥いて
これにより枝葉を含んだ風と真空の刃が混ざった風がぶつかり合う事となり、林を強く揺さぶって木々が悲鳴を上げる。風は林だけでなく小太刀を斬り結んでいた海と忍にも影響を与え、二人は苦い表情を浮かべて一度距離を取り合う。
風のぶつかり合いが一度おさまるが、二人は続けて次の術を放つための準備をする。その時間を作るために再びぶつかり合う海と忍。小太刀が甲高い音を立てて軋み合い、それだけでなく打突や蹴りも織り交ぜ、目の前の敵を下してその先にいる術者を抑えようとしている。
だがお互い抑える事は出来ず、再び両者は相手を討ち倒すための術を行使する。
「木術・
「風竜の
舞い上がった札から伸びるのは太い大樹の枝。竜の腕の如きそれは枝というよりも幹のように思える。先端が尖った幾重の枝はまるで蛇のようにうねりながら炬へと向かっていく。
迎え撃つのは両手で作った印を前に出すことで呼び出した風の牙。両手と彼の背後から吹き抜ける強風は木の葉だけでなく土煙までをも巻き上げ、それらを引き裂く力を以ってして襲い来る枝を切り裂いていく。
貫く力と、その力を削ぎ落すかの如き密集された風の刃。不可視の力であるはずの風は、まるで竜の顔のような幻影を見せながらじりじりと
風間の忍が行使する力の大部分は風の力というのは忍らの間で伝わっている。その一族の名に“風”という名前がついているだけあり、古来より不可視の力である風……空気を操る力を磨きあげた彼らの真名は『
だが彼らは魔族ではなくれっきとした人間だ。彼らの独特の力は魔族であると思われる程のものだったといわれていたという話だ。いつしかその真名は時を経るにつれて隠され、今ではその別の呼び方をもじり、『
そんな風間の力によって作り上げられた風の刃は着実に
このままでは空の全身が切られる、と海は歯噛みし、吹き荒れる風の中、彼女の下へと向かおうとする。が、突如炬の懐から彼の主である灯の声が聞こえてくる。
『戦闘終了や。戻ってきぃ』
「……承知しました」
灯が止めてきたならばこれ以上の続行はしない。主の命には忠実なのが忍というものだ。
距離を取りながら風の力を解き、何も言葉をかけずに林の向こうへと消えていく炬ら風間の忍。いつの間にか吊るされていた忍も解放されており、彼らも回収していった。
それを追う事はしない。灯が戦うな、と命じて退かせたならば両者の主らの話がついたという事だろう。……恐らく、一時的な協力体制を敷いたはずだ。灯がここまで飛んできた理由が絡んでいるだろうと推測する。
「大丈夫か、空?」
「……ええ、問題ないですよ。少々消耗しましたが、この程度ならば数分で回復可能」
霧夜に伝わる忍の術は魔力を消費して行使している。二人は魔族のため魔力はそれなりにあるが、大きな術を使用すると結構気力を持っていかれてしまう。時間が経過すれば回復するが、先ほど使った術のぶつけ合いの影響は確かに空に負荷を与えている。
逆に言えば炬もまた同様に消耗しているだろうが、見た限りではその様子を見せまいとしているかのようだった。灯の付き人ならば下手に弱みは見せないという気概の表れだろう。
「じゃあ乾様の下へと向かおう」
「はい」
彼らが灯と合流しようというならばこちらも合流して指示を仰ぐことにしよう。港町の各地に散っている霧夜の忍を呼び、二人は林を抜けて丘にいる渚の下へと駆けていった。
霧夜と風間の戦は、両者の主の意向によって一時休戦の運びとなる。
これほどの傷痕を作り上げるだけの力を以ってしてぶつかり合った二つの忍だが、しかし主が結んだ一時的な共闘には感情を隠して従うのであった。
○
それはまさしく海の皇であると同時に、海を泳ぐ巨人のようでもあった。
数メートルも離れているというのに奴の顔はそれでも巨大なのだ。雄々しく反り返るその角は、人一人が立ったとしてもまだ少しだけ大きい程の太さをしている。
口を開けば容易に丸呑みできるだけの大きさをしており、たてがみのように見えるその金色の毛に覆われた部分も合わせても人が二、三人必要なほどの大きさだ。
そんな巨人を前に二十一名のハンター達が立ち向かう。
その体の部分部分にはバリスタの弾が突き刺さっているが、その程度の物など奴にとっては大したダメージにはなっていないだろう。体を覆うのは強固な鱗と皮という鎧。その巨大さによるタフさも相まってそう簡単に倒せるような相手ではないのは明白だが、しかし奴を何とかしなければタンジアの港が脅威に晒される。
先手を取って斬り込んでいったのは天羽だ。手にしている天羽々斬で側面から刃を突き入れて切り裂きに行くが、毛を切り裂きはしたもののその皮には薄くしか刃が入らない。本来の力が失われているせいだろう、その切れ味もまた眠りについているらしい。
だが秘められた龍殺しの力は微量に出ているようで、そちらのダメージが通用している……のだが、溢れる生命力によってそれはナバルデウス亜種にとってかすり傷にしかならないようだ。
続けて港で絡んできた井出遼と越智修がナバルデウス亜種へと向かっていく。井出の手には白き大剣ネオラギアブレイドが握られている。それに対し越智は肩にかけているローブを小さく展開し、そこからベルトリンクを伸ばして手にしているギリースナイパーへと繋ぎ、ナバルデウス亜種へと引き金を引いていった。
どちらもG級に属する武器であり、前者はラギアクルス亜種、後者はナルガクルガ亜種の素材で作られた代物だ。なるほど、あの時港で紅葉達に対して大口をたたいただけはあるという事か。
「おらあああぁぁぁぁッ!!」
力強く叫びながらネオラギアブレイドを振り回せば、それに纏われた気が刃となって放出され、雷属性を纏ってナバルデウス亜種を切り裂く。続けてベルトリンクから高速で装填されていく通常弾Lv3をギリースナイパーから射出し、何度も何度も跳弾して体を駆け巡る攻撃を行う越智の追撃。
これを行っているのは越智だけではない。一定の距離を取りながらライト、ヘビィ問わずガンナーのハンターが通常弾Lv3や貫通弾でナバルデウス亜種の巨体を撃ち抜く姿が見られる。
その中には優羅の姿もあり、前へと回り込みながら魔狼砲【黒鳥】に装填した貫通弾Lv1による超速射を行使し、顔から背中にかけて一気に貫いていく。だが彼女の場合はそれだけではなかった。
魔狼砲【黒鳥】に関しては展開されているローブから銃口を突き出す形で使用しており、彼女が手にしているのはカクトスゲヴェーアという別のライトボウガン。それに装填するは通常弾Lv3だ。他のハンター達と同じく跳弾を狙って撃ち出し、気持ちのいい音を立てて連続して跳弾していく。
まさしくそれは一人で巻き起こす弾幕。超速射が止まればすかさず「……
だが飛竜らにとっては脅威の弾幕だろうと、奴にとっては小石を何度も投げつけられる程度でしかない。鬱陶しげに顔を振り、それに従って大木の如き角が振り回されて接近しようとするハンター達を遠ざける。
あれだけの太さと硬さならば振り返るだけでも人にとっては脅威だ。実際位置取りを失敗したハンターが角に腹を打ち据えられて呻き声を漏らして怯んでしまっている。続けざまに弾を撃たれる事で、もがくだけで角に打ち上げられて吹き飛ばされている。
まずはあの角を何とかするべきだろう。へし折ってしまえば振り返りざまの殴打を避ける事が出来るだろうが、しかし鋼かそれ以上の硬さを誇るあの角をへし折るという作業は厳しい。
しかし勇敢にもナバルデウス亜種へと接近するハンターがいる。
「だらっしゃああああああああッッ!!」
角王鎚カオスオーダーを構えて水を蹴り、空気を放出する事で水中を弾丸のように突き進むのは紅葉だ。群がるハンター達を体を震わせ、尻尾を振るう事で振り払っているナバルデウス亜種の左角へと近づき、構えた角王鎚カオスオーダーを力強く叩きつければ凄まじい衝撃を伝え、それは軋みをあげる。
だが軋むだけであり、ひびが入る事はなかった。しかもその硬さを伝えるかのように握りしめる柄にまで痺れが伝わり、思わず紅葉は口の端をひくつかせてしまう。
しかも今の一撃が癪に障ったのか、ナバルデウス亜種が唸りながら紅葉を見上げてくる。そんな顔面を蹴りつつ空気を放出して紅葉は緊急離脱するように背後へと跳ぶ。それを逃さないように噛み付きに来たが、その頃にはもう紅葉は数メートルも離れてしまっている。
入れ替わるように桐音や昴がそれぞれの武器を構えながら気を纏わせ、遠距離からの気刃を放ちつつナバルデウス亜種の様子を窺いながら距離を詰めていく。
そんな中、海中で響き渡るのが複数の笛の音色。狩猟笛を手にしているハンターが旋律を完成させて奏でだしたのだ。その中にはマギアリア=ロッドを手にしている蓮華の姿もある。
黄、水、黄、水によって奏でられる旋律の効果、属性攻撃力強化の力がハンター達へと連続して掛けられ、続けて黄、水、紫によって水耐性強化【大】の効果が与えられる。しかもこれは水ブレスによって付加される水やられ状態からも守ってくれる。
ナバルデウス亜種を相手にするにはうってつけの守りの効果だ。
彼女の旋律だけでなく、他のハンターから与えられた攻撃力強化や防御力強化も追加されてハンター達を支援し、それを受けてハンター達の攻撃も増していく。
しかしそれでもナバルデウス亜種は怯まない。突如唸りながら一気に体を捻りながら力を溜めると、群がったハンターと離れているハンターを狙って螺旋状に体を捻りながら突進を仕掛けていった。
強い水流を生み出しながらもその巨体が一気に数十メートルを移動していく事で、何人かのハンターが撥ね飛ばされてきりもみ回転しながら海底へと落下していく。
たったの一撃だったが、それだけでもハンター達にとっては厳しい一撃となる。なにせ数メートルも離れていたあの巨体が気づけば近くまで迫り、逃げようとした時には既に奴の体は通過して背後に行ってしまっているのだ。力を溜めている時に回避していなければ撥ね飛ばされて終わりだ。
だがナバルデウス亜種の攻撃はまだ続く。振り返ってハンター達を見回した奴は大きく息を吸いこみはじめたのだ。
それが何を意味するのかは誰もがわかっていた。故にそれぞれ散らばりながらナバルデウス亜種へと接近するか、離れていく事であの攻撃に備える。
そうしてハンター達が備えるのを嘲笑うかのように、開かれたあの大口から放たれるは人一人を容易に飲み込みかねない程に大きな水の奔流。横に回転する力が働きながらも、海中を撃ち貫く強大な水のブレスはハンター達を薙ぎ払って深海へと消えていく。
ガノトトス亜種が放つような細くも貫く力を高めた水ブレスの薙ぎ払いなど目じゃない。それはまさしく強大な力を秘めたる古龍種ならではの暴力的なまでの力の奔流だ。奴はただ大きく息を吸って、体内に溜めた水を吐き出しただけ。
だがそれだけでハンター達にとっては驚異的なまでの力と化す。
「う、うわああああぁぁぁぁッ!?」
奴から距離を取っていたのに、運悪く水ブレスに飲み込まれたハンターが無残に散って海の藻屑と化していく。防御し、旋律によって守りの力を高めてもなお耐えきれなかった結果だ。
彼の仲間だろうか、一人のハンターが名前を叫んでいるが、それに応えることなく日の当たらない深海へと消えていく死体。それを息を呑みながら見下ろしている檸檬は、近くにいた将輝に肩を揺さぶられる事で気を取り戻す。
あれに意識を取られている暇はない。気を抜けば次にああなるのは自分かもしれないのだから。そうして構えなおす檸檬だが、そんな彼女に向かってナバルデウス亜種が急降下し、勢いをつけて撥ね飛ばしにかかった。
咄嗟に逃げようとしたが奴から発せられる気迫とその速さに気が飲み込まれ、体が硬直してしまった。
(しまっ……や、やられ……っ!?)
ただの飛竜種などならばこうはならなかっただろう。ナバルデウス亜種は古龍種だ。飛竜種らとは一線を画した存在であり、発せられる殺気や気迫もまた段違い。
それに飲み込まれてしまえば、防御する事を忘れて体が硬直してしまう。そうして心弱きハンターは古龍に蹂躙されるのだ。彼女もまたその結末を辿るだろう――と思われたが、近くに将輝がいたのが救いだった。
「この……、ドあほう!」
本来ならば防御するような武器ではないスラッシュアックスのハイランドグリーズを剣モードにし、檸檬の前に出ることで彼女への直撃を避けた。だが角によって撥ね飛ばされ、それによってハイランドグリーズは大きく軋んで一部分が凹み、撥ね飛ばす衝撃で檸檬もろとも吹き飛ばされる。
ナバルデウス亜種は吹き飛ばした二人など気に留めず、そのまま猛スピードで泳ぎながら視界に移るハンターらを次々と撥ね飛ばしにかかる。
「動いてくるねぇ、こいつは……!」
体を捻りながら落下する事で頭上を通過していくナバルデウス亜種を見上げる桐音。そうしつつ己の中から一つの力をひねり出す。
「雷狼気、収束」
それは無双の狩人の気。雷属性だけでなく奴の強靭な力もまた引き出していき、両手にある小太刀へと注ぎ込む。それだけではなく、全身にも纏わせるように「
そうして高まった荒々しくも強い雷属性の力を放出した斬撃は、ナバルデウス亜種の体を斬り裂くのだが、しかし出血には至らない。が、それで攻撃の手を止めることはない。一気に距離を詰めて体の側面へと肉薄し、「哭け、朝凪、夕凪」と告げてやる。すると青白いオーラに包まれた二振りの小太刀が淡く光りだし、それを素早く振るってやる。
小太刀に秘められた血の力で引き出された紋様が共鳴し、海中で光る灯りとなりて雷撃を高める要因となる。それはまさしくジンオウガの鋭い爪。小さな傷はいつしか大きな傷へと変化し、強固な皮を切り裂いて肉を露出させて少しずつそれをも切り裂く。小さな出血を促せば、桐音はそれを吸収させるように小太刀を突き入れて刀身へとナバルデウス亜種の血を滑らせた。
その工程を離れた所で気刃を放ちながら天羽は見つめている。
(……なるほど、あれもまた草薙の妖刀という事か。凪……草薙武と同じ、独特の技術を現代に伝える存在。興味深いなぁ……)
またしても天羽の好奇心がうずいてしまう。こんな時でも彼女は強者や興味深い代物を見てしまう事で、己の実力をぶつけて試してみたいという気持ちが浮き出てしまうのだ。彼女の悪い癖だと雪菜が言う要因である。
(竜の力を秘めた素材と、己の血に刷り込んだ力の片鱗を共鳴させる事で高められし竜の力に……そんな己の血を素材として溶け込ませたその使い手だけの竜殺しの妖刀、か。……ふふ、さすがは太古の古龍を討伐し、その素材であの剣を作り上げ――それだけでなくこの天羽々斬を制作した草薙一族だけあるよ)
人間の身でありながら竜殺しの力を高め、竜殺しの武器を制作し続け、それを外に漏らさずに閉じた世界で回し続けた草薙一族。その力や功績のほとんどは秘匿され、謎に包まれた一族。
国宝とされているこの天羽々斬の制作者でもある、という事実もまた一部の者しか知らされていない程にまで、彼らの存在は東方において謎とされている。
しかし知るものは知る。
彼らが人間でありながら特異な存在であり、この天羽々斬をはじめとする妖刀使いにして制作者であるという事を。
桐音が斬り込んでいる方とは反対側へと回り込んで、天羽は一気にナバルデウス亜種に肉薄して再度斬り込む。このような手間をしたのは桐音に天羽々斬を感づかれないようにするためだ。
何せ血を吸って力を高める妖刀という代物は、草薙の者ならば気づかれる要因にしかならない。こちらもいよいよ皮を切り裂き、中にある肉へと刃を突き入れて薄く漏れて出る血を刀身に滑らせていくことで、いよいよ天羽々斬の僅かな目覚めを促していく。
そんな彼女の近くには火竜剣【炎燐】を手にした瑠璃と、王牙銃槍【火雷】を手にした茉莉がおり、それぞれナバルデウス亜種へと攻撃を仕掛けている。その巨大さからダブルセイバー形態にした火竜剣【炎燐】を回転させる事で連続した斬撃をしかけているようだが、弾かれなくとも小さな傷しか与えられていない。
王牙銃槍【火雷】もまた同じであり、弾かれてはいないが小さな穴しか開けられず、銃撃を仕掛けることで小さなダメージを蓄積させる事しか出来ないでいる。一応王牙銃槍【火雷】には雷属性が存在するが、これでは通用しているかどうかも怪しい。
なにせナバルデウス亜種は彼女達だけでなく、他のハンター達の攻撃や遠距離からの銃撃など気にした素振りもなく体を震わせ、まるで小蝿を払うかのように体、尻尾を震わせている。そうして払った後に勢いよく体を捻って向き直り、尻尾を振り上げ、叩き落として反撃している。
何とかそれらを躱し、茉莉などのランサーやガンランサーは盾を構えて防御して切り抜け、反撃するように武器を突き出していく。だがナバルデウス亜種は一度海上に向かって昇っていったではないか。
そのまま勢いをつけて上半身を海上に曝け出すと、離れた所で様子を窺っていた二隻の船にいる船員らは驚く。だがすぐにこれは好機だとばかりに「バリスタ用意ぃぃぃ!!」と指示を出す船長に従って次々とバリスタの弾を用意し、ナバルデウス亜種に向けて射出する。
それらは空を切ってナバルデウス亜種に突き刺さっていくが、小さく呻きながらもナバルデウス亜種は勢いをつけて一気に海中へと沈みだし、突き上げられた尻尾が力強く海を叩いて波を発生させる。
その余波に気づいた船長の指示によりすぐさま衝撃に備える船だが、襲い来る波にたまらず船員らが悲鳴を上げる。それでも転覆しないように船をコントロールする事で何とか持ち直すが、それを作り出したナバルデウス亜種はハンター達の頭上から螺旋の如く体を捻りながら急降下。
海中を切り裂く竜巻の如き衝撃が、先ほどまでナバルデウス亜種へと肉薄していたハンター達を貫き、これによりまたしても戦線が瓦解する。だがそれでは止まらず、ナバルデウス亜種は振り返り、今度は下から海上に向けての準備を始めた。
すなわち――水ブレスの予備動作だ。
『――ッ!?』
その時、ハンター達に戦慄が走る。
剣士タイプのハンターらは今の突進によって体勢を崩してしまっている。直撃を受けた者は少数、多数は逃げようとしても水流に巻き込まれてしまうことでバランスを崩してしまっているのだ。
そんな中であの水ブレスを受けてしまえばどうなるか。その結末を想像するのは容易い事だ。
「くっそぉぉっ!」
離れた所にいた越智が吼えながらギリースナイパーから貫通弾Lv3を撃ち続けることで何とかナバルデウス亜種を怯ませようとしている。そんな彼に触発されたか、撃てるガンナーはそれぞれナバルデウス亜種に向かって銃撃を続行する。
その中には優羅もおり、カクトスゲヴェーアと魔狼砲【黒鳥】による弾幕を展開している。
ハンターらを助けられる者は何とか彼らを回収しに向かい、重傷者はモドリ玉を使って船へと戻っていく。だがそれでも数人は助けられない位置にまで流されてしまっていた。
「瑠璃、離れますよ!」
「っ、うん……!」
盾を構えることで防御に成功した茉莉が瑠璃へと向かい、彼女を抱えながら二人揃って離れていく。しかし海中という事もあってバタ足だけではなかなか前に進められない。離れた所では足に気を集めて放出する事で、一気に突き進むという荒業を行使しているハンターがいる……よく見ればそれは桐音や天羽だった。
だがそんな彼らを絶望へと叩き込む叫びが下から……いや、水竜の守りを通じて聞こえてくる。
「水ブレスが発射されるぞぉぉぉッ!!」
ガンナーらの銃撃を受けてもナバルデウス亜種は止まらず、完全に準備が整ってしまった。慌てて離れていくハンター達を見回し、ナバルデウス亜種がいよいよ水ブレスを発射する。
そんな中で紅葉ははっとした顔である一点を見つめた。
そこには射線上にいるハンターがいたのだ。見つけてしまっては見逃せられない。舌打ちして高速で魔力を練り上げ、左手を手前に引く事で空気の流れを作り上げてハンターを引き寄せつつ、自分もまた足から空気を出して高速接近。
そのハンターを回収すると気づいてしまった。
「……あんた」
「……な、お前は……」
よく見ればそれは井出だった。
だがそれに驚いている暇などない。下から凄まじい力がうねりをあげて解放されたがっている。紅葉は彼の腕を抱え上げて一気に海中を貫く弾丸のようにその場から離脱する。
刹那、背後にあの極大の水ブレスが通過し、海上へと飛び出ていった。
しかしそれでは終わらない。ナバルデウス亜種が顔を振る事で水ブレスが紅葉らを追うように曲がってくる。
ターゲットは紅葉だけではない。他のハンター達をも巻き込むように水ブレスは海中を切り裂き、曲がってくるそれから逃げ遅れた数人のハンターが飲み込まれていった。
「くっ、しっかり掴まってなさいよ!」
「お、おう……ぬぉっ……!?」
紅葉は飲み込まれたハンター達を振り返らず、ただ自分達も彼らのようにならないように逃げることに専念する事にする。助けられれば助けられただろうが、既にこの井出がいるために助けられる事は不可能。
そうでなくとも数人を纏めて助け出せる技量なんて自分にはないと割り切っている。目に映るもの全てを助け出せるなんて聖人などいるはずがないし、自分がそうだと思い上がるつもりもない。
どうあっても出来ない事は出来ないと割り切れるくらいには紅葉は現実的だった。
そうして紅葉は更に噴き出す空気の出力を上げて、一気に水ブレスから距離を離しつつ下へと潜っていく。そうしてナバルデウス亜種の側面へと回り込むと井出を解放して近くにいた越智へと引き渡し、自分はナバルデウス亜種へと向かって角王鎚カオスオーダーを構えていく。
逃げから一転して攻撃に出ていく彼女の後姿を、井出と越智は少し呆然としたように見つめていた。
強大な敵を前に彼女は怯むことなく戦い、自分の事だけでなく目についただけの井出も助け出してしまった。そうしてまた彼女は戦いに戻っていく……なんと勇敢な事か。
そんな風に思い始める二人だった。