被害は少しずつ増え続けている。
死人は二、三人。
重症者二人。この二人を一度モドリ玉で船へと届けて離脱したのが二人。
これにより残ったのは十五、六人と思われる。
推測となっているのは完全に全員把握できないためだ。負傷して一度離脱しているハンターもいるかもしれないので推測するしかない。
その内の二人は紅葉が助け、届けた井出と越智。ナバルデウス亜種の周囲には優羅をはじめとするガンナーがそれぞれ銃口を向けている。近接の剣士タイプは悉くナバルデウス亜種にやられてしまったようだ。
その中には檸檬や将輝も含まれているが、何とか二人は体勢を立て直してしのいでいる。
蓮華がマギアリア=ロッドを振ってもう一度水耐性強化【大】をかけるが、自分以外の首領笛使いがいない事に気づいた。剣タイプがいなくなってきているという事は、向こうの船に乗っていた狩猟笛使いが落ちたか、船に戻ったという事を意味する。
(となれば……こっちでフォローするしかないですか)
ローブの中にマギアリア=ロッドを一度しまい、代わりに取り出したのはイントロペリアル。クルペッコの素材で作られた狩猟笛であり、これを振り回して緑、緑、紫、水の旋律を奏でると高い治癒の力が周囲に広がってハンター達へと染み込んでいく。
これを何度か繰り返し、最後に水、水、緑、紫と旋律を奏でて高級耳栓と同等の効果を発揮させてイントロペリアルを構えなおす。
治癒の効果を受けて井出と越智がまた動けるようになるが、戦力が落ちた事でどうするべきかと考えだす。同船していたハンター達が次々と離脱していくに対し、向こうの船に乗っていたハンター達は危ない所はあってもまだ戦えている。
彼らに負けていられない、その思いが沸々と湧き上がってくる。手にしているネオラギアブレイドを強く握りしめれば、彼の闘気に反応して内包されている雷属性が吼え始める。
ネオラギアブレイドもまた、このまま眠りにつくには戦い足りないとばかりに力がうねっているのだ。このままで終われるものか、という井出の心に呼応しているかのように思え、井出はネオラギアブレイドを握りしめたままナバルデウス亜種へと向かっていく。
幸い体の疲労や痛みは蓮華が奏でた旋律によって癒されていた。戦いを続行する分には問題ない。紅葉に助けられた借りを返すためにも、ここで離脱する事など出来なかった。
越智もギリースナイパーを手に、通常弾Lv3を装填してナバルデウス亜種の側面を狙い撃ちにし、跳弾させて連続したダメージを与えていく。
離れた所から攻撃を仕掛けているからこそ、頭部にある雄牛の如き角を狙って角王鎚カオスオーダーを振り回す紅葉や、天羽々斬を振るって確実に横っ腹を切り裂いていく天羽の姿を確認できていた。
纏っているのは確かに上位装備。自分達が身に着けているG級装備よりも格下のものだが、しかし彼女らは危なげなく立ち回って攻撃を続けている。その力量は紛れもなく本物だ。
だからこそ負けていられない。それはG級ハンターとしてのプライドだろう。紅葉の場合は防具が上位ランクなだけで武器がG級という変わり種だが、天羽の場合は上位ハンターとして行動し続けている。
それに彼女ら以外、双子なども上位ハンターが主なもの。そんな彼女らに……女性に負けていられないという男のプライドも存在している。だからこそ、越智もまた退けなかった。離れた所から彼女達の動きを見ているからこそ退くに退けない。
他のガンナーと共に、遠距離からの銃撃を続行する。
小さなダメージだがしかしそれは着実に実を結んでいる。
それを感じ取ったのは紅葉だ。左角へと角王鎚カオスオーダーを振りおろし、ダメージを与えていく中、優羅の魔狼砲【黒鳥】から超速射によって射出された貫通弾Lv1の影響で、少しずつその硬い角にひびが入りだしているのだと。
紅葉をアシストするために優羅は魔狼砲【黒鳥】の銃口の向きを調節して、左角の根元へと着弾するようにしていたようだ。威力は貫通弾の中では一番低くとも、超速射によって高速で複製されて撃ち出された弾丸は、もはや数える事も出来ない程にまでナバルデウス亜種の左角へと着弾し、消えていく。
いくら硬い角だったとしても数十から百を超える弾丸を受けて無傷でいられるわけもない。しかも射出しているのはG級にまで高まった素材で作られたライトボウガン。軽量で補助に向いているライトボウガンではあるが、ここまでくると威力にも箔がついてくる。
それだけでなくカクトスゲヴェーアもまた上位の一品でありながら、かのエスピナス亜種の素材を使っているだけあって、強化を施すことでかなりの火力を保有する事となっている。
通常弾Lv3を撃ち続けていたそれは、優羅が取り出した徹甲榴弾Lv1を装填すると銃口から複数の弾を吐き出してナバルデウス亜種の角へと突き刺さる。カクトスゲヴェーアは徹甲榴弾Lv1と火炎弾が速射対応している。
これにより連続して角に着弾したそれが爆発し、亀裂を更に広げていくのだ。
そうして広げた亀裂へと向かって、怪力自慢の紅葉が角王鎚カオスオーダーによって一気に砕いていく……のだが、とんとん拍子に上手くいくはずもない。何せ相手は生き物だ。攻撃をただ大人しく受け続けるはずもなし。
「ヴォオオオオオオッ!!」
顔を左右に振って紅葉を振り払いに来ている。まだ折れぬ左角で紅葉を穿つか華奢な体へと衝撃を伝えるように叩きつけようとしている。しかし紅葉もそう易々と受けてやることはない。
水を蹴り、空気を発してその場を跳び離れ、ナバルデウス亜種の反撃をやり過ごす。
そうしてもう一撃叩き込もうとしたが、ナバルデウス亜種は更に大きく首を振りながら尻尾もまた振り回して群がるハンター達を纏めて薙ぎ払った。そうしながら大きく息を吸いこみだしている。
そのまま力を抜いたように背後へと倒れれば、頭としっぽの位置が逆転していく。地上ならば絶対に出来ないようなこと。いや、宙に飛び上がって地面から一瞬の別れを告げれば可能だろうが、それはまさに一、二秒程度しか出来ない。
しかしこの水中ならば何秒でもその一の逆転は可能。あのような巨体であったとしても可能なのだ。
「ッ!?」
頭が深海へと落ちていくに対して長く伸び、先端が二つの矛のように分かれた尻尾が迫りくる。強固な鱗と皮によって構成されたその尻尾。紅葉が先ほどまで叩き潰そうとしていた角とはまた違った強度を誇りながらも、しなやかさも併せ持つそれはナバルデウス亜種が下でうねるように体を動かすに合わせて左右に動いてくる。
それも躱していき、ナバルデウス亜種の頭がどう動いているのかを確認してみる。
その巨大さゆえに後ろへと倒れることで上下逆転した奴の頭はかなり深い所まで下がっている。太陽による光が届きにくくなろうという深さまで下がっている事で普通ならば見えづらいが、ギルドが支給したこの水中メガネは深海でも狩りが出来るようにするための工夫が施されているためまだ奴の顔は見える。
息を吸いこみながら落ちていったナバルデウス亜種は尻尾を振り回しながら、下半身もまた深海へと落としていきながら紅葉らを見上げてくる。
またしても水ブレスが来る、と警戒して一斉に散っていき、ナバルデウス亜種はまたしても下から海上へと突き抜ける水ブレスを撃ち出した。
螺旋を描く水流を含んだ特大のブレスはまたしてもハンター達を逃げの手を打たせる。これでは攻撃が出来ないと思うだろうが、しかしガンナーはナバルデウス亜種と並列して位置取り、銃撃を仕掛ける。
海上へと撃ち出され続ける水ブレスが当たらない位置からの銃撃を仕掛けるのは、優羅や越智をはじめとしたガンナーの生き残り。貫通弾や通常弾Lv3を叩き込んでナバルデウス亜種を止めにかかる。
また逃げるハンターらを追うように水ブレスを曲げていくナバルデウス亜種だが、魔狼砲【黒鳥】から射出される貫通弾Lv1と、越智らが撃ち出した通常弾Lv3によってナバルデウス亜種が呻き声を漏らして動きを止めてしまった。
放出されていた水ブレスが途切れ、体の痛みに頭を振る。ついにあのナバルデウス亜種が怯みを見せた。自分達の攻撃が目に見える形で通用していると実感できた瞬間である。
だがそれに喜んだのもまた一瞬。
ナバルデウス亜種の胸から腹にかけて浮かんでいた青い光がゆっくりと赤へと変色し始めたのだ。海中に浮かんでいたその淡い青は怪しさを感じさせるような赤い光を灯らせ、ナバルデウス亜種の頭はゆっくりと引きながら息を吸いこみだす。
そうして蓄えられた力を解放するように、ナバルデウス亜種の怒号が周囲一帯へと響き渡る。飛竜らとは比べ物にならない程の耳を劈くような怒号はしかし、ハンター達の耳を刺激はしたが硬直させる事はなかった。
それは蓮華が奏でた旋律による効果、聴覚保護【大】の恩恵にあずかっていたからだろう。咄嗟に目を閉じたがそれも数秒。本能からくる恐怖による硬直がない事にハンター達は小さく安堵の息を吐く。
しかしナバルデウス亜種が怒り状態へと移行した事実は変わらない。先ほど以上に殺気が放出されているのが肌をピリピリと痺れさせるような空気でわかる。
だがそれに怯まず昴と天羽が斬り込み、桐音もジンオウガのオーラを纏って雷光の如くナバルデウス亜種へと肉薄して小太刀を突き入れた。いよいよ強固な守りにもほころびが生まれてきているようで、彼らが斬る度に薄く血が漏れている。天羽と桐音はその血を刀身で吸わせて微細ながらも力を引き出しながら斬り続けている。
そんな彼らに続くように、瑠璃は火竜剣【炎燐】を、茉莉は王牙銃槍【火雷】で攻撃を仕掛けていく。決して彼らに遅れてはならない、と自分に言い聞かせることでナバルデウス亜種が放つ殺気に負けないようにしている。
そして茉莉は王牙銃槍【火雷】のギミックを始動させ、ナバルデウス亜種の横っ腹を竜撃砲で一気に焼き飛ばす。斬られ、突かれ続けていたその鱗は竜撃砲の衝撃によって吹き飛び、少し大きな穴を作り上げて肉を露出させてしまった。
肉が見えたならばただ攻めるのみ。刃を突き入れ、銃撃して肉を焼きながら更に奥へ。体内へと刃と雷の力を撃ち込み、傷を広げながら爆風で追撃。それがガンランスの攻めだ。
(ここまで広げれば……切り替えてもいいでしょうかね)
だがそこで茉莉は王牙銃槍【火雷】を一旦広げたローブへとしまう。代わりに取り出したのはブラックテンペスト改。それを構えると広げた肉へと鋭い先端を突き入れて一気に穿つ。すると覚醒によって目覚めた粘菌がそこへと巣食いはじめる。
そう、威力が高く爆破属性を兼ね備えたブラックテンペスト改によって、一気に体力を削っていく算段だ。威力の高さだけでなく爆破属性による追撃も見込めるブラックテンペスト改は攻め手としては十分な代物。
しかしランスの弱点として硬い相手とは相性が悪い。心眼があれば変わってくるが、しかしランスは弾かれると大きく隙を晒してしまうという欠点がある。それはガンランスも同じだが、こちらは硬い相手だろうと銃撃する事で攻めを止めないという側面がある。
そこで茉莉はこちらで硬い部分を削って柔らかい部分を露出させ、ブラックテンペスト改で一気に攻めるという作戦に出た。
「ふっ!」
何度も突き入れれば、いよいよ活性化した粘菌が赤く染まっていく。そうして強く突き入れればナバルデウス亜種の体内で爆発が起こり、その衝撃で吹き飛んだ肉片が血と共に海中へと噴き出てくる。
海へと溶けず漂っていく赤い液体とそれに混ざる柔らかく小さなその破片を視界の端で見ながら、茉莉はまだ攻撃の手を止めない。
攻撃できるならば止まるわけには、いかないのだ。
その中で攻めあぐねているのは将輝と檸檬だった。得物としては十分に強い代物を持っている二人だが、しかしやはり経験が足りない。いや、それは瑠璃と茉莉も同じだがモガの村を拠点として戦ってきた二人の場合は範囲が狭いという事もあって上級クラスの飛竜らとの戦闘経験は少ない。
海のモンスターの中でも上級なラギアクルスぐらいしか戦えていないのが欠点だ。時にモガの森に迷い込んでくるものもいるが、そちらに関しては蓮華や存命の頃の飛燕が処理していたという過去もある。
対して瑠璃と茉莉は東方を周って様々なフィールドで戦い、上級モンスターも何度も相手にしている。最近では急激に強い個体と戦わされることで死地を越え、命の危機に瀕する事で強制的に実力を磨き上げられてしまったという過去があるのでまだ戦えている状態だ。
この差が、両者の立ち回りの差として表れだしている。
「ヴォオオオオオオオオォォォォォォン!!」
大きく頭を引きながら下から掬い上げるようにして角を振り回し、それに従って体もまた大きく動いて体を斬り続けているものらを弾き飛ばしていく。タイミングを見計らっていた将輝と檸檬はこれによってまた斬り込むタイミングを逃す。
目の前を通り過ぎていく角や背中をただ見送り、舌打ちしながら二人は武器を振るってとりあえず、と言った具合の気刃を放った。武器や防具を新調したとしてもうまく使えなければ宝の持ち腐れだ。
雷震剣斧ヴォルトや雷迅剣ミカズチの名が泣く。
だからこそ他のハンター達に負けないよう二人も何とか斬り込もうとしているのだが、その度にナバルデウス亜種は体を震わせたり水ブレスを吐き出したりしている。
これでは足手惑いではないか!
将輝は知らず雷震剣斧ヴォルトを強く握りしめてしまう。
「将輝、また来るよ!」
「……っ!」
体を捻りながら上へとゆっくりと昇りながらナバルです亜種が息を吸いこみ始める。振るわれる尻尾から逃れるように二人は離れていくが、ナバルデウス亜種はすぐさまそれを撃ち出した。
今まで横へと薙ぎ払うような動きをした水ブレスは、海上から深海へと撃ち落とすような縦の動きを見せる。まるで海を両断するかのような強い水流の力は先ほどまで二人がいた場所を通過していった。
直撃は避けたものの、巻き起こる水流が背後から二人を吹き飛ばし、前転しながら体勢を崩してしまった。それを見逃さなかったのか、撃ち出した反動でノックバックしながらナバルデウス亜種の視線は転がっていく二人の姿を映していた。
背筋をはい回る芋虫のような感覚が将輝と檸檬に襲い掛かり、冷や汗を流しながら二人は天を仰ぐ。そこには体勢を立て直しながらゆっくりと向き直ってくるナバルデウス亜種の姿がある。
まずい、と思うまでもなく、ナバルデウス亜種は体をゆっくりと縮めながら力を溜め始めていた。
(こんなところで終わるわけにはいかねぇ……!)
そう思いながら将輝は檸檬へと手を伸ばして彼女を引っ張り、彼女を抱えて何とかその場から離れるように泳ぎだす。だがその程度のスピードでナバルデウス亜種の射程から逃げられるわけもない。
溜めた力を解放し、頭上から一気に二人を撥ね飛ばすべく突進を仕掛けようとするナバルデウス亜種は――自分を睨み付ける冷たい視線に気づいて動きを止める。
「…………?」
海の皇を黙らせ、動きを止めさせるその視線の主。
それは静かに「……
暗い色合いをしたその瞳の奥には、誰もが息を呑むような鋭い刃の如き赤い光をたたえていた。それに気づいたナバルデウス亜種は低く唸りながら優羅を睨み返す。
そんな奴に対して「……
彼女が意識を引いてくれたおかげで将輝と檸檬は命拾いできた。それに安堵するが、しかし代わりに彼女が危険な状態に陥ってしまった。優羅をフォローするように紅葉や瑠璃が素早くナバルデウス亜種へと接近し、天羽も桐音に気づかれないように一度鞘へと天羽々斬を納刀して一気に海上に向かって上昇していく。
そうしてハンター達が集まったのを見計らって、他のガンナー達が一度モドリ玉を使って船へと戻っていく。入れ替わるようにして負傷したハンターを届けた二人のハンターが船から飛び降りて戦場へと合流していく。
その中には狩猟笛使いもおり、蓮華の持つ狩猟笛とはまた違った音色が響き渡った。これにより攻撃防御両方の面で強化が施され、ハンター達は更に攻めていく。
(……一度戻るか)
ナバルデウス亜種の噛みつきを避けながら優羅はそう考える。魔狼砲【黒鳥】から吐き出されるのは通常弾Lv2。何故かと言えば貫通弾Lv1を全弾撃ち切ってしまったのだ。
それだけでなく通常弾Lv3もかなり消費してしまっている。ガンナー……ボウガン使いにとって攻撃とはすなわち弾を消費する事に他ならない。剣士タイプと違って弾がなくなればただの
しかし海中で調合なんて出来るはずもないので、一度船に戻って調合しなければならなくなる。周りを見ればガンナーの姿が次々といなくなり、越智も一度船へと戻っていったらしいのが見てとれる。
優羅は近くに寄ってきた昴へと「……一度帰還します」と告げ、それに昴が頷いて返事し、モドリ玉を取り出して緑の煙に包まれて姿を消した。
いなくなってしまった優羅を見てまたナバルデウス亜種が唸り声を上げる。辺りを見回すように頭を振り、しかしその隙を見て紅葉が左角へと角王鎚カオスオーダーを叩き落して一気に亀裂を広げた。
その痛みにまたナバルデウス亜種が呻き声を漏らす。破片が海中に浮き、亀裂は先ほどよりも広がっている。あと何度か叩き込めばへし折れるだろうという傷だ。
「そろそろ……イっちゃったらどうなんだろう……ねっ!?」
頭を振って紅葉を振り払おうとするナバルデウス亜種の顔の近くへと向かっていった桐音が、そんな事を言いながら小太刀を握りしめる。刀身は激しく明滅する雷の力が凝縮されており、それに気づいたナバルデウス亜種が振り返るに合わせて、左角の亀裂へとその小太刀を同時に突き入れる。
刹那、激しい雷撃が左角を中心としてナバルデウス亜種の頭部へと広がっていき、ミシミシと音を立てて刃が深くまで左角へと突き刺さっていった。
「まだまだぁッ! 吼えろ、朝凪、夕凪ィッ!」
『――――ッッ!!』
桐音の咆哮に乗じるように二つの小太刀もまた纏われた雷撃が、あたかも獣の咆哮の如く激しく炸裂した。その衝撃にたまらずナバルデウス亜種が悲鳴を上げる。当然だろう頭部に直接雷が撃ち込まれるかのような衝撃が角を通じて伝わってくるのだ。
角は硬い骨のようなもの。頭蓋骨に直結しているため、それに雷が撃ち込まれれば、強い電撃は角を伝って頭蓋骨、ひいてはその下にある脳にまで刺激が伝わっていく。雷属性を弱点としているナバルデウス亜種にとってこれはかなり厳しいダメージとなり得る。
十分にダメージを与えられたようだが、しかしその痛みから逃れるように激しく頭を揺さぶり、それに従って左右の角が無造作に振るわれて近くにいるハンター達へと牽制ないし反撃を見せる。
それを躱しながら桐音は「来い、朝凪、夕凪」と指示し、それに従って小太刀は桐音の手元へと自動で帰ってくる。
「ヴォルルルル……!」
離れていく小太刀とそれを手にした桐音へと睨みつけるナバルデウス亜種は、彼女へと噛みつきにかかっていく。前進しながら彼女を丸呑みにするかのように口を開き、力強く口を閉じるだけで彼女の姿はナバルデウス亜種の口内へと消えていくだろうが、しかし彼女は後ろへと下がる事でやり過ごした。
そうしながら「轟気、纏」と呟く事でティガレックスのオーラを身に纏い、脚から気を放出する事で素早く側面へと回り込んでいく。
「せぁっ!」
気合一閃。
振るわれた小太刀はティガレックスのオーラを含んでいる事もあって、頬から右角に掛けて裂傷を刻んでいった。野性的で暴力を体現したティガレックスのオーラは、ただ単純に攻撃能力を底上げしていく効果を含んでいるのだ。
この一撃によって右角にも亀裂が入りだしていく。それに追撃するように遠距離から昴が連続して気刃を放ち、左右の角の亀裂を広げていく。
角から伝わるダメージにナバルデウス亜種もいよいよ我慢がならなくなってきたのか、その目つきが鋭くなり始めてきた。それどころか様子もおかしくなり始めている。奴から発せられる殺気と同時に、何かが海に漏れて出ている気がするのだ。
それを感じ取ったのは桐音だ。
(なんだいこれは? ……魔力? なぜ魔力が……?)
竜殺しとしての力を振るい、竜のオーラと言う独特の技術を行使できる桐音は力の波動に敏感だ。その竜が持つ力を扱い、殺気や属性の力や指針にも反応できるということは、魔力や気の動きも察知する事が出来る。
だからこそハンター達の中で唯一気づく事が出来たのだが、しかし彼女にとっても不可解なものだった。どうしてナバルデウス亜種から魔力が漏れて出てくるのか、と。
(古龍だから、か? ……古龍は他の竜らとは一線を画す存在。だから人が知り得る情報がその全てとは限らないんだったね)
そう考えながらも暴れるナバルデウス亜種の攻撃をやり過ごしていく。だが不意にナバルデウス亜種の視線が海上へと向けられ、ゆっくりとその体が海上へと進んでいく。一体どうしたのか、と思うまでもなく、ナバルデウス亜種はどんどん進んでいく。
その先に何があるのか、と昴は考え、そして気づいた。
「いかん、止めろ! 船に向かっている!」
今船には優羅をはじめとしたガンナー達が弾の調合を行うために集まっているはずだ。そうでなくとも船を落とされれば帰還が難しくなってしまう。
落とされるわけにはいかない、と昴達はナバルデウス亜種の体へと斬りかかっていく。しかし無情にもナバルデウス亜種はその顔を海上へと突き出し、その瞳を動かして何かを探していた。
「…………?」
船上で玉を素早く調合していた優羅はナバルデウス亜種の姿に気づき顔を上げる。視線を動かしていたナバルデウス亜種は優羅に気づくと低く唸り、ゆらりと体を揺らして船へと近づいてきた。
その動きに気づいた船員たちが声を上げて「ナバルが来るぞ! 迎撃用意ィ!」と指示し、バリスタと撃龍槍の用意をする。優羅もそれに合わせて動きだし、向こうの船の様子も窺ってみる。
対面の船もまた武相の準備をしているようで、バリスタが照準を合わせていく。同時にナバルデウス亜種から逃げるように舵を取って方向転換していく。
「撃てぇぇッ!!」
指示に従ってバリスタの弾が射出されてナバルデウス亜種へと着弾していく。だがそれでも動きは止まらず、船へと肉薄しようとしてきた。だが優羅がカクトスゲヴェーアから火炎弾を射出して迎撃する。
向こうの船からもバリスタの弾やガンナーの銃撃が襲い掛かったものの動きは止まらない。ゆっくりと口を開けて優羅に向かってきている。その動きに優羅は気づいた。
(……こいつ……アタシの気に気づいたのか)
気を引くために発した殺気に含まれるシュヴァルツの気に反応したのかもしれない。それによる目標の定めによってこの船へと接近してきたのかもしれない。ならば、このまま船に留まっているわけにはいかなくなった。
素早くマスクを付けてナバルデウス亜種から逃げるように優羅は海へと飛び込もうとした際、視界の端に妙なものが見えた。
(……あれは?)
それは空中で停滞している獣だった。
黒いたてがみのような長い毛が体の上半身や背中を覆い、それ以外は銀色の毛皮に包まれている体躯をした狼。離れた所からじっとその紅い目で見降ろしてくるその狼に見覚えはない。
だが少し待ってほしい。
ここは大海原。陸生の狼がこんな所にいるはずがない上に、奴は何もない空中でじっと佇んでいるのだ。それ自体が異常な光景であり、しばし優羅は呆然とそれを見つめてしまった。
それでも優羅は船から海へと飛び込むまでの間、じっとあの狼を見つめ続け、そして頭の中に響いた声にまた驚いてしまう。
《生き延びてみせなさい、白銀優羅。こんな所で終わるような体たらくを見せるようでは、貴女たちを殺しに来る龍らに喰われるだけなのだから。……そう、奴はまだ本領を発揮していないのだからね?》
男とも女とも取れないような声が、耳からではなく直接意識に語りかけてくるかのように聞こえ、しかしはっきりと確かめる間もなく優羅は海へと沈んでいく。一度顔を上げて狼が見えた方を見てみたが、ほんの一瞬の間に消えてしまっていた。
あれは幻覚、幻聴だったのだろうかと思う暇もなく、背後から迫りくるナバルデウス亜種から逃げることにする。
その動きを視線で追い、ナバルデウス亜種の進路は船から優羅へと切り替えてくる。
だがそれでも奴の体は船に近しいものになっている。それを好機と見たのだろう、船長が「撃龍槍用意ッ!」と叫んだ。それに従って船員がピッケルを持ち、左舷に付けられている撃龍双のスイッチへと近づいていった。ナバルデウス亜種の角の先端が左舷を掠め、その巨体が通過する事によって発生した波が船を揺らすも、「やれぇぇぇッ!!」という指示に従ってピッケルを振り下ろす。
その衝撃に従ってギミックが動き、勢いよく撃龍槍が突き出されてナバルデウス亜種の側面を貫いた。
「ヴォオオオオオオオオオオオッッ!?」
硬い甲殻を強引に突き破り、体内へと沈んでいった鋼の槍がナバルデウス亜種の体を穿つその光景を、優羅は肩越しに振り返って確認する。しかも向こうの船も容赦なくバリスタの弾や、大砲の弾を撃ち出して右側にもダメージを与えていき、ナバルデウス亜種の体力を奪っていく。
隙あらば攻撃を仕掛ける、というのは悪くない作戦だ。相手は古龍なのだから容赦をする暇もない。そうしなければ殺られるのは自分達なのだから。
距離を取りながら援護の砲撃の範囲外へと逃げつつ、カクトスゲヴェーアを構えようとした優羅だったが、不意にまた声が聞こえてきた。
『……おのれ、ここまで我が体を傷つけようとは……ヒトの抵抗も積み重なれば驚異的なものぞな?』
「…………?」
その声に気づいて優羅が顔を上げる。それだけでなく、気のせいか圧迫するような気迫と魔力が周囲に満ちている事にも感づいたのだ。
だが周りを見れば声に気づいた風の反応をしたものはいない。船員らはまだ銃撃を仕掛けているし、ガンナー達も次々と海に飛び込み、遠距離から攻撃を仕掛けている。
それを受けながら、ナバルデウス亜種は言葉を続けていく。
『よかろう。貴様ら……否、貴様はただでは殺さんぞ。存分に海の恐怖を感じ取ってもらおうか。そうして海の藻屑と消えるがいいぞな、かの血統の末裔よ……!』
――刹那、世界が塗り替えられる。
周囲一帯に満ちていた魔力が力を発揮し、厄海の光景を変化させていった。
ゆっくりと西へと沈みゆく太陽があった空は一変し、満月が浮かぶ夜空へと切り替える。そして冷たい風が吹き抜ける海はざわめきだし、先ほどまで自分達が戦っていた海中にはどういうわけか円形の崖が存在していた。
その下には遺跡のようなものが存在している。まるで地上にあった島がそのまま沈んでしまったかのような光景に、優羅だけではなく周りのハンター達が一体何が起こっているのかと驚き、戸惑っている。
そんな中で、昴達はこの世界の変化を見て一つの過去を思い出した。
かつて旧シュレイド城で戦った黒龍ミラボレアス、そして紅龍ミラバルカンへと変化した際もこのように風景が変化したことを。
ミラボレアスが現れた際は旧シュレイド城の空は恐怖を煽るような光景へと変化し、ミラバルカンになった際は外に火山が出現した。有り得ないような光景を作り上げただけでなく、その有り得ない存在だった火山から力を得ていたミラバルカン。
古龍と言う竜から外れた存在の力をありありと見せつけられた記憶。それが今、目の前で似たような事が起こっている。
『かつて沈んだ太古の島に、満月の力が満つる海原。今こそ見せようぞ、貴様らが海の皇と畏れし我が力……! 来い、末裔よ!』
そう言ってナバルデウス亜種が勢いよく海中へと潜っていく。撃龍槍を受けた部分から血が噴き出しているが、それに気を止める事もなく奴は力強く尻尾を叩きつけて波を起こし、船を揺さぶりながら海中へと消えていく。
その際体を勢いよく捻る事で渦を作り出し、それは周囲にいたハンター達を巻き込んで下へと引きずりこんでいく。当然優羅もそれに引き寄せられてしまう。
(……っ、く……逃げられ、ない……!)
一瞬抵抗しようとした優羅だが、ここはそれに逆らわずに乗る事にした。そうして海中へと潜り、円形の穴の中へと強制的に引き寄せられる。それは優羅だけでなく昴達をはじめとしたハンター達も同じであり、強い力で海中へと引きずり込まれていく。
当然こんな風に強い力で海底へと引き寄せられれば、体にかかる水圧がとんでもないことになるだろうが、これは水竜の守りによって緩和される。だがそれでも完全と言うわけではなく、衝撃を殺しきるわけではない。
その衝撃に耐えながら彼らは数十メートルの深さを潜らされ、そうして崖を抜けた先に広がっていたのはまさしく海底遺跡と言ってもいい光景だった。
だが同時に頭の中に浮かぶ言葉は、水中闘技場だろうか。
元々は山中にあった洞窟なのだろう。上から見れば歪な円となっているその空間を覆うのは岩肌だ。所々人の住居らしき残骸があり、古代人が作ったと思われる対竜の装備が存在している。
円形の空間の中でナバルデウス亜種は、腹から発せられる赤い光に包まれながらじっとハンター達を見据えている。その瞳は妙に怪しく光り、殺気とはまた違った何かを感じさせている。
先ほどの奴の言葉を信じるならば、これからがナバルデウス亜種の本気を見せる時なのか。
だとすると、あの狼が言っていた事は嘘ではなかったという事になる。
(……あの狼、まさかとは思うが……伝説のアレなのか? だとするとどうしてこんな所に……こいつがいたから? だがこいつは七禍龍じゃないはず。伝承とは違っているけど……いや、今は深くは気にしないでおこう)
わからないことだらけだが考え込むのは後回しだ。
船上で増やした弾をまた使い切る勢いで戦うのみ。「……
そこで合流してきた昴と紅葉がそっと優羅へと話しかけてくる。
「あいつ……喋ったか?」
「……ええ。聞こえましたか」
「これってさ、あの時……ミラボレアスと同じ? でも、ナバルデウスってミラボレアスくらい高位の古龍ってわけじゃないわよね?」
「……そう考えたけど、それは人側が定めたランク付けだと考えると、そうおかしい事じゃないかもしれない。龍らのレベルで考えれば、あいつもまた古龍の中でも高位に位置する存在なのだとすると……これほどの力を振るえるんだろう」
「それが……この現象を作り上げる力、か」
人と会話できる念話程度は古龍としては容易い事だと考えて除外し、己の領域に自分の世界を映し出す力はそこらの古龍でも不可能なレベルなのは間違いない。
しかしこれを保有していながら七禍龍ではないとするならば……もしかすると七禍龍はとんでもない力を持つ化物なのだろう。実際その七禍龍が一のミラボレアスと戦った昴達は、奴が本当に化物だと身に染みて思い知っている。
左目を抉られようとも、神倉月や朝陽の力を受けても倒れず、ミラバルカンとなれば火山弾の流星を降らせてくるという龍にあるまじき力を振るってきた。
それが力をつけた古龍の高みの果てなのだとすれば、このナバルデウス亜種はそれに近しいまでに位置する古龍だと推測できる。そして今この場には、あの大戦の際の大火力だった“彼女”はいない。
だからこそ、今の自分達だけでこの化物に勝たなければならない。そうしなければ全滅するだけでなく、タンジアの港も危機に晒される。それは避けなければならない。
ぐっと体を引いて力を溜め、ナバルデウス亜種が力を溜めていく。そうして奴は、
『さあ、始めようぞな。この私を討つというならば、恐れずしてかかって来い!』
数度体を捻って回転して高まった力を解き放つ。それは複数の渦を発生させて様々な方向から昴達へと襲い掛かっていった。
それが深海に生まれた海底遺跡を舞台とした、ナバルデウス亜種との決戦の狼煙となった。