集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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68話

 

 

 先ほどまで昼だったというのに、何故空には満月が浮かぶ夜となっているのだろうか、と船員らは戸惑っていた。それだけではなく海の様子もおかしくなっており、恐怖を感じ始めている者らが増えてきている。

 しかし船長は冷静に支持を出し、ナバルデウス亜種とハンター達が潜っていった地点から離れるように舵を取った。そうして彼は何気なく満月を見上げる。

 海を照らすその月はどこか怪しい雰囲気を感じさせるような光に思えた。海を往く際に見上げる月と何ら変わらないように思えるのだが、しかし何かが違うような気がするのだ。

 思わず、

 

「……いやな月だぜ。胸騒ぎがしやがる……」

 

 と呟いてしまう程に。

 そんな彼らを見下ろすのが、先ほど消えたはずのあの狼だった。

 

(封鎖結界……か。満月に海底遺跡とは、流石はナバルデウスといったところね)

 

 うっすらと笑みを浮かべながら狼――魔獣にして災禍獣と称されるヴァナルガンドもまた満月を見上げる。船長が感じた胸騒ぎの意味をその獣は知っている。

 

(月、それも満月は一種の力を持つとされる。月の光に含まれる力を受けて力を増す存在の一つが海の皇、ナバルデウス。くすくす、優羅に草薙、天羽々斬を前にいよいよ遊んでいられなくなったというわけか)

 

 どこか楽しげな眼を細めて満月を見つめ、そして戦いが行われている海中を見つめる。

 魔獣は決して手を出さない。

 あくまでも魔獣の役目はその戦いを伝え、見届けるだけ。しかし七禍龍に含まれないナバルデウス亜種の戦場に現れた。これは災禍獣のルールに反している。

 災禍獣ヴァナルガンドのルールは七禍龍の戦を伝え、観戦する事なのだから。

 これは、魔獣の気まぐれだ。

 魔獣が個人的に見届けたいと思ったからこそ、こうして姿を見せただけに過ぎない。それだけこの戦いが意味ある事だという事に他ならない。

 ……とはいえ、こうして姿を見せたという事実は恐らく彼女らにも知られた事だろうが、今更だ。

 もう、ゲームはとっくに始まっているのだから。

 

(さあ、見せてもらいましょうか。今の戦力でどこまで海の皇に喰らいつけるのか)

 

 そうして、魔獣はその血のように紅い瞳を細めて「――せいぜい、頑張りなさい」と小さく呟いた。

 

 

 その渦は左右と前方から襲い掛かってきた。

 ナバルデウス亜種が集めた水の力を操作する事で作られたそれは、明らかに魔法に近しいもので生み出され、解き放たれている。昴達は何とかそれから逃げることに成功するも、通過していった渦は弧を描き、大きく迂回しながら戻ってくる。

 渦から逃れたとしても、ナバルデウス亜種はゆらりと体をくねらせながら泳ぎだし、爛々と輝く瞳を優羅へと向けている。

 いや、それだけではない。

 桐音や天羽にも同じような視線を向けていた。

 

『竜殺し……いや、それは龍殺し、ぞな? 識っているぞ、私はそれを識っている……! 先ほどから受け続けていたが、貴様はかの血族ぞな……!?』

「……さて、どうだろうね? 喋っている事に驚きだし言葉を交わせるようになったのは何よりだが、かといって答える義理なんてこっちにゃないさ。……水気、纏」

 

 今度はガノトトスの気を纏った桐音。これにより今まで以上の速さで水中を泳ぎ、一気にナバルデウス亜種へと接近する。そうして側面へと回り込めば轟気を残した小太刀を振るって頬や右角を切り払っていく。

 反対側へと回り込んだのは天羽々斬を手にする天羽。刀身には既に赤と青の紋様が浮かび上がっており、最初の頃に比べるとかなり雰囲気が変わったように思える。

 

「……そろそろ目を覚まそうか? 斬るべき相手は、目の前にいるよ」

 

 囁くような声で天羽々斬へと語りかけ、己の気を纏わせて更にやる気を引き出させてやる。そうすれば、寝坊気味なこの刀は本来の力を若干漏らして刀身へと映し出す。それが、この赤い紋様であり、ナバルデウス亜種の血を受けて青も混ざりだした。

 

『やはりその刀は……!』

 

 瞳が動いて天羽々斬を睨むが、そんな驚きの声など気にも留めずに天羽は高まった龍殺しの力を含んだ気刃を放つ。それは撃龍槍を受けた傷を切り裂き、更なる出血を促していく。

 また古龍種でもあるために、龍殺しの力はかなり有効だ。天羽々斬の力を引き出しているならば、これはナバルデウス亜種にとって脅威に感じられる武器。故にナバルデウス亜種は一度二人から距離を取るように背後へと下がった。

 尻尾を巧みに使ってバランスを取りながら数メートルという距離を作り上げつつ、ナバルデウス亜種は大きく息を吸いこみだす。

 すると強い吸引力の力が働いてナバルデウス亜種を斬りに行っていた桐音達は、それに引っ張られるようにしてナバルデウス亜種へと近づけられてしまう。

 

「ちぃ……、こ、んの……!」

 

 何とか逃げようとする桐音だが、しかしナバルデウス亜種の吸い込む力が強いために逃げられない。天羽も同じなようで苦い顔をしながら何とか範囲外へと逃げようとしている。

 そうした中でナバルデウス亜種の溜めた力がいよいよ解放されようとした際、二人は図らずもお互いの視線を交差させていた。

 その一瞬だけ、二人は通じ合った。

 桐音は足に、天羽は左手に気を集め、それを相手へと撃ち出したのだ。それらはお互いの体に着弾して強い力を以ってして吹き飛ばす。

 刹那、二人がいたところを水ブレスが通過していった。今まで撃ち出されたものより細いのは恐らく完全に溜めきっていない為だろう。ナバルデウス亜種は二人を始末するために全力ではなくそれなりの力での水ブレスを撃ち出したのだ。

 しかし直撃は避けられた。お互いの気弾によるダメージはあるが、水ブレスよりはマシだろう。桐音が装備しているガンキンSシリーズは水耐性が最悪だ。それを港で食べたアイルーが作った猫飯の効果でプラスに働きかけているとはいえ、あれに対しては冷や汗をかかざるを得ない。ちなみにラヴァUシリーズをつけている紅葉もまた猫飯を食べることで水耐性をプラスにしている。

 

「ふぅ……何とかなったか。ありがとさん!」

「……ん」

 

 向こうで体勢を立て直している天羽へと手を挙げながら礼を言うと、天羽も軽く手を挙げて応える。

 そうしている間に隙を突いて、瑠璃と茉莉がナバルデウス亜種の側面へと回り込んでいった。火竜剣【炎燐】をダブルセイバー形態にし、傷ついている部分を回転させる事で連続して斬っていく瑠璃。それに対し、ブラックテンペスト改を突き入れることで純粋に傷を抉りながら粘菌を注入する茉莉。

 何度も突き入れることによって粘菌が活性化していき、またしてもナバルデウス亜種の体内で爆発を起こす。それでは終わらずまだまだ突き続け、また粘菌を活性化させていく。

 それを見た瑠璃は火竜剣【炎燐】ではなくディオスソード改で粘菌を注入する事に切り替える。さっきから見た限りでは火属性があまり通用していないように思えたのだ。

 切れ味や火力としてはディオスソード改が劣るが、爆破属性による追加のダメージが見込める。肉を吹き飛ばされる痛みは例えナバルデウス亜種であったとしても効くだろう。

 彼女らに負けていられない、とばかりに将輝と檸檬も斬りかかりに行く。雷震剣斧ヴォルトを斧モードにし、力強く振り回して傷を広げていく。斧のリーチと重量による一撃は綻びがある鱗や皮を切り裂いて破壊し、そうして広げた傷を剣モードにして刺し貫く。

 それに続けてギミックを始動させる事により、属性解放突きをおみまいしてやる。それに続くようにして雷迅剣ミカズチを振るって檸檬がダメージを与えていく。威力の低い片手剣だが、内包する雷属性と手数によってダメージを積み重ねる。

 だが、

 

『小虫が調子に乗るでないわ!』

 

 そう叫んだナバルデウス亜種が勢いをつけて背後へと下がりつつ力を一部開放して、二つの渦を作り上げて瑠璃達へとぶつけていく。側面から回り込んでくるように迫ってきた渦は彼女らを巻き込んで吹き飛ばし、体勢を崩すだけでなく息を吸いこんで水ブレスの追い打ちをかけようとした。

 しかしいつの間にか紅葉が下から急接近し、顎をかちあげて強引に口を閉じさせる。追撃として優羅らが銃撃を仕掛けてナバルデウス亜種を怯ませようとする。しかしナバルデウス亜種は少し上を向くだけに留まり、口も完全には閉じられずに水ブレスを撃ち出した。

 その結果、海底遺跡の壁に着弾して岩を抉り飛ばす。

 

「……っ、は……!?」

 

 それは落石となり、ハンター達へと降り注ぐ。

 水ブレスが直撃しなかったからといって安心できる場所じゃない。先ほどまでならばなんともなかったが、こうして洞窟が存在する事によってこのような状況となる。

 舌打ちしてゆっくりと沈んでいく岩を躱していく瑠璃らは何とか切り抜け、もう一度ナバルデウス亜種へと近づこうとする。

 紅葉の一撃で小さく閉じられた口は再び開かれ、視線を落として角王鎚カオスオーダーを握りしめる紅葉を睨み、顔全体で叩き落してやる。

 

「っ、は……!」

 

 角王鎚カオスオーダーを盾に何とか耐えようとするが、その強固な頭部全体での叩き落としは、人にとっては強固なハンマーで殴られるに等しい。深海へと落とされていく紅葉へと振り返りながら息を吸い、銃撃してくる優羅も視界に入れながらまた細い水ブレスを撃ち出す。

 

「……桜ッ! ……っ、く……!」

 

 予備動作を見て素早く回避行動をとる優羅は、紅葉の方も気にした。頭上を通り過ぎていく水ブレスを感じながら肩越しに振り返ってみる。だがナバルデウス亜種の攻撃は終わっていない。

 ぐるり、と体を捻りながら体全体で体当たりを仕掛けるだけでなく、尻尾を巧みに使って体のバランスを取ったかと思うと、急激にスピードを上げて突進を仕掛けていった。

 

「うわっ!?」

 

 突然の突進に対応できず撥ね飛ばされたガンナーが一人。ガンナーの一人、越智も咄嗟の事に驚きはしたが、何とか直撃を避ける事が出来た。しかしそのヒレのような手が足に当たり、呻き声を上げて転がっていく。

 そうして数人のハンターを撥ね飛ばしたナバルデウス亜種は、そのまま洞窟の壁に向かって昇っていき、その硬い頭をぶつけて壁を揺さぶる。すると水ブレスを受けて亀裂が入っていた壁がその衝撃を受けて崩れ、それを体を使って吹き飛ばしてハンター達へと落としていく。

 またしても落とされた岩にハンター達は混乱状態に陥る。そんな中でナバルデウス亜種は動き、海上に向かって急速上昇。そうしつつ息を吸いこんで力を溜め、そうして十分に上った後に反転。

 下界で蠢く小さき存在らを見回すと、口を開いて誰にも邪魔されずに水ブレスを撃ち出した。

 今まで以上に強く激しく、そして太い水ブレスは海中を切り裂くようにハンター達へと襲い掛かる。

 それはまさしく空から降る竜の怒り。

 数十メートルも離れた所から悠々と攻撃できるという有利な状況に、ハンター達は歯噛みするしかない。

 そんな中で水ブレスを避けて昇っていくのは戦闘意欲満載な桐音と天羽だった。そんな彼女らを近づけないように、今度は横へと薙ぎ払うように水ブレスを撃ち出す。それは壁にも直撃して亀裂を与えながらも、ハンター達へと更なる追撃を与えることとなる。

 

「ちっ、めんどうな……!」

 

 迫りくる水ブレスを前へと逃げることで避ける。だがまたナバルデウス亜種はそんな二人を薙ぐように、もう一度水ブレスを撃ち出して撃ち落とそうとする。その際、顔を円のように動かして少しずつ円周を広げるように範囲を広げていく工夫もしてきた。

 こうまでされれば避けようがない。舌打ちして防御体勢を取る事で何とか耐えようとした。蓮華が奏でた旋律による水耐性強化【大】による恩恵もあるが、それでも防御しなければ死ぬ可能性があるものだった。

 

「が、く……ふ……!?」

 

 せっかく近づいた距離も水ブレスに押しやられる事で突き放されていく。

 それでは終わらない。海上に上がった事で空に浮かぶ満月の光がナバルデウス亜種の背中へと優しく降り注ぐ。その力を受けて瞳が妖しく光りだし、そうしてまた息を吸いこんで水ブレスを撃ち出す。

 今度は太い水ブレスではなく少し太い程度のもの。だがその外周には螺旋状の水流が発生しており、直撃を躱したとしても水流の力が体に襲い掛かるものになっていた。

 一方的だ。

 深海に落としておきながら、ナバルデウス亜種は上から水ブレスによって一方的に攻撃を続けている。それは狩られる側の戦いではない。奴が、ハンター達を嬲るように狩る光景だった。

 

「ひ、卑怯よ……!」

『卑怯? これはただの戦いではない――狩りだ。真剣勝負、などという言葉など似合わん、力と力のぶつかり合いぞな。そこにあるのはただ強いか弱いかの差のみよ。ルール無用故に、卑怯などという言葉なぞ存在せぬ! このまま、散るがよい!』

 

 瑠璃の言葉にナバルデウス亜種が冷淡に告げる。

 奴にとってハンター達など小さくも弱い存在だろうが、しかし小さくも確実な脅威を取り除くためには情け容赦ない。あれらを抹殺するためには手段など選んでいられないのだ。

 しかしハンター達はまだ抵抗する。

 やられたメンツを回復させるために蓮華がイントロペリアルを振って緑、緑、紫、水と旋律を奏でた。これが狩猟笛使いの支援。特に蓮華はその支援が素早く、そして気づかれずに行ってしまう。

 桐音曰く、「あいつはこういう事に向いているハンターなのさ。普通の支援もいいけど、ここぞという時には既に動いているってのが多いんだよね」との事。

 

(…………ナバルを落とすにはやはり彼女が鍵を握っていそうですか。さて、どうしましょうね)

 

 ざっと視線を巡らせた蓮華は優羅を見つけ出し、少し考えた後に旋律を奏でながら彼女へと近づいていった。ローブから魔狼砲【黒鳥】の銃口を覗かせている優羅は何とか攻撃をやり過ごしながらも、接近を試みているようだが上手くはいっていない。

 そんな彼女に近づいた蓮華に気づいたのか、優羅が肩越しに振り返って視線だけで「何か用か?」と問う。

 

「あのナバル、あなたを意識しているかのように見えますが、いかに?」

「……アタシだけではないようだが」

「確かに。この厄海(・・)の変化といい、あの暴れようといい……色々やっかい(・・・・)なことになっていますが、あの二人も意識しているのも間違いないようで」

「…………で、何が言いたい?」

 

 何か聴こえた気がするが、優羅はスルーする事にしたようで蓮華の目的を問う。

 蓮華もいつもの調子が混ざってしまった事に気づいたらしく、真面目になるために一間置いて話を続けていく。

 

「あなたは接近戦は?」

「……一応可能だけど?」

「では私に少々お付き合いをしていただけませんか? あのナバルに一矢報いようかと」

「……策があると?」

「そのためには綱渡りをすることになりますが……大丈夫です?」

「……ま、いいさ。アタシとしてもそろそろ下ろしたいところだったし、乗ってやるよ。何すればいい?」

 

 カクトスゲヴェーアをローブへと戻し、代わりに取り出したのは漆黒の小太刀だった。昔から持っていた夜烏【小羽】を強化させた一品、G級ヤタガラスの素材で作り上げた大鴉(おおがらす)宵月(よいのつき)】と銘打たれた片手剣である。

 それを手に、優羅と蓮華はナバルデウス亜種へと向かって昇っていく。

 当然ナバルデウス亜種はそうはさせまいと水ブレスを撃ち出すが、二人は左右に分かれてそれを避ける。

 そんな二人の動きを昴と紅葉は見つめ、少し考えて二人もまた後を追っていく事にした。

 そうしてナバルデウス亜種へと接近しようとする四人だが、ナバルデウス亜種の視線は優羅に向けられている。当然だろう、奴にとって脅威なのは蓮華ではなく、シュヴァルツの血統である優羅だ。

 

『来るか、血統の女』

「…………」

 

 その瞳に映る優羅の顔は相変わらずの無表情。

 昔と何ら変わらない凛々しくも冷たい印象を持つ狩人(ハンター)としての顔。だがその瞳の奥には確かな戦意と殺意が含まれているのだ。

 それをナバルデウス亜種は小さく感じ取っているのだろう、また息を吸いこんで彼女に向けて水ブレスを撃ち出す。

 優れた視力によって避ける道を見出し、優羅は紙一重でそれを躱すのだが水ブレスに含まれる強い水流までは躱せない。僅かに体を持っていかれそうになるのを堪え、更にナバルデウス亜種へと接近。

 だが水ブレスはまた壁を削り取り、破壊し、落石を産む。が、ここまで昇ってくれば落石が発生する前に上へと昇っていくことになる。その接近の速さにナバルデウス亜種は小さく苦い声を漏らす。

 そんなナバルデウス亜種の顔へと接近すると、構えた大鴉【宵月】に己の気を纏わせてたてがみを斬り裂きに行く。ヤタガラスの鋭い羽を用いて作られたその小太刀は強い殺傷力を持つばかりか、彼女の気を纏う事で更に高まっている。

 それによって斬られた事でナバルデウス亜種は優羅へと振り返らざるを得ない。

 

 それが、蓮華の狙いだった。

 

 いつの間にそこまで接近していたのだろう。彼女はナバルデウス亜種の角の上へと回り込んでいた。その手にはマギアリア=ロッドが握られており、薄く鋭い気を纏って怪しく光っている。

 希少な虫素材を使用して作られたそれはメルヘンチックな見た目とは裏腹に、それは強い切れ味と龍属性を保有しているのが特徴だ。その強い龍属性に反応し、息を呑んだ時はもう遅い。

 完全に気配を消していた蓮華が構えたマギアリア=ロッドを勢いよく振り下ろした刹那、

 

「――龍魂、粉砕」

 

 気の抜けるような音を奏でるマギアリア=ロッドの一撃が、ナバルデウス亜種の左角に直撃。衝撃と共に発揮される龍属性がナバルデウス亜種の頭部へと伝え、たまらず悲鳴を上げてしまった。

 続けざまに旋律を奏でて属性攻撃力強化を発揮させると、落ちていくナバルデウス亜種の頭へとまた振り下ろす。

 マギアリア=ロッドの威力に加え、高い龍属性の後押しもあってか、左角の傷は更に広がるばかり。しかも龍属性は古龍という事もあってかナバルデウス亜種にとっては弱点。頭から伝わるダメージは着実にナバルデウス亜種を蝕んでいる。

 

『おのれ……貴様、何者だ……!? この私がこれほど近づかれても気づかない、などと……!』

「……はて、何か聴こえる気がするけど気のせいでしょうね」

『調子に……ん、ぐぉ……ッ!?』

「はっ!」

 

 そこで合流した紅葉が角王鎚カオスオーダーを叩き落す事で更なる亀裂を生み出す。その一撃に呻いた隙にもう一撃。その際の角王鎚カオスオーダーには、高めた風の渦を纏わせる事で威力を底上げし、渾身の一撃として叩き落とす。

 瞬間、今まで耐えてきたその強固な角は最期の悲鳴を上げて根本から砕け散る。頭部から別れを告げた左角は無情にも海中へと漂うように離れていき、そしてナバルデウス亜種の甲高い悲鳴が響き渡る事となった。

 

 

「やったな、あいつら。これで一矢報いたってわけだ。……それをあたいが成し遂げられなかったのが口惜しいねえ」

 

 どこか残念そうにしながらも桐音はナバルデウス亜種の左角が折れた事を喜ぶ。

 水ブレスの直撃を受けたが彼女は何とか命を繋いでいるようだ。猫飯や蓮華の支援がなければ、水耐性最悪なガンキンSシリーズを身に着けている彼女の命は散っていただろう。

 

(さてさて、落ちてくるナバル亜種だが……今の一件で更に攻撃は激しくなりそうだ)

 

 朝凪と夕凪を握りしめてゆっくりと落ちていくナバルデウス亜種を見上げていく。離れた所には天羽々斬を手に、ポーチから取り出した回復薬グレートから伸びるチューブをマスクに付けて中身を吸い取って飲む天羽の姿がある。

 別の方を見れば同じようにナバルデウス亜種を見上げている瑠璃らの姿と、将輝らの姿がいる。彼らの目は死んでいない。マスクと水中メガネによって見えはしないが、恐らく死んではいないだろう。

 これからが反撃の時だ。

 落ちてくるナバルデウス亜種に向かって桐音は改めて泳ぎだして向かっていく。ガノトトスのオーラである水気もまだ桐音の全身に纏われたままであり、泳ぐスピードは高い。程なくしてナバルデウス亜種へと肉薄する事が出来るだろう。

 

『おのれ……おのれ、おのれおのれおのれぇ……ッ! この私に一矢報いたつもりか人間……ッ! ただのヒトがいい気に――』

「お生憎さま、あたしは人間のようで、ただの人間じゃなかったりするんだよね?」

 

 不敵に笑ってみせる紅葉の内部からうっすらと滲み出てくる一つの気。

 己の中でスイッチをゆっくりと切り替えていき、油断によってこのような状態になってしまったナバルデウス亜種を更に叩くための力を呼び起こす。

 

『な、なんだ……それは……!?』

 

 それは角竜ディアブロスの因子から引き出された力。

 砂漠の暴君と称されしディアブロスの凄まじき力は紅葉に表れ、昔から人間にしては尋常じゃない怪力を見せることとなっていた。岩を砕き、並みの武器を破壊し、果ては竜の鱗ですら殴り、蹴り砕く。

 リミッターを外す事で繁殖期の黒いディアブロスの如く更に力を増そうものならば、ほとんど彼女を止められない程にまでになるが、最近はそこまでの暴走は見せてはいなかった。

 しかしナバルデウス亜種相手ならば、ここで一気に流れを掴むために彼女は解放する事を躊躇わない。ぎゅっと角王鎚カオスオーダーの柄を握りしめれば、彼女の闘気に呼応するように角王鎚カオスオーダーに生える二つの角からオーラが伸びる。

 いや、これは彼女が纏わせた気の具現化だ。角王鎚カオスオーダーの素材もまたディアブロスであり(一部はモノブロス)、彼女の保有する因子と相性がいい。彼女がこれを愛用する理由の一つだ。

 だからこそ、彼女の闘気によってこのような現象が起こり得る。

 

「――吶喊ッ!!」

 

 そうして高められた力はナバルデウス亜種の右角の根元へと振り下ろされ、奴の頭に凄まじい衝撃を伝えた。桐音によって傷つけられた傷も大きく広がるだけでなく、その意識を揺さぶって気を抜けさせる。

 大型の古龍と言えども生物である事には間違いなく、脳を揺さぶられる事で意識も飛ぶ。

 そのままその巨体は再び深海へと沈んでいく。

 そんなナバルデウス亜種の側面から優羅がローブから覗かせる銃口から貫通弾Lv1を超速射し、体を撃ち貫いていく。そうしながらまた大鴉【宵月】をしまってカクトスゲヴェーアを取り出し、火炎弾を装填して撃ち続けながらナバルデウス亜種に並行するように下りていく。

 紅葉はというと最大クラスの一撃を放った反動で動けなかったが、そこを昴に体を引かれることで落ちていくナバルデウス亜種に撥ね飛ばされる事はなかった。長年連れ添っているからこそ、昴はあれの反動が強い事は察知していた。だからこそいつでも彼女を補佐できるように近くにいたようだ。

 

「相変わらずいい一撃だな」

「……ま、その分けっこう疲れるんだけどね。久々にやると腕にクるものがあるわ」

「はは、だがそのおかげで流れがきそうだ。……行けるか?」

「大丈夫。まだやれるわ」

 

 軽く手を振って紅葉は不敵に笑ってみせる。とはいえマスクのせいで顔は見えないが、雰囲気的に彼女はいつものような笑みを見せているだろう。

 そして二人はナバルデウス亜種と共に落ちていく。その際に体の側面から攻撃を仕掛けて少しでも傷を増やす事を忘れない。蓮華もマギアリア=ロッドを振るって背中の皮へと何度も叩きながら落ちている。

 下を見れば、ガンナーの一人が海底遺跡の一角にあったバリスタに張り付いている。どうやら再現された海底遺跡の対龍装備を見つけたらしく、ご丁寧にバリスタの弾も転がっていたらしい。

 照準を合わせると、落ちていくナバルデウス亜種の首や体に向けて射出。水中であろうとも突き進んだ弾は狙い通りに着弾する。といっても推進力さえあればあの体はでかい的でしかないので狙いを外すようなことはないのだが。

 バリスタの弾を皮切りに遺跡にいたハンター達が一気にナバルデウス亜種へと向かっていき、奴を仕留めるべく攻撃を仕掛ける。意識を失っている今こそが一番の好機である事は明白。これを逃すわけにはいかなかった。

 桐音と天羽がまたしても先陣切って斬りかかり、続けて瑠璃がディオスソード改を、井出がネオラギアブレイドを構えて体に肉薄していく。少し遅れて茉莉が背中へと接近して胸へと潜り込んで柔らかい部分を狙って突きだし、続くようにして将輝と檸檬も斬りかかっていく。

 他にもガンナーや狩猟笛使いが合流し、まさに全軍挙げての総攻撃だった。

 技術を振るってというよりも、今持てる力を出し切っての力押し。それぞれの火力に物を言わせてナバルデウス亜種に出血を強いている戦局だった。

 

「……ふぅっ!」

 

 意識を集中させてディオスソード改に纏わせた気を利用して体を斬り裂く。

 そうだ、瑠璃にとってこの技術こそが一つの戦術。

 意識を集中させ、己の力を研ぎ澄まさせ、一つの刃となって斬る。クロムが教え、導き、瑠璃が高めた『矛』の力だ。

 まだまだ研磨されつつある刃だが、確かに彼女は鋭い剣となりつつある。

 見ろ、ナバルデウス亜種の胸や首を。

 彼女の振るった刃は確かにその体を斬り裂き、出血させている。強固な鱗も皮も瑠璃が振るったディオスソード改によって斬られているのだ。

 

「――――ッ!」

 

 錬気を高め、解放し、鋭さを増したディオスソード改の刃だけでなく、活性化した粘菌によって傷口を爆発させて更なる傷を生み出す。だがそれは付属の力でしかない。今ここで振るわれている彼女の技術は、確かに実を結んでいる。

 彼女もまた戦力の一つとして機能しているのだ。

 それを近くで銃撃している優羅が目撃している。

 

(……随分と、成長したな。あの小生意気な子供が、ここまで……ね。時間は流れるものね)

 

 頭の中に少しぶすっとしたような瑠璃の顔が思い出される。血統の影響で僅かにノイズが走っているが、しかしそれでも思い出されるあの短い時間の中で見た瑠璃の顔。

 あの時はまだまだ未熟だったのに今ではこうして共に戦えるまでに成長している。

 ちらりと視線を横に移せば、ブラックテンペスト改を突き出しながらゆっくりとナバルデウス亜種に並行するように落ちていく茉莉の姿も見える。

 瑠璃が研磨される『矛』ならば、彼女は堅牢なる『盾』。

 桔梗から教わった守るための盾であると同時に、防御しつつ反撃できる盾でもある技術を磨きつつあるハンター。生憎と今の彼女にこのような巨体を相手にその技術を発揮する事は出来ないので、その力を見せる事はないが。

 しかし彼女もまたここで戦えるだけの力を磨きあげた事は間違いない。彼女もまた成長しているのだという事を感じさせる。

 

(……しかし未熟だと卑下する、と言っていたか。今の実力でも十分だというのに、欲深い。でも何となくわかるのは……アタシもそうだったから、か)

 

 かつて自分も力を追い求めた事があるな、と優羅は思い返してしまう。とはいえ彼女の場合は事情が違っていたからなのだが、と考えつつも、それを思考の端へと追いやりながらカクトスゲヴェーアに弾を装填する。

 撃ち抜く。

 それが優羅の戦術の一つ。

 ハンターとして一番の力であり、優羅の力の二極の片割れ。

 外さず、高速で、弱点を撃ち抜く。それがガンナーとしての優羅の技術。通常弾Lv3は撃てない。跳弾によって肉薄しているハンター達へと影響を与えかねない。だから選択するのは通常弾Lv2。

 それを通用しやすい腹へと向けて撃ち出す。若干目に力を込めればナバルデウス亜種の弱点部位が視えている彼女にとって、弱点に向かって狙撃する事は何度も繰り返した行為だ。

 そして同時に、その目は相手の生命力すらも視通す。

 

(……体力がかなり消耗しているようだけど、それでも全体の半分でしかない。やっぱり体力バカというわけだ。……これでは消耗戦になりかねない)

 

 戦いが始まってからもう一時間以上は経過している。

 そしてここは水中だ。人にとっては全く異なる世界であり、ここで長く戦い続けることは困難だ。

 何せ泳ぎ続けなければならないため、思った以上に体力が持っていかれてしまう。つまり、これ以上戦いを長引かせる事になれば、戦闘続行不能となってじり貧になってしまうという事になる。

 泳ぐ力がなくなれば武器を振るう力もなくなるという事に繋がり、最早ナバルデウス亜種に嬲られるだけになってしまうのだから。

 

(……奴が気にしていたのはシュヴァルツの末裔であるアタシだけじゃない。確か……あいつとあいつも気にしていたな)

 

 優羅の視線が桐音と天羽へと向けられる。

 桐音の力に関しては優羅も確かに気にはなっていた。瑠璃と茉莉が以前組んでいたらしい草薙桐音といったか、と優羅は思い出してみる。

 特殊な力を振るうハンターだとも言っていたな、と思い出し、確かにあれは特殊だと思わざるを得ない。それをナバルデウス亜種は危惧していたわけだ。

 そしてもう一つ。

 優羅の目に映し出されるのは、大きな膜に隠されているような印象を感じさせるような一振りの刀。膜の奥には何かの龍らしきものが視える気がするが、大部分は影になっていて完全には視えない。

 しかしあれこそが強い龍殺しの根源となっている代物だろう。

 完全に解き放たれればまさしく最高級の龍殺しの武器となり得る得物だと見てとれる。

 

(……あの二人の攻撃が大きく通用すれば一気に仕留められるだろうけど、そう上手くいくはずもない。まだ他に使える物は――)

 

 そうして周りを見回してみる。使える物は全て使っていかなければ勝てないだろう相手だからこそ、小さな物でも見逃さないようにし、そしてある一点を見た。

 海底遺跡の一角に存在しているあれもまたその使える物に分類されるだろう。だが相手は古龍だ。そう上手くいくはずもないだろうが、決める事が出来ればかなり有利になるだろう。

 優羅は頭の中で流れを組み立てることにする。詰将棋の如く進められていく戦局を思考しながら、優羅は銃撃を続行。

 そんな彼らの攻撃によって痛んだせいか、ナバルデウス亜種の意識が取り戻される。それに従ってその体が淡い光を発し始めた。

 深海に浮かぶその光はまるで海に浮かんだ月のよう。

 大昔の人々がナバルデウスやナバルデウス亜種が海上へと姿を見せたそれは、まるで海に月が現れたかのようだ、という言葉を残したようだが、確かにそれは偽りなしだった。

 元より亜種は金色を主体とした体色をしているためよりその印象が強くなる。

 

『おのれぇ……! ここまでやってくれるとは、少々貴様らを侮ったぞな……』

「だったら、諦めて消えてくれないかしら?」

『それは出来ぬ相談ぞな。斃すべき獲物がいるならば、私はそれを見逃すわけにはいかんぞな……! ……そう、私は――ここで敗北する訳にはいかない……ッ! 敗れる事になれば、何のためにこうしてこの世界に送られたのかわかったものではないわ……ッ!!』

「この……世界?」

 

 紅葉がその言葉の意味に疑問を感じた刹那、ナバルデウス亜種の瞳が妖しく光り、その体から魔力が放出されて渦を作り上げる。その数、四。左右の前後へと解き放たれた渦はナバルデウス亜種に肉薄していた者らを引きはがし、絡め取って強い回転の力で苦痛を与えんとうねりをあげて海中を往く。

 そんな中で胸や腹を斬っていた茉莉達へは、数メートル後ろに下がりながら尻尾を振り上げて弾き飛ばそうとしてきた。しかしそうして動いているナバルデウス亜種の体からは所々血が流れて海へと溶けていく。

 奴もまたこうして目に見える形で傷ついているのだ。

 焦っているのがわかるほどに、奴は追い込まれている。ならばこの流れを傾かせるわけにはいかない。

 

「牙を伸ばせ、喰らいつけ」

『…………VRRrrrッ!』

 

 それは天羽もわかっているようで、天羽々斬を構えて呼びかければ、呼応するように小さく刀身から何かの鳴き声が聞こえた気がした。それを聞いたのは天羽ただ一人であり、他のハンター達には届かない程にまで小さな声は獣のようでもあり、竜を喰らう竜のようでもある。

 天羽々斬に纏われている彼女の気が刀身に浮き出た力と呼応し、彼女の言葉の通り牙のように第二の刃となって伸びる。

 

「翼を広げろ」

『VRRRraaaaッッ!!』

 

 柄から新たにオーラが伸び、まるで翼のように具現化するのだが一見すればまた二つの刃が伸びているように見える。しかし先端からは粒子が流れて海中に消えていく。

 そんな天羽々斬を振るえば、凄まじく鋭い剣閃を放ってナバルデウス亜種の体を斬り裂く。初撃を当てた後に天羽は一気に距離を詰め、その体を斬りに行く。

 今まであまり通らなかった刃は、いよいよ本領を発揮したかのように皮や鱗もろとも斬り裂き、強い龍属性も相まってナバルデウス亜種に対して高い威力を発揮した。

 続けざまに斬り返し、薙ぎと繋げつつ一度距離を取ると、胸から腹、左のヒレをも巻き込むように体を捻りながらの回転斬りを放ってやる。ぱっくりと開いたその傷が今の一撃の鋭さを物語っていた。

 彼女がそうして天羽々斬を振るうたびに第二の刃や翼のように広げられたオーラから粒子が吹き出し、血を吸うごとに歓喜するように明滅している。その様子を見て優羅は恐らくあれは切れ味を高めるブースターだろう、と推測した。

 普通じゃない剣だ、と見てとれる光景であり、色々な意味で警戒せざるを得ない得物だろう。そしてそれを受けるナバルデウス亜種もまた呻きながら天羽を睨み付けている。

 そんな彼女にUターンしてきた渦が接近するが、それに気づいていたらしく足から気を放出させて一気に背後へと下がった。

 そうして躱した彼女に代わり、今度は井出が斬りかかっていく。握りしめたネオラギアブレイドは凄まじい雷の力を発揮しており、振るわれた刃はナバルデウス亜種のたてがみのような髭を斬り裂いて下にある首にまで届いている。

 だがナバルデウス亜種は大きく首を振って井出をはじめとするハンター達を撥ね飛ばし、更に力を溜めて体全体でぶつかりに行く。だがそれまでの流れはラギアクルスなどのモンスターに比べれば遅い。

 当然だろう、体が巨大なために動きはどうしても大ぶりになってしまう。しかし逆に巨大であるが故に範囲が広く、威力が馬鹿にならない。予備動作が見え見えではあるが、それでも躱せない事があるのが巨大なモンスターの攻撃というものだ。

 実際井出は首を振るわれた際に僅かに掠めてしまい、その隙を突かれて体当たりを受けてしまっている。だがそれをネオラギアブレイドで防御したが、衝撃がネオラギアブレイドを通じて体にかかり呻いてしまっている。

 そうして邪魔者を動けなくすれば、奴にとってのターゲットである優羅に向かって突進を仕掛ける。尻尾でバランスを取って加速つけての突進は真っ直ぐに優羅へと迫り、しかし狙われている事に気づいた彼女が素早く逃げた事で直撃は避ける。

 その際、離れた所にいた昴へと指でサインを出し、それを受けて昴は一点に向かって泳いでいく。続くように紅葉がナバルデウス亜種へと近づき、角王鎚カオスオーダーを構えたが振り返りざまにナバルデウス亜種が水ブレスを撃ち出してくる。

 細く、水流の強い水ブレスによって紅葉は接近のタイミングを失った。優羅も何とか躱しはしたが、手にしていたカクトスゲヴェーアが水流に飲み込まれて銃口が僅かに軋みをあげて若干曲がってしまった。

 それに舌打ちし、カクトスゲヴェーアをしまって代わりに魔狼砲【黒鳥】を取り出す。

 強固な武器だとしても銃口が数センチ……いや、数ミリも曲がれば正確な狙撃は出来ない。あるいは弾が暴発してしまう可能性だってあり得る。そうなれば戦いどころではないので即決で切り替える判断を下した。

 そして装填する弾丸も決戦スタイルである貫通弾Lv3を選択。問答無用での銃撃を以ってしてその生命力を削り取るようだ。その殺意を感じ取ったのだろう、ナバルデウス亜種の瞳が細まっていく。

 二人に並ぶようにして桐音もやってくると、小太刀を握りしめて「雷狼気、収束……」と呟いた。だがその声が気のせいか掠れ始めている。横目で視てみれば、彼女の両腕の力が落ちはじめている上に、僅かな痙攣が見られた。

 

(……力の反動がきている、か。当然だろうな、あれほどの力だ。リスクがないはずがない)

 

 強い力には相応のリスクが伴うのが通例だが、彼女の場合もその例に漏れることはなかったらしい。しかしそれを耐えて桐音は紅葉と共にナバルデウス亜種へと向かっていく。続くようにして優羅も貫通弾Lv3を撃ちながら突き進む。

 貫通弾を受けながらもナバルデウス亜種は向かってきた彼女らに向かって噛み付きにかかり、続けて頭突き、後ろに下がりながらの尻尾の叩きつけと繋いでいくが彼女らはそれを躱していく。

 再びナバルデウス亜種に肉薄して斬りかかるのだが、それを避けるようにナバルデウス亜種は息を吸いこみながら後ろにまた下がっていく。

 

 ――だが、それが優羅の狙い通りだった。

 

 彼女が先ほど出したサインに従って移動していた昴は、右手に気を纏わせて勢いよく海底遺跡にあったギミックへと振り下ろす。その衝撃を受けて壁に生えていた二つの太い杭が重低音を奏でて動き出す。

 その音に気づいたナバルデウス亜種が息を呑む間もなく、奴の背中に勢いよく突き出された古代の撃龍槍が突き刺さった。

 

「ヴォオオオオオオォォォォォォッッ!?」

 

 船に取りつけられているものよりも重く太いそれは、ナバルデウス亜種にとって致命傷に近しい一撃となっただろう。だがあれを正面から、あるいは側面から狙って撃つことは難しいだろうと優羅は考えていた。

 だからこそ自分を囮とした。

 自分に対して意識している事は百も承知していた彼女は撃龍槍を背後にしつつも、僅かに意識を逸らすように位置取りながらナバルデウス亜種を誘った。予想通り、離れた距離を詰めるように突進を仕掛け、そして紅葉らと合流する事で反転させる。

 あとは三人で攻撃を仕掛けたり距離を詰めたりする事で背後にあるものを、意識の外へと追いやらせる。どうやら奴は距離を詰められれば背後に逃げる性質だということは観察する事でわかっていたので、自分から撃龍槍へと更に近づかせることに成功。

 昴のタイミングで始動させれば、ご覧のありさまだ。

 しかもご丁寧に撃龍槍が深々と奴に突き刺さっている事で、その巨体が数秒撃龍槍に繋がれたままになっている。

 

「はああああアアアァァァァッッ!!」

 

 そんな奴に対して吶喊をしかけ、残った右角もへし折らんと角王鎚カオスオーダーを振り下ろす。続けて下から回り込んで首を狙って小太刀を振るうだけでなく首へと突き刺すと「吼えな、夕凪!」と指示しながら首から離れ、残った朝凪を構えて今以上に力を注ぎ込む。

 ナバルデウス亜種の首に突き刺さっている夕凪から強い雷の力が解き放たれて、持続的にダメージを与えているのを見上げながら桐音は一点を見据える。朝凪には既にジンオウガのオーラが纏われており、よく目を凝らせばそこに小さなジンオウガの姿を幻視してしまう程のものになっている。

 

「喰らいつきなッ!」

 

 そこまで高まった朝凪を勢いよく投擲すれば、首に深々と突き刺さって今まで以上に激しい音を立てて雷撃が放出される。それはまるでジンオウガがナバルデウス亜種の首へと牙を突き立てたかのよう。

 いや、それは実際にジンオウガが喰らいついた光景なのだろう。放出された雷撃そのものがほとんどナバルデウス亜種へと纏わりついて離れない。既に衝きたてられている夕凪の雷撃と呼応してナバルデウス亜種の首を侵していく。

 首から伝わる雷撃にナバルデウス亜種の意識が揺さぶられ、乾いた悲鳴が漏れて出る。通常ならば意識を飛ばされ、強引に引き戻され、また飛ばされる、と繰り返してもおかしくない程のものだが、しかしナバルデウス亜種はそれでも何とか皮一枚繋がっている状態で意識を保っていた。

 ある程度ダメージを与えれば小太刀を呼ぶ事で再び手元へと戻す。

 そんな彼女をナバルデウス亜種は憎々しげに睨み付けた。

 

『こんなはずは……こんなはずでは……ッ! このままでは私は……ッ』

「…………?」

 

 だがその瞳に憎悪だけでなく、何か別の感情が浮かびだしているような気がして優羅は首を傾げる。

 たぶんそれは――恐れ。

 ナバルデウス亜種は何かを恐れている。……一体何に?

 そんな疑問が浮かんだところで、

 

『そんな事……そんな事はあってはならない……私は、私は――――私はここで終わるわけにはあああぁぁぁァァァァァァ!!』

 

 響き渡るのは怒号。純粋な怒りだけではなく、どこか焦燥感も含まれたその咆哮にたまらずハンター達は耳を塞いでしまった。聴覚保護【大】の効果が切れてしまった影響だけでなく、奴が発した覇気にも飲み込まれてしまった結果だ。

 奴はあの金色の淡い光だけでなく、体から発せられる赤い光にも包まれていた。奴の気が揺らめいている影響だろう、ナバルデウス亜種という月の光はあたかも赤い月のようにも見え、そしてその光は震えている。

 水面に映る月のように完全な形を留めておらず、不安定な光となってナバルデウス亜種は暴れ出す。

 

「ヴォオオオオオオオオォォォォォォォ!!」

 

 まず怒りのままに振り返り、昴と撃龍槍がある壁へと振り返って力任せに壁へと頭突きを仕掛ける。昴は既にそこから離れていたため直撃はなかったが、強い振動によって岩肌が崩れだし、またしても落石を産む。

 ゆっくりと落ちていく重量のあるそれを掻い潜って逃げた先には紅葉が待っている。だがナバルデウス亜種は逃げた昴を追って振り返りながら、がむしゃらに水ブレスを撃ち出す。

 振り返りながらだったために壁や落石を巻き込んで薙ぎ払い、襲い掛かってきたそれを体を捻って回避。しかし水流と分断された落石の片割れが降ってきたため、苦い顔をしながら無理してまた回避行動をとる。

 

「こ、こいつ……!」

 

 井出が息を呑みながらも、何とかネオラギアブレイドを振るって反撃しようとするが、ナバルデウス亜種はそんな事など意にも留めずにひたすらに体を震わせる。

 ヒレが、体が、尻尾が……そして残った右角が。

 めちゃくちゃに振るわれて寄るハンター達を振り払い、怪しく目が光ってまたしても渦を作り上げて離れたハンター達を巻き取って閉じ込めようとする。そんな中で、奴の視線は優羅や桐音へと向けられているのだ。

 くぱ……と口が開かれたかと思うと、強く息を吸いこんで二人を引き寄せようとしはじめる。桐音と天羽を引き寄せたあの吸引力だ。強い水流をも作り上げるほどの吸い込みで二人を逃がさないようにしている。

 

「またかい!?」

「……っ、ちぃ……!」

 

 だが今回は幸運だった。

 近くに紅葉たいたため風を操って更に引き寄せる。ナバルデウス亜種の吸引力も大概だが、紅葉が強引に横から引っ張る力もまた強かった。

 優羅と桐音はそれによってナバルデウス亜種の吸引から逃れられたが、しかし逃げられたからといって安全ではない。完全に力を溜めたナバルデウス亜種が特大の水ブレスを撃ち出してきた。

 直撃は避けたが強い水流によって体のバランスが崩れてしまう。そんな彼女らを巻き込むためにナバルデウス亜種は向きを変えていく。横から下へと逃げ、上を通過していく水ブレスだが、更に方向転換して薙ぎ払っていく。

 そこで、水ブレスを止めるべく井出が斬りかかった。ネオラギアブレイドの威力ならば首を斬れば止められるだろうと思ったのだろうが、怒り狂うナバルデウス亜種は止まらない。

 また怒号を上げながら鬱陶しげに井出を振り払い、離れた所にいる越智からの銃撃も気にせずただ獲物である優羅と桐音を仕留めんとする。

 だが怒り狂うナバルデウス亜種は気づかない。

 いつの間にか天羽がいなくなっている事に。

 首へと斬りかかっていく井出は尻尾の方に天羽がいることに気づいたが、しかし今もなお水ブレスを撃ち続けているナバルデウス亜種を止めるべく斬り続けていく。

 しかし止まらない。

 海中を斬り裂く太い水の力は猛威を振り続ける。そのままがむしゃらにまだ撃ち続けるのかと思われたが、天羽が再び天羽々斬を振るって体を斬り、続けて腹から胸にかけて一気に切り払った。

 

「……とんでもない剣士だな、あの女……。見かけによらない……いや、見かけというより内面通りといったところか?」

 

 天羽が天羽々斬を振るうたびに次々と出血する光景を見て戦慄せざるを得ない。

 いや、もう十分に戦慄している。

 紅葉や桐音の活躍ははっきりと目に見える形で表れているのだ。最早女だからと舐めることなど出来やしない成果を上げている。そんな彼女らに遅れてはならないとばかりに井出は斬りかかり、越智は銃撃する。

 同じことを考えているのだろう。

 瑠璃と茉莉、将輝と檸檬も再びナバルデウス亜種へと向かっていき、何とかしなければという思いに駆られて攻撃を仕掛ける。

 

「ヴォォォォオオオオオオオオオッッ!!」

 

 その必死さを嘲笑うかのように水ブレスを吐き終えたナバルデウス亜種は体を発光させる。金と赤が混じりあった赤い月のような光は奴の力の源だ。それを満月の光で高めたようだが、ここまで満月の光は――

 

「――え?」

 

 スポットライトが淡く差し込む。

 こんな深海にまで届くような満月の光などありえない。しかし現に、どういうわけかここにまで光が差し込んでいる。

 

『月は……今もなお輝くか。ならば私に力を与えたまえ! うおおおおぉぉぉぉォォォォ!!』

 

 あの満月はナバルデウス亜種が作り出し……いや、再現したものだ。ならば奴の意思に従うのかもしれない。ここまで届く程の光を発して奴を支援している。

 その光を受けて、深海の月は最後の力を振り絞る。

 巨体を立てて天を仰ぎ、水の力を操作して自身に引き寄せるほどの大渦を作り上げる。己を中心に据えた大渦は、当然ナバルデウス亜種に斬りかかっていたハンター達を全て巻き取った。

 

「ぬおおぉぉッ!?」

「これは……っ、く……瑠璃……!」

 

 逃れることなど出来ない。

 強い大渦は彼らを巻き取り、凄まじい力で海中をかき混ぜる。体が強引に揺さぶられ、気をしっかり持たねば意識が飛びそうな程だ。

 これはもう耐性が云々の話ではない。

 このままでは――死ぬ。

 渦によって体をかき回されるだけではない。

 いくら強固なマスクをつけていると言っても、縦横無尽に強い力で引っ張りまわされれば何かの拍子に取れてしまいかねない。そうなればアウト。

 それだけではなく生き延びたとしても体力が一気にそぎ落とされているのは間違いない。

 今、まさに自分達は絶体絶命の危機に陥っている。

 

「なにか、なにか手……は……っ!?」

「む、無理だ、ろ……! こんな……ぐ、は……っ!?」

 

 檸檬、将輝と言葉を発し、離れた所では瑠璃と茉莉が何とかしようとしているようだが、渦によって自由がきかない状態だ。

 その中には昴らや桐音、天羽もおり、ナバルデウス亜種に引き寄せられるように大渦の中に閉じ込められていた。彼らもまた自由がきかない状態にあるが、己の武器だけは離すまいと強く握りしめている。

 

「……奴は、あとがない状態……っ、く……何とか、怯ませるだけの衝撃、を……!」

「怯ませる? ……そんな、強い衝撃……今のあたいには無理だね……。そっちの、天とか言ったかい? あんたはっ……どう、なんだい……?」

「…………やってはみるけど、っと……、期待はしないでほしいね」

 

 優羅が対策を告げ、しかし桐音はもう力も出し切った状態にあるためこれ以上のものは不可能だと言い、天羽は手にしている天羽々斬を見てそう言う。昴も鬼哭斬破刀・真打に気を込めて雷撃を発しようとしているが、斬り込むタイミングを誤ればただでは済まないだろう。

 タイミングを窺っていると、ナバルデウス亜種の視線が昴らへと向けられる。いや、正しくは彼の後ろにいる優羅だろうか。ゆっくりと口を開いて渦に引き寄せられる彼女らへと噛みつきにかかろうとしている。

 それを迎え撃つべく鬼哭斬破刀・真打を握りしめた昴よりも早く、ネオラギアブレイドを構えた井出が出ていく。

 

「うおおおおぉぉぉッ!!」

 

 渦から脱出してナバルデウス亜種の右角めがけて振り下ろされたネオラギアブレイドは、奴の頭部を斬る事に成功したが、それで止まることはなかった。お前ではない、と言わんばかりに頭を振って井出を振り払おうとするが、井出はそれでもナバルデウス亜種へと喰らいつく。

 

「やれええぇぇッ!! 俺が止めている、間に……やってやれええぇぇぇッ!!」

 

 恐らく井出もわかっていたのだ。自分では止められないという事に。

 でも、それでも彼は何も言わずに自分から囮を買って出た。そうする事で、自分以外の誰かがやってくれるのだと彼は想定していたのだ。

 それだけ、彼は己の認識を無言で改めていた。港を出る前までの彼ならばやらず、そしてあんなことは言わなかっただろう。その変化に紅葉は小さく笑い、角王鎚カオスオーダーを握りしめて前に出る。

 体をかき回すような渦から何とか飛び出すと、中心に居るナバルデウス亜種の頬を殴り飛ばした。続くように下から天羽が飛び出して首を刎ねるかのような斬り払いで、髭ごと首を斬る。

 

「オオオオオオオオォォォォォォ!!」

 

 接近してきた彼女らに気づいてナバルデウス亜種が甘い、といわんばかりに一度上へと昇ると、勢いをつけて前転して尻尾を叩き落した。それに至るまでの動きが今までよりも早い。

 気づいた紅葉と天羽は何とか痛む体を押して逃げるが、井出だけは逃げられずに直撃を受ける。

 

「――――っ!?」

「い、井出えええぇぇぇ―――!?」

 

 渦の中で越智が叫ぶ。悲鳴すら上げる暇もなく、手にしていたネオラギアブレイドが彼の手から離れて、彼の体と共に海の奥へと沈みだした。そんな彼を越智は手を伸ばして何とか助け出そうと向かっていく。

 しかしその上ではナバルデウス亜種が、紅葉や天羽に向けて角や尻尾を振るって暴れ続ける。渦の力が弱まりだしたのを幸いに、越智が井出へと向かって真っすぐに向かい、彼の体を抱え上げる。同じように桐音が落ちていくネオラギアブレイドを回収し、そっと井出の様子を見る。

 

「…………」

 

 マスクに隠されて彼の顔を見る事は出来ないが越智の願いむなしく、井出の体を見ればナバルデウス亜種の一撃を物語る。ネオラギアブレイドを構える暇もなく一撃を受けた事で、両腕はあらぬ方へと曲がり、体もどこか歪だ。

 そんな中で呻く声さえ聞こえないのだ。命の火は消えている。

 

「く、うぅ……ぅぅうう……っ!」

 

 嗚咽を漏らす越智を肩越しに振り返るが、桐音は彼に掛ける言葉を持たない。それに戦いはまだ続いている。仲間の……いや、あまり話した事のないハンターの死を悲しんでいる暇などないのだ。

 「これ、借りていくよ」と越智に告げると、ネオラギアブレイドを握りしめたままナバルデウス亜種へと向かっていく。両腕の力は弱まっているが、それでも剣を振るうだけの力はまだ残っている。

 そう何度も振る事は出来ないが、その数度だけでいい。

 生憎とラギアクルスのオーラである海気は持ち合わせてはいない。桐音は海竜種のオーラは扱えない体質だ。だからネオラギアブレイドに秘められている白海竜の力を、オーラとして具現化する事は出来ない。

 でも、己の気を纏わせて強くさせる事ぐらいはできる。あとは、その一撃をうまいこと決める事だ。

 

『ぬおおおおおぉぉぉぉ!!』

 

 渦が消えた事で解放されたハンター達もろとも薙ぎ払うべく、怒号を上げながら水ブレスを吐こうとするナバルデウス亜種の頬へと接近したのは瑠璃と茉莉。それぞれ己の武器を構えて勢いよく頬や首へとそれを突き立てる。

 刹那、その傷口が爆発して首から血と髭が噴き出して海中に溶けていく。活性化した粘菌が呼応して今まで傷つけていた部分も連鎖反応を起こして一斉に爆発したのだ。その衝撃にたまらずナバルデウス亜種が怯み、それが――決定打へと繋ぐきっかけとなった。

 

「だらっしゃあああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 先手として紅葉が右角めがけて最大の一撃を振りおろし、角を根元からへし折るだけでなく頭部にまで届く程の一撃をおみまいした。それによって額が砕け、鱗や甲殻の破片を巻き上げる。

 そうして下がった頭の下へと潜り込み、昴、将輝、檸檬が突き上げるようにしてそれぞれの武器を突き立て、勢いよく振り抜いて首を斬る。連鎖反応による爆発によって首回りを覆っていた髭はほとんど抜けてしまっていた。

 むき出しとなっているそこは爆発の影響もあって容易に斬れてしまい、更なる出血を強いる。

 そこに桐音がネオラギアブレイドを構え、まるで一陣の矢となってナバルデウス亜種の首へと迫る。高められた雷属性が発光し、彼女の気迫に呼応して気刃を作り上げていく。

 ナバルデウス亜種も彼女の接近には気づいていたが、紅葉の一撃が効いていたせいで躱すに躱せなかった。そのままその白き刃は首へと深々と突き刺さり、瞬時に頭部へと走り抜ける強い雷撃によって意識が焼かれてしまう。

 とどめとして、天羽が下へと回り込み、鞘に収めた天羽々斬を構えて一息で抜き放った。

 水中ということと疲れもあってその速さはかなり落ちているが、その鋭さは天羽々斬の目覚め度によってかなり増していた。

 ずたぼろになっているその首に対しての一撃はもはや奴の守りなど意味を成さない。大きく斬られた事で頸動脈にまで達してしまい、今まで以上に出血して海を赤く染め上げる。

 これでだめならば……もう終わりだ。

 彼らも限界だった。

 疲労も最高に達しており、武器を振るう力もそう残っていない。

 だがその上でここまでやったのだ。ナバルデウス亜種も限界だろう。そう信じて奴を見つめる。

 ふと、息も絶え絶えな様子でナバルデウス亜種はゆっくりと顔を上げていく。だがその瞳が映すのは虚空だ。そっちには何もいない。だが奴は、その虚空を見つめたまま言葉を紡ぎだす。

 

『……お、お許し……ください、白……お、ぅ……様……。っ、く、おぉ……私、は……私、では……彼奴ら、に……申し訳、ありませ、ん……』

 

 紡がれたのは謝罪の言葉。

 一体誰に謝罪しているのかわからないが、今まで怒り狂っていたあのナバルデウス亜種があそこまで平伏して謝罪する相手となればとんでもない相手なのだろう。しかし、昴達の目にはナバルデウス亜種が見ている先にいる、かもしれない存在はみえない。

 どう見てもそこには何もいない。あるいは、ナバルデウス亜種もみえていないのかもしれないが、しかし謝罪せずにはいられないのだろう。自分は、負けたのだから。

 

『いい気に、なるなよ……末裔ども。私を斃した程度で、この戦いが終わったわけでは……ない、ぞな……! 私もまた、きっかけの一つでしかない。再び……始まるのだ、ヒトと竜の戦いが……な……っ! そして喰われるがいい、末裔ども……! 此度の戦、竜が勝利を収める時が……いよいよ来たれり……っ、私はその礎となろう……! は、く……おぅ……様に、栄光、あ、れ……ぇッ!!』

 

 最後に優羅たちに対して言葉を残してナバルデウス亜種は息絶える。

 赤い月のような光も消え、今もなお海に己の血を溶け込ませながら、海の皇はその命を消す。

 それに従って、海底遺跡の光景は消えていき、月の光に代わって太陽の光が再び海に差し込んでいった。

 

 ここに、死闘は終わる。

 犠牲は大きかったが、得たものもあった。

 ハンター達はそれぞれ大きく息を吐いて緊張状態を解き、空を見上げる。海の水によって薄められた日の光は、勝者を暖かく包み込んでくれた。

 

 

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