集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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7話

 

 

 闇の中に一人の人影があった。その出で立ちは和服を着た剣士という風であり、得物である刀を構えながら闇の中を睨むように視線を一点に向けていた。

 その表情は緊張しながらも戦意を失っていない。だが冷や汗を流しており、刀を握りしめている手が若干震えている。

 彼は恐れているのだ。

 目の前にいる人物が何者であるかは知らない。しかしその人物がどういった存在なのかは予測がつく。

 

「貴様だな? 巷を騒がせている辻斬りというのは」

 

 その問いかけに答える事はなかった。ただ闇の中でじっと彼を睨み続けているだけらしい。一向に動く気配のないその存在を睨み続けているだけでは何も変わらない。

 このままこう着状態になっても状況は変わる事はないだろう。

 

「ここで死ぬわけにはいかぬ! 貴様を討ち、この連鎖を終わらせてくれよう!」

「…………」

 

 一瞬で距離を詰め、手にした刀で相手を一太刀で斬り伏せようとしたようだが、刀は空を切る。黒装束を身に包んだ何者かは紙一重でそれを回避し、その手に持つ刀で斬り返してきた。

 その素早い斬り返しは彼の胸を薄く斬り、その速さに少し顔をしかめてしまう。だが決定打にはならない。まだ戦いは始まったばかりだと突き、薙ぎ、袈裟斬りと連続して攻め立てていくが、どういうわけか相手はそれを読み切って回避を続けていた。

 この暗い闇をものともしない視力。明らかに只者ではない。いや、只者ではないからこそ辻斬りを繰り返してきているのだろう。

 ぎりっ、と歯噛みし、しかしすぐに冷静さを取り戻して静かな呼吸を繰り返しながら刀を構えた。地面と水平になるように刀を立てながら体もそれに倣うようにして右向きへと変えていく。

 その構えを見た相手は少しばかり様子を変化させた。どうやらこの構えが何であるかは知っているらしい。

 

「秘剣――燕返し!」

 

 それは三つの剣閃を同時に放つ殺人剣術。しかし始祖と違い、完全に同時に放つのではなくほぼ同時に放つ事で確実に相手を仕留める技だ。完全に構え、狙いを定めて放たれたこの技で敵を仕留めただろうと信じて疑わなかった彼ではあるが、その表情が驚きに彩られるのはそう時間がかからなかった。

 

「な、んだ……と!?」

 

 間合いの中にいるためにそれらが命中しただろうに、しかし全ての剣閃は彼女が振るった刃によって弾かれていた。神速に振るわれた刀から放たれた剣閃が三つの剣閃と相殺し、消し去ってしまったのだ。

 長い時間をかけて磨き上げ、習得した秘剣すら通用しない。

 その事実に彼は放心してしまう。

 その隙をつき、敵は素早く攻撃の構えを取った。

 まるで鏡合わせのように自分と同じ構えを取っていく敵に驚く間もなく、

 

「――秘剣・燕返し」

 

 淡々と放たれた言葉と共に三つの剣閃が彼を捉え、その一瞬の間に彼の命は消え去ってしまった。物言わぬ肉塊と成り果てた一人の剣士を見下ろし、軽く刀を振って鞘へと納めたその人物は小さく溜息をもらす。

 そこに在るのは無感情。

 高揚感もなければ戦いに勝った喜びもない。

 

「……つまらない」

 

 本心でそう呟いているのだ。こうして辻斬りを繰り返してはいるが、どの戦いでもこの人物は満たされることはなかった。最初の頃はまだ楽しかった覚えがあるのに、一体いつからだろう。どんな敵でも機械的に得物を振るうようになってしまった。

 

「……でも、ま。いずれ終わる、か。さて、次はどこに行こうかな」

 

 ぼそぼそと呟きながら現れた時と同じように静かに闇の中へと消えていった。

 

 それは、瑠璃達がボルシオ水没林から帰ってきたその日の夜に起こった出来事である。

 

 

 ○

 

 

 ボルシオ水没林から帰ってきた翌日、瑠璃と茉莉は宿屋を出て酒場へと向かっていく。扉を開けて中に入ると、すぐに受付嬢が「こんにちは」と声を掛けてきた。

 そんな彼女に近づき、「水没林の街道はどうなってる?」と瑠璃が問うと、

 

「はい、今朝方問題なしと判断され、街道は解放されていますよ。早くも旅人の皆さんが利用されていますよ」

 

 酒場の客の大半はハンターのみであり、昨日までいた一般客は旅立ちの準備をしているのかここにはいなくなっていた。そしてハンター達の視線は瑠璃と茉莉に向けられている。

 といっても不躾に見つめる眼差しではなく、ちらちらと様子を窺うかのような視線だ。

 まさか本当にクエストを成功させてしまうとは思わなかったらしい。大層な自信を持ってクエストに望んだはいいが、失敗して戻ってくるんじゃないかと思っていたのがほとんどだったのだろう。

 彼女達に出来るなら自分達でも出来たかもしれない、と思うものも中にはいるんじゃないだろうか。

 しかしそれを表だって口にする者はいなかった。だからこうしてこそこそと視線を向けるしか出来ない。そんなところだろう。

 何はともあれ無事に街道が使えるようになったならば何よりだ。二人は一つの席に着いてお品書きを手に取り、昼食を注文する事にする。これを食べたらまた次の場所へと移動する予定だ。

 目的地であるユクモ村はまだまだ先にある。もしあの人達が温泉を利用しているならば、あるいは情報がそこにあるならば、と考えるだけでも早いところ向かいたい心境だった。

 しばらくして料理が運ばれてき、手を合わせて「いただきます」と口にして食べ始めると、酒場の扉を開けて一人の客が中に入ってくる。ちらりと視線を向けると、そこには一人の女性がいた。

 燃えるような炎のような紅いセミロングヘアーに、同じく燃えるような真紅の瞳をしている。整った顔付きにすらりとした長身、そのプロポーションの良さは見る者を惹きつける美しさがあった。

 美人、そう呼んでも差し支えのない程の女性がこんな酒場へとやってくるとはどういう事だろう。

 周りのハンター達も驚き、そして彼女の美しさに呆けたような表情で眺めていた。

 そんな彼女の服装はやはり東方人らしく和服を着こなしていた。紺色の下地に夜空を描いた和服であり、その上に闇色の外套をなびかせていた。どうやら旅人らしい。恐らくこの先の水没林を抜ける前にここに立ち寄った、といったところだろうか。

 彼女は一つの席に座るとお品書きを手にして何気なく視線を巡らせる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 ウエイトレスが彼女の下へと向かうと、お品書きを気だるげに指差して一言。

 

「ここから、ここまでを全部お願い」

「…………はい?」

 

 一体彼女は何を言ったのだろう?

 ウエイトレスの少女だけでなく周りのハンター達も呆然とするしかない。

 だが彼女はとんとん、とお品書きを叩き、

 

「だから、ここからここまでを全部。……ああ、つまみもざっとこれくらいかな」

 

 今、彼女が開いているページは飲み物が書かれている部分だ。そしてここは酒場。飲み物の大半は酒。彼女は指を滑らせてその酒を一気に示しながら注文したらしい。

 しかも追加としてつまみのページを開いてこれまた一気に注文。

 あれほどの美人がこんな昼から大酒食らいをするというのか?

 そんな驚きがあったのだが、ウエイトレスは注文に応えなければならない。「か、かしこまりました」と一礼し、カウンターの向こうへと駆けこんでいく。

 しばらくし、次々と注文したものが運ばれてくると、彼女は一本の瓶を開けてグラスへと注ぎ、一気に呑み干す。更につまみを口にし、どこか満足そうに頷いた。

 多くのハンターが見守る中、ハイペースで呑み進め、つまみを口にしながら瓶を空にしていく様はほとんどの見物人の度肝を抜いただろう。

 

「……うわばみ、ですね」

「ありえないわ……」

 

 一体あの体のどこにあれだけの量の酒が消えていったのだろう。しかもあれだけ呑みながら酔っている気配がないというのはどういうわけだ? アルコール度数が低いものから高いものを問わず呑み続けているのに、彼女の表情は入ってきたときからあまり変わっていないように思える。

 いや、うっすらと赤くなっているようだがそれまでだ。言動におかしな様子もないし、意識もはっきりしている。

 どれだけ酒に強いのだ、と問い詰めたいほどに呑み進める彼女は周りの視線など気にした様子もない。

 とりあえずあの女性についてはもう気にしないでおくことにしよう。今は昼食を食べないと。女性から視線を逸らし、黙々と昼食を進めていくと、また扉が開いて客が中に入ってくる。

 

「……ん? おや、あんたたちかい」

「おー? 草薙さんですか。こんにちは」

 

 入ってきた客、桐音は二人に気づくと軽く手を挙げながら近づき、纏っていたローブを椅子に掛けると空いている席に座ってきた。ウエイトレスに注文をすると、彼女もまた離れた席で一気に酒を消耗していく女性に気づく。

 

「……なんだい、ありゃ」

「知らないわよ。あたし達に訊くな」

 

 少し様子を窺うように見つめていた桐音だが、やがて深く気にしないようにしたらしく視線を二人へと向けた。

 

「ところで街道が開通したわけだけど、あんたたちはどこに向かうつもりだったんだ?」

「ユクモ村ですねー」

「ユクモだって? これはまた奇遇だな。あたいもユクモに向かっていたところなのさ」

「……ふーん。一人であんな遠くまで向かうなんて、なかなかのものね」

 

 ユクモ村まではまだまだ距離がある。普通はそれまでの距離を一人で行こうなんてことは思わない。誰か知り合と一緒に、あるいは商隊に混ざって旅をするのが通例だ。

 それはやはり普通の人にとっては脅威となる飛竜らの存在があるからだろう。もちろん盗賊、野盗などという存在もいるのだが、やはりモンスターという強大な敵がいるからこそ戦える者と一緒に旅をしないと危険なのだ。

 そして例え力を持つ者といえども、一人で旅をするのは危険だ。長距離を旅するとなると体力の問題もあるだろう。だから二人は桐音が一人で長距離を旅するという事は驚きだった。

 

「そんな所まで一人で行くなんて、なんか訳ありなわけ?」

「そうだな、ちょいと人探しをしていてね」

「…………理由まで一緒ですか」

「ん? なんだい、あんたたちも人探しか? これはほんとに奇遇だな」

 

 そこで注文したものが運ばれてきたため、一旦話を切ってそれを受け取り、「いただきます」と口にして少し食べ進める。その後お茶を飲み、

 

「あたいはクソったれな愚弟を探していてね、なんでもユクモ方面にそれらしき奴がいたって噂を聞いたもんだから向かっているのさ」

「愚弟? ……とりあえず、あんたの弟を探している、って事でいいの?」

「ああ、そうさ。で、あんたたちは誰を探してるんだ?」

「私達は知り合いですね。温泉で有名なユクモ村なら訪れた事があるんじゃないかという事と、情報源として有効ではないかという事で向かっています。とはいえ第一の目的はただ東方を巡る、というものですが」

「なるほどね。温泉関係で狙っているという事は……知り合いは東方人ってことか?」

 

 温泉好きという点は東方人に多く見られる事だ。桐音も東方人というだけあって容易に推察する事が出来たらしい。

 

「しかし……人探しでユクモ、か。どれだけ数奇な巡り会わせなんだろうね? ……ん、どうだい? ここはひとつ、一緒にユクモにでも行くかい?」

「……どうしてそうなるのよ」

「なに、東方にはこんな言葉があるのさ。旅は道連れ世は情けってね。今まで一人でやって来たけど、ここで出会ったのも何かの縁。一回クエストを共にしたし、どうせなら一緒にどうかと思ってね」

 

 一人より二人、二人より三人……仲間は多い方がいいというのも一理ある。それに東方人は縁を大事にする人が多いとも聞く。桐音の性格からして少し意外だったのだが、彼女もそういう事は大事にするようだ。

 ……本当に意外だ。瑠璃がそういう表情を見せてしまうのも無理はない。茉莉はその表情の変化の乏しさで誤魔化したようだが。

 

「……んー、でもさ、いきなり一緒に旅をするってのも……」

「なんだい? 小さな旅はもうしただろ?」

「あれはクエストじゃないの」

「似たようなもんじゃないか。竜車で移動し、飯を食い、命を懸けて戦った。十分縁は出来ている。……それに、あたいはあんたたちに少し興味があるしね」

 

 そこでにやり、と不敵な笑みを浮かべてみせる。鋭さを感じさせる碧眼がゆっくりと瑠璃、茉莉と交互に見やり、どこか観察するかのような眼差しをしていた。

 そういえば桐音は戦闘狂の節があった。もしかすると彼女の興味とやらは二人の実力なのだろうか。味噌汁を飲み干してふう、と息をついて茉莉はお茶を手にしながら小さく首を振った。

 

「興味を示してくれるのはよろしいですが、私達はそういう傾向はないもので、すみません」

「ん? ああ、別にあんたたちと戦おうとかそう言う事はないさ。ただ……そう、色んな奴の戦いを見ていきたいってだけの話さ。瑠璃は長剣使い、茉莉は槍使い……しかも特殊な種族ときたもんだ。これはいい経験になるってものさ。興味が出るのも仕方のない事だろう?」

 

 確かに有翼種は珍しい存在だ。そんな彼らの戦士ともなればその珍しさは跳ね上がる。

 瞳の中に小さな炎が揺らめいている気がした。口では見ているだけといいながらも、本心では一回刃を交えたい、と思っているのではないだろうか。

 やれやれ、困った人に気に入られたか、と茉莉が考えた時、「なに、それは本当か!?」という大きな声が聞こえてきた。何事かと周りの客達がその方へと視線を向けると、それはハンターと一般人が混じった男達が座る席だった。

 

「今度は獣牙流か……これで一体どれだけ殺られたんだ?」

「さあな……しかも殺されたのはある商隊の護衛に頼んだ人だってよ。見回りに行った奴がその死体を見つけて判明したんだと」

「はぁ、どうなってんだろうな……」

 

 獣牙流……名前に獣の名を冠する技が特徴で、力強さと鋭さ売りとした技が多く、相手を一気に討ち倒すものを第一としている。

 またかの秘剣も取り入れ、それを習得できたものはごくわずか。その使い手の一人が死んだのだ。驚きに包まれるのも無理はない。

 

「んく、んく……」

 

 驚きだけでなくまたかという雰囲気をした客もいれば、あの女性のように特に気にした様子もない客もいる。……彼女の場合はただ飲み食いしている事に夢中になっているだけなのかもしれない。少しばかり気にはしたようだが、やはり今の彼女の興味は酒に向けられていた。

 そして瑠璃達。

 特に桐音はあの話を聞いてまた瞳の中に炎を揺らめかせる。どうやら件の辻斬りにも興味が湧いたらしい。

 

「……本当に戦いが好きなのね、あんた」

「ああ。気づけばこうなってたね。……ま、しゃーないさね。昔っから色々とやってきたもんだから、こうなるのは自然の摂理ってやつさ」

 

 最後の白米を食べ終えると「ごちそうさま」と口にし、またしてもにやりと笑いながら軽く右手の指を鳴らしてみせる。その際腰の帯に差している小太刀がちらりと姿を見せた。

 初めて出会った時と同じ、私服という事もあってその二振りの小太刀が彼女の主要の武器という事らしい。

 

「強い奴らとの戦い、それはあたいにとって血沸き肉踊り、心が満たされる事さ。緊迫した戦いこそ至高。そうでなくちゃつまらないってな」

「うわぁ……どっかで聞いたような話じゃない」

 

 頭の中にからからと笑う深緑の髪をした青年や、金髪の青年の姿が思い出された。あとは……白髪の少女だろうか。いや、彼女の場合は……別のベクトルに向いているんだった。今ではそういう気配はなくなっているだろうが。

 とりあえず桐音は戦いそのものに昂る派のようだ。特に実力者との戦いならばなおさらといった感じか。

 

「ま、そんなあたいも一人でやっていくのもどこか退屈になってきたのさ。そんな中でのあんたたちとの出会い、縁が生まれた。なんていうかね、あんたたちと一緒なら退屈しなくて済みそうかとも考えているのさ。……どうだい?」

 

 そうしてまた話が戻る。

 じっと落ち着いた瞳が二人を見つめ、ただ静かに答えを待っていた。

 

「…………」

 

 瑠璃がどうする? と目で語っていた。彼女は先ほども言ったように反対なのだろう。なにせ自分達は特殊な種族であり、行方不明になっているあの人達を探しているのだが、その彼らは世間からすればお尋ね者に近い存在だ。

 その事を知られてはめんどうなことになるのもまた事実。だからこそ二人は誰とも深く関わらずに過ごしてきたのだ。だから桐音の願いには応えられない。

 結局どう考えても茉莉も同じように反対だった。

 

「残念ながら私もお断り……ですね」

「……そうかい、残念だねぇ。ま、そこまで無理だって言うならこれ以上は言わないさ」

 

 残ったお茶を飲み干すと立ち上がり、ローブを羽織ると自分の分の伝票を手にした。

 

「じゃ、またどっかで会える日を楽しみにしてるよ。……ま、同じ目的地だ。ユクモで会えるかもしれないけど」

「そうね。またどこかで会えたら、その時はよろしくしてもいいわよ?」

「はは、どこのアレだよ。じゃあな、お二人さん。また会ったらクエストするか、刃を交えようぜ?」

「前者はいいですが、後者は遠慮したいですねー」

 

 「つれねーなー」とぼやきながらもまたにやりとした笑みを浮かべつつ、カウンターへと向かっていった。素早く会計を済ませ、軽く手を振って酒場を後にしていく。

 それを見送ると自分達も既に食事を終えていたため、そう時間もかけずに二人もまた会計を済ませると酒場を後にするのだった。

 

 宿屋に戻ってチェックアウトを済ませると竜小屋へと向かってまたアプトルをレンタルしていく。少し店主に訊いてみると、桐音はやはり一足早く旅立っていったようだ。

 では自分達も彼女に追いつかない程度に進んでいくとしようか。

 そう思いながらアプトルを引いて外に出、またがろうとしたところで一人の女性がやってくる。見ると彼女は先ほど酒場でうわばみの如く酒を消費していた人だった。

 彼女は二人に軽く視線を向け、薄く微笑を浮かべながら会釈してきた。そのまますれ違い、店主へと向かってアプトルレンタルについて話し始めた。そんな彼女を肩越しに振り返ってみると、闇色の外套の陰に隠れて見えづらかったが、腰元の帯に武器らしきものを差していた。

 外套によってその全てが見えないが、それが武器ではないかという事だけはわかる。どうやら彼女もまた戦う者だったらしい。気のせいか薄く妙な力を感じるが、小さすぎてよくわからなかった。

 それはあの身のこなしで何となくわかるし、歩き方もどこか隙がない。

 でも……どうでもいい。あの大酒食らいは驚いたが、所詮は他人だ。桐音と同じように深く気にするような相手じゃない。アプトルに騎乗すると手綱を握りしめ、ボルシオ水没林に向けて走らせ始めた。

 さあ、次の町へと向かおう。

 まだまだ旅はこれからだ。

 

 

 ○

 

 

(つまらない)

 

 今日もまた一人の使い手を斬り捨てる。

 

(確か今回は……天刃流だったか。それなりの実力だったけれど、それまでだった。この渇きを満たしてはくれない) 

「……つまらない、つまらない……」

 

 ぶつぶつと呟きながら両手に顕現させていた武器を消し去り、月明かりもない森の中を歩いていく。光源のない深夜の森は視界が悪く、夜目が効いていたとしても遠くだけでなく近くも見えるかどうかも怪しい。

 しかしその人物は木々にぶつからず、草に足を取られず、すいすいと歩き進めていく。

 

「ああ、残念。実に残念……いつになったら現れるんだろう」

 

 どれだけ斬り捨てたか覚えていないくらい斬ってきた。というより数えるのも億劫だった。

 それほどまで何者かは飢えていた。

 己の心を昂らせる程の戦いに出会えていない。これは久しぶりに彼、あるいは彼女の下に行って死合いでもしようか?

 そんな事を考えていると、森の奥から何かの気配が近づいてくるのを感じた。

 

「ヴルルルル……!」

 

 闇の中に浮かぶ赤い光が二つ。

 それはじっと木の上から何者かを見下ろしていた。その気配と視線に当然何者かも気づいており、その視線を受け止めた上で何も感じさせない瞳で見つめ返す。

 

「……ナルガ、か。残念、お前はもう終わっている」

「ヴルルルルッ!」

 

 威嚇するように唸り声を上げたその存在、迅竜ナルガクルガは何者かに向かって一息に飛び降りながら右翼を振り上げ、鋭いその刃で切り裂こうとしてきた。

 しかに何者かは冷静にそれを見切り、身を包むその布をなびかせ、風切音を感じながら両手を軽く広げる。すると何者かの気が両手に集まっていき、一つの武器を形成した。

 それは一見すると籠手(ガントレット)のようだった。だがその指の上部分に獣のような爪が三つ伸びている。金属で出来た籠手に刃が一体化したそれは、名づけるならば鉄甲爪だろうか。

 躱されたところで今度は左翼で斬りかかってくるが、それを躱しつつ左手で受け流し、右手で突き出すようにナルガクルガへとカウンターを決める。

 三つの爪がナルガクルガの頬へと突き刺さり、引き戻しながら薙ぎ、左手で追い打ちをかけつつ一度距離を取る。

 

「……しっ」

 

 追いかけて来ようとしたナルガクルガへと右手を振りかぶれば、爪から気刃らしきものが放たれてナルガクルガに襲い掛かっていった。爪と同じく鋭さに特化したその気刃はナルガクルガの左翼を切り裂き、血を迸らせる。

 

「……旋風」

 

 続けざまに左手を振りかぶれば、今度はつむじ風のようなものがナルガクルガへと襲い掛かった。自然現象のつむじ風と違い、それは相手を斬り裂くことに念を置いたもの。小さくともそれは敵を倒す技。ナルガクルガを通過する度にその鱗、皮を傷つけていった。

 

「グルァゥ、グルォァァッ!?」

 

 普通のハンターにはない攻撃にナルガクルガが戸惑った様子を見せたが、しかしそれで戦意がなくなったわけではないようだ。本来の戦い方をするように、闇の中へと一度姿を消す。

 この暗闇の中に溶け込み、木々の間を素早く飛び移って得物をかく乱させ、死角から襲い掛かる。それがナルガクルガの狩猟だ。

 何者かは一度構えを解き、自然体のままでその場に佇む。

 ナルガクルガもまた気配を消し、自分の位置を悟らせずにいた。僅かに木の葉が揺れるような音を響かせているが、それも集中しないと聴こえない程に小さい。

 それから数分間、何も起こらずに時が過ぎていく。

 

「――ッ!」

 

 刹那、背後の木から飛び出したナルガクルガが何者かの首から背中へと斬りかかっていった。完全に気配と音を消しての奇襲。見事なまでの狩りだ。

 あの翼が振りかぶられた瞬間、何者かの首は体と別れを告げる事になるだろう。

 だが、標的はその場からゆらりと消え去った。

 

「――陽炎(かげろう)

 

 ナルガクルガは何が起こったのかわからなかった。自分の翼は何も捉えていなかったのだ。わかったのはただ翼が何者かを切り裂いた感触がなく、ゆらりと煙のようなものが静かに消えていく光景のみ。

 そして気づけば、自分の首から勢いよく血が噴き出していたという事だけ。

 

「ガ、ガガ……」

 

 声にならない呻き声を漏らし、ナルガクルガは静かに地に伏せる。

 いつの間にか首元から翼の方へとゆっくりと歩いていく姿がある。その両手にある鉄甲爪の刃は赤く滴る血液があり、軽く手を振って血を払って粒子へと還元させていく。

 その一瞬の決着に何者かの実力が表れていた。だがフードに隠れている何者かの表情はやはり曇り模様。どうやら今の戦いでも満たされることはなかったようだ。

 

「……さて、あの人に付き合ってもらおうかな。一時の渇きが消えるなら、それで満足するか」

 

 うん、そうしようという風に何度か頷くと、腰に挿している武器を抜いた。そうして死体となったナルガクルガに傷を入れ、その刀身に血を流していく。数秒ほど流れる血の滴を眺めると、軽く振って滴を飛ばして鞘に納める。

 そのまま布を翻して闇の中へと消えていく。後にはじわじわと血を零し続けているナルガクルガの死体が残された。

 

 

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