集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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69話

 

 

 船へと戻った昴達だが、疲労が強すぎたために次々と船に倒れていった。長く海中で戦っていたために彼らの体はもう現界だったのだ。

 甲板に倒れ伏したり、壁にもたれかかったりと様々だったが、そうしてマスクを取って呼吸を整えると、それぞれ船に用意された部屋へと戻っていく。

 ナバルデウス亜種の死体は近くの島に待機していたギルドの船が到着次第、ワイヤーなどを使って回収する事になっている。奴の死体はどういうわけか海底へと沈んでいかず、あの場所に留まっている。

 理屈は不明だが、何らかの力が働いているのかもしれない。

 昴が息を整えながら辺りを見回すと、一人足りないような気がした。しかし既に船は動き出しており、タンジアの港に引き返していくところである。

 少しして誰がいないのか気づく。

 天羽だ。

 天羽が戻ってきていない。

 

「……天と呼ばれた人はどうした?」

「東風さんですか? ……そういえば、戻ってくる際に別の方へと向かっていったような……恐らく、向こうの船に行ってしまったのではないですかね?」

「向こうの船に? ……間違えたか?」

 

 視線をもう一つの船へと向けながら昴は首を傾げる。同じようにして視線を向けているのが桐音だった。天羽は何とか隠そうとしていたようだが、桐音はあの気配に気づいていたようだ。

 同じ妖刀使いだからこそか、あるいはあれも草薙一族が作った妖刀だからか。

 天羽が何とかして隠そうとしていた事は、残念ながら気づかれてしまったらしい。だが無理もない事だろう。ナバルデウス亜種を討伐するためとはいえ、あそこまで天羽々斬の力を引き出してしまったのだ。実際に見なくとも、力の気配さえ感づかれれば知られてしまうというもの。

 だが桐音は解せなかった。

 どうしてあのような代物がこんな所にあるのだろうか、という疑問が頭の中にあるのは当然のこと。どうやら銘まではわかっていないようだが、あれほどの妖刀ともなれば使い手が限られてくる。

 だからこそこう思ってしまう。

 

(一体何者なんだろうね、東風天和……。あの妖刀も気になるし、戻ったら話を訊いてみるとしようかね)

 

 じっと船を見つめていた桐音だが、体の疲れも溜まっていたため一息ついて部屋へと戻っていく。

 

(あ……そういえばあれも返さないといけないか)

 

 とどめとして振るったネオラギアブレイドは桐音のローブの中にある。港に戻ったら越智に返さなければ、と忘れないように頭の中で反芻する。

 昴達も先に戻っていた瑠璃らに続くようにして部屋へと向かっていき、ハンター達が休息する中、船はタンジアの港を目指した。

 

 一方、天羽が向かった船でも、生き残ったハンター達がそれぞれ部屋へと戻っていった。

 死んでしまったハンター達の死体は全てこっちに戻ってこられたわけではない。あの海の底へと沈んでしまったのが多数だ。

 井出は越智が連れてきたからこそこうしてここにある。彼はまだ幸運だったといえよう。

 彼の死体は霊安室に安置されている。他にも重症者の中で治療の甲斐なく亡くなった者も霊安室にある。

 だが最初に死んでいった三人の死体は海底に沈んだままだ。

 つまりこの船で厄海にやって来たハンターの内、五人が死んでしまったという事になる。

 彼らの冥福を祈り、ハンター達は部屋へと戻り、船員らはそれぞれ動いて船を動かす。

 その中で天羽は新たに用意された部屋にいた。船を間違えてしまったということで急きょ部屋を用意してもらったのだ。彼女もまた先の戦いでかなり動き、活躍している事はハンター達も知っている。

 例に漏れず彼女も疲れているだろうというのは簡単にわかることであり、そんな彼女をわざわざあっちの船へと向かわせるのは忍びないという事で用意してくれたのだ。

 それに礼を述べ、天羽はベッドに横になって考える。

 このまま港に戻ったところで自分の存在に気づいた灯の件が残されている。

 

(引きこもりは恐らく私を狙うだろうね。となれば、何とかして見つからないように離れないといけない。……でもそううまくはいかせてはくれないのが引きこもり。どう、するか……)

 

 考えながら壁に掛けているローブへと視線を移す。

 彼女にとって報酬などどうでもいい。だからギルドにわざわざ戻ってやる事もない。彼女のここでの目的はもう達成されているのだから。何気なくローブに手を伸ばして中から天羽々斬を取り出す。

 鞘に収められているその刀を抜けば、薄く紋様が浮かび上がっているのが見てとれる。ナバルデウス亜種の血を十分に受けたことで、戦う前に比べて更に力が目覚めているのだ。

 しかしこれでも足りない。

 回収した時をレベル1とし、カンストをレベル5とするならば、今は恐らくレベル3といったところだろう。ようやく中間地点にやってきた、という事だ。

 言い換えれば今までやっていてまだレベル2だったともいえる。飛竜や人の血を吸い続けてこれなのだから本当に面倒くさい妖刀だと愚痴を言いたくなる。だがナバルデウス亜種という古龍の血を吸う事でようやく上の段階へとやって来たのだ。ならば、このまま突き進むのみ。

 鞘へと納めてローブへとしまい、天羽は一旦目を閉じて仮眠を取る事にする。

 仕掛けるならば――港に着く前だと決めて。

 

 

『――――ら』

 

 何かの声が聞こえた。

 耳から聞こえてきたのではなく、たぶん……頭の中に響くような声。

 

『――ら、……きこ……ら?』

 

 繰り返し、声が聞こえてくる。一体誰の声だろうかと彼女、優羅は瞼を震わせる。

 そうしてゆっくりと目を開けていくと、ぼやけた視界の奥にあったのは木で出来た天井ではなかった。はっきりとしない頭でんぼうっとそれを数秒見つめ、はっと急激に頭を目覚めさせて起き上がる。

 

「……な、なんだ……これは?」

 

 自分は船室で寝ていたはずだ。

 だが今、ここにあるのはあの部屋ではない。どこまでも広がるような夜の草原だった。空には満月と星々が浮かび、地上を優しく照らしている。

 その中で自分は眠っていた。

 訳が分からない。一体何が起こったというのだろうか、と混乱する頭で何とか状況を把握しようとする。

 

「……っ、昴、紅葉……!」

 

 辺りを見回してみると、あの二人も近くで眠っていた事に気づく。二人の下へと駆け寄り、体を揺さぶって起こしてやると、程なくして彼らも目を覚ました。

 そしてやはり優羅と同じく驚き、一体何が起こっているのかと混乱している。

 そんな彼らへと、またあの声が話しかけてくる。

 

『目を覚ましたようで何より。……それにしても、白銀優羅だけ呼び寄せたつもりが、おまけもついてきたようで。……くす、それだけ繋がりが強いという事か』

 

 声はやはり頭の中に響くようなものだった。一体誰が話しかけてきているのか、と辺りを見回すと、またしても驚く事になる。昴の視線の先にはあの双子までいたのだ。

 頭に手を当てて軽く首を振り、状況を把握しようとしているようで、二人の下へと駆け寄って安全を確かめる。

 白銀一家に暁の双子。

 この五人だけここにいるという事なのだろうか。もう一度辺りを見回してみるが人影はもうないように思える。草薙桐音やモガの村のハンター達の姿や、もう一つの船に乗っていたハンター達の姿はない。

 何故自分達だけがここにいるのだろう。

 そんな事を考えていた時、背後に強い気配が発生した。

 息を呑んで振り返った彼らは、またしても驚きに目を開く。

 そこにいたのは、大きな狼だった。

 その姿を、優羅は知っている。船から飛び降りた際に一瞬だけ見えたあの狼だった。

 

「――ヴァナル、ガンド……」

『へえ? 知識はあってもそれを口にする事はないとは思っていたけど、なるほど……そう口にするだけのものを感じ取ったという事か』

 

 真紅の瞳をじっと優羅へと向けながら小さく奴は笑った気がした。発せられる言葉は尊大、あるいは相手を見下すような雰囲気を感じ、声は男とも女ともとれない謎めいたものを感じる。

 性別を隠すためなのか、あるいはそれ以外の何かの理由か。

 何にせよ、伝説に語られる魔獣、ヴァナルガンドが目の前に現れたという事実は変わらない。その事に昴達は息を呑み、そして各々臨戦態勢を取る。

 そんな様子を見て、奴はまた小さく笑う。

 

『よもや、武器もなしにこの私と戦おうと? その戦意は称賛に値するけれど――無謀。貴方達の命は私が握っているという事実を認識しなさい?』

 

 刹那、瞬時に空気が一変する。

 それまで落ち着いていた空気が冷え切り、凄まじい圧力と殺意が正面からぶつけられた。それを受けて瑠璃と茉莉は声にならない悲鳴を上げ、腰を抜かしてしまう程に。いや、彼女らだけではない。

 昴達もまた息を呑んで一歩だけ後ろに下がってしまったのだ。それもほぼ無意識に。

 それだけ奴の圧力が凄まじいという事をこの数秒で認識せざるをえないものだった。その中で優羅はあの殺意に何か別のものが含まれているような気がしたのだが、十分に昴達を圧倒した事でヴァナルガンドはそれをひっこめる。

 優羅が疑問に感じたものも消えてしまい、優羅は一筋の汗を流しながら僅かに首を傾げた。

 

「……で、なんであたし達をここに呼んだのかしら? っていうか、ここどこよ?」

 

 紅葉がひくついた笑みを浮かべながらヴァナルガンドに問う。その疑問はここにいる五人全員が感じている疑問だ。まずはそこから始めなければならない。

 ヴァナルガンドは小さく頷き、ゆっくりと四肢を曲げてその場に座り込む。

 

『ここは貴方達の夢の中。私は白銀優羅の夢に干渉し、彼女を自分の意識の中へと引き寄せたのよ。ついでとして何となく、その糸をあの船に広げて繋がりのある誰かも呼べるか試してみたら、白銀昴と紅葉もついてきてしまったようだけどね。それは想定内だったからいいとして、よもやそこの双子までついてくるとは思わなかったけど』

「夢の中、だと? そんな馬鹿な。それは魔法の技術だろう。それを…………」

 

 そこまで言い終えた昴は、いや、と考え直す。相手は伝説に上り詰めた魔獣だ。長き時を生き、七禍龍と同じ書物に名を残す存在。となればただの獣ではなく獣の姿をした何か、といってもいい存在となる。

 それに古龍は魔力を持つ。古龍でなくとも獣の身で伝説に名を残した存在はヴァナルガンドだけでなく、東方においてほぼ知らぬ者はいない九尾狐もまたそれに値する。

 九尾狐は変化を用いて人の姿に化けられる存在として語り継がれている。変化はまさしく魔法の技術。ならば、九尾狐もまた魔力持ちと考えられ、ひいてはヴァナルガンドもまた魔力持ちだったとしてもおかしくないかもしれない。

 それがまさか、夢に干渉するなどといった技術とは思いもよらないが、もしかすると夢という形で七禍龍の襲来を伝える方法もあるかもしれない、と推測してみる事にした。

 だが昴がそうして疑問を感じる事は当然の事だ、とばかりにヴァナルガンドは小さく頷くのみ。

 

『そう疑問を感じるのも道理。信じようが信じまいが好きにすればいい。話を進めさせてもらう。……そう、なぜ貴方達を呼んだのか。それは、貴方達に告げる事があるから』

「……告げる事?」

「それは一体……なんでしょうかね?」

 

 瑠璃、茉莉と何とか立ち上がりながらも、じっとヴァナルガンドを見つめて問う。一度は奴の覇気に呑まれて腰を抜かしてしまった二人ではあるが、時間をおいて何とか調子を取り戻したらしい。そうするだけの心の強さを持てるようになっただけでも成長したと言えよう。

 普通ならばあれだけのものを受けてしまえば立ち直るに立ち直れないのが普通だ。流石は伝説と呼ばれるだけはあるものである。だから立ち上がれなかったとしても恥じることはない、と思っていたのだが、双子の成長に昴達は心の中で小さく喜ぶ。

 そしてヴァナルガンドへと視線を戻して奴の言葉を待つ。

 

『ナバルデウス亜種、奴を斃した事は称賛に値する。……でも、あれは所詮始まりを告げる先鋒でしかない。ヒトと竜の戦いのね』

「先鋒……人と竜の戦い? ナバルデウス亜種もそんな事を言っていたけど、一体それは何なわけ?」

『それはね、白銀紅葉……太古より幾度か繰り返してきた戦いが再び始まろうという事。……知っている? 昔からヒトと竜は大きな戦いを繰り広げている。ヒトが技術を高め過ぎたが故に発生した戦争とか、歴史書にあると思うのだけど』

「……確かにある。竜の素材を使うためにあまりに多くの竜を乱獲したために、竜が一斉に牙を剥いて人に襲い掛かり、最終的に黒龍が出てきて終戦した、という記録が存在していた」

「それからの古龍との戦いとその予兆もまた人と竜との戦いと分類するならば、確かにそれは幾度も繰り返されたものだ、といえるんじゃないでしょうかね」

 

 優羅と茉莉が少し考えながらもそう言った。読書家でもある二人ならではの知識から紡がれた言葉に、昴達はなるほどと頷かざるを得ない。

 となれば今回の事も……いや、近年の不穏な動きも全てその予兆だというのか。

 

 ――あるいは、六年前の黒龍の時からもうそうだったというべきなのだろうか。

 

 そんな事を考えた時、ヴァナルガンドはやれやれと言いたげに首を振る。

 

『言っておくけれど、六年前の事はただ児戯。神倉羅刹の私利私欲に、あの(ひと)がつきあってあげただけの児戯でしかないと知りなさい。今回の戦いの予兆は、各地の蛇竜種の活性化が予兆であり、ついでに言えばリオ系統が活発化したのは、とある龍が功を挙げようと出しゃばった結果でしかない。……まあ、それを含めての戦争なのだとすればあれも予兆だったのかもしれないけど』

「……児戯? あの女って、もしかしてそれがナバル亜種が謝罪した相手という事?」

『謝罪? ……くす、そう、謝罪した相手ね。それが龍らを束ねし存在が竜側のトップ』

「すなわち、ミラルーツという事か?」

 

 その単語に、ヴァナルガンドはその血のような瞳を細めた。なんだ、知っているのか、とその目が語っているかのよう。

 六年前の一件に仲間にいたクシャルダオラの風花もまた「あの(ひと)」と言い、畏怖と尊敬の念を抱いていた相手。そして彼女の言葉から神倉月が推測し、存在を明らかにした存在。

 

 祖龍ミラルーツ。

 

 彼女は言った。

 ミラルーツは、全ての竜の母にして、龍神でありこの世界の神なのだと。

 それが戦争を仕掛けてきたという事はすなわち、神が人を潰しに来たと言う事になるのではないか、と昴達は危惧した。

 その疑問を、ヴァナルガンドは答える。

 

『あの女の目的はただ一つ。世界の癌であるシュヴァルツの血統を潰す事。しかし自分が手を下すのではなく、竜らを使って潰す方法を取った。それが今回の戦争の理由。……その先鋒が、ナバルデウス亜種というだけの事』

「そんな……どうしてシュヴァルツを目の敵に……」

『危険だから』

 

 紅葉の言葉に間髪入れずにヴァナルガンドは言う。

 

『別に竜側にとって危険だから、というだけではない。シュヴァルツの特性は竜殺しにして人殺し。世界の神であるあの女は、シュヴァルツの殺意はヒトにも向けられている事もまた知っている。シュヴァルツの血統はいずれヒトと竜の数を激減させると危惧している。だから、始末する。それだけの理由で、長い準備をかけてこの戦争を組み立て、実行に移した』

 

 そしてヴァナルガンドはじっと優羅を見据えた。

 

『だから白銀優羅? 生き残りたければ――戦いなさい。戦って戦って……そうして、力を示しなさい。あの女はとある存在と賭けをしている。いずれ貴方達にぶつけられる強大な存在と戦い、勝利を収めたならば――シュヴァルツの血統を潰すという事はもうしない、とね』

「…………まさに、狩るか狩られるか、というわけか」

『そう。実に簡単な話でしょう? 今回は勝てた。でも、次はどうなるか? わからないけれど、それでも貴方達は戦い続けるしか出来ない。それが生き残るための方法なのだから。喰われたくなければ、死にたくなければ、戦って勝つしかない』

 

 ヴァナルガンドはじっと優羅を見据え、僅かに首を傾げてみせる。

 続けられた言葉はないが、しかし瞳が語っている。

 

 ――出来るの?

 

 優羅に似た真紅の瞳がそう問いかけてきているような気がした。

 あれほどの力を秘めたナバルデウス亜種を斃したからといっていい気になるな、と諌めているようでもある。

 先鋒だ、とヴァナルガンドは言った。

 ならばこの先も同じように強大な力を秘めた竜が立ちはだかってくるのだろう。そうして自分達を殺しに来るのだ。しかしそれらを討ち倒していった先に、最後に現れる存在を討たなければ戦いは終わらないという。

 自分達が静かに、平穏に暮らすためにはその戦いを終えなければならないことを意味している。ポッケ村に残してきた幼い子供のためにも、負けられないという覚悟はとうに決めている。

 ならば、今更このような話を聞かされたからといってその決意が揺らぐはずもない。

 その血のような真紅の瞳をヴァナルガンドへと向け、

 

「――出来るに、決まっている。アタシ達はあの子達のためにも負けられない。家族のために命を懸ける、根本が揺らがないならば、アタシ達はそれに従って戦うのみ」

「……そう、だな。実に簡単な話じゃないか」

「そうね。あたし達はあいつらのために生きて帰らないといけないのよ。あたし達の暮らしを邪魔するってんなら、全て返り討ちにしてやるだけってね」

『…………』

 

 一家揃って不敵に笑ってみせる。

 彼らの戦いは家族を守るための戦いだ。お互いを守る、残してきた子供のために生き残る、それが根本に存在するが故に揺らがない。揺らいだとしても家族を思い出す事で意思を取り戻す。

 一度家族と住処を失っているからこそ、彼らは家族を大事にしているのだ。

 だから、戦う。幼い娘二人をかつての自分達のように両親を失う、なんてことをしない為にも。

 なんと、眩しい事か。

 そんな三人を瑠璃と茉莉は言葉を失って見つめていた。それはヴァナルガンドも同じだったようで、じっと三人を見つめている。そうして数秒無言の時間が過ぎ、不意にヴァナルガンドは小さく笑った。

 

『……そう。なら、せいぜい頑張りなさい。……そこの二人も』

「……え? あたしら?」

『貴女達も、戦い続けるのでしょう? ならば、置いて行かれないように気をつける事ね。次なる相手は……恐らく、多くの犠牲が出るでしょうからね。……いや、もう既に、犠牲は大きかったか』

「犠牲者多数って……次は一体どんな相手だというんですかね?」

『そっちにも情報がいっていたと思うのだけれどね。大砂漠に突如確認された――UNKNOWN(アンノウン)の話』

 

 大砂漠。

 少し前からギルドやハンター達の間で話題になっている異変が確認されている地だ。

 ヴァナルガンドがそれを持ち出してきたという事は、次なる戦場はそこということになる。

 いや、それは間違いだろう。

 そこはもう既に戦場になりつつあるのだ。ギルド側もUNKNOWNに対して対策を進めており、何とかしてこれを下そうとしているのだが上手くいっていないだけだ。

 

「次の相手は……UNKNOWNという事なのか?」

『あるいは、大砂漠を移動し続けているジエンかもしれないけどね? どっちから来るのか、はその時になってみないとわからない。……しかし、確かなのは』

 

 そこでヴァナルガンドの姿が、黒いモヤに包まれ始めた。同時に世界もまた色合いを薄めていく。

 

『――次なる舞台は大砂漠という事。そこで知りなさい。あの女が用意した駒の恐ろしさをね』

 

 座していたヴァナルガンドの全身がモヤに包まれその姿を消す。同時に世界が完全に消え去り、彼らの意識は現世へと引き戻されたのだった。

 

 

 タンジアの港までもう少し、という頃には空にあった太陽は地平の奥へと消えていた。闇に閉ざされる世界の奥に、タンジアの港である事を示すあの灯台の光が道しるべとなってくれる。

 そんな中で、天羽は準備を整えるとローブの中から白い狐のお面を取り出して顔に嵌めた。そうして面に描かれた細い目が妖しく光り、そして消える。

 それからの彼女の行動は素早いものだった。

 扉を開けて足音も立てずに廊下を駆け抜け、船員らの動きも読み取って遭遇しないように移動した先は、船の裏口から出る甲板だった。ギルドから支給されているマスクを取り出して装着し、海へと飛び込んでいったのだ。

 ここから飛びこめば水音が立つだろうが、周囲に船員がいなかった上にもう一つの船はこの船よりも前を進んでいる。それに疲れているハンターが、まさかまもなく到着するという時になって報酬を受け取らずに消えるなど思いもしなかった。

 だが船員が海に落ちたという可能性を想定できるだろうが、それをあの白狐の面がそれを打ち消していた。元より気配を消して行動していたが、面から発せられている力によって迷彩が発生している。

 これにより例え見つかったとしても彼女であると認識しづらくなっているのだ。それらによって天羽は海の中へと消え、別ルートからの上陸を目指していった。

 そんな彼女の様子に気づかず、二隻の船はタンジアの港へと到着する。クエスト達成の旨は既に伝わっているようで、港にはギルドの者だけでなくハンターや町の人々もいた。

 ハンター達が船から降りてくると歓声が包み込んでいく。

 まさに熱気がどっと襲い掛かって来たかのような出迎えに昴達は驚いた顔を見せ、しかしこのまま立ち止まっているわけにはいかないと酒場に向かって歩いていく。

 だがその途中で彼らの前に出てきた者がいた。

 

「……少し、待ってもらおか」

 

 安物の着物を着たその女性、灯は煙管を手にしながらじっと昴達を見つめている。その背後からは軽装を着こなしている渚の姿もある。彼女の姿に気づいた昴は僅かに表情を変え、すぐに消した。彼女と繋がっている事は知られてはならないだろう、という判断をしたためだ。

 さりげなく優羅が紅葉の後ろに隠れると、呼び止められたことで首を傾げた桐音が「何か用かい?」と灯に問う。

 

「ん、少し今回出動していったハンターらのメンツ、確かめさせてもらおー思ってな。今出てきたメンツが生き残り?」

「メンツ? そんな事を訊いてどうしようってんだい? というか、あんた誰?」

「……ああ、まずは名乗ってからやったか。酉丑灯、とある用件からこっちに飛んできたもんや」

 

 その名を訊いてざわっ、と人々だけでなくハンター達も驚きを見せる。

 どうやら彼女の名前はこのタンジアの港にも広がっていたらしい。となれば彼女の事も知られているのだろう。

 

「そしてこっちが乾渚や」

「……どうも」

「さて、どうして灯らがここにいるのか。それはとある人物がここにいる可能性があってな、しかも……今回のクエストに参戦しとった可能性があるんよね。やから、ハンター諸君、ツラ見せてみ」

 

 その言葉にハンター達は緊張状態に陥る。特に昴らは優羅がシュヴァルツの血統である事は知られたくない。しかし妙な真似をすればどうなるかわかったものではないので、ここは大人しく言うとおりにする事にした。

 他のハンター達もとりあえず従う事にしたようで、ざっと並んでいく。すると灯はその顔ぶれを眺めていき、渚は昴らの近くまでやってきてゆっくりと移動していきつつ、さりげなく優羅の顔を隠した。

 そうして二人の視線がハンター達を見回したが、目的としている人物はここにはいない。

 

「……おらへんな。逃げたか?」

「隠れている様子もなさそうだな。……こりゃマジで逃げてるな。ちっ、どこまでもてめぇの勘が冴えわたってやがる」

「くす……灯の勘がなくとも、こーいう時に備えておくことはしておくもんよ。……やろ?」

「ま、違いねえ。邪魔したな。ゆっくり休んでくれ」

 

 そう言って灯を連れて立ち去ろうとする渚。だが突然呼び止められ、顔ぶれを眺められ、そのまま立ち去られてもハンター達としてはそれで納得できるものじゃない。

 桐音が「ちょっと待ちな。一体誰を探していたのさ?」と二人の背中へと問いかける。それに渚は立ち止まり、少し考えた後に肩越しに振り返り、「……東風天和というハンターだよ。出てこないって事は途中で逃げてしまったようだけど」と答えた。

 確かに彼女の姿がここにはいない、とそこで桐音達は気づいたらしい。行きと帰りで違う船を利用した彼女、確かに船室へと向かっていったことを船員らは確認していたのだが、いつからいなくなっていたのかはわからないようだった。

 その時、灯が忍から連絡を受け渚へと「見つかったそーや。向かうで、渚」と呼びかける。

 

「そうかい。じゃあ、行くか」

「ん。……ほな、邪魔したな」

 

 ぺこり、と頭を下げた灯の視線の先には、昴らの姿があったがそれも一瞬だけ。煙管を軽く振るえばその体が浮き上がり、空を飛行して消えていく。それを追うように渚も翼を広げて飛び去っていった。

 あまりにも突然の流れすぎて誰も頭がついていっていないらしい。呆然と二人が消えていった方角を見つめてしまう。

 ヤマト国において重役である二人がこんな所まで来て探していた人物、東風天和。

 一体彼女が何をしたのだろうか、とかわざわざあの二人が出向いてくる程の人物なのだろうか、とか……色んな疑問が浮かんでは消える。

 そんな中で昴達は何とか気づかれずに済んだか、と安堵する……のだが、最後に灯がじっと昴を見つめていた点が気になってしまう。よもや気づかれた、なんて事が……あるのだろうか、と僅かな警戒心を抱きながら、二人が消えていった方を見つめてしまった。

 

 結果的に、天羽は追手として差し向けられていた忍から逃げ切る事に成功する。

 港から西に数キロ離れた先に上陸した天羽だったが、それを予測していたかのように配置されていた霧夜と風間の忍に発見される。

 どうやら東西の浜の近くにそれぞれ忍を配置していたらしく、見つけ出せば追えと命じられていたようだ。正面から帰ってくるはずがないだろうと予測はしていたようだが、灯は何となくある一点には注意して見ておけ、と命じたようだ。

 その結果、釣れた。

 しかし釣った魚はうまいこと逃げられてしまい、水槽へとぶち込む事は出来なかった。

 だが東風天和としての情報は入手する事に成功しただけでも良しとした。彼女が組んでいる仲間、プルートや雪菜、そして現在新たに加えられた十兵衛の情報と並べていけば彼女を逃がしたとしてもおつりが十分返ってきている。

 

「天王寺冥夜、か……鍵を握るんはこいつやな」

「……調べるのか?」

「ん、こいつからきな臭い匂いがし始めとるわ。せやから天王寺冥夜の動向に探りいれとけば、天羽やそれ以外の動きもわかるやろ」

 

 その判断により、プルートらに忍が付きまとう事となったのだった。

 

 その二人が離れた後、ハンター達はギルドへと改めて報告し、多額の報酬と後日引き上げられたナバルデウス亜種の素材を分配される事となる。これらを受け取った昴達はこれからの予定を立てることにする。

 次なる舞台は大砂漠との事だが、昴達はいいとして瑠璃と茉莉にとってこれからは厳しい環境になる事は間違いない。だが彼女らは退くようなことはしなかった。

 実力が足りないならば磨き上げてやる。厳しい環境ならば歓迎だ。その分、自分達は必死になって戦えるのだから。彼女らの覚悟を前に、昴達は少し考えてしまう事になる。

 現場の叩き上げは容赦ない現実を見せつけられる事になるが、その分リターンはプラスであろうとマイナスであろうと大きいのが特徴だ。得られる事が出来れば申し分ないが、失うものが出来た場合は二人の心が折れかねない。

 それを覚悟の上でこう言うのならば――それを却下する事は出来なかった。

 結局、準備を整えて昴らはそろって大砂漠を目指す事になる。そこで同行してきたのは桐音と蓮華だった。桐音は元より武を探すために各地を巡っている。そろそろモガの村を離れて次の拠点を目指そうとしていたらしいので、これを断る理由はない。では蓮華はどうしたのだろうか、と思うと、彼女は「桐音さんをサポートしようかと思いまして」との事らしい。

 また桐音が借りていたネオラギアブレイドだが、越智がそのまま桐音が使っていくようにと願い出たため桐音の手元に残ろうこととなる。井出の遺品となったが、このまま武具を腐らせていくのはもったいない。使い手がいるならば、そのまま使わせていくのが一番だとの事だった。

 将輝と檸檬はモガの村のハンターのため帰還する事となったが、今回の一件で自分達がまだまだ未熟だと自覚するきっかけとなった。またあそこで修業し直すと意気込んでいる。

 そうして一行は大砂漠を目指して西へと移動していった。

 そこで待ち受けるものの恐ろしさなど、この時はまだ誰も知らずに。

 

 

「準備はいいな?」

「……ああ。大丈夫だ」

 

 冷たい風が吹き抜ける昼下がり、身に包んだローブがはためく。この六年で伸びた髪は少し切られ、黒いリボンを結んでポニーテールにして結い上げられている。外に出て復帰してからの鍛錬をずっとこなしてきた事で彼女の実力はある程度取り戻されている。

 あとは実際に戦場に出て戦うだけだ。

 更にいえば、彼女の武器もこの村にいる優秀な鍛冶屋によって強化を施されていた。

 愛刀である黒刀【参ノ型】は黒刀【終ノ型】に、ヒドゥンサーベルは夜刀【月影】に、ヒドゥンエッジは闇夜剣【昏冥】に。

 そして独龍剣【蒼鬼】はというと、月が遺した黒龍の素材を発見し、岩徹と撫子によって長い時間をかけて試した結果、双龍剣【天地】に強化された。見たところまたもう一段階強化出来る余地があるとみたが、今の段階では強化不可となってしまった。

 あとはこれらの武器を使ってどこまで戦えるか、だろう。

 

「そんじゃ、噂に聞く大砂漠の異変とやらを調べていこうかね。どうやら昴達はタンジアの港の方を調べているようだしな」

「伝え聞いたところによるとナバルデウス亜種が現れたらしいですけど、大丈夫なのかな?」

「昴さん達なら大丈夫だと信じるよ。そう簡単に、負けるような人たちじゃないって事、僕は知っているしね」

 

 ナバルデウス亜種の情報は届いているが、その結果まではまだ届いていないらしい。しかしこれはしょうがない。二つの拠点の距離がかなり離れているのだから。

 

「そんじゃ、グリーン、リーフ。行ってくるぜ」

「いってらっしゃい、お父さん。気を付けてね」

「おう。大丈夫さ、そう簡単に負けはしない。俺たちが返ってくるまでの間、菜乃葉たちと仲良くするんだぜ」

 

 ぽんぽん、とグリーンの頭を撫でてやりながらにっと笑いかけるクロム。そんな彼へと、懐に手を入れたクロムは一つの宝石を取り出し、それを彼の手に握らせてやった。

 これは何だろうか、とグリーンが首を傾げ、「ちょっとしたお守りさ」とクロムは言う。

 

「込められてるのはライムの魔力が主だろうが、俺の血も多少は混ざっているからいい感じのお守りになってくれる。使い方はわかるよな?」

「うん、お父さんやライムさんに教えてもらってるから大丈夫さ」

「ん。なんかあれば花梨さんたちが守ってくれるだろうけど、万が一のこともあるからな。でも、何もなければそれはそれでいい。これを手に、祈っててくれや。俺たちの無事をな」

 

 笑いかけてやりながら、手渡してやったエメラルドグリーンの宝石のペンダントを握りしめさせてやる。そうしてもう一度グリーンの頭を撫で、隣に並んでいるリーフの頭も撫でてやる。

 

「お前も、引っ込み思案も程ほどにして、ちゃんとお友達になって仲良くなるんだぜ?」

「……う、うん」

 

 ちゃんとした別れは済んでいるが、クロムは改めて見送りに出てきた二人に優しく語りかけてやる。そうして後ろにいる昴の娘である菜乃葉と楓のことも意識させてやると、満足したように頷いた。

 近しい年頃の子供たちだ。親はどちらもここからいなくなるが、これで少しでも距離を縮めてくれれば帰ってきたときの楽しみの一つになる。

 

「じゃ、行きますかね。お前ら」

 

 準備を完了したならばいよいよ彼らも動き出す。

 クストルに騎乗すると一路、大砂漠を往く砂上船の港へと向かっていく。目的地はロックラック。そこを拠点として大砂漠を調査するのが今回の彼らの目的だ。

 そして今、六年ぶりの仲間であるセルシウス、ギルドナイトであるアルテミスとルーシーを同行させて旅を開始する。

 そんな彼らも知らなかった。

 現在大砂漠は彼らの想像以上に荒れた場所である事を。

 

 彼らは交わる。

 広大な砂の海を舞台に、人と竜の戦いは第二局へと移行する事となる。

 そこで待ち受けるのは――喜劇か、あるいは悲劇か。

 それは、誰も知らない。

 

 

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