これより大砂漠を舞台とした物語が展開されます。
ですが少し不定期に投稿することになりそうです。
久しぶりに登場するキャラクター、新たなる敵。
どのような流れになるのか、楽しんでいただければと思います。
大砂漠。
東方と中央を繋ぐロックラック地方を主とする場所に存在する乾燥地帯であり、各地に点在する砂漠とは一線を画す規模で広がる砂漠である。
数百キロではとどまらない程に広がる見渡す限りの砂の海であり、砂漠特有の寒暖の差や砂嵐といった厳しい環境も相まって、ここで狩りをするのは難易度が高いとされる領域だ。
しかし広大なオアシスの上に作られたロックラックという港町が出来上がる事により、ここを拠点として東方各地や西へと渡るための砂上船、飛行船とった交通手段が確立し、大砂漠は交易ルートとして人々が通過する事となった。
だがそれでも気を抜けば大砂漠に生息するモンスターによる襲撃が懸念されるため、ロックラックを拠点としたハンター達による護衛依頼は毎日届けられる事となっている。
また別に大砂漠にはロックラック以外に人の集落がないわけではない。
大砂漠といっても全てが砂漠化しているわけではなく、砂原や荒野といったフィールドもあり、そこには小さくとも旅人の休息の場として存在している村や町が存在している。
それにオアシスの近くにも集落があり、そこで暮らす人々が訪れた旅人を出迎えてくれる。
そんな大砂漠は現在不穏の空気に包まれており、旅人らはそれを承知の上で何とかここを抜けたその先へと向かおうとする。元より大砂漠はこの過酷な環境を生き抜いたモンスター達が生息していることで知られているのだが、最近は特にそれが強くなりつつある。
砂漠地帯に主に生息している角竜ディアブロス、轟竜ティガレックスは元から強固な竜であるというのは常識だが、尾斧竜ドボルベルク亜種や風牙竜ベリオロス亜種といった新たなる亜種の発見に加え、恐暴竜イビルジョーの徘徊とその過酷さはうなぎのぼりになりつつある。
とどめとしてUNKNOWNの存在に、ジエン・モーランらしき影まで確認され、一般人からすればここを避けたい心境だ。
だがロックラックを中継地点として東と西、あるいは北の華国や南のタンジアの港へと交易しているのだから大砂漠を通過せざるを得ない。故にこの魔境に足を踏み入れなければならない。
そんな大砂漠に、いよいよ転機が訪れる。
この過酷なフィールドを舞台に、次なる大きな戦いが行われようとしていた。
ナバルデウス亜種の一件があってから早くも二か月を過ぎようとしている。
青々と緑が映える森は少しずつ赤を彩り始める。気温も落ち着きを持ち、田んぼは黄金色の海が広がろうとしている。
所謂、実りの秋である。
それを過ぎればいよいよ年末となり、冬の訪れとなる。
タンジアの港を後にした昴達は大砂漠へと向かいつつ、クエストを受注して腕を磨いていた。特に双子はこうして経験を積まなければ、大砂漠の異変に対応できないだろうと自覚していたため、貪欲に力を求めて己を磨き上げる。
昴達という先輩がいるため、竜を相手にしなくとも彼らを相手にして鍛錬を積むことで否応なく力がついてくる事となった。
そうして力をつけながら大砂漠を目指し、南にある砂上船が出る小規模な港町を一時の拠点とした。
そこで得た情報はこの通り。
ロックラックへと北上する砂上船のルートに、轟竜ティガレックスが縄張りを広げて侵攻してきたらしいとの事。その影響で他の竜達の行動範囲に影響が出ているようだ。
特に縄張り意識の強いディアブロスは恐暴化しており、侵入してきたティガレックス相手に大暴れをしていてとてもではないが、対処できない状態にあるとの事。
ここでギルドが優秀なハンターを募集して何とかしようとしているらしいが、大砂漠はそこ以外にも危険な区域があるためにクエストは途切れない。
そのためロックラックから派遣されるハンターは少ないようだ。
ならば腕を磨くという意味合いでも、この一件に関するクエストがあれば受けていこうという話で纏まっていく。
ロックラックへと繋がる道筋を拓くだけでなく、力をつけ、なおかつこの大砂漠の異変の影響と思われる竜に触れることで、竜らの実力を把握する事が出来る。
そういう意味でもここを小さな拠点とするには十分なものだった。時が来ればその二頭は誰かによって討伐され、道が拓けるだろう。そうでなくとも、頃合いを見て昴らがそれを行えばいい。その頃合いは双子の成長具合にかかっていた。
そうして彼らは更なる力をつけていくこととなった。
大砂漠より北東、華国付近から大砂漠へと入っていく影がある。
サラマンドラに騎乗する戦アイルーの焔と雷河だ。彼らもまた大砂漠の異変を聞いてこちらに向かってきたのだ。
あの日から北へと向かって華国付近を周りながら情報を集め、月が死んだ事も聞き、風の噂で昴達がロックラックを目指していることを耳にした。ならば自分たちもそれに続こうと、ロックラックを目指しているところだった。
こちら側を周っていた二人が得た情報の大部分は、時々クエストを通さないで討伐されている竜がいるという事だった。もしかするとあの時戦った武によるものなのかもしれない、と推測して調査をし、それがほぼ事実である事までつきとめる。
そして武が大砂漠方面へと向かって行った事まで掴み、これらをも伝えておくためにもロックラックを目指している。
「この調子でいけば明後日には到着できそうだな」
「……ん。なにかと遭遇しなければ、ね」
手綱を握りしめている雷河がそう呟けば、彼の膝元に腰掛けている焔が淡々と答える。
アイルーの姿をしていればその小ささから雷河が抱え込むことで、サラに相乗りする事が出来る。傍から見れば仲睦まじい光景だろうが、二人……いや、二匹というべきだろうか、彼らにそんな雰囲気なんて微塵もない。
ただ旅をしている間ずっとこの調子で移動していたのだから、慣れてしまっただけに過ぎない。サラがいればアプトルなどをレンタルしなくて済むし、焔が元々アイルーだからこそこうして身軽のままでいられ、抱えられるという楽さと合理的な面があるからやっているだけの事だ。
「連絡によれば未寅さんは“神風”と合流し、ロックラックに向かっているらしいぜ」
「……そう」
「逃げたりしないよな?」
「……はぁ、逃げてもどうにもならないでしょ。それにこの大砂漠の一件にも焔らは介入しなくちゃならない。……もう、腹括るしかないでしょ」
焔の昔の縁がある未寅に“神風”の疾風。
かつての上司と部隊を纏めていた隊長。
どうして焔が野に降り、野良の戦アイルーとして各地を放浪する事になったのか、という過去を知るものら。
あれからかなりの時間が経過している。焔の心の整理をつけるのにも十分な時間だった。
「そうかい。ならよかった。俺としても、お前の時間がようやく動き出そうとしているっていうのは喜ばしいことだよ。親父も、きっとそう思ってくれるだろうさ」
「…………そう」
「なにせ初めて会った時からお前はどこか歪んでたからな。……いや、爆弾狂という点で既に歪んでるか」
「うっさい。気づいたらこの嗜好が焔にあったんだからしょうがないでしょ」
「まあ、そうだな」
「っていうか、いい加減忘れてくれない? つーか忘れろ」
「ん? どれのこと……ぶっ!?」
「わかってるくせに訊き返すな猿」
抱えている焔が勢いよく頭突きをして雷河の顎をかち上げる。突然の事に雷河はたまらずそれを受けてしまい、反射的に口元を押さえるしか出来ない。
しかし仕方のないことかもしれない。
なにせ焔にとって初対面の出来事は、忘れてしまいたいくらい気恥ずかしいものだったから。そう、あまりの無様さに恥ずか死できるくらいに、見てられない醜態を晒してしまったのだと焔は思っている。
「忘れろっていわれてもなぁ……記念すべき出会いを忘れるわけにはなぁ……。それに、あの時の焔といったらかわい……ぐふぁっ!?」
「喧嘩売ってんの? 喧嘩売ってんだろ? いいよ? 買うよ? 久々にタコ殴りにしたくなったから相手してやるよ、あぁ!?」
「ちょ、ま……落ち着け、落ちる……落ちるってぇええっ!!」
「落ちろ。そして走ってこいや。いい運動になるだろうしさ」
「……グルル……」
頭突きをしたり肘打ちをしたりして雷河を痛めつけながら落とそうとする焔に対し、少し慌てながらも決して手綱を離さない雷河。
忘れてはならないのは、二匹はサラの背中に乗っているという事。長年一緒に旅しているとはいえ、サラからすれば自分の背中で何いちゃついてんだ、と苦言を言いたい気分だろう。
がっしりとした体躯をしているので別に痛かったとかいうわけじゃないのだが、ちょっと迷惑そうな表情をしているのは仕方あるまい。
そうして二匹は大砂漠を駆け抜けていく。彼らもまたこの未来の戦場へと足を踏み入れた。
砂上船が港へと到着し、クエストをこなしたハンターがロックラックの酒場へと戻ってくる。受付に報告を済ませたクロムの後ろには、腕を組みながらぼうっと佇んでいるセルシウスと、彼女を見守る桔梗とアルテミスがいる。
昨日からディアブロスのクエストをこなしつつ、狩場の付近を調べて回ったクロム達。ロックラック南で噂になっているディアブロスとティガレックスによる縄張り争いの一件や、それ以外に関する情報を調べ、それが事実である事をつきとめる。
が、二頭の姿は確認された後に消え、また別の場所で睨み合い、ぶつかり合う、とはっきりしないものだったためロックラックでは依頼書は出ていないようだ。
となると、他の事について調べる事になる。
例えば――最近陰で伝わっているUNKNOWNについてや、ジエン・モーランの亜種疑惑についてだ。
その痕跡が何かないかと、狩場に指定された領域付近を調べて回りつつクエストをこなしているのだが、今のところそれは見つかっていない。もちろんこれはクロム達だけではなく、別行動をとっているライムらも行っている。
数日前に昴達から届けられた連絡も受けているため、彼らが合流するまでの間に少しでも情報を得ようとしているのだが、上手くいっていない状況だった。
クロムがクエストについて報告している間、後ろで待機しているセルシウスはこの通り昔と変わらない様子でそこにいる。人を寄せ付けないような冷たい空気は落ち着いているが、その表情や佇まいからは「寄るな」という一言が発せられているかのようだ。
あまり他人と慣れ合う事はない彼女らしいものだが、この性格の根本的なところは変化しないのも彼女らしい。何か厄介事を起こしそうだ、と昔なら危惧するだろうが、娑婆に復帰してからそういったことは喜ばしい事に起こっていない。
というのも彼女もめんどうごとは嫌いだからこそ、「寄るな」という空気を発しているだけに過ぎない。そんな彼女を見守っていたアルテミスは、何気なく酒場にいるハンター達を見回す。
彼女はギルドナイトの制服ではなく、ハンター装備を身に着けているのでギルドナイトがここにいる、と警戒される事はない。彼女が今身に着けているのは稲荷・覇シリーズ。古代の塔付近に生息するとされている氷狐竜デュラガウアの素材を用いて作られた装備だ。
ギルドナイトとして塔を調査中に遭遇し、討伐して得た素材で制作した装備であり、近年はこれを付けてハンター活動をしている。スキル調整も施し、マイナススキルである衝撃倍加は消してある。
スキル調整をして発動しているのは、見切り+2、耐震+1、回避性能+1、高級耳栓、業物となっている。
東方ではあまり確認されていないデュラガウアの装備だけあって、多少は注目されていたが今は落ち着いている。
そんなアルテミスはきょろきょろと辺りを見回してハンター達の様子を探ってみていた。
ハンター達もまた大砂漠の事情は知っているため、中には不安そうな顔をしているものもいる。そんな彼らを見回すアルテミスはある一点で止まり、首を傾げる。
「気のせいかな……?」
アルテミスが見ているのは何気ない酒場の一角だ。だがアルテミスはそこを見つめて疑問を感じている。疑問というより違和感と言うべきか。
一見何の変哲もない空間のはずが、何かがおかしい気がするのだ。そこでアルテミスは目に意識を向けて力を込めてみる。するとどうだろう、見ていた場所に歪みが生まれ始めたではないか。
そしてそこには他の席と同じようにテーブルがあり、一人の女性が腰かけて食事をしていた。
彼女もまたハンターらしく、オルガロンの素材を使って作られた神楽・覇シリーズを身に着けている。艶やかで流れるような黒髪をサイドポニーにし、アルテミスの視線に気づいて漆黒の瞳を向けて視線を合わせてきた。
「…………」
じっとアルテミスを見ていた彼女は小さく微笑を浮かべ、置いてあるグラスに手をかけてぐいっと飲み干していく。そんな彼女の方へと近づいていったアルテミスは、近くでもう一度彼女を見つめた。
すると、
「私に気づいたのね。さすが、と言うべきかしら。いらっしゃい、アルテミス」
「アルテの事、知ってるの?」
「ええ、一応は。こんなところまでご苦労な事ね。まったく、貴女のせいで向こうのお仲間にまで気づかれてしまったじゃない」
やれやれとでも言いたげな表情を浮かべながらそう言う。
アルテミスの後ろではじっと黒髪の彼女を見つめているセルシウスがいた。先ほどまでぼうっとしていたのにアルテミスが彼女と話をし始めてからは、彼女に気づいたかのように視線を移し……そして少し驚きと警戒が混ざった目を向けていた。
それに続くようにクロムと桔梗もまた、同じようにどこか警戒するような眼差しを向けていた。それらを一身に受けてなお、彼女は微笑を崩さない。
「アルテ、その人がどうかしたのですか?」
「うん……なんだかアルテの事知ってるみたい。……それに、どこかで見た事がある気がするんだ」
「……ええ。前に会ったことあるわね。かれこれ六年になるかしら?」
「六年?」
「シュレイドのヴェルドで。あの時は確か、ギルドナイトの顔ぶれもあったわね。……ふふ、あの時から随分成長したようね」
「…………あ」
そこでアルテミスも思い出したようだ。
神倉獅鬼の知人の情報屋と名乗った小さな少女の事を。
確か名前は――
「七禍、さん?」
「ええ」
「ななか? …………七、禍?」
アルテミスが確認するように問い、彼女――七禍は頷いた。その言葉の響きにアルテミスと、そしてもう一人、セルシウスもまた首を傾げる。
「ななか」という名前は女性としての名前に問題はない。問題があるのはそれを東方文字に変換した場合だ。しかし口頭ではその問題に気付く由もない。
だがそれだけではない。
セルシウスはじっと七禍を見つめる。
(……なに、この違和感? こいつ、何かがおかしい)
少しだけ目に力を入れて七禍の内部まで視通そうとしてみる。普通ならばそれによって相手の力量や魔力などの力の源が視えるはずだった。例えどんなに隠そうとも、ある程度は視えてしまうだけの目をセルシウスは持っている。
だが七禍は何も視えない。否、底が視えない。
まるで暗い海を覗き込んでいるかのような感覚。何かを隠しているかのような気がするのだが、その何かが視えない。それを視通そうとして見るが、どんなに意識しても視えてこない。
同じようにクロムもじっと見ているのだが、同じように彼もまた視えていないらしい。
底が知れない何かを持つハンター。
二人には七禍がそう見えてしまったのだ。
だがアルテミスの場合、少しばかり違うものが視え、そして感じていた。
(やっぱり力に関してはよくわからないな。でも……なんだろう、どこかで見た事がある気が……)
妖狐としての力を持つアルテミスは相手を化かし、欺き、騙す力を持っている。最たるものは自身が姿を変えてしまうこと。それに続くのが相手に幻覚を見せ、現実と虚構の境界を曖昧にしてしまうものだろう。
この六年で妖狐の力も扱えるようになったため、力は増している。だからこそ、彼女の目もまた成長していた。
(…………あれ? なに、これ? ……これってけ――)
どこかで見た覚えのあるものを探ってみようとしたその時、普通ならば有り得ないような因子を視てしまいそうになった刹那、七禍はそっと口元に人差し指を当てながらアルテミスを見つめ返す。
(やはり視えるのね。流石はあれの血統に連なる妖狐。でも、それは黙っておきましょうか?)
そんな風に漆黒の目が語ってきたかのようで。アルテミスはそれを受けて少し考え、クロムらを見回して一旦心の中にしまっておくことにした。確実性がないので混乱してしまいそうになるためだった。
「そうじろじろと見られてもいい気分じゃないわ。話があるならまず、座ったらどうかしら? 席は空いているのだし」
そうしていると、七禍は自分の対面の席を示してくる。彼女の言う通り席は十分に空いている。とはいえ少数用ではなくチーム用の席を一人で利用していたからに他ならないが。
それだというのに、彼女はどうやら意識を逸らす魔法を行使する事によって、自分の存在を隠していたようだ。そうまでして自分を隠す理由は何なのか。
クロムは注文をした後、七禍に訊いてみる事にした。
「なんでまた存在を隠してたんだ?」
「こうしてハンター装備をしているけど、私は情報屋の側面も一応あるからね。妙な面倒事は起こしたくないのよ」
「情報屋? ……お前が?」
セルシウスが首を傾げる。
それをしそうにないような感じがしたのだ。彼女は情報を提供するというより、戦い続ける戦士タイプのように思えるのがセルシウスの主観。それも――
(殺しに特化したタイプ。冷静に獲物を狩り続ける生粋のハンター、殺し屋か。こういう奴が情報屋? 何の冗談)
自分がそのタイプだからこそわかる事。七禍はセルシウスの目つきからして自分を分析しただろうとそう考え、また微笑を浮かべる。だがそれを今口にする事はない。
「ええ、ある程度情報を集め、流す時に流す。それも相手を選んで、という方法でね。私、気まぐれなのよ。そういう面で少し特殊な情報屋という事になるのかしらね」
「この時期にこんな所にいるという事は、やはり大砂漠に関連する情報を所有しているのでしょうか?」
「ええ、持っているわね。貴方達が知りたいのは、UNKNOWNやジエン亜種、ディアとティガの縄張り争いとかでしょう?」
「まあ、そうだな。でも教えてくれるのか?」
「……さて、どうしましょうか。貴方達は知ってどうするの? 倒そうとでも言うの?」
「当然だろう。そのための戦力になるために、俺達はここに来たんだ。奴らの事を知っているってんなら、その情報は買うぜ」
「……そう。でも果たして貴方達に倒せるかしら? いくらかの血統の末裔や半妖だからといって、勝てるほど甘くはないわよ、あれらは」
「――――ッ!?」
なんの気なしに酒を呑みながら彼女はそう言った。自分達が隠したいこの血を様々な対策を施して隠しているのに、彼女はこの会話の中でどうという事なく見抜いてしまっている。
息を呑んでいるクロムらを見て七禍は小さく頷いた。
「その反応、どうやら当たりのようね。それを見ただけでも良し。それを対価とし、一部を話してあげてもいいわ」
「……どういう?」
「かの末裔とこうして会えた、という情報を対価に話そう、と言っているのよ。言ったでしょう? 私は気まぐれなのよ。欲しいのは金品じゃない。私が話そうか、と思うだけのものを見せてくれれば情報提供してやろうか、と思ってしまうのよね。くすくす」
こんな事を言っているが彼女は当然最初から知っている。ただ彼女はクロムらが隠したいことをつついて、彼らがどういった反応を見せてくれるのだろうか、という思いがあっただけだ。
要はからかってみたかっただけなのだ。
ふと、アルテミスは彼女が飲んでいる酒の種類を見てみた。瓶に書かれているラベルはフラヒヤ酒。あれ、この酒って……と思った時、七禍はフラヒヤ酒で濡れた唇を軽く舐め、話し出す。
「さて、UNKNOWNかジエン亜種か、南の縄張り争いかはたまたそれ以外か。何について知りたいの?」
「……じゃあ、UNKNOWNについて」
「それでいいのね? ……UNKNOWN、ギルド側では謎の存在として扱われているこれは、突如大砂漠に確認された個体でね。理解しがたい外見と力を保有している飛竜よ」
「飛竜、か。理解しがたいってのは?」
「文字通りね。外見は漆黒を主とし、血色に染まる部分が点々とある色合いをしているわ。それも、いくつかの部位は攻撃的に変質していて、まさに敵を討ち倒すことに特化した個体ね」
「……少し待ってください。それは六年前に確認されたあれに酷似している特徴では?」
桔梗の言葉に七禍は――冷笑を浮かべる。
気づいた? とでも言うかのようなその笑みにクロムは思わず「馬鹿な!?」と声を上げて机を殴りつけた。
「あれらは全滅したはずだ! 生き残っているはずが……」
「――世界と言うものはね、時にヒトの理解の範疇に収まらない現実を突きつけるものよ。実際に現れたのだから、もしかするとあれの生き残りが大砂漠で生き延びていた、という可能性は否定しきれないわよ? それも、その力を高めて己の力と変えて更なる進化を果たした――それが、UNKNOWNと呼ばれている個体だ、と否定できる要素はないわ。まさにあれは、ヒトの理解の範疇を越えているのだからね」
そう言って彼女は懐から一枚の紙を取り出し、クロムへと差し出す。そこにはUNKNOWNと思われる絵が描かれていた。それを見たクロム達は息を呑む。
「UNKNOWN。世界がヒトへと試練を与えるために生まれた存在の一つ。外見こそ貴方達がよく知る飛竜でしょうけど、あれをそれらと同格に扱わない事ね。舐めて掛かれば――死ぬわよ?」
夜の大砂漠は昼間の高温の空気とは一変し、冷たい空気が吹き抜ける低温の世界と成り果てる。備えがなければこの冷たい世界によって動く力を奪われていき、やがては死に至るだろう。
その中で動くのは数人のハンター達だった。
彼らは岩陰に身を潜めてある一点を見つめていた。
「…………」
そこにいたのは夜の闇に溶け込むように漆黒の体躯をしていた。
ぎらつくような赤い瞳は周囲を見回し、鋭利に尖って伸びた翼爪もまた血を吸ったかのように赤い。ずしん、ずしん、と鈍い音を立てて奴は歩き、何かを探すようにして辺りを見回している。
そう、奴は探しているのだ。
先ほどまで近くにいたはずのハンター達を。
「……くっそ……、なんなんだあいつは!? あれが、噂のUNKNOWNだっていうのか!?」
「間違いないだろ。あんなもの、そこらじゅうにいてたまるか」
「どうするの? 隊長に報告するにしても、飛びだせばあれに見つかって殺されるわよ」
そう小声で話しているのはギルドナイト達だ。今でこそハンター装備をしているが、彼らはドンドルマから派遣された大砂漠の調査隊である。
この大砂漠の異変を調査する役目を負い、いくつかの小隊に分けて調査を進めていたのだが、この四人の小隊は奴に遭遇してしまったのだ。
見つかった瞬間、彼らは悟った。
勝てない、と。
だからこそこうして隠れているのだが、離れた所にいる仲間へと知らせる事が出来ずこうして隠れ続けている。しかし隠れ続けてもいずれは見つかるかもしれない、という恐怖がある。だから何とかして仲間の下へと報せに行かなければ、という焦りも募り、動けないまま時間が過ぎていく。
そんな中で、一人が決意を固めたようにぐっと拳を握りしめる。
「……俺が行こう」
「な、何を言ってんだ。一人でどうにか出来る相手じゃ」
「でもこうやって隠れ続けていても何も変わらねえだろ? ……大丈夫だって。訳わかんねえ奴だが、あれもレイアじゃないか。逃げ方ぐらいはわかるぜ」
ぐっとサムズアップをして彼はそっと岩陰から顔を出す。
そう、彼の言う通り、奴の外見はリオレイアだ。漆黒に染まっているし、普通よりもかなり大きな体躯をしているが、所詮はリオレイアだろうと彼らは思っている。
六年前にドンドルマ方面を騒がせた狂化竜の生き残りだろうと高をくくっているのだ。最初こそUNKNOWNってなんなんだ、と警戒はしたが、少しずつ冷静になっていくとあれは狂化竜ではないか、と思うようになってきたのだ。
だからこそ、彼は一人で意識を引き付ける囮を買って出た。
その間に仲間を逃がし、報せに行かせようとしたのだろう。
「おら、こっちだ!」
「…………」
岩陰から飛び出した彼に気づき、UNKNOWNは視線を動かしてそれを視界に捉える。その隙に反対側へとゆっくりと移動していく三人。UNKNOWNはしばらく囮となった彼をじっと見つめていたが、小さく鼻を鳴らしたような気がした。
武器であるハンマーを構えた彼は更に距離を離すように離れていくが、UNKNOWNはそれを視線で追うだけ。きょろきょろと目だけを動かして何かを探している。
まさか、残りの三人を探しているのか、と思った彼は角笛を取り出して吹き鳴らす。飛竜らの意識を引き付ける効果のあるその音色につられ、UNKNOWNの視線がまた囮の彼へと動き、少しだけ息を吸いこんだ。
刹那、その口から放たれたのは青と白、そして紫という高温の炎の弾丸。しかもそれが高速で撃ち出され、息を呑んだ彼は横に跳ぶ事で何とか逃れる事が出来た。だが地面に着弾したその炎弾は、炸裂してもなおその場で激しく燃え上がる火柱を作り上げる。
その熱風が横から叩きつけられ、彼は冷や汗をかく。
(な、なんだよ、この炎……!?)
炎弾一発だけで奴の力量は完全に測れないが、それでも異質なのは外見だけではないということだけはわかった。だがUNKNOWNはその場に佇んだまままた息を吸う。
そうして撃ち出されたのは三発の炎弾。リオレイアならではの連続攻撃が、高速で撃ち出されていくが、彼とて熟練のハンターだ。弾道を読み取って回避していき、UNKNOWNへと近づいていく。
「おらあああぁぁぁ!」
手にしているハンマーで顔面を殴り飛ばそうとしたのだが――手ごたえが小さい。
「か、かた……っ!?」
その甲殻の硬さに驚いた瞬間、UNKNOWNは体を引いて肩からぶつかりに行った。ショルダーアタックである。その一撃で怯ませた瞬間、素早く一歩退いてからのサマーソルトを撃ち出す。
流れるような連続攻撃に、たまらず彼は尻尾に打ち上げられて宙を舞う。
その光景を離れた所から逃げ出す仲間達は見つめていた。囮を買って出た時からその可能性を考えてはいたが、いざその光景を見てしまっては言葉も出ない。しかし立ち止まってはいられない。
ここで立ち止まっては、何のために彼は囮となったのか。
足を止めずに砂漠を駆け抜け、離れた所に広がっている岩山地帯を目指す。あそこに入れば細道を駆け抜ける事が出来る。そこに逃げる事が出来たならば、あの巨体故に奴が入り込む事は出来ない。
体の内側から湧き上がる恐怖を押さえつけて三人は走る。
空気は冷えているのに彼らは汗を流している。それはこうして必死に走っているせいか、あるいは恐怖が滲み出た結果の冷や汗か、それはわからない。気にしている暇なんて、どこにもない。
「…………グルル」
サマーソルトの一撃でショルダーアタックによって軋んだ防具を破壊しつつ、その体へと決定打を与えたことで囮の彼は息絶えた。そうでなくとも体内に侵入した毒によってそう長くは生きていないだろう。
落下していく彼から、逃げていく三人へと振り返ったUNKNOWNは一旦地面に着地する。その際に落ちた彼を踏み潰し、そうして大きく息を吸いこんでいく。
口内へと高まっていくエネルギーを感じ取ったのは女性のギルドナイトだった。背後から感じられるその力に気づいた彼女は、震えながらもこの恐怖を高める要因が何なのかを知らなければならない、という気持ちから振り返ってしまった。
そうして見たのは、ゆっくりと開かれていく口の奥から見えたあの青い炎のエネルギーだった。
「――っ、逃げて!!」
思わず声が上ずってしまいながらも、彼女はそれだけを伝えて横へと逃げた。他の二人も何とか同じように横へと逃げようとしたのだろうが、遅かった。
一瞬の内にそれが通過していったのだ。
全てを焼き尽くす灼熱の炎の光線。グラビモスやアグナコトルが放つような熱線と同じものが、あのUNKNOWNから放たれたのだ。凄まじい熱気が女性の頬を叩きつけ、逃げられなかった二人は悲鳴を上げる間もなく灰塵と化した。
「あ、ああ……」
骨すらも残さない一撃に乾いた声しか出てこない。それだけでなく向かっていた先の岩山の一部まで届き、その外殻を瞬時に溶かされてしまっている。それがあの熱線の一撃を物語っていた。
「……っ、い、いや……っ!」
死が、そこまで迫っていた。
途切れ途切れに悲鳴を漏らしながら、彼女はただ足を動かして逃げ続ける。対抗する気など霧散していた。ただ今は生きるために小動物のように震えながらも逃げ続けるだけ。
無様だが、それは本能から来る生存するための行動だ。責められる要素などどこにもない。そんな小さく弱い存在を見たUNKNOWNは、また小さく息をついて翼を羽ばたかせた。
そのまま宙へと舞い上がると逃げ続ける彼女に狙いを定めて一気に滑空していく。
「ひ、ひぃぃっ……!?」
急速に迫りくるUNKNOWNの姿にまた悲鳴を上げ、彼女は足をもつれさせながらも岩山を目指す。そうして見えた細い道へと何とか体を滑り込ませると、UNKNOWNは目を細めて強く翼を羽ばたかせて急上昇した。
そのまま旋回し、岩山の亀裂のような細い道を見下ろし、炎弾を撃ち出して道を塞ごうとした。だが細道は迷路状になっているらしく、彼女はまた悲鳴を上げながらも走り続けて岩山を進んでいく。
しばらく岩山を見下ろし、時に炎弾を落としていたUNKNOWNだったが、完全に逃げられたことを悟ると、夜の闇の向こうへと飛び去っていった。
ギルドナイトを容易く三人葬り去ったUNKNOWNの存在は、何とか仲間の下へと逃げ去った女性ギルドナイトによって伝えられる。
その外見、力の一部が伝わり、仲間の死を惜しむ。
だが生きて帰ってきた仲間を保護し、得てきた情報を後々のために役立てる。
元より危険な任務だという事は彼らも承知している。その上でこの大砂漠へとやって来たのだ。
「UNKNOWN……黒きリオレイアらしきもの、か。やはり以前より想定していたあれの生き残りであると判断してもいいかもしれんな。……信じたくはないがね」
そう言ったのはこのギルドナイト調査隊を纏める隊長。
ドンドルマより準備を終えて再びこの地へと戻ってきたギルドナイト、レイン・スカーレットであった。