覇気を高めたUNKNOWNから放たれる殺気はさっきまでとは違っていた。それだけでなく、撃ち出される火球も気のせいか威力を高めている。
レイン目がけて撃ち出された火球を躱すと、背後でまた激しい火柱を発生させながら爆発した。次いで背中にあたってくる熱風。それを受け止めながらレインは手にしているアトランティカを構え、UNKNOWNの出方を窺う。
彼が装備しているのは褐色の荒々しさを感じさせる防具。至る所に棘が生え、全身を見ればレインの性格とは相反する暴虐性を匂わせる。
ラヴィFXシリーズ。
大巌竜ラヴィエンテと呼ばれる巨大な竜の素材から得られたものを使用した防具だ。レインらの任務は主に新たなるフィールドの開拓や、新種のモンスターの調査にある。この大砂漠に来たのも、UNKNOWNという謎の存在の調査のためだ。
ラヴィエンテに遭遇したのはその調査の結果にある。レイン率いるレイン隊と別の隊長が率いる隊と協力してラヴィエンテを討伐し、このラヴィFX シリーズを制作した。
新たな竜ということもあり、新たなスキルがずらりと揃っているのが特徴だ。
超高級耳栓、見切り+3、各耐性+20、火事場力+2。そして火炎剣、水激剣、雷神剣、氷結剣、龍王剣。これらのスキルは、近年発見された剣晶というアイテムを装着していれば、それに対応した属性が武器に纏われる、というスキルである。
これは魔法を使えないハンターであっても、自分の意図した属性に切り替えて攻撃できる、という画期的なスキルとなった。しかしそれは剣晶の残数が関係し、剣晶が切れればもう意味のないスキルとなってしまう。
「グルルルル……」
「覇気はそのままに観察するような視線……高い知性を感じるな。だが狂気は感じない。そこにあるのは純粋なる意思」
狂化竜は狂化の種とそれに含まれたシュヴァルツの因子により、高い闘争本能とそれに準じた狂気を宿す。それに身を任せ、敵と認識したものをただ攻撃し続ける。
それが狂化竜の特徴。
とはいえ古龍にはシュヴァルツの因子を改造したものを植え込むことで、手駒にした個体がいたことも確かだ。これに関しては己の意思も存在していたため狂化竜とはいいがたい。
(UNKNOWNとはこの後者ではないだろうか。話に聞いたキリンやテオ・テスカトルのように、シュヴァルツの因子を植え付けられた個体。それを完全に制御し、これほどの力を身に着け、同時に体は闇色に染まった……ありえない推測ではない)
己の気をアトランティカへと纏わせ、内包されている水属性の力を高めていく。周りの隊員らも発せられる殺気に冷や汗をかいているが、戦いをやめるわけにはいかない。それぞれ武器を手にしてUNKNOWNの出方を窺っていた。
「――ッ!」
不意にUNKNOWNの視線が動き、その場から跳躍して一人のギルドナイトの側面へと回り込む。続けざまに体全体で当たりに行きながら、口元に火のエネルギーを集めていく。
「させない、止める……!」
ネブラコルムナを手にしているナターシャが盾を構えつつ前進。側面から顔へと殴りかかり、続けるように柄の部分でUNKNOWNの頬を打ち据える。先端で突くのではなく、柄で殴ったのは盾で殴れるほどにまで接近したためだ。
通常のランスより長いため、接近しすぎれば突くこと自体ができなくなる。そのため一定の距離がなければ普通に扱えない。だがナターシャはそれをわかったうえで接近した。UNKNOWNのブレスを止めるために。
狙い通り、呻き声を上げてUNKNOWNの動きは止まった。その隙に一度距離を取り、頬へと何度も突き入れていく。
レインもまた手にしているアトランティカを振るってUNKNOWNの背後から攻めていくのだが、UNKNOWNが堪えている様子はない。ぎろり、と肩越しに振り返って睨み付け、尻尾を振り回してレインを振り払おうとしている。
それだけではない。軽く体を震わせながら翼を広げ始めたではないか。
「っ、いかん!」
その意味に気づいたレインが叫び、距離を取っていく。他のメンバーらも同様に離れていくと、UNKNOWNの体から白いガスが噴出される。アスベルが受け、防具の硬度を下げられたガスだ。
これは受けるわけにはいかない。そういう心理を突いたUNKNOWNの攻撃だろうか。離れていったレインらを視線だけを動かして確認し、またしても横に飛ぶようにステップした。
そうしてレインへと近づくと、力強く翼を地面に叩きつけた。それによって生まれる振動がレインの体勢を崩す。「しま……っ!」と呟くがもう遅い。レインの体を打ち上げるように頭突きをし、彼の体を吹き飛ばした。
そうして宙に舞う彼の体を狙うように口を開き、ブレスを撃ち出そうとしたが、UNKNOWNの視界を奪うようにナターシャが閃光玉を投擲した。夜の砂漠に射す眩いばかりの光はUNKNOWNの視力を奪い、ブレスを封じた。
「グォォオオオオオオ!!」
苛立つように叫ぶUNKNOWNは、しきりに足踏みし、尻尾を振り回す。砂の大地を揺らし、近くにいるであろうナターシャたちを尻尾で吹き飛ばそうとしているようだが、彼女たちは完全に距離を取っていた。
落下していくレインも何とか受け身を取ったが、腹に受けた一撃の重さが彼を呻かせている。ラヴィFXシリーズという強固な守りであっても、その衝撃を体に伝えるだけの威力。奴の一撃の重さがただの頭突きだけでも物語らせる。
『――小賢しい、真似。抵抗、無意味。全て、死を』
ふと、どこからか女性らしき声が聞こえてきた。とぎれとぎれの言葉を繋ぎ合せたかのような声だったが、確かにそれはレインらの耳に届いた。あるいは耳ではなく、脳内に聞こえたかのような感覚だった。
「隊長、今のは……」
「ああ、ナターシャも聞こえたならば幻聴ではないのだろう。まさかとは思うが……」
苦い表情を浮かべながらUNKNOWNを見つめると、もう閃光玉の効果が切れてしまったのか、じろりとレインらを見据えているかのような赤い瞳がそこにある。
『ヒト、諦めろ。逃しは、しない。地を、這う、愚かなるヒト。私から、逃げられない』
「言葉を解する竜。……飛竜は初めてだろうか」
レインにとって人語を話せる、と耳にしているのはどれも古龍ばかり。クシャルダオラの風花、ヴェルドを襲撃したテオ・テスカトル、旧シュレイド城に現れたミラボレアス。その他にも古龍らと遭遇し、人語を離したケースがあったが、飛竜においてそれは確認されなかった。
古龍は飛竜よりも長く生き、知能も高い。だから人語を解していてもおかしくはないだろう、と近年の研究でも唱えられている。何せ魔法に近しいことまでやってのけるのだから、有り得ない話ではないし、実際に確認されている。
だが、だからこそ目の前にいるUNKNOWNがこうして人語を発したことは大きな驚きとなった。
「UNKNOWN、貴様はなんだ? リオレイアなのか?」
『……その呼び名、私に、合わない。私には、フィーアという、言葉ある。ヒト、貴様ら、呼称する、竜の名、意味なし』
低く唸りながら、UNKNOWNはそう告げる。
そうしながらゆっくりと覇気を高め、天を仰いで咆哮した。すると、またしても赤いオーラが天へと昇り、UNKNOWNから更なる力の高まりを感じた。
「まさか、まだ力が上がるというのか……!?」
『諦めろ。死を、受け入れよ。私は、他のもの、違い、貴様らを、殺す』
ぐぐっと足に力を込めたUNKNOWNは、勢いよく跳躍。その勢いのままレインらへと飛びかかり、両翼を力強く振り下ろした。レインらが横へと逃げるが、UNKNOWNは数歩後ろへと下がりながら軸を合わせ、勢いをつけて翼を振りぬいた。
すると、翼の先端に生えそろっている赤い棘が射出されたではないか。息を呑みながら、反射神経を全動員して危機を感じ取り、身を屈められたのは一種の奇跡だった。背後で一人のメンバーが棘に貫かれ、吹き飛びながら砂を転がっていく音が聞こえたが、振り返るような真似はしない。
射出された棘は数秒すれば再び生え揃うだけの再生力を持っていた。つまり、もう一度撃ち出そうと思えば撃ち出せる体勢にある。UNKNOWNから今、視線を外すようなことは愚行である。
「カイン以下隊員四名、戦線に復帰します!」
「アサギ含む三人が戦線離脱、それに付き添う形で二人が拠点へと戻りました。アリカも戦線復帰いたします」
「了解。なんとしてでも抑えねばならない。厳しい戦いだろうが、堪え――ッ、退避ぃ!」
叫ぶと同時に、開かれた口から紫色の炎が凝縮された熱線が放たれる。夜の闇を切り裂くその昏い光は、多大なる熱気を取り巻いて一点を貫く。レインの叫びで何とか飲み込まれるものはいなかったが、砂すらも溶かすほどの高熱の一撃が、それの威力を物語る。
UNKNOWNの攻撃は止まらない。
首を持ち上げたかと思うと、連続してレインらを狙った火球を撃ち出す。それは砂に着弾すると、またしても火柱を巻き上げるほどの威力。数秒だけではあるが、そこに停滞して燃え上がる火柱。それを回避先、進路上へと撃ち出していくのだ。
接近させまいというUNKNOWNの意思が感じられるが、それでもレイン、アスベル、カインをはじめとするメンバーがUNKNOWNへと接近。手にしている武器を振るおうとしたのだが、UNKNOWNは力強く翼を羽ばたかせながら火球を撃ち出した。
その衝撃と翼により奴の体が後ろに下がりながら宙に浮く。それだけでなく、爆発したことで立ち上る火柱は、風を受けてより激しく燃え上がった。
その熱風と衝撃にレインたちの進軍は止まる。
これを機としてUNKNOWNが更に上昇しながらレインたちへと接近。上空に位置取りながら地表に向けて連続して火球を落としてきた。
まさしくそれは空爆。
歩みを止めたレインたちではあるが、動けないわけではない。空爆に気づき、それぞれ散りながら避けていく。だが突如UNKNOWNは羽ばたくのをやめ、勢いよく落下してきた。自ら優位に立っているはずの空から落下。だがそれは攻撃になりえる。
翼を広げながら砂の大地に降り立つ奴の重量により、大きな振動が生まれ、それだけでなく広げた翼によって逃げ遅れた一人が潰された。
「くっそ……! これ以上はやらせるかァッ!」
また一人仲間がやられた。そのことにアスベルもとうとう我慢の限界が来たのだろう。プリメーロエスパーダを勢いよく振り回し、広げている翼を切り裂いていく。その重量と遠心力が乗った刃の一撃は確かに翼に傷を作り上げるのだが、しかしUNKNOWNにとってはまだ大きなダメージとはなりえない。
『抵抗、無意味。貴様の、牙、私には、通用せず。私を、殺すなら、より鋭い、牙、用意せよ』
「――だったら、この牙なんてどうだい?」
それはレインたちにとって聞き覚えのない少年の声だった。ここにいるのはレインが率いてきたギルドナイトの隊員とUNKNOWNのみのはず。
だがその声は聞き覚えのないもの、つまりは隊員ではない誰かだ。
その疑問を感じたその一瞬後には、アスベルの対面にある左翼を切り裂かんとする剣閃が放たれていた。それは左翼に一閃の傷を作り上げ、血を噴き出させる。低く唸りながら、UNKNOWNは新たなる敵を見据えんと振り返る。
それに合わせてレインらも距離を取りながらそちらを見た。
そこには確かに一人の少年がいた。体を包む赤いローブには竜の紋が描かれ、黒い髪をオールバックにしている少年。その手には、一振りの剣が握られている。だがレインはその剣に見覚えはない。
夜の闇でよく見えないが、それは剣であることは間違いない。しかし何かがおかしい、そう感じさせる得物を少年は手にしている。
ただの剣ではないことは確かだ。良質の鉱石を使用するだけでなく、柄はなんらかの竜の鱗らしきものが覆われ、内包する力も軍に出回るような長剣などが持つものではない。ハンターが使用するような、あるいは魔剣と呼ばれるような、そんな秘められた力を感じさせる。
『…………、その剣、なぜ、ここにある?』
「あぁ、これ、知ってるんだねぇ……そう、嬉しいねぇ。いや、悲しいかなぁ? 知っているなら話は早いんだよねぇ」
呟くような声でそんなことを言いながら、少年――草薙武は手にしている剣を目の前まで持って行き、「――目ぇ、覚めたか? なら、喰らいつこうぜ? シフト・ランサー」と告げる。
すると、柄に嵌められている水晶のようなものが明滅し、低く唸り声を上げるかのような軋む音が響きだした。ガチガチ、と金属が擦れるような音。それは剣から発せられている。
刹那、刀身がずれはじめた。半分に分かれた刃は上下にずれ、柄の横に伸びている部分は中心の水晶部分を挟むように縦になり、一気に半分になった刃を包むように伸びていく。まるで覆われている鱗が剥き出しになっている肉を覆い隠すかのような変化だ。
そうして変化が終えたとき、剣は槍と化した。
(剣が、槍になっただと? 馬鹿な!? そんな武器など聞いたことがない! なんだあれは!?)
レインたちは困惑する。
UNKNOWNの事もあるし、突然現れた武の事も気になるが、それ以上に変化した武器が彼らの困惑にとどめを刺す。
先端部分の刃と、伸びた鱗の柄の二つの部分にうっすらと目らしきものが浮かび上がっているのが確認できる。そんな中、ナターシャはあの剣の変化について思考した。
(剣だった時も、峰の先端部分にあのような目らしきものがあった気がする……。でもその時は赤だったはず……今は青。何か、意味がある……? それにあの鱗に目を照らし合わせると、竜というよりも……蛇?)
『……古き、時代。ヒトも、妙な武器、作ったもの。実に、興味深い。……私に、とっては、実に、最近な、話だが』
「へえ、最近? 妙なことを言うねぇ。これ、千年以上も昔の得物だぜ? そんな時代から、古龍でもないのに生きている、とでも言うのかい? えーっと、UNKNOWN?」
『答える、必要、感じない。しかし、なぜそれが、ここにあるか。その点は、気になる。どうして、それを、持っているのか。それは、役目、終えて、封じられたはず。そのような、魔剣……、否、妖刀、存在、してはならない。冥の、力を、宿す、武器――
それは草薙一族にとっての宝剣。
遥か昔に冥蛇龍ディス・ハドラーを討伐した後、奴の素材を用いて制作された武器。それがこの天叢雲剣である。
草薙一族の技術を用いて作られたそれは、ただのハンターが手にするような武器とは一線を画する。古龍、それも伝説種の素材を用いた、というだけでも高い能力を保有するのに、特殊な技術で更なる力を秘めてしまった。だからこそ草薙一族は天叢雲剣を普段から使用することを禁じ、宝剣として眠らせたのだろう。
だが武はそれを持ち出し、長い眠りから覚めさせるために竜の血を吸わせていった。
そして今、力の一部が目覚めたのだ。
「竜なのにしゃべっている、という点でも興味深いのに、これを知っている……実に興味深い、興味深いねぇ……! UNKNOWN……! なんなんだい、お前は? ああ、殺すのが惜しい、実に惜しい! 悲しい、悲しいなぁ……!」
『……ヒトの、中にも、このような、個体、いるのか。何と、言えば、いいのか。……否、考えるだけ、無駄。全て、殺す。死を、受け入れよ、天叢雲剣の、使い手』
そう告げて、またしても天を仰いで咆哮を上げた。
これで三回目の自己強化。溢れ出る力の波動もいよいよ馬鹿にならなくなってきた。
だというのに、武は上等だとばかりに笑っていた。
「残念ながら、それはオレのセリフでもあるねぇ。こうして我慢できずに乱入してしまったんだ。戦果を挙げさせてもらう。つーわけで、こいつのために、死んでくれや。あるいは、血を吸わせてもらおうか! UNKNOWN!」
槍の形状となった天叢雲剣を数度回転させ、UNKNOWNへと突撃していく草薙武。もちろん、突然の乱入の上にUNKNOWNへと攻撃していく武はレインたちにとって驚くべきことだ。
しかし天叢雲剣という名前に聞き覚えはなくとも、あれがUNKNOWNでも通用する武器ではないかということは推察できる。それを扱う武の実力が高いものならば、戦力としては申し分ない。
「ギルドナイトらの戦いを眺め続けるってのもよかったが、見ているだけってのは性分に合わねぇ! やっぱり実際に戦うってのが一番だよなぁ! はっはぁ! 覚悟しろやぁ! 迅気、纏!」
『……この、気配。竜の、気質……なるほど、故に、天叢雲剣、手にするか。今も、存命、し続ける、竜殺しにして、妖刀作りの、一族よ』
「知ってくれているようで何より。なら、その血をよこしな!」
高速突きを繰り出す武の表情は喜色に満ちている。だがUNKNOWNはそれらを首を動かして致命傷を避けていた。自分の突きを躱し続けるUNKNOWNに、そこで初めて武は僅かな驚きを見せた。
竜が自分の突きを躱していく、なんてことは今までなかった武だ。
そこに隙が生まれる。
それをUNKNOWNは見逃さない。甘い突きを左翼で受け止め、弾きながら一歩進みつつ右肩からぶつかりに行った。それでは終わらずに、武をかち上げながら口を開き、火の粉を集めつつ噛みつきに行った。
「はっ、まだまだぁ! 角気、収束」
武は宙に舞いながらも天叢雲剣を構え、そこにディアブロスの力を纏わせた。頑強な黄土色の光に包まれた天叢雲剣を開かれた口へと突き入れ、完全に閉じる前に口内に強い痛みを感じてUNKNOWNは退いてしまった。
リーチが長い槍だからこそ出来た芸当だろう。地面へと降り立つ武に代わり、レインたちがUNKNOWNへと攻撃していく。
下がって来たUNKNOWNを迎え入れるように、ナターシャがネブラコルムナを構えていた。タイミングを合わせ、力を込めた一撃を尻尾、臀部と連続して突いていく。
レインもまたアトランティカに代わり、霞双剣オオナズチを取り出した。ナターシャが持つネブラコルムナと同じく、強力な個体のオオナズチの素材を使用して作られた双剣だ。しかしネブラコルムナと違い、毒属性しか内包していない。
だがレインはラヴィFシリーズによって剣晶スキルが発動している。
「……いざ」
龍王剣晶を装着し、霞双剣オオナズチを手にUNKNOWNへと迫る。
剣晶スキルは剣晶を用いることで武器にそれに呼応した属性を追加する。武器に既存の属性があった場合、それを上書きしてしまうのだが、状態異常の属性ならばその限りではない。
アトランティカならば水属性から龍属性へと切り替わってしまうが、霞双剣オオナズチならば龍と毒の二属性となる。つまりはネブラコルムナと同じ形になるのだ。
「グッ、グルルル……!」
ネブラコルムナに加わり、霞双剣オオナズチにも連続して斬られ続け、ついにUNKNOWNは毒状態に陥ってしまった。だがそれにしては毒耐性がかなりあったように思える。
(状態異常に耐性がかなりあるのか、あるいは……)
また別の要因があるのか。それについて考えている暇などない。
アスベルとカインも対面で攻撃し続けているが、UNKNOWNはそれに堪えている様子などない。鬱陶しげに体を震わせたかと思うと、素早く翼を広げて力強く地面を叩いた。
そうしてレインらの動きを止めると、その場で勢いよく回転して尻尾で薙ぎ払ってくる。その上で勢いよく飛び上がり、空爆をしてとどめを刺そうとする。
何とか身を屈めて尻尾をやり過ごし、空爆もその場から飛びのいて逃げる。
しかし逃げるのをわかっているUNKNOWNは素早く地面に落下し、またしても強い振動を発生させる。逃げるレインらを追いかけるように走り出し、素早くステップして回り込んでいく。
その速さが先ほどよりも明らかに上昇している。
怒り状態に自ら移行するだけでなく、己のリミッターも外していっているのか、と疑うばかりの能力上昇。
これはもはやリオレイアなどではない。
UNKNOWN、という完全なる別個体、別種族。そうとしか考えられない。
それを内側から湧き上がる恐怖の中で思い至り、レインはぶるっと体が震えた。
(……く、震え、た……? これほどの震え、いつ以来、だ?)
六年前のミラボレアス以来だろうか?
ラヴィエンテと交戦した以来だろうか?
レインですら本能からの震えが発生するのだ。アスベルたちもまた、体だけでなくガチガチ、と歯が打ち鳴らされるほどの恐怖を感じていた。
目だ。
UNKNOWNの目が、瞳が爛々と赤く輝きだしている。
『死を、全てに、死を。私、フィーアは、逃がしは、しない』
大きく息を吸い込み、熱線を撃ち出す体勢になるUNKNOWNへと、「オレを忘れるんじゃねえよぉ!」と天叢雲剣をUNKNOWNの頭へと突き落す。だが刃は薄く入り込むだけ。しかしそれだけでも十分だ。
武を振り払うように頭を振り、距離を取りながら向き直るように振り返るUNKNOWNへと狙いを定め、「槍術奥義が一、
だがUNKNOWNはその一撃に反応していた。
あの高速突きに反応できていたのだから、角気を纏う天叢雲剣という流星にも反応できるのは明白。両翼で顔を庇い、突き刺さる天叢雲剣を振り払う。しかし天叢雲剣は思った以上に翼に突き刺さっていた。
刃は血を吸い、柄に更なる文様が浮かび上がって明滅する。それにより、ぎりぎりと翼膜から漏れる血を吸い続けながら、両翼が再び広げられるのを封じているのだ。
防御が、そのままUNKNOWNの動きを封じ込める形になった。
「さあ、仕留めさせて――」
『――これで、私を、止めた、つもりか?』
刹那、殺気が膨れ上がる。
轟ッ! と熱風が渦を巻きながら立ち上り、激しい咆哮を上げて無理やり天叢雲剣を抜くように翼を上げ、一気に広げて遠くへとそれを放り投げた。どんっ、と砂を巻き上げる勢いで四股を踏み、息を吸い込んだかと思えば、周囲を薙ぎ払うような熱線を放出。
やばい、と思うよりも早く、武は勢いよく宙へと飛び上がって熱線をやり過ごした。頭よりも、体が危機を感じ取って動いたかのような回避だ。
レインも同様で、砂の丘から飛び降りるように逃げた。地形的な幸運に恵まれた形で、上を通り過ぎた熱線から身を守るべく、自分から砂に飛び込んでやり過ごせた。
『私を、舐めて、いないか? 今までで、強化、終わったと、思ったか?』
「嘘……でしょ……?」
「ふざけて、やがる……こんなのが、いてたまるか……!」
アリカとアスベルが震える声で言ってしまうほど、UNKNOWNから立ち上る力は彼らの理解の範疇を超えていた。それだけではない。爛々と輝いていた瞳の赤は、ナルガクルガのように残光を描くほどにまでなっている。
しかも毒状態になっていたはずだ。それがなくなっている。
UNKNOWNの体を侵す力の動きが綺麗さっぱりなくなっているのだ。自己強化をする際に、体を侵す毒物質を完全に除去したとでもいうのだろうか。ならば今までナターシャがネブラコルムナで攻め続けてもなお、毒状態にならなかった理由の説明がつく。
『絶望、せよ。ヒトに、私を、討つ手段は、ない』
動けないアリカとアスベルを狙い、UNKNOWNが跳躍する。そのまま二人を押しつぶさんと落下していったが、何とか二人はそこから逃れられるだけの気力があった。
今までならば、それで難を逃れただろう。
しかしUNKNOWNは更なる一手を加えた。
その両足は砂の中へとめり込んでいる。今まで以上の力と体重を込めた結果だろう。それにより両足は地中に沈んだと考えられる。これは好機か? と思われたのも束の間。UNKNOWNは尻尾をも地中へと潜り込ませ、力強く羽ばたくことで浮上した。
結果、めり込んだ両足を中心として周囲の砂が舞い上がったのだ。
想定できなかった現実に、二人は砂とともに飲み込まれる。体は宙に舞い、視界は砂に塗りつぶされる。悲鳴すらも飲み込み、何が何だかわからないままに重力に逆らい続け、そしてそれに従って落下する。
だが、UNKNOWNは低空飛行をしながら勢いをつけるように右翼を引き、砂を両断するように薙ぎ払った。すると、砂の中に大量の赤が塗りつぶされていく。
「……っ!?」
その様子をレインはただ見ていることしかできなかった。
砂の中から転げ落ちていった物体。それは何が起きたのか理解できない、そんな感情を浮かばせたアリカの上半身だった。下半身は、ない。砂の中に飲まれたままなのだろうか。
血と内臓がその切断面から尾を引くように零れ落ちながら、彼女の体は大地に戻ってくる。鉄分を含んだ匂いが呆然とする彼らの鼻を微かにくすぐる。砂に飲まれながらも、その赤は砂に交じり、一部がぼとりぼとり、と大地に落ちていき、赤と薄ピンクの腸とともにぶちまけられた。その様子を、レインたちは息を呑みながら見ているだけ。
UNKNOWNもまた大地に戻り、赤い残光を残しながら残っているメンバーを見回していく。恐怖に囚われた獲物ほど、狩りやすい存在はない。
全力を出すまでもなかったか、と考えながら、次の標的を定めて翼を引く。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!!」
その時、UNKNOWNの背後から、カインが叫び声を上げながら手にしているボウガンの引き金を引いた。それは呪王弩チャチャブー。奇面族の秘宝などを用いて制作された独特の外見をしたライトボウガンだ。
装填されている滅龍弾を速射機能で撃ち出し、UNKNOWNへと湧き上がる怒りと悲しみのままに攻撃する。
「よせっ、カイン! 無理するなぁ!」
滅龍弾を受け続け、僅かではあるがUNKNOWNは呻いた。だが、それだけだ。鬱陶しげに振り返りつつステップしてカインの側面へと回り込む。その動きは、感情のままに行動しているカインでも読めていた。
貫通弾Lv3を装填しながら走り、側面から撃ち抜いていく。それに目を細め、UNKNOWNは狙いを定めるように数歩下がりながら向き直っていき、力を込めてサマーソルトを放った。
その際、尻尾の先端が砂と石を巻き上げて前方へとばらまかれる。サマーソルトの直撃こそ避けたが、巻き上げられるそれが当たり、僅かに動きを止めてしまう。それが命運を分けた。
怯みはしたが、カインの闘志は折れていない。狙いを定めて引き金を引く。
UNKNOWNもまたサマーソルトからの低空飛行へと移行し、カインへと火球を落とした。両者ともに攻撃を放ち、それをもらうが、当然ながらUNKNOWNの火球の方が威力が高い。
もろに受け、爆発するそれはカインの左肩から先を吹き飛ばす。身を守る防具すら役に立たない。いや、顔や体を守れただけでも良かったと考えるべきか、不幸と考えるべきか。
左腕を失う痛み、火球の熱さが残存し、意識を侵し続ける苦痛を、カインは叫び声を上げながらも耐えた。
「殺す、殺してやる……!」
右腕だけでも呪王弩チャチャブーを構えて引き金を引いて見せた。脂汗を浮かばせ、ふらつきながらも彼はそれをやってのけた。それを黙って見ているレインたちではない。
すぐに彼を助けるべく動いていく。
「カイン、下がれ! ……ごほ、ごほ、その傷でこれ以上戦うんじゃねえ!」
「そうだ! ここから先は私たちがやる……!」
アスベルとナターシャがそれぞれUNKNOWNへと接近し、アスベルはカインを引き離そうと右肩を掴んだ。だがカインは涙を流しながらそれを振り払う。
「この傷だ、もう僕の命など、そう長くはない。だけど、最期の時まで、僕は戦い続ける……奴を仕留める! 止めてくれるな、アスベル……! 彼女のいない日常など、僕にはもう、意味はないんだ。それより、レイン隊長らこそ下がらせるんだ。僕が少しでも時間を稼いでおく。その間に、撤退を……っ、つ……撤退させてくれ……!」
「……っ、馬鹿野郎が……! 命を粗末にしやがって……!」
近くで見ればわかってしまった。傷は左肩だけでなく、左胸や左頬にまで及んでいる。それでも彼は戦う意思を失っていなかった。最期の時までハンターであり続けようとしている。
その覚悟に、アスベルはそんな言葉しか出なかった。
UNKNOWNの脅威は、もはや自分たちだけでは対処しきれないほどにまでレベルが上昇している。
向こうでは天叢雲剣を回収し、背後から攻撃し続けている武の姿がある。地上へと降りたUNKNOWNは、武とナターシャ、レインらを相手にしていた。他のメンバーも、何とかそれについていっている形だ。
カインをはじめとするガンナーも、遠距離から援護する形だが、その効果も微々たるものだろうか。
これ以上戦っても消耗戦になるだろう。やがて体力的な差により、自分たちの敗北が目に見える。そうなる前に、撤退しろ、とカインは目でも語っていた。
レインも当然ながら気づいている。自分たちの攻撃の通用しなさ、UNKNOWNの能力上昇。恐怖に囚われることによる動きの悪さ。
例え天叢雲剣がUNKNOWNに大きなダメージを与えだしたとしても、この状況がひっくり返るにはまだ足りないことが多すぎる。
「…………やむを得ん。総員、撤退! 撤退する! 機を見て離脱しろ! わたしとカインが時間を稼ぐ!」
「いえ……レイン隊長も撤退してください……」
「何を言う。他の皆が撤退するまでわたしも戦うぞ。それが隊長の務めだ」
「……あなたは、みんなの希望です。ここで死なせるわけにはいかないんですよ……! どうか、撤退を。僕と命運を共にする可能性がある行動はおやめください……!」
呪王弩チャチャブーを撃ちながらそう進言した。「レイン隊長……いえ、レインさん」と言葉を続けながら振り返らずにレインへと説得する。
「みんなには、あなたが必要です。どうか、行ってください。生き延びてください!」
「…………っ、すまん」
『逃がさない』
走り出す彼らの背後から火球を連続して撃ち出すが、そのたびに横へと走ったり跳んだりして逃げていく。ならば熱線で焼き尽くすまでだ、と大きく息を吸い込んだUNKNOWNに、回収した天叢雲剣を薙ぎ払った。
その柄から刃にはUNKNOWNが撃ち出したと思われる、火球の爆風が渦を巻いている。周りに着弾したそれを、武は火気を用いて操作し、纏わせたのだろう。
薙ぎ払われた軌跡に従って、爆風はまるで鞭のようにしなやかに動き、UNKNOWNに意趣返しとして迫っていく。もしここでUNKNOWNが熱線を撃ち出そうものならば、目の前にある爆風に接触した瞬間、爆発するだろう。
そうして作られた時間を利用し、レインたちは撤退していく。
「装填……貫通3……!」
カインはそんな彼らを背に、手にしている呪王弩チャチャブーを広げたローブに押し込み、告げればローブの中で小さな音が響く。左腕を失った今、こうでもしなければ弾丸を装填することすらままならない。そして改めて構えなおした。歪な構えではあるが、撃てればそれでいい。
痛みの感覚はもう麻痺しつつある。あれほどあった激痛に意識を飛ばしそうになったことも何度かあるが、そのたびに歯を食いしばり、堪えてきた。全ては目の前にいるUNKNOWNに一矢報いるために。
呪王弩チャチャブーをUNKNOWNに向け、引き金を引く。しっかりと固定されていないためか、弾丸はカインが狙っていた部分から少し逸れてしまったが、それでもUNKNOWNの体を貫いていく。ただその射線がダメージを与える部分としては少々効率が悪いというだけではあったが。
『無意味な、抵抗。なぜ、抗うか。楽に、なるといい』
「こちとら、諦めが……悪いんでね、この借りは返させて、もらう……っ!」
口頭での装填、そして射出を繰り返し、何とか砂の大地を走ってUNKNOWNの側面を取っていく。そうして射撃する対面で武が天叢雲剣を振るい、また翼を狙って攻めていた。翼を傷つけることで飛行能力に支障が出るようにしようとしたようだが、やはり硬すぎて天叢雲剣であったとしても完全に破壊することができない。
その時、カインの背後から複数の剣閃が飛来する。
それはUNKNOWNの顔や足を斬り、奴の意識がカインと武から逸らすことに成功した。
「カインさん! 俺たちも、共に戦います!」
「なっ……君たち……何をしている!?」
「カインさんだけに殿をさせられません! 俺たちだって戦えます! レインさんらを生かすためにも、協力します!」
「命を粗末にするな……! 僕はもうすぐ消える命、君たちは違うだろう!」
だがレインらと共に撤退したはずのカイン小隊の仲間らは、カインの言葉に耳を貸さず、彼を追い抜いてUNKNOWNへと迫っていく。それぞれが大剣や太刀、双剣を手にしてUNKNOWNの足元へと潜り込み、足や腹を狙っていく。
その様子を武は天叢雲剣を振るいながら視線で追っていた。
(本隊を逃がすための時間稼ぎ。……でもって小隊長一人で死なせないために部下もそれに殉ずるってかねぇ。人望のせいか、忠義に溢れているのか……はっは、理解出来んね、そういうのってなぁ……。いやいや、悲しいなぁ……)
プルートと共に行動している武ではあるが、彼に対する忠義はない。ただ彼の道に乗っかれば、ある程度自分の目的を達成できそうだし、ある意味自分と同類の仲間がやってきたからそこにいるだけだ。
陰で暗躍しつつ目的を遂行できる。それは天叢雲剣を眠りから覚まし、強力な竜を討ち、その力を取り込める。この行動をしやすくし、自分の欲求不満も満たせる。
プルートとは武にとって都合のいい存在なのだ。だから忠義などない、利用できる相手だから同行しているだけの存在。
だから忠義に殉じる、という行動は武には理解することが出来ないし、しようとも思わない。己の命は己のためだけに在るのであり、他人のためになげうつものではない、というのが武の考え方だ。
(ああ、あの人も国のために命を賭けたんだっけかねぇ……国のため、民のため……はっは、身近にもいたんだったか。そういう人種って……いやいや、まったくどいつもこいつも、命を他人のためにーってのは美徳というけど、オレには出来ないこったぁ)
ため息をつきながら武は天叢雲剣を上段に構えながら引く。今もなお槍の形状を取っているそれは、角気がまだ纏われたままだ。だが武がその構えを取りながら力を溜めることによって、先ほどよりもその輝きが増してきている。
「とりあえずこいつでも喰らっておきやがれ! 槍術奥義が一、剛断!」
身を翻し、その場で一回転。
それに合わせて天叢雲剣を一気に振りぬいて薙ぎ払う。その軌跡に従って黄土色の粒子が舞い、宵闇を淡く照らしながらUNKNOWNへと迫る。強固な守りを持つその翼や体を薙ぐその一撃は、UNKNOWNを呻かせるには十分な威力を誇っていた。
だが、それでも部位破壊に至るまでにはいかなかった。
「……はっ、どんだけ硬いんだ、こいつはよぉ。よもやオレが手こずる竜が出ようとは、興味深いねぇ……! だが、流れが悪い」
武の一撃に気を引かれたUNKNOWNはカインらから視線を移す。彼を焼き尽くそうと火球を撃ち出す体勢に入ると、一気にエネルギーを集め始める。
そんなUNKNOWNを尻目に、武は逃亡の体勢に入った。
(血はある程度集められた。あとは殺すだけだったが、それは今じゃねえ。こいつもまだ満足していないようだし、いずれ決着を……この借りを返してやる!)
UNKNOWNに背を向けて武もまた逃げ出した。
この選択は武にとっても本望ではない。むしろ屈辱的な行為だ。
竜を狩る、という行動に生きがいを感じ、というよりもそれしか道を見いだせていない。彼にとって己の力は竜らを狩る、というために存在しており、自分という存在は、人生は、終わるまで竜を狩り続けると定めている。
それすなわち、常に勝利し続けるとも言い換えられる。敗北などあってはならない、むしろ獲物に背を向けるなど、考えられない。
そんな彼がその敵前逃亡を選択した。それだけUNKNOWNという存在が脅威であり、強力な存在であることを証明していた。
例え目覚めかけている天叢雲剣であったとしても、今の彼にUNKNOWNに勝利するという未来はない。
『逃げる、ここまで、やって、逃げるか。それは、許さない……!』
そう叫んでUNKNOWNは溜めこんだエネルギーを熱線として撃ち出した。
自分が狙われていることに気づいている武は何とか横へと飛び、肩越しに振り返りながらUNKNOWNの様子を窺い見た。熱線は横数メートルの空間を貫き、そのまま武を逃すまいと横へとずれていく。
「はっ……遮蔽物もなし、ならば跳ぶしか――」
「はあああああッ!」
背後でカインの雄たけびが聞こえ、続くように仲間たちがUNKNOWNへと向かっていった。呪王弩チャチャブーに装填された徹甲榴弾Lv3を撃ち出し、顔面に着弾して爆発した。
徹甲榴弾の最高レベルというだけあってその威力は高い。しかも熱線を射出しているときの爆発のため、その影響で口元にも爆発が及んだ。それによって怯んだ際に他の三人が肉薄し、UNKNOWNの体力を削っていく。
「何とか助かったか……やれやれ、こいつもまだまだ食い足りなそうだが、こっちもここで死ぬわけにゃあいかないんでねぇ……」
『――ギ、ギギ……』
「へっ、我慢できずに乱入しておいてこのザマなのはオレにとっても屈辱だけど、お前もそろそろ本領発揮しろってんだよ。そうしてくれれば、オレもまだ戦えただろうし、お前もまだまだ血が吸えただろうによぉ。悲しい、悲しいねえ……」
『ギ、ジ……』
武の言葉に呼応するような天叢雲剣だが、次第に刀身に浮かんでいた紋様が消えていく。戦場から離れるためにその力を再び眠らせるのか。
こうなってしまってはただの古い武器でしかない。そのまま沈黙してしまった。
(ちっ、まったく……めんどうなこった。だがあのギルドナイトたちが時間を稼いでいる間に離れるだけ離れて――)
そんな事を考えながら肩越しに振り返る。
武の目に映ったのは苛立ったように唸りながら、赤黒いオーラを立ち上らせるUNKNOWNの姿だった。
『鬱陶しい……雑魚、抵抗も、ここまでくると、目障りにも、程、ある』
「っ、く……はあぁぁっ!」
放たれる殺気に臆しそうになったが、それでも彼は鼓舞するように叫びながら足を斬る。しかし一瞬だけとはいえ、恐れを抱いた彼の剣は虚しく弾かれた。そんな彼の目を睨むように振り返るUNKNOWN。
赤い残光を描くその瞳に呑まれた彼は、頭から喰いつかれ、肉が裂ける音を響かせながら絶命した。そのままUNKNOWNは首を引き千切りながら体を捻り、薙ぎ払われる尻尾で周りの三人を弾いていく。
『私は、他の奴らほど、優しくは、ない。甘くも、ない。ヒトに、私を、殺せる道理など、ない!』
叫ぶUNKNOWNは力強く地面を叩き、カインらの動きを封じた後に火炎を吐きながら転身。燃え盛る暗い炎は動けない彼らの全身を飲み込んでいった。今までの抵抗など、何の意味もないということを証明するかのような最期。
だがそれでも、カインは焼かれようとも目だけは死んでいなかった。いや、それは他の二人も同じだった。
「いい加減……人を……舐めるな……!」
握りしめた拳も炎に包まれている。感覚が死んでいるのか、その強い精神が痛みを凌駕したのか。全身を焼かれる彼の声は次第に弱くなっていく。発せられる言葉はUNKNOWNの耳には届かず、途切れ途切れにしか言葉になっていなかった。
その拳を今持てる全力を込めてUNKNOWNの右頬を殴り飛ばした。続くようにして二人もそれぞれ足、左頬を殴り、それが最後の力だった。
「へっ……恨みをこめた、一撃だ……冥土の土産に、持って行けってんだ……」
「効いてないって、かお、してるな……はっ、そうだろうな……」
「でも、それでも、この手で殴れた……それで、いい……僕たちの役目は、これで……」
それぞれの言葉が途切れ、膝をついて倒れ伏す。肉が焼ける匂いを嗅ぎながら、UNKNOWNは一歩前進した。
『時間、取られた……さて、他の奴らは……』
また一歩、鈍い音を立ててその巨体が進む。
UNKNOWNはもう、背後で焼ける肉塊と化しているモノに興味を示していない。彼らの抵抗など、UNKNOWNにとってはただの時間稼ぎとしか映らないのだから。
『……天叢雲剣、捨て置けない。しかし、大勢、逃がすのも、私の癪に、障る』
武が逃げたのは南西。レインたちが逃げたのは西だ。
恐らくレインらはロックラックに逃げ込み、体勢を立て直すのだろう。UNKNOWNも西に何があるのかは把握している。
今まで人目を避けるように夜に行動し続けたのも、陰で目的を遂行するためだ。ロックラックまで逃げ込まれれば、完全に自分の存在は明るみに出る。今までただの噂でしかなかった存在が公になるのはいただけない。
『――よし。獲物、お前たちだ。今はただ、逃げ惑え。元よりこの地は、弱者には、不利な環境』
絶望が、足音を立てて進軍する。
死が、翼を広げて飛翔する。
遮蔽物がない砂の海は、隠れる場所などありはしない。岩山やオアシスがあれば話は別だろうが、例えあったとしても今の彼らでは隠れきれるかどうかも怪しい。
UNKNOWNもそれが理解できている。だから、余裕をもち、月光を浴びながら飛行する。
『ヒト、どれだけ力、つけようと――私の、前では、無意味。逃げ切ろう、などという思考は、浅はか。それを、思い知らせてやる』
引き離された距離をゼロにすべく、黒き竜は大砂漠を往く。
今まで負わされた傷をものともしない、その悠然たる飛行にどこにも支障などありはしなかった。ただ点在する小さな傷の数々だけが、UNKOWNが今まで戦闘していたという証。
だがそれも武によって刻まれたものの方が目立つのは無理なきこと。よもやカインらの最後の一撃によってつけられた傷など、UNKNOWNが気にする余地などどこにもなかった。