ロックラックを目指すレインたちは、時折背後を確認しながら移動していた。カインたちが稼いでくれた時間もあり、あの戦場から数キロは移動できただろう。
だが人の足でこの十数分で移動できた距離など、飛行できるUNKNOWNにとってはたったの数分でゼロに出来る。アプトルや砂上船があればまだ何とかなっただろうが、残念ながらそれらはない。
しっかりと調練したアプトルらならば、この異様な空気を匂わせる大砂漠でもレインらの足となってくれただろうが、残念ながらそのアプトルらを連れてくることが出来なかった。
ロックラックから連れてきたアプトルらはUNKNOWNの報告が出たその日に、奴の気配を感じ取って怯えてしまった。数匹はオアシスから逃げ出し、残ったアプトルらも使い物にならなくなってしまう。仕方なく残ったアプトルを置いていき、あの現場に向かったという訳だ。
オアシスに待機させているメンバーには既に連絡を入れ、別ルートからロックラックを目指すように指示してある。
「UNKNOWN……か、想像以上の個体だったな」
「レイン隊長、あれは本当に飛竜、なんでしょうか? 狂化竜、という枠にも収まりきらない実力だったと思うんですが」
応急手当てをし、何とか普通に喋って歩けるくらいには調子を戻したアスベルがそう言う。彼の疑問は他のメンバーたちも同様だった。
明らかに普通ではない。
古龍に匹敵するか、それ以上の力を保有する飛竜。
それは樹海の主とされているエスピナスもそう言われているが、あれはエスピナスをも超える。
しかも人の言語を解し、思念で発することが出来るのだ。それは今までの調査でも見られなかった現象。
だがこの疑問はレインでも答えることが出来ない。というのもレインとてギルドナイトとして様々な地に赴き、フィールドやモンスターを調査してきたが、その道の研究者ほど詳しい知識を持っているわけではない。
だから専門的なことを言えるわけではないが、それでもあれはただの飛竜ではなく、かといって古龍といっていいかどうかも怪しい存在だ、ということだけは言える。
「骨格は間違いなく飛竜。そして古龍ならば可能であろう言語理解。飛竜以上古龍以下、そんな存在、ということだけを認識しておこう。呼称は今まで通りUNKNOWNでいいだろう。奴は自分の事をフィーア、と言っていたがな」
「フィーア……名前でしょうか。人としてもあり得ない名前じゃない、でしょうが」
「そう、だな」
頷くレインだが、それだけではない何かが頭に引っかかっていた。どうもこの「フィーア」という言葉の響きに聞き覚えがある。だがそれが何なのかは思い出せない。さっきまで極限状態に陥っていたから、記憶の海から引っ張り出すことが困難になっているかもしれない。
しかし何とか引っ張り出そうと試みるが、うまくいかなかった。それでも思い出そうとするレインだったが、「カイン……くそ……」というアスベルの苦い声に肩越しに振り返る。
「なんで……殿なんて……」
「……ガンナーにとって腕を一つ失うことは致命的……。それにあいつは、アリカのこと昔から……」
ナターシャが目を細めながら少しうつむいた。
レインをはじめとする小隊長らはギルドナイトの学校において同期。レイン、アスベル、アリカ、カイン、ナターシャ、アサギ……そしてゲイル。他にも多くの同期がいるが、それぞれ別々の隊に所属し、各地を飛び回っている。だがその任務によっては死亡する例も存在し、同期の何人かはその例に含まれてしまった。
そして死体はほとんどの場合拠点に帰ってこない。戦場においていかれ、奴らの糧となるか、時を経て自然に還るのみ。死体を持ち帰れるのは稀なので、例え墓があったとしてもそこに本人がいることはない。
(アリカ……カイン……。くっ、やはりわたしが残って皆を逃がすべきだったか? 例えわたしだけでも奴を相手にして時間を稼げれば……)
己の手を見下ろしながらそんなことを考える。
仲間を守るためならば己の武を振るうことは厭わない。それほどレインにとって仲間、部下とは大切な存在であり、失いたくない戦友である。全てを救おうなどとは考えないが、出来るならば周りにいる仲間くらいは救えるだけのリーダーでありたい。それがレインの考えだ。
だが今回はそれは叶わなかった。
同期のアリカがやられ、カインもまた彼を慕う部下と共にUNKNOWNを食い止めている。本来ならば自分がやるべきことを彼は望んでそれを行っている。
色恋に疎いレインは、カインがアリカに対して恋慕の感情があったことには気づいていない。だからアリカを失い、腕を失った彼が、あのように自ら殿を願い出た強い意志を全て汲み取ることは出来ない。たが彼の雄姿と勇気に敬意を表さずにはいられない。
彼は命を投げ出したが、レインたちを逃がすための時間を稼ぐという目的がある。決して無駄なことではないはずだ。
苦虫を噛み潰したように整ったレインの顔が歪む。彼の脳裏にはアリカとカインの姿が思い起こされていた。彼らと運命を共にした仲間たちの姿もある。ドンドルマで過ごした日々だけではなく、そのまた昔、ギルドナイト学院の学生時代にまで遡っていく。
あの頃は妹のサン、そしてゲイルしか近い年頃の子供と付き合いはなかった。学院に入学したのは6歳。当時はまだゲイルもただの少年であり、彼の両親も存命していた。しかし彼が8歳の時に暗殺事件が発生し、数か月後には彼は狂気を宿し、それを表に出さずに過ごすことになる。
表面上であったとしても、彼はよく学生として過ごせたものだろう。
そしてその頃にはもう今のレイン隊に所属しているメンバーは友人関係となり、グループが結成されていた。実家の格が中から下か、東方人などのハーフといった、名家や血統主義者からすれば目障りな顔ぶれが集まったのだ。
その中でアリカは少女でありながら、少年たちの中に混ざっても違和感ないように振る舞っていた。要は幼いころから人づきあいがよく、そこに男女の性別の差はなかった。だからこそ同期に好かれていたが、その振る舞いも相まって血統主義者には嫌われていた。
カインは昔から大人しく控えめであったが、誰かを支える事には長けていた。自然とボウガンを手にすることになったが、それだけでなく家に伝わる特殊な術、「
家の流儀に従って歳を重ねるにつれて伝えられた技術は習得済みだが、それを狩りに使うことはあまりない。本人がそれを好まず、ハンター武器で狩りをすることを選んだからだからだ。
そんな彼も小隊長を務めるほどにまで成長し、部下に慕われたというのに……あの死地に残してきてしまった。
もっと大きな隊を纏める者ならば、そんな仲間の犠牲も割り切り、次の事を考えるだろうが、レインは今もなお割り切れずにいる。若いせいだ、甘い男だ、と言われるだろうが、それでもレインは苦虫を噛みしめ続ける。
「隊長……引きずっているんですか?」
「……甘い、と笑うかね、ナターシャ?」
「……いえ、それがあなたらしい。あなたがそうだからこそ、私たちはあなたについていっている。確かにあなたのような立場になれば、いずれは部下の死に対して割り切り、冷静になって指示しなければならない。極限状態において揺るぎない精神がなければ、多くの部下を失うことになるでしょう……。実際、あなたの父君はそんな方ですね」
レインの父であるソルは今や大長老の懐刀であり、大部隊を束ねるギルドナイトの長である。厳格にして高い実力とカリスマを持ち合わせた彼は、その地位に就くまでに多くの仲間を失っている。
特に親友であるシンク夫妻を暗殺によって失った過去もある。シンクらを失った当時は激しい怒りと悲しみを抱いたが、普段の任務においてはその感情を表に出さなかった。
己の立場を見失わず、例え別の任務で仲間を失ったとしても、彼は動じず顔にも出さず着実に命令を出して任務を遂行していった。
だが同時に彼は仲間を大切にした。訓練こそ厳しかったが、それは部下が死なないようにするためにそうしたのだ。それを部下は理解しており、普段の付き合いも強い絆を感じさせるほどに親しくしていた。
その背中は頼もしさを感じさせ、人を引き付けるほどに大きく頼りがいのある男の背中。
そんな彼の背中を見て育ったレインは、父として、一人の人としてソルを慕っていた。
「いずれはソル様のような隊長になられるのかもしれませんが、それはいずれの話……。今はただ、部下の死を悲しむ心をお持ちの隊長のままでいいと私は思います」
「……そうか」
ナターシャの柔らかな声色での進言が、少しだけレインの心を癒した。ソルの背中を追うということは、いずれは彼のように部下の死に揺らがない精神を持つということだが、レインは今もなおこの通りだ。
それが彼らしい、とナターシャたちは思っているが、レイン自身は父と自分を比較してしまう。
そんな彼の耳に「た、隊長! 奴が、奴が……!」という声が入ってくる。それに顔を上げ、背後を振り返る。
そこには、月光を浴びながら飛行してくる一つの影が見えていた。
「まさか、追いついてきた……もう!?」
「く……、カインたちも、やられたのか……! くそ……くそ……!」
アスベルにとってカインは同期であると同時に親友だ。アリカも性別を超えた大切な戦友。そんな同期を二人も失った。
それだけではない。カインの部下たちも、UNKNOWNへと挑んだ何人かも。
先ほどの戦いによって失った。
もちろんこのような任務だ。過去にも過酷な任務の中で仲間を失ったことは何度かある。こんな世界でこんな世の中だ。ハンターやギルドナイトであろうと、強大なモンスターに立ち向かうのならば、このようなことはどこかで起こりうること。覚悟しなかったわけではない。
でも、それでも昔から親しい間柄にある仲間を、友人を失うという衝撃は大きい。
しかも死体を持って帰って埋葬できない、という現実も圧し掛かってくる。遺品すら残らない悲しみも合わさり、アスベルは唇をかみしめて拳を震わせる。
レインは隊長であるという立場の重みも圧し掛かるが、アスベルたちもまた強い悲しみと怒りが渦巻いているのだ。
「グルァァァアアアアアアア!!」
空よりUNKNOWNが吼えながら一気に急降下してくる。足の爪を立て、その巨体をもってして轢き飛ばそうとしているのだ。「退避ぃ!」と叫びながらレインは砂の大地へと身を投じる。
背後を通り過ぎていく黒い巨体と、それによって生まれる突風。それらをやり過ごすと、地面を何度か走りながらブレーキをかけ、UNKNOWNが肩越しに振り返ってくる。少しばかり落ち着いたとはいえ、まだその赤い瞳には残光が走り、吹き出す殺気はレインらを突き刺してきていた。
『逃げられると、思ったのか? もし、そうならば、非常に、甘い考え。私は、お前たちを、逃がさない』
黒い巨体が再び走り出す。死が、明確な意思をもって迫りくる。
標的はレインだ。だが今彼は砂に転がっている状態。例えすぐに起き上ったとしても、UNKNOWNのスピードならば完全に逃げ切ることは出来ない状態だった。
まずい、と思って転がりながら逃げる体勢に入ろうとしたが、ずんずんと鈍い音を立てながら軌道を修正していくだけ。
しかし助けの手はあった。
ナターシャがネブラコルムナの盾とエンデ・デアヴェルトの盾を手にUNKNOWNの前へと躍り出たのだ。自身を強化し、その疾走を止めるべく二つの盾を構えての大防御。
よもや自分の走りが人間の女に止められるとは夢にも思わず、UNKNOWNに動揺が生まれる。その隙に「……隊長、今のうちに!」とナターシャが叫び、「すまない」と謝りながらレインが体勢を立て直していったん距離を取った。
(このまま戦い続けたとしても部隊は壊滅……いや、もはや殲滅。それだけは避けたい。…………やむを得ない。今こそ決断の時だ……!)
ぎりっと唇をかみしめ、各々武器を抜いて再びUNKNOWNへと挑もうとしているメンバーを見回す。もう既に何人かはUNKNOWNへと攻撃を仕掛け、ナターシャもいったん距離を取ってエンデ・デアヴェルトの盾をしまってネブラコルムナの槍を抜いていた。
その中の一人、アスベルを見つけ、彼のもとへと駆け寄る。彼もまた武器を抜こうとしていたが、その肩に手を置いて後ろへとやった。
「隊長、何を――」
「――アスベル。今までよくやってくれた。わたしと共に戦い、成長し、支えてくれた。感謝する。そんなお前だからこそ、後を任せられる」
「……レインさん、やめてくださいよ。何を言っているんです? まるで今生の別れのような口ぶりは……」
「そうだ。わたしも覚悟を決めた。その上で命ずる。アスベル小隊以下、全員を連れ、ここから離脱しろ。そしてロックラックを目指すのだ。そしてアスベル、お前が次の隊長だ。生き残ったメンバーを纏め、わたしの後を継いで隊を率いていくのだ」
それは一方的な命令だったが、彼らの身を案じての命令だ。それを聞いていたアスベルの体は次第に震えだし、「……待って、待ってくださいよ……俺、俺が隊長? 隊長はあんただ、レインさん」と前に出ていくレインの肩を掴む。
「いいや、アスベル。お前が“次”の隊長だ」
「俺にとって“次”なんてものはない! 今も昔も、そしてこれからも! 俺はあんたの下につき、あんたを支えると決めてるんですよ! カインも、アリカも、そしてナターシャも! あの頃からの同期はみんな、あんたについていくって決めてんですよ! あんたが死んだら、俺たちはどうすればいいんだよ!」
「…………そのカインとアリカはもういない」
「……っ!」
「巣立ちの時だ、アスベル。わたしという柱はお前たちを守るために盾となろう。恐れるな、お前ならば隊長としてもやっていける。さあ、行くんだ。これは命令だ。ナターシャも聞こえていたな!? お前もここから離脱したまえ!」
「……っ、本気? 本気でそんな命令を……」
「本気だ。わたしがこういう時に冗談を口にする性質だと思っているのかね?」
そうして抜いたのはアトランティカ。握りしめた部分から彼の気が流し込まれ、内包されている水属性の力が渦を巻く。
呼吸を整えて一閃。
UNKNOWNはそれを避けることもせずに受け止め、なんてことがないような表情を浮かべている。
「だから待ってくれ、レインさん! あんたが死んだら、ソル様になんてお詫びすればいいんだよ!? それに、サンはどうするんだよ! シスコンのあんたが目に入れても痛くない程に可愛がってきたサンは、今もドンドルマであんたを待っているはずだ!」
「……そうだな。サンのことは大きな未練だ。しかし、この状況だ。その未練を引きずるわけにはいかん。わたしはギルドナイトであると同時に、君たちの隊長だ。最早、背を向けて退くわけにはいかん」
「……ッ!」
「それに父上ならばこの状況、どうするのかを想像してみたまえ。父上ならば――部下全てを逃がすために一人であったとしても戦うであろうよ」
そうしてナターシャよりも更に前へ。アトランティカを振るって遠距離からUNKNOWNへと斬りつける。「改めて命ずる! 総員、撤退せよ! ここはわたしが食い止める!」と叫んだ。
その叫び声に隊員たちは戸惑うような顔を見せるが、命令ならば従うしかない、と苦い表情で離脱していく。
『……ヒトよ、一人で、やるつもりか?』
「ああ。これ以上、わたしの仲間をやらせるわけにはいかん」
『…………ふん、粋がるな』
「レインさん! 考え直してくださ――」
「アスベルッ! 命令だと言ったぞ! さっさと他の者らを連れて去れ! わたしの最後の命令が聞けぬと言うのか!?」
「――っ、了解しました! 総員、撤退する! 俺に続け!」
背を向けながらの怒号に近しい命令に、アスベルは苦い表情をしながらも彼の命令に従った。他の者たちもそれに従い、ロックラック方面へと走り去っていく。その中でナターシャが「隊長……っ! お考え直しを! どうしてもと言うならば、私も一緒に……!」と叫ぶが、レインは聞き入れる様子はない。
「君も去れ、ナターシャ。わたしと共に殉じることはない」
「しかし隊長……あなたは、ソル様のような隊長となるのではなかったのですか……? ここで死んだら、その目的は消える。夢を捨てるのですか!?」
「いいや、それは違うぞナターシャ」
その背中は頼もしくもあり、どこか遠くにいるかのような錯覚を覚えさせる。
あれは、そう――覚悟を決めた男の背中だ。
最早何を言っても無駄だと悟らずにはいられないが、ナターシャは問わずにはいられなかったのだ。そしてレインは振り返らないままアトランティカを構えながら言葉を続ける。
「先ほども言ったはずだ。父上ならばこの時どうするのか。わたしはそれに倣うことで、また一歩父上の背中へと近づくのだ。それに、最後に君たちを少しでも守りながら父に追えるならば本望だ。だから行くがいい。わたしの時間を無駄にするな」
「…………!」
唇をかみしめ、一滴の涙を流しながらナターシャも去って行った。
その気配を背中に感じながら、レインは一息つく。
決して振り返らなかった彼の顔は――ひどく歪んでいた。背中の頼もしさなど微塵もない、実にアンバランスなその表情に宿るのは、恐怖と未練が入り混じっている。
(未練などない? ……よくもそんなことが言えたものだな。未練など、あるに決まっているだろう……! どうしてあいつらを置いて逝く事が、サンを残して逝く事が出来ようか! ああ、だが死ぬことは避けられないだろう。いずれ死ぬ覚悟はとうに出来ているが、いざそうなれば本当に無様に未練が湧き上がってくる)
汗が流れ、がたがたと少しずつ震えが出てくる。
それでもレインはこの戦場に命を賭けることを決めた。「……自己強化、限界突破。アトランティカ、わたしと共に戦え」と震えが混じる声で告げる。
刹那、レインの内側から急激に力が吹き上がり、その力の本流に従って髪が舞い上がった。続くようにアトランティカもまたレインの言葉に応えるように水の力が目覚めていく。
その様子をUNKNOWNはじっと見つめ、小さく鼻を鳴らした。
『無様な、顔を、しているな。その上で、負けると、わかっていても、その命、この砂海に、捨てるか。本当に、ヒトは、理解できぬ』
「しかし、それまでの時間を利用して、お前をここに止めることは出来よう。わたしとて、時間稼ぎ以上の事をしようなどとは考えていない。ましてや、たった一人でお前を倒そう、などと思い上がってはいないさ」
『ふん、時間稼ぎ? ヒトよ、お前一人で、時間稼ぎと、言ったか? 翼もない、お前に、出来るとでも? こうして、飛べば、無意味』
そう、UNKNOWNには翼がある。レインたち人間には出来ない長距離飛行を可能とするのだ。砂埃を巻き上げながら漆黒の巨体は砂海から別れを告げていく。
見逃せば悠然と飛行し、逃げていくアスベルたちを追うだろう。それをレインは黙って見ているはずもなし。
高められた己の気と、アトランティカの水の力を同調させていく。母である天音からソルへ、そしてレインへと伝えられた技術。己の力と、武器に宿る力を同調させ、更なる力へと発展させる。
そうすることで通常の武器が持ち得る力を飛躍させるのだ。スキルである覚醒とはまた違う人力で目覚めさせた力。
「逃がしはしない――水竜刃っ!」
舞い上がっていくUNKNOWNを追うように、アトランティカから放たれた水は圧縮された刃と化して空を翔ける。ソルから教えられたアトランティカの技の一つ。自己強化によって高められた気を同調させたそれは、振り上げられたアトランティカの軌跡に従い、高速でUNKNOWNへと迫った。
『――ッ!?』
よもや空中にいる自分を斬る手段があろうとは思わず、UNKNOWNは左翼を水の刃に斬られてしまう。その隙を狙って閃光玉を投擲したレインは、素早く走ってUNKNOWNの下を目指す。
左翼を斬られたことで少し体勢を崩したUNKNOWNは視界に入った強力な光に目を潰される。小さく呻きながら落下したUNKNOWN。そんなUNKNOWNへと接近しながら、アトランティカを構え、UNKNOWNの首めがけて振りぬいた。
しかしUNKNOWNの目はかっと見開かれる。閃光玉によって奪われた視界は、たった数秒で回復してしまったのだ。そのままUNKNOWNは接近してくるレインを迎え撃つように口を開き、彼へとうつぶせになったまま喰らいついていく。
レインは振りぬいたまま何とかその牙から逃げるように体をずらしていく。その結果、歪な振り抜きになってしまったが、アトランティカの刃は開かれる口を斬り、そのまま水の力が頬へと伝わっていく。
だが閉ざされた口によってアトランティカの刃が止められ、無理やり体が引き戻されてしまった。そうしてアトランティカを咥えたままレインの体ごと後ろへと放り投げる。
(くっ、閃光玉の効果も短い……そもそも知性があるせいでもう閃光玉も意味はないだろう。不意を衝くくらいしかないか)
受け身を取りながらそう考え、ちらりとアトランティカを見下ろす。直に喰らいつかれたことで、所々牙の跡が刻まれている。だが曲がったようには見えないので、まだ使う分には問題なさそうだ。
「まだまだ時間は稼がせてもらう。でなければカインたちに申し訳が立たんからな……!」
『……いいだろう、遊んでやろう。短い命、無残に、散らそうという、お前の、愚行に、付き合うのも、一つの、余興。恐れを、抱きながらも、私に、刃向おうという、お前の、意思を、砕いてやる!』
○
UNKNOWNの元から逃げ出した武はただひたすら砂漠を走り抜けていた。気を巡らせて周りに敵がいないか、UNKNOWNが追ってきていないかを警戒しながらの疾走だが、あの戦場から離れていくにつれて頭が冷えてきたのか、苦々しい表情を浮かべだしていた。
(ちっ、無様だな……ほんとによぉ……。こんな醜態を晒しちまうとはな)
天叢雲剣はあれからうんともすんともいわないまま、槍の形体のまま武に背負われている。武の心境もどこ吹く風の沈黙具合だ。
不意に小さな気配が静かに武へと迫っていることに気づいた。
視線を巡らせると、ジャギィが静かに接近してきていたのだ。点々とジャギィノスも混じっており、武を狙って取り囲んでいるようだった。
「やれやれ……今のオレは虫の居所が悪いんだよ……! 来るってんなら、来いよぉ……お前らじゃこいつの糧には全然ならねぇけどなぁ!」
天叢雲剣を抜き、ぐるぐると回転させながら睨みを利かせて威嚇する。その殺気に数匹が怯んだようだが、それでも向かってくるジャギィらがおり、それらへと槍の形状を取っている天叢雲剣を振り回す。
飛びかかってきた二匹のジャギィはその薙ぎ払いで体を真っ二つにされる。紋様が消え、高められた力がなくなったとしても、武器としての素の力はそこらのハンターの武器に匹敵するくらいはあるのだ。
それも普段から武が整備し、研磨していることも関係し、切れ味に関してもまた問題なし。視線を動かして背後から飛びかかってくるジャギィを感じ取り、体を捻って躱した。そのまま背後から天叢雲剣を振り下ろして砂へと叩き潰す。
「ギャルルル……!」
数秒の間に仕留められた仲間。ジャギィらは自分たちが相手にしている敵のレベルが違うことを察した。唸りながら威嚇したところで、武には通じるはずもない。
刃に付着した地を払うように数度回転させ、その勢いを殺さないままに天叢雲剣を振るうことで空気の刃を放つ。これによって離れたところにいたジャギィを切り裂いた。
最早それは一方的な虐殺。付着する血は回転する天叢雲剣によって飛び散り、その軌跡が目に留まらぬ早さにまで昇格したとき、砂を吹き飛ばすほどの風を生み出す。
締めとして一際強く薙ぎ払ったとき、周りにいたジャギィらは風の刃を含んだ強風によって吹き飛んだ。
「……やれやれ、不完全燃焼にもほどがあるってもんだ。……ん?」
ふと、二つ……いや三つの気配が近づいてきたことを感じ取った。それらはまっすぐに武の方へと近づいてくる。天叢雲剣を握りしめたが、その気配の正体に気づくと緊迫した空気を解きほぐした。
「おやおや、こんなところまでやってくるとは、どうしたんだぁ? 迎えにでも来てくれたんかねぇ? 天?」
「……ま、一応そう言われたから」
「それにしてはよくオレの居場所がわかったな?」
「お前の気は覚えている。……それに、そんなわかりやすいモノをまき散らしただろ? なに? 大きな獲物でもいたわけ?」
そう言いながら天羽は乗っていたアプトルから降りていく。彼女は二匹のアプトルを連れて武を迎えにわざわざ天王寺領から数日かけて走ってきたようだ。
その視線は天叢雲剣に向けられており、どこか興味深そうな色が瞳に宿っている。
「UNKNOWNのことか? その目、狩りに行きたいってうるさいくらい語っているようだが、今はやめておいた方が無難だぜ?」
「……へえ? それはまたどうして? 負けたの? お前が? それをしておきながら?」
少し武を煽るように苦笑を浮かべながら天叢雲剣に首をしゃくった。ぴくり、と武の眉が動いたが、彼は「ああ、大きな傷を負わせることは出来なかったなぁ……悲しいほどに。……シフト、ブレイバー」と否定しなかった。
そして槍の形状をしているそれを剣へと戻す。長かった柄を作る鱗は一気に引き、中から現れた刃はスライドするように下へと下がる。そして半分に分かれていた刃が一つとなり、鱗は剣の柄と化す。
「ほんと、古代のお前の一族は一体どういう技術を持っていたのやら。素材となったディス・ハドラーと同じく三つの形状を持つそれは、まさに妖刀というよりも、生きた武器。文字通り『目覚め』てきているな」
「しかしその気にはまだまだなってくれないのよ。悲しいねぇ……」
「……で、その気になってくれなかったから負け、尻尾を巻いて逃げてきたと。……ふん、なにその目。よほど屈辱的だったと見える」
鼻で笑いながら連れてきたもう一匹のアプトルを引いて来ようとしたとき、背後から鋭い殺気が突き刺さってきた。アプトルらはそれにびくりとおびえたように体を震わせ、数歩下がっていくが、天羽は涼しい顔をしている。
「おうおう、喧嘩売ってるのかねぇ? 買うぜ? 今のオレは不完全燃焼だ……相手してくれるってんなら、嬉しいことこの上ないねぇ?」
「それも悪くない。が、噂のUNKNOWNがいるっていうなら、私はそっちに行きたい。……こいつにもUNKNOWNの血を吸わせたいし」
ヤマト国の宝剣にして草薙一族が作り上げた妖刀の一つ、天羽々斬。天叢雲剣と天羽々斬も冥蛇龍ディス・ハドラーに縁がある刀であり、天叢雲剣がディス・ハドラーの素材を用いて作られたに対し、天羽々斬はそのディス・ハドラーを討伐した武器である。
元より妖刀として高い性能を持っていたが、ディス・ハドラーの血を吸ったことで更なる力を秘めるようになった刀。しかしその力を発揮することはあまりなく、そのままヤマト国へと献上された得物。
その力は、眠っているがため天羽も全てを把握しているわけではない。
確かなのは、元から持ち得ていた竜殺しの力がディス・ハドラーを討ったことで、更に昇華されたということ。
「UNKNOWN……どれほどの実力なのかも興味がある。お前がそれを槍へと変えてまで戦ったほどの相手……死合するには十分な相手」
「ふん、そこまで言うなら止めないが、今あれはギルドナイトと戦ってるぜ?」
「……へえ? ギルドナイトが? ふうん……どんな感じ?」
「悲しいことに、部隊壊滅だな。ありゃあそう時間をかけずに隊員全員殺されるだろうよぉ。いやはや、悲しい、悲しいねぇ。見たところG級に達していたメンツが揃っていたようだがぁ、それでもあのザマだ。加えてこれがあったとしても、翼一つ破壊できずじまい」
そして武は屈辱の撤退。そんな彼をUNKNOWNは追わず、レインたちを追っていった。ある意味レインたちがいたからこそ、武は命拾いしたようなものだ。
「あいつらの命運は決まったようなもんさぁ。悲しいことにねぇ。今オレたちがUNKNOWNのところにいけば、あわよくばあのギルドナイトたちを助けることになりかねないが、どうするよ?」
「……ふん、そう。ま、別に私はそのギルドナイトたちを助ける義理などないし、そんな気もさらさらないけど」
「だよなぁ。でも一戦交えたいし、血も欲しい。そんな感情が渦を巻いてるってかぁ?」
小さく笑みを浮かべることでそれに応える。左手は先ほどから天羽々斬を抜き差ししており、一定のリズムで鍔と鞘が打ち合う音が響いていた。
天羽にとって戦うことは生き甲斐だ。むしろ戦っている時の彼女ほど、生き生きとしており、彼女自身もまた生きていることを実感できるひと時である。うわばみの如く飲み食いしている彼女もらしいといえばらしいが、それは戦いに多大なエネルギーを用い、消費していることの裏返しでもある。
だからこそ戦わなければ、溜まりに溜まったフラストレーションとエネルギーが消化できないのだ。故に彼女は戦いを求めている。
そんな彼女が出す答えなど、一つしかなかった。
「……見るだけ見る。それだけでもいいだろう?」
「ま、それくらいならいいんじゃねぇか?」
「そ。じゃあ善は急げ。とっととUNKNOWNのところに行こう」
もう我慢がならない、とばかりにアプトルに飛び乗ると、UNKNOWNの気配を探って彼女はアプトルを走らせた。そんな彼女の背中を見つめながらやれやれとため息をつき、「まぁたあそこに戻るのか。つーか、オレを迎えに来たんじゃねぇのかっての……」と愚痴りながら武もまたアプトルに騎乗した。