時は少し遡り、レインたちがUNKNOWNと交戦する数時間の事。月が浮かぶロックラックの街。夜になれば、食事処や酒場は大いに賑わいを見せる。一般の旅人らが利用する店よりも、ハンターが利用する店の方が騒がしいのは仕方のない事だろう。
彼らは命がけの戦いの後にこうして集まり、生きていることを喜ぶかのようにテンションを上げる。
そんな中、ふらりふらりと視線を巡らせながら通りを歩いている一人の男がいた。
「ん~、なかなかの活気じゃないの。噂に聞いてた通りって感じかねえ」
煙草を咥えつつ、両側に並んでいる露店を眺めている。歩きながら緩やかに外套をなびかせ、ロックラックのハンターズギルド支部へと向かっていく。
彼はロックラック周辺、すなわち大砂漠の異変も噂に聞いている。この活気も不安の裏返しが含んでいるのではないだろうか、という推察もしていた。
なにせ大砂漠に潜んでいるという竜らは一般人からすれば畏怖の象徴だ。並みのハンターであろうとも、容易に討伐できる相手ではない。
顎に生える無精髭を撫でながら、どうしようか、と彼は考える。
ここに来たのは一応それなりの目的があるが、竜らのことも気にはなっている。とはいえ自分の中では優先順位は二番以下でしかない。一番の目的はとうに定めてある。
「んー……ダグラスらがいれば、多少は話が聞けるんだろうけど、さてさてまだロックラックにいたっけなぁ。ま、その辺りの事もギルドに行けば話を聞けるでしょうけど。……わぁってるよ、そうグチグチ言うもんじゃないっての。本当にお前さんはおかんかっての。おじさんの耳にゃあいたいことこの上ないねえ」
小指で耳をほじくりながらギルド支部へと入っていき、受付に向かって自分のギルドカードを提示して登録した。その際に受付の少女に自分のことに関して多少驚かれたが、気にしないことにする。
「えっと……アルタイル・イェーガーさん、ですね。はい、これで登録完了いたしました。クエスト受注は明日から行えますが、宿などに関してはハンター割引が有効になりますので、その際はカードを提示してくださいね」
「はいよ。んーそれにしてもお嬢ちゃん、可愛いね~。おじさんの好みかも」
「あ、どうも……」
「こんな時間まで、ご苦労様なことね。これほど賑わってるのって、やっぱり大砂漠に関することが関係していたり?」
ナンパする、と見せかけてからの大砂漠のことに関する質問だ。受付嬢も少し警戒したが、大砂漠の話になると神妙な表情を少し浮かばせて小さく頷く。
「はい……UNKNOWNの存在が調査によってほぼ確証に近しいものになっています。またティガレックスとディアブロスの縄張り争いも深刻化していまして、南方面のルートはほとんど封鎖されています」
「封鎖、ね。奴らの討伐依頼って出てるんでしょ? 誰か受けた人、いないの?」
「ロックラックからは数組のハンターが受注いたしましたが、達成の報告は届けられていません。奴らに敗北したのか、あるいは討伐した帰りに何かあったのか。それらは不明です」
「なるほど。こりゃあ思った以上に難儀なことになっているようね。情報ありがと」
礼を述べて彼、アルタイル・イェーガーはギルド支部から酒場へと移動していった。そこには多くのハンターたちで溢れかえり、各々夕食や酒を楽しんでいる。
軽く顔ぶれを確認しつつ、自分のよく知っている顔がいないかを探してみたが、どうやらここにはいないようだった。
(さてさて、どうするかねっと……。あのお嬢ちゃんの話によれば、ここに来れば懐かしい顔があるはずだけど……って、おぉ? あらぁ~こりゃあなかなかのいい女、はっけ~ん)
指で銃を作って見せながら、ばん……と撃ち抜く様な仕草をしながら、アルタイルはその女性を眺めてみた。
肩に届くほどの金髪をした女性だ。顔つきからして西方人と見られる。
このロックラックに西方人の女性がやってくるとは思わず、多数のハンターたちがその女性の顔へと振り返っていく。
中には彼女を食事に誘おうとしているハンターもいるようで、立ち上がって「よう、少しいいかい?」と声をかけていく男がいた。
「ほう、近くで見ると本当にいい女じゃないか。このロックラックに西方の女が来るとは珍しい。どうだい? 向こうで一杯やらないか?」
「ソーリー、ナンパはお断りしている」
「ナンパじゃないさ。これはちょっとした歓迎の挨拶みたいなものよ。あんたみたいないい女が来たとあれば、歓迎せずにはいられねえってね」
「リアリー? そうだとしても、ソーリー、あたしはそういうの、受け付けません。他のレディーにアタックすることね」
肩に手を乗せてきた男の手を払い、そのまま彼女はカウンターへと向かおうとした。しかしここまでアタックしておいてフラれる、というのも男の癪に障るのか、「待てよ」と呼び止めていく。
その様子を見ていたアルタイルは、やれやれと苦笑を浮かべながら男を止めようと前に出ていく。
だがそれよりも早く、彼女は動いていた。
伸ばされる手を側面から掴み、引っ張りつつ男の足を払っていったのだ。突然のことに男は反応できず、腕を引っ張られ、自身の体重に任せるように宙を回転し、床にたたきつけられてしまった。
「しつこい男、嫌われますよ? ナンパも、戦いも、引き際が肝心ね」
「…………おいっ! お前ら!」
『応!』
しばらく床で呆然としていた男だったが、今のことで頭に血が上ったらしい。仲間の男たちへと声をかければ、一斉に周りにいた男たちが立ち上がる。ハンターが多いが、それに加えてごろつきもそれなりにみられる。
もしかすると、ごろつき上がりのハンターなのかもしれない。
数は十人を下らないか。
明らかに一人の女性相手にするような数ではない。
「ふぅ……ロックラックというのはバッドボーイ、多いのでしょうか」
「おらぁ、親分と同じ目に合わせてやるぜ、この西方人が!」
「オゥ、なかなか血気盛んなこと。だからこそ、読みやすい」
女性を掴もうとする手を素早くかわしつつ、またしても足を刈ることで床を舐めさせる。続けて頬を肘打ちして意識を揺らし、背後から蹴り飛ばして別の男へと押しやってやる。
そうして動きを止めたところで鋭い回し蹴りによって意識を奪っていく。
酒場内、ということもあり、引いた足で近くにあった木製の椅子を引き寄せる。続けてもう一つの足で蹴り飛ばせば、接近してきた男の足にぶち当たり、その男は体勢を崩してしまった。
前のめりに倒れていく男の後頭部を踵落とししてダウンさせ、その足で下から椅子を持ち上げる。そうして宙に浮かんだ椅子を見つめながら、後ろから殴って来た男の手を頭をずらしてかわし、受け止めながら椅子を別の男へと蹴り飛ばす。
更にもう一つの腕で男の腹を肘打ちして背負い投げ。
見事な立ち回りだ。
全く危なげない動きで、数の不利をないものとしている。
だが、アルタイルは動いた。ハンターとしての違反行為をしてでも、彼女を抑えようとしている男がいるのが見えたのだ。
「はいはーい、そこまでよ」
「っ!?」
「ここでライトボウガンとか、どういう神経してんのよ。そういうのやったら、ギルドナイトが出てきちゃうじゃないの。おじさんとしては、彼らに会うのは勘弁なんだけどね」
「は、はなせっ! ここまでやられて、黙っていられ……んがっ!」
「はいはい、元はといえば、お前がナンパなんてしちゃうからこうなっちゃったの、わかってる? 実際に撃ってないとはいえ、未遂までやられちゃあおしまいよ。ここで大人しくしていろってね」
腕を捻りあげてライトボウガンから指を離させ、後ろ手に回しながら床に叩き伏せてやる。素早く紐を取り出して動きを封じつつ、女性のほうを見やると、もう彼女も残っている男たちを返り討ちにしているところだった。
もしかすると助力など必要なかったかもしれない。
そう思わせるだけの見事な実力だ。
だが彼女は一息つくと、アルタイルへと振り返りながら「センキュー、助かりました」と声をかけてきた。
「いやいや、俺が出しゃばらなくても、あなたならどうにかなったでしょう。レディー?」
「いえ、そうでもありません。あたしとて、後ろからスナイプされれば、負けますよ。だから、センキュー。あなたのおかげで、助かりました。感謝いたします」
そうして彼女はアルタイルへと手を差し出してきた。
「エリーゼ、いいます。シュレイドから参りました」
「あら、レディーもシュレイドから? おじさんもそうなのよ。あ、おじさんはアルタイル。よろしく」
「オゥ、あなたもですか」
「イエースイエース、そうなのよ。……ふむ、これも東方の言葉で言えば、奇妙な縁の巡り会わせっていうのかねえ。どうだい? おじさんでよければ、向こうで旅の話でも。エスコートしますよ、レディー?」
少しエリーゼの言葉を真似ることですこしおちゃらけると、きりっとした表情でカウンターの隅の席を示してみせる。
そんなアルタイルの様子に、悪しきものがないことを感じ取った彼女、エリーゼは小さく頷き、「オーケー。付き合いましょう、ジェントルマン」と誰もが見惚れるような微笑を浮かべて見せた。
「ふーん、それじゃあエリーゼちゃんも神倉月のニュースを見てこっちに来た口なのね」
「イエス。あのニュースは世界中に広まったと聞いています。神倉月のネームは良くも悪くも有名です。かのレディを殺害できた人物、あたしはとても気になりますね」
「そうねぇ……プルート・ギルガメッシュだったかね。シュレイドにいるなら、それなりに伝承を耳にすることはあるだろうけど、西方人のエリーゼちゃんも知ってるのね」
「シュレイドには数年、滞在していました。……ユーのことも、多少は耳に入っていますよ。アルタイル、そのネームには聞き覚えがあります。かのダグラスと肩を並べるガンナー……ノー、アーチャーであると」
「あんらぁ、俺ってそんなに有名になっちゃってんの? 俺としては、結構影を薄くしてみせたつもりなんだけどね」
「碧空」のダグラスといえば、中央で名を轟かせるヘビィボウガン使い。それだけでなく、碧空自体が有翼種の魔族で構成されたメンツであり、それだけでも名が知られる要因に成り得る。
そんな彼らと親しいハンターとなれば、気になってしまうのも仕方がない。
それは有名どころでいえば、「刀刃」の武蔵たちだろう。東方出身の彼らとは六年前の一件でも共に戦っており、その後も交流があることで知られている。
東方で有名になっている刀刃と、碧空の交流という大きな要素に隠れがち。それはアルタイルにとって狙ってとった立ち位置である。
あまり目立つことを好まない彼は、ダグラスの友人でありながらも刀刃の陰に隠れるようにして己の存在を隠した。同時に普段からだらけたような雰囲気を醸し出し、言動もそれに倣ってとぼけたような空気を作り上げていく。
というより、これが彼の素なのではないだろうか、と思えるほどに彼のそれは自然体だ。
「有名になること、嫌うのですか?」
「だってさ~、名が知られるのは良くも悪くも多くの人に俺のことを知られるってことでしょ? 街を歩けば俺の事を知っている奴らが色々言うわけだ。……かわい娘ちゃんや、美人に知られるっていうのはいいけど、野郎に知られるのはめんどいじゃーん。俺がハンターになったのはただ生きるための力を高めるためであって、名前を売るわけじゃあないからねえ。それに長く生きる身としては、長く人に記憶されるっていうのはどうもねえ……」
「……ああ、妙なソウルを感じると思ったら、なるほど。人間ではなかったということですか。となれば、ハンターとしての経験も豊富。人間ではないなら、かのダグラスさんと親しくあれるのもまた、納得です。あなたのソウル、磨き上げられた経験が光るクリスタルのようです。惜しむらくは、それを覆い隠すその外向きの空気、ということですか」
じっとアルタイルを見つめながらのその言葉に、苦笑が浮かぶ。
どうやらエリーゼはその人物が纏う空気や、気を感じ取れるだけの感性を持っているようだ。別に隠しているわけではなかったのだが、人間ではないことを見破られるとは、と参った参った、という風に頭をかく。
「あっちゃあ、わかっちゃうの?」
「魔族、ですか?」
「んー……ま、そうじゃない? 別におじさんとしては、種族なんてどうでもいいからねー。とりあえずその日その日を気楽に生きていければいいって感じだからねえ。そうしたら、気づけば百年は生きちゃった人よ」
「なるほど。それだけ生きれば、鈍色のストーンもクリスタルになるでしょう。それだけのモノ、この大砂漠に生かすという気は?」
「ダグラスらがいるなら、あいつらに任せて、おじさんはおじさんの目的でも遂行しようか、と元から考えてたからね。別に自分からやろうって考えちゃあいないさ。エリーゼちゃんもそういう口でしょ? ハンターという肩書は持っていても、それを引っ提げてここに来たって感じじゃない。そう、おじさんには見えるんだけどね」
小首を傾げながら問いかけ、運ばれてきた酒を軽く煽る。そうして唇を濡らし、「エリーゼちゃんも普通じゃない目的をもって、はるばるとシュレイドからここへとやってきた。違う?」と再度問う。
「……イエス。あたしは、人には言えぬ目的があります」
「そう。おじさんもなのよ。そういうところも似たようなものなのね。ということは、ここでこうして出会ったのもある意味、運命じゃないかねえ。ありゃ、こりゃあ困ったねえ。運命の出会い、なんておじさんにゃあ似合わないこと、言っちゃったよ」
「……デスティニー。なるほど、これもまた一つのデスティニー、ですか。でも、それでもあたしの口からはキャンノットスピーク、ですよ」
「それでいいのよ。そう易々と話していいことと悪いことがあらぁね。今日のところは、こうして酒を飲みあうだけにしようじゃない」
にやり、と笑いながらジョッキを軽く掲げて見せる。それにエリーゼも乗り、二人は軽くそれらを打ち合わせた。
そんな二人の耳に「失礼、通報があって参上した」というよく通る声が酒場に響いた。なんだなんだ、と周りのハンターたちやアルタイルとエリーゼは入口へと視線を向ける。
そこには黒を基準とした着物を身に包む男女が数人入ってくるところだった。羽織は白を基準とし、袖付近や裾に黒が塗られている。これだけならばただの和装であるが、その背にはギルドの紋章が描かれていた。
「ギルドナイトだ……」
そんな声が聞こえてきた。
アルタイルは少しだけ目を見開き、そしてゆっくりと細めていく。「ああ、東方のギルドナイトね」とぼそりと独り言を漏らした。
中央のドンドルマを拠点とした、レインらをはじめとするギルドナイトの制服は基本的に赤を基準とした礼服を用いるが、東方のロックラックや華国などは彼らのような着物の上にギルドの紋章が描かれた羽織を纏う。
ハンターズギルドの本拠地はドンドルマであり、ここから東方と西方へと組織は広まっていった。基本的に制服は統一されているが、国や地方を越えるとその土地に合った服装へと変化していったのだ。
また服装が異なればそれぞれの本拠地がわかりやすくなったということも相まって、地方の組織ごとに制服が確立されていく事となる。
「ロックラック支部の一隊長、
名乗りを上げたのは右目をその青い前髪で隠した青年だ。鋭く細められた左目で酒場にいる客らを見回していく。その眼力はさすがはギルドナイトというべきか鋭く、凄みを感じさせている。
「こ、こちらです」とウェイトレスが案内するように先導した。すると日向と名乗ったギルドナイトは首をしゃくり、ウェイトレスについていくように二人のギルドナイトの男女がついていった。
そう時間をかけず、騒ぎを起こしたハンターたちを連れて戻ってくる。その顔ぶれを見回した日向は苛立った表情を隠しもせず、彼らに近づいていった。そのままリーダーの男の前に立つと、「まったく……この時期に余計な騒ぎを起こしてくれやがってよ」と睨みを利かせる。
すると、男の顔を右手で掴み、ぎりぎりと指に力を入れて締め、持ち上げていくではないか。男の呻き声など気にも留めず、アイアンクローをしたまま床へと叩き落とす。
「大砂漠の状況、耳にしていないわけないだろう? ディアブロスにディガレックス、UNKNOWNといった面倒なやつらのせいで俺たちギルドナイトは忙しいんだ。この街に駐屯している俺らの身にもなってほしいもんだな、おい?」
何度か床へと叩き付けながら男を見下ろし、更に近くにいる連行しているハンターや周りで様子を見守っているハンターたちを見回す。
「てめぇらが騒ぎを起こせば、俺たちは出動しなけりゃならない。それが仕事の一つだからな。しかし、こっちは大砂漠の事件……今はUNKNOWNの情報収集や整理があるだよ。緊急事態となれば出動もある。てめぇらの騒ぎに付き合う気なんてねえんだ。わかったら、余計な騒ぎを起こしてくれるな。もし、騒ぎや犯罪を起こしてくれたら――容赦しねぇぞおらぁ!」
最後にもう一度床へと叩き付けた後、入口へと放り投げる。男一人を片手で放り投げる程の力と、声の凄味を見せつけられては周りのハンターたちは無言で頷くしかない。
「連行しろ」
「はっ」
周りのハンターらは若干引いているが、部下たちは少しは慣れているのかちょっと渋い表情で連行していく。うっすらと汗をかいているギルドナイトもいるようだった。
そんな中、「はぁ、たいちょー。もうちょっと抑えてくれませんかね? 激しすぎて引かれてるんですけど」と女性のギルドナイトが近づいていった。
「うるさいぞ北上。むしろ好都合じゃないか。こうして見せつけることで、ハンターどもが馬鹿な真似をしないならば重畳」
「そうですけど、たいちょーの場合は鬱憤をぶつけている節もあるように見えますんでね。やり過ぎれば上がまたうるさいんですよ」
「……ふん。とっとと連行しろ。おい秋月。お前はひとっ走り本部まで行って加賀んとこに報告だ。取調室の用意くらいはさせておけ」
「承知」
一礼して酒場を後にしようとした女性隊員だったが、「その必要はないわ」と外から女性の声がかかった。今度は誰だと酒場の面々が入口へと視線を向けると、鉄扇をとんとん、と左肩に叩きながらギルドナイトが入ってきた。
毛先が黒く、それ以外は茶色いセミロングをし、日向らと同じ東方のギルドナイトの制服を纏った女性だ。整った顔つきに、着物の上からでもわかる膨らみ。すらっとした足と外見的な体つきはおよそ東方人らしくないが、その身なりや名前は東方人らしい。
「何の用だ、
「ふっ、こちらも主に用があったのよ、日向よ。伝令だ。大砂漠にて強大な反応を確認。その波長から、噂のUNKNOWNではないかとされている」
「――なんだと?」
「付近にいる出雲隊が現場に向かっているともある。だが彼らだけでどうにかなるような相手ではないだろう。故にロックラックに待機している隊らにも、出撃準備をせよとのこと。以上よ」
「……そうか、UNKNOWNが。ならば出撃準備をしないはずはない。北上、数人連れて本部で準備してこい。秋月らはそいつらの連行だ」
『はっ』
それぞれ日向の命令に従って外へと出ていった。そんな彼らを見送った望月は左肩を叩いていた鉄扇を開き、自分をあおぎながら薄く目を細める。唇は微笑を描き、「しかし日向よ。相変わらず過激なことを」とどこか楽しそうな声色で言う。
「罪人に対して容赦がないという点では、世に語られるギルドナイトとしては異なことではないだろうが、それにしてはやり過ぎという点も否めないぞ? ああ、抵抗したからだとか、ここのハンターらとやりあったから出来た傷と否定しても意味はないぞ? 私がありのままを上に報告すれば崩れ去る嘘ゆえにな」
「……いたのか、貴様? 相変わらず気配を消すことに関しては馬鹿げた力だな」
「ふっ、それが私の取り柄ゆえな。気配を消し、相手に悟られずに近づき、一撃をもってして始末する。処刑人としては十分な力であろう? そう、主であろうとも、処刑するぞ? 上はお前の過激さに関しては意見がわかれていることは承知の上であろう? 加賀に命令が下り、私に出動命令が出れば、私がお前を処刑することだってあり得るのだからな」
あおいでいる鉄扇を閉じ、日向の胸を軽く叩いて小首を傾げる。それは冷たさを感じさせる微笑みであり、事実その赤い目は笑っていなかった。
それだけでひしひしと感じられる、罪人を処刑する者としてのギルドナイトである望月の一面。周りの空気が冷え切ってしまい、ごくりと生唾を飲み込むハンターたち。
だが、ふっとそんな空気を消し去って笑顔を見せた。
「さ、行くとしようではないか。騒がせてすまなかったな。私たちはこれにて去るゆえ、あとはゆっくり食事をするがいい。ただし、節度を持って楽しめよ? 私たちは暇ではないのでな、もしもまたなにか事件を起こそうものならば――ただでは済まさんぞ?」
最後に目が笑っていない笑顔で脅しにしか取れない警告を置き土産に、望月は日向を連れて去って行った。まさしくそれは冷たい風が吹き抜けた後。騒いだハンターたちから始まったそれは、残されたハンターたちに後味の悪さを残していった。
ゆっくり食事を楽しめ、なんてそんな皮肉を残して去るなんて、とハンターたちはすっかり食欲を失ってしまっていた。
そして今まで様子を窺っていたアルタイルとエリーゼもまた緊迫した空気を解く。ギルドナイトが来たことで無意識に警戒していたのだ。ただじっと、起こりうるままを眺め、自分たちに意識が向かないようにしていた。
だがそれは周りのハンターたちも同じ事。街に駐屯しているギルドナイトは、ハンターたちの無法を取り締まる役割を担う。時には暗殺すら行う影の警察機関であり、現行犯または抵抗するならばその場で処刑することも稀にある。
だからこそハンターたちはギルドナイトを警戒し、自分たちに火の粉が降りかからないようにしているのだ。
そんな中、アルタイルの目は酒場の一角へと向けられた。
アーチャーであるアルタイルだから見えた。人一倍以上鋭い視力は、陰になっている席に座っている男女を捉えていた。黒髪に旅人のような出で立ちをした若者だ。そして彼らの耳は人のものではなく、黒い毛をした猫のような耳。
(魔族のカップルってか? しかしそれにしては出来る奴らじゃない。あそこまで自らの存在感を隠してしまうなんてねぇ)
気配を消し、息を潜めて一般の客に成りすましているようだが、あれだけの技術を持っているのだ。ただものではないだろう、とアルタイルは睨んでいる。
実際、それは正しい。
彼らは普通の一般人ではない。
それは察することが出来ても、どういう人物なのかまではアルタイルにはわからなかった。少なくともハンターという感じではないだろう、ということぐらいしか把握できない。
「しかしUNKNOWN、ねえ……。本当に出てきちゃったか。どうする、エリーゼちゃん?」
「どうもこうもないです。あたしはただのハンター。参加したところで、どうすることも出来ないでしょう。ユーなら、どうです?」
「おじさんもただのハンターだからねえ。わざわざあのUNKNOWNの下に、たった二人で行こうなんて考えないさ。……情報はあるけどね」
「リアリー? どんな情報です?」
首を傾げるエリーゼにアルタイルは懐から取り出した一枚のスケッチを見せてやる。そこには見事なタッチで描かれたUNKNOWNの絵がある。まるで実際に見てきたかのような出来栄えに、エリーゼは驚きと疑惑を含んだ眼差しを向けた。
「どこからそれを?」
「とある情報屋のお嬢ちゃんからね。見ての通り、見た目はリオレイアにそっくりだが、その能力はリオレイアとは比べ物にならない。そして何よりの特徴は、お嬢ちゃん曰く――自然に生まれたものではないということだってよ」
「ワッツ? 自然に、生まれたものではない? どういうことでしょう?」
「さてね、あのお嬢ちゃんは全てを語らなかった。どうやってこんな情報や絵を入手したのかもね、自然に生まれなかったがために、あれほどの異質な存在と能力に成り果てたってさ。そしてこうも言ってたぜ」
そこで彼は初めて気の抜けたような表情を消し、真面目な顔で「――ただのヒトに、あれに勝てる道理はない、ってね」と。
○
逮捕したハンターたちをギルドへと連行した日向は、望月と共にロックラック支部の廊下を歩いていた。ハンターが立ち入ることが出来ないその建物の奥こそ、ギルドの関係者が利用する区域であり、奥にある階段を上った先がギルドナイトらが集う場所。
ロックラック支部は東方の中でも規模が大きいギルドナイトの拠点であり、中央のドンドルマに次いで多くのギルドナイトたちが所属している。
それは北に華国、南にタンジアの港という地域が存在しているためだ。
タンジアの港は過去に厄災が発生した伝説が存在し、華国もまたディス・ハドラーや九尾狐という強大な敵が存在する。
またロックラックは多くの人々が集まる交易街であり、同時に強力なモンスターたちが生息している。近年は新たな亜種が確認されるなど、危険は増幅しつつある。
そのため多くのギルドナイトを待機させ、日々治安と調査を進めている。
最近はドンドルマからの調査隊が合流し、情報をやり取りしながら網を広げている最中だが、ついにUNKNOWNの姿を捉えてしまった。
そして今、駐屯していたギルドナイトらは騒々しく廊下を走り回っている。
出動する隊員らが走り回っているのだろうが、当然ロックラックにいるギルドナイト全てを出動させるわけではない。そうなればロックラックのハンターたちによる事件を対処する者がいなくなってしまう。
「さてさて、待ち望んだUNKNOWNであるが、こんな報告も耳にしているのだが」
「……なんだ?」
「どうやらUNKNOWNと交戦している輩がいるようだ。UNKNOWNの攻撃反応に隠れて捉えづらかったようだが、人らしきものがいたとのこと。……救出は絶望的ではあるがな」
「そうか。ならばそいつらは運がなかった、と言うしかあるまい」
「相変わらずであるな、日向は。そこは助けられるならば助けなければ、と言うのがギルドナイトではないのか?」
くっく、と笑いながら望月が言うが、日向は表情を変えることなく自分の隊の扉に手をかける。「UNKNOWNに遭遇して生き延びられるのは指で数える程度だろう? 一般人なら絶望、一介のハンターであっても絶望。……ならば、それに意識を向ける暇があれば、討伐する意識に気を配ったほうがまだマシというもの」と淡々と言い残して去って行った。
「ふん、割り切っておることで。甘さを捨てたギルドナイトと言うのはなんともつまらんものよな。しかし、それだけ研磨された輩、ということでもある」
とんとん、とまた左肩を叩きながら望月は歩き出し、近くにあった扉を開けて中へと入っていく。すると奥の席に座っている女性がちらっと視線を上げて望月を捉えた。
「……連絡はすませた?」
「ええ。淡々としておったが、なかなか乗り気であったようだぞ、日向は」
「……そう。ならいいわ。日向も久々の大物を相手にするのだから、鬱憤晴らしもしばらくはなくなるでしょう」
そう言いながら彼女、加賀は手にしているライトボウガンのチェックを終え、立ち上がる。それは一般的に知られるライトボウガンとは作りが異なっており、見た目もおよそモンスターの素材で出来上がったものとは考えられないものだった。
それもそのはず。それは太古の塊から研磨されたライトボウガン。
銘を大神ヶ島【神在月】。
それを肩にかけながら彼女は前へと進み出てきた。
その際、ゆらりとその藍に近しい黒髪の小さなポニーテールが小さく揺れる。
「悪いわね。伝達に走らせて」
「いや、構わぬよ。私もまたUNKNOWNには少しばかり心が躍っておるでな。加賀とてそれは同じであろう? 謎めいた強大な敵、いったいどのような力を秘めているのか。それを楽しみに、これから赴くのだからな。クールな主とて、心の中では沸々と気力が湧き上がっているだろう? だからそれを念入りに調整していた。違うか?」
「さて、どうかしら。そういうあなたは見たまんま、気分が高揚しているようね?
「ふふ、高揚せずにはいられんよ。よもやあのようなものがいようとはな。全く、世界と言うものは何が起こるかわからんものよな」
実に楽しそうな声色で笑いながら、加賀の後に続いて部屋を後にしていく。
隊長である加賀を相手にしてもなお、その口調は変わらない。
口調や立ち居振る舞いからして名家の出身であることは察せるが、実際に彼女はヤマト国において国に仕える両親を持つお嬢様である。だが彼女はヤマト国を後にし、ハンターとして軽く東方を巡った後、ギルドナイトに転身した身だ。
それを把握している加賀は特に注意することもなく、さくさくと部下の隊員が集合する場所へと歩いていく。
「そういえば、加賀」
ふと、その背中に思い出したように望月は声をかけた。
「UNKNOWNと交戦していると思われる人らしきものがおるようだが、どうする?」
「……そう。なら、可能ならば救出する方向で。絶望的ならば、切り捨てる。それでいいでしょう」
「なるほど、承知した。しかし、日向程ではないにしろ、主も甘さは捨てておるな」
「全てを助けようなどと言うことは、人間には出来ないこと。どうしても取りこぼしは存在する。それを認識していなければ、いずれ身を亡ぼす。そうなれば、この
非情かもしれないが、しかしこれは普通の考えだ。
一部のギルドナイトはその職務に誇りを持ち、誰かを助けるように動くことがあるが、多くは加賀のような考えを持っている。
命を賭ける、なんてことはあまりしない。
任務で死地に赴くことが多いが故に、手に入れた情報は何としてでも持ち帰らなければならない。伝えるものがいなくなれば、情報は無に帰す。だから生き残り、情報を持ち帰り、次なる任務をこなすために無理はしない。
だがそれも通用しない敵が現れることもあるだろう。
その際は小数を切り捨て、多くを生かす道をとる。
自分たちはハンターではなく、ギルドナイト。ハンターを取り締まり、未開の地を調査し、新たなモンスターを探る者。
故に滅びてはいけない組織。
優秀な隊員は生き残っていかなければならない。そういう輩が自己犠牲をするような局面があるかもしれないが、それでも生き残らなければ未来がない。
それが加賀の考えだった。
「……おしゃべりはここまで。整列は、しているようね」
「そのようだの。さすがは加賀の隊員ら。迅速なことよ」
中庭に出れば十数人の隊員が整列していた。加賀を認めると揃って敬礼をする。
その隣にはまた別の隊員らが集まっており、見たところ加賀の隊を含めて三隊はいるようだった。一つは日向として、もう一つの隊があることになる。
そう時間もかけず残りの隊員らが集まっていき、建物の中から日向ともう一人の隊長らしき姿が出てくると、全員そろって敬礼した。
この場にいる四十前後のギルドナイト。
UNKNOWNという強大な敵へと赴くことを命じられた彼らは、その佇まいや目力、渦巻く空気、どれを見ても精鋭であることがわかるほどに洗練されている。
このロックラック支部に待機している隊員ら、というだけでなく、所属している全部隊の中でも精鋭だ。それを惜しみなく投入する、それだけでもギルドがUNKNOWNに対してどれだけ危険視しているかがわかるというもの。
「日向隊、揃っているな?」
『はっ!』
「伊吹隊、揃った?」
『はっ!』
「……ではこれより、大砂漠に出現したとされるUNKNOWNを討ちに向かう。既に近くを進行していた出雲隊が現場に向かっているらしいけど、彼らだけでは戦力が足りない。私たちという戦力を加えてもどうなるかはわからない。しかし、UNKNOWNの情報は入手しなければならない。そして可能ならば、奴を討つ。それが今回の任務。皆の衆、厳しい相手と想像されるけど、しかし死に急ぐ必要はない。敵が何であろうと、やることは常に変わらない。全力で戦い、生きて戻れ」
『了解!』
「総員、出撃する!」
加賀の号令に従い、一斉に彼らは中庭を駆け抜け、集められていたアプトルらに騎乗。ロックラック支部から一本道となっている街道を駆け抜け、開かれた大門から大砂漠へと繰り出していく。
その様子を、支部の一角にある窓からじっと見守っている影が一つ。腕を組みながらじっと出撃していくギルドナイトらを眺め、そっと目を閉じる。まるでそれは彼らの無事を祈っているかのようであり、俯いた際にはらりとその艶やかな黒髪が顔にかかった。
彼らが向かう先は大砂漠の一角、レインたちがUNKNOWNと戦っている戦場。
訓練されたアプトルの高速の走りで、彼らは夜の砂漠を移動していった。