空を切る昏い炎。
夜の闇に薄く灯る炎は一瞬の光源となり、火の粉の尾を引いてレインに迫る。襲い来る炎弾を掻い潜り、再びUNKNOWNへと接近していく。手にしているアトランティカを握りしめ、袈裟斬りからの薙ぎへと繋いで十文字の青い剣閃がUNKNOWNへと迫る。
やはりUNKNOWNはそれを躱すようなことはせず、平気な顔で受け止めながら突進してきた。レインが迫っていくに対してUNKNOWNもまた迫りくる。
一歩の差が大きいために急激にその黒い巨体が迫ってきているように感じられる。
だがレインは臆しそうになる心をぐっと唇を噛みしめることで堪え、火花を散らしながら口を開いて噛みついてくるUNKNOWNの側面へと回り込みつつ、アトランティカを薙いでいく。
刃は小さく甲殻の内部へと入ったが、それ以上には入らない。それでもやらなければ話にならない。
『無駄な、ことを……お前の、牙、私に、通用しない』
「それでも、少しずつ蓄積はしているはずだ。今までは弾かれるものだった刃は、今では入り込み始めている。どんなことでも綻びは生まれるもの、そこから好機を見出すのみ!」
『それは、ヒトの、幻想。現実は、そう甘くない。それでも、
いったん距離を取っていくレインの姿を見据え、ぐっと足に力を込めていく。その巨体を回転させ、陸上を早く駆け抜けるだけの力を発揮できるその足で砂を蹴る。
同時に力強く翼を羽ばたかせ、その体は宙へと飛び上がった。
それは飛行するための跳躍ではない。攻めるための跳躍である。
『――それを、打ち砕く!』
背後、頭上からの押しつぶし。それも両翼を力強く地面へと叩き付けながらの攻撃。
舌打ちしながらレインは前へと跳び、受け身を取りながら砂を転がって逃げ延びた。だが背後に強い振動と、その攻撃によって砂が舞い上がり、一時的な視界不良に陥る。
『死ね』
弓のように引き絞られた右翼から、赤き死を呼ぶ棘が放たれる。
ハンターが使う弓の拡散矢の如く、広がるように飛ぶ棘は舞い上がった砂を貫き、その先にいるであろうレインへと迫った。
UNKNOWN自身も舞い上がった砂によってレインの姿が見えないがゆえに、拡散する棘という攻撃手段を取ったのだろう。だがそんな甘い推察も意味はない。
UNKNOWNには高い嗅覚がある、感性がある。離れていったレインの位置は匂いとアトランティカが放つ力で捉えている。一本は確実にレインへ、逃げ道をふさぐようにしてそれ以外の棘が向かっていったのだ。
「――っ!?」
事実、咄嗟にアトランティカを盾にしたレインへと棘が突き刺さった。それも、アトランティカを貫いて。僅かな軋みがここで仇となったのか、貫かれた部分から亀裂が広がり、その刀身はもはや振り回し、UNKNOWNへと斬りかかれば折れてしまいかねない程になっている。
勢いはそれでも完全に消えずアトランティカを貫き、レインの脇腹を抉っていった棘は彼の背後の砂に着弾し、音を立てて砂を吹き飛ばす。
「くっ……アトランティカが……!」
硬直している暇はない。苦い表情のまま素早くアトランティカを広げたローブの中へとしまい、ソニックボウⅦを取り出して瞬時に複数の矢をUNKNOWNめがけて射出する。
落ちていく砂がまだUNKNOWNを隠しているが、それでもUNKNOWNの棘と同じく砂に穴をあけてその先にいるUNKNOWNへと迫る。
だがUNKNOWNは横へとステップするだけでなく、更に前へと跳びながら距離を詰めて右翼を叩き落してきた。横に逃げながら矢を番え、腹を狙って射出。近くで見ればわかる、カインたちが与えたダメージの名残が。
(そういえば、さっきから左の翼で攻撃をしていない。ずっと右の翼のみで……まさか、ダメージが蓄積して使いづらくなっているのか?)
左翼といえば主に武が天叢雲剣によって何度も何度も斬られていた。効いていない風を装っていたようだが、体と言うものは正直なものだ。無意識なのか、あるいは本当に庇っているのか。
蓄積したダメージによって使おうとしていないのかはわからない。
しかしさっきから右翼だけで攻撃しているのは確かだ。これが小さな綻びになる。レインはそう信じた。
「強化、続けて属性強化……ふんっ!」
距離を取りながら左足へと連射し、続けて一際強い射出を打ち込む。すると、振り返りかけていたUNKNOWNが僅かに体勢を崩す。驚いたような声が聞こえた気がするが、レインはそんな余裕はない。
更に下がりながら足、左翼と続けて矢を打ち込みながら離れていく。
威力と氷属性が強化された矢は甲殻の隙間や傷ついた翼へと突き刺さり、弾かれることはない。
「どうした? 体勢を崩したようだが?」
わかりやすい挑発に乗ったのか、UNKNOWNは低く唸りながらレインを見据える。そんな奴の頭へと連射矢を打ち込む。最早その矢の速さに慣れたのか、左翼で身を守った。
それだけでなく何本かは左翼で弾き返し、反撃として炎弾を撃ちだしてきた。
「……む?」
ふとUNKNOWNの顔に気になるものが見えた気がした。小さな傷、それはカインらがつけた傷だろうが、それにしては何かがおかしい気がする。
何らかの力が燻っているかのような、そんな違和感だ。
(奴の力が蓄積しているわけでもなさそうだ。あれには少し覚えがあるが……っ、く!?)
それに気を取られてばかりでは危険である。
撃ち出されてくる炎弾をやり過ごし、再び弓を引き絞って射出。空を切る矢はUNKNOWNの顔へと突き刺さっていくが、もはやUNKNOWNは防御を捨て去っていた。
『いい加減、死ぬがいい!』
またしても足に力を込めての跳躍。そのまま両翼を叩きつけるのかと思いきや、一気にレインを押しつぶさんとするほどの急速落下。アリカを殺したあのボディプレスだ。何とかそれから逃れるように横へと跳んだが、足がめり込むほどの着地からの砂を巻き上げながらの二度目の跳躍。
その砂に飲みこまれてしまい、レインの体は宙を舞う。
「っ、しま……!」
『終わりだ』
刹那、レインに走馬灯が走る。
世界がゆっくり動いているかのような錯覚の中、脳裏に浮かぶのは過去の戦いの記憶。カインやアリカらが生きていた時の光景が、頭の中に駆け抜けていった。
彼らが自分を呼んでいるのだろうか。そんなことを考えてしまいそうな光景だった。
(――――――あ)
そうして見えた光景の一つ。それはカインが行使している技だった。
高台の上から飛び回るリオレウスの翼を狙い、ぶつぶつと何かを呟いたカインがブーメランを投擲する一面。それは狙い通りリオレウスの右翼へと当たり、戻ってくる。ただのブーメラン程度では対したダメージにはならないだろう。実際リオレウスはそれがどうしたとばかりに地上にいるレインらを見下ろしながら飛行し続け、攻撃の隙を窺っている。
だが着弾した右翼には確かにカインが仕掛けたものが存在している。
「……
その言葉を告げた瞬間、右翼に薄らと存在していた緑色の粒子が活性化し、風が渦巻いて何度も何度も翼を切り刻んでいく。突然のことにリオレウスのバランスが崩れ、地表に向かって落下していく。
そんな光景。
世界が戻ってくる。
舞い上がった砂の奥、UNKNOWNがレインへと狙いを定めてまた翼を振りぬこうとしている。アリカが受けたその攻撃、レインもまた体を両断されてしまうであろう未来の死が迫りくる。
そんなことはごめんだと、レインは咄嗟にそれを告げた。
「――刻蝕・
無意識に叫んだ言葉。先ほど見えた違和感の正体がこれであってくれたら、なんてことは考えていなかった。
ただ、走馬灯で見えたことが、もしかしたら本当にあの世からのカインの道しるべだったのかもしれない。
見えたものと、口から出たことは別の言葉。
しかしそれは、確かにレインの命運を分けた。
ちりっ……と小さな音が聞こえたかと思うと、UNKNOWNの顔の右から強い爆発が発生したのだ。次いで発せられるUNKNOWNの悲鳴。それを背に、レインは砂を何度も転がっていく。舞い上がった体に、爆風に煽られたことによるものだ。
「は、はは……まさか、あんな置き土産を残していってくれるとは……助かったぞ、カイン……」
カインが最期にUNKNOWNの顔を殴ったこと。それはただの最後の抵抗ではなかったのだ。殴る前に鍵となる言葉を口にしてから、彼は殴った。それにより、拳を通じてUNKNOWNの顔へと文字通り術が「刻」まれた。
それはUNKNOWNの顔を「蝕」み、静かに根付いていくのだ。少しずつ周囲の粒子を取り込んでいき、対象が力を行使したならばそれをも取り込み、少しずつ後の効果を発揮した際のエネルギー源と化す。
例えるならばそれは時限爆弾、あるいは癌。
時が来たらそれは力を発揮して対象を傷つけ、吹き飛ばす。
時を重ねるにつれてそれは大きくなり、気づいたときには小さな種だったものは大きな華を咲かせて猛威を振るう。
前者はまさしく時限爆弾、後者は発動するための言葉を告げて効果を発揮させる。
口頭で術を告げて発動させる魔法と違い、これはその魔法を対象へと刻み込ませるもの。刻み込んだ当初は存在が希薄であるが故に、時間をおいて効果を発揮させることに向いている。そのために離れたところから気づかれないように対象へと攻撃する――暗殺することに向いていた。
それこそがカインの家に伝わっていた術、「刻蝕」である。
起源は東方の術の一つらしく、それがどういう経路でカインの家へと伝わったのかはレインは知らない。ただ確かなのは、その刻蝕の発動トリガーである言葉を、レインが知っていたという点。そして普通ならばカインしか発動させられないのに、レインの言葉で発動したという点。それこそがカインがレインを助けてくれたのではないか、という希望を感じさせてくれた。
『なんだ……、なにをした……!?』
突然のことにUNKNOWNも戸惑いを隠せないでいる。無理もない。いきなり右側の顔が爆発したのだから。そんな予兆なんて感じなかった。一体何をしたのかUNKNOWNにはわからないまま、レインを睨み付ける。
そんなUNKNOWNを不敵な笑みで睨み、「なに、お前と戦っていたカインたちの置き土産だ」と返した。
「何らかの形でカインはお前の顔へと攻撃をしたのだろう? それが、今になって生きたということだ」
『……っ!』
UNKNOWNの脳裏にカインの最期の抵抗が蘇った。カインだけではない、彼の部下たちもまた、最期にUNKNOWNへと拳で殴りつけた。でもそれらはただの最後っ屁。カインが殴ることで行使した刻蝕に気づかせないために、そして何より彼らもまたUNKNOWNへと一矢報いたい気持ちがあってこその行動だったろう。
だからUNKNOWNは気にも留めなかった。小さき存在であるヒトの拳など、UNKNOWNにとっては何の意味ももたらさない。
それが今になって牙をむいてきた。
当然この好機を逃さない。「超強化――射抜き貫け……っ!」という言葉を乗せて放たれた矢は、狙い通りUNKNOWNの額を貫いていった。
『――――ッ!?』
決まった。
今のは致命傷だろう。
そう思ってしまうほどに鋭い一撃。
同時に、「……っ、ご、ふ……!」とレインもえずいてしまい、砂の上に吐瀉物をぶちまける。
「はぁ……はぁ……ここで、反動が……!」
自己強化の限界突破、それは数分間は己の力を引き上げてくれる。まさにリミッターを外した人の身体能力を発揮できるのだが、やがて効果が切れた時、リミッターを外した代償として体に多大なる負荷がかかる。
腕が、足が、そして体が、ぎしぎしと軋むような音を立てているような感覚。今、UNKNOWNに動かれれば間違いなく殺られるだろうが、レインは反動によって動けない。
だから今の一撃がUNKNOWNにとって致命傷であればいいと願わずにはいられない。
しかし、現実は無情だった。
『――っ、今のは、ヒトにしては、いい抵抗だった』
仰け反ったままだったUNKNOWNが、珍しくレインを褒めるようなことを言いながら一歩踏み出してくる。瞬間、覇気が噴き出すと同時に、UNKNOWNから黒いオーラが発生した。
それはUNKNOWNを取り巻くように動き、赤くぎらつく瞳はより輝きを増していく。
『しかし、届かない。私を、殺せるという、幻想、捨てろ。だが、本当に、ヒトにしては、よき抵抗だった。それは、私とっても、驚きである』
だが、とUNKNOWNは口を開いてエネルギーを集め始めた。『それでも、結局、無意味。最終的に、お前は、死ぬ』と宣告しての熱線。無慈悲なる高温の裁きの鉄槌。
それを振り下ろすべく、最大にまで溜まったそれを撃ち出す光景まで、レインはゆっくりに見える。夜の闇を照らす昏き炎は漆黒の体を持つUNKNOWNをも照らす。
(……届かないか。わたしは、ここで終わるのか……)
もう走馬灯もない。
痛みで体は動かず、抵抗する気力もない。
まさに絶体絶命だった。
(しかしこれだけUNKNOWNを引き付けたのだ。十分時間は稼いだだろう……いや、まだ足りないのかもしれないが、それでも無駄にはならないはず。……みんな、どうか生き延びてくれ。そしてサン……すまない、兄は先に逝く)
そして目を閉じる。
あの熱線で貫かれるのだ。熱さを感じる間もなくあの世へと旅立つのだろう。
甘んじて受け入れよう、とその時を待つレインにいよいよ熱線が放たれようとする。
だがその熱線のために溜めたエネルギーの光は、奴の位置を知らしめるものであった。
夜の闇に溶け込むはずの漆黒の体は、それによって離れた所にいたとしても奴の存在を知らしめ、狙いを定めるには十分なもの。
そう、通りかかった彼らが不意打ちをかけるには格好の的でしかない。
「――ガッ!?」
UNKNOWNにとって二度目の不意をつかれた形での爆発。
それはまたレインが刻蝕を発動させたものではない。左から飛来してきた大タル爆弾がUNKNOWNに着弾したことによる爆発だ。しかも爆風に煽られることで、溜まっていた熱線のエネルギーにも連鎖し、それも大爆発を起こす。
「な、なにが……?」
死を覚悟したレインの耳に届いた大爆発。反射的に目を開き、現状を把握しようとする。
そんな彼に聞こえてきたのは、何かが走ってくる音だった。次いでまた飛来してくる大タル爆弾。それらは信じがたいことに、本当に空を切って飛行しているのだ。
『なんだ、これは……! っ、く……どこの、誰だ……このような、真似をする、輩は!?』
「――こんな輩だぜぇ!」
響く男の声。次いで聞こえる爆発音と砂を駆け抜ける足音。
何事だ、とUNKNOWNがそちらに視線を向けても、まだまだやってくる大タル爆弾。それらによってUNKNOWNを怯ませ、その場に縫い付けた彼らは、呆然としているレインの下へと駆け付けた。
そのまま男はレインの体を抱え上げ、肩に乗せる。
「おう、誰かと思えば雨の兄ちゃんか?」
「……? わたしをそう呼ぶのは……まさか、六年前の……」
何とか後ろを見ようとするが、体も首も思うように動かないため抱えている男の姿は見えない。だが自分はモンスターに騎乗している誰かによって助け出されたということはわかる。
そう、ロックラックへと向かっていた彼ら、獅子童雷河と焔、サラマンドラのサラがレインの窮地を救ったのだ。
「しかし、どうしてここに……」
「なぁに、俺たちも東方の異変のことを調べてたのよ。で、大砂漠の話を聞いてロックラックに向かっている途中だったんだが、どういうわけか奇妙な気配が感じられるわ、戦いの気配を感じるわでこっちに来てみたのよ。そしたら懐かしい気と匂いがあるじゃねえか。駆け付けてみたらこういう状況ってわけよ。で? あれが噂のUNKNOWNか?」
ちらりと後ろを振り返りながら雷河はそう締めくくった。お供である焔はどこにいるのかといえば、雷河の肩に乗ったままローブを広げ、大タル爆弾を射出している。人の姿に変化し、がっしりとした雷河の肩とはいえ揺れる状況の中でも何とかその場に留まっているようだ。
片手で足を支えてもらっていることも相まって、高度を得た上で大タル爆弾を撃ち出し、UNKNOWNへと奇襲をかけることに成功する。
そうして攻撃はするが、そのまま戦い続けることはせず、サラは一気に戦場を駆け抜けて撤退し始める。大タル爆弾は浴びせ続けてUNKNOWNを動けなくさせることで、より確実に撤退できるようにすると同時に、奴へとダメージを残していく算段だ。
だが現実はそうはうまくいかない。
数十発もの大タル爆弾を受け続けたことで、怒りが蓄積したのだろう。天を仰いで怒号を上げ、漆黒と赤のオーラが一気に吹き上がった。同時に凄まじい勢いで殺気が振りまかれ、血走った眼差しをレインたちへと向ける。
『なかなかの、抵抗。これが、ヒトの、最後のあがき、というものか。なるほど、悪くない。この私も、ここまで、傷つくのも、久方ぶり。そして――ここまで、感情、高ぶるのも、久方ぶりだ……ッ!』
ぐっと足と翼に力を籠め、UNKNOWNは跳躍した。怒号を上げながらレインたちを叩き潰さんと背後上空から迫っていく。「サラ! 左へ!」と声をかけながら焔は反撃のためにまた大タル爆弾射出。
しかしUNKNOWNはそれによって怯むようなことはしなかった。爆風と刺激で僅かに勢いを失い、進路が微小ながらもずれただけ。それでもレインらを叩き潰さんと右翼を振り下ろすが、サラは指示に従ってそれを避けた。
それでも砂が舞い上がるほどの衝撃が背後から襲い掛かる。殺気がひしひしと突き刺さる。熱気もまた襲い掛かるが、その殺気の冷たさも同時だ。
「わたしを……置いていけ……! 逃げ切れるものでは、ないぞ……」
「馬鹿言っちゃいけねえ! せっかく拾った命だ、そのまま捨てるような真似はしねえよ! つか、お前さん妙に体が痛んでんじゃねえか? 戦いで傷ついたって感じじゃねえな。何をした?」
「……リミッターを外した」
「はぁ、なるほど。道理で今もまだろくに体を動かせていないわけだ。俺らがいなかったら、あのまま死ぬつもりだったと。死に場所を求めたってわけでもないのにそんな無茶をするってことは……そういやお前さん隊長だったな? 部下はどうした? 逃がしたのか?」
それに対する返事は帰ってこなかった。しかし雰囲気で雷河は察したらしい。爆弾を撃ち続け、懐から札を出している焔もまた渋い表情を浮かべて舌打ちしている。
「そうかい、相変わらず情に厚いギルドナイトなことだ。だからって死に急ぐこたぁねえと思うがな。お前はまだまだやること、あるんじゃねえのか?」
そう諭す雷河の背後で、UNKNOWNは口を開いて火球を撃ち出そうとする。だが取り出した札を投擲した焔が「反射陣!」と告げると、札を中心として力場が形成された。
それは迫りくる火球を受け止め、そのままUNKNOWNへと返す。
着弾の衝撃も意に介さず、昂った感情のまま一歩、また一歩と前進して喰らいついてくる。口からは常に火が漏れ出、気迫も相まって凄まじいプレッシャーとなって雷河らを襲っていた。
訓練され、数々の戦場を雷河と焔と共に過ごしたサラであったとしても、小さく臆したような声を漏らしてしまう程の重圧。それがたった数メートル背後に存在しているのだ。
「……おい、ギルドナイト。これを飲め」
そう言って焔がローブの中に手を入れ、一つの丸薬を取り出した。無理やり口を開かせて口内へとそれを放り込み、すかさず竹筒を取り出してレインに水を流し込む。突然のことだったが、レインは何とか言われるままにそれを飲み込んだ。
少しして体内から少しずつ活力が戻ると同時に、痛みがさっき以上に強く感じ始める。
「なにを、飲ませ……?」
「焔が調合した薬。痛みは出るだろうけど、それはお前の体が受けたダメージを鈍った体が認識し始めた証。同時に、体に活力が巡り、多少は体が動くようになっていくはず。ほら、そこに座りなおせるくらいには動くだろ?」
「となると、俺の前に座りな。ほら、手綱も握ってみ」
さっと雷河が座ったまま後ろに下がりつつレインを引っ張り上げて前に座らせる。彼はずっと手綱を握らずに足の力だけで更に騎乗していたようで、垂れ下がっている手綱をレインの手に握らせた。
レインも苦い表情は消えないが、力も少しずつ戻りつつあるようで、手綱を握るくらいならば大丈夫なようだ。とはいえ指が震え、しっかりと握れるものではなかったようだが。レインを座らせると、雷河は後ろを振り返る。焔もそれに合わせて足の位置を調節し、二人そろって迫ってくるUNKNOWNを見据える。
景色は変わらず、周りは砂ばかりが広がっている。
それでも彼らは移動している。
砂ばかりといえども、所々なだらかな丘状に坂がある。上り下りし、点在する小岩や遥か遠くに見える岩山もゆっくりと動き、そして背後から流れてくる熱気のうっすらとした風の道。
それらが前から後ろへと流れて行く事で、確かに自分たちはこの大砂漠を移動しているのだとわかる。いずれは次なるエリアへと移動できるだろう。
しかしいくらサラの足が速くとも、スタミナと足幅の差が関係し、やがて追いつかれるだろう。
「やれやれ、足止めできるかどうかわかんねえが、やるしかねえな!」
両手を握りしめて強く打ち合わせる。拳から弾ける電気の力は、力を込めるたびに少しずつ強く明滅し、UNKNOWNが次なる攻撃をしようとした瞬間に拳を突き出す。それに従って溜まった電気が弾丸となって撃ち出された。
先行した弾丸に次いで左手を開きながら掌打すると、衝撃に乗って雷が放出され、UNKNOWNに着弾した雷弾を増幅させるように雷がUNKNOWNに広がっていく。
だがそれでUNKNOWNを止めるには至らなかった。
全身を走り抜ける雷と頭に着弾した雷弾。これらが敵の体を麻痺させ、動きを封じるのが雷河の技の一つなのだが、UNKNOWNに通じている様子はない。
「ちっ、足りないか、あるいはそもそもこういうものに耐性があんのか……!?」
「だったら弾ければいいだろ? 続けて飛べ!」
ローブを広げて次の大タル爆弾を射出しながら提案する焔。二人の間に通じる合言葉に、雷河は頷いてまた拳を打ち合わせる。何度かそれを繰り返し、指を開いて指同士に電気の道を作り上げる。
そうしてエネルギーをためると合掌する。すると手の中で弾けた雷が強い光を生み出し、瞬間的に閃光が発生した。所謂、閃光玉を自発的に発生させたものである。
これでUNKNOWNの目をつぶし、振り切ることが出来るだろう。
「グルルル……グルァァアアア!!」
人語ではなく、竜としての怒りの声が響きわたる。「よっしゃ! そのまま走れ、サラ!」と走り続けているサラに告げ、目を閉じながら頭を振り回し、暴れまわるUNKNOWNを睨む。
目を潰したことは潰したが、それでも奴は暴れ続ける。燃える炎を口の端から漏らし続けていたかと思えば、口を開いて一気にエネルギーを充填し、熱線を撃つ態勢に入った。
「ちっ……耐炎障壁! サラ、気を付けろ!」
焔の言葉に肩越しにサラは振り返り、UNKNOWNの熱線の軌跡を見極めようとしている。焔もまた札を扇状に投げ、効果を発揮させると赤い光がぱっと広がっていく。それが薙ぎ払われる熱線を受け止め、威力を軽減させる。だが、数枚の札は耐えきれずに燃え尽き、レインらの近くへと熱線が届いた。
じわり、と砂が溶けるような音が聞こえたが、それに意識を向けることなくサラは走り続ける。一刻も早く奴から距離を取るために。
しかし閃光によって目をつぶしたとしても、その効果はたった数秒。
『逃がさん……!』
「ちっ、足止めが足止めになりゃしねえ! こいつぁ……腹ぁ括るしかねえか?」
そのたった一つの手段が雷河の頭によぎる。
ハンターとしての手段で時間稼ぎも出来ないならば、それ以外の手段……そう、自分にしか出来ない手段を用いてでも奴を止める。
「猿……お前、まさか……」と焔が何かを察したような表情を浮かべるが、「なぁに、最終手段さ。別に命かけようなんて思っちゃいねえよ」と微笑を浮かべるが、それもどこかぎこちない。
背後からはまたUNKNOWNが迫ってきている。奴を止める手段はもうほとんどない。麻痺も、目つぶしもやった。奴もそれに対して警戒心を抱いているだろう。
爆弾は今も放ち続けているが、最早奴を止めるには至らない。強き意思でそれを切り抜けてきている。
死が、足音を立てて迫りくる。
それに抗うには――
「――やはり、戦うしかねえか」
覚悟を決め、サラから飛び降りようとした刹那、雷河は何かに気づいたように砂の向こうを見つめた。
何かが迫ってきているのだ。
多くの人がこちらに向かってきている気配がする。
「――標的を発見! 第一射、撃てぇ!」
よく通る女性の声。その号令に従い、夜の闇を切り裂く無数の矢がUNKNOWNへと迫る。
迫ってきていた彼女らの事など、UNKNOWNにとっては意に介する必要のない小さな群れ。それらから放たれた矢がUNKNOWNの意識を少しだけでも引くことに成功した。
「第二射、撃てぇ! その後、標的へと直接攻撃する! 抜刀準備!」
彼らはアプトルに騎乗して接近してきている。小さなダメージとはいえ、突然の乱入者に何度も何度も矢を撃たれてはUNKNOWNも完全に怒りの方向が逸れてしまう。
『また、小さき、存在か……どこまでも、邪魔をする……! この私に、挑もうという、愚か者め』
ぎろり、とその二つの赤い流星が乱入者たちを捉えた。漏れ出る息吹はじりじりと熱を高め、昏い光がその漆黒の体を照らしていく。開かれた
「おい、そこの奴ら! 熱線が飛ぶぞ!」
雷河が叫んで知らせた時、『失せろ』という一言と共にそれは放たれた。
絶望の青き炎。空を切って放たれたそれは乱入者たちを薙ぎ払っていく。無情にもそれらに飲み込まれ、消し炭にされてしまっただろう。
と、思われたが、易々とそれを受け入れるほど甘い存在ではなかった。
前方に展開した耐炎の壁を作り出してやり過ごし、「抜刀! かかれぇ!!」という掛け声に従って、部下の者たちが一斉にUNKNOWNへと斬りかかっていった。
更に数人は逃げていく雷河たちに気づき、「隊長、あそこに誰かが」と一人が報告した。
「ハンターか。球磨川、数人連れて保護しなさい。残りは私と共にあれを叩く!」
「ういっす。そんじゃおまえとおまえ、ついてこい!」
球磨川と呼ばれた少女が二人のギルドナイトを連れて雷河へと接近。その合間に他の者たちがUNKNOWNを引き付け、攻撃する。UNKNOWNも突然の乱入者に意識が向いていたため、火の粉を吐きながら振り返ってくる。
「目覚めなさい、影縫」
女性隊長が取り出した黒い弓、闇夜弓【影縫】へと告げれば淡く光を灯した。それはレインや彼の父であるソルが行使したような、武器に使われた竜の力を引き出す手段に似ていた。
「
他の者たちがUNKNOWNへと攻撃を仕掛けている間に、彼女は闇夜弓【影縫】から矢を山なりに射出する。放たれた二つの矢はそれぞれ翼を貫き、その下にあるUNKNOWNの影に突き刺さった。
「……っ!?」
反撃をしようとしたUNKNOWNだったが、思ったように体が動いていないことに気づく。何としてでも動こうとするも、どういうわけか体が動いてくれない。
これぞ東方の忍の秘術の一つ、影縫である。
相手の影に主に苦無を打ち込むことによって相手の動きを封じ込める術だ。とはいえ術自体は伝えられるものは限られているし、忍自体も各地で隠れ里を築いているために情報も漏れていない。
彼女が行使したのは間違いなく影縫に準じる術。それを闇夜弓【影縫】に宿るナルガクルガの力を引き出し、高速で撃ち出した矢で成し遂げてしまった。人為的に生み出された大きな隙。それを逃さずに彼らは一気にUNKNOWNへと攻め立てる。
その間に球磨川は「そこの人たち、止まりなさい!」と呼び止め、雷河は「一応止まれ、サラ」と声をかけた。
「ハンター? ……いや、そこにいるのは見覚えあるような? それにこのサラマンドラはギルドの許可付……何者? 名乗りなさいね」
視線は雷河たちからレインへと移り、サラの首元にあるギルドの許可を示すスカーフが巻かれている。こういう許可はそうそうおりるものではないので、球磨川が雷河たちへと怪訝な眼差しを向けるのも当然だった。
「俺は流れ者の獅子童雷河、こっちは相棒の焔。そして、こっちはギルドナイトのレイン・スカーレットさ」
「レイン・スカーレット? ……ああ、そういや中央からそんな隊が大砂漠の調査に来ているって耳にしていたね。もしかして、あれに隊を壊滅させられたって口だったりするんね?」
「……そうだ。わたしの部下たちは先に逃がしている。その間にわたしがその時間を稼いでいたのだが……」
「やばい状況にあったのを俺たちが助け出し、こうして逃げていたわけだ。……で、あんたたちはどこの誰だい?」
「あたしは球磨川。あそこにいる出雲さん率いる出雲隊の副官ね。東方のギルドナイト、って言えばわかるね?」
その言葉で雷河たちも察した。
ロックラックにいる東方のギルドナイトもまたこの大砂漠の調査をし、その内の一つがあそこにいる出雲隊なのだろうと。UNKNOWNの動きを止め、一方的に攻撃している光景は、一種の希望の光を見ているような気にさせる。
(ここにきて東方のギルドナイトかよ。でもたった一隊ではひっくり返るか?)
影縫によってUNKNOWNは体の自由を奪われた。だがそれだけであれを止められるのかと問われれば疑問を感じる。何せ閃光玉でも数秒しか止まらず、マヒ状態を振り切っているほどの強靭な精神を持つ。
「とにかくおまえたちはあたしたちが護衛しながらロックラックへと送るね」
「いや、送るのはこいつだけにしてくれ。俺たちも戦おう」
「な……わたしは……」
「その体で戦おうというのか? ばかじゃないの? 死に急ぐ?」
雷河の肩から飛び降りながら焔がそう毒づく。
雷河もまた拳を鳴らしながらサラから降りてUNKNOWNを睨み付けた。「お前さんはとっととここから離れとけ。戦えない奴が戦場に残る意味はねえ。サラ、走れ」と尻を叩いて走らせた。
「おまえ、一緒についていってやりなさいね」
「はっ」
一礼して指笛を鳴らすと、一匹のアプトルが走り寄り、飛び乗ってサラを追っていった。「そんじゃ、うちらも合流しますかね。換装、ハンター」と球磨川が告げると、もう一人も同様の言葉を告げ、纏っている外套をなびかせた。すると中から光が帯のように複数伸び、二人の体にまとわりついて消える。
するとギルドナイトの制服はハンター装備へと切り替わる。
球磨川の手には鉈のような剣が二振り、黒と白の大小の双剣だ。その剣には小さいながらも何らかの力が発せられているような気がする。
甲刃インセクトロードと呼ばれる東方の虫の素材を使用した双剣だ。微弱ながらも龍属性を帯び、切れ味も悪くないという性能を秘めている。
もう一人もスラスヴェルデンと呼ばれる、ガノトトスの鋭いヒレを使用した双剣を手に、UNKNOWNへと突撃した。それに続くように雷河と焔も走り出し、それぞれ武器を手にする。
雷河は愛用している大鬼薙刀【羅刹】、焔はくろねこハンマーだ。それぞれ戦場へと舞い戻り、あわよくば奴を倒そうと気合いを入れた表情で砂漠を走り抜ける。
『――――小賢しい』
瞬間、UNKNOWNから渦巻く黒の奔流が発生する。それはUNKNOWNを中心として発生し、奴の影に突き刺さっている矢を吹き飛ばしていく。そう、吹き飛ばしてしまった。
これによって奴に打ち込まれた楔は意味を成さなくなる。
「出雲さんっ!」
球磨川が思わず叫んでしまうほどの危機感。
かっと赤くぎらつく瞳が瞬時に周りに群がるギルドナイトたちを見回し、力強く尻尾を薙ぎ払って砂もろとも吹き飛ばし、口を開いて青い炎を吐き出して薙いでいく。
逃げ遅れた数人が炎に飲まれ、尻尾に吹き飛ばされてしまう。
『たとえ、一人であろうと、複数集まろうと、小さき者、所詮、小さき者。ぬるいわ』
かっと開いた口から激しい炎が撃ち出される。纏わりついてくるギルドナイト全てを焼き尽くさんとする凄まじい熱気を放つそれは、何度も爆発音を響かせながら離れていこうとする者らを追撃していった。
「な、なに……こいつ……!?」
隊長の出雲は突然の事に驚きを隠せない。
無理もないだろう、いきなり喋りだし、自分の術を理解できない力によって破ってきたのだ。謎に満ちている竜だという前知識はあったとしても、これほどまでのことをやってのければ頭に混乱が埋め尽くされる。
その隙を逃すはずがない。
「ちぃ……間に合わねえ!」
大鬼薙刀【羅刹】を構えながら剣閃を撃ち出そうとする雷河が苦い言葉を漏らす。甲刃インセクトロードを手にしている球磨川も「出雲さん!」とまた名を呼びかけるも、無情にもUNKNOWNの口が開かれて――
――そこにどこからか高速で矢が飛来し、貫いていった。
「――破砕せよ」
微かに聞こえた、息が切れるような音と共に響く言葉。それに従い、UNKNOWNの中で爆発が起こる。
何事だ、とあたりを見回すが、矢を放ったと思われるギルドナイトはどこにもいない。
もっと後ろなのか?
そう思って球磨川と雷河が見回すと、遠くの砂丘にそれはいた。
離れていったはずのサラと、何とか騎乗しながらの体勢で弓を持っているレインの姿だ。
「な……なにしてんだ、あの野郎!? 逃げろ、サラ!」
そんな怒号をあげてしまう雷河。
離れていてもよく通る声で僅かに聞こえたそれに、レインは荒い息をつきながらも苦笑を浮かべる。
「……すまないな、サラ。それに護衛のギルドナイト……無理を言って……しかし、見捨てるわけにはいくまい……せめてこれくらいは、しておかねば……!」
「グルル……」
「そんな体で、まさか届かせるなんて……」
どこか心配そうな声を漏らすサラと、驚きを隠せないギルドナイトをよそに、レインは新たな矢を番えて狙いを定めた。例え砂丘と言えども、その高低差はUNKNOWNにとっては意味を成さない高さだ。人からすれば少し高い位置でも、奴にとってはただ立っているだけで背中と同じくらいの高さなのだから。
しかしそれでも十分だ。
一つ放ち、また一つ山なりに撃つ。
一本の矢は横からUNKNOWNの体を貫き、もう一本は背中から砂へと真っ直ぐに貫く。それらの軌跡はUNKNOWNの体で十字を描いた。
『まだ、いたか。目障りな……!』
振り返ってくるUNKNOWNを睨みつけながら、「サラ、走ってくれ」と告げつつ、視線は奴から離さない。「其は、十字架――」と詠唱を開始するも、UNKNOWNは振り返りながらレインを狙いすましたかのように、レインの視線と交差するようにそれは追尾していた。
「――彼の者を断罪……、せし力よ――」
『小賢しい……!』
「――顕現……ッ!?」
「あぶな……ッ!」
開かれた口から、弾け飛ぶような甲高い音が響いた。何かが高速で闇を突き抜けた気がするが、あまりにも速いことと耳をつんざくような音によって見えなかった。
だが、そう時間をかけずに聞こえてきた爆発音が意識をそちらに引き付けた。
見れば、レインがいた砂丘に恐らくUNKNOWNが撃ち出した炎が着弾したのだろう。激しい炎が渦を巻きながら立ち上っている。
「な……あ、雨の兄ちゃん!?」
「サラッ!?」
夜の影にうっすらと見える二つの影。一つはレイン、もう一つはサラ。それらが宙を舞って吹き飛んでいる。だがレインもただやられるだけではなかった。追撃を撃とうとしているUNKNOWNの体に、光の十字架が顕現した。
それはUNKNOWNの体に打ち込まれた新たな楔だ。
出雲が放った影縫と違い、直接UNKNOWNの体を縫い止めるかのように顕現しているため、UNKNOWNはその場からまたもや動けなくなった。
それだけではない。
十字架がUNKNOWNの体を貫き、直接UNKNOWNへとダメージを与えているのだ。
しかし、それと引き換えにレインは――
「――グ、グル……!」
砂に落ちたサラが何とか顔を上げてレインを探した。直撃ではなく爆風に煽られただけだが、それでも十分に殺傷能力がある攻撃だ。火に対して耐性があるサラは死を免れることが出来たが、人間であるレインはそうはいかない。
それにレインは既に負傷をしている。そんな彼が、我が身を顧みずにあのような真似をすると言い出した。その結果がこれだ。止めはしたが、それでもレインは譲らなかった。どこまで自己犠牲をすれば気が済むというのか、と愚痴りたくなるが、生憎とそんな言葉はレインには届かない。
代わりにそれを護衛としてついてきたギルドナイトが言ったのだが、それでも彼は退くことはしなかった。部下だけでなく、あそこにいる者たちを守るために行動した。
「……っ!」
サラは見つけてしまった。
離れた所に横たわっているレインだったものの姿を。
それは熱風と昏き炎によって焼かれたのか、身を守るはずの装備も髪も何もかもが黒く染まっている。絶え絶えと呼吸音が聞こえてくるが、どんどん弱くなっていく。
近くには消し炭になっている物体が二つある。もしかすると爆風の近くにいたのだろうか。護衛として来たギルドナイトと騎乗していたアプトルと思われるものが転がっていた。
「グル、グルル……!」
レインを呼ぶようにサラが声をだし、這い這いと近づいていくがレインはその声に応える気力はなかった。
(何も見えない……聞こえない……。身体の熱さすら感じない……はは、これまで、か)
自分が立っているのか倒れているのかすらレインにはわからなかった。死に体に近しい体はもはや感覚など存在せず、さっきまであった痛みや苦しみすら感じていない。
ただゆっくりと深い闇の海へと沈んでいくような錯覚と、記憶の海から引き出されていく朧げな光景だけがレインの見えているものだった。
(サン、ゲイル……すまない、先に逝く……。そしてアスベル、お前がどこまで伸びるか、見守ろう。……だが、やはりこんなところで脱落することは……未練が、大きい……な)
妹のサン、親友のゲイル。この二人の成長する姿やこれからのこと、気にならないはずがない。それにゲイルはもうすぐ釈放されるはずだ。帰ってきたら、色々やりたいことがあったのに、それはもう叶わない。
また次の隊長へと指名したアスベルの事もある。突然の指名だが、それも彼の実力やこれからの伸びも含めて指名したことだ。彼の成長をこれからも見守りたかった。
色々未練はあるが、時間はもう待ってはくれない。彼らの事を想い、レインは静かに眠りに落ちていった。