夜空に怒号が響き渡る。
光の十字架によって縫い止められたUNKNOWNは、何としてでもそこから抜け出そうともがきだす。だが体を貫通し、砂に突き刺さる楔と化した十字架はそう簡単に抜け出させてくれなかった。
だからUNKNOWNは人語ではなく、竜としての声を上げながら暴れる。それは痛みではなく、怒りによる咆哮であった。
「……っ、この好機は逃さない。とっておきをくれてやる! ギルドナイトたち、離れていろ!」
レインが吹き飛んだ光景に苦い表情を浮かべた焔ではあったが、彼の死を振り切ってUNKNOWNへと疾走する。接近してくる焔に何をするつもりだ? といった表情を浮かべるのも無理はないだろうが、「離れていた方がいいぜ! 大タル爆弾Gが大量に飛ぶからよ!」という雷河の言葉に、慌てて離れていった。
そうして彼らが離れた上で、「飛べ! 魚鱗陣でベータ1から10!」という命令を下し、外套から大タル爆弾Gが飛行する。それらは真っ直ぐUNKNOWNへと向かっていき、息を呑む奴へと次々と命中していった。
爆弾としては最高の威力を誇る大タル爆弾Gが、十も飛んでくる。いくらUNKNOWNといえども、無事では済まないだろうと誰もが思ったろう。
だが爆風の奥、強い意思と生命力が沸々と湧き上がっていた。
『やってくれる……猫が……! しかし、今のもので、これが、解けた。狩る、貴様ら、狩りつくす……!』
大きく息を吸い込んだUNKNOWNに呼応するように、またしても黒いオーラが渦を巻いて空へと昇っていく。その中の一部が口元へと集まり、ブレスとして撃ち出された。
周りの者たちが慌てて回避するが、大タル爆弾Gの爆風によって十字架の力を弱らせてしまったため、群がる人がいなくなった隙にUNKNOWNは自由を手にする。
何度か翼を羽ばたかせて調子を確かめ、そして奴は――弾けた。
怒号を上げて身構えたかと思えば、瞬時に焔の下へと接近して頭突きを仕掛けた。奴が立っていた場所は、踏み出した影響で多くの砂が舞い上がり、焔を打ち上げながらの転身によって翼としっぽが周囲を薙ぐ。
それらは相変わらずの威力であり、砂と共にギルドナイトたちをも吹き飛ばす。例え数メートル離れていようとも、発生した風圧によるものだけで十分に人を吹き飛ばすのだ。
強靭な肉体とそれから生み出される衝撃。
リオレイア以上のスペックが、この現実を否が応にも教えてくれる。
「いったん離れるね! 負傷者は無理せず離脱しろ! 撃てる奴は出雲さんの援護! 遠距離から撃ちつくせ!」
球磨川の指示に従い、UNKNOWNから離れているガンナーたちが一斉に攻撃する。弓と弾が漆黒の体に着弾していくが、そんなものではUNKNOWNは止まらない。
例えその身を貫く貫通弾であろうと、その身を爆破させる徹甲榴弾であろうとも、怒りに任せて暴れる奴には苦痛など意味はなかった。
そこにいるのは鬼。竜の姿を取った修羅である。
『この、砂海に……沈むがいい……!』
「くっそ……てめぇが、沈みやがれぇぇえええ!!」
雷河が溜まった怒りを込めての一撃は、振り返りざまに火球を撃ち出そうとしたUNKNOWNの頭を捉えた。ある意味カウンター気味に入った大鬼薙刀【羅刹】の刃は、雷河の怒りを受けてなのか、奴の甲殻を切り裂き、肉へと届く。
(届いた!?)
通り過ぎざまに与えた一撃だったが、UNKNOWNが火球を撃ち出せずに怯んだところを球磨川が斬りかかっていった。その刃もまた、UNKNOWNの甲殻を切り裂く。
さっきまで通じていなかった雷河たちの攻撃が、ここにきて通じ始めたのだ。
「大タル爆弾Gの影響か? だとすると積み重ねた焔の爆弾らのダメージがここにきて生きたってことだ! 奴に俺たちの攻撃は通用している!」
雷河の言葉にギルドナイトたちに希望の一筋の光が見えたような気がした。
何をしても、突き破ってきた奴の意思ではあるが、体はそれでも悲鳴を上げだしているのだ。奴とて生物、どんな攻撃も通用しないわけではない。
だが奴は今、鬼と化している。
今斬りかかれば喰らいつき、その強靭な体で吹き飛ばし、生え揃った鋭利な棘によって貫いてくるだろう。
「グオオオオォォォォッ!!」
更に奴にはあの昏い炎がある。
数歩下がって息を吸い込み、撃ち出されたその火球が連続して地表を爆破させながら突き進む。火球の直撃はなくとも、まき散らされる火の粉から生み出された爆発で数人が吹き飛んだ。
だがブレスを吐いた後の硬直を狙って雷河やギルドナイトが攻めに転じる。球磨川もまた手にしている甲刃インセクトロードでUNKNOWNへと斬りかかった。その刃もまた甲殻を破り、中にある肉を裂く。
するとどうしたことだろうか。
血と共に、黒い粒子が噴き出してきたではないか。
「なんね、これは……」
それは空気中に溶けていった上に、今は夜ということもあって見間違いのように思えたかのような小さなもの。だが球磨川は確かに見えた、と感じ取った。
UNKNOWNが時折纏っていた黒いオーラ。
それを形作っているのかもしれない、と推察できるかのように酷似している黒い粒子。
球磨川だけではない。
雷河もまた肉を斬った際に血と共に黒い粒子が出てくるのを目視していた。
「てめぇ……やっぱり狂化竜の生き残りか!?」
『……否。フィーアは、そんな、小さき、ものではない』
「だったらなんだってんだ!?」
『答える、必要を、感じない。知って、どうにか、なるものでもない。沈め』
素早く両翼に力を込めると、その場で砂に叩きつけた。それだけで強い振動が発生し、砂を巻き上げ、人を押しつぶす。斬りかかっている雷河たちにとってこれは痛い。
振動に関しては雷河は鍛え上げた感性と身体能力によって防御は出来るが、巻き上げられる砂によって足元をすくわれては意味がない。
体勢が崩れたのを見計らってショルダーアタックにより雷河は宙を舞い、周りを薙ぎ払う尻尾で巨漢は吹き飛ばされた。
『私に、傷をつけられて、舞い上がったか? 愚かな。ヒトに、フィーアを、殺せる、道理なし……!』
カッと見開いた赤眼。UNKNOWNの殺意を表すように闇の中で一際赤く輝きを増す。天を仰ぎ、開かれた口から凄まじい熱エネルギーが収束し始めた。
渦を巻きながらエネルギーは一点へと収束し、大きな火球を生み出していく。
「止めるのです! 撃てェッ!」
離れた所から出雲が命じ、幾多の矢と弾丸がUNKNOWNを襲った。矢は主に連射矢と貫通矢、弾丸は貫通弾と徹甲榴弾が。それらが全てUNKNOWNに着弾し、ダメージを与えた。
今までならば弾かれるか、少ししかめり込まなかったそれらはUNKNOWNの内部へと到達している。それはすなわち、これらの攻撃もまた本来の威力を十分に発揮してUNKNOWNにダメージを与えているということだ。
だがUNKNOWNはそれを認めない。
強靭な肉体を持つ自分が、押されることなどあってはならない。痛みなどない、あったとしても意思が握りつぶす。
そのまま溜めこんだそれをギルドナイトたちにぶつけてやる。
その刹那、声が聞こえた。
《やれやれ、愚かなのはどちら、なんだろうね?》
(――――ッ!?)
思いもしなかった声にUNKNOWNに僅かな動揺が走った。
その隙を狙ったわけではない。ただタイミングがうまく噛み合ってしまっただけのこと。
「――――標的、確認。撃ち方、始め!」
静かな命令がなぜか耳に届いた。
UNKNOWNの右翼方面から先ほど以上の矢が多く降り注いできた。溜めこんだ炎がUNKNOWNの位置を知らしめる、それは出雲達が現れた時と同じ現象だ。
だが出雲達の時とは違い、今回は数が違いすぎる。
数十、いや、百を超えるほどの矢が一気にUNKNOWNへと突き刺さっていくのだ。
「あれは……まさか!?」
「標的、UNKNOWN。各自展開しなさい。負傷者は望月らが保護。速やかに離脱させなさい」
「久しぶりの大物だ。遅れるなよ日向隊!」
「伊吹隊は後方に回る。続けぇ!」
「加賀さんね。心強い援軍だわ! 戦えるものは奮い立て! 一気に攻め落とす!」
「戦えないものは去るね! 命を粗末にするな!」
出雲の言葉に出雲隊が咆哮を上げて立ち上がった。加賀の命令を受けて近づいてきた望月らが「負傷者はこっちに来い。私たちが護衛し、向こうへと連れて行こうぞ」と声をかける。
それに従って戦えない程にまで負傷したギルドナイトたちが移動し、アプトルが引いていた荷車に乗っていった。残りの出雲隊はそれぞれ応急薬や回復薬を飲み、再びUNKNOWNと対峙する。
だがUNKNOWNはせっかく溜め込んでいた炎弾を撃たず、どこか困惑したような表情に見えるほどに顔を歪ませながら戦っていた。翼、尻尾、体と群がってくる新たな援軍らを攻撃しつつ、先ほど聞こえた声と対話していた。
(私が、愚か? 何を、言うのか……!?)
《だってそう、でしょ? お前の戦いは短期、決着。その強すぎる力はなんの、ためにあると? お前を見た奴らを速攻で始末する、違う?》
声はUNKNOWNにしか届かず、UNKNOWNの声もまたその声にだけ届いている。
だから雷河たちには聞こえない。しかしUNKNOWNの様子がおかしい、ということだけは雷河や一部のギルドナイトたちが察していた。
《サーチ・アンド・デストロイ。お前は存在、だけは匂わせていても正体不明であれ。故にUNKNOWNの通称がついたわけ。それを成し得るのは、その力を以ってしてハンターたちを短時間で、始末する。ふふ、だからこそお前の存在はヒトに対して、怖れを抱かせるには十分なもの。そこまでは、よかった》
(……っ)
《なぜお前が愚かなのか。それはこの戦いが、長引きすぎたのさ。だから奴らはお前の攻撃に、慣れた。今もなおこいつらが生きていたのは慣れたからさ。そしてお前も、攻撃手段を見せすぎた。これもまた頂けない。ヒトを甘く見たね、フィーア? 戦いは終わりさ。帰還しろ》
(帰還? ここで? 馬鹿な……そんな、ここまで、やっておいて、今更、引けるものか!)
《命令よ、フィーア。二度は、言わない。でないと――あたしがお前を、処刑するぞ?》
ざわりと背筋に悪寒が走り抜けた。
今までヒトを小さき者、と呼び、侮り続けたUNKNOWNでさえ恐怖を覚えるモノが刹那の時だけではあるが、感じられたのだ。
それに逆らうようなことがあれば、まず間違いなく声の主は本当にUNKNOWNを処刑するだろう。あれはやると言ったらやる存在だ。
(――――御意……っ)
故にUNKNOWNは従うしかない。
黒い奔流を発生させ、自信を覆い隠すように渦を任せるとUNKNOWNへと斬りかかっていたギルドナイトたちが弾き飛ばされる。
「うろたえないで。撃ち方、始め」
加賀が彼らを落ち着かせるように呼びかけつつ、手にしている大神ヶ島【神在月】で黒い渦に穴を開けんと撃ち始める。放たれた弾丸は連続して渦の中へと飛び込んでいくが、UNKNOWNへと着弾する気配はない。穴を開けたとしても渦を巻いているためにすぐさまそれは防がれてしまっていく。
これでは意味がない、と加賀が目を細めて渦の奥を見つめていると、強く羽ばたく音が聞こえてきた。それはどんどん空へと舞い上がり、渦が突然晴れたかと思うと夜闇の向こうにUNKNOWNの姿を見る。
「に、逃げるのか? ここで?」
困惑する雷河たちをよそに、UNKNOWNはそのまま月の向こうへと消えていった。
しばらくは混乱による短い静けさが続いた。だが自分たちは生き延びたのだ、という実感がわいてくると、静けさは歓声へと変わる。
「助かったんだ……!」「ありがとうございます!」などといった声があちこちから聞こえてくる。中には「加賀さんたちが来たから、びびって逃げていったんだな!」というものまである。
確かにそう捉えてもおかしくはない突然の撤退だった。
東方ギルドナイトの情報は雷河もある程度は知っている。
加賀といえばその中でも凄腕のガンナーだという話だ。構成されているメンバーもガンナーが多く、彼女が鍛え上げたことで皆高い水準で纏まっているという。
そんな彼女が率いるギルドナイトたちが援軍にやってきた。となれば不利を悟って逃げていく。考えられない事ではないのだが。
(だからといって、あれだけ俺たちを見下し、しかもキレ気味だったあいつが逃げるのか? んなわけないだろ。何か別の理由があるはずだ)
しかしその理由を推察することは出来ない。
UNKNOWNそのものが謎に包まれているということもあるし、推理する材料が少ないということもある。今はただわからないままではあるが、何とか生き延びたことを喜ぶしかできない。
のだが、手放して喜べない事情もある。
数分後、戦いが終わったことで体を休め、各自が治療にあたっていく中。レインの死体が運ばれてきたのを見てしまっては、そんなことできるはずがない。サラは何とか持ち前の炎の耐性によって生き延びることは出来たが、人間であるレインはそうじゃない。
「……結局、死んじまったら意味ねえだろうがよぉ……!」
その体は火球によって黒ずみ、元の顔はうまく判別できない。身を守るはずの装備も所々溶解していた。しかしそのラヴィFXシリーズと近くにサラがいたという事実が、この死体がレイン・スカーレットであることを示していた。
「なんで戻ってきやがったんだ馬鹿野郎……!」
「でも、あれがあったからこそ一矢報いることが出来た」
「だからって死んじまったら意味ねえだろうが。最期まで甘っちょろい兄ちゃんのままってのはこいつらしいがよ、本当に死んでしまったら残された雨の兄ちゃんの部下たちはどうなるってんだよ」
「そうね。こいつは馬鹿をしたね」
レインの死に嘆いている雷河の耳に、そんな球磨川の言葉が聞こえてきた。彼女は至って冷静な表情と口調でレインの亡骸を見下ろしながら言葉をつづける。
「ギルドナイトが自己犠牲をすることほど馬鹿なことはない。おかげであたしの仲間も一人道連れになった。そもそも隊長が一人で敵を引き付けていたということ自体が馬鹿馬鹿しい。レイン・スカーレットは、実に愚かなギルドナイトだったということね」
「なんだと……? 確かにこいつは甘っちょろいけどな、そこまで言われるほどじゃねえだろ!?」
左目に涙を浮かべながらも怒る雷河が球磨川の胸ぐらをつかむが、しかし球磨川は淡々と「ギルドナイトとは――」と言葉を続けていく。
「――自己犠牲によって死を選んではならない。ハンターと違い、ギルドナイトはハンターの犯罪を取り締まり、未知の領域を探索し、未知のモンスターを調査する役割を担う。そのため実力あるギルドナイトが減るようなことがあってはならない。実力あるギルドナイトになるのにどれだけの時間がかかると思ってるね? それが強力な敵と戦い命を落とすとなればどれだけの損失になる? ……聞けばレイン・スカーレットはまだまだ伸びしろがある有力なギルドナイトだったという話じゃないね? 父親は中央でも大長老の懐刀と言われているくらいだし」
「……っ」
「そんな未来あるギルドナイトが、愚かにも自らの命を捨てながら仲間を守る? それは確かに仲間やあたしたちを守ることになっただろうね。それは否定しない。でも、将来的にまたあのUNKNOWNのような強力なモンスターが現れた時、もっと多くの命を守れたはずじゃあないのかな? それに隊長として後に続く部下たちを育てることにも繋がる。ねえ、それが今日の事でどれだけの損失になる? レイン・スカーレットが今の実力になるのにどれだけ時間をかけたね? それが一瞬にして消え去る。実にもったいないことね」
じっと雷河の目を見つめながら球磨川はそう告げた。雷河は震える手で球磨川の胸ぐらをつかみ続けていたが、反論する言葉が浮かんでこない。そんな雷河の手を振りほどきながら、球磨川は小さくため息をつく。
「これが東方のギルドナイトの、加賀さんたちの教えね。実力あるギルドナイトは、自ら命を捨ててまで戦うような愚を犯すな。それは将来芽吹くはずの芽を摘むことになり、ひいては多くの命を守ることが出来なくなる。大事ある任務を遂行できなくなる。故に、死に急ぐな。……そうでしょう、加賀さん?」
「ええ、よく覚えているようで何よりよ。球磨川」
部隊の調子を見回っていた加賀が少し離れたところで小さく頷いていた。彼女もレインを見下ろし、数秒瞑目したあと雷河へと向き直り「彼の死を悲しむあなたには厳しい意見かもしれないけれど、これが私たちの認識。隊長たるものが、己の命を捨ててまで仲間を守ることは、私たちは認められない」と彼女もきっぱりと言い切った。
「しかし、報告は耳にしている。彼のその行動があなたたちの反撃の一手であったと。その点に関しては彼には感謝するわ。おかげで出雲達に更なる犠牲が出なかったとね」
「あ、ああ……」
「ご愁傷様。遺体は必ずロックラックへと送り届ける。彼の部下たちは道中で発見しているから安心して。別の隊が送り届けているはず。彼が守った命は消えてはいないでしょう。それだけでも彼の死は無駄ではなかったと言えるでしょう」
球磨川と違い小さくフォローはしてくれる。でも球磨川と同じく表情だけは変わらない。雰囲気や噂に違わずクールな女性のようだ。フォローしてくれているのに声色も淡々としており、柔らかさを感じないためただ事務的にそう言っているように感じられた。
「準備が整ったらあなたたちも共に来てもらいたい。詳しい話を聞くことになるでしょうから」
「わかった」
「では、またあとで」
結局最後まで加賀は雰囲気や声を変えることなく離れていった。しかしその安定した雰囲気が仲間たちに落ち着きを与えるのだろう。他の部隊に向かって調子を聞く彼女は、雰囲気こそ変わらないが仲間を心配しているのだという気持ちは伝わっているらしい。
彼らはそんな加賀を前にし、落ち着きと安らぎを感じているようだ。とても信頼されている人物だということが見て取れる。
「さ、もういいね? いつまでも死体をさらしておくわけにもいかない」
「ああ」
球磨川が雷河に断りを入れ、レインの死体を袋に包ませる。それに名札をつけ、他の袋と共に荷車へと載せられていった。その様子を隣に並んでずっと無言になっている焔と共に見送った。
焔はずっと不機嫌そうな表情で雷河の隣でサラの治療をしていた。いや彼女はいつもしかめっ面をしているが、雷河はそれはいつものことではないだろう、と感じ取っていた。
そんな彼女の頭をぽんぽん、と撫でてやると「撫でるな」と弾かれてしまう。
「うん、その言葉が出るなら大丈夫そうだな、ほむほむ」
「ほむほむ言うな。それに別に調子悪いわけじゃない」
「雨の兄ちゃんの死を悲しんでたんじゃないのか? それとも球磨川や加賀の言葉に反感を持っていたとか?」
「そんなんじゃない。ただ、どいつもこいつも簡単に命捨ててまで他人を守れるのが気に食わないだけ」
「……ああ、そうだな。残される側としちゃたまんねえよな」
一度それを経験しているだけに雷河はあの時のことを思い起こしてしまう。父親のようで師匠のようでもあった彼もまた、雷河たちを守るために自ら命を捨てていった。
焔もまたそれを思い出してしまったのかもしれない。
「人間ってのは、どうしてこうも簡単に命を捨てれるんだ? 理解できない」
「さてな。それだけ守りたいものがあって、そのために己の意思を貫き通す奴が何人かいるってだけかもよ。もしかしたらお前も、誰か大事な奴がいるなら……その気持ちがわかるかもしれないぜ?」
「はっ、んなもんいないな。たぶん焔には、そういう奴は一生出来ないさ」
「それはそれで悲しいねえ。ずっと一緒に旅している俺からすればさ」
「あ? 何が言いたいんだ、猿?」
「さてね。それよりもう一人の旅のお仲間さんを診てやんな」
「……ふん」
見上げていた雷河への視線は相変わらずの様子だった。とはいえ雷河を心底嫌っているわけでも、うざがっているわけでもない。ただ彼女は昔から変わらず自分の感情を示すことがぶっきらぼうなだけだ。
素直じゃない猫。
それを体現しているのが焔というアイルー。
実際サラを治療している彼女は表情こそ不機嫌そうだが、処置はてきぱきとしている。サラもまた焔の事がよくわかっているから、安心して体を預けている。
そんな彼女の様子を見つめながら雷河は小さくため息をついて(自分の命を捨ててまで誰かを守れること……それが人間の、人の強さの一つなのかもしれないな)と腕を組む。
人じゃない自分たちには理解できない事かもしれないが、人として長年生き、人の暮らしに溶け込んでいるから、少しずつは人というものを理解し始めている。
純粋な力だけでは説明がつかない何か。
それを生み出すのは心、感情。獣やモンスターとしての本能や単純な感情だけでは生み出せない人の心の力。
それを理解できたとき、もしかするとあの時の神倉四季という行動やレインの行動も理解できるのかもしれない。
あれだけの力を持っていた彼が後に託したこと。
レイン・スカーレットという甘っちょろいギルドナイトの行動。
今はまだ完全には理解できないかもしれないけど、いつかはそうなるかもしれない。
思いを馳せながらUNKNOWNとの戦いで疲れた体を癒していくことにした。
だが少し休んだ後、戦い継続を望んでいるものがいた。
日向である。
彼にとっては久々の大物の獲物だ。彼はUNKNOWNを狩る気満々でロックラックを出撃していった。だというのにせっかくの獲物は加賀達が乱入すると逃げて行ってしまった。
これには日向は出足をくじかれたかのようなものである。この昂った感情をどこにぶつければいいのか。日向は加賀へと戦闘続行を告げる。だが当然のように加賀はそれを却下した。
「これじゃあ不完全燃焼だ。奴がどこに逃げていったのか、追うくらいならいいだろう?」
「一隊だけでどうにかなると?」
「奴は今疲弊している。追撃できれば儲けものだろう? うまくいけば奴のねぐらも見つけられる。一隊くらいは追いかけてもいいと俺は考えるが?」
「あなたが戦いたいだけじゃあないのかしら?」
加賀の問いかけに日向は腕を組んで無言を貫いた。しかし彼の部下である北上は「いや、図星つかれたからってだんまりになるのはよくないですよー」と頭の後ろで手を組みながらつっこんだ。
「はぁ……でも、日向の言にも一理ある。いいでしょう、日向隊は逃げたUNKNOWNを追いなさい。しかし引き際を誤らないように。命捨てるような真似はしないように」
「わかっている。では十分後出立する。北上、秋月。そのように各自伝えろ」
「はいはーい」
「承知」
○
「さて、どうだった? UNKNOWNはよぉ」
「…………ふふ、いい獲物じゃない」
ずっと離れた所で戦いを見守っていた観客。
草薙武と衛宮天羽は一息ついて砂の坂に背を預けた。瞼を閉じれば思い出される。
闇に浮かぶ赤い流星が動き、昏い炎が地表を走り抜け、爆発する。刃を弾き返し、獲物を貫く赤い棘が生え揃う黒き鎧……どれもこれも天羽にとっては魅力的だった。
そう、それら全ては彼女にとって怖れを抱かせるものではない。
「実に――死合が楽しくなりそうな獲物。ああ、悪くない。こいつも、喰らいたいと鳴いている」
そう言って天羽々斬を鞘から抜いた。眠っているはずの天羽々斬はどういうわけかカタカタと震えている。どうやらUNKNOWNの気配につられて少し目が覚めてしまったようだ。
それは武が持っている天叢雲剣も同じであり、先ほど戦ったばかりなのに天羽々斬と同じく小さく震えていた。
「その割には乱入をよく我慢したなぁ、お前」
「ふん、邪魔者が多くては死合を楽しめない。死合は少数精鋭でやるもの。今はまだあいつの力を見るだけで十分。そう、十分すぎる程に見せてもらった。奴の攻撃手段を」
遠くからの双眼鏡越しの戦場ではあったが、それでも夜目が効いていた二人。途中からではあるが、そこから最後まで見ることが出来た。
それでも十分すぎる程に戦いを、UNKNOWNの動きを見ることが出来たのが大きい。
見ていることと、見てないとでは次の戦いで大きな差が生まれる。
奴の攻撃をどのようにかわすか、などの対策を考え、講じる時間があるという備えあれば憂いなどない。
「ふふ、楽しみだ。次に奴を見つけたら、何としてでも斬りあいたい。お前、先走るなよ? あたしを置いて一人で楽しもうってんなら、斬るからな」
「おお、こわいこわい。わかってるさ。のけ者にゃあしねぇよ。安心してくれ」
「それならいい。……しばらくは、退屈せずにすみそうだ」
「そうだなぁ。嬉しいことだ。姉貴との戦いとはまた別の楽しみが出来るのはいい。うん」
こうして将来的な楽しみが増えることを喜びながら、二人は来た道を引き返して天王寺領へと戻っていった。
帰路の途中に会話はほとんどなく、ただただ脳裏にUNKNOWNの姿と戦いを思い返して。
○
大砂漠の一角。
岩山の頂上で彼女は一点を見据えていた。人の目では見えるはずのない距離ではあったが、しかし彼女にとっては問題のないこと。腕を組み、静かに吹き抜ける乾いた風に身を任せながら、全てを見届けていた。
その上であのような指示を出した。
そう、彼女こそがUNKNOWNに対して声をかけた存在。
「さてさて、フィーアが少し遊び過ぎた、というのはいただけない。でもそれによってあのギルドナイトが死んだ、というのはもうけものか」
レイン・スカーレットの死。それは彼女にとっては十分な収穫である。
六年前のシュレイド城での戦闘に参加したギルドナイト。それはつまりミラボレアスとの交戦経験があるという事だ。それがあるだけでもハンター界隈では大きな称号になりえる。それに加え、この六年で更なる成長をし、これからも伸びていくはずだった逸材。
「ふふ、レイン・スカーレット。残念だったねえ……ここでリタイアというのはお前にとっては不本意、だったのかもしれない。しかしその甘さがなければ生き延びたかも、しれないねえ。でもこれがお前の運命。残念無念、お疲れ様でしたってねえ」
彼女らしい独特の区切りで語りつつ、くつくつ、と笑いながら彼女は別の方角へと流し目をした。その方角には今、とあるハンターたちが移動しているはずだ。それが彼女には見えている。
「次は、お前たちか。うんうん、お前たちには『いいもの』、をプレゼントしてあげよう。それにこれを試したい気分だし、ちょうどいい。ということで――」
何気なくすっと後ろへと軽く飛ぶと、そのまま闇に溶けて消えた。
それだけで彼女はその場からいなくなる。どこに行ったのかといえば、さっきまで見ていた方角に広がる砂漠だった。そこには誰もいないのだが、遠くの方からずんずんと鈍い足音が聞こえてきた。
振り返らずに彼女は何気なく両手を広げると、ぐっと腹の前で手のひらの間にエネルギーを溜め始める。
それは凄まじい勢いで渦を巻き、握りこぶし大の大きさにまで肥大し、しかしそれ以上大きくならないようにエネルギーが圧縮されていく。
その球体からは強い龍エネルギーが感じられる。十分にそれを圧縮されると、彼女はそれを指先で回転させて弄んだ。そうしている間にも背後からは何かが音を立てて近づいてくる。
「さあ、食うがいい。そして――喰らって来い。お前の役割を果たす時さ」
そして彼女はそれを頭上に投げた。すると背後から来た奴は大きく口を開けてそれを喰らってしまった。圧縮された大きな龍エネルギーを、この場に現れたイビルジョーが喰らったのだ。
となればどうなるのか。
飲み込んだイビルジョーの体内で、凄まじい勢いでその龍の力が暴れ出す。それは体内から全身へと広がり、イビルジョーへと多大な力を与える。
「グル、グルォ……ォォォオオオオオ!!」
抑えきれない力は、口から噴き出し始める。黒煙のような龍エネルギーが口、顔へと広がってイビルジョーの顔を包み込んだが、イビルジョーはそれを何とか抑えつけることに成功した。
だが体の奥でうずく力はイビルジョーに困惑をもたらした。
足元にいる彼女はそんなイビルジョーを見上げることなく、「行くがいい、ノイン。言ったはずだ、お前の役割、を果たす時だってね。十分に飢えた、だろう? 獲物は向こうにいる。存分に、喰らえ」と独特な区切りをするいつもの調子で命じた。
それに従い、イビルジョーは体内にうずく力を感じながら進んでいった。
奴を見送りながら彼女は「さぁて……さようなら、次なる犠牲者。あたしが直接殺せないのは残念だけど、まあいいさ」と薄く笑いながら、いつもの癖で短刀を抜き、くるくると回転させてぺろりと刀身を艶やかに舐める。
「もう十分に休んだろう? 時間は与えられた。その中で前以上に力をつけたのか、あるいは全然成長してないの、か。確かめさせてもらおうか。くく、再び始めようじゃないか。ヒトと竜との戦争ってやつは、ベアトリクスから売られたモノだが、しかしヒトは、お前たちは十分に抗ってみせた」
思い起こされるのは六年前。
テオ・テスカトルとミラボレアスを前に彼らは戦い、勝利を収めた。人側にも犠牲者は出たがしかし、減ったのは神倉の者ぐらいしかない。それ以外の狙われた者たちは生き延びた。
だから今回は準備期間を設けた。
人側にも、竜側にも。
そして今、新たな犠牲者が生まれ、次の標的を定められている。
「世界というものは残酷なものね。こうして次々と、容赦なく、芽を摘み取っていくのだから。くっくっく……ああ、とても残酷。ヒトの意思なんて、“世界”の前にはもろく、儚いものなのだから、ね」
でも、と彼女は小さく首を振った。「それ以上に、そろそろあたしが限界だ」と何気なく短刀を横に振った。するとそれだけで刃の軌跡に従って砂が切り裂かれ、激しい風が生まれて舞い上がる。
(裏方は性に合わないんだよねぇ……ほんとにさ! ベアトリクスの命令だからってこうしてちまちまと竜を動かしてきたけど、そろそろ限界だ! だからこそこうしてイレギュラーを生み出したが、もういいだろう? あたし自身を戦わせろ。そうするに足るだけの力を見せてみろ! 戦いを、あたしを楽しませる、戦いを!)
「さぁ、抗ってみせろ次なる、犠牲者。喰われるようならそれまでさ。しかし抗ったならばそのまま、成長してみせなよ。そうすればいずれ、あたしが相手してやるからさぁ! くっくっく……ふふふふふ……!」
彼女の冷たい微笑はしばらく夜の闇に響き渡る。
その金色の瞳はただ彼女の言う「次なる犠牲者」の姿を捉え続けていた。