森の中を歩いていく二人は辺りを警戒しながら奥の方へと進んでいく。木々が静かにざわめき、自分達の抑えた足音だけが響く森。生き物の気配はほとんどなく、鳥たちの鳴き声も聞こえてこない。
ここまで静かだとまるで古龍種がこの森にいるんじゃないかと思わせてしまう。
しかし古龍種はいない。
奴らが持つ圧倒的な気配と威圧感はこの森にはない。あるのはただいつもと変わらないであろう森の雰囲気のみだ。
でもここには確かにいる。
この森に立ち入った者達を喰らった存在が。
だがそれらしき気配は感じられない。恐らく隠れる事には自身がある存在なのだろう。だからこそ誰にも気づかれずに獲物に接近し、奇襲を仕掛けて狩ってきたといったところか。
ならばこそ静かで周りに気配がなくともある程度警戒しなければならない。気づかない内に接近されて襲われでもすれば、その時点でもう死合終了だ。戦う前から負けてしまっているようでは話にならない。何のためにここまできたのかわかったものではない。
地図を確認しながら森を進み、クルペッコ亜種がいると思われる川へと向かっていく事にした。
クルペッコは原種も亜種も魚を好物とし、浅瀬を泳ぐ魚を捕食する姿がよく目撃されている。まずは捕食場として利用しているであろう川へと向かい、そこから上流か下流のどちらかへと進んでいきながらクルペッコ亜種の気配を探ればいいと判断した。
「ここまで静かな森ってのも珍しいわね」
「そうですねー。虫の羽音、鳥の声、モスやブルファンゴもいないとなれば何かありますね、これは本当に」
自主的に森から離れたのか、あるいは何かに捕食されたのか。
いなくなっている原因はこの二つが考えられるだろう。前者ならば先ほども考えたように古龍種がいるんじゃないかという事。
古龍種は飛竜や獣らと違って種としての存在が並はずれており、他社を圧倒する程の威圧感を放つ。それは本能に危機を訴えかけるには十分なものであり、また保有する力は軽く自然に影響を及ぼすものが多い。
そのため古龍種の接近を感じ取ったモンスター達は自ずと住処から逃げ出してしまう。
後者、すなわち捕食されたならばそれらしき跡が残ってもいいものだ。食べ残しの血肉、争った形跡がどこかにあると思われたのだが、それも見当たらない。
また足跡も見当たらない。草むらの陰などに時折視線を向けているのだが小型モンスターの足跡がないのだ。これは本当にいなくなってしまっているとみていいのだろうか。
そんな事を考えながら木々の間を抜けていき、ちょっとした広場に出る。
木々の囲まれたその広場にも木が点々と生えており、倒木も一、二本存在している。ここにきてようやく虫の羽音が微かに聞こえてきた。
「ブナハブラね。あそこらへんに巣があるのかしらね」
離れた所の木を中心として三匹のブナハブラが飛び回っている。視線を上へと向ければ枝の間に大きな巣が存在していた。恐らくあれがブナハブラの巣の一つだろうか。
ブナハブラはテリトリーを侵さなければ襲ってくるような事はないという習性を持つが、二人は火竜の力を持っているおかげで時折テリトリー外でもブナハブラに絡まれる事がある。
恐らく二人の火の力に引き寄せられているのだろう。ブナハブラは熱や火に引かれる傾向があるのだ。
数メートルは離れているというのに気付かれたらしく羽音を立てて接近してきた。
「ほんとにこいつらは飛んで火にいる夏の虫ってやつね」
やれやれとため息をつきながら瑠璃は右手を掲げて火を灯す。それは一瞬で激しく燃え上がり、やってきたブナハブラ達を一瞬の内に焼き払ってしまう。
二人としては寄ってこられればこうして火炎を以ってして焼き尽くすのみだ。
数で攻められようとも火を操れる二人としては大した脅威ではない。とはいえそれは周りに何もなければの話だ。大型のモンスターを相手にしている際に絡まれれば、多少はめんどうなことになる。
ブナハブラが集まっていた木には近づかず、周りの木々を調べるように見回ってみる事にした。するとそう時間をかけず茉莉があるものを見つけ出す。
「瑠璃、こちらへ」
「ん? なんか見つけた?」
瑠璃が茉莉の下へと向かうと、茉莉はある一点を指さしてみせる。そこには足跡があったのだ。傍には倒木があり、蜂が数匹飛び回っている。そして何か抉り取られたかのような痕が残っている。
推測するにここには蜂の巣があったのではないだろうか。それをこの足跡の主がこの木から取っていった。こんなところだろう。
このような行為をする存在と足跡から考えれば、これの主はすぐにわかる。
「アオアシラがここにいたって事ね」
「でしょうね。……ん、そんなに時間が経っていないかと思います。だいたい……一、二時間程度でしょうか。食事をした事を考えれば周囲のエリアにいるかと思いますね」
足跡に軽く触れ、木の周りに落ちていたハチミツの粘度を確かめた茉莉がそう推測した。二人に寄って来ようとした蜂に軽い炎で牽制しながら茉莉を守っていた瑠璃も、倒木の近くにあった地面を確認する。
そこには何かが腰かけたかのような凹んだ部分があり、ハチミツはその周囲にぼたぼたと落ちている。ここでアオアシラがそのハチミツを堪能したのだろう。
そして食事を終えたアオアシラはここから去っていった。その足跡をたどれば恐らくアオアシラの下へと向かえる。
クルペッコ亜種を探しに来たが、先にアオアシラの手がかりを見つけてしまった。これは標的を変えるべきか。
「とりあえずこれの後を辿ってみようじゃない」
「そうですね。見つけてしまったからにはやらねばなりませんし」
時間が経てばたつほどこの痕跡は遅れた情報になる。これを辿った先にまた何かが見つかれば、それだけアオアシラの居場所へと近づける。情報は鮮度が命、本来の予定とは違うがアオアシラもまた討伐対象なのだ。
二人は足跡が向かった先をめざし、草むらを掻き分けながら進んでいく。どうやら獣道になっているらしく、足元を纏わりついてくるような草や肌を刺すような鋭い草木があるため、気をつけても音を立ててしまっている。
身を守る防具が肌を傷つける事はないが、瑠璃の場合はへそ周りが網になっているために僅かに肌を切ってしまいそうだ。
そんな獣道を抜けるとT字に分かれる道に出た。すぐに茉莉が足元を見回して足跡がないかを確認してみる。瑠璃は辺りを警戒し、何か小型モンスターがいないかを確認した。
「……ここにもいないわね」
モスやブルファンゴもいなければ、こういう森に群れているであろうジャギィすらいない。いや、群れじゃなくとも独り立ちして生きている個体もいるんじゃないかと思ったのだがそれすらもいない。
これは一体どういう事なのだろう、と考える瑠璃の傍で足跡を探っていた茉莉はアオアシラらしきそれを見つけた。地図を広げるとどうやら足跡が向かった先には川があるらしい。ハチミツを堪能した後は水を求めていったといったところか。
「……?」
そんな風に考えていた茉莉だったが、不意に離れた所にある地面に奇妙なものを見つけた。それに近づき屈みこんでじっとそれを見つめる。
それは足跡と言うより何かが這っていったかのような跡だった。自分達が歩いてきた側の草むらから向こうの草むらへとまっすぐに進んでいったらしい跡である。
「これは……蛇?」
軽くその後に触れてみながらその模様を確認してみる。獣でも竜でも人でもなく、ましてや足跡ではないそれは間違いなく生物がここを通過した跡だ。足を持たず地面を這うように移動する生物といえば蛇が頭に浮かぶ。
だがこの跡から考えられる蛇はただの蛇ではない。二、三メートルほどの大きさからして大蛇あたりがここを通過していったと思われる。
(大蛇……ふむ、謎の存在は大蛇? いや、それはないでしょう。ただの大蛇ならばハンターが遅れをとるとは考えづらいですね)
蛇、大蛇程度ならば普通に処理は可能だ。それよりも牙獣種や飛竜種の方が、危険度が上なのだから。とはいえ毒蛇ならば油断してしまえばいつの間にか接近され、噛まれでもすれば大変なことになるのだが、それは置いておこう。
大蛇ならば森の中に生息してもおかしくないし、こんなところでうろついていても驚きはしない。
だがもしこれがただの大蛇の通過した跡でないとしたらどうする?
(森の中に生息する蛇竜種……いましたっけ?)
飛竜種のガブラスは足と翼があるため省かれるし、こんな所では見かけられない。多頭蛇竜種の代表格のヒュドラは砂漠などの乾燥地帯にいるし、響蛇竜ラテルヒュドラも同様だ。
しばらく跡を見つめながら頭の中の図鑑を思い返していくと、一つ森に生息する蛇竜種がいた事を思いだした。
毒矛蛇グレイハブ。
両頬と頭部に一つずつ剣のように鋭く尖った出っ張った鱗があり、尻尾の先も同じように刃状に伸びているのが特徴な大蛇だ。焦げ茶色が主体の斑模様を持ち、大きさは中型の鳥竜種ほどのものだ。とはいえその体長は大蛇だけあって十メートルを余裕で越える。
剣のような鱗を持つ点でグレイブ、そしてもう一つの特徴である強い毒性を持つ蛇ということで、ハブを掛け合わせたのがこの蛇の名称の由来だ。
性格はハブと同じく凶暴で、奴のセンサーに感知した物にはすぐさま襲い掛かっていくのが特徴だ。
図鑑で見た奴の横幅の大きさは二~三メートルほど。この跡に一致する。
奴の性格を考えれば背後から襲い掛かって人を丸呑みする事など容易いだろう。そうでなくとも強い毒を吹きかけるだけでも人は死ぬ。だがこれはあり得ない。
その強い毒性だけに大地や草木も壊死させてしまうだけの力を持つ。ここまで来る途中でそれらしき痕跡は見られなかったので毒は使わなかったのか、あるいはこのグレイハブ自体いないのか。
何にせよこのグレイハブが有力候補に挙げられるという点で一つの収穫があった。
それを瑠璃に伝えると、彼女もなるほどと頷きながら唇に指を当てる。
「グレイハブ……か、有り得るわね。実際この跡もそれっぽいし……でもアオアシラが向かった先には進んでいないわね」
「しかしこの感じからしますとアオアシラがここを通った以前に通過したと思われますね。推測するに深夜ここを通過したかと」
あまり食事をしなくとも数日はもつだけの生命力を持ち、活動範囲はテリトリーを見回るか新たなテリトリーを求めて森を動き回るかぐらいなもの。
恐らく先日ここを新たなテリトリーとし、動き回っているのではないかと二人は推測した。そのテリトリーを犯したハンター達は全て丸呑み、モンスター達もどうように丸呑みしていき、その脅威にここから離れていった……といったところか。
だがそれでもこの森に滞在し続けるのがアオアシラとクルペッコ亜種。
クルペッコ亜種は飛んで逃げる事が出来るだろうが、アオアシラはなぜここに居続けるのだろうか。もし本当にグレイハブがここにいるのならば、アオアシラとて危険なはずだ。
となると……ここにいるのはグレイハブではないという事か?
(考えてもわかりませんね。この跡に関しては頭の中に置いておき、今は調査を続けましょう)
立ち上がって膝を軽くはたくと、瑠璃と共にアオアシラが向かったと思われる川へと向かって歩き出す。そう時間もかからずに川のせせらぎが聞こえてくる。
大きな気配は感じられない。どうやら川には誰もいないようだ。
足跡も砂利道に入ればなくなってしまい、足跡をたどる事はもう出来なくなってしまった。この川を渡っていったのか、あるいは上流下流のどちらに向かったのかはわからない。
手掛かりはここに途絶えてしまう。
だがここで諦めるわけにはいかない。
茉莉はまた手掛かりを求めて辺りを歩き始める。
すると一つ奇妙なものを見つけたのだ。
「これは……」
草むらの陰になって見えづらかったがそれは鉱石……いや、研磨された鉱物だった。
「なんか見つけたの?」
「ええ、これを」
それを拾い上げてまじまじと観察してみる。近くにはボロボロになっている何かが転がっており、それも手にして見比べてみると一つの物が頭に浮かび上がる。
「これは武器ですね。恐らく……片手剣の一種でしょう」
「武器? ということはハンターがここにいたって事?」
「恐らくは。……これは、そう……噛み砕かれ、しかし胃の中へと納める事が出来ず吐き戻したものの一部ではないですかね? それが残骸となってここにあると思われます」
「ってことはこの近くに…………ん、あった」
武器だったものを観察しながら茉莉が言うと、瑠璃は辺りを見回し、そしてそれを見つける。
乾ききっているがそれは間違いなく血痕だった。草むらにべっとりとついているそれは間違いなく血。その液体によって変色してしまっており、地面にもしっかりと残っているそれがここがハンターがやられた場所だという事を示している。
最近雨が降っていないために洗い流されることはなく、こうして痕跡を残してくれたのは幸いか。
「これほどの血痕……間違いなく致死量ね。っていうか、周りに結構飛び散ったんじゃない?」
中心となる部分は被害者が立っていた場所だろうが、その周囲にも結構な量を噴き出したような痕が見られる。一体どうしたらこれほどの量を噴き出せるのだろうと疑問に思ってしまう程だ。
「中心点が二つ……恐らく犠牲者は二人。こうして草むらの陰にあるという事はここに潜んでいたところを襲われたといったところでしょうか」
「足跡とかそういうものはないわね。消えてしまったのかしら」
襲った主の痕跡は見当たらない。だがどちらから襲ってきたかはおおよその推測は出来る。
「川にいる何かを待っていたか、攻撃を仕掛けるタイミングを窺っていたところをぱっくり、だとすると、こちら側からやって来たんでしょうね」
川を正面に森を背面に。
そういう位置取りをしながら茉莉が推測を述べる。位置としては先ほど自分達が通ってきた方角だが、ここはさっき見つけた蛇が通った跡があった先。
すなわち蛇が進んだ先からこちら側へと向かってくる事が出来る。道なき道を音を立てずに進んでハンター達の背後を取り、襲い掛かったと推測できる。
「となるとやはり謎の存在は蛇か蛇竜か。これは増々グレイハブが濃厚かしら」
「でしょうか」
(しかし……奇妙ですね。ぱっくりと丸呑みした割にはなぜこんなに血痕が散らばってるんでしょうね?)
丸呑みしたならば血はそんなに出るはずがない。口内で噛み砕いたというならばその口から血が出るだろうが、血の飛び散りようからこれは立っているところにざっくりとやられた、と考えられるものだった。
となると丸呑みする前にその尻尾で攻撃を仕掛けた? いや、戦いになっていないのにそれはないだろう。奇襲を仕掛けるならばそのまま捕食すればいいだけのはず。
(もしかして思い違いをしている? やはりグレイハブではない何かがいるんでしょうか)
そんな風に考え込んでいると、
「……む? この気配は……」
ふと何かが近づいてくるような気配を感じ、茉莉が空を見上げる。すると川の向こう側の空からこちら側へと向かって飛来してくる紅の影が見えてきたではないか。それは悠々と空を舞い、川を越えて二人がいる森の方へと飛び、森の中へとゆったりと降下していく。
「どうやらお出ましみたいね」
森の中にいたおかげだろうか。奴は二人の姿に気づかなかったらしい。
二人はお互い頷き合うと音を立てず、しかし迅速に森の中を駆け抜けて奴が降り立った場所へと向かっていく。気配は消されていない。奴は悠々と森の広場で羽休めをしている事だろう。
そこはさっきの広場と違い点々と木が生えているような感じではなく、森の中にぽっかりと空いたかのような広場だった。その中心に一際大きな巨木が生え、その空いた空間の空を覆うように枝葉を伸ばしているような感じだ。
つまり戦う場所はその巨木の周囲の空間という事になる。だがそれでも十分な広さを持つため、戦う分には問題なさそうだ。
原種もなかなか鮮やかな色合いをしていたが、亜種になれば紅を中心とした森の中では目立つ色合いをしている。クア……と欠伸をかましながら体を震わせ、時折草むらに嘴を突っ込んで何かをついばんでいる。
紅彩鳥クルペッコ亜種。
それが今、二人に背を向けてリラックスしていた。
仕掛けるならば今が好機。草むらから飛び出す体勢に移りつつそれぞれ武器を抜くように手を添える。クルペッコ亜種の顔が向こう側を向いた瞬間、先に飛び出したのはやはり瑠璃だ。
音も立てずに疾走し、ヒドゥンサーベルの間合いに入った瞬間に跳躍してその背中を両断する勢いでそれを振り抜く。それは狙い通りクルペッコ亜種の背中を斬り、着地しながら両足を薙ぐように振り抜き、腹を裂くように斬り上げて離れる。
「クエエエェェッ!?」
突然の攻撃にたまらず悲鳴を上げ、羽をばたつかせながら瑠璃へと向くクルペッコ亜種の背後から静かに接近していた茉莉がその尻尾から背中へと貫くようにインペリアルガーダーを突き出し、更に引き金を引かれていたために銃口から溜められたエネルギーが充填されていき、指を離した瞬間それが解放された。
斬られた部分が溜め砲撃によって焼かれ、追撃するように再度溜め砲撃が放たれる。
着地しつつインペリアルガーダーを素早く横に振り、ギミックを発動させて弾薬を装填。振り向きざまに薙ぎ払われるクルペッコ亜種の翼を感じ取り、盾を構えつつそれを受け流していく。
「クエッ、クエッ!」
茉莉に向かって嘴を何度も打ち下ろして攻撃を仕掛けていくが、全て見切って盾を構えて防ぎきり、反撃としてその胸めがけてインペリアルガーダーを突き上げていく。
「ふっ!」
胸、翼と何度も突き上げ、頃合いを見て後ろに下がって距離を取る。そのタイミングはぴったりだった。クルペッコ亜種が翼を打ち合わせたのだ。
クルペッコ亜種の翼の先には電気石があり、これを打ち合わせる事で電気を発生させる事が出来る。更に何度も打ち合わせる事で強い閃光を放ち、相手の目をくらませることも可能だ。
茉莉に気を取られた隙を狙って瑠璃が接近し、翼にある電気石を狙って斬り上げるもそれはクルペッコ亜種が僅かに身を逸らす事で回避した。それだけでなく後ろに飛び退き低空飛行をし始める。
ばたばたと羽ばたいて風圧を巻き上げながら離れた所で滞空するクルペッコ亜種は一度息を吸いこんだかと思うと、粘度のある液体を三つ連続して吐き出してきた。
それは酸に近しい効果を含み、属性に対する耐性が弱体化する代物だ。あれを受ければ電気石が発する力のダメージも増加してしまい、こちらにとって不利な状態になってしまう。
「っ!」
その軌道を見切り、瑠璃は避けるのではなく前に出ていく。身を屈めて頭上を通り越していく液体をやり過ごし、再び跳躍しながらヒドゥンサーベルを振り上げて斬りかかり、クルペッコ亜種の頭上を取った。
だが、
「ケエエエエェェェェッ!!」
その喉袋を膨らませる程の大きな息を吸ったクルペッコ亜種が咆哮する。クルペッコと違い喉袋が強化され、発声器官が発達しているおかげでバインドボイスを習得しているのだ。
「っ、く……!?」
続けて攻撃しようとした瑠璃だったが、その咆哮の響きと本能に訴えかけてくる気に圧されて手を止めてしまう。クルペッコの亜種とはいえ、モンスターの発するバインドボイスは人族にとっては脅威だ。
理屈ではない。それは本能からくる恐怖で動きを止めてしまう。
それに抗うには耳栓スキルでバインドボイスを防ぐか、強靭な意志で抗うしかない。
「ん、ぐぐ…………オオオオオオオオオオッッッ!!」
翼を広げて何とか羽ばたかせる事で体勢を立て直しながら、瑠璃はその恐れを吹き飛ばすかのように吼える。そうでもしなければ硬直したまま落下するしか出来なかった。そうなればクルペッコ亜種に追撃を受けていた事だろう。
実際クルペッコ亜種は硬直している瑠璃へと攻撃を仕掛けようとしていた。
「舐めるなぁッ!」
彼女を蹴落とすかのように頭上を取りながらその足を振るう。硬直していたらそれによって蹴落とされていただろうが、何とかそれをやり過ごす事が出来た。
だが完全に頭上を取られ、体勢を立て直していく瑠璃をそのまま押し潰すように飛びかかってくる。
それを後ろに飛び退いてやり過ごし、地面に着地していくクルペッコ亜種へと茉莉が攻撃を仕掛けていく。下がった頭をピンポイントに突き上げるようにインペリアルガーダーを振るい、連続して引き金を引いて砲撃を加える。
「クエェッ!? クエッ、クエッ!」
一瞬悲鳴を上げたクルペッコ亜種だがすぐに攻撃態勢へと切り替え、翼を打ち合わせて電気石に刺激を与えだす。そのまま茉莉を挟み込むように翼を打ち合わせながら前へとステップした。
盾を構えつつ後ろに下がってやり過ごすが、弾ける電気が盾にぶつかってくる。しかもクルペッコ亜種の攻撃は終わらず、またステップしながら茉莉へと追撃を仕掛けてくる。
重量のあるガンランスを構えながらの移動は鈍くなるのが常だが、茉莉の怪力のおかげである程度は鈍さを感じさせずに動ける。
だがそれでも躱せるだけ凄い。二度目の攻撃もやり過ごし、しかし三度目は追いつかれてしまい盾を構えてそれを受け止めた。そんな茉莉から自分へと意識を向けさせるために瑠璃が攻撃を仕掛けるも、クルペッコ亜種は尻尾を振ってそれを牽制しつつあらぬ方へと向き直り、羽をばたつかせながら走り出す。
逃げるつもりかと二人が後を追おうとしたが十分に距離を取ったクルペッコ亜種は振り返りながら電気石を打ち合わせ始める。そうして高められたエネルギーが弾け、周囲を多い尽くす程の強い閃光が発生した。
『ッ!?』
咄嗟に目を閉じながら腕で庇う二人だが、暗くなった視界をも白く染める程の閃光は動きを止めるには十分なもの。耳に聞こえてくるのは軽快なリズムで歌うクルペッコ亜種の声。
何とか目を開けて奴を見れば、喉袋を膨らませて声を上げるクルペッコ亜種の姿があった。周囲には茶色い粒子が躍り、歌に合わせて増幅していきクルペッコ亜種の中へと浸透していく。
「防御上昇の歌、ですね。少し厄介なことになりましたよ」
「でも関係ないわ。硬くなったって言うんなら、それをも斬る一撃をお見舞いするだけよ」
「……ふ、流石ですね瑠璃。その脳筋さが今はありがたいですよ」
「……褒められてる気がしないわね」
「褒めてますよー間違いなくそりゃはっきりしっかりばっちり褒めてますよー」
「おい、こら」
ツッコミ入れようとしてくる瑠璃から逃げるように、今度は茉莉が飛び出してクルペッコ亜種へと向かっていく。指は引き金に当てられ、銃口からは少しずつ高められていくエネルギーが発生している。
当然正面から迫ってくる茉莉に気づかないクルペッコ亜種ではない。カッカッ、とまた電気石を打ち合わせ、あの閃光を再び発生させようとしたが、茉莉が軽く息を吸いこんで、
「ふっ!」
勢いよく火炎を口から放出する。いや、別にリオレウスらと同じように体内の火炎袋から生成した火炎を放出したわけではない。口元に集めた火の粒子を着火させて放っただけだ。
だがその軌道、火炎の生成を効率よく行うためのイメージの助長として息を吸いこんで思いっきり放出しているだけにすぎない。何もない所から作り上げるのは難しい。それを助けるための鍵が必要なのだ。
それが飛竜らのブレスの前触れと同じ「息を吸いこんで吐き出す」というモーション。
これを行う事ではっきりとした軌道を描いて火炎放射を行使する事が出来る。
クルペッコ亜種もまさかハンターが火炎放射を行使するとは思いもしなかったようで、思わず動きを止めてその火炎をまともに浴びてしまった。
その隙を文字通り突き、溜められたエネルギーを解放させる。頭を狙って撃ち抜かれた溜め砲撃はクルペッコ亜種をノックバックさせるには十分なものだった。
また砲撃などの爆撃は相手が硬質化しようともどれだけ硬かろうとも、その爆風でダメージを与える事を可能とする。つまりクルペッコ亜種が先ほど自身を硬質化させたとしても、この砲撃を駆使すればダメージは与え続けられる。
すかさずクイックリロードをして一発装填し、今度は胸へと連続して通常砲撃をしかけ、またクイックリロード。最後に連続砲撃でよたついたところを溜め砲撃で締める。
そこでリロードをして弾薬を装填している間に瑠璃が合流し、ヒドゥンサーベルに纏わせた気を解放するように翼から胸へと薙ぐような気刃を放つ。
「はあっ!」
その気刃を牽制として懐に飛び込むと腹を斬り、両足を薙ぎ、ばたつかせる右翼の付け根と連続して斬りこんで錬気を溜めると、続けてそれを解放させるような連続斬りをお見舞いして錬気を解放させた。
黒い刀身に薄く纏われる白いオーラ。これが一段階目の解放を示すものだ。
連続して斬ったはいいが、やはり鱗や翼の硬度が上がっているのが刃を通して感じられた。ナルガクルガの素材を使用したこのヒドゥンサーベルの切れ味の高さはいいが、かといって全てを斬れる程鋭いわけでもない。
それに太刀はその性質上硬い敵を斬るには向いていない。錬気を高めるために斬ってみたが、やはり気刃で斬った程の傷を負わせる事は出来なかった。
「閃剣――」
しっかりと大地を踏みしめながらヒドゥンサーベルを握りしめつつ、一気に己の気を高めていく。褐色の彼女の気はヒドゥンサーベルの刀身に纏われていき、高められた錬気と呼応して更に鋭い刃となる。
それを下段で構えながら身を低くし、振り向きざまにそれを一息に振り抜く!
「――
ヒドゥンサーベルの刃は腰を斬り、その刃から放たれた気刃が弧を描いてクルペッコ亜種の背中を切り裂く。その一撃は硬くなったクルペッコ亜種の毛を散らし、その下にある肉を裂いて血を噴き出させる。
「クエエエエエッ!?」
その痛みにたまらず悲鳴を上げるクルペッコ亜種に二人は容赦をするはずもない。茉莉は側面に回り込み翼、それも電気石を狙って溜め砲撃を打ち込んでいく。とにかくこれを翼から離すか破壊しないと閃光を発生させられてしまう。
これを潰すだけでもこれからの立ち回りが良くなるのだ。チャンスがあるならば優先的に破壊しておきたい。
茉莉が左翼を、瑠璃が右翼を狙って攻撃を仕掛けていくが、クルペッコ亜種が体を震わせた後に息を吸いこみ、またバインドボイスの咆哮を上げる。それによってまたしても二人の体が硬直してしまい、咆哮に続けてまた喉袋を膨らませる程に息を吸いこむと、
「ヴオオオオオオオオオオン!!」
獣のような声を辺りに響かせ始めた。それは森中に響き渡り、叫びに呼応して何かの声が遠くから聞こえてきた。この森にいる獣といえばアオアシラぐらいなもの。
つまりクルペッコ亜種はアオアシラを呼び寄せたのか。
ターゲットが一堂に会するというのは喜ばしいものではあるが、しかし少々めんどうなことになってしまった。
アオアシラがここにやってくると、二対二という構図になってしまい、それぞれ一人ずつ相手にする事になる。幸いなのが片方が飛竜ではないという事か。アオアシラならば一人でもなんとかなるかもしれないが、クルペッコ亜種を一人で相手にするというのはめんどうだ。
ここはアオアシラが来るまでの間に一気に体力を奪っておきたい。
「――オオオオオオオオオオッッッ!!!」
何とか体の硬直を強引に解いた瑠璃が、また吼えながらヒドゥンサーベルを振りかぶるが、クルペッコ亜種はそれを回避するように後ろへと下がりながら再び翼を羽ばたかせる。それに加えて二人が接近してこないようにまたあの液体を吐き出してきた。
しかし近づかずとも攻撃する手段を瑠璃は持っている。
すぅっと息を吸って呼吸を整えつつ気を落ち着かせ、上段に構えたヒドゥンサーベルを素早く振り下ろして気刃を放つ。続けざまに斬り上げ、薙ぎ、また振り下ろしと繋げていき、連続して気刃を放つ事で攻撃の手をやめない。
低空飛行をしている敵には、閃光玉を投げて視界を奪いながら墜落させるのが一つの手段として挙げられるが、クルペッコ亜種の場合は奴自身が閃光を放つために耐性がついている。
そのため墜落させようと思えば、飛ぶ気力を奪うだけのダメージを与えるしか出来ない。
飛来してくる気刃を避けようとするが体や翼を切り裂いてくるその刃に苦悶の声を漏らしていく。硬質化してもその気刃によって傷が増え、紅の毛に上乗せするように赤が塗られていく。
「クエェッ、クエッ!!」
このままでは墜落してしまうと察したクルペッコ亜種は地面に着地するが、それを狙っていた茉莉がいつの間にかクルペッコ亜種の背後に回り込んでいた。ギミックを始動させて砲撃を切り替え、高められたエネルギーを一気に開放させる。
溜め砲撃よりも高い威力、ガンランスの最大攻撃である竜撃砲。
それが一番負傷している背中から腹へと突き抜けるようにクルペッコ亜種へと襲い掛かり、その体を一気に焼き、破壊していく。毛は焼かれ、肉は弾けとび、次々と血が噴き出すさまは痛々しい。
「グエエエエエエッッ!?」
驚きと苦痛に悲鳴を上げるクルペッコ亜種だが、それでも奴は瀕死にはなっていない。竜撃砲は通用しているのだが、クルペッコ亜種の体力はまだ健在なのだ。嘴から吐息を漏らし、怒りの咆哮を上げるクルペッコ亜種の動きは少しずつ早くなり、背後にいる茉莉に向かって尻尾や翼を振りかぶって振り払おうとしていた。
インペリアルガーダーが竜撃砲を放った後の排熱モードに入り、砲撃の強い反動とクルペッコ亜種の咆哮で硬直していた茉莉であったが、自分に向かってくるその攻撃を察知して盾を構えて防ぎにかかる。
「――ォォォォ」
「……この声は」
盾を構えながら耳に入ってきた微かな声に気づいて茉莉が視線を動かし、声の出所を探る。気のせいでなければ間違いなくここにはいない何かの声がしたはずだ。
その声は少しずつここに近づいてきており、同時に気配も大きく感じられ始めた。
一度クルペッコ亜種から距離を取り、インペリアルガーダーを構えなおしながらある一点を見ると、木々の間を抜けながら一つの影が接近してくるのが見えた。
四肢を使ってなかなかの速さでこの広場までやってきたそれは瑠璃と茉莉、そして自分を呼び寄せたクルペッコ亜種を見回すと、のっそりと起き上って二足で立ち、低く唸り声を上げる。
その外見は熊ではあるが、青と白い毛皮と甲殻に覆われ、特に前足は突起が付いた一際硬い甲殻が鎧のように覆っているのが特徴だ。
ハチミツを好物とし、東方の森の中でよく見かけられる牙獣種が一。
青熊獣アオアシラがついに姿を現したのだ。
「ヴオオオオォォォォン!!」
両前足を振り上げて威嚇するように吼えるアオアシラ。それを見て瑠璃が軽く舌打ちする。竜撃砲でクルペッコ亜種に大きなダメージを与える事は出来たが、まだ完全に追い込めるだけのダメージにはなっていないだろう。
どうする? と視線を茉莉へと向けると、茉莉は小さく頷いて視線をクルペッコ亜種へと向ける。続けて瑠璃に視線を戻し、軽く小首をアオアシラへと振ってみせた。
それで瑠璃は茉莉が言わんとしている事を理解し、了解したと頷き返す。
ヒドゥンサーベルを構えなおしてやってきたアオアシラへと接近しようとした瑠璃だったが、突如クルペッコ亜種が一鳴きすると強く羽ばたいて上昇し始める。
「なっ、逃げる気!?」
「っ……」
瑠璃が驚き、茉莉が冷静にインペリアルガーダーを離してポーチの中へと右手を突っ込み、ペイントボールを取り出してゆっくりと空へと上がっていくクルペッコ亜種へと投擲した。
それは腰元に着弾して桃色の液体を付着させ、強い匂いを発し始める。どうやら無事にその効果を発揮してくれたようだ。
それにしてもアオアシラが乱入した途端に逃げるとは、どうやらクルペッコ亜種は最初からその予定だったのか、と茉莉は無表情ながらもクルペッコ亜種の行動に感心する。怒り状態になってもなお自分の身を守るために、アオアシラをけしかけて早々に退場とはいい度胸している。
だがそれも自分が生き延びるための手段だ。十分に作戦としてはアリだろう。
それに茉莉達からすればアオアシラも討伐対象なのだ。ここで無視してクルペッコ亜種を追うなんてことは出来ない。
奴にはペイントボールをつけることに成功した。数時間はあの匂いと液体はクルペッコ亜種に付着したままだ。ここでアオアシラと交戦したとしても後を追う事は可能である。
「……仕方ないわね。さっさとこいつを殺ってしまおうじゃない」
「そうですね。少し切れ味を戻しておくんで、引きつけよろです」
「わかったわ」
インペリアルガーダーを拾い上げて広場の中心にある巨木へと後ずさりながら茉莉が言い、瑠璃はそれを承諾してアオアシラへと一気に接近していく。それを迎え撃つようにもう一度威嚇するように吼え、振り上げた前足を横から殴りつけるように瑠璃へと振り下ろしていく。
それを見切り、頭上を通り過ぎていく前足を感じながらその胸を斬り上げ、脇から横っ腹へと斬り下ろしつつ側面に回り込んでいく。
新米ハンターが相手にするようなモンスターとはいえアオアシラは熊であり、しかも上位個体だ。その前足の一撃はまともに受ければ人にとって致命傷になりかねない。その鋭い爪もそうだが、重い一撃は十分に人の頭蓋を砕きかねないパワーを秘めているのだ。
油断する事なく着実に攻めていかねばこちらがやられる。瑠璃はその持ち前の速さでアオアシラを翻弄しつつ斬りかかる事にした。
そんな瑠璃の戦いを見守りつつ、茉莉は巨木の下でインペリアルガーダーに砥石を当てて切れ味を戻していく。先ほどの戦いでかなり砲撃をしたせいで切れ味が落ちてしまっている。
ガンランスはただ突くだけでなく砲撃をするだけでも切れ味を落としてしまう。ましてや竜撃砲をぶっ放せば一気にそれは下がる。そのため砥石は心もち大目に持ち込まねばならない武器なのだ。
水筒から水をかけて素早く刃を通して刀身を磨き、しかし視線は時折あの戦いへと向けてこちらに危害が来ないかを確認する。
そうしていた茉莉だったが、彼女のセンサーに奇妙な感覚が捉えられた。
何かが自分達をじっと見つめていたようなそんな感覚だ。
それはかなり抑えられた視線で、しかも気配もほとんど感じられない程に薄いものだった。だがそれはすぐに消え去り、何事もなく霧のように存在感がなくなってしまう。
(……気のせい、でしたか?)
アオアシラがこちらに視線を向けたのか、あるいはクルペッコ亜種が離れた所からこちらを再確認したのか。それまではわからなかったが、たったの数秒の事だったために判別がつかなかった。
(今はこちらを優先させましょうかね)
気になるところではあるが今はあのアオアシラを処理しなければならない。これが終わればクルペッコ亜種の追撃だ。やる事は決まっている。
切れ味を戻したインペリアルガーダーを構えて立ち上がり、瑠璃を援護するために茉莉は走り出す。
○
「…………シュルル」
それは木の陰に身を潜んでその戦いを見つめていた。その姿は木の葉によって覆い隠され、その体の鱗や甲殻も緑を主体とした森の緑に溶け込む色合いをしている為に気づかれない。
口から舌をちらつかせ、顔を上げて空を見上げる。遠ざかっていく一つの気配と、鼻をくすぐるあの匂い。それを体の気と舌で感じ取りながらどの方角へと消えていくのかを分析したそれは、木の幹に巻きつけていた尻尾の力を緩め、その手を幹に掛けて体の向きを素早く反転させた。
続けて太い枝に両手をかけて一気に反動をつけると、そのまま振り子の運動を利用してその体を宙へと舞い上がらせ、数メートルの空中移動を経てその尻尾を別の木の枝に巻きつけて続けて弧を描いてまた宙へと舞う。
そうして移動を繰り返しながらクルペッコ亜種の後を追うそれの狙いはただ一つ。
「シュルルル」
体を回転させ、両手と尻尾で体を支えつつ地面に着地し、今度は草を掻き分けるように素早くその尻尾を動かして獣道を突き進むそれは、獲物を見つけた狩人そのものだった。
そんな存在が今まで近くにいた事をあの二人はまだ知らない。