ラナークエスト   作:テンパランス

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#172

 act 110 

 

 鍛錬が殺し合いにならないように、と鈴が兄にもう少し手加減するように要請する。

 普通ならば突っぱねるところだが、龍緋は素直に従った。

 赤龍が戻る頃には宿舎から出てくる人間達の姿が見え始める。

 

「人数が増えたようだが……。続けるかい?」

 

 龍緋の言葉に答えたのは先ほど倒されたばかりの立花だった。

 天羽は早々に引き上げる。あまり無茶をすると風鳴が悲しい顔をするので自重(じちょう)する事に決めた。

 今度は変身せず、龍緋にも()()()()()手加減した状態でただの鍛錬を願い出た。

 一朝一夕で解決策は出ない。ならば時間をかけるしかない。

 そういう要望に対して龍緋は快く引き受けてくれた。

 

「今以上に危険にならないなら……、我々は下がってもいいかな?」

「はい。お気を遣わせて申し訳ありません」

 

 見物人に対して天羽たちは丁寧に対応し、それぞれ移動する者と残る者とに別れていった。それらと入れ替わるように新たに鍛錬の見物人としてターニャ・デグレチャフダクネス達が訪れる。

 

「遠くに居る筈の獣なのに距離感がおかしく見える……」

 

 100メートルは離れている筈だが、巨大さは変わらない。

 たった一回駆けるだけで自分達のところに来そうだ。

 

「……キリちゃんと同じ声の人だ……」

「そうデスね。世の中には色んな偶然があるものデス」

「……何のことだ?」

 

 と、暁と似た声を持つダクネス。

 全員が全員ではないとしても似た声質と出会うと何かの運命を感じる。

 その点で言えばカズマと同じ声の人物は今のところ見当たらない。もちろん、月読も同様だ。

 

「ところで本当にこの男を倒すと元の世界に戻れるのか?」

 

 変身を解いていた天羽が尋ねる。

 本人がそう言っていたと立花は戦いながら答えた。

 

          

 

 本人の談なので信じるしかない。それと戦ってみた感覚ではとても倒せるような相手だと思えなかった。

 ただの人間なのに。負けた今はとてもじゃないが信じられない。

 鍛錬程度で負けたのだから彼の本気の戦いでは確実に死ぬかもしれない。そう思わせる実力は確かにありそうだった。

 触ると炭化するノイズ戦とは違い、()()常識的な戦闘が出来る相手だ。いや、本当に常識的なのかも今では自信が無い。

 色々と分析する事は大事だと思っているけれど上手く表現できなくて困ってしまう。

 

「おうおう、やっておる武神様」

 

 大きな扇子を(あお)ぎつつ中華風のいでたちでやってきた謎の女性が軽快に笑う。

 年の頃は天羽と変わらないのだが時代がかった喋り方をする。

 

「誰ぞ、見込みのある者は居たのか?」

「これからです」

 

 鈴を鳴らすような微笑を(たた)えつつ見物人の一人に紛れ込む女性。

 カズマ達とは別の地球からやってきた女性『祀軍(じぐ)アルピコラ戈斂(かれん)』という。

 太平洋上に浮かぶ巨大大陸国家祀軍国』の皇女なのだが、その歴史を知る者は居ない。

 龍緋が持つ謎の黒い棒『幻龍斬戟』を作り上げた国であり、彼に『武神』の称号を与えた。

 様々な出来事があり、国を大陸ごとを移送し、危機を乗り越えた。しかし、そのエピソードは今作には関係が無いので語られる事は無い。

 

「……いずれどこかで語られよう……。それより、無防備の戦闘は(わらわ)としては面白くないの。……武神様の決める事に口を挟みたくはないのじゃが……」

 

 戦闘形態とも言うべき龍緋に相応しい武器というものが存在するのに、それを無しにされた状態での戦闘行為に及ぶ事は面白くない。

 赤龍達に不満の顔を向けるとそっぽを向かれた。

 

「武器を取り上げれば魔法も通用するのでは?」

「どうだろうか。試しにやってみるかい?」

 

 杖を構えるめぐみんがやる気を出す。

 『幻龍斬戟(げんりゅうざんげき)』の恩恵を外せば魔法が通用する。それが本当かは実際に試さなければ分からない。

 生前の龍緋ならば()()常識の範囲内で済んだ。しかし、今の龍緋は前と()()が違う。

 

          

 

 立花はまたも空気を読んでめぐみんに戦闘を譲り、周りの見物人達に離れるように声をかけていく。

 範囲魔法である爆裂魔法の被害に遭わないように。

 それと同時に一日一回魔法を放つめぐみんの為に龍緋は残りの幻龍斬戟を赤龍へ放り投げる。

 これで事実上、無防備となる。

 

「……言い忘れていたが……、神様()()()()()()()()()()()()()を望んでいる。つまり君が無防備の私を倒す事に神様が納得するかはちゃんと考えた方がいいぞ」

「なんですと!?」

「ただ倒すだけでは駄目なのか」

 

 カズマは何となく嫌な予感を感じていた。

 普通に倒すだけで元の世界に戻れるわけはないと。

 かといって他の選択肢が浮かばないので倒すだけ頑張るしかないのだが。

 

「……君にとって最良であるならば……、やるだけやってみなさい」

「ありがとうございます」

 

 龍緋の言葉に素直に頭を下げるめぐみん。

 これから爆裂魔法を食らわせると分かっていて尚優しい言葉をかけられれば何の文句も出はしない。

 多少の感謝はあるけれど、めぐみんにとって一日一回とにかく爆裂魔法を放てればいい。そうする事が紅魔族としての本懐である、と言わんばかりだ。

 

「いざ、尋常に勝負です」

「……というより毎日私はあの魔法を食らわなければならないのか?」

「丁度いい(まと)として生まれたことを悔やむがいい! ……あと、撃たせていただく事にはもちろん感謝していますよ」

 

 後半は丁寧に言った。そして、杖を軽く一回転させてポーズを決める。

 

「赤き黒炎。万壊の王。我は万象滅却の理。崩壊破壊の別名なり。永劫の鉄槌は我が元に下れ! エクスプロージョンっ!」

 

 杖に装着された宝石に無数の魔力が集まり、詠唱が終わると同時に天が輝いた。

 呪文はめぐみんのノリで毎回違うが本来は唱える必要は無い。

 


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