ラナークエスト   作:テンパランス

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#179

 

 act 117 

 

 謎の施設『マグヌム・オプス』の年齢、性別不詳の(あるじ)『シズ・オメガデルタ』は現場に居る者達を眺めた。

 自分が眠っている間に急に増えた新キャラ。それらをどう扱えばいいのか正直なところでは困惑していた。

 数年間も音沙汰がなかったし、危機的状況の報告も無かった。

 それが急に叩き起こされる形で呼び出され、大型生物だの目の前のカズマ達の存在だので調子がまだ狂ったまま。

 改めて新しい顔を見ていく。

 装者(シンフォギア)は既に確認が終わっているけれど、獣耳とめぐみん達はどのような人間なのか。それとラスボスを自称する存在。

 先ほどの神を名乗る者も気になる。

 

「……改めて……、全員下に降りてきてもらおうか。そこの君、呼んできてもらえるかい?」

 

 と、指名したのは水色の髪のアクア。だが、速攻で拒否された。

 面倒くさいとか、なんとか文句を言いだして。

 

「私は女神なのよ。パシリはカスマに言って」

「……カズマです。改めて思うけど、お前元気だよな」

 

 貴重な男性陣であるカズマは汚物を見るような目で自称女神を睨む。

 黄色い髪で戦士風のいでたちのダクネスは装備の関係から無視し、めぐみんに顔を向けると逸らされた。

 オメガデルタは愉快なパーティだなと思いつつ他の者に顔を向ける。

 このままなし崩し的に解体フラグを立てるのもいいが、全体把握もしなければ施設を破壊される恐れがある。特に地上に居る大型の猛獣は要注意だ。

 

          

 

 お人好しそうな立花(たちばな)(ひびき)ばかり指名しては贔屓(ひいき)と変わらない。ここは別の人間に行ってもらいたかった。

 そこで目に星が入っているアデライドに頼んだ。

 

「了解しましたです」

「大型モンスターはそのままで」

 

 設計上は入らない事も無いが入り口は人間用に作ってある。

 アデライドが駆け足で階段を上る間、新たなメイドを合図で呼びつけ、各部屋にある椅子を運び込ませた。

 ほぼ転移によるものなので知らない人間は驚きつつ興味深く眺めていた。

 

「ここのメイドさんは瞬間移動が出来るのかや?」

 

 栗鼠(リス)のような姿のクーベルが目を輝かせて喜んだ。対してカズマは相変わらず無気力そうな態度。

 いかにも主人公という風体にオメガデルタは(わず)かばかりの懐かしさを覚える。

 巻き込まれたくない気持ちが強いのがオメガデルタの知る主人公像だ。それは決して大きな活躍をせず、けれども破格の能力を持って世界に畏敬を念を抱かせる。

 アデライドが戻る間、オメガデルタは立花の近くに寄り、腕を掴む。もちろん、いきなりだったり強引な方法は取らない。

 再生したばかりの腕の調子を見るためだ。他のメンバーも念のために安静にしてくれると助かる。

 こういう時、女性の身体であることが助かる。もし、男性体であれば色々と(うるさ)く、面倒な問答が繰り広げられることになる。

 

「自前で治癒魔法でも取得していれば荒事でも平気だが……。君達は大人しくしているといい」

 

 シンフォギア勢にそう言うとそれぞれ頷いていった。

 ここには居ないキャロルの様子も気にかけておく。

 彼女の場合は精神面がズタボロだ。

 

「それにしても……、君たちはどうしてここに来たんだ? やはり神様とやらの命令か?」

 

 立花達と風鳴達はそれぞれ別の地域に転移してきた。それらがどうして一つの集合場所であるマグヌム・オプスに来たのか。

 この場所が色々と都合がいい、という情報と自然と足が向いた、という意見が出た。

 カズマ達はバハルス帝国側からここまで来たわけだが、オメガデルタ的には随分と距離が離れているとはいえ真っすぐ来るだけの原因などあったかな、と疑問を覚える。

 特に地上部分は面白みに欠ける。それとある程度の見学を許しているとはいえ、地下施設の内容はあまり宣伝していない。

 中身の情報を知りえているのは基本的に国の中でも重役についている者達くらいだ。

 それに数年とはいえ管理しているのはオメガデルタではなくリイジーやイビルアイだ。

 一冒険者が気軽に利用できるのは宿舎くらいだ。

 

          

 

 立花の腕を揉みつつ質問したり、思考の海に没入するオメガデルタ。

 不敵な笑顔が風鳴たちには異様な雰囲気を思わせたようで、顔を少し引きつらせていた。

 オメガデルタが使っている肉体は『クレマンティーヌ』という女暗殺者のものだが、部外者というか異邦人である立花達には縁のない存在だ。

 もし、この肉体の事を知っていればすぐに逃げ出すか、敵対行動をとっていてもおかしくない。

 というのは今考えるべきことではないな、と思って苦笑する。

 

「………」

 

 単純なレベリングでも体験させて強くしようかな、と思いはすれど彼女達は乗り気にならない。

 強引な手ばかり取ってしまうと全員逃げ出してしまう。それについて半分以上は諦めている。

 

「……あのぅ……。いつまで触っているのでしょうか?」

「若い女子の身体はいつまでも。それともおっぱいツンツンの方がいいか?」

「嫌です」

 

 と、苦笑気味に立花は言った。

 小柄な体系だが胸は大きい方の立花響。傍に控えている風鳴たちも目に見えて出るところは出ていた。

 逆に貧乳は悪、という意識は無いのでこだわり自体は単なる興味本位にとどめている。

 立花としては身体を持って行ったなら、そちらを触ればいい話しだ。それ(バラバラ)が本当なのかは確かめたくは無いけれど、と。

 

「……こいつすっげぇヤベー奴なんじゃねーの?」

 

 嫌そうな顔でカズマは言った。

 オメガデルタは少なくとも『むっつりスケベ』であると認識したようだ。

 風鳴や他のメンバーも変人だとはわかっていたが関わり合いになりたくないけれど、来てしまったものは仕方がないと判断し、それぞれ苦笑だけ浮かべている。

 ヤバイという言葉にしてもシンフォギアチームは確実に餌食になっている。それを否定することは出来ない。

 

「……しかし、主殿。肉体を欲するというのはどういうことなんだ? 貴女は化け物という理解でいいのか?」

 

 勇気を出して風鳴が尋ねた。

 

「……う~ん。それは企業秘密です、という答えになる。今の乗り移りみたいなものは……、これも説明しづらいな。ある理由から必要があってこうなっている。普段は……コロコロ変えたりはしないんだ」

 

 立花から離れて姿勢を正したオメガデルタは風鳴に真っすぐ顔を向けて答えた。

 素直に教えてくれた事に意外だと感じ、驚く風鳴と雪音達。

 秘密を知ったら消す、みたいな事でもあるのかと自分達のギアに手をかけていた。

 半面、カズマ達は首を傾げていた。

 

「入るたびに身体を切り刻んだりはしないけれど、趣味と実益の両方の側面がある。そこの雪音さんにモンスターを倒させようとしたことも実験の一環だ」

 

 急に名指しされた雪音は少しだけ驚きつつも大人しく佇んだ。難しい話しには関わり合いたくない、という姿勢で。

 別に頭は悪くない。ただ、面倒くさい事にはうんざりしているだけだ、と。

 

          

 

 説明している間もメイド達が椅子をどこからともなく運んできて並べ始めていた。

 それも全員が無表情で。

 クーベルが声をかけても全く相手にしない。

 

「最初は経験値稼ぎでも出来ればいいと思った。次はただの殺戮用途より、大事なものは飾ったり残しておいた方がいいのでは、と……」

「……使用ではなく観賞用……。いや、両方か……」

「どう受け取っても構わない。それを成す為には大きな倉庫が必要だ。大部分は移設しているけれど、向こうの部屋には君達にはちょっとキツイ風景が広がっている」

 

 と、指さす場所は『七の宝物庫(ケレース)』だ。

 話しの内容からどういう部屋なのか賢いメンバーは思い至り、顔を青くしていく。しかし、水の女神アクアはキョトンとしていた。

 さっきから何言ってるのか理解できないんですけど、と言いたげだ。

 

「多種多様な生物を欲している。それは別に女性に限った事ではない。だけど、女性が多いのは事実だ。そこはまあ……醜い物よりは……、ということで」

「……とんでもないゲス野郎ってことは理解した」

「否定はしない。……それで話し終えた今、君たちを討伐する流れになってしまっているが……。一生閉じ込める気は無い。協力には深い感謝を……」

 

 話しの内容からして協力したいと申し出るのは余程の変人だけだ。そう雪音は思う。だが、それと同時に立花の治療を依頼した結果が残っているので今以上に強く出られないのもまた事実だ。

 おそらくアクアやクーベルが狙われるのは確実だ、などと思っていると新たな犠牲者が上から降りてきた。

 

「……全員を集めて一気に搾取か……。なかなか効率的な事を考えているな」

「……マリア。私達また切り刻まれるデスか?」

 

 いくら前回眠らされたとはいえ、内容を聞いてしまうと心配で仕方がない。(あかつき)切歌(きりか)は今にも泣きそうな顔をマリアに向ける。隣に座っていた月読(つくよみ)調(しらべ)も同様に。

 

「既に事は終わっているから……。他の人たちでしょう」

 

 少なくともオメガデルタはシンフォギア勢を手に入れている。今更改めて切り刻む話しにはならない。今それを述べたばかりなので。

 当然のことながら興味本位で下に降りた者達の安否は保証できない。

 オメガデルタは見た目とは裏腹にかなり危険な存在だ。現行メンバーで討伐した方が世界の為ではないかと思うほど。

 

          

 

 何も知らない子羊たるクローシェやレオンミシェリ達がアデライドの指示に従って施設内部に案内され、用意された椅子に座っていく。その中にはラスボスたる『神崎(かんざき)龍緋(りゅうひ)』の姿もあった。

 ある意味、かなりシュールな風景が出来上がった。

 欠けが居ないか確認した後、点呼を取るでもなく満足するオメガデルタ。

 先ほど上に上がったばかりのラナーは少し不満げではあった。

 

「ラナーさんは主人公としての役目の為に」

「……やはり逃がしてくれないのですね」

「そうしないと『オリ主』タグを強要されそうでね。一応、貴女がメインなのですから、居てくれないと……。後、用が済んだら私は帰りますよ」

「……ちっ、ですわ」

 

 金髪碧眼の王国第三王女は不満をあらわにする。ここで忠犬たる『クライム』が居れば今以上に大人しく、また従順になるところだ。

 まずざっと見た感じ、オメガデルタの知る人物がほぼ居ない。

 これらの人々が今回の転移によって訪れた異邦人である、と。

 幼い容姿の『ターニャ・デグレチャフ』は口を尖らせて足を組んでオメガデルタを睨みつける。

 面倒ごとを嫌うのはカズマだけではない。

 

「……えー、改めて。オメガデルタです。シズは取ってくれて構いません。あれはあの身体の時だけの名称みたいなものです」

「どうも」

 

 と、後方の人から声が届いた。

 オメガデルタは手を鳴らし、メイドに飲み物や食事の用意を命令する。

 上にある宿舎はリイジーやイビルアイによって管理されているので食料の備蓄は充分の筈だ。

 もし、枯渇していてもナザリック側に依頼するだけだ。

 メイド達が動いている合間、黙っていることなく次の行動に移るオメガデルタ。

 ラナー達を除けば見知らぬ来客ばかり。意外と大勢である事に驚いた。しかも多種多様な容貌。

 更に謎の大型猛獣付き。一体この世界に何が起きたというのか、と。

 

「……全員集まったと理解してよろしいか?」

「いえ。神様と連れが二人ほど居りません」

 

 そう答えたのは見知らぬ女性。龍緋の傍に居る関係から姉か妹だと判断する。

 居ない人物は先の神様である『兎伽桜(とがおう)娑羽羅(しゃうら)』と姫を自称する『時之都(ときのみやこ)火雅李(かがり)』と魔女『平泉(ひらいずみ) 丶絵流(ちゅえる)』だ。

 オメガデルタは神様以外は確認していないので、居ないものは仕方がないと思考から追い出す。

 

          

 

 改めて来訪者の顔を確認していくと、やはりというか。白髪の男性『神崎龍緋』がとても気になる。

 名前もそうだが、どこかで聞いた覚えがある。それはこの世界ではなく()()()()世界で。

 知り合いならいいのだが、そうではない気がする。ゲームの中だったのか、何らかの書籍だったのか。

 数分経っても思い出せないところを見ると大して興味があったわけではない、というには何故か気になってしまう。

 立花の言葉から彼がラスボスなのは確定らしい。

 そのラスボスは背中に眠っている赤子を背負い、娘と思しき幼子を抱いている。

 どう見ても家庭的なラスボスだ。いや、ただの一般人というか父親だ。

 それをここに居るメンバー達が倒そうとする敵とは思えない。

 

「……とにかく貴方を倒すのが……元の世界に戻る目的だと?」

「倒せたらすぐに戻れるわけじゃなくて、神の試練という形です」

 

 うん。全く分からない。オメガデルタでさえそう思うほどだ。

 女神アクアほどではないが、何なのお前、と言いそうになった。

 それから、人数が多いせいか、一斉に喋られると何が何だか混乱しそうになる。というかここまで大人数の主人子候補というのは施設の主であるオメガデルタでも苦行だと感じる。

 メインは神崎龍緋。他はそれぞれ違う世界からの来訪者。クローシェ達を除けば地球に縁がある。

 話しを総合すれば神様が一番詳しい。そして、その神様は既に姿をくらませている。

 

「子連れのラスボスを倒せと……。常識を疑いますな」

「すみません」

 

 と、謝罪してきたのは龍緋の妹『神崎(りん)』であった。

 日本人組みはオメガデルタによって大して興味を抱かせない。聞いた限りでは単なる公務員と何らかのボランティア活動をしている若者ということだった。

 外のモンスターはこの際除外する。あれは流石にオメガデルタの手に余る。

 

「……ターニャさんと呼べばいいのか、デグレチャフさんがいいのか……」

 

 幼い女の子なのか男の子なのか見た目では判断できないが、小柄な体系で軍服を着用する金髪碧眼の人間。

 何らかの戦争に加担する軍人らしい。

 能力はシンフォギア勢に似たもので、胸から下げている懐中時計型のアイテムだとか。

 特殊なアイテムなら特段興味は持たない。こちらは単に魔力を通して様々な効果を及ぼす、とのことだが武器は出せないらしい。

 いわゆる増幅器の一種だ。

 

「可愛いので愛玩用に一体……、というわけにもいかないよね」

 

 それと『声』に聞き覚えがある。

 似た声が何人か居るらしいので、それが何らかのキーワードになっているのでは、と思った。

 喋らせれば確かに『クレマンティーヌ』っぽく聞こえなくもない。そして、立花とクーベルに似ている。単に『知覚*1』の技能が高いか『鋭敏感覚*2』のお陰だからとも、いえなくはない。

 

「雪音さんは……半森妖精(ハーフエルフ)のイミーナ……」

「あっ?」

 

 聞けば確かに何人かは似た声を持っている。

 この地に集めた神様とやらは()()()()()()()()()()()()ようだ。

 人材全てに関連性があるとは到底思えないが、何らかの共通項は見つけられた。

 端的に言えば『声』だ。それだけで集める理由までは分からない。

 能力はバラバラ。平凡な一般人も居るので。

 

「あの男性を除けば皆さんは敵対していない……、というで理解してよろしいですか?」

 

 そう言うとそれぞれ頷いていった。

 敵対者が一つ所に居ては何かと面倒が起きやすい。それが無いだけでも施設内の平和は保たれる。

 

          

 

 来訪者にかまけている場合ではなく、鍛錬に来たラナーに顔を向ける。

 こちらは完全に彼らとは無関係の筈だ。聖王国の者達なども。

 そういえば、と竜王国と聖王国の者たちの姿が見えない。全員を連れてこいと言ったのだから彼らはきっと国元か、別の場所に拠点を作って色々と相談事でもしているのかもしれない。

 特に聖王国側は中途半端だったから。きっと戻ってくる。

 それにしても見た目は単なる大人の男性。それを倒せばいいという条件になっているようだが、オメガデルタは何度見ても『普通』という表現しかできない。

 見覚えに関しては横に置く。

 高レベルプレイヤーであれば見た目に拘わらず強者であるといえる。なら、()()を連れてくるべきかなと。

 つい悪戯心が刺激される。

 

「貴方を倒す相手はこの方達だけ、という条件があるのですか?」

「んっ? 基本的にはその方がいいらしい。……無理そうなら助力もありだと私は判断する」

 

 堅物そうな物言いに苦笑をにじませるオメガデルタ。

 雰囲気的にもカズマとは違い、気持ちに余裕があるように見えた。そのカズマは周りが女性ばかりなので居心地悪そうにしている。

 主人公としては正しい振る舞いとも言えなくはない。

 

 冴えない主人公としては。

 

 オメガデルタの助力も許容するのであればカズマ達の勝率はかなり上がる。それはそれで『条件』としてどうなのか疑問が残るが、今は考えても仕方がない。

 聞くべき言質は取った。その上で神様が文句を言っても後の祭りだ。

 ここはオメガデルタの施設だ。その主の(げん)を無視した場合はそれ相応の報いを与える。

 

「?」

 

 大勢が集まる中、顔色の悪いキャロルとうつらうつらと眠そうにしている天羽(あもう)の様子が視界に入った。

 新たな合図を送り、簡易ベッドを用意させ、二人には早々に休息を与えた。

 現時点で彼女達をどうこうする理由は無いし、無理に居てもらう必要性も無かった。

 それと赤子の為の育児ベッドも用意させる。これはオメガデルタの子供達用に開発していたものだ。もちろん仕切り壁とテント状の天幕も設置する。

 ここには居ないンフィーレア達の子供達も利用したものでもある。

 細かな気遣いに立花達や犬耳のミルヒオーレ達は驚いた。

 

「戻れる方法があるならば人は事を急ぐ傾向にある。その気持ちはわからないでもないけれど……、折角の別天地を楽しまないのは勿体ない」

「のんびりと観光する気持ち的余裕は我々には無い」

 

 目つきを鋭くした風鳴が言った。雪音は少し唸っていた。

 他の面々もそれぞれ色々と思うことがあるようで、全員が賛同した、という雰囲気は無かった。

 かくいうオメガデルタの目的も地球への帰還だ。それは()()()()()()()()()()()変わらない目標だ。

 

「こちらの意見より……、貴女は我々の身体を欲しているようだけど……。結局のところ敵には変わらないんでしょうね」

「……既に毒牙にかけられているので……、目的は果たしたとみていいのでは?」

 

 マリアの意見に立花が苦笑気味に答えた。

 既にオメガデルタと敵対する理由は無い。更なる無理難題でも突き付けられていればマリアの言葉も嘘にはならないけれど。

 彼女(立花)の意見に口を尖らせて唸るマリア。

 

「身体を欲するってどういうことよ。この人、変態って事なの?」

 

 あからさまに嫌そうな顔で喋りだすアクア。それと不穏な単語に身体を逸らせるカズマ。

 めぐみんは首を傾げ、ダクネスは周りの反応に困惑する。

 他の面々もそれぞれ相談し合う。

 

「言葉通りですよ。私は欲深い。それと君達を逃がす気は無い。こちらは逃げてもいいです」

「事が済んでますからね」

「改めて説明するのも面倒くさいのですが、この施設はそういう施設です。説明になっていないのは重々承知の上。あえて言えば、それでも聞きたいですか、と質問しましょうか?」

 

 全く悪びれないオメガデルタの言動に一部の女性は嫌悪をあらわにする。その中には神崎一家も含まれる。

 既に体験済みの立花達は難しい顔のまま黙った。

 

「変身でもしなければ人間については特に……。おそらくターニャさんは除外。カズマ少年も……。そちらの男性陣たちもですね、きっと」

 

 指名されない人材は確実に狙われる。そう暗に示した。

 隠さずに行っているところが更なる不安を呼び込む。しかし、それでも後ろに控えているラナー達は平然としていた。

 彼女達はカズマ達以上に施設を熟知しているので当たり前ともいえる。

 

          

 

 見た目は大人で金髪の女性にしか見えない男声のオメガデルタ。

 みんなで襲い掛かれば勝てそうな相手だ。めぐみんは今日の分の『爆裂魔法』を使ってしまったので戦力外。

 残りの人材の内、物理的に強そうなシンフォギア勢は攻略済み。

 ミルヒオーレ達の実力は不明。レオンミシェリが脱落しているところ、戦力にならないと予想する。

 

「この人は人体を再生させる力を持ってますから、戦うとなると分が悪いですよね」

「言葉が悪いですが、オメガデルタ様。皆様を怖がらせ過ぎですわ」

 

 後方から透き通った声でラナーが言うと場の雰囲気が少し和んだ。

 怪しい雰囲気にもかかわらず、泰然自若とした振る舞いは高貴さがにじみ出ている。

 

「最初に怖い目に遭えば大体気が楽になるものです。ラナーさんも最初はそうでしたよね」

「……さあ? 昔の事は忘れましたわ」

 

 鈴を転がるように微笑むリ・エスティーゼ王国第三王女。

 カズマ達はラナーの身の上を全く知らないので『可愛くて奇麗だけど誰?』という反応だった。それと傍にいる白い蜥蜴人(リザードマン)がとても気になる。

 

「本来ならばワシが活躍すればいいのだろうが……。ここはいかんせん、命の奪い合いをするところだ。出来る事ならミルヒには嫌な現場を見てほしくないし、体験もしてほしくない」

 

 白銀の髪の猫耳美少女レオンミシェリが毛を逆立てるように控えめに言った。

 普段はもっと高潔で頼りがいのある姿を見せる彼女がずっと何かにおびえたように縮こまっている。

 クーベルはそれがどうにも気になって仕方がない。

 レオンミシェリに怖いものなどミルヒオーレの一大事以外には存在しないのではないかと言われるほど。

 それらのやりとりを黙って聞いているクローシェは瑠珈に手を握られたまま黙って佇んでいた。

 戦闘に関しては完全に蚊帳の外であるので、自分達に出来る事は応援くらいだった。

 ターニャも味方は誰も居ないし、元の世界に戻るには多くの情報を聞く以外に出来る事が無いと判断していた。

 

「なまじ罪悪感を持てば戦えなくなる。そう言いたいんだろ?」

 

 雪音の言葉に頷くレオンミシェリ。

 彼女(レオンミシェリ)と行動を共にしていたので気持ちは理解出来る。自分も現れたモンスターを大して倒せなかったから。

 攻撃事態は出来る。だが、完全に殺し切る前に自責の念が強まった。

 モンスター退治にかけてはカズマ達はそれなりに経験がある。少なくともレオンミシェリのように攻撃の手は止めない自信がある。

 仮にモンスターが人間であったら、止まるかもしれない、という思いを抱く。

 

「レオ姉が怯えるほどモンスターが強かったのかや? それとも獣人系?」

「小さな……モンスターだ。しかし、他の兵士達はよく倒せるよな。牛とか居たけど……」

「この世界に住む我々は特に攻撃の手が止まるような事態は起きませんよ。……確かに同種の討伐は困惑しますけど」

 

 聞き覚えのある声で言ったのは白い蜥蜴人(リザードマン)のクルシュだった。

 カズマはつい傍にいるアクアを見た。

 

「なーに? 今の私じゃないわよ。後ろのトカゲさん。いい声をしているわよね」

 

 そう言われてカズマは振り向き、確認を取った。

 クルシュは苦笑しながら頷いた。

 カズマは思った。

 

 あの顔で『プークスクス』とか言ってほしくない、と。

 

 カズマ達の知る蜥蜴人(リザードマン)はとにかく凶暴。正しくは『リザードランナー』というモンスターだ。

 とにかく走る。障害物があろうとも。

 クルシュは見た目的(めてき)には大人しく、今にも走り出しそうな雰囲気は無い。

 声からしても物腰が柔らかく、立ち居振る舞いも蜥蜴人(リザードマン)にしては気品があった。

 

「なにやら如何わしい気配を感じるのですが……?」

 

 と、困惑気味のクルシュ。

 めぐみん達も彼女の声は確かにアクアにそっくりだと感じた。

 

「話しが今一つ理解できないが……。あんたは俺達をバラバラにするんだったか? それとなんだ、俺達を強くできる、と……」

「いくつか確認できれば可能となる。バラバラについては……あれだ。欠損部位。細かいパーツよりかは一揃えの方が安心する的な……。いくら私でも内臓だけ並べるのは抵抗がある」

 

 カズマの脳内ではオメガデルタが血まみれ姿で喜ぶ場面が想像できた。もちろん周りはモザイク処理されている。

 

「他人の痛がる顔が見たい、とかいう趣味は無い。むしろ(うるさ)くて(かな)わないし、方法的にも悪手だ」

「……確か同意が無いと治りにくい、でしたか?」

 

 立花の言葉に頷くオメガデルタ。

 強引な方法はあるが説明した以上は相手に安心してもらわないと魔法の効果が薄くなってしまう。最悪、死に至る。

 命を取る気は無く、欲しいのは健全な肉体だ。腐りかけでは駄目。

 

「どこでもいいわけじゃない。例えば指一本とか小さなところでは再生力が足りない。不死性のモンスターならそれなりに丈夫だから平気、ということもあるけれど……」

 

 全員を集めて平然と話しているオメガデルタ。

 初めて聞く者達はそれぞれ戦々恐々としているがラナー達は既に慣れている。今更だと思うか、それともオメガデルタの精神的な強靭さに改めて驚かされたか。

 どちらにせよ、懐かしさを覚える。

 

          

 

 戦士として『レイナース・ロックブルズ』は増強の秘密について思うことがないわけではない。アルシェもまた魔法の深淵に興味がないわけではない。

 画期的な方法がたまたま非合法で残酷極まるものだっただけ。

 強さや経済力がものを言う世界において、避けては通れない問題だ。

 弱き者はいつまでも惨めなものであることを身に染みて理解している。

 

「人間の肉体だけなら街とか襲えばいいんじゃないか?」

 

 既に物騒な話題が出ているのでカズマは思い切って言ってみた。

 様々なモンスターが居る事は理解しているし、強くなることについても理解できないわけではない。

 

「美しいという概念的な問題であれば各都市を襲撃するのが手っ取り早い。……初期のころは本当にそうした」

 

 そのお陰で()()()()()()()()()()()()()()のは皮肉な話しだ。

 お陰で破産寸前。資源の枯渇寸前ともいう。

 相当な犠牲を払って守る結果となったのはオメガデルタをして想定外だった。

 

「もちろん殺しが目的ではない。……それでも良かったのかもしれない。世の創作物は少なくとも……、殺してばかりだから。人体再生に目を向ける者は非常に少ない」

 

 例えば最近●●●化したり、する予定の『あり●●』や『蜘蛛●●●』、『異●●●マ●』に『デス●●●』、『盾●●●』、『転●●』はこの手法を積極的に取り入れていない。

 地道に時間のかかる作物育成や無駄に広大なダンジョンを作ったり、エンカウント率が低いままのレベリング行為に励んでいる。

 先の話題に出した筈の『リ●●』なんか欠片も要素が無いから採用を見送っている。ゆえに『カルテット』は不成立だ。

 

 『●●●●●』ざまぁ。

 

 『死神●●●●●●』に『ナイ●●』は魔法とは無縁のようなあり様。

 『ダン●●』は他のチートじみたストーリー展開こそ希薄ながらも欠損シーンは採用している。

 このオバロに近い設定を持つ『ゴブ●●』は正統派ファンタジーではあるが魔法文化が地味。

 彼らがカルネ村に来たら面白いことになりそうなのは内緒だ。

 あと、神様をピチュンするクセに何をしているんだと憤りは隠さない。

 パロディ満載でシリアス成分が台無し。なにが『ふんどし●』だ。

 

「……ぴちゅん?」

「……神を殺す事には同意する。それは私の目的でもある」

 

 鼻を鳴らすようにターニャは呟いた。

 

「……『な●●』系の作者様~。目いっぱい批判されてますよ~」

「死者蘇生出来るクセに……」

「……それ以上は危険ですわ。落ち着いてくださいませ」

 

 苦笑気味にラナーはオメガデルタを宥める。

 折角持っている能力を十全に活用しないのは確かに勿体ない事だ。その点は理解できる。

 他の作品もただ主人公が活躍するだけで後半変態じみた内容になったり、ギャグに傾くのは宿命のようなものかもしれない。

 いや、それは今作では関係ないか。

 

「ギャグが嫌いなのか? ……この作品も充分パロディなのだが……」

「……命の奪い合いをする作品なのに、という意味で。いやまあ、それはどうでもいいんだ。私の目的はただただ珍しい人材の収集だ」

 

 作品と言ってしまったが覆す気はオメガデルタには無い。

 オバロほど豊富な魔法を扱っている作品は無いのではないか。

 特殊技術(スキル)に関しても作者が全部作ったものではなく、大勢の者たちによってリスト化された資料があり、それを読者や二次創作者が利用できる事でもかなり優位性があると言えなくはないか。

 これほど汎用性の高い作品は無いのではないか、と。しかも作者(●山●●●)公認と来てる。

 

「そういうあんたは『ハーレム』が最終目的じゃねーの?」

「女体は趣味にございます」

 

 オメガデルタはナイ●●の●●ネス●●風に言い切った。

 ハーレムは結果でしかない。あと、嫁はラキュースただ一人。彼女が死んだ後にイビルアイを娶る予定があるかないかだけ。

 都合によれば婚姻とは関係なく良いお付き合いが出来ればいいと思っている。

 多くの女体を所有しようがラキュースを愛する気持ちは微塵も揺らいでいない。

 

「……ガチでヤバイ変態さんということは理解しました。少し興奮を抑えてくれませんか」

「うむむ。この男声の女は我々をどうするつもりなのだ? あの神崎という男の前に戦うボスとかか?」

 

 興奮気味にダクネスが言った。

 頬を赤く染めて鼻息が荒い。

 防御に自信がある彼女は他人からの攻撃を受ける事を少し楽しみにしていたりする。しかし、それを自慢げに話すことはカズマにとって恥ずかしい事であった。

 

「……その前に……『あり●●』風に……。ばぁぁん! ハーレムしか思いつかない語彙力の無さに絶望しなっ! オメガデルタでぇぇす!

「……うわっ」

 

 突然叫んだかと思うと怪人(変態)として名高いオメガデルタの顔が真っ赤に染まり、その場に(うずくま)った。

 幼稚な、もとい。他作品のギャグなのかフレーズなのか知らないが、試しに使って大恥をかいたオメガデルタ。いや、自分でもかなり恥ずかしいと感じたからこそ、だ。

 カズマ達は知りえないが、彼とも彼女ともつかない人物にも羞恥心が存在する。特に『厨●病』系が出るようなものは特に。

 恥ずかしがるオメガデルタの顔が()()()はとても可愛く見えた。

 

「……うん。誰も元ネタ知らないと思うから安心しろ。それ、遥か未来の事になると思うし」

 

 という一連のやり取りを黙って聞いている筈のラスボスは子供をあやしたまま眠っているようだった。静かに弟妹(きょうだい)達が彼をベッドに移動させているのが立花には見えた。だからといって今が絶好の襲撃チャンスとは思っていない。

 何となく、卑怯な方法で戦ってはいけないと思ったからだ。

 

          

 

 数分の沈黙の後で復活したオメガデルタ。しかし、頬はまだ赤かった。

 元々の肉体の所有者である女性はそれなりに可愛く、また年齢不詳もあいまった美しさを持っている。

 胸の大きさではダクネスに負けるが決して小さくはないとカズマは評価する。

 

「……ここに居る人達は増強を目的としている……、という理解でいいですか?」

 

 ラナー達はそのつもりなので除外するとして残りはどうなのか。

 初対面で異邦人ばかりが揃っているので改めて確認しておく事にした。

 立花達は戦える。レオンミシェリも戦える人。カズマはやる気は感じられないが冒険者登録は済ませていた。

 身体の不調を気にしていたクローシェと瑠珈は非戦闘員ということで除外。

 『詩魔法』の中には攻撃に使えるものがあるそうだが、単体で戦うことは基本的にしない、という事だった。

 

「我々は騎士たちに守られながら(ヒュムノス)を紡ぎます」

 

 凛々しい声を発するクローシェ。黙って聞いていたくなる。

 瑠珈はラキュースと似た声なので親近感が湧いた。だからといって特別扱いしようとか、物凄く気になるような雰囲気は感じなかった。

 個性的な人間が多く居るせいかもしれない。その中でも水色の髪の毛のアクアは良く目立つ。白いクルシュは仕方がないとして除外するけれど。

 

「主殿の(げん)ではモンスターを倒すだけで強くなると聞こえるのだが……。そんなことが可能なのか?」

 

 ただただモンスターを倒すだけなら風鳴たちも相当量の敵性体『ノイズ』を倒してきた。それでも爆発的に強くなったとは言い難い。

 自分達が身にまとうアームドギアは色んな技術者にメンテナンスや改良などを受けて今に至るものなので。

 鍛錬ならば短期間で強くなるなど眉唾物である。

 

「疑問は実際に体験して理解すればいい」

 

 そう言ってオメガデルタは手を叩く。すると先ほど七の宝物庫(ケレース)に向かった蜘蛛型モンスターが多脚を器用に動かしながらやってきた。転移ではなく疾走による移動で。

 青や白の武具をまとい、手には大きな槍と盾があった。

 オメガデルタが合図を送ると手に持っていた槍と盾が消えた。

 

「皆さんは間近でモンスターを見るのは慣れていないかと思いますが、これもれっきとしたモンスターです」

 

 オメガデルタの傍にやってきたモンスター『戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)』は姿勢よくカズマ達に向かってお辞儀した。

 上半身こそメイド服を着た人間に酷似した姿だが、よくよく見れば人間離れした容貌と隠しようがない大きな下半身が目につく。

 

「殺しに抵抗があるなら手合わせ程度は出来るでしょう。このメイドと戦ってみるといい」

「……モンスターなのは理解したが……。この方と戦うのか……」

「単なる筋力トレーニングでは時間がかかります」

 

 場に居る感じからシンフォギア勢ですら龍緋に勝てなかった、という事であればオメガデルタの想定以上の強さを保有している事になる。

 彼のステータスを見る事が出来れば手っ取り早いが、そういう気分にさせないのはきっと『神様』とやらの影響だと思った。

 たかが人間一人倒せないのはそもそもおかしい。オメガデルタの目から見てもそう思う。

 その見積もりが龍緋には通用しない、というのであれば結構な化け物だと定義するしかない。

 立花達のステータスを見た上で判断するならば奇跡を数回使用して大怪我。そこまで行ければ御の字だ。

 しかも手加減した状態で負けたらしい、と後で聞いて驚いた。であれば龍緋の本気はどの程度なのか気になる。

 

          

 

 オメガデルタの予測する強さは最強格のギルドメンバーしか出てこない。

 それを()()互角、または打倒するレベルであれば立派な化け物だ。

 立花の基準から予想してこの場に居る者達は戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)より強いものが数名。残りは雑魚である。

 レベルだけの基準だから打倒できる人員がもっと増える可能性はあるけれど。それでもこのモンスター一体だけで充分蹂躙できる。

 

「施設の関係上、アンデッドは用意しない。衛生的な判断から」

 

 早速、メイドの戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)は拳を突き出すように挑発する。

 非戦闘員は狙わないように指示しておく。

 クローシェと瑠珈は別途用があるので。

 

「それともいかにも化け物という面のモンスターがいいですか?」

「いやいや……。我々は元の世界に戻るという目的があるけれど、出来れば穏便に済ませたい」

「あの男を打倒するしかないのであれば……。やることは限られてしまうわ」

 

 真実かは不明。それでも自分達の境遇を知って尚、龍緋は挑戦状を叩きつけてきた。

 逃げ道などもとより無い。

 

「俺達が無理に戦わなくても……。この人に戦ってもらえばいいんじゃね? かなり強いんだろ、このオメガデルタって人」

 

 カズマが後方に控えていたラナー達に向かって尋ねた。

 それぞれ苦笑をにじませて顔を逸らす。

 実際のところオメガデルタの実力は不明である。それがレイナース達の見解だ。

 それは真なる実力を目の当たりにしたことがないからだ。

 確かにこの馬鹿げた施設と馬鹿げた運営方法を確立したのだから相当の実力者である事は認める。

 目の前に居るメイドの戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)も元々はオメガデルタが実際に戦って勝ち取ってきたモンスターを素体にしている。

 

「実は弱いとか?」

「……気分屋なので……。強いから頼る、という方法は取らない方がよろしいかと……」

 

 歯に物が挟まったような言い方をしたのはクルシュだ。それで気が付いたのは立花達だった。

 オメガデルタに頼むという事がどれだけ危険なことか、という事に気づいたからだ。

 完全に逃げ道が無くなってしまう。

 自他共に認める欲望の権化である。どんな要望を出されるか、ラナーでさえ聞きたくないと思わせるほどだ。

 欲しいものが目の前に()()場合は無害である。

 

「……我々は()()()から影響は軽微だと思うが……。そちらはそうもいかないだろうな」

「特に獣人さん達は危険ですよね」

「……獲物を狙うチャンスを窺っている目をしていたデス」

「……殺し屋の様な目はこの人のためにある」

 

 シンフォギア勢が物騒な事を言い始めたのでカズマ達は背筋に冷たいものを感じた。

 

「だけど、実際に拷問や激痛の(たぐい)は無かったような気がするんだけど……」

「眠らされたからだろう。キャロルは魔法的に眠れない体質だったから……、あんな状態に……」

 

 シンフォギア勢がどんな事をされたのか、実際に見て体験した筈なのだが意外に覚えていない。いや、自覚出来ない状態にされた、というのが正しいか。

 その中にあったキヤロルはあまりの光景と体験を覚えているからこそ精神的に疲弊し、酷い顔になっている。

 食事も喉を通らない、というか食べる事を拒絶するような一種のショック症状が見受けられた。

 

「しかし、荒唐無稽だとは思うのだが……。全員を対象にしておられるのか? それとも何かしらの条件があるとか?」

 

 今のところ質問には答えてくれている。問答無用の強硬手段はおそらく最後に出ると思われるが、意外に会話が続いているのが不思議なところだ。

 自分達の世界ではまず戦闘が主体だ。ある程度の疲弊の後にいくつか会話がある程度。

 カズマの居た世界では敵が向こうからやってくるパターンが多かったが、それほど凄惨な事態は滅多に起こらない。それはひとえにカズマの強運が生んだ結果ともいえる。

 クローチェ達は世界そのものがすでに危機に立たされている。のんびりしている余裕は実際のところ無いに等しかった。

 ターニャの世界は最初から戦争状態だ。のんびりと平和的な手段など出来ない。それは四方に敵が存在するからだ。

 

          

 

 モノローグが急にそれぞれの世界の事を語りだしたことに暁達子供勢は呆気にとられた。

 自分達の世界しか知らない人間が多いのは確かだが、それぞれやはり何らかの事情があるとは思っていたけれど、大変な事態が()()は起こっていたのだと。

 一見平和そうなミルヒオーレ達の世界も他の者達のような凄惨性は無いが、自分たちの国以外では色々と事件が巻き起こっていた。今はいわば『(なぎ)』のようなもの。

 国民に不安を与えてもいけない領主という立場上、笑顔を見せてはいる。

 

「……不穏な単語が飛び交っておるが……。平和になるまで確かに色々とあったのじゃ」

「ワシらの世界では……人同士の争いよりも魔物たちの戦いがメインじゃったからな」

 

 うんうんと白銀の猫耳娘レオンミシェリが頷いた。

 互いの世界を知らない者達が軽くとはいえ、知る機会を得た。これで交流があるかと言えば否である。

 彼らは事が終わればそれぞれの世界に帰り、二度と会うことも無い、としても不思議は無い。

 今、ここに居る事自体が奇跡である。二次創作サイコー、と。

 

「……こんな設定みたいなものでない限りはありえないよね」

「私の知らない世界が存在し、あなた方がそれぞれ歴史を紡いでおられることは実に喜ばしい事ですわ」

「もし、他の世界との交流が可能となれば新しい文化が生まれるかもしれないし、新たな不安要素が発生するかもしれない」

「俺達の地球というか日本は大きな戦争こそないけれど、みんなのような不思議性は無いかも……」

「一応、宇宙人が居るよ」

 

 と、会話に紛れ込んできた神崎の弟妹(きょうだい)

 ちなみに彼が言った宇宙人は龍緋の妻であるベアトリーチェの事だ。彼女は地球人のハーフである。

 より正しくは日本人との。

 

「だから黒い布で顔を隠しているのデス?」

「あれは趣味。その宇宙人も私達と姿かたちが似ているから宇宙人っぽさが分からない」

「……へー。でも、宇宙人なんですよね?」

「月に停泊している『セフィランディア』……星人というのかな。差別的な言い方になるので、セフィランディア人と呼んだりしているよ。あと、国連にも加盟している」

 

 宇宙人が国連に加盟する。それは立花達には理解されない事だが、地球人が宇宙人を受け入れた、という意味である。

 扇子を口元にあてて微笑んでいる『祀軍(じぐ)国』の人間もある意味では宇宙人ともいえる。異世界人と宇宙人が同じ存在であるか、という定義付けに関して未だ論争中である。

 

「……俺の居た日本にはそんな事件とか無かったな……」

「なにやら皆さん、盛り上がってまいりましたね。では、話しやすいように配置替えをしましょう。私としてはさっさと話を切り上げて強引な手を取りたいところですが……」

 

 と、物騒なこと言うオメガデルタ。

 カズマ達の苦情が出る前に新たなメイドを呼びつける。

 今度は人間型であるが、何人かは見慣れない姿をしていた。

 一人は白い虎。白虎の亜人メイド。もう一人は完全に化け物としか言いようがない。

 そのメイドは頭が三つあり、獣の頭部であったためだ。

 異形種の『三相の悪魔(ヘカテー)』だ。

 背が高く、人間型のメイドよりも少し肉厚的な印象を抱かせる。

 

「……こっちのメイドの方が獣人っぽいな。そっちは人間的すぎる」

 

 レオンミシェリの顔を見つつカズマは何か残念な印象を抱いた。

 本来の獣人はもっと毛深い物の筈だと今更ながら気づいたからだ。

 単なる尻尾と獣耳だけある可愛い女の子は()()()嘘くさい、と。

 

          

 

 テーブルを持ち寄り、互いが顔を合わせられるように円形に配置。それぞれに食事などを用意する。

 それらを黙々とこなすメイド達。

 先ほど呼んだ戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)は何をするでもなく、その場に留まっている。

 

「これほど大勢の人間が居るのは久方ぶりだ。しかし、ここは研究施設でもあるので普段は閑散としています。面白みに欠けるのはご容赦を」

 

 施設に居るメイドは百人を下回る。侵入者対策以外では大勢を使役するほど大層な施設ではないとオメガデルタは説明した。

 最初こそは物騒極まりなかったけれど、仕事モードに入った途端に様子が激変。

 カズマ達の知る『敵』とは何かが違う気がした。

 話しを聞かないわけではない。

 自分の事ばかり話したかと思えば相手の言葉もちゃんと聞いてくれるし、問答無用というわけでもない。

 掴みどころのないキャラクター。それが彼女の印象だろうか、と。

 

「……それより気づいたんじゃが……。ウチらは神崎という男を早く倒さねばならぬのじゃろ? こんなにのんびりしていていいのかや?」

「今のままでは無理そうだからオメガデルタさんが私達を強くしよう……。その為には身体を貰いますよ、という話しだと思います」

 

 と、クーベルとそっくりな声の立花が言った。

 雪音も『バカにしては上出来だ』と笑顔で頷いている。

 確かに彼女達の目的は一致している。今すぐに実行に移してさっさと元の世界に帰りたい。その為にはどうしても強敵というかラスボスの龍緋を倒さなければならない。

 めぐみんの爆裂魔法は既に打ち止め。

 寝込みを襲うのは気が引けるので、手が出せない。しかも、傍には彼の子供たちが居る。

 親を攻撃しては何かと印象が悪い。それぞれの原作の主人公として。

 

「……原作って……」

「二次創作って公言してますから今更ですよ」

 

 にこやかに言ったのはミルヒオーレ。

 多種多様な人種の感性が様々な反応を示す。

 

「シンフォギアの人達のような全員が変身するでもない限り、全員が対象というわけではありませんよ。くれるものは貰いますけど」

 

 と、簡単に言っているが普通というか一般常識というか。

 ホイホイ肉体を提供する人種は存在しないものだ。切羽詰まった人間でもない限り。

 その辺りをオメガデルタは利用し、多くの素材を収集している。それゆえかは不明だが、大きな問題に発展していない。

 国の代表者たるラナーやリ・エスティーゼ王国が施設の封鎖を検討していないのが証拠である。

 

「……我が帝国も認知しているがな」

「犠牲者は居ても死者が居ない。ここにあるのはあくまで素材であって……。本人が無事なまま帰宅しているから……」

 

 と、マリアが呟く。

 この施設は確かにおかしい。存在していられるわけがない。情報封鎖をしているわけではなく、むしろ公言した上で存在を国が認めている。

 この辺りは高度な政治問題なのかしら、と首を傾げる。

 何らかの魅力があるからこそ維持というか運営を許されている。

 

「拷問の類を許しているのであれば王国というのはとんでもないところなのだけれど……」

 

 医療の一種と仮定すればいくつか解決できる。

 それは立花の腕の再生を見れば明らかだ。

 それでも、とマリアは食い下がる。

 この『マグヌム・オプス』は自分達の世界では許されない倫理観によって運営されているのは明らか。つまり、この世界はそれを許容している事になる。

 違う文化形態を持つゆえのジレンマがそれぞれに襲い掛かっているとみて間違いない。

 

          

 

 秘密基地めいた施設のわりに情報開示が多くて困惑する面々。

 しかし、それでもやはり『結果』を未だ見せていない。再生とは違う真実というものを。

 それを見せるとマリア達がおそれる、と思っているから見せないのか。それとも見せて、と頼んでいないからなのか。

 それぞれ頭では分かっているのかもしれない。

 向こうの部屋に言ってはいけない、という気持ちがとても強い。けれども言って確かめたい気持ちもまたある。

 

「配置が終わりました」

 

 そう言って仕事を終えたメイド達は淡々とした調子で下がっていく。

 その中でやはり戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)はその場に残った。

 他のメイド達が下がるのが名残惜しい、という雰囲気を感じ取ったので合図を送って待機を命じる。

 

「世の男性諸君。おっぱい程度なら触ってもいいぞ。その戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)の背中に乗ってもよし、だ」

「おいこら変態。なんてこと言いやがる」

 

 楽しそうに言うオメガデルタに顔を赤くした雪音が文句を言う。

 カズマとしてはとても興味があるのだが、主水から許可を出したので仕方がない、と言おうかと悩んだ。

 おっぱいを抜きにしても戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)の背中には乗ってみたい。

 人を乗せても平気そうなほど大きいし、と。

 オメガデルタが指示を出すと戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)は口から糸を吹き出し、クーベルの胴体に巻き付けて引っ張り上げる。

 急な行動に対して驚くクーベルをよそにいとも簡単に彼女を背中へと降ろす。

 

「おおっ。なんと鮮やかな」

 

 次に特殊技術(スキル)を使用し、糸を自在に操ってクーベルを自身の身体に固定する。その際、強く締め過ぎないように調整された。

 巻き終わった後と、空中に浮遊している黒い立方体に糸を吹き付け、身体を浮かせる。

 小さな立方体はその場から微動だにしないものだったが、戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)の体重をしっかりと受け取っていた。

 

「おお、おお。早いのじゃ」

 

 下から見ていたレオンミシェリはモンスターの凄きの素早さに驚き、クーベルの安否を心配しながら見守った。

 器用に無数の立方体に手をかけ、移動する巨大モンスター。あっという間に出口付近まで移動した。

 

「村の子供達には好評なモンスターです。飲食不要にしていますからいきなり食いつかれることはありません」

「……飲食不要ってどういうことだ?」

 

 疑問を呈すれば大抵の場合は答えくれない。または秘密事項として処理される。

 しかしながらオメガデルタはそういう『お約束』じみた事を無視し、丁寧に説明を始める。

 

「一部の異形種は飲食を必要としません。不死性のモンスターに多い特性です」

 

 それでも口や内臓などがあるので栄養は必須の筈、と食い下がってみた。

 するとアイテムの恩恵と切り返される。

 理屈では説明できない部分があり、完璧な解答は不可能である。

 

          

 

 空中を自在に動き回る様子は異世界になじみがない人間達には新鮮に映ったようで、話しを忘れて見惚れていた。

 背中に括り付けられていたクーベルは元々空中戦闘を得意としているからか、叫びださずに喜んでいるようだった。

 そうして、ひとしきり飛び回った後で円形に配置されたテーブルの中心地に降り立つ。

 

「……この巨体であれだけ動き回るとは……」

 

 地上から頭まで二メートルは確実に超えている。下半身が大きく見えるため、鈍重に思われた。

 実際には体重を感じさせない動きにただただ感心した。

 

「関節部分が脆そうだけど、虫系のモンスターという枠組みなんですか?」

「たまに千切れるようです。その時は落ちた部位を自分で食べて処理し、新たに再生させる能力を持っているので」

「じ、自分のとか食べるのか!?」

「モンスターとしての性質の観点で言えば普通ですよ」

 

 何でもない事のように平然と説明するオメガデルタ。

 いやに冷静な分、底知れない恐ろしさを感じさせる。それと説明口調になった途端に先ほどまでの変態ぶりが微塵も感じられないところも驚きだ。

 本来のオメガデルタは研究者としての側面があるのかもしれない、と。

 話しを聞いているラナーは少しだけ懐かしさを覚えた。

 かつてのオメガデルタの事は意図的に記憶から消されているけれど、覚えていることも多い。

 どんなに現場が凄惨なものであっても精神性は不動であった。

 傍にクライムが居れば大層うるさく質問攻めにしていたことだろうと。

 

「折角ですので、オメガデルタさんに色々と尋ねられてはいかがです? この方、秘密主義というわけではないようなので」

「……というより話し過ぎだろう」

 

 ネタバレとかメタ発言とか平然としているし、と雪音は嫌そうな顔で思った。

 マリアとしては傍に聞かせたくない子供たちが居るので気にした。

 ターニャは単独での転移なので仲間意識は皆無であるが、あまりファンタジー感の無い自分は居心地が(すこぶ)る悪い。

 

「それより我々の延命処置については覚えおられるか?」

 

 クローシェの質問に笑顔で頷くオメガデルタ。もとより珍しい人種を逃がす気が無いので安心してくれ、と物騒な物言いで答えた。

 正直すぎも考えものだなと神崎一家は思った。

 

「……なんでしょう。我々が大人しいことで居心地がとても悪いのですが……」

「シー。あまり喋らない方がいいわよ」

「……珍しい人種と言えば『紅魔族』……。めぐみんは増強に興味は持たないのか?」

 

 それぞれの世界から来ただけあって各自の話題にまとまりが無い。

 そんな彼らの背後をオメガデルタは移動しながら眺める。

 質問があれば適時対応し、多くは黙秘せずに答えていく。相手の言い分に対して即座に否定しないのでカズマとしては話しにくいと感じさせた。

 

 相手がボロを出さない。または出し過ぎな情報ゆえに。

 

 多くの場合は付け入る隙が出るものだが、どういうわけか未だに相手の動向が読めない。

 目的は既に聞いているのに。

 いきなり襲い掛かるシチュエーションにそろそろなってもおかしくないのに、と。

 

「肉体の鍛錬でもない増強はモンスターを倒す事だと聞いたが……。それだけで強くなれるところが今一つ……、理解に苦しむのだが……」

 

 勇気を出してダクネスが手を上げつつ尋ねてきた。

 勝手に喋るな、という規則は無いらしく各自各々対応を考えながら質問を続ける。

 ダクネスが聞きたいことは通常モンスターを倒すという事は冒険者の領分で、主に報酬目当てに(おこな)われるものだ。増強は日々の訓練や様々な経験によって副次的に得られる。

 ポイント制でもあるが基本的に意図的に増やせるような簡単なものではない。

 

「はっきりと分かりやすい形としては『魔法』です。この世界では経験値を積んで覚えるのですが、現地の人達は自然と習得する。だから、意識的な取得方法は分からず曖昧になっています。肉体的な増強もそうすう数字的な部分の影響は自覚しにくい」

「……その自覚しにくい事を意識的に(おこな)うのだろう?」

 

 更に尋ねた言葉に対してオメガデルタは頷いた。

 

「既に実証はなされています。肉体の強さはさすがに即座に、とはいきませんが……。数日程で分かってきますよ。それから経験値は積んだだけでは何の効果も発揮しないので分からないのは当たり前かもしれません」

「その……」

「ちょっとダクネス。良くわからない話しに乗らないで。ここは黙ってやり過ごしましょうよ」

 

 女神アクアが口出ししてきたが、オメガデルタとしては彼女の意見は(もっと)もだと思っていたので苦笑しながら黙っていた。

 そもそも経験値を積む、という概念はゲーム的だ。不審に思われても仕方がない。

 ラナー達にも目で見える形で教えるのに随分と苦労したものだと少し前の事を思い出す。

 

          

 

 増強に興味を示すのはシンフォギア勢とダクネス、めぐみん。

 残りは平和的な解決を望んでいるようだった。ラナー達はもちろん除外している。

 戦いに関してレオンミシェリが大人しく過ごしており、あくまで友好の範囲内の戦闘のみ関わり合いたいと意見を述べた。それに対し、アデライドも不満は無かった。

 ラナーを除けば一般人枠の神崎家はどういう立場なのか。話し自体は黙って聞いているようだったが、オメガデルタは全身を黒ずくめで覆われた人物を気にしていた。

 明らかに場違い感があり、何らかの個性なのかとチラチラ覗き見ていた。

 

「これだけの人数を一気に強くすることは難しいです。それはチームで戦闘すると受け取る経験値量が少なくなるから。通常は三日から一週間ほど」

「しかし、モンスターを倒すだけの作業というのが……」

「経験値の取得はいいとして……。その後、どうすんだ?」

 

 カズマ達は冒険者カードというものを所持しており、溜まったポイントを特殊技術(スキル)などに振り分けられる。

 それと同じ仕組みであれば理解も早い。当然、多く貯めるにはたくさんのモンスターを倒す必要がある。

 

「企業秘密です」

 

 ビシっと語気を強めて言い放つ。

 しかしながら経験値の変動のからくりはラナー以下、鋭い感性を持つ者にはある程度感ずかれている。だからこそ、この『マグヌム・オプス』の有用性を黙認し、利用を続けている。

 リ・エスティーゼ王国のみならず、諸外国。といっても人間中心社会が大半だが。利用の打診は少なくない。

 少なくとも()()に入る前はそうだった。

 数年後の目覚めに関して間の出来事は把握していないが、施設の様子を見た限りはイビルアイ達が努力してくれたのは察せた。

 移動する前はそれなりに華やかな装飾まで施していたものが、随分と簡素になり、廃墟寸前にまで汚れていたのは清掃担当の大部分が停止したままだったから、とメインで取り仕切るメイドを連れて行ってしまった事が原因だ。

 いくらイビルアイとンフィーレアでも扱えない特別枠のメイドは残念ながら譲れなかった。

 

          

 

 少し前の事を思い出しつつオメガデルタはレオンミシェリの背後に移動する。

 獣耳の少女達について気にはしていた。

 通常の獣人は人間というよりは二足歩行する亜人種が(おも)である。クルシュのような。

 それなのに彼女達は大部分が人間で獣要素が微量。それは造形的に作為を感じる。

 進化の過程なのか、それとも人為的、とまではいわないが何らかの意思は伺えた。

 

「……君たちは普段から()()なのか?」

 

 背後から窺うように尋ねられて少し気持ち悪いと思いつつ首を傾げる白銀のレオンミシェリ。

 当初から気にしている事は察していたが、直接的に来るのはこれが初めてだった。

 

「普段からとは?」

「変身するのか、という意味で」

「フロニャ(ちから)が低下などすると『けものだま』になることはあります。……それ以外では『英故結晶』などのアイテムを使用した場合ですね」

 

 桃色の髪で犬耳のミルヒオーレが答えた。

 けものだま化しても一定時間後には元の人型に戻る、とのこと。

 レオンミシェリ達は他の者達よりも強靭な肉体を持っているので、殆どけものだまにならないが、装備品は壊れる。

 

「この姿から更なる変身というものにはならぬだろうよ。……魔物堕ちでもしないかぎりは……」

「そうですねー」

 

 しょっちゅう変身するような人種ではないようなので残念であると同時に安心もした。

 変身すると理性を失う、とか厄介な性質が現れるのは困るので。

 

「こ、紅魔族も人より魔力が多いだけで、変身とかしませんからっ!」

 

 変人扱いされたくなかったのか、めぐみんは声を荒げて言った。

 様々な性質や個性を持つ人間が居るのは理解したが、それら全てを取り扱うのはオメガデルタでも難しい。

 更には実質的に『趣味』の範疇なので()()()()()に絶対必要というわけではない。

 それらはまだまだ研究していかなければならない事なので。

 

 危険な能力まで許容する気は無い。

 

 目の前に宝があるのに手に入れられないのはもどかしい。それもまたオメガデルタ的に言えば煩悩ともいえる気持ちだ。

 彼女達の話しを聞き、その結果強引に手に出ることになる確率はとても高い。

 それはそれで開き直ればいい事だが、既に過剰な需要と供給で計画に支障が出始めている。

 端的に言えば建設中の施設の完成がまだまだ先だから全然女体を堪能できていない。

 設置したくても動かせない状況である。

 空に浮かぶ『万魔殿(パンデモニウム)』を一つ作るだけで数年を要したのだから、本命はもっとかかる。

 冬眠の間に出来たことは即席の部屋と通路。全体像は自動化によって今も作られてはいるが、半分に届くかどうか、という程度だ。

 瞬間的に転移でもすれば楽なんだろうけれど、せっかく宇宙空間出られたのに旅を敢行しないのは勿体ないではないか、と。

 

「……私が主人公なのに楽をさせてしまって申し訳ありません」

 

 と、小さく謝罪するのは金髪碧眼のラナー・ティエール以下略王女。

 語りたいことが多々あるけれど、ここはやはりラナーが主役を務める物語だ。大幅な脱線など毛ほどにも気にしない。まして本筋でもない。更にパロディ要素満載だとしても。

 不敵な王女はいつも通りに佇むのみ。

 

「と言っても第一章か第一話かは存じませんがメインのストーリーは消化済みであるゆえ……。それでもやはり黙って過ごすわけには(まい)りませんわよね」

「各キャラクターが順を追って主役級を演じているので……。タグの問題がありますか……」

「どの道、オメガデルタ様は用件が済めばまた冬眠なさるのでしょう?」

「……そうですね。私の目的は済んだら終わり、という程度ですから」

 

 難解な単語が飛び交っているような気がしたが異邦人たちは首を傾げつつ突如始まったラナーの言葉に聞き入った。

 どんな突拍子もない出来事でもラナーだけは平静を装っていた。多少の意外性もまた想定内という風に。

 軽装鎧をまとう王女もまたこの施設に来たのは増強だ。既にモンスターを討伐済みであるため、施設の主待ちであるのだが新しく来た異邦人の話しについ興味が移っていた。

 懇切丁寧に対応するオメガデルタの姿勢は称賛に値するが、それでも目的を忘れてはいけない。

 しかし、その目的とて三者三様である。どれも重要で序列をつけるのが難しい問題だ。

 

          

 

 あれをすればこれをやらなければならなくなる。

 こちらを優先するとあれが出来なくなる。

 今はそんな状態だ。それを解決するには一つずつの解決意外に道は無い。

 おそらく、新たに追加の人員が現れるはずだ。それは今日ではないかもしれないが数日中には確実に、とラナーは予想していた。

 単なる経験値稼ぎしかさせていない『ローブル聖王国』と『竜王国』が真っすぐ母国に帰るわけがない。

 それとラナーの見立てでは異邦人たちも自分達の世界に戻るためには増強は必須である、という事を薄々は気づいている。

 今はそれを(おこな)う覚悟がないだけ。オメガデルタが少し強引にでも背中を押せば済む話しなのだが、これが中々に進まない。

 自分も経験があるからよく理解できる、とラナーはしみじみと思った。

 

「いっそ全員を眠らせてしまえばよろしいのでは? もう充分に説明なさったと思いますが……」

 

 彼女の言葉にオメガデルタは苦笑する。

 それはそれでありではあるし、他人から聞かされるとむず痒いものだと苦笑する。

 ただ、新たに訪れた異邦人の事についてオメガデルタ自身興味があったため、抵抗を感じていた。

 今は自分の事や何をするのか説明し、それから彼女達の事柄について聞く予定だった。

 狙った獲物は逃がさないし、逃がす気は無い。その気持ちがあるにもかかわらず即実行に移さないのは優しさだろうか、と自問する。

 異邦人たちの背後を歩きつつカズマの側で立ち止まる。

 

「……ラナーさんの言葉に嘘は無く、君たちは既に籠の鳥なわけだ。しかしながら私は興味があることを強引に推し進めるのに少し抵抗を感じる。……であればカズマ少年。逃げてみるか? それとも何かしらの機転を利かせて打開に挑むか?」

 

 カズマとしては話しかけてほしくない気持ちでいっぱいだった。

 オメガデルタの気配が急変したことは十二分に感じ取っていたから。

 自分の手持ちの能力で打開など出来るはずも無く、結局のところ他人任せだ。

 例えば少し離れた位置に居る立花が席を立ってくれないか、と。

 そう思っていると静かに床を歩いて近づく者が居た。各人の向かい合う中心地に居る戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)だ。

 威嚇は無かったが主に危害を加えそうな気配でも感じたのか、カズマに視線を向けたままだ。

 

「……私達は事が済んだから平気って事でいいとして……。他の奴らはお気の毒だな。というか、魔法とか平気な奴はご愁傷さまだな」

 

 嫌味なのか、雪音が大きな声で呟いた。

 巻き込まれるのであれば全員一緒だ、という気持ちの表れかもしれない。

 

「拷問が趣味であれば我々はキャロル以上に酷い状態になっていたと思う。だが、安心してほしい。我々は特に違和感は無かった」

「……何の説得力も無いんですけど~」

 

 マリアの言葉にカズマはたまらず反論する。しかし、声には迫力はこめられなかった。

 シンフォギア勢は色々と超人軍団だからだとか、色々と文句を言いたいところ。しかし、前後の圧力に囚われて思うように事が運ばない。

 主人公特性やら強運などが発動されれば回避できるのだが、それを自在に運用できる自信はもちろん無い。

 何らかの取引に引き込みたいと思っても、すぐに都合のいいアイデアは浮かばない。あるとすればアクアがうっかり発言でもしてくれればいいのに、と。

 それよりも先ほどから違和感があった。あえて避けていた話題程言葉にするのが難しい。

 それを端的に言えば。

 

 何故、誰も逃げない。抵抗しないのか、だ。

 

 のんきに椅子に座り、毒が入っているかもわからない食事に手を付けている。

 それはつまり洗脳されているとも言えないかと。そうなるとカズマ自身も術中にはまっている事になってしまう。

 逃げるには地上まで距離があるし、目の前にはモンスターメイドが立ち塞がっている。

 先ほどクーベルを背に乗せて動き回った速度から容易に逃げおおせそうな気配は感じなかった。

 

「……ターニャはこの事態を解決できる方法とか無いのか?」

 

 腕を組んで先ほどから食事に手を付けず、会話にも参加しない幼女に尋ねた。

 彼女自身は下に降りた時から異常なことは感じていたが、それだけだ。

 正直に言えば元の世界に帰る方法が不鮮明であり、ラスボスと称する男の行動を監視する目的もあった。今は眠ってしまったが、アレを倒さなければならない理由を考えている内になし崩し的に巻き込まれてしまった、というような感想を抱いていた。

 逃げ道が無いのであれば飛び込むしかあるまい、と。

 首にかけてある『演算宝珠』にて最低限の索敵と自己防衛術式は展開している。今のところ異常事態は感知できない。外部からの干渉という意味で。

 

「この怪人物よりラスボスとやらが大事だろう。興味を示すような真似さえ示さなければどうということもない」

 

 平然と過ごせるかと言えばターニャとて無理だと言える。既に色々と驚かされているのだから。

 その中に遭って無理に抗うのは悪手だと本能のようなものが告げていたので大人しくしていた。

 

「興味……」

 

 そう言われれば横に控えているアクアとめぐみんが思い浮かぶ。

 ダクネスはただの貴族娘で防御が厚いだけの変態だ。

 

「立花達は……本当に平気なのか? これから殺戮が始まるかもしれないんだけど」

「いや、それは無いはずだ。身体の搾取……、または部位か……。それを(おこな)うには我々の『同意』が必要だという」

 

 その同意を拒否すれば諦めるのか、と思いはしたが一斉に眠らせられる能力を持つのであれば無意味になってしまう。

 

「強制的にできるのはおそらく『洗脳』の類……。それをすれば信頼が揺らぐ……」

 

 風鳴の説明に立花が頷く。

 難しい理屈は分からないけれど、物騒さを抜きにすればオメガデルタは正真正銘人体を操れる。

 亡くした腕も元通りにするほどに。

 一気にやろうとおもえば出来る事をあえてしないのは今もって理解しがたいが、それは単に各人の能力を知っておきたい好奇心ゆえか、と。

 何の情報も無く強引珠泡を取ると危険に見舞われるのであれば多少の労力を使ってでも会話に引き込む。

 マリアは得心がいった顔になった。ついで風鳴も。

 ラナー達は様々な反応を示す異邦人たちを興味深く観察し、レイナースは主の悪い癖にため息を漏らしつつ物騒な事態にならないように祈った。

 アルシェもその点では同様なのだが、人数が多いから仕方がないと諦めていた。

 

 

*1
細かい点に気がつき、危険を知らせてくれる五感を持つ。五感には視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚が含まれる。

*2
オメガデルタは他の人が見落とすような事柄に気づき易い。


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