翌朝、旧校舎へと登校したわたしの前に現れたのは、例の手配書に添付されていた写真通りのタコ型生物だった。ご丁寧にアカデミックドレスなんぞを纏い、さながら教師といった風貌ではある。……百歩、いや一万歩ほど譲って。
「おはようございます。そして初めまして、私がこのE組の担任の殺せんせーです」
宙をうねる黄色い触手が服の中から何本も伸びている。丸い顔に、小さな目と三日月型の口が笑顔を作っていた。
「お……おはよう、ございます……?」
「暗殺教室へようこそ! 降谷一華さん。A組からの転級だと聞きましたが、そう悲観することはありません。これからこの教室で先生やクラスメイトと共によく学び、よく殺しましょう!」
触手を広げて歓迎のポーズをとるタコ基『殺せんせー』。受け入れてくれるのは嬉しいけれども、それにしたって「よく殺しましょう」とは間違っても暗殺される者の台詞ではないだろう。
「……そのことなんだが、わたしは――」
「にゅや?」
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「さて、烏間先生から連絡があったと思いますが、A組から転級生が来ています。入ってきてください」
HRのチャイムとともに3-Eの教室へ入っていった殺せんせーは、廊下で待機中のわたしに声をかけてきた。言われた通り教室へと足を踏み入れた瞬間、生徒達の間に流れる空気が変わったのが分かった。
「え…嘘?」
「あの人って……だよな?」
「なんで?」
「やっぱあの噂ほんとだったんじゃねーの?」
ひそひそと話を始める者や顔を合わせづらいのか下を向いている者、あからさまにわたしに敵意を向けている者もいる。そんな中、渚だけは困ったような表情でわたしと殺せんせーを見比べていた。
「! おや、皆さん彼女のことを知っているようですねえ?」
「知ってるっていうか……なあ」
「まあまあまあ! 彼女もこれからはE組の仲間ですよ! 皆で一緒に楽しく過ごしましょう!!」
生徒の反応があまりいいものではないと気付いた先生はフォローのつもりか若干冷や汗をかきながらも場を盛り上げようとしていた。が、多分失敗している。
(……なるほど。『先生』の対応がアレでも、やはり生徒からは歓迎されてないわけだ)
「わたしの名前は降谷一華。よろしく」
殺せんせーについては未知すぎて何とも言えないが、あの烏間という男も恐らくわたしを信用していないだろう。もう一人いるらしい先生に至ってはまだ顔を合わせてもいない。何にせよ警戒されているここで、わたしは上手くやっていけるだろうか。
「えーっと、先生……って呼べばいい? わたしの席はどこ?」
わたしの隣に立つのは、黄色く丸い顔と蠢く触手を持った謎の生命体。ずっと笑っているその表情(といっていいのかは不明だが)がなんだか気持ち悪い。が――とにかく、ここではそれが『先生』なのだ。解せぬ。
「そうですねぇ。では、奥田さんの後ろの席にしましょう」
奥田さん、と先生が名前を呼ぶと慌て怯えたような声で「は、はい」と手を上げた三つ編みの女の子。わたしにあてがわれた席の隣には赤髪の少年が座っていた。確かコイツは……。
「お……知ってるよ君のこと。誰かさん殴って停学になったひとでしょー? よろしくね!」
「あっはは! 面白いねー降谷ちゃん」
「それはどうもありがとう」
どこかピリピリとした雰囲気の中、その日の授業は始まった。初日くらいは、真面目に受けてやるか。
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「この問題は先ほど紹介した3つの公式のどれかを使えば解けますが、どれだかわかりますか? 磯貝君」
「えっと、青の触手?」
「大正解です!! わからなかった人はもう一度先生と一緒に解いてみましょう。何事も実践で学び経験する、暗殺と同じですよ」
触手で教えられる授業は何とも奇妙なもので、何度もツッコミそうになった。こんな計算と暗殺が同じだなんて、冗談じゃない。
(コレが月を破壊した犯人であり、来年には地球を爆破すると予告した破壊生物、って言われてもなー……)
「岡島君! コソコソとそんなものを読んではいけません!! ……先生にも見せてください!」
「「「違うだろ!?」」」
(グラビア読んでるピンクのタコ。わたしにはただのアホにしか見えん)
喜怒哀楽の表現が極端で、なんだかずっと楽しそうな先生と生徒の姿。今までに見たことのない光景に戸惑い、地球の危機だとか暗殺だとか言いながらも平和で幸せなこの空間にわたしがいるのは場違いなのだと思い知らされた。
「では、午前中の授業はこれにて終了!! 先生ちょっとイタリアにピザを食べに行ってきます」
チャイムが鳴り長かった授業も終わる。
突如イタリア行きを宣言した先生はそのままビュンッと窓から飛んで行ってしまい、その姿は数秒もしないうちに見えなくなってしまう。何なんだこの教室は。そう呆れたところで現実は変わりはしない。
「一華さん。よかったら、こっちで一緒にお昼食べない?」
こういう場合だと"普通は"女子は女子、男子は男子と、仲がいい友人と数人で机を囲むのだそうだが、わたしが一人でいるのに気付いた渚が声をかけてきた。少し離れたところからは相変わらず楽しそうな声が聞こえている。
「渚。……ここでは、あまりわたしと話さない方がいい」
逃げるように教室を後にして、わたしはわたしの
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標的はすぐに見つかった。彼は校舎裏の大きな木に背中を預けて、一人で昼食を摂っていた。
「烏間……先生」
「どうした? 皆と食べないのか?」
弁当の包を持って接近するわたしを訝しげに見やる。隣に座っていいかという問いを込めて首を傾げてみると、その視線で察してくれたようで、少しだけ横にズレて場所を空けてくれた。何だ、優しい所もあるんだ。
「先生こそ一人だよ。友達いないの?」
「……そういうわけじゃない」
「普通は、友達と食べるものだって。兄さん達が言ってた。でも、わたし、
烏間の隣に腰を下ろし、包を広げると可愛らしいお弁当が現れた。今日のお昼は快斗特製だ。プロ顔負けのデコレーションが施され、ご飯の上には海苔で作られた『がんばれ!』の文字。わたしは一体何を頑張ればいいのだ。
「随分凝った弁当だな」
「胃の中に入れば全部同じだ。何故こんな面倒なことをするのか、わたしにはわからない」
「……」
「この世界は、おかしな事ばかりだ。あんな生物がいたって、別に驚かない」
「それは――」
「100億にも興味はない。わたしは、わたしの平穏が欲しい」
烏間はずっとわたしの目を見ていた。僅かも逸らすことなく、最後まで、真っ直ぐに。それはどこかアイツを思わせるもので、何となく複雑な気持ちになる。口数が少なくて何を考えてるか分からない男だったけれど、わたしにくれる言葉はいつも本物だった。わたしが大嫌いで憎むべき男は、敵だけど、味方だった。
だからきっと、この男も――そうなのかもしれない。
「先生は、先生だよね。わたしの敵じゃないよね」
「? あ、あぁ……生徒の安全は保証する。それが俺の任務だからな」
たぶんそういう意味じゃないんだけれど。
「悪いけど、先生。わたしは――」
――わたしは、地球の終わりを望みます。