ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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far away
つながり


 日暮れ時、僕は暗い牢獄の片隅から久しぶりに外に出てきた。

 空には雲が広がっているが、遠くもうすぐ地平線へと落ちようとする太陽のあたりだけはパックリとひらけて不思議な美しさを見せている。

 

 レオさんのおかげで僕はまたここに立った。

 いや、もしかしたら僕もレオさんも。再び”首の皮一枚”ってやつでなんとかなったのかもしれない――。

 

 

 ケロッグを倒し、インスティチュートへの手掛かりのないあの人と。

 僕の知らない過去を知る。僕に執着してきた恐ろしく、おぞましい。連邦でも誰もその名を知らない組織。

 それ以上何もわからず、何もできない日々を歯を食いしばって生き残るしかなかった――それがなにかを見つけられると信じて。そんな都合のいいことが、あるわけがないなどと考えないようにするために。

 

 

 ママ・マーフィーはそれでも僕らが歩き続ければ道は出てくると教えてくれた。それが僕らが望む未来につながってはいないかもしれないが、と。この呪いは僕らをさらに強くしてくれる――だが、そのせいでそろそろ僕とレオさんの存在を連邦から隠れることが難しくなってきてもいる。

 

 あそこに見える太陽のように。

 身を守ろうとどんなに雲を厚くしようとも、隠れることが出来なくなる時が来るかもしれない。

 あの優秀な兵士であるレオさんであっても「今回はさすがに腕を失ったかと思った」と襲撃を生き延びて苦笑いするしかなかった。あれは僕にも言えることだ――僕にその順番が来た時、生き延びなくてはならない。

 

 そんな様々な未来への不安を考えていると、背後から人が近づいてきた。

 

「よう、若いの。お前とはきっと、真っ先に話し合わなきゃならんだろうと腹を決めてた」

「……ディーコン」

「お互い、色々と難しいものが出てきちまってる。俺は――まだ、これが終わりでなければいいと思ってる」

「フンッ――助けてやるからって、僕の留守に荷物を置いて。それが僕の留守宅をレイダーと一緒にひっくり返し。けじめを取らせてやろうと思ったら、見事にさっさとどっかに逃げ去っていたってのに?

 僕たちの友情にヒビひとつないって?」

「そうだな……確かに虫のよすぎる話に聞こえるかもな。だがな、アキラ。お前はレールロードのエージェントだ」

「自分の罪悪感を僕にも求めるんじゃねぇよ、このクソハゲ!」

 

 思わずかっとなって怒鳴りつけたが。僕はすぐに目を閉じ、拳を振り上げることで怒りを飲み込んだ――。

 冷静になる必要がある。

 大丈夫だ。レールロードは以前も僕を助けることを早々に諦めたクソだったし。ディーコンには助けが必要だった。かれもこんな結果が待っているとは、助けを求めた時には思ってなかった。彼が悪いわけじゃないのだ。

 

「ハナシはこれまで――」

「見てわかるだろ?怒らないように頑張ってるんだよ、冷静にって、余計な事。言うなっ」

「わかった」

「……まず聞きたい。レールロードは何をやってるんだよ?なにを考えてる?B.O.S.が来てあちこちに兵士を送り出してることは誰でも知ってるのに。そんな連邦に人造人間の集団を動かす?

 彼らはインスティチュート。彼らが生み出した人造人間の殲滅を口にしてるんだよ。危険がないって判断した!?」

「いいや。お前と同じかそれ以上だ。

 デズやキャリントンは手元に人造人間たちを集めていたことを後悔している。これまでは慎重にひとりずつ動かしたが、その余裕がもうないんだ」

「――へぇ」

「強引なのはわかってる。彼らもな。

 すでに何人も『自殺はごめんだ』と言って出てった奴も、姿を消したのもいる。これからもそんなのが増えるかもな。エージェントもフル稼働さ」

「どうせ時間稼ぎに連邦に反B.O.S.のキャンペーンもやってるんだろ」

「当然だ。俺達の得意な分野だからな」

 

 ディーコンの顔に悪い笑みが広がる。弟子が自分たちを理解していることがうれしいのだろう。僕は首を振る。

 

「馬鹿な、B.O.S.は攻性組織だ。すでに自分たちも連邦に来た大義を口にしてるのに、それがなぜ理解されないのかは分析に入っているはずだよ。原因のリストの最上段にレールロードが来ないとでも信じているのか?」

「――それでも、さ。デズは。嫌、俺達はやらなきゃならん」

「どうせそれも次の計画のためとかなんとかあるんだろ。そろそろ説明しろよ、オッサン」

「……B.O.S.とインスティチュートは激突する。つまり戦争が始まる、まだ少し先になるが」

「うん」

「デズは秘密を明らかにしていない。だが、彼女の考えはわかるさ。俺はエージェントだからな。お前はどうだ?」

 

 僕を試すのか。別にいいけど。

 

「……インスティチュートにいる人造人間を連れ出す方法を考えてる。もしくはその方法を用意しているのか」

「さすがだな、相棒」

「褒められてもうれしくないよ」

 

 笑えない話だった。

 レールロードは、あのレオさんと同じように。ハイテク武器を用いた戦場で秘密裏に裏から大きな救出作戦とやらをやらかそうと思っているのだ。個人ではなく、組織がそう考えているなんて正気を疑う。

 

「戻ってくれ、アキラ。俺達には力が必要なんだ」

「……」

「ディーコン、まだやるっていうのか?デズデモーナがやろうとしてることは組織丸ごとの資産をつぎこんでの総力戦をやるつもりだ。戦争が終わったとき、跡形もなくすべてが吹っ飛ぶ賭けを始めてる」

「いつもそうだった。俺達はそういうおかしな連中なのさ」

 

 何と答える?「お付き合いはここまでです、さようなら変人」って?

 いや、あのレールロードには”まだ”役に立ってもらわなくちゃならない。

 

「戻ってもいい。力を貸すことも考えても」

「助かる」

「でも!――以前とは同じじゃない。僕が苦しい立場にあった時、仲間と組織を動かすことをデズデモーナは許さなかった。責めたりはしないが、”彼女の組織”に忠誠はない。理想を同じくするだけだ」

「ああ、わかった」

「他にも色々あるけど今はやめよう。僕も自分が戻るなんて言ったことを後悔したくない」

「嬉しいね」

 

 次に、と声を上げる。

 ここからが問題だ。

 

「コベナントの襲撃者は許さない。ディーコン、これは絶対だ」

「おい……」

「やめろ、そうじゃなきゃダメだ。何も言うな。

 レイダーのほとんどはすでに殺した。だがそれで全員じゃない、”逃げたレイダー”がいる」

「気持ちはわかる、本当だ。苦しいよな?

 だがな、この連邦でお前の手では届かないものもある」

「――レイダーを引き込んだ奴らを許せって?忘れろって?」

「どちらも近いが、少し違うな。この世界じゃ、いつもどこかでひどいことが起きてる。ここが襲われてから何日が過ぎた?

 生き延びた奴がここのことをわざわざ覚え続けていると?そんなわけがない、すぐに忘れていく」

 

 だから諦めるしかない――か。

 

「さすがだね、ディーコン。ここでレールロードのエージェントだから馬鹿をやった人造人間は許せとは言わないんだ」

「そんなひどいことは言わないさ。お前の怒りは俺にもわかる。その後悔も」

「人も死んでる。戦うことも出来ない病人たちだった、医者だった。彼らには殺される理由なんてなかった」

「わかってる。理不尽で、気の毒に思う」

「でも殺すな、と?」

「ハァー……そうだ、俺もお前に理不尽を押し付けようとしている。だが、それは必要だからだ」

「なんだって?」

「いいか、アキラ。レールロードは人造人間を助ける。お前は自分が”個別”に感情を処理できると思っているが。俺達は、レールロードはそれを信じない。経験上不可能だとわかっているからだ。

 人造人間への怒りはいつか表に出る。その時、救うべき彼らをお前が見捨てるかもしれない。お前を見て、俺達がそう思うようなことは問題になる」

 

 人間は感情の処理のできない半端なものということか。なるほどね……。

 

「つまり僕が『理不尽で不愉快な人造人間がいたけれど、許します』と言わなきゃ、戻ってくるなって事か」

「……すまない」

「ちょっとまって――考える」

 

 許す?無理だ、そんなことはごめんだ。可能ならば今すぐにでもプラズマで分解し、元の姿がナニモノであったのかわからなくしてやる。だが……レールロードは必要だ。

 

「わかった。理解する」

「本当か?」

「いいや、無理だ!でも、今はね。だからすぐには戻れないよ、頭を冷やさないと――」

 

 片手で顔をぬぐう動作をする。拭った皮膚の下から汗が噴き出るのを感じる。

 自分の判断を、自分が怒鳴りつけてやりたい。そんなことはしないけれど、衝動がある。

 

「それじゃ、ここで握手か?」

「あんたの好きなハグでもいいよ」

「いいや、それは――握手でも十分、俺も頑張ったんだぜ」

「わかってるよ。だから今だけは力いっぱいハグしてやりたいのさ、相棒」

 

 結局、僕はディーコンと握手もハグもしなかった。

 2人で並んで趣深い日暮れを眺めるなんてロマンチックなこともせず。友に背中を向けると、かつてのように軽口を叩きあいながら皆のところへと戻っていった。

 

「ところでさ、ハゲ」

「なんだ、クソ生意気な小僧」

「改めて捕獲した人造人間の2人。男と女の」

「ああ、彼らか」

「あれは引き受けるよ。っていうか、僕がもらう。悪い友達に迷惑かけられたんだから、問題ないね」

「ふざけるな。自分がマッドサイエンティストだって自覚が本当にないんだな。お前のおもちゃにしていいわけがない」

「なんで?贖罪の道だよ、友よ。人造人間だってそれは必要さ」

「なんでココには鏡がない?涎をたらしてニヤニヤ笑ってる自分の顔が見えないってのは最悪だな」

 

 

―――――――――

 

 

 夜、僕は自分の工房でひとり静かに思考をめぐらせていた。

 ターミナルの前に座り、ヌカ・ワールドとその前、さらにその後に残してきたことをまとめてリストにする。一息ついて、改めてリストを眺めると――ため息が漏れた。

 

 ひどいものだった。

 

 ゲイジの出現からペースを乱され、万全と野心を持ってヌカ・ワールドを生き抜くことが出来たが。その間にコベナントを失ったことで、全体としてはかえって問題が山となって僕の前にそびえたっている状況であるらしい。

 にもかかわらず、僕の視線はレオさんのいう連邦から離れた島。ファー・ハーバーへと飛び立つ準備にうずいている。

 

 さらに僕は考えなくてはならない、だが簡単には答えの出ない問題もある。

 

 まず挙げられるのはキュリーの事だろう。

 聞けばその島は特徴ある霧と、それによって激変した自然環境が広がっていると聞いている。さらに人と共存を可能にしている人造人間の居住地、どちらも間違いなく彼女の興味を引くものであるはずだ。

 だがそれゆえにかなり連邦とは違う意味で危険であり、なんとか最低限身を守れる程度の戦闘力しか持たない彼女を僕はいかせたくない。止めてはみるが――おそらく僕の願いを彼女は聞くつもりはないだろう。ああ、悩ましい。

 

 悩ましいと言えばロボットたちのことも――エイダやコズワースのこともそうだ。

 彼らには新たに第2の脳とそれを即座に使いこなす思考モジュールを組み込んでみたのだが。それは彼らに疑似的な感情のようなものをもたせてしまったようだ。

 エイダはディーコンの置かれた状況を見て「助けよう」と判断し。コズワースと一緒にいる時は、レオさんの機器に「なにがなんでもなんとかしよう」と考え、あろうことか人間の意思なく。彼らの判断で拷問を行っていたことが分かった。

 これは僕にとって大成功ではあるが。それ以上に大失敗かもしれないという不安が生まれる。

 

 思考の拡張を目的とした装置が働いたことで、彼らに感情が芽生えたという結論はロマンチックなものではあるが。

 ごく短い間で、これだけ気になる判断を下した彼らの態度を良しと考えるのは、なかなか難しいものがある。取り上げてしまうというのは乱暴だし。悪い事もあったが、良いこともあった。どうしたらいいものか。

 

 そしてコベナントの今後のことがある――。

 レキシントンの隣接する3つの居住地にたいして権利を手に入れはしたものの。ひとつは失敗、ひとつはとりあえず順調、ひとつはまだ手も付けていないときている。

 ミニッツメンは焦っていないだろうが。ゲイジの件がある――僕はこれ以上、この工房に足を止めていることは良い事ではない気がする。それがファー・ハーバーへと向かいたい気持ちにもつながっている。

 

 これだけでも頭が痛いところなのに。

 さっき「まだ確認は取れてないんだがな」とハンコックが恐ろしい話を僕の耳にささやいてくれた。

 Vault88、あのバーストゥが暴走を始めていて。まだ建設中(と思われる)シェルターに人を集めているらしい。

 あそこで手に入れたVaultの技術にばかり目がいってしまったが。少し目を通し、記憶に残っている彼女の監督官としての目的のひとつが――たしか人体実験めいたものだったはず。

 今から乗り込んでいってあのグールの頭を吹き飛ばしたとしても、本当に人を入れているとするならばそれでおしまいにはできないかもしれない。

 

「なんでこんなに山のように増えてるんだよ……」

 

 これはどう考えてもすぐにファー・ハーバーへと行きましょうとならない。いや、なれない。

 ターミナルのキーボードをリズミカルにたたきながら、もう一度大きくため息を吐く。すると画面に先ほど加えたばかりの音声データ名が表示され、僕の指は迷いを見せてからそれを再生させた。

 

 そうだった、そうだった。

 

 以前からの課題にばかり頭がいっていたが、そういえば新しい問題にはもうひとつ加えたばかりのものがあった。

 

 

――音声を再生します

 

 

 それはいつものグッドネイバーでは当たり前の光景だった。

 犯罪者が裏通り、獲物をあさる。そして立ち去った後にも次々と噂を聞きつけた誰かがそこへと集まってくる。わかってる、それがここの日常なのだと。

 

 男がすごみ、女は怯えている。

 だけど目の前でそれが行われ、自分はその近くで見られないようにとじっと息を殺すことになるとは思わなかった。

 

 バン!銃声で話はあっさりと終わった。

 女は倒れ、男は冷たくなっていくその体にかがんで乱暴に調べていく。

 あれが終わって男が立ち去れば、今日の自分は最高についているスカベンジャーになれるが、現場を見ていたと知られたらきっとあの隣に仲良く並べられてしまうに違いない。こっちも必死だった。

 

 存在を知られてはいけない。この恐怖をかぎつけられてはいけない。

 今こそ勇気が必要だった。

 だから思い出す。昨日のラジオを。

 ギャラクシー・ニュース・ラジオ、シルバー・シュラウド。シュラウドの話は好きだった、彼の悪党に対する強さに。恐ろしさにあこがれる。なんと言っただろう、あれは確か――。

 

 

「おい、さっさとどっか行けよ。干渉する気か?そのおかしな服もななんだ?こりゃ、新しい俺のお友達が見つかったって事かもな。そうなりたいのか?」

「……確かに新しい友人には違いない」

「は?」

「後悔もなく人を殺しているな?罰を下し、正義は執行されねばならない」

 

 両手で必死に口元を隠してはいたけれども、両目はしっかりと大きく見開いていた。

 驚いていた。感動していた。あれは本当にシュラウドだった。シルバー・シュラウドはついに連邦に――ボストンに帰ってきてくれた!

 

 

 部屋には2人、机とパイプ椅子に座って向かい合っている。

 コベナントで保護された。というか残っていた2人の人造人間。その取り調べをアキラは個人面談で簡単におこなった。

 恐ろしく無口な女の方はK6-18といい、男の方は――目の前の彼は自分をF5-4V。彼はレールロードの保護される直前、グッドネイバーでスカベンジャーをやっていたと言い、その話を聞かされた。本当はもっと違う話が聞けると思ってた。

 

 だが、それを待ってましたとばかりに勢いよく話し出した彼の話にアキラは次第に恥ずかしさを感じる。

 そこまで聞いたらもうわかる。それは自分だ、あれはケントから最初の依頼だった。ナントカいう悪党の手下を殺してほしいとかなんとか。

 

 ケントの要望を受けてラジオの作られたヒーローのセリフの傾向を掴み。即興で演じた最初のソレ。

 人造人間は興奮気味に話を続ける。

 

「光栄です。あなたはまさに僕のヒーローだ」

「ああ、うん。ありがと」

「あれで僕の運命は一変したんです。H6とも知り合えたし、僕たちはあなたへとこうして導かれた」

「そうか。ところで話は変わるけど、なんでここにずっといたんだ?食料があったからか?」

「ですね。でも一番はあなたに会えると思ったからですよ!こんなチャンス、逃がしたら僕の一生は何だったって話です!」

「――勘弁して」

 

 やっぱりアキラは頭を抱える。

 

 その後も取り調べは続き、アキラはファイルに2人の証言とその総括を短く記載して。ホロテープにさっさとまとめた。

 

『男のコールナンバーはF5-4V。名前は 。脅威ナシ、ただしハッキング能力は評価に値する。

 感情豊かなおしゃべりで、とにかくウザい。レールロードへ戻ることは希望しない』

『女のコールナンバーはH6-18。名前は 。脅威ナシ。ただしハッキング能力は評価に値する。

 恐ろしく無口で会話が困難。コミュニケーションに通訳(男の方)が必要だった。レールロードへ戻ることは希望しない』

 

 

 僕が手に入れたものはそう、いつもなにかしらやっかいなものをおまけについてくる。

 さて、僕はいったいどうしたらいい?これを皆放り出してーー逃げ出してしまおうか。

 

 

――――――――――

 

 

 それぞれが食後の時間をリビングで過ごす中、気が付くと私とガ―ビーの周りにディーコン。そしてハンコックがちょうどこちらに向かってくるところだった。

 ガ―ビーはこのグッドネイバーの市長が苦手なようで、視線で「どうする?」と問うてきたが。私は笑みを浮かべることで、構わないということを伝えた。

 

「――じゃ、将軍。またあとで」

「ああ、ガ―ビー」

 

 立ち去っていく彼と入れ違うように派手なグールは私の隣に座った。

 

「あんたに全部任せておいてなんだが。あの若いの、ひとりで地下に戻っていったが。本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ、市長。こっちに顔を出したし、食事も一緒にしただろう?気分を切り替えて、集中したいのさ」

「どうもあいつのことはあんたにはすべてわかっているって様子だな」

「そんなこと――」

「それじゃいい機会だからついでに言わせてくれ。これからあいつをどこかに連れて行こうと考えているらしいが、迷惑だ。

 俺としちゃ、あいつにはこの連邦のことでしっかりとやってもらわなきゃならないことが山ほどある」

「なるほど」

 

 そのことか――。

 

「ファーハーバーだね。明日、時間を作ってもらって皆にも聞いてもらうつもりだった」

「その小島の噂は聞いたことがある。化け物の巣になっていて、人間は餌代わりになんとか隅っこでへばりついているって話だった。そんな地獄でアイツに何をさせるつもりだ?」

「僕はただ、手伝ってもらいたいだけだ。何が目的なのかは、アキラ本人に聞いてほしい」

「なるほどな。優秀な兵士だけではなく、あんたは政治家でもあるって事か」

「経歴としては、私は元軍人だよ。政治家の経験はない」

「俺を相手に誤魔化さなくてもいいぜ。

 悪者、殺し屋、殺人鬼、そしてグッドネイバー市長を相手に話してるんだ」

「……ハンコック」

「レオ、アンタは大した奴だと思ってる。だがあんたに犬みたいになついているアキラを見ていると、腹が立つこともある。丁度、今のような瞬間の話だ」

「ああ、わかるよ」

「本当に分かっているのか?

 あいつは色々やらかしているから元気に見えるかもしれんが。実際の話、ボロボロだ。

 抱えている問題も、あんたとのミニッツメンや。そこにいるレールロードのアホ共のしくじりが大半で、あいつ自身はひとりしかいないんだぜ。壊れるまで鞭をくれてやるつもりか?」

「――アキラに強制したことはない」

「だがアイツはあんたの期待に応えようとはする。それをあんたは利用してる。気分のいい話じゃないんだよ」

 

 私はしばし沈黙する。

 これは私とアキラの関係は、外から見るとどう見えているかという話だ。彼と私との奇妙な友情の在り方について説明しなければ、彼も納得できないのだろう。

 ハンコックを身を乗り出して声を小さくした。

 

「俺の耳には聞こえているんだ、レオ。

 あのガ―ビーは何かあるたびにアキラを危険視する発言をして、あんたはそれを聞かず。アキラの奴を信じているのだと、そう言っているってな」

「よい耳をお持ちのようだ、市長」

「俺もアキラに言ってるのさ。本物の悪党として、俺の相棒となって自分の町を手に入れないかってな。

 あいつは俺にとんでもないものを見せてくれたんだぜ。ヌカ・ワールドだ。ボストンやレキシントンと比べられるほどの場所で、あいつはレイダーのボスを軽く演じて見せたよ。

 あんたが消えて、あいつは俺と組めば連邦だって手に入れることが出来る」

「壮大な野心だね」

「ああ、ひどい妄想だろ?」

 

 そういうとハンコックは己を鼻で笑う。

 

「ミニッツメンも随分とイメージが良くなってる。そりゃそうだ。

 レキシントンを囲む、グレイガーデン、スターライト・ドライブイン、そしてこのコベナント。

 

 この3つの居住地を安定させるだなんて、普通に考えたら簡単な事じゃない。あいつはよくやってる、あんまりにもけなげなんで涙が出そうなくらいにな。グレイガーデンはめどが立ちそうだ。ここも攻撃は受けたが、失うまではなかった」

「……」

「そこでそ知らぬ顔で聞き耳を立てているお前もだ、ディーコン。どうせアキラにレールロードに戻ってくれとでもいったんだろう?」

「――俺かい?いきなり話に混ぜてほしくないな」

「いやいや、遠慮はいらんぜ。お前らは何を焦っているのか知らないが、偉く不景気だって聞いている。ああいうトンデモない奴を戻せば何か風向きが変わるとでも思っているのだろうが。それが自分たちの都合の良い方向からのものとは限らないってことを忘れているんじゃないか?」

 

 ディーコンは肩をすくめただけで、手元にある雑誌に視線を戻す。

 どうやら自分からは参加したくないようだ。

 

「ハンコック。今度は私の話を聞いてほしい」

「ああ、いいぜ」

「確かに私とアキラは奇妙な――本当に奇妙な友情でつながっている。

 でもだからといって本当にそれが無償の信頼の上で成り立っているというなら……それは違うと私は思っている」

 

 目を伏せ、すぐに戻すがその一瞬でも振り返れば湧き上がる黒い感情。後悔だ。

 

「――Vaultを出て、アキラと一緒に私はかつての家があったサンクチュアリへと戻った。

 そこで思い出される最後に記憶にあるのは、世界が壊れるという恐怖だ。隣人たちは大騒ぎで家を飛び出し、冷静な人は誰もいなかった。私もそうだ。

 聞かされていたVaultへ――でもそれは誰でも入れるようなものではなかった。

 

 軍は兵士を展開し、選ばれた住人達だけをそこから中へと入れていた。私は安堵したよ『これで私の家族は無事だ』ってね。他人の事なんて何も考えられなかった。わかるかい?」

「ああ、そういうものさ。それが普通さ」

「私は自分への罰なのではないかと、そう思ったんだ。だってそうだろ?

 Vaultは私の信用を裏切った。そこには安全な生活などそもそも用意されてなかったし。眠っている私たちの面倒を見るはずのスタッフは住人たちを見捨てて立ち去ってしまったそうだ。

 そして私は――家族だけを失った。

 それだけは守ろうと思ってたのに。そのためだけにあの戦場での地獄から戻ってきたはずなのに、な」

 

 ケロッグの声が、抵抗する妻の声が、銃声が。

 眠っていて何もできなかったはずの私の目の前で起きてそのすべてが記憶に残っている。私は見ていたのだ、無力のまま。そのすべてが終わるのを。

 

「それであんたは旅に出た……そういう話だったろ?」

 

 ハンコックの問いに無言で頷く。だが、そこにたどり着く前に私の下した決断がここでは重要なのだ。

 

「聞きたいんだろ?次に『そこでアキラと静かに暮らすって選択肢はなかったのか』って」

「ああ、そうなるな」

「私も……一度は考えたさ。あの頃のアキラは、彼はずっと怯えていた少年だった。

 信じられない話だが。彼の父親としてこの時代から出発するのもいいんじゃないかって」

「そうだな」

「出来なかった!私の息子、ショーンのあの小さな手を思い出すんだ。

 あの手が大きくなっていくのを見るはずだったのに。いつか大人のそれになって、老人となった私の手を引く日だってあったに違いないって。

 

 あの怒り――とにかく自分の置かれた状況を見て、新しい生活を始める勇気も強さも私にはなかったんだ。

 結果的にはガ―ビーを連れてすぐに戻ったが。あの夜、彼をおいて世界を見てくると伝えた時の彼の目は忘れない。私は頼られるのが嫌で、彼を捨てようとしたんだ。それが私で、許してくれたのが彼だったというだけだ」

「なるほどな……レオ、あんたは実のところアキラに恨まれたり、怒りをぶつけられても仕方がないとそう考えているんだな。

 奴にそう思われても自分は仕方がないと」

「そうだね。きっとそうだ」

「となるとアキラの奴はなんであんたになついているのか、興味が出てくるな」

「それは彼本人に聞いてくれ」

「ところで話をまた戻すんだが――その小島の事なんて忘れちまえって言ったら、アンタどうこたえる?」

「ハナシが出来てよかったよ、ハンコック市長。今日はこの辺でやめておこう」

 

 私はそこでこの会話を打ち切った。

 

 アキラはこの友情をどう考えているのだろう。

 深く考えたことはないし、考えることもないだろうが。私にはなんとなく理解できている気がする。

 それはとても光栄で、喜ぶべきことだが――それを彼と話す権利は私にはない気がするのだ。

 

 

――――――――――

 

 

ガ―ビーが食堂に入ると、そこにはまだ仏頂面のケイト。彼女の傷口を塗っているキュリー、そして呆れ顔のマクレディやパイパーらが揃っていた。

 

「なんだか、不機嫌だな。ケイト」

「うっさい――」

 

 まぁ、針と糸で縫われて上機嫌というのもおかしいか。

 

「呆れたよ。まさかあんなモンスター相手に殴りかかる女がいるなんてね」

「へへっ、遂に人間どころかデスクローを殴り殺しやがった。スーパーミュータントの順番を飛ばしちまいやがって」

 

 パイパーやマクレディがそれに続くが、ケイトは別に反応しない。

 

 夕刻、「死ぬかと思った」と言いながら大物のデスクローなどを次々と持ち込んできてガ―ビーらもその解体に大忙しとなったわけだが。おかげで当分は困ることはないらしい、空だった食糧庫も3分の1ほど”肉だけ”が山と積まれている。

 

「大物だったな。だが、彼女は不満そうだぞ」

「そりゃ、なぁ」

「――はぁ」

「なんだ?どうした?」

「スワッタ―だっけ。あの使ってた不気味な奴。あれが壊れちゃったったのよ」

「ああ、なるほど」

 

 武器を失ったという事か――それなら確かに不機嫌にもなるだろう。

 

「またアキラに頼めばいいじゃないか。彼女のソレ、前も彼が用意したものなんだろ?」

「へへへ、だよな」

「?」

「この娘、アキラに頼むのが嫌なんだって」

「なんだよ、それは」

 

 まったく意味不明だった。

 

「はい、終わりました。傷跡は残りますけど」

「うん」

「大丈夫ですか?なんでしたら私からケイトの武器、アキラに頼んでみますが」

「ダメ。それだけはダメ」

 

 ついに人でありながら生物兵器とのステゴロで勝利した女は、ただひたすらかたくなで不機嫌だった。ここで一番頭にきて、ムカつく理由が――困ったことにこの本人が理解できないことがより深い悩みになってる。

 そう、このケイト様は悩んでいるのだ。

 

 

 言いたいことを言って、聞くだけ聞くとハンコックは立ち去り。それに続くようにディーコンも立ち上がる。

 

「そうだ――俺からもちょっといいかい?」

「もちろんだよ」

 

 私は笑顔で応じる。

 

「明日か、もしくは数日中にあんたから説明があるっていってたよな」

「そう考えてるよ。ファー・ハーバーには皆の力が必要だ」

「アキラと話した時。奴が俺もそこに出席するようにと、偉そうに言われた。アンタも知っているのか?」

「いや。でも彼が言ったのなら、そうして欲しいかな」

「そうか――それと言い忘れていたよ。ずっと大騒ぎだったからな」

「?」

「あんたが欲しがってた警察署のデータ。全部ではないが用意できる。どうする?」

「うん」

「返事はまた別の時にでも――」

「いや、それでいいよ。あとはミニッツメンがどう応じるのか、結論を出す」

「わかった。それじゃ」

 

 ファー・ハーバーへ向かう前にやるべきことが私も、そしてアキラにも山積している――。

 連邦を離れるのだ。向こうに行けばしばらくは戻ってこられない。アキラも今頃、ひとりで頭をひねって名案がないか悩ましているのだろう。本当に、本当に私たちは――苦笑するしかなかった。


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