ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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Women

 かつては人影もなかったオバーランド駅だが、今ではミニッツメンの仮の活動拠点として、また川をまたいだ先にあるグレーガーデンの活気も分けてもらい。ミニッツメンを中心に大した賑わいを見せている。

 若きミニッツメンは人の中をかき分けながらこれからする任務についての注意点を頭の中で繰り返す。

 

 ひとつ、任務は着実に。あと高圧的にならないように、相手を尊重して言葉に気を付ける。

 ひとつ、ミニッツメンの評判を落とさないようにしつつも。断固としてそれをやり通す。

 

 訓練上がりの彼にとって最初の任務だが。だからこそ失敗はより大きく自分の評価を落とすぞと、教官にしっかりと脅されてここにいる。

 

「――さん?それと娘さん?」

 

 この時間、本当なら割り振られた仕事をこなしているはずの母子を噂に聞いたようにまったく関係ないところで出会い。自分の幸運に感謝する。

 

「ミニッツメンからの連絡としてきました。聞いてください――『ジモンヤ前哨基地に受け入れの態勢が整いました。直ちに帰宅し、明日の正午。ミニッツメンの指示に従って護送団に加わってください」

 

 母親は顔を真っ青にすると「ちょっと待って!」と声を上げ仕方なくそこで一旦連絡事項の読み上げを止める。

 楽しそうだった母子は今は不安な表情を浮かべて互いに寄り添い。なにやらグチャグチャと言い始める。

 

「すいません、ようするにどういうことでしょう。マダム?」

「あの人。あの人がそんなことを許すはずがないわ!あの人に聞いて。いえ、合わせて頂戴」

「……失礼ですがマダム。これはミニッツメンからの要請ではありますが。個人の関係をここで持ち出して、なにか状況を変えることが出来ると思うなら大間違いですよ」

「あの人が!ミニッツメンの将軍でもある彼が私たち親子を自分から遠くに追いやるはずがないのよ!」

 

 唇を固く閉じ、わずかに天を仰ぐ。

 まったくこの――淫売共が。

 

 噂を、それも自分達からそれを流していると知ってはいたが。こうして礼儀をつくしてやってるのに、それか。

 

「マダム、冷静に。それと理解していないようなのでもう一度だけ確認します。

 あなた方親子はミニッツメンと契約し。後に暮らす居住地が確定するまではここにある仮の居住地で共同生活をする。そういうものだとここに来た時に説明があったはずです。

 あなたたちにお家は以前は別の家族が住んでましたし。明後日以降は別の家族が移り住む予定になっています」

「そういうことじゃないわよ!この子の父親となる人はあなたたちミニッツメンの将軍で――」

「将軍は!確かに、あなたたちの力になりましたよ。

 ここになんでいられると思っているんです?あなた方の生活態度や噂はいいものじゃない。それでもいられたのはなぜだったのか、考えたことは?」

 

 若者も瞬く間に限界に達し、隠していた嘲笑の顔を見せながらも諭していく。

 親子は自分たちの未来が急に別のものに変わったことを理解し始め、体を震わせる。

 

「今日の作業も誰かに押し付けたんでしょ。別に構いませんからこのまま帰宅して準備に入って。伝えたように明日、アナタたちはここを発つのでね」

「将軍に合わせて頂戴。彼に会うまでは動かないわ」

「聞いてないのか?将軍は私用で休暇中。いつ復帰されるかはガ―ビー以外誰も知らない。

 それと忠告するが、指示に従わないというなら好きにしていい。ただしそれは我々との契約を踏みにじったということで破棄し、今後我々の居住地に入れるチャンスは難しくなったと理解しないとな」

「……女を脅すの!?」

「なぁ、いい加減現実を知ったらどうだ?わからないのか?

 あんたみたいなガキのいる女を将軍が本当に大切に思ってるなら、ここに放り出して休暇になんか行かないさ。つまりはそういうことなんだよ」

「侮辱よ!あなたの顔、絶対に忘れないから!」

「好きにしな。ただ警告はしたからな。

 俺は戻って本部にあんたらの態度が問題になるかもしれないと報告するつもりだ。明日、それが事実だとなったらトラブルは速やかに排除する。俺達は連邦の人々を救うためにいるんだ。

 将軍が遊んだ女を気持ちよくさせるためにいるんじゃない。それが理解出来るなら、この幸運に感謝して、さっさと出て行ってもらう。将軍に期待はするな。これはガ―ビーも許可している案件だ」

「チクショウ、馬鹿にしやがって……!」

 

 小娘のように大粒の涙をぽろぽろとこぼし、娘は「ママ」と慰める中。若きミニッツメンはとりあえずもういいだろうと、鼻で笑ってから親子に背中を向ける――。

 

 まったく胸がすっとしたが、徐々に胸糞悪さが募ってくる。

 あの母娘にはずっと頭を悩ませていた。仕事はさぼるし、自分勝手な主張をして、なにかにつけて将軍との関係を宣伝するかのようにしゃべって周囲の反感を買っていた。

 

 だが将軍もいい趣味している。確かにあの母親はいいモノをもっていたし。娘はまだガキだが数年もすればキャップを稼げるくらいに将来性が――ここで若者は考えを止めて切り替えようとする。

 生まれの卑しさが自分の魂にこびりついていることを自覚している。若くしてポン引きの仕事を仕込まれたせいで、ミニッツメンとなってもまだ思考の切り替えがうまくない。

 

 そして思うのだ。

 伝説のガ―ビーと違い、将軍とやらは自分と変わらず随分と俗っぽい人物らしい。

 遊んだ相手を捨てるのに、冷酷に自分のような新入りを使うなんてね……。

 

 

 翌日、憔悴した親子はミニッツメンに従って北の果て。ジモンヤ前哨基地へと発った。

 彼女たちのその後については、特に噂は聞こえては来ない。

 

 

――――――――――

 

 

 男どもが眠ったのを確かめると、パイパーはゴソゴソと起き上がる。

 ディーコン、コズワース、カール、ガ―ビー、レオにパイパーらボストンに向かう一行はコベナントを出て最初の夜を野宿で迎えていた。

 

「……パイパー、眠れないのか?」

「う、うん、まぁね。ちょっとおしゃべりにつきあってよ、落ち着くかも」

 

 レオの隣に座ると、それまで彼に体を寄せて寝ていたカールが「しょうがねぇな」というように立ち上がると、どこか静かな場所を探して立ち去っていく。なんて賢い犬なんだ!ありがとう!

 

「そういえば久しぶりだね。しばらく会わなかった」

「だね!―――そうだったね。まぁ、ほら。こっちも仕事があったし、なかなかね」

 

 テンションが跳ねるのを抑える。

 ここ最近やること全てが最悪だったパイパーにとって、このチャンスをモノにすることで全てをチャラにしてしまうような。例えるならばそれは津波のようにすべてを押し流していってくれるのではないかと、期待させるものがあった。

 

「聞いたんだけど、ヌカ・ワールドってところで奴隷にされてたって」

「ああ、うん。まぁね」

 

 いきなりこれはダメだ。

 

「そっちはなんか戦ってばっかりだって聞いたけど」

「取材かい?でも今回は断ろうかな。この片腕、信じてもらえないだろうけどまだピカピカの新品なんだ」

「――それ、本当?」

「ここにいる君以外の全員が知ってるよ。君が悪いから、なかったことにしようって勝手に決められてしまったし」

「そ、そう」

「だから君の話を聞かせてくれ。で、なにがあったんだい?」

 

 これは降参するしかないようだ。

 

 全てはガ―ビーから聞かされていた北で神出鬼没のレイダーについてその謎を解明してやろうと――レオのショッキングな女性の噂から逃げて――ダイアモンドシティを後にした。

 まずはミニッツメンの勘違いではないと確認したくて、バンカーヒルの商人たちに噂を聞こうとパイパーは考えた。

 

 そこにそいつは現れた。

 以前に比べて恐ろしく顔色が悪くなった。腐れ縁の同業者、ソニーがいきなりパイパーの前に現れたのだ。

 

 最近、グッドネイバーから姿を消して何をやっていたのかと思ったが。相手は昔と変わらぬ調子で声をかけてきて、互いの近況に触れ。ソニーはそのレイダーなら心当たりがると言い出した。

 知り合いだからと気を許したということはないはずだったが、とにかくパイパーはその話に飛びついた。

 そしてそれは――罠だったのだ。

 

 ソニーに連れられて、たまたま通りがかった民家の角を曲がったところで意識を失った。思うに自分の視界の外側から襲われて一発でのされてしまったのだと思う。

 そこからの記憶はもう、あいまいになる。

 

 写真を思い出すように、絵のようなヌカ・ワールドという奇妙な場所のイメージはある。そこにハンコックらがいた時も。ケイトが素っ裸で武器を振り回し、なにか――誰かの返り血を浴びているところとか。

 

 次にはっきりと思い出せるのはベットの中だ。

 とにかく最悪な状態だった。気持ちは沈みきっていて、体は重くて動かすことを考えるの嫌だった。太陽のまぶしさが目に居たくて開けることも出来ず、唇は鉛となって動く気がしない。そして思考は――グチャグチャでどうしようもなかった。

 

「キュリーがまだ治療に時間がかかるって言ったけど、それも理解できてたかどうか――」

「随分とひどい経験をしたんだね」

「奴隷?まぁね、あたしの伝説にまた新たな1ページが追加された。でもナットに話せないよね」

「黙っておくのかい?」

「それも無理そう。『こんなに留守にして。お姉ちゃん、自分にこんなかわいい妹がひとりで町の中に残されているって忘れてたの?薄情者っ!』て言われるよね。覚悟しなきゃ」

 

 数日中に妹に会える――ホッとするものがあるが、だが今はこの瞬間に集中せねば!

 

「パイパー?」

「レオ。あたしさ、どうもツキに見放されちゃってるみたいなんだよね。自慢の勘もさっぱり役に立たないし、ケイト――いいえ、アキラたちに危ないところを救ってもらってるくらいだもの。なにをやってるんだろ」

「そのようだね。ふふふ、君がしゃべらなかったっいうのも信じがたい」

「それ!それもある。本当に苦労したんだよ。自分じゃ普通にしゃべっているだけなのに、周りは『大丈夫?何言ってるんだ?』って皆揃って言うんだもの。最初は冗談かって思ってたけど、さすがにね」

「……」

「本当に最悪――ああ、あの子。あたしアキラにもひどいことしちゃったんだよ。

 調子よくないのに、感情的になっていきなり殴ったり。罵ったりしたけど、謝れなかったな」

「それは良くないな」

「ね、彼。次に会ったときに謝ったら許してくれると思う?それともあたし、もう絶交されたかな?」

「大丈夫さ。彼は許してくれるさ。でも恨まれてはいるだろうから、この先付き合うつもりなら嫌味くらいは覚悟した方がいいんじゃないか」

「ああ、やっぱ最悪」

 

 ダメだ、本当に落ち込んできた。

 弱い女を装って距離を縮めようと思っていたが、この作戦は今やるにはあまりにも自分が傷ついてしまった。

 

「その、話題変えよ。ファー・ハーバーだっけ、いつくらいになりそう?」

 

 レオの顔が引き締まった。日に照らされる彼の顔、なんかセクシーだ。

 

「すぐは無理だよ。準備が必要だし、ここにすぐに戻ってこれないからいろいろとやっておくこともある」

「そっか」

「とにかくしばらくはミニッツメンにかかりきりになる。東部の入植をはじめながら、サンクチュアリに行って新しいメールマンを用意しないといけない。

 部隊も今のうちに再編成して、新人も少しでも使えるように鍛えておかないと」

「そうだね――サンクチュアリに行くんだ」

「ああ、そうする必要がある」

「あのさ、一緒に行ってもいいかな?その――」

 

 言うんだ!あなたと一緒にいたいからって。このまま目を見て、ちょっと濡らしたりすれば!確実っ。

 

「ひょっとしてパイパー、メールマンに興味が?」

「へ?」

「ボクの始めた事業だよ。メールマン、居住地を結ぶ配達人たちさ」

「ああ、うん。そうだね、きっとそう」

「なら一緒に行くかい?私が直接彼らの仕事を含めて、案内するよ」

「ほ、本当?やった、嬉しいな。ははは」

 

 夢は砕けた。思った以上に長く話していたようだ、ガ―ビーが寝ているあたりから動きを感じる。交代の時間が来たのだ。

 パイパーの脳裏にはナットの姿があった。

 その妹はあの日と同じく、美人の姉の情けなさに憐れむ目をして「敗北者め」とはっきりと口にしている。

 

 違うのだ、妹よ。

 これは決して敗北ではない。姉は今日、負けたかもしれないが。完全な敗北ではありえない。

 これは未来への切符だ。完全勝利、それを手にするための輝かしいルート。そこに今、自分はいるに違いないのだから。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 隣に眠る男に揺り動かされ、マクナマラは自分の腕のピップボーイがBeep音を響かせていることにやっと気が付いた。どうやら久しぶりにぐっすりと深い眠りについてしまったようだ。

 

「ごめんなさい」

「……」

 

 ベットから体を起こし、備え付けの通信機のスイッチを入れる。

 

「マクナマラよ。今何時だと思ってるの」

「夜中にすまない、監督官。だが例のパイプラインの腐食箇所が特定できたんだ。だが、どうもあんたの意見が必要なようだ」

「そう、わかった」

「すぐに来てくれるか?」

「もちろん……シャワーで頭をシャッキリさせるから、しばらくは休憩していて」

「ごゆっくり――」

 

 ブルーライトに満たされた部屋の中を、素肌をさらしたままマクナマラはそのままシャワールームへと向かった。

 熱いシャワーですっかり目を覚ますと濡れた髪のまま――まだ横になっている男に。久しぶりに戻ってきた英雄。レオの頬にキスをして「寝てて。仕事だから」とつぶやくと部屋から飛び出していく。

 

 2人の人には言えない関係はもうずいぶん長い事続いているが。いつ終わるのかは――まだどちらもわかっていない。

 

 

 

 監督官の仕事で思い出すのは、15の時。小娘をひとり、善人の監督官は自分の部屋に呼ぶと私の顔を正面から見て賛辞と共に私が次の監督官だと告げてきたことだろうか。

 驚いて、喜んで。そしてそれを知られまいと必死に落ち着くふりをしようとしていた自分。

 

 そのすべてを見抜いていたのであろう前任者は「君にこの席を譲る日が来ることを楽しみにしているよ。ようやく、私もこの重大な責任から解放されるんだからね」と言っていた。

 私はそれを大人として子供をあやすような、嫌味の混じったものだと思っていたが。実際に監督官となると彼の言葉はまさしく真実であったのだと思い知らされた。

 

 他のVaultでは知らないが、このVault81では監督官は死ぬまで続けることはほとんどなかったらしい。それが伝統のように監督官は自分の後継者を見つけると、その子供が十分な大人になったと判断した時点で責任と監督官の座を譲ってきた。

 もちろんそれは全員ではないけれど、200年で多くはそうやることが正しいと考えられていた。

 

 私の後継者が生まれるのはまだ先の話で、その決断を下すのもさらに先のことだ。

 今いる子供たちの中で監督官となれる素養のある者がいれば、早ければ7.8年で引退することが出来るが。そこで誰もいないとなれば次の20年後まで待たなくてはいけない。

 

 

 パイプラインの修理で問題というのは、一部が下水管に近すぎてそちらにも影響があるかもしれないということだった。

 さらに調査が必要で、出来るだけ短時間で確実な結果を得られないかと皆で知恵を絞るということで解散する――。

 時間を見るともう午前3時を回っていた。

 できればベットに戻って彼ともう一度楽しもうかと思ったが。諦めることにした。

 ここでは全ての住人がVaultが正しくあるために努力しなくてひけない場所だ。すでに自分の職権を利用して昨夜は楽しい時間を過ごすことが出来た以上。監督官室に行って、朝が来るまで山積みの仕事を相手に戦った方がいいだろう。

 

 大きく息を吸い込んだが。ため息はつけない。

 自分に気合を入れて歩き出した。

 

 

 私が監督官の椅子に座った日。

 前任者は「これで君は監督官だ。Vault81を、我々を予期未来へと導いてくれ」。そういうと肩を落とし、背中を丸めて静かに部屋から出ていった。それから数日かけて、まるで時が攻めてきたかのように彼を老いさせるのを私は見た。

 重大な責任から解放された彼は、ようやく再びただのVault居住者となれて喜んでいた。

 数年後、汚水管の修理で事故にあい。感染病を併発して帰らぬ人となったが、ずっと幸せそうだった。

 

 

 未熟な監督官にVauktは容赦しなかった。

 私はたちまちのうちに厳しい決断を何度も下し。結果が良くても悪くても、人のいない部屋の中で声を殺して泣きながらかみしめる日々。前任者は監督官であることをやめると、その経験を新人のために生かすことを完全に拒否した。

 彼の言葉は「君に指導者はいらない」だけ。確かにそうだろうと思う、いくつかの成功が私にその力があるkとを示し。そして失敗が私が未熟であることを攻め立てたのだから。

 

 つらい決断を下す中で、私も又自分を知らずに追い詰めようとしていた。

 

 特に傷つけられた最初の山は、私たち若者がついに大人としてつがいとなり。次の世代の子供を作る時だった。

 私は自分の体の持つ魅力を十分に理解していたものの。同世代の男たちは私が監督官となると途端に興味を失ったように振る舞っていた。さすがにこの時は危険なものを察したか、奇跡的に前任者はかつての自分の仕事場に来て私に短い警告をくれた。

 

「いいかい、監督官。このVaultでは人口は正しい計算の上で増やすことになっている」

「ええ、わかってます」

「そんな物分かりのいい返事はいらない。今は聞くんだ――いいか、人口は勝手には増やせない。すべて君が決めなくちゃ始まらないことなんだ」

「はい」

「そこには当然だが君という女性も入ってくる。今回だけだ、今回だけまずは聞かせてくれ。君はどうするつもりだ?」

「もちろん……誰かを選ぼうと思ってます。子供は好きだし」

「よかった」

「でもそれにはまず全部の選択肢を揃えてから決める事です。それが監督官として、正しい事でしょう?」

 

 前任者はすぐには答えなかったが、なにかを決断すると口を開いた。

 

「いいか、マクナマラ?もし君が誰か選んでもいいという男性がいるなら、まずリストの一番最初にそいつと君自身の名前を入れるんだぞ。間違っても、いいか?間違っても最後に加えようとは考えるな。君の考え間違ってる」

「なんてことを!それはまるで――」

「だが必要な事だ!いいかい、マクナマラ。たった一度だけ、この一度だけだ。君に忠告しよう。

 次の世代の子供たちを生む母親は、まずは自分であると決定してしまうんだ。いいな?わかったな!?」

 

 私は監督官として判断した。私のやりたいようにやるのだと。

 リストの最初に、友人と彼女を愛してくれるであろう穏やかな男の名前を書いた……。そして完成したリストには、私の名前はどこにも残っていなかった。

 

 別に遠慮したわけじゃない――私は私自身の体の魅力を理解していたが。男たちの心までは理解していなかった。

 一緒の育って長なじみたちは、私が監督官となると私の女としての評価をないものとして処理してしまったらしい。残された男たちは私に興味は全くないのだといい、他の組み合わせに入れた男たちは自分達も同じだと言い放ったからだ。

 

 前任者の忠告の真意はここにあったのだ。愛のある家庭は作りたいが、その相手がこのVaultの面倒を見ている監督官なんて御免だというわけだ。そして私自身、意地のようなものもあったのかもしれない。

 相手がいないのだからと深くも考えずにリストを完成させ、実行させた……。

 

 

 マクナマラの名を持つ一族は、かつてはアメリカの上流階級として。政府の要職のあちこちで携わり、力を発揮していたと両親からは聞かされていた。

 その教えは、両親がこのVault81ではただの技術者のひとりで終わってしまい。自分達こそが監督官になれなかったことへの不満があったからだろうと思う。子供の頃は世襲制ではないのだから仕方がないと思ったが、大人になるとそう簡単な話でもないのだと理解した。でも完全には理解はしていなかった。

 

 それを知ったのは、両親が私が家族を持たないのだと決断したと知ったとき。

 マクナマラの血を絶やすのかと半狂乱になった。監督官として居住者である両親に仕事の内容を離さなかったことも、激しく責められた。悔し涙を流しながら憎悪の言葉を娘にぶつけるアノ父の姿は忘れられない。

 

――お前は優れた監督官をやっているつもりなんだろう。

――だがそれは勘違いだ。

――Vault81に入ってこの200年。マクナマラは常に勝者ではなかった。監督官であり続けることはなかった。

――だが希望はあった。お前こそその希望だと私たちは喜んでいたのにな。

――お前は自らその体に流れるマクナマラの血を断つと決断した!

――Vaultでは住人は計算されて子供を産むことになっているとわかっていて!なのにそれでいいと決めてしまった!

――もうここに希望はない。

――マクナマラの栄光も消える。このVaultはただの墓だ。我々は生きながら死者をやる羽目になってしまった。

――どうしてこうなったんだ?

 

 それからしばらくして両親はVaultを出ていった。

 娘である私をひとり残し、べつのVaultで生き延びているはずの親戚を探しに行くのだと言って。連邦から離れていった。

 もう生きて会えることはないだろうと理解しているが、後悔だけが強く残された。

 

 

 仕事をしていると食堂から連絡が来て「こっちで食べてほしい、監督官」と言われてようやく数時間が過ぎていたことを知った。作業を切り上げて食堂へと向かうと、丁度食事を終えたレオと廊下ですれ違う。

 

「あら」

「ああ、おはよう」

「おはよう――もう行くの?」

「部屋に戻って支度したらね。君も今までずっと仕事?」

「あン、違う。もう寝る気にならなかったから他の仕事をやってたわ」

「そうか。ご苦労様、監督官」

 

 浮かべる笑顔がまぶしくて、思わず下腹部に火がともるような熱を感じる。

 彼は私の知らない男だった――強く、優しく、そして監督官である私の体を愛せる。見ず知らずのこの}Vaultで英雄的な行為を果たしてくれた彼のために部屋を与えたのはこうなることを考えていたから……否定はしない。実際にそうなった。

 

 それでもこれはお互いにとっての都合のいい関係。

 レオに近づくだけで湧き水のように枯れることなく欲望はあふれ出るが、私はもう子供を作る権利はない。家族もいない。

 でも周期的に襲ってくる生理現象が、まだ私が女でも。その残り時間はほとんどないも同じだと囁いて惑わせてくる。

 

 体を入れ替える一瞬。

 無意識に指を伸ばして服にからめ、自分の口元を彼の耳のそばに近づけていた。

 

「待ちきれないわ、すぐに戻ってくれる?」

「――とりあえず今日はここに帰ってくるよ」

「それは楽しみ」

 

 すぐに体を離すと、ごめんなさいと笑顔で謝り。なにもなかったように歩いて廊下を曲がった。

 だがそこでついに足を止める。

 彼が欲しい――熱を帯びた向こうから自分の声が聞こえる。いっそ閉じ込めてしまってはと、正気ではない考えも頭によぎったりする。だが私はそのすべてを拒否しなくてはならない。

 

 

 レオはこの連邦にまだ生きていると信じている昔の家族を求めている。

 私が彼をこのVault81につなぎとめようとしても、私は彼に部屋以上のものを与えることは出来ない。だから私はこの孤独の中で、この収まらない愛の記憶と共に苦しみながら生き続けなくてはならないのだ。

 


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