――全滅した?
深夜、まだ寝ぼけていたかもしれないが。自分の出した声なのに別人のような気がする。
アトム教にもたらされた思いもしない報告は、彼らがまったく想像もしていなかったものだった。
「だが……だが前の報告では、もうすぐ押しつぶせる。最初のよい報告が出来る日も近い、そう言ってたはずでは?」
「はっ――ですがその、運が……お味方の運が悪かったらしく」
いつもは動じることのない指導者が、はっきりと動揺していることを察し。言い訳をする部下も表現がさっそく怪しくなっている。
指導者は不快感を隠さずに部下を下がらせると、その場から離れ。海岸沿いに出ると岬に立ち、遠くで輝く灯台の光を見る。
まだ善人を演じる卑怯者の集団、ミニッツメンが。信じられない速さで立ち直ると、平然と救世主に転じて貪欲にこの場所で穏やかに暮らすアトム教徒に迫ってきたことではっきりと脅威となったことを理解した。
今は奴らと同じくらい強欲な、キャピタルから来たB.O.S.もいる。状況はにわかに緊迫し、選べる選択肢は恐ろしい速さで少なくなっていってしまった――。
「畜生っ!あの役立たず共がっ!」
ついに感情が処理できず悪態をついてしまう。指導者としては誰にも見せたくない姿だ。
だがこれはまだ始まりに過ぎない。こっちはまだ先手を取っているのだ。これで終わりでは、ない――。
対面の時間が迫っていた。
当初からこの任務にやる気を見せなかったケイトは、ますますもってその態度をおかしくしているらしい。不満を言わなくなると沈黙し、ほとんどロボットを連れ歩いている感覚だ。
マクレディとケイトの人探しは決して楽な道ではなかった。
バンカーヒル、グッドネイバーではちらほら情報があるだkrで確たるものはなかったが。ガンナーから逃げ出した男の話から、マクレディは山に隠れ住んでいたそいつを見つけ出し。腕づくで聞き出したのだ。
グリーントップ菜園――そこに彼が、グールのトミーがいる。
「よし、もういい。もういいからちょっと待て!」
「なに?」
「なに、じゃないだろ。その顔で会うつもりなのか?お前の知り合いなんだろ、そのなんとかって――」
「トミー。トミーだよ」
「そう、そのグール。会ったら俺達のボスが話があるから来てくれって言って、そいつはアキラと話をする。俺達の仕事は終わり、他に何が心配なんだ?」」
色々と合わない女ではあるが、ゴール目前でこうもふさがれちゃ。そのグールとやらと話すのはこっちの役目になってしまう。
「――トミーは大切な人なんだよ」
「ああ、そうかい」
「わからない?」
「はっきりいってくれないとな。俺はお前の心を読めないんだよ」
お互い苛立ち始めているのが分かる。
「アキラの奴。まさかトミーに何かをさせようっていうんじゃ?」
「知らねー。それが何か問題か?」
「それは――」
脳裏にはっきりと浮かぶ。ヌカ・ワールド、金網の中でレイダーに囲まれても怯えることなく、そんな相手をあざ笑いながら殺すアキラの姿。背中に寒気が走った一瞬だ。
戻ってきてまだ日がたっていないせいだろうか。今のアキラも、あそこにいた横暴にふるまうレイダーの王だったアキラとダブってまだ見えてしまう。トミーになにかしないという自信がない――。
「なんだ、そんなことか」
「はぁ!?なによそれ!」
「いいから……とりあえずよ、まずは話してみようぜ。お前が気にしているようなことなんてのは起こらないさ」
「あんたにわかるっていうの?」
「――いいや。でもな、アキラは。俺達のボスは悪くない奴さ。アレよりまともな奴はどこにでも大勢いるのは知ってるが、そいつらはあいつと比べても最低な奴ってことが多いんだよ」
ケイトはまだ納得していないようだが。少しは考えが変わったのだろうか、先ほどよりも様子が変わったように感じた。
コンバットゾーンからの再会はあっさりとやってきた。
菜園の中を姿を探して歩いていると、土いじりをする人間たちの中でただひとりのグールが。汚く汚れた農民がいた。
「嘘でしょ、トミー」
「……ケイトか」
まだ仕事があるから、終わるまであっちにある焚火のところで待っていてくれ。そういわれたら素直に従うしかなかった。
コンバットゾーンでは嫌味を混ぜていつも誰かを叱っていた。忠告してくれた。
自分だってグールのくせに、こじゃれた格好をしていた。その彼が――。
「待たせたな、ケイト」
「そ、そんなことないよっ」
「汗をかいたんでな。流したいから水道を手伝ってくれ」
「わかったよ」
古びた手押しポンプを手伝う、トミーがこれほどあからさまにグールの身体を他人に見せるとは思いもしなかった。
「なんだ。グールの身体は嫌いか?」
「そうじゃないよ。ただ――昔、コンバットゾーンでさ。アンタのことでみんなと話してたんだ。トミーはあんなに身綺麗なふりをしてるけど、どこでシャワー浴びてるんだって。行水するにしたって――」
「ああ……」
「あんた、そういうのあんまり、さ。見せなかっただろ。あたしらに」
「お前らみたいなのを相手にしてる時はな。こっちがちゃんとしないと、色々言っても聞かないから。苦労してたのさ」
「うん――」
ケイトはすっかりしぼんでしまっている。
マクレディは天を仰ぐように視線を上にやると、仕方なくわきから会話に入っていく。
「ああ、いいか?あんたがこのケイトのいたコンバットゾーンをやってたグールの――」
「元オーナーさ。今は――御覧の通り、ただのどこにでもいる商人だ」
「え、商人?」
「ああ――お前には連絡しなかったけどな。あのレオって人のおかげでミニッツメンの居住地を出入りする許可がもらえたんだ。
コンバットゾーンを失ってから、ゼロからの再出発になると覚悟してたんだが。これでもだいぶましなのさ」
「そ、そうなんだ」
よかった、そうつぶやくケイト。
「実はレオ達はアンタを探しにここまで来たんだよ」
「?」
「俺とコイツ――ケイトの今のボスが、アンタと話がしたいんだとさ。招待したい、だったか。そう言ってるんだ」
「今のボス?ケイト?」
「ああ――えっとね、トミー。ちょっとあれから色々あったんだ。それであいつ――レオの友人って奴の護衛をやってるんだよ」
「そうか。お前もうまくやっているようだ」
トミーは安心したようにそう言ったが。2人は何とも言えない微妙な表情しかできない。
「それで来てくれるよな?出来たらあんたには素直にうんと、そう言ってもらいたいんだ」
「なんだ。断れない話なのか、ケイト?」
「そんなことないよ!あんたを力づくでどうこうするって事はしないよ。約束する」
「ああ、その通りだぜ。でもこっちもガキの使いじゃないんだ。できればアンタをすんなり連れて戻って、ボスからのボーナスを期待したいところなんだ」
「ふむ、いいだろう」
「えっ?」
「いいと言ったんだ。お前のボスなんだろ?それなら会っても大丈夫だろう」
どうやら運が向いてきたようだ。
――――――――――
サンクチュアリでの翌朝、昨夜も何もなかった――などと敗北感に打ちのめされることなく。レオに「ついてきてほしい」とだけ言われ、パイパーは少し浮かれて後に続く。なぜかコズワースもカールも、ついてはこなかった。
太陽はまだまだ出たばかりであるが、気温は少し冷気を含んでいていい塩梅。そんな中、2人は丘を登っていくと――さすがにパイパーも気が付くことがあった。
その途中に転がる人骨――向かう先には丘の上――地下へのエレベーター。
レオはVault111に向かっていたのだ。
地下に到着すると、すでに墓場特有の冷たさとまだかろうじて動いているクライオジェネレーターが発するそれで身震いしてしまう。
「ああ――えっと、寒いんだね。やっぱり」
「長くはいない。ちょっとだけだ」
「うん、わかってる」
Vaultの中に入って通路を歩くと気が付いたことがある。妙に床が埃だけではないものがつもっていることだ。
「――灰だ。ラッドローチやモールラッドだと思う。ここに侵入してきてるんだ」
「えっ、そうなの!?」
「アキラだよ。今は彼が、ここに墓守をしてくれるロボットを派遣してくれてるらしい。聞いてたけど、本当だったんだな」
「……そうなんだ」
記事には書かなかったが。レオからはあの青年とここでどのようにして会ったのかは聞いていた。
今は問題児にしか思えなくなりつつある彼だが、200年以上も未来に放り出された苦しんだのだろうか?そういえば自分は彼から何も聞いていないことに今更にして気が付いた。
レオは自然と部屋に入り、一番奥にあるポッドの前に立つと「ここだ」と言った。
パイパーがどうしていいのかわからないでいると、彼はポッドのスイッチを押し――そこにはもう目覚めることのない彼が愛した女性がいた。美しい髪――女性だと思った。
だがその表情は、最後のそれは……。
「そのえっと、なんて言葉をかけたらいいのかわからないよ。でも――」
「いいよ、パイパー。ここに一緒に来てくれただけで感謝してる。自分ひとりだけでは戻れなかったから」
「う、うん」
「……すまない、遅くなってしまった。それにショーンもまだ連れてこれない。でも、喜んでほしいんだ。あの子は生きてる、まだインスティチュートの奴ら――彼らも僕たちの息子だけは大切にしてくれているらしい。今わかっていることはこれだけなんだ」
レオの顔から表情が消え、視線は徐々に下がっていくが。その指先はポッドの中に納まっている女性の手にわずかに触れ――すぐにポッドを閉じてしまう。
以前ほどではない冷凍装置の出力だけが、ポッドの中にいる女性の身体を時をとどめて形作っているせいだ。わずかでも生者のぬくもりを与えるとどのような結果を招くのかは明らかだ。
レオとその妻は生死によって徐々に、お互いの距離を離されていく宿命にある――。
結局、パイパーはなにも言えなかった。
――――――――――
その夜、サンクチュアリに作られた掘立小屋のような酒場は賑やかだった。
パイパー・ライトは大荒れに荒れていたからだ。
レオには何も言わず。顔も名前も知らない男たちの中でガハハハと妹が見たら顔をしかめるような大口を開けて笑いつつ、店に出されるアルコールを片っ端から飲み干していった。
サンクチュアリの助平心を刺激されてた男たちも、その豪快な飲みっぷりをみて。この美人はあとどれくらいでつぶれるか、など裏でこっそり賭けなどをしながらも楽しく飲んだ。
その様子から”朝までコース”という、かつて経験したことのない次元に突入するかに思われたが。パイパー・ライトは残念ながらパイパー・ライトであったらしい。 深夜0時を過ぎると自然、酒と男どもより寝床が恋しく――で、帰る。
レオの家へ。
外で寝て(?)いたコズワースは千鳥足で帰ってきたこの女に何か言っていたようだが、気にせずに与えられた客室に入った。
扉があって、そこには個人用のベットが2つ――でも自分が使うのは片方だけ。この部屋を使うのも自分だけ。
ここはかつて彼が探している息子のための部屋だったとかなんとか。
帽子は脱がなかったが、コートやら下着はポンポンと脱いでは放り出していく。
酒と男どもの声が消えると、パイパーの耳には幻聴だとわかるがナットの嘆く声が聞こえるようになっていた。
――ああ、そうでしゅよ。わかってましゅよ。
――ナットさんのお姉さんは残念な奴でしゅよ。
――男ひとり、なーんにもできないし。
――こんな時でも慰めの言葉すらかけられない、ダメな女でしゅ。ゴメンナサイ。
惨めな気分だった。
このままベットに倒れて睡魔に身を任せたかったが。なぜか幻聴に聞くナットの罵声がひときわ大きくなった気がする。腹の底にズンと、せりあがってくる熱い感情があった。拳が握られ、垂れてきた鼻水をすすって引っ込める。
パイパー・ライトは出来る女なのだ。勝負の時を知っている。
男だって押して押して、押し倒して見せる!
酒の力を借りるのはちと情けないが――なに、それもこれも勝ちにつながるならなんだっていいのだ!
軍からは何も持ち帰ることはなかった――自分はずっとそうだまし続けてたことを私はこの時代に来て悟った。
家族が近くに感じないこの世界だと、あの戦場での日常が自然と戻ってきて、眠りは自然と浅くなっていることに気が付いたからだ。
あの時、戦場の恐怖と興奮から抜け出せない部下たちに対して「自分はどうやら想像以上にうまくやっている」というのは幻想だったという事だ。200年以上たってそれに気が付く、皮肉だ。
今日、ようやくVault111に戻ることが出来た。
息子の事、ケロッグの事、あそこで眠っている妻にはずっと話したかったがその度胸がなかった。なによりアキラにそれを知られたくなかった。
私が連邦に飛び出すしか選択肢がなかった時、彼はあえてあそこに向かい。自分に必要な情報を手に戻ってきて、必要なことも考えてくれた。
彼が居なければ今日の対面も、あの冷凍ポッドの中には無残に食い荒らされた妻の遺体と対面する可能性があった――感謝してるし、悔しさもある。私にはない強さを彼が持ってくれていることが嬉しい反面、私は……。
――やめよう。やめるんだ、
瞼がひらいたのは部屋に何物かが侵入したと感じたからだが。
武器に手を伸ばさなかったのは、侵入者の足取りがおかしいうえに妙に息が荒いことが気になったから。フンッ、フンッと音を出すそれは、まるで興奮した馬だ。
「パイパー?」
「――うん」
「どうしたんだ?なにか、飲んできたようだが」
「うん、そう」
手元とPipboyのライトをつけ、上半身だけ起こすとなぜか彼女はガクリと腰が抜けたようにその場で床の上に座り込んだ。
なぜか彼女は、裸だった。
「パイパー!?」
「ブルー、あのね。その、色々あったじゃん?あたしらもさ?」
「???」
「言葉じゃないんだよ。わかるか?時にはさ、男女はお互い触れ合って――」
照らされて浮かび上がる彼女の美しい裸体だが、座り込んだ彼女の上半身は大きく前後に振られることで頭に乗っかってる帽子がずれ落ちそうになってる。
なんだかわからないが、何もかもが危なっかしい女性だ。
真っ赤な顔で何かをブツブツと繰り返す彼女がウッと詰まると、赤みがさらに増したように見えた。
サンクチュアリにこの日、新たな伝説が生まれた。
深夜に居住地に響き渡る吐しゃ音はかつて誰も聞いたことのない迫力で、翌朝の町人たちの最初の話題となった。
その原因が、あのダイアモンドシティに名をとどろかせる、美人記者であるという事がそれを大きなものとして広めることになる。
最終的にこの伝説は連邦全土に伝わっていくことになるのだが――美人記者の賢い妹の耳に入るのは、まだまだ数カ月の猶予がある。
――――――――――
死にたいと思わされるようなひどい目にあったことはこれまでにもあったけれど、自分からそれに流されたいと思ったのはこれがきっと最初で最後のような気がする――パイパーの目覚めは地獄であった。
どこの町でも女たちはエゲツナイものだ。
男達は離れで「昨日のあの美人さんがさ――」と話題で盛り上がってくれるのは我慢できるが。彼女たちはわざわざ家のそばを通り抜けつつ、小さなヒソヒソ声で「あそこにいる客人の――」とやってくる。ダイアモンドシティで有名な美人記者の失態は、最高の愉悦というわけだ。
さらにレオのやさしさがまた骨身に染みるのだ。
深夜にいきなりにして彼の自室を訪れ。彼と、彼の妻が眠っていたベットのそばでやらかした。多くのことを!
なのに彼はゲロ製造機となった女を親身に介抱し、汚れた体をわざわざぬるいお湯をつくって拭ってくれた。
今もベットの中で素っ裸のまま毛布にくるまっているが――申し訳なくって、なんでもいいからさっさとこれを機会と考えてヤッちまってくれないだろうか?色々有難くって、サービスしちゃうよ?
そんなバカなことを考えている。
眠っていた時に見た夢もこれまた最悪だった。
ナットが、あの妹の結婚式の夢を見たのだ。大人たちになった、美しい妹。彼女が身に着けるドレスはチマチマと貯金していたもので用意してあげた。
妹が誰を選ぼうがどうでもよかったから、姉はずっと花束を胸に抱いて笑顔を振りまく妹だけを眺めていた。でも幸せだったのは彼女が誓いのキスをして、教会を出てきたところまで――。
おめでとう、を口にする姉に近づいてきた妹の目は恐ろしく冷めていた。
そして花束をこちらに押し付け、祝いに集まっていた大衆の前で妹は姉に説教を始めた。凄まじい屈辱だった!
――なにがおめでとう、よ。お姉ちゃん、この町1番の”元”美人記者がさ。
――妹の事より、自分を見てみなさいよ。ダメダメじゃない。
――あんなにカッコよくて美人だったお姉ちゃんはどこにいったの?
気が付くと花束を握る手に皴と汚れがあった。
自分が――老婆になっていることに気が付いた。思わず救いを求めようと大集の中に人を探し、そこにいたレオを見つけた。
彼は私ではない女性達の腰に両方の手をまわして笑顔を浮かべていた。
ひとりはあの――男好きする女の、もっと若い時の。そしてもうひとりはあのケイトだった。
悲鳴こそ上げなかったが飛び起きた。
そして自分の醜態を全てを理解して――おめでとう、パイパー・ライト。私は今なら永遠に黙っていられる気分になった。
夕方まで横になってると、頭痛も収まり。さすがに毛布にくるまって隠れ続けるのも飽きてきた。
どうやらコズワースとカールは庭にいるようだ。「パピーちゃん、いけません。だめ、じゃまいしない。パピーちゃん?」と繰り返しているところを聞くと、どうやらあのロボットは必死に庭掃除をしようとして犬に邪魔されているらしい。
ブルーの姿がない――パイパーは深呼吸をしてから、外に出る覚悟を決める。
――――――――――
パイパーが酒で寝込んでしまうとは思わなかったが、おかげで助かったというのが本音だ。
ガレージでのメールマンの会議は長引いて、ほとんど一日がかりとなったからだ。
近く東部に道が開かれるが、どれだけ投入できる戦力が揃えられるか。また新人登用法の見直し、コベナント襲撃によるメールマン用の装備の遅延。他にも色々……。
とりあえずパイパーにはこのガレージと新人訓練の様子などは昨日のうちに見せてあげたので、私は今日は集中することが出来た。
それでも会議を終えると予算担当が将軍、といって追ってくる。
「いいですか?」「なんだい?」
「先ほど、ミニッツメンへの取り分を現物支給に移すように努力しろと――」
「ああ、言ったね」
「それで本当にいいのですか?彼らは問題にしない、と?」
これまではミニッツメンに対し、武器、防具、食料などのそれぞれに値を出し。キャップを中心に渡してきていた。
それを私は今後は現物支給に切り替えるように提案した。当然、ミニッツメンの方からは不満が出るだろうから、彼もそれが知りたいのだろう。
「騒がれはするだろうけど、モノを送れば変わらないんだ。そうだろう?」
「ええ、まぁ」
「――メールマンはそれ自体で独立した組織だ。武装する運送会社。そうしてミニッツメンを援助する役目を果たせればいいんだ」
「ミニッツメンのキャップの使い方に疑問がある?」
「確かにそれも頭にはある。だがそもそもメールマンが出すキャップは主に居住地に送り込むものが中心という約束になってる。
それならこっちで商人たちと交渉して、用意できたものはメールマンたちに直接運ばせるのがわかりやすいだろ?」
「ええ、確かに」
「それと……フフフ、知ってるか?
ここを一緒に作ったアキラ。彼はあのハンコック市長とたびたびキャップを抱えたメールマンからどうやって奪えるか相談しているらしい」
「はぁっ!?」
「本気ではないだろうし、悪いジョークだろう。でもそれをレイダーが始めたら、困ったことだよな」
「――わかりました。納得です」
会計係は笑顔で離れていく――彼には一番に重要なことは言わなかった。
ミニッツメンはガ―ビーが目を光らせている。それはわかってる、彼は情熱があって優秀な指揮官だ。
だがそれゆえに目が曇ってしまう部分が見えるのだ。その例がロニーだ。恐らく新兵の確保に苦しんでることから、旧ミニッツメンを多く呼び戻したいと考えているのだろう。
不安が生まれた。
将軍と呼ばれている自分もそうだが、彼もまた兵士たちすべてに目が向けられているわけではない。
急成長するこの組織には当たり前だが腐敗の匂いが徐々に強くなっていくに違いないのだ。組織をまとめる者たちはその時に備えることも考えないといけないのだが。どうやらガ―ビーにはそれが抜けてしまっている。
できればアキラと相談したいが、恐らく彼は私よりももっと冷酷だ。
自分の目的に邪魔になると感じたら容赦なくミニッツメンを切り捨て、ガ―ビーに背負わせてしまうだろう。
その後は――いくつかあまり考えたくはない未来ばかりだ。
だからこそガ―ビーとアキラをつなぐ私の役割は決まっている――。
サンクチュアリへと続く道すがら、レオはひとりで考える。
どうやらあと数日待てばジミーが戻ってくるらしい。彼はアキラの頼みで、バンカーヒルまで新人研修をやっているそうだ。彼の意見も聞きたい。
それまでの数日、休暇がてら元気になったパイパーを連れて近くを回ってみるのもいいかもしれない。
それが終わったらいよいよミニッツメンによる東部出征だ。
ガ―ビーは兵士をどうやって用意するか悩んでいるようだが、私もさらにいくつかアイデアをだしたほうがいいだろう。大丈夫だとは思うが、強引にあのロニーと彼女の連れてくる旧ミニッツメン達にまかせたいなどと言われては困る。
灯台を含めた確認された居住地候補地を掃除すれば、仕事は完了。
それまでにファーハーバーへと戻る算段はつくだろう。アキラたちもそれに間に合えばいいが――。
微笑を浮かべるサンクチュアリの住人達との会話という苦痛を乗り越え、パイパーはレオがメールマンたちが使うレッドロケットのガレージにいることを知った。
足はサンクチュアリと連邦を結ぶ、入り口の橋へと向かう。
すると夕暮れ時であっても、遠目にこちらに戻ってこようとするレオが見えた。声を上げようとして、ふと違和感を覚えた。
2人の間にはここの住人達がいたが。その中に居住地を出ていこうとするキャラバンがあった。
みすぼらしい姿で、バラモンを連れたそれは間違いなく商人であるはずだが――たしか説明されたのではなかったか?
今のミニッツメンの居住地では、商人の商売には厳しい注文を付けている、と。
こんな時間に外に出るという事はよほどのことだ。するとあれはこの連邦の辺境地にまでやってきた――新米商人という事になる。
ここに疑問があるのか?いや、ないけれどやっぱり何か違う気がした。
パイパーの足が自然と早くなり、わずかな緊張と興奮が伴って懐の銃に手がのびていく。このまますすめば橋のたもとで両者すれ違うはずだ――なぜか商人の足が速くなった気がする。
「――ブルーっ!気を付けてっ!!」
パイパーの直感がいきなりさく裂して警告を叫び。続いて足を止めると銃を構え、商人に足を止めるよう――。そんなパイパーの様子に驚き、居住者たちが悲鳴を上げて通りから逃げようとする。
何もかもがスローモーションに感じた。
一瞬背後のパイパーを見る商人の顔の表情は引きつっており、バラモンを引く手綱を放り出すと走り出しながら何かを発射した。
レオの動きは一瞬だが遅かった。
不快な音とともに放たれた怪光線は彼を襲うと、レオの身体は手すりを越えて川へと落ちていく。
住人達の別の悲鳴が上がる中で、パイパーは激怒し。引き金を引く。
襲撃した本人は恐らく振り返って反撃しようとしたのだろうが。パイパーの放った弾丸の雨はどれもが彼に命中し、暗殺者はくるくると踊るように回転しながら橋の上に崩れていった。
「レオ!レオっ!?」
恐怖を感じながら慌てて川岸へと走っていくと、なんと撃たれたはずの本人は平然とザブザブと川を横切ってくるところであった。
「嘘でしょ?撃たれてたのに!」
「大丈夫だ、パイパー。気分は最悪だけど」
「でも――っ」
「ガンマ銃って呼ばれてる奴だったんだ。ダイアモンドシティでアルトゥ―ロに見せてもらったことがある。おかげで助かったよ、放射能をいきなり浴びせられたけど致死量じゃなかった」
パイパーの頭にアトム教が頭に浮かぶが、それよりも腹立たしくも冷静に岸へとあがってきた男にパイパーは飛びついて――なぜか知らないが、本当に久しぶりに大きな声で泣いてしまった。
レオは驚いた様子だったが、「もう大丈夫さ」といって彼女のその背中を優しくさすってやった。
――――――――――
それはただの突発的なアトム教か、もしくはそれに化けようとした暗殺者でしかないと思っていたが。
新人を連れたジミーが大慌てで帰還したことで、事情が変わった。
連邦にアトム教のひとつが、ミニッツメンを敵として攻撃してきたのだ。
居住地のひとつが包囲されているらしい。
すぐに犯人は思いついた。
たしか調査ではキングスポート灯台のそばにはアトム教がいるという話ではなかったか。
彼らは狂信者であるかどうか、当時も危険があったので接触はしてないという事だが。どうやらその正体はむこうから知らせてくれたようだ。
「ジミー、疲れているだろうが。一緒に来てもらえるか?」
「もちろんです、将軍。俺はここでもミニッツメンですから」
「よし。あとここの新人から兵士に使えそうなのはいるか?」
ミニッツメンと違い、メールマンにはそれより上の訓練と結果を求めている。
ここで私が口にする兵士とはメールマンの事ではない。ジミーはそれを理解しているので、すぐに私が知りたいことに答えてくれる。
「兵士――それなら6、7人はいますよ。3時間ください、すぐに準備させます」
「5人でいい。選べ」
「わかりました!将軍」
戻って疲れているであろうジミーは新人たちの宿舎に走ると、どうやらそれについていくつもりらしい同じく戻った新人たちも走ってついていく。
私はガレージのスタッフに次の指示を出す。
「これから本部に、ガ―ビーに指示を送りたい。急ぎだ、誰かに頼めないかな」
職員が私の問いに答える前に「俺ならどうです」と声をあげたのは、奥のカウンターに寄りかかっていた男だった。
彼はグレーのスーツを着こなす。ここでメールマンとして契約しているひとりだった。名前――誰だっけ?
「今のお話じゃ、俺のような正規のメールマンは連れて行ってもらえないようだ。なら、べつのことで部下は社長の役に立ちますよ。将軍」
「いいのか?」
「この仕事が性にあってるらしくて、休めと言われてもどうにも退屈で。望むところですよ」
「では頼む、ガ―ビーに会ったら新人で2部隊用意しろと。東部の調査隊呼び戻しも前倒しにしろと伝えてくれ」
「わかりました。ここで待ちます、用意出来たらお知らせを」
私はうなづくと空のホロテープと端末機を探してガレージの中を歩き出す。
ふと、後ろについてくるパイパーに気が付いた。そうだ、彼女を忘れてた。
「すまない、パイパー」
「ん?なにが?」
「悪いが私はこのあとすぐ、東部に向かう。君は――」
「もちろんついてくよ!なんていっても、ミニッツメンの大活躍を前線で見られるんだもんね」
「――あ、そう」
思わず苦笑いしてしまう。
勇ましく戦ったと思ったら泣いて、今はすっかり有能な美人記者に戻ってる。本当に飽きない女性だ――。
こうして私は部隊を率いての強行軍が開始された。
目指すはスロッグだったが、その道中。襲われたミニッツメンの包囲は無事に切り抜けたことを知らされた。
誰が、なにをしてくれたのかはすぐにわかったが。私は心の中で若き友人に感謝を述べるだけで、あえてコベナントには近づかずにそのまま通り過ぎていった。