ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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気がついたら半年くらい前じゃん、前回・・・と改めて驚いてる自分がいる。
不定期に更新中。


新しい道へ Ⅱ (Akira)

 ファー・ハーバーで唯一の酒屋。ラスト・プラングの裏口から店主のミッチは不機嫌な顔で戻ってくるなり、己の定位置と定める場所で仁王立ち。やおら振り上げた拳で力いっぱいカウンターをたたく。

 ドカン!と当然のように爆音が店内の空気を震わせ、いつものように酔っている客たちは談笑を止め、彼に注意を向けた。わずかな沈黙、ミッチは口を開く。

 

「俺は、今。頭に来ている――」

「おい!ミッチ、シけた話なら……」

「黙れっ、俺は頭に来てるって言ってる!!……頭に来てるんだ、皆。聞いてくれ」

(……)

「いつもは飲んだくれてるお前らでも、昨日の大風はまだ記憶に残っているだろう。アレは突然で、本当に参った。お前らもあわてて汚ねぇ我が家に飛んで行ったし。俺も店じまいする羽目になった」

 

 ああ、と思い出した男たちのため息じみた声が合唱される。

 ファー・ハーバーを襲う高濃度の放射能を含んだ霧と季節を無視した嵐のような激しい風。どちらも切り離せない、忘れることを許さぬと不定期不規則にやってくる現実。

 

「だがそのせいで気が付かなかったんだ。お前らが珍しく釣ってきた魚。そいつを干していたことを、俺はここにいながら忘れちまっていた!――そしてその結果を俺は見た。食えそうなのは半分も残ってない。そうだ、俺は仕入れた魚を間抜けにも半分ゴミにしちまったんだっ」

(そりゃ気の毒に――)

 

 握りこぶしだけでなく悔し涙もみせる気配まで漂わす店主に客たちは適当に同情心を示す。

 

「ゴミはどうしたかって?海に捨てたさ。ああ、そうだ。マイアラークどもの餌にしてやったんだ。

 俺の店の酒のつまみは、奴らのごちそうになったってわけだ。これに怒らない理由があるか?いや、ない!」

 

 ここでいきなり会話の方向が迷子になる。

 

「だから言わせてくれ、この店はもう終わりだ。終わるってことは、ここの酒蔵は空っぽになるって意味だ。つまり、今日はお前らに一本ビールをおごらせてくれ!そいつでこの店の葬式をやってくれ。明日には消えるんだ。

 わかったら、さぁ!飲め!!!」

 

 店員たちはまたか、と苦笑いし。店内は笑い声が爆発する。

 ビールのケースが次々とあらわれると、店主も自らそれに手を伸ばし。献杯の音頭までとっている――。

 

 

 店の隅でそれを黙って見つめていた2人の老人はそんな茶番の一部始終を見つめ。色々と感じいっていた。

 ロングフェローとニック・バレンタイン。片方はこの店にいること自体が珍しい顔だった。

 

「探偵さんよ。あいつらに心配はいらんよ」

「うん?」

「ミッチのあれは病気みたいなもんだ。定期的に理由をつけちゃ、ああやって店の葬式だの。めでたい話だの理由をつけて酒蔵を空っぽにしてる」

「――それだとさっき言った通り、店はつぶれるんじゃないのか?」

「つぶれやしないさ。ここにいる負け犬たちがそうはさせない。

 ひとしきりああやってみんなで騒いだ後、漁に出る。魚を持って帰ってくれば、それを仕入れたミッチが酒をまた酒蔵いっぱいになるまで作っちまう。

 

 今夜は静かでも、明日の昼にはいつもの通り。

 ここの連中は最後の時を待つために酒を飲んで、くだを巻き続けるのさ」

 

 そうかい、ニックは返事をするが。彼は別のことを考えていた。

 

 ここの人々には希望がない。未来がない。

 そしてそのことを彼ら自身も理解している。なにをしてもしょうがない。それでも、そうだとしても――ここ以外で死ぬのだけは嫌だ。その意地だけで日々を過ごしている。

 

 そしてそんな人々をニックは多く目にしてきたし、相手にしてきた。

 自分ではない昔の誰かの記憶。幸せではなかったかもしれないが、彼らには希望があった。それが、少し悲しいという感情を抱かせる――人造人間のくせに、だ。

 

「店が続くなら結構な話だ。あんたも安心している理由にも納得だ」

「ふふん……そういえばそろそろじゃないか?」

 

 レオの事か。

 いつもは家にニックがいても勝手にひとりで酒場に向かうロングフェローが、珍しく強引に探偵をここまで引っ張り出してきたの理由は、ようするに島を出た男について気になって仕方がないのだろう。

 

「ああ、そろそろだろうな」

「――やけに大げさなことを口にして帰っていったからな。気になっとる」

「ああ、わかるよ」

 

 カスミという少女の要求する途方もない依頼についていろいろとニックも考えたが。レオに任せたほうがいいのではないか、と考えている。

 

 というよりニックに、老いた探偵があの一家にしてやれることはないと思ってる。

 せいぜいナカノ夫妻をここにつれてきて、親子で直接対決させるしかないが。あの夫婦が半狂乱になって感情的に動くのは間違いなく、その時に人造人間たちがどう動くのかも想像できてしまう。

 

 家族崩壊、何とも嫌な話である。

 ニックが心を砕いて物事をどう進めようとも、あのカスミという少女は孤独な”人造人間”となってしまう。

 

「俺の――探偵の仕事っていうのはな」

「あン?」

「ダイアモンドシティで、探偵の仕事っていうのは。誘拐事件もやるが、他にも借金に関することも多かったんだ」

「金、キャップか」

「そうだ。借金の取り立て、仲裁、返済期限の延長。

 誰にとっても印象的なこの顔のおかげで、知り合いは多い。だからおっかない相手だったとしても取引なんかもできる。だから――」

「なるほど」

「ところが、最近はこういう話が少ない。おかげで人探しの依頼が多くなってきた」

「ふむ、なんか理由があるのか?」

「理由ねぇ……連邦は今、少しばかり騒がしくなってるのは間違いない」

「あー、B.O.なんたらいうのもいるんだったな?」

「それもあるな。だがどちらかというと――」

 

 2人の顔を思い浮かべる。

 

 Vaultからやってきた、過去の時代の影を待つ2人。

 この時代を生きる宿命として背負う絶望をどちらも抱えてはいるが、彼らはまだ希望を失ってはいない。

 

「?」

「フフフ、俺も口達者なわけじゃないから思わせぶりなことは言いたくはない。だが、あんたの勘は間違ってはいないと保証したいね。レオは面白い、そして彼が連れてくるもうひとりもな」

「ほう、誰だ」

「彼よりもさらに若い。ひどく不愉快だったり、恐ろしかったり。よくわからないのがいる」

「悪党、ってことか?」

「善人とは言えないが――悪人とも違う気がするな。ハッ、よくわからないだろう?」

「ああ、さっぱりだ」

「そうだな」

 

 連邦の持つ闇に向かって息子のために戦い続ける父親。

 そんな連邦の闇の中で戦うことを好む記憶を失った若者。

 

 彼らの存在が連邦を大きく変え始めている。

 地に墜ちたミニッツメンは驚くほど力強く再び飛翔した。誰しも恐れていたガンナーズの脅威は止められている。

 B.O.S.にスーパーミュータント。インスティチュートなどはまだ大きな混乱に巻き込まれてはいないが、噂通りであるならその距離は縮まっており。遠くない未来で衝突するのもわかってきている。

 

 そしてそのすべてにあの2人は少なからずかかわっているわけで――。

 

「ロングフェロー。俺もあんたも面白い時代にいるのかもしれない」

「どうした。酔っているのか?なにも飲み食いしてないだろうに」

「だがここは酒場だ。あんたも俺と話したくて連れてきたんだろう、ならこの人造人間も酔ってしまっても不思議はないさ」

「なるほどな。よくわからんが、それでもいいさ」

 

 レオは友人たちに助けを求めると言ったが、ようするにそれはあの若者のことを言っているのだ。

 そしておそらくだが――アキラは彼の要望に従うだろう。

 あの若者はこの島に来て見る風景はどんなものなのか。そしてなにをしでかそうとするのか、それが気になるし。わずかな不安でもある。

 

「つまりこんなつまらん島でも楽しみができるわけか」

「驚くのは間違いないだろうな。だが、楽しいかどうかまでは約束できない」

 

 この場合、驚きに良いも悪いもないだろう。

 それはなにかに、それは誰かにとって都合がいいか悪いのかというだけ。ああ、そうなるとやはり希望を失った島民にはキツイことかもしれないかなぁ?

 

 

――――――――――

 

 

 目が覚め、ベッドの上でひとり体を左右にゆすると奥のほうに感じる痛み以外が消えたことを知る。そうしてやっと僕は起き上った。

 ナイトスタンドの上に放り出していたリボルバー銃と弾丸の入ったケースをつかんで家の外に出ると。人のいない場所に移動して空き缶を並べ、それにむかって試し撃ちを始める。

 

 一発一発の反動にあわせて走る痛みになれようとしつつ、これならそろそろ動けるなと自分を説得してみる――。

 痛みに合わせ、目の裏に緑の光が走っている。苦痛を感じてもそれに飲み込まれないようにしなくては。

 

 スターライト・ドライブインでのバカ騒ぎから数日。

 キュリーやマクレディらの完全監視のもとで治療に専念していた僕は、レオさんと共にファーハーバーなる島に渡る日が近いことを確信していた。

 

「相変わらずおかしな撃ち方なくせに、よく当たるんだね」

「……パイパー?パイパー・ライト」

「おはよう、カッコつけガンマン。まぁ、あんな馬鹿なことしても元気でよかったよ」

「あれ、まだ寝ぼけてる?それでもありがと」

「君の愉快じゃない町で、コーヒーおごってあげよう。ついでに朝食も一緒にね」

「嘘だろ――これは悪夢なんだね。パイパーが僕におごるとか、世界の終わりだ」

 

 いくら美人とはいえおしゃべりで、正義のメディアを自認する記者と朝食とか、誰が喜べる?

 

 そんな病人と違い、町はすでに勝手に動いている。

 畑やバラモンの世話をする住人達。並ぶ屋台には傭兵やミニッツメン、行商人らの姿があった。

 

 僕とバイパーは彼らの横を通り抜け、青空レストランの空席で向かい合って座る。注文を終えるとさっそくバイパーの口が開いた。詳しい話は朝食後に、なんて期待できなかったか。

 

「じゃ、さっそくだけどインタビューね」

「は?インタビュー?僕の?」

「そうだよ」

「ダメダメ。断るよ、僕はレオさんじゃない。インタビューとか御免だ」

「なんだ。君が私を招待したんじゃない!問題ないでしょ」

「違うっ、この町のお祭りを取材してほしくて招待したんだ。僕のインタビューは必要ない」

「じゃ、ついでってことで」「嫌だ」

 

 ベットからようやく解放された朝に、火炎放射器を構えた怖い新聞記者に焼かれるとか最悪だ。

 

「強情だねぇ。わかった、取引だね?なにをしたらインタビューしていい?」

「パイパー、僕は、断った」

「わかったわかった。それじゃ記事には関係者の証言って感じでボカすからっ」

「ダメだよ。ただあの日の町を見て思ったこと書けばいいんだから。僕はいらない」

 

 さすがプロ。

 仕事だと割り切ってこちらに近づこうとするだけでなく。吸いついて離れないしつこさが怖い。

 

「だいたいなんでここに戻ってるのさ。ガ―ビーと一緒にベルチバードで帰ったはずだ」

「……そうだね。送ってはもらった。

 でも気がついたらダイアモンドシティじゃなくて、歩いてここまで戻ってきたんだ」

「僕に文句を言うために?」

「ああ――それは否定しないかな。最初は滅茶苦茶怒ってたからさ。

 ガ―ビーと違って、このわたしがボコボコにしてやるって思ったら。こっちに歩きだしていた」

「これでも病み上がりなんですけど」

「それは聞いてる。一晩で戻ってきたら、ケイトとかマクレディに凄い嫌な顔されたし」

「それならボコボコにするのは日を改めてほしいかな。今は銃を持ってるし、正直な話。ここからも逃げ出したい」

「いったじゃん、最初だけってさ。今は――君の話が聞きたいんだよ、アキラ」

 

 体の芯からズキズキとした痛みを感じるが――出血とかはないようだ。

 パイパーは逃がすつもりはないらしいし、僕も逃げきることはできそうにない。そもそも凄いマジな顔で名前を呼ぶせいでこっちまで緊張してきた。

 

 インタビューじゃないからね、再び念を押しつつ――僕はあっさりと白旗をあげることにした。

 

 

 水の入ったボトルの隣に並べられたマイアラークケーキをつつきつつ、パイパーは話し始めた。

 

「一晩かけて怒りながら戻ってきたらさ、いろいろ考えたんだよね」

「夜に移動するとか、危ないことをよくやるよ」

「本当にブルーは呼ばなかったんだね。わたしとガ―ビーだけ呼んだ」

「そうだよ」

「あんな最悪なもの見せられて頭来たし。嫌がらせかって思ったけど、違ったのかなって思ったりもして」

「……」

「だから君としっかりと話したいと思ったの」

 

 正直に言えば、僕は絶交されてもいいくらいの気持ちがあったのは間違いない。

 彼らへの招待状は、言ってみれば僕から2人への解答みたいなものだった。

 

 僕とレオさんはミニッツメンを再び立ち上がる手助けをした。彼らに今度こそ連邦を助ける存在となってほしいという願いを込めて。

 だが皮肉にもガ―ビーの手で運営されたミニッツメンはすでに限界に近づいている。希望は打ち砕かれた。

 

 キャピタルから来たB.O.S.という異分子の登場も確かにあったが。

 当初の予定では急速に居住地を拡張しつつ、キャップをつかった経済から勢いを借り。北をミニッツメン、南をガンナーズと切り分け。こちらで戦争を開始。

 

 同時にインスティチュートを引きずり出してこれに巻き込むことでB.O.S.の発言力を大きく”削る”。戦争後に彼らにはもう用がないだろうと連邦からキャピタルへ帰ってもらうという計画は。おそらくすでに失敗している。

 

 ガ―ビーは自分が何とかしていると考えているようだが。

 かつてのミニッツメンを多く戻しすぎたせいで、新旧のミニッツメンの間にすでにしこりが発生していた。

 

 レオさんは知らないが、僕が望んだ新しいミニッツメンは袋は古くても中身は新しい酒、というやつだ。

 自分の味方になってくれる旧ミニッツメンは数人いればいいだけで、”使える兵士”が必要なら傭兵で構わないと思っていた。

 

 ところがガ―ビーは理想を重視した。

 彼の求める理想でつながる絆は組織の中では政治の道具にしかならない代物だ。だからこそ肥大化したものを抱えている連中になど戻ってもらいたくはなかったが。帰ってきてしまっている。

 

「レキシントンのレイダー」

「うん」

「僕とレオさんはジャレドっていうあそこにいた大物を倒すことでミニッツメンを復活させた。ところであの町は今、どうなってると思う?」

「――いろいろと噂だけなら聞いてる」

「確実なのはひとつ。ジャレドがいた工場にいる、ジャイアント・ディクソンってのがレイダーのトップ」

「……」

「北西部は落ち着いてきてる、とか巷じゃ言われてるらしいけど。

 現実にはレキシントンのレイダーの脅威はほとんど変わってない。依然と同じく誰が次のトップになるか小競り合いしながら化け物ともサバイバルしている。

 

 だから皆はミニッツメンが彼らを抑え込んでると信じたがっても――僕はそうは思わない」

 

 だからこのスターライトの居住地だけは強大なものを用意した。

 ほかならひとりですむ代表者も、ここでは複数体制になっているし。数年の時間が必要だろうが、将来的にはさらに多くの人々を呼び込み。町をさらに大きくしながら、同時にバンカーヒルとグッドネイバーに張り付いている傭兵たちをこちらにひっぱってくるつもりだ。

 

 そのためにあんな処刑まがいのショーも始めた。

 銃の力が、暴力が問題を解決するこんな時代に法律もクソもあったものではないが。傭兵たちをこちらに呼び集めるためのわかりやすい道具として役に立てるつもりだ。

 

「それがあの――裁判ショーとやらをやる理由?」

「じきにミニッツメンは動けなくなると思ってる。ガ―ビーはそれに対処しようとするだろうけど、何年か時間が必要になるはず。だけどその間、レイダーの脅威は減るわけじゃない。

 

 ここが”普通の居住地”では守れないんだよ、パイパー」

「特別に傭兵を雇っているって聞いたのはそれが理由ってこと?ミニッツメンもいるのに」

 

 僕は首を横に振る。

 

「良くする方法は確かにあるよ。僕か、もしくはレオさんが今のミニッツメンを本気で面倒見ればいい。ガ―ビーは不満もあるだろうけど、元の気楽な兵士に戻れたと喜ぶかもしれない。

 だけどパイパー、僕もレオさんもミニッツメンにすべてをささげているわけじゃない。ガ―ビーの友人として手伝っているというだけさ。だからガ―ビーの希望に従い、レオさんは将軍に。僕もミニッツメンとしての席を残してる」

「助けるつもりはないって言いたいの?」

「すでに助けてる、ぼくらなりに。レオさんはガ―ビーの求めに従って将軍としてふるまってる。でも命令はしてないはずだよ。それは僕も同じ。

 僕がグレーガーデン、コベナント、そしてこのスターライトの居住地からミニッツメンを取り上げるような真似をしたのは彼のため。ガ―ビーの力になりたかったからさ」

「ガ―ビーはそうは思ってないみたいだけど」

「彼の考えは関係ない。変えるつもりもないよ。僕もレオさんもできることがないだけ、これ以上。それでもやるとなると僕らの事情には不都合が発生するし。なによりガ―ビーの立場をどうしても悪くしてしまう。

 

 だって彼のやり方は間違っていて、よくはないと言わねばならないし。今の立場からはどいてもらうわけだから。

 でも駄目だ、新生ミニッツメンにはガ―ビーは必要な人だ。だから彼が自分の力でなんとかしてもらうしかない」

「オーケー、教授。腹を割って話してくれるみたいだから聞いちゃうけど――ブルーのことはわかった。では君はガ―ビーのために、ミニッツメンのために何をしてくれたのかい?」

「……僕がガ―ビーのためにしたことね。それはミニッツメンではなく連邦の人々のためにレイダーの町を作ったってことさ」

 

 僕の言葉にパイパーの目が大きく見開かれた。

 

「今、レイダーの町って言ったの?」

「少し違うけど、似たようなものだから――僕が手掛けたコベナント、グレーガーデン、スターライトの3か所は。グッドネイバーとバンカーヒルを参考にして作り上げたんだ」

「ああ、悪党の町ってこと?」

「この3か所は近くにレイダーがいるから必ず狙われる場所だ。だから強いものにしないといけない。

 コベナントはグッドネイバーに近いかな。壁は高く、中では独特のルールがしかれている。といっても、今はまたやり直しする羽目になってるけどね」

「そうなると、グレーガーデンに似ているのは……まさかバンカーヒルっ!?」

「良質で手をかけられた農作物が手に入る農園。それを隣にいる居住地に卸してもらい、材料として薬品を作る。ただグールしかいないこともあって、サイコとかジェットも生産してるけど。それはしょうがないかなって」

 

 彼女の顔から驚きが消え、下には呆れたと伝えるものがあらわれてきた。

 まぁ、パイパーならそうなるだろう。

 

「そ、それじゃここ。この町は――」

「両方のより本質的な部分の合体って感じかな。それを証明することもできるよ」

「はい?証明って」

「あの日、実はここに招待したのはパイパーとガ―ビーだけじゃなかったんだ。正確には人じゃないけど」

「えっ、えっ」

「ショーが始まるころに来てもらった。ロボットだよ。

 聞いたことがあるんじゃないかな。ミニッツメンの居住地を回る医者ロボットがいるって」

「ああ、ああ!それは聞いてる」

「あれは定期的にコベナントに戻って見聞きしたいろいろな情報を集めているんだけど、そのひとつに現役のミニッツメンたちの”顔”も集めてもらってた」

「?」

「あの日。あそこにいたミニッツメンたちは何人いたと思う?」

「嘘でしょ」

 

 パイパーの顔が暗くなる。

 

 別に入場制限したわけでないから誰がいても問題があるわけじゃない。

 しかしガ―ビーがいて、彼が嫌悪するショーを楽しんだ部下たちもそこにいたという事実は少なからずショックがあるだろうと思われる。そしておそらくだがレキシントンのレイダーだってあそこにいたはずなのだ。

 

「ミニッツメンだけを頼りにはしない。いや、できないと考えたから作ったんだ」

「よし、なるほど。つまり自立した町ってわけね」

「――まぁ、そうともいうかな」

「そっか、なんかわかったって思えたかな。それじゃ、インタビューはここまで。なんかこのまま続けると、やっぱりぶん殴りたくなりそうだし」

「インタビューじゃない!ちょっとした質問に答えただけだよ」

「はいはい、どこのだれともわからない情報提供者さん。ありがと」

 

 席を立とうとするパイパーに僕は声をかける。

 

「またベルチバードで送ろうか?」

「え、いいよ。ダイヤモンドシティには戻らない。またすぐに会えるでしょ」

「――そうなりそうだね」

 

 ファーハーバーに彼女もこれから向かうって意味だろうと思った。

 

「君はさ、本当に頭にくることをするんだけど――どうにも憎み切れないって部分があるせいで、本当に困った子だよね。少しくらい反省しろ」

 

 僕は肩をすくめる。

 善人でいられた僕はVaultを出てすぐに死んでしまった。でもだからって普通の悪党を楽しむつもりもない。

 

「これは言いたくなかったんだけど。本当に言いたくないんだけど、ナットがさ」

「うん」

「君が見てくれた印刷機の様子を見てほしいとかなんとか――ああっ、なんでこんなこと言っちゃうんだろ」

「別にいいよ。ダイアモンドシティに行ったら顔を出すようにする」

「伝えとく、でもね!手を出すのはダメだからね。妹に近づくのはダメ、君は彼女がいるわけだし。本当にダメなんだからね」

 

 どうやらお姉さんは妹がこの悪い虫に近づこうとしていると考えているようだ。

 ちょっとだけ、若者の自由恋愛についてどうかんがえているのか。そう自分から問うてみようかとも思ったが――朝っぱらから騒ぎの種をばらまくのはやめたほうがいいし、今度こそ彼女は怒ってしまうだろう。

 

 ひとり残され、バラモンのミルクを飲み干す。朝食の、前菜の時間は終わりだ。

 店主に改めて追加の――パンプキンパイとスティングウィングのヒレ肉を病室に届けてくれと頼んでおいた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 2人が穏やかに話し合い、パイパーが席を立つのを確認するとキュリーはようやくホッとして離れからの観察をやめることができた。

 アキラのもとにパイパーを送り込んだのはキュリーの手引きによるものだった。

 

 あの騒ぎの翌日、いきなり戻ってきてアキラに会わせろと要求するパイパーにマクレディとケイトはまったく相手にしなかったし。眠っているアキラにも近づけなかった。

 だがキュリーはパイパーと話をして、会わせることを決めた。パイパーはまだ怒ってはいたが、それでもちゃんと理解してやろうという意識を感じることができたからそうするべきだと考えたのだ。

 

 どうやら彼女の願いは通じたらしい。

 どんな会話が交わされたのか、あとでアキラに聞いたら自分にも教えてくれるだろうか?

 

 少しだけキュリーの顔に暗い影が差す――。

 

 

 あのショーの後、傷ついたアキラを治療しようと服を脱がし。騒がしい感情を殺し、必死に自分を叱りつけながら。

 パックリと上腕を縦に切り裂いた傷口を針と糸で必死になって縫い付ける中。彼女はそれを目撃してしまった。

 

 皮膚の下、徐々に緑に輝くそれは神経網にも見え。

 同時に裂かれて見えていた皮膚と筋肉が不気味に脈動しながらも、勝手に補修しようと動き始める。

 

――これまでどうしても言い出す勇気がなかったんだ、キュリー

――僕の体は普通の人間とは違う

――だから君の手で、僕の体の秘密を探ってほしい

 

 針を持つ手がいつのまにか震えていたことに気が付かなかった。

 すでに感情はいっぱいいっぱいだったのに、さらに動揺してしまい。ついうっかり、医者として患者に見せてはいけない表情が――嫌悪のそれが出てしまった。

 

 

 あれ以来、己への嫌悪と怒りにキュリーは苦しんでいた。

 人が持つ感情の激しさ、恐ろしさを彼女はあらためて思い知らされてしまったのだ。

 

 敬意、愛情、欲望。

 そうしたものの良い部分を手に出来たことへの喜びは、たったひとつの間違いだけですべてが無意味で台無しにされたように思えてしまう。

 

 それだけではない。

 本人からの申し出とはいえ、あの変異。

 そのなぞの解明にキュリーの中にいる医療研究者としての自分が、冷酷な方法をいくつも平然と考え付いてしまうことも許せなくなってきている。つまりは、ストレスだ。

 

 キュリーはアキラを愛している。

 愛しているはずだ。

 なのにその体を斬り刻み、細胞を削り取ってサンプルと呼び。反応を確かめるために薬品と混ぜていく?

 

 正気ではない。正気とは思えない、思いたくない。

 だが、だが――正しいこと、間違っていること。その境目がどうにも見たいのに見えてこない。

 

 

 200年以上も活動した経験と大人の体、それを使う権利をもっているとはいえ。

 やはり”人造人間”として活動した期間が圧倒的に少ないキュリーにとって感情のコントロールはなによりも難しいものだった。思考が走り出すたびに感情が左に右に、上に下に。不安定さを彼女に与え続け。不安は彼女に迷いと恐怖を与えていく、降り積もる雪のように。

 

 そしてこの問題の難しさを知るのは、他人に本心を知られたくないという理由から皮肉にもこの広い世界で本人ただひとりしかなく。

 彼女がそれを乗り越えるには人間としての経験が圧倒的に足りなかった。

 

 

――――――――――

 

 

 今日も店に来るのかどうかわからない店先で、知らせを聞いたアレンは立ち上がるなり自分の商品でもある武器を手にする。弾倉につめられた弾丸を確認すると銃に装填する。

 

「あいつ、また戻ってきたって!?」

「ああ、なんか大勢を連れて来たって」

「クソッ。余所者が、何が面白くてこんな島に」

 

 苛立ちに唇をかむ。ここは観光地じゃないんだぞ。

 またもキャプテン・アヴェリーがなんやかやと口出ししてくるのだろうが。その前にこの島の住人として、邪魔なよそ者はさっさと消えろと今度こそ力で教えてやる。

 

 港に近づくと複数人の声が聞こえてきて。さらにアレンを怒らせる。

 

「かぁー、やっと地上だよ」

「おいおい、これくらいなんともないだろ?」

「ヘンっ、『ちょっと近づくな、俺は大丈夫だ』とか言って。ゲロするのを誤魔化してたのはどこのマクレディさんだった?」

「そういう話じゃないんだよ。もう上陸したんだから俺達は――」

 

 港へと続く階段から男女が姿を現す。女は美人だったが、船旅になれてないようで体などを伸ばして自由を満喫している。それに細っこいのに物騒なライフルを担ぐ鋭い目の男か。そいつの女ではなさそうだ。

 

 とはいえ相手が美人だろうが何だろうが考えは変わらない。

 さっそくアレンは噛みついていく。

 

「おい、あんたら!ここになにしに来た!?」

「誰?お前」

「俺達はこの島に住む。あんたらみたいな厄介者が来ることをよく思わない気のいい奴らさ。見てわからないか?」

 

 男女の顔が曇る。とりあえず最初の一撃はかましてやれた。

 

 すると不機嫌顔の女が、ずいと一歩前に進み出てきた――アレンはそれを見下ろす。可愛い顔で気も強いようだが、アレンは別に優しくなんてしてやるつもりは欠片もない。

 なに、グチャグチャまだ騒ぐならピンタの一発でもくれてやれば黙るだろう。女だから。

 

 だが次の瞬間には思いも知らないことが起こった。

 

 アレンの腹部がいきなり爆発した……少なくとも本人はそう思った。

 左の肋骨下に爆発音がさく裂し、そこにあるべき臓器の感覚がごっそりと消えた。なにが起こったのかわからないが、アレンは恐怖を感じ。思わず腹の中から内臓が外に飛び出してないよな、と。手を腹に持っていく。

 

――あ?

 

 驚いたことにそこには変わらず自分の腹は存在していた。

 だがやはり感覚がない。そういえば声も出ないし、息もできないかも。

 

 この異常事態に後ろに控えている仲間に助けを求めようと顔を上げると、そこにはまだあの女がいた。

 

 恐ろしく冷たい目は獲物をしとめる猛禽類を思わせた。

 そしてアレンは顔面に異常を感じる。

 

 顎先に2回の爆発。次は右の側頭部だ。

 耐える、なんてことはまったくできなかった。

 アレン・リーは意識を失った。自分に何が起こったのかわからないまま、終わってしまったのだ。

 

 

 最初こそアレンを先頭に強気な顔でついてきた島の若者たちも。

 

 女がたったひとりで銃を持つアレンの前に立ち。鋭いボディブローで簡単に膝をつかせ。続いて打ち下ろし気味に放つコンビネーションで完璧にのしてしまうのを見ると「おお!」と周囲に驚きと興奮の混ざったざわめきが走った。

 

 そしてマクレディは軽い頭痛を感じて眉間を抑える。

 護衛が主人より先に目的地でトラブルおこしてどうするつもりだ――。

 

 だがケイトはそんなこと気にしたりはしない。

 そして自分に向けられている視線の中に尊敬が混じっていることを察すると、一変して笑顔を浮かべて元気よく言い放つ。

 

「ねぇ、ちょっと!この島はこんな芋臭い奴しかいないの?」

「――あんた凄いな。アレンを簡単にノシちまうなんてさ」

「こいつ大した奴だった?まぁ、いいけど――それより酒場はどこよ?それくらいはここにもあるよね?」

「あ、ああ。案内するよ」

 

 島民の結束とやらは美人の彼女のパンチだけで破壊されてしまったらしい。

 地面で眠るアレンを放ったまま、男たちはすっかりケイトの勇姿に惹かれてしまい。彼女を連れるように酒場へと歩いて行ってしまう。

 

――あれは耐えられないよなぁ。ケイトなら特に

 

 レオさんから島民の態度は聞いていたので、わざと2人を先に行かせたが正解だった。

 僕は男たちを引き連れて離れていくケイトの後ろ姿を見て笑っていたが、隣に立つキュリーの心配そうな視線を感じて彼女を安心させることにする。

 

「ケイトはいい仕事をしてくれた。面白かっただろ、キュリー」

「――もう。あの人、様子を見てきますね」

 

 あきらめたように首を振りながらキュリーは倒れて動かない島民のところへ行った。

 

 おそらくは数日くらいは痛みは残るだろうが、それだけだろう。

 ケイトはあれで荒くれ者の扱いに慣れているし。いきなり殴り殺すようなバカはやらない。どちらかといえばそういうのは僕がやってしまうことで――いや、なんでもない。

 

「さて、ケイトとマクレディは酒場。レオさん達もニックを探すというし。パイパーは取材だな。ぼくらはさっさと居住地へ行って仕事を始めないと」

 

 僕が予定を口にするとアメリア・ストックトンが船の奥から自分のバラモンを引きながら笑顔で元気よく答える。

 

「では私は、この港にいるというドクターと話してきます。この土地の特徴や、あつかってる薬品についての情報など知りたいので」

「わかった。情報収集もわかるけど、数日は動けないから早めに来て手伝ってほしい」

「はい」

「明日にはアメリア商会の立ち上げだ。あせらずにやろう」

「任せてくださいっ」

 

 連邦とニューハーバーをつなぐルートは当面、アメリアが独占する。

 かなり厳しい状況ではあるが。連邦から流れてくるキャップで支えつつ、強い流れにしていかなくては。

 

 

 僕は船に積んできた荷物をまとめて移動の準備を始めるが。

 一瞬、手を止めると島の中央部。山頂にあるという、霧に隠れたアカディアなる人造人間たちの住処を見つめた。

 

――レイルロード関係なく。インスティチュートから逃げ、自分たちだけの場所を作った。どんな奴だろう?

 

 自然と笑みが口元に宿る。強い、とても強い興味がある。

 ディーマといったか。さて、どんな奴なんだろう?


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