ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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隠せないもの (Akira)

 目覚めるとダンスはベットで体を起こす。

 隣のベットは空。あのディーコンという男がいつもと違ってそこにはいなかった。今日はそういう一日なのかもしれない。

 

 B.O.S.で配られた戦闘スーツ姿で島の中を歩く。

 この小さな砦にはまだ慣れてないが、襲撃に耐えると不思議と頼れると安心できるものらしい。パワーアーマーを脱いで生活するということを実践できるようになった。

 

 パワーアーマー・ハンガーがあるのは隅に作られた倉庫の中だが最初からなぜか3つ用意されていた。

 利用するのは自分だけなのになぜだと思ったが、今ならその理由もわかる。この島の中で見つけたらしい古いT-51が2台運び込まれたのはつい昨日の話だ。

 

「あ、おはようございます。ダンス様」

「ああ、おはよう」

 

 倉庫の中にプロテクトロンとMr.ハンディがいた。その片方から挨拶され、おもわずダンスは返事をしてしまう。

 

「コズワース――だったよな?」

「ええ、その通りです」

「朝から忙しそうだが。なにをやってる?」

「ゴミの分配です。私共は昼に夜に、忙しくこのあたりからゴミを拾っていますが。ここでは消費が激しいのでこうして補充が欠かせません」

「そ、そうか」

 

 作業の邪魔にならぬよう脇を通り、愛用のT-60パワーアーマーの設置されたハンガーの前に移動しようとする。

 

――!?

 

 視界に入ったものを見て、それを理解すると同時に緊張が走った。

 すぐに自分のパワーアーマーのところまでいくと、自分がまだなにかもわからなかった時代に学んだ小さな警報装置が作動していないかチェックした。

 

(なにも……なにもされてない?興味がないということか)

 

 安心はできたが、そうなると余計に気になってくるのが2台のT-51パワーアーマーの方だ。

 彼の記憶では長らく放置され、回収されたばかりだったはずのそれらは。わずか一晩で別物になっている。

 

 片方は装甲が経年劣化し、もう片方は見たこともない塗装が施されていたが崩れていたはず。

 ところが今はどちらも奇麗に表面から磨き上げられ、元の銀に輝く新品のパワーアーマーになって並んでいる。

 

「なぁ、ロボット――じゃない、コズワース」

「はい?」

「とても気になったのだが。このパワーアーマーは昨日からこうだったか?」

「どうでしょう」

 

 気にはしていないのか。

 しかしそれならなおさら何かが狂ってる。回収されたのは昨日の昼頃。

 プリドゥエンでは常に騒がしく、責任者のイングラムの怒鳴り声が聞こえるパワーアーマーの整備が。特に注意を引くことなくいつの間にか終わっている。それを実行した誰かがここにいるということだ。

 

「たった一晩でこんな――」

「それでしたらアキラですね。彼のことはご存じでしょうが、このようなことがとても得意なのです。私も以前、Mr.ガッツィーに負けない戦闘力を……」

「アキラ、彼はひとりでこれを?」

「ええ。彼はロボット、建築だけではなく武器や化学にも通じていますね。本当にすごいと旦那様も良く褒めております」

「レオは手伝ってはいないのか?彼がひとりで?」

「そうですね。私がここに来た時、まだいましたから。おそらくですが昨夜も眠らずに作業していたのでしょう。とても楽しみにしていたそうですから」

「しかし彼は確か、昨日はアカディアとかいう人造人間の住処に行って戻ってきたのではないか?」

「ですね。戻られたばかりのご友人方は不満そうでした」

「そのあとでこのようなことをやった?疲れを知らないようだな――」

 

 アキラ、確か私のことをにらみつけ。問い詰めてきた若者だったな。

 おそらくレオに私がついてきたことで、B.O.S.からの刺客か何かだとでも思われているのかもしれない。疑われても仕方がないと思っていたが――若いといってもその作業量の膨大さとそれを処理する能力の高さには驚くばかりだ。

 

 ダンスは好奇心が抑えきれず、整備されたT-51に近づき。何が違っているのかを確かめてしまう。

 調査としてここにきている身としてはやってはいけない行動だとはわかっていたが、我慢できなかったのだ。

 

 特徴である関節部分を集中して素早く確認する。自分はメカニックと呼べるほど詳しいわけではないが。明らかに装甲の薄い部分が補強され、さらなる改造を考えているのか遊びのような空間が作られているようだ。

 

「まだ改造の余地があるというのか」

「そうかもしれませんね。まだ部品が足りないと、ずっと愚痴ってましたから。彼の要求はとどまることをしりません、ハハハ」

「――彼は、アキラとやらもミニッツメンのメンバーなのか?」

「そうですね。不思議ではないでしょう、そもそもプレストン・ガ―ビーを助けたのはわたくしのご主人様とアキラですから」

「……それは初耳だ。だが、聞いた話ではミニッツメンの将軍とやらになったのはレオだけだった」

「ホホホ、それはもちろんご主人様が特に活躍されたということにつきますが。アキラはあまりミニッツメンの活動に興味を持ってなかったのかもしれません」

「なるほど」

 

 しかしそうなると、わずかな時間で信頼を地に落としたミニッツメンとやらが急速に復活した理由も納得いく。

 おそらくだがあのアキラとやらが技術面でミニッツメンを助けているのだろう。マクソンへの報告と、可能であれば彼をなんとかB.O.S.に引き込めないか?

 

 最悪、レオとミニッツメンを懐柔できなかったとしても。彼のような才能がマクソンのもとに来てくれれば――。

 だがそれを実現するには私によい思いを持っていなさそうな彼との関係を改善できる余地があるだろうか?

 

 

 慣れ親しんだT-60を着ていると、マクレディという傭兵が新たにやってきた。

 どうやら雇用主であるアキラの姿が見えなくて困っているのだという。コズワースはだいぶ前にここを出ていったと答えたが、私は何も見ていないとしか答えられなかった。

 

「くそっ、まさかこんな場所をひとりで歩き回ったりしてないだろうな。あの野郎」

「……」

「とにかく見かけたら俺が探していたと言ってくれ。頼むぞ」

「ああ、了解した」「わかりました」

「最悪だっ。本当に最悪だ」

 

 傭兵はののしりながら離れていく。そして私の準備は完了した。

 

「さて、今日も警備をしなくてはな」

 

 ここがいくら頑丈だとしても、敵に接近を許しては壁の意味がない。

 誰かが監視し、脅威を排除するべく立ち回るのは。やはり私のような兵士が適任なのだ。

 

 

――――――――――

 

 

――いい空だわ

 

 パイパーには珍しく、曇り空の下。木造小屋の2階に作られたテラスにある椅子に腰かけ。天を見上げて彼女にしては切れ味の悪い嫌味を口にする。

 

 バタバタとあわただしくこの島に来て。まったく落ち着く気配も見せずに連日の事なんだかんだと騒がしくにぎやかにやっている。落ち着きのない自分にはそれほど苦に感じない環境ではあるが、大人としてこれがまだ続くのかと呆れてないわけではない。

 

 ま、友人たち全員がシけた島に退屈せず、元気があってよろしいってことでいいのかも。

 

「お待たせしました」

「はーい、待ってましたー」

 

 ティーセットをもって階下から登ってくるキュリー。

 席に着くとあまり嗅いだことのない匂いが広がるが、そう悪いものではない。

 

「この島でしか見ない葉をつかったお茶なんです。多分、大丈夫なはずです」

「いいよいいよ。心配しないで、なんたってこっちは毒だって飲まされた経験があるんだもの」

「さすがにそこまでひどいものではないです」

「ごめんごめん。とにかく味わって――おや?」

 

 この高さだと壁の向こう側は見えないのだが、そこを通って戻ってくる人の姿を目ざとく見つけことはできる。パイパーは席から腰を上げると、囲いの上から見下ろしながら声をかけた。

 

「こらー、不良娘。朝帰りかよっ」

「ああン?」

「上がってきなって。お茶に付き合いな」

 

 何やら向こうは文句言いたそうな顔をしていたが。無視してさっと椅子に座りなおす。

 

「不良娘とは。ケイトですか?」

「そ、いいタイミングで戻ってきた」

 

 そうやって話していると、不満そうなケイトが姿を現す。

 

「なにやってんだよ、朝っぱらから」

「見ればわかるでしょ。お茶の試飲会、あんたもつきあいな」

「なんで?こっちは一晩かけて酒飲んできて。クタクタなんだけど?」

「だからよ。便秘にもきくよ」

「ハンッ、誰のこと言ってるわけさ」

 

 表情は変わらなかったが、つきあう気はあるようだ。

 ケイトはそれ以上は文句も口にせず空いている椅子を持ってくる。

 

「おそらく元はシダの一種だと――」

「そういうのいいから。どうせあたしらにはわからないし」

 

 湯気の出る紫色の液体がカップに分けられた。不気味だし不安がないわけではない。だが匂いは問題なさそう。

 それぞれが口に運び、わずかだが沈黙が流れる――。

 

「まずくはない、よね。悪くないかも」

「あー、酒と違ってあたしにはよくわからない」

「ではこれは大丈夫、ということでいいですよね」

 

 それぞれが感想を口にして、顔を見合わせると笑いだした。

 

「じゃ、そういうことで――」

「は?ちょっと待ちなよ、ケイト」

 

 用は済んだと立ち上がりかけたケイトの腕をとり、パイパーが珍しく絡んでいく。

 

「なんだよ?」

「つきあえっていったでしょ?話をしよ」

「はぁ?何言ってんだよ」

「っていうか、こっちは話を聞きたいんだって言ってるの。

 ブルーについて昨日は港で婆さん連中を説得して回る羽目になったってのに。戻ったらあんたは戻ってすぐにアカディアとやらに行っちゃったって言うじゃないのさ。

 本当は昨日のうちに話をしたかったけど。あんたは戻ってくるなり今度は爺さんと一緒に酒場に行ったっていうし……」

「なんでそれをあんたに”報告”しなくちゃならないんだよっ」

「それは簡単。こっちは記者で記事にしたい。それにキュリーは?彼女だって人造人間の秘密基地には興味があるはず」

「えっ、私は――」

「あ、ああ。そういうことかい」

 

 ケイトは席に座りなおす。

 だがそのせいで脳裏にあれを思い出してしまう。

 

――お互いに助けあえる

――それを証明しよう

 

 酒場で負け犬共相手にバカ騒ぎして忘れたはずなのに。

 

「といってもね。面白い事なんてなかったよ。

 こっちは危険な島で一晩がかりのハイキングさせられて戻ったばかりだったってのにさ。探偵とロボット以外はついてこいって、アキラの馬鹿が言いやがったからさ」

「でも意外だったよね。てっきり彼ならキュリーもつれていくかと思ったけど」

「……」

「アイツ、前からおかしかったけど。最近は異常だよ。

 ゲテモノ料理ばっかり大食いするし、休むってことをしないで動き続けてる」

「ああ!そういえば戻ってきてからは食事のあと、倉庫に閉じこもってたね。ちゃんと寝てるの、彼?」

 

 2人の視線がキュリーに向けられるが、彼女は困った笑みを浮かべるしかない。

 

「アキラは……最近、また眠れないらしくて」

「ありゃ」

「このお茶も精神を抑える効果を期待して作ったものなんですが――」

「そういうことできる女。いいよねぇ」

 

 ケイトは居心地の悪さを感じた。

 アイツの声が戻ってくる。軽薄だけど、自信と弱みをついていく態度。あいつのみせる仮面の上の表情。

 

――君らを手伝いたいだけさ

――悪意はないんだよ

 

 そうだ、認めないわけじゃない。

 キュリーはいい娘だ。アキラが機嫌よく話し始めると、ケイトは何を言っているのかわからなくなる時が多いが。キュリーにはそんなことはない。

 デスクローだの虫だの、糞みたいな化け物の肉を「おいしい」ものだと言って食っても文句は言わない。アイツが眠れるようにとこんな健気な気づかいだってできる。自分では無理なことだ。

 

「そんなの。別にお茶じゃなくても解決できるんじゃない?」

「?」

「ほら、教えただろ。あんたがあいつから”絞りだし”ちまえば、男なんて疲れてさっさと勝手に――」

「ちょっとケイト!?」

「なんだったら。あたしも参加して手伝ってやろうか?それなら間違いなく……」

 

 キュリーは無言で立ち上がると、何も言わずに下に降りて行ってしまった。

 ケイトはポカンと口をあけてそれを見送るしかなかったが。隣でパイパーがため息をつくのを聞いてようやく自分が大失敗をしたのだと気が付く。

 

「あんたさ……今のはマズいでしょ。キュリーはわたしじゃないんだからさ、それはキツイって」

「――しくじったってことね」

「ふむ、というよりもあんたさ。ひょっとしてアカディアでなにかあったの?それをキュリーに聞かせたくなくてあんな言い方をした?」

「だから別に何もなかったって――」

「じゃ、話してよ」

 

 あいつは戻ってすぐにマクレディやディーコンと連れ出し、用意していたらしいロングフェローと合流。

 アカディアではおかしな人造人間のボスとその子分たち。キュリーと話の合いそうな人造人間にも会って、あのレオやニックを困らせているというおかしな小娘との面談。

 

「まぁ、このくらいかな」

「いやいやいや。このくらい、なんてもんじゃないじゃないのさ。

 戻ったあんたらを連れてったのは明らかにキュリーを連れてく気がなかったってことだし。ディーマ?人造人間のボスとの会話とかヤバいでしょ。そんなこともわからない?」

 

 馬鹿にされた気がしてケイトもむっとした顔をする。

 

「なんでもかんでも事件、事件と騒ぐ覗き魔のあんたにはそう見えるってだけだろ」

「ふゥ、その様子じゃ。見逃したことも多そうだね」

「は?そんなわけがないだろ――」

「どうだろ」

 

 そして思わず口にしてしまう。

 

「ただちょっと、黙ってろって言われたから」

「誰に?」

「え?」

 

 自分が口を滑らせたことに気が付いたときには手遅れだった。

 ケイトの目を覗き込むように、あのパイパーが体を乗り出して迫ってくる。

 

「やっぱり隠してたね。あんたが戻って文句言う前に酒場に直行してバカ騒ぎするなんてとは思ってたのよ」

「……」

「黙ってろって言われたんだよね?誰に?まさかアキラ?」

「違う」

「じゃ、誰?」

 

 ケイトはため息をつく。

 

「あのハゲだよ、ディーコン」

 

 言いながら、ケイトは昨日のあのシーンを再び思い出し。語りなおさなくてはいけなくなってしまった。

 

 

 ケイトにとっては面白くもなんともないアカディア訪問だった。

 トイレを借りて皆と離れた時にそれは起こった。

 

 そろそろここにも退屈してきた、そんなことを考えながらトイレから出てきたケイトの耳に声が聞こえた。

 アキラの声だ――。

 階段の上のフロアで誰かと話しているようだが、小さい声なせいで耳を澄ませないとよく聞こえない。

 

(さっきまでおかしな連中と広場で話してたと思ったのに。なんでこんなところで)

 

 普段のケイトならそれほど気にすることなくその場を立ち去ったと思う。そうしなかったのはアキラの相手が……明らかに女性の声だったから。

 

――お互いを知りあうということは距離感を狭めるということだ。

――それには当然だが努力も必要だ。

 

 アキラの声は明らかに怪しい詐欺師を思わせる話し方。

 思わずキュリーの顔が浮かぶが。妙な正義感――わずかな背徳感から探ってやろうと忍び足で近づいていく。

 

――楽しい時間というものは長ければ長いほどいい、こんな時代なら特にね

――こちらの問題は解決しそうだ。なら、君らの問題に俺が興味を持ったとしても不思議じゃないだろ?

 

 階段下の隙間からわずかにのぞくと、アキラと話している相手がディーマとかいうキモイのと会った時に部屋の隅にいたヘンな女だったとわかる。名前は……。

 

――チェイス?悪くない名前だ

――ということは君に追われたら俺もどこにも逃げられないってわけだ。いいことを聞いた。

 

 だんだんとムカついてくる。

 なにをやってんだ、あのクソガキは。思わず飛び出していってぶん殴ろうか、そう思っているといきなり後ろから誰かに手をつかまれた。

 

(!?)

(シィッ)

 

 少し周囲は暗かったが、白いシャツとジーンズ。そしてかたくなに外そうとしないサングラスの光の反射からディーコンだとわかる――。

 

 

 そこまで話すとケイトはパイパーの様子を見る。

 額に皺を寄せる表情はそのままだが、なんだかもっと深刻な空気を醸し始めてる。

 

「そのあとだよ。あのハゲにこのことは黙っておいた方がいいって」

「そう」

「――なんでもなかっただろ?ちょっとあのバカが色気を出してたのを見ただけ」

「いやいやいや。それまさか本気じゃないよね?」

「え?」

「ケイト、あんた……」

 

 またもや気の毒そうな複雑な表情をされ、腹が立ってきた。

 

「どこをどう聞いて、見たら。そんな馬鹿な感想が出てくるのよ」

「なんだよっ」

「キュリー、彼女を連れて行かなかった時点ですでになにかありそうってのに。ディーマ?それとの対面は最悪もいいところ、なのに一転してのんきに人造人間の中から女を漁ってたって?まさか本気でそう考えているの?」

「……考えすぎッてことも」

「どう考えても何かを狙って行ったし。だからあんたやマクレディたちが選ばれた。

 ああ、もう!大スクープにつながるヒントっぽいけども。なんかこれじゃおしゃべりな自分が知ってちゃいけないことだったかもしれないじゃない!」

「はぁ!?なんでキレてだよ。こっちから聞き出したのはそっちだろ!」

「あんたが余計なこいうから、どうなったと思ってんのっ!」

 

 結局、なぜだかパイパーとはケンカみたいになってお茶会は終わってしまった。

 

 

――――――――――

 

 

 マクレディが探し続け、ケイトが腹を立てたままベットに横になるころ。

 アキラはなにをしていたかといえば――なんとひとり、霧に包まれた沿岸沿いの道を歩いていた。

 

 こうなる理由を説明するには昨日、アカディアを訪れたところまではなしを戻さなくてはならない。

 

 アカディアを訪れる際、彼は連れていく人間の中にディーコンをいれた。

 すでにレールロードはアカディアに興味がないと意見表明はされてはいたが。それが事実かどうか。反応を確かめたかったというのがある。

 

 残念ながらディーコンもそれがわかっていたようで、彼はアカディアへの訪問からほとんど口も開かず。態度もはっきりとしたものを見せることはなかった。やはりれレールロードはアカディアに興味がないのは間違いないようだ。

 

 しかし収穫がなにもなかったわけではない。

 ただひとつ、ディーマとの面会の際。ディーコンはなにかに”気にしている”風な態度をみせたのだ。

 

 信じられなかったが、それはあの広い展望室の片隅から静かなくせに変な視線で見つめてくる女性。動きやすそうなスーツ姿の彼女に対して、警戒しているようにアキラは見えた。

 答え合わせをするにはやはり直接、その女性と接触するしかない

 

「ちょっといいですか!?」

「……?」

「ああ、やっぱり間違いない。さっき展望室にいましたよね?怖い目で見られていたから、前に会った知った顔かとずっと気になってた」

 

 アカディアの中を一通り案内してもらい。

 ケイトがトイレ、と口に出したすきを狙ってアキラはすかさず”展望室の下の階から。階段で登っていこうとしていた彼女の背中に追いついて、声をかける。

 

 彼女は自分のことをチェイスと呼べと言った。

 どうやらその名前は自分でつけたものらしい――それでなんとなく、想像がついてしまった。なぜディーコンが彼女の存在を気にしていたのか。

 

「チェイス、か。覚えておくよ。

 それにしても自分でつけたというのに、それを選んだのはなにか響きが気に入っているから?」

「そうじゃない……よくいわれているから。ここでの仕事のせいでね」

 

 コーサ―だ。

 レールロードで話だけ聞いていたインスティチュートが使っているという戦闘用に特化した人造人間。

 これがそうなのか、はじめて見た。

 

 だが不思議な話ではないかもしれない。

 小さな島だとしても、連邦のそばで姿を消して圧倒的な存在感を示すことができるインスティチュートと敵対しながら。同じ存在であるレールロードに対しても距離をとってきたアカディア。

 チェイスのような能力を持つ仲間がいなければ、インスティチュートの目を盗んで仲間を増やしたりはできなかったはずだ。

 

(これはこれは)

 

 すぐにチェイスに力になろうと申し出たのは勘だった。

 ディーマがコーサ―を仲間にしているならば、しかしその数がおそらく多くはないはずだと思ったし。ならばアカディアの――難しい問題は彼女自身が「自分の仕事」と口にしたので何かあるだろうと思ったのだ。

 

 彼女は最初乗り気ではなかったが。

 薬でハイになった別人のような僕の笑顔につい口を滑らせてしまう。

 

「実は今――ひとつ問題があるのよ」

「おお、それを聞かせてほしい。力になれるかも」

「先週よ。新しい仲間をここへ迎える準備をしていたんだけど、トラブルがあって」

「へぇ、どんなトラブル?」

「港の入り口で引き渡される手はずになってた。いつもは難しいことではないの。こっちから迎えに行って、あとはここまで連れ帰るだけだから」

「なにがあった?」

「よくわからない。わかっているのは――新しい仲間が迎えに行ったこっちを見て逃げ出したってこと」

「は?」

 

 よくわからなかった。

 アカディアに合流したいとこの島まで何とかやってきたというのに、最後の最後。迎えが来たら――逃げた?

 

「ええと――それはつまりこの危険な島の中でひとりで生きていきたいという……」

「違う違う。訳がワカラナイよね」

 

 チェイスは初めて苦笑いを浮かべてくれた。少し気を許してきたようだ。

 

「正直、どうしてあんなことになったのかはわからない。

 引き渡し人の話だと、なんか島に来る前からずっと怯えていてずっと静かだったって。だからきっと声に驚いて、いきなり叫び声をあげて霧の中に駆け込んで――こっちも反応できなかった」

「それは――驚くよね」

 

 おかしなところでいきなり恐怖を爆発させてしまったということらしい。

 護身用のパイプ銃はもっていたというが、それ以外に装備を持っていなかったそうで。つまり長くは逃げられないというわけか。

 

「本当はすぐにも追って助けてあげたかったんだけど――ディーマからここの警備の強化を求められていて。外に出ることを禁じられてしまったんだ」

「わかったよ。それじゃその問題、俺が解決してみてもいいかな?」

「……本気で言ってるの?」

「ああ!アカディアとの友好――というより、ここで出会った君のような強くて魅力的な女性を手助けすることは。お互いの信頼を深まった証明になると思ってる。ここに来てからずっと繰り返しているけどね」

「はぁ、そのようね。正直に言って、知り合ったばかりの人に任せたいことじゃないけれど。時間は無駄にできないし、それじゃ解決することもなさそう」

 

 僕は満面の笑みを浮かべて見せる。

 

「そう来なくっちゃ!君は困った新入り君をどう説教してやるか考えておいてくれ。間違いなく彼を探し出せるよう全力を出すよ――生きていれば、ね」

 

 本当に憶病で運も持っていれば、まだどこかの穴蔵の底に隠れて息を殺していてくれるかもしれない。

 

「それじゃそのためにまずは手掛かりを教えてほしい。そうだな、君たちがファー・ハーバーの港に送り込んだお仲間は誰なのかな?」

 

 手掛かりは重要だ。本当に重要だ。

 

 

 少しカッ飛ばし過ぎていたかもしれない。別れ際のチェイスのあの失敗したという後悔する表情を思い出すと、刺激的な言葉を投げてしまったと反省する。

 とはいえチェイスは悪くない。

 

 悪いのは――ディーマだ。

 

 彼は間違いなく説明しなかったのだ。チェイスになぜアカディアの警備の強化を求めたのか、そこから出ていくことを禁じたのか、を。

 だから彼女は気がつかずに僕に話してしまったのだ。彼女のミスではない。

 

 ではディーマは何を気にしていたのか?

 それは簡単だ、僕らだ。というかレオさんが僕らを連れてこの島に入ってきたことが知らされたから警戒しているのだ。そして僕らは数日で港のそばにおかしな砦を作り上げもした。そこで襲ってきたトラッパーとも戦った。

 

 今日、僕がマクレディやケイトらを連れてきたことでディーマはひとつの情報を手に入れたと思ってる。

 あとはそれが事実かどうか、時間をかけてさらに情報を集めて確かめたいと考えているだろう。つまりチェイスは当分、アカディアから解放されることはないということになる。

 

 だが情報を手に入れたのは僕も同じだ。

 ディーマのうさんくさい話術をのぞけば、アカディアは明らかにレールロードのような反インスティチュートを掲げている組織であると感じた。

 すると当然だが、ディーマが人間との関係を重視していることもわかってくる。なら、その動きや噂には興味がないわけがない。当然だがアカディアの協力者――それはあの港の中に入り込んでいるという結論が出る。

 

 

 徹夜で2台のパワーアーマーの整備をした後。

 早朝の隙を狙って僕はひとりで港へと向かった。夜が去り、新しい朝が来たのだと皆が気分を新たにする瞬間を狙っての訪問だった。

 

 チェイスは僕の要求に素直に従ってくれた。

 アカディアの住人の中に仲間を入れ、そいつに外からくる人造人間の受け取りと引き渡しを担当させていたことを全部話してくれた。

 彼女が協力的であってくれて助かった。これでいきなり態度を翻させられたら、僕も何をしていたかわからない。

 

 最悪、港に直行して人造人間のスパイがここに入り込んでいると騒いでやり。

 もっともそれらしい”当たりくじ”を選んで、そいつをつるし上げ。死にたくないなら協力しろと、棺桶に押し込みながら脅迫してはどうだろう?などとチラと考えていた。

 

 しかし現実はそれほど都合よくはいかないらしい。

 こっちはさっさと最新情報と当時の証言を聞かせてほしいだけだったのにスパイの方は難癖付けるなと、とぼける気満々だったのだ。おかげで周囲の寝ぼけ顔の漁師たちに聞かれないように注意しながらスパイを説得しなくてはならなかった。

 

 ま、それも考えてみればおかしなことじゃない。

 

 いきなり外から来たひとりが自分の前で「お前はアカディアのスパイだな。例のトラブルは知ってる。情報をくれ」などと言われて相手をするはずがない。

 面倒だったので半ば脅すようにして手早く降参させる。朝飯前の薬物はあまりいいものではないのだがしょうがない。

 

 どうやらスパイ君もチェイスとアカディアの状況は知っているようで、逃げてしまった新入りの無事をずっと気にしていたようだ。

 あれから目立たないように情報を集めた結果。逃げていった方角から考えて、港の南に下っていく道沿いに。やがて見えてくるバンガローやロッジが並んでいる場所があるらしい。そこにいるかもしれないと言った。

 そこから先にはスーパーミュータントが歩き回って危険だから、と。

 

 

 今回、僕はマクレディやケイト。キュリーやディーコンを連れてこなかった。

 振り回し過ぎたかもな、と思ったのも確かだが――できるだけ集団でいることで自分を守るということに、飽き始めている自分がいた。

 

 思い出してしまうのだ。

 レオさんと別れ、サンクチュアリを後にして連邦をさまよった頃の自分の姿を。

 たったひとりでフラフラしている僕を獲物だと思い、奪ってやろうと笑いながらあらわれてくるレイダー共。そいつらの運命。

 

 わずかな傷からでも出血するだけで恐怖し、狂った化け物となって誰も逃がさなかった。

 すべてが息絶えれば傷を癒すために必要だと納得し、好みではない奴らの内臓をぶちまけ。肉を切りだしていただく毎日。いまだからわかる、あんなことを続けていたらきっと人の姿でいる理由を見失ってしまっただろう。

 

 

 スパイ君の言う通り、早朝の霧の道を進むと前方に海辺につながる建物が並んでいる場所が見えてきた。

 なるほど、廃棄された町に入り込むマイアラークたちは港の人間を狙いつつ。海へと流れる川辺で繁殖していることがわかってきた。さらにこの先にはスーパーミュータントがいるとなると、この辺りはちょっとした空白地帯となっているのかもしれない。

 

 港の人間は外には興味なし。マイアラークは港の人間たちしか見ないし、スーパーミュータントにもなにか事情があるのだろう。そうい考えるとチェイスには良い知らせと共に運が悪くも良くもあった新入りを届けることができるかもしれない――。

 

 

 少し楽観過ぎたかもしれない。

 夢を見るには状況はかなり悪かったようだ――。

 

 懐かしい匂いに導かれたそこは3人のトラッパーと建物の1階を丸ごと血まみれにする凄惨な殺人現場。

 哀れな人造人間がどうなったか。口の周りを真っ赤に染め、血走った眼をこちらに向けて卑しい笑いを浮かべる連中を見れば何となくでも想像はつく。

 

「食ったのか、人を」

「うまかったぜ?お前もそれなりに食えそうな部分があるみたいだよな」

「ハッ!これは驚いた、トラッパーは狂ってるから会話はできないと思ってたが。人の言葉――」

 

 バンッ!

 

 ホルスターのリボルバー銃に触れかけた右腕に痛みが走り。とっさにドアの入り口の脇に移動する。

 

「新しいメシだぜっ」

「逃がさないからよォッ!」

 

 家の中でバタバタと騒がしい音が鳴る。

 逃げないように裏から回って取り囲もうとか考えているのだろうか?

 

 それにしても腕が痛い。スーツは防弾性とあって穴は開いてないが、あの出血時に感じる不愉快さがもうやってきている。呼吸が荒くなる、やはり怖い――そしてこの時を待っていた!

 

 天井を見上げる。

 歯がワシワシしている。そういえば朝は何も食べてなかったことに今更気が付いた。なぜだろう、まるでここで食事をすることをわかってたみたいだ。まさにグッドタイミングということか。

 

 変化はきっと始まっている。

 鏡がないからわからないが、きっと皮膚にあの緑の輝きが――。

 

 

 部屋に2人残ったトラッパー達はアキラが立っていた入り口に向けて滅茶苦茶にパイプピストルを発砲し続けた。

 残る一人はマチェットを握り、裏から飛び出して入り口に回っていく。

 

「逃げてないよなっ。逃げてない、逃げなかったか。バーカッ」

 

 外に出た奴の声を聞いて2人は笑顔を浮かべる。

 もうすぐ仲間に襲われ、逃げ遅れたあのバカな若いのがここへ転がり込んでくる。

 

 実は彼らは先日、砦を襲撃し。追い散らされたトラッパー達の仲間だった。

 傷ついて動きが取れず。ここで時間を稼いでいたら、同じように隠れ住む馬鹿な獲物を見つけて――おいしくいただいたという話だ。

 

 霧に沈み、マイアラークに荒らされる放棄された町なんていてもしょうがないと思ったものだが。こうも獲物が入れ食いするとわかってくると、意外と穴場を見つけたのかもしれないと考え直す。

 なんせこの近くには港があるのだ。あそこには”食える”人間がまだまだいる。

 

 そんなことを考えていたが、なぜか入り口から誰も入ってこないことに気が付いた。

 追い込みをかけにいった仲間の声も、そういえば聞こえない?

 

「おいっ!そっちはどうなってる」

「……」

「まさかヤられた?逃げられたのか?」

「嘘だろ」

 

 入口に影が走る。

 とっさに2人は発砲したが、弾丸が命中しても無言で影は家の中へと倒れこむ。

 

 飛び出していったはずの男は首を失って倒れていた。

 なにがおこって、どんな状況の中に自分方がいるのか2人の頭は全く追いつかない。思考が止まり、動きも止まってしまう。

 

 

 彼らの背後、裏口に立つ人影があった。

 両手にはリボルバー銃、笑顔でむき出しとなった歯は白く輝き。歯茎は真っ赤に潤っている。

 そして太陽の下でも間違いない、皮膚の表面に緑の模様が――かつてと違い。入れ墨に似た模様のように浮かび上がっていた。

 

 わずかな空白の時間。

 誰かの息をのむ声の後、激しい銃静音が交わされ。すぐに静かになる。

 家から出てくる人の姿はなかった。そして何も聞こえないように、寄せては返す波音は秘密を隠す役割を果たす。

 

 

 昼が過ぎたころ、それまで姿を隠していたアキラが砦に戻ってきた。

 マクレディとケイトは怒って抗議し、キュリーは心配そうな顔をしていた。アキラはただ、気晴らしに近くを散歩してきただけだよとかわし。心配はいらなかったと上機嫌に答えた。

 

 だから気が付くことはなかった。

 普段はゲテモノ料理でも大食漢なアキラが、この日は何も食べなかったことに。

 気分転換ができたと笑い、機嫌も良かった。でもその理由は誰にもわからないのだ。


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