ワイルド&ワンダラー   作:鷹雪
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もう一人の主人公もようやくスタート。
次回は29日投稿予定。


愛のメモリー (Akira)

『ある日のこと。

 お姫さまがいつものように金の鞠を投げ上げて遊んでいると、うっかりと受け損なって鞠を泉の中に落としてしまいました。

 泉はとても深く、鞠の沈んだ水底は少しも見えません。

 

(中略)

 

 お姫さまは喜んで、金の鞠を胸に抱くとそのままお城へ駈け戻ってしまいました。

「待って下さいお姫さま!私はそんなに走れません」

 カエルが騒ぎましたが、お姫さまは後ろを振り返りもせず走ります。そうしてカエルとの約束なんて、すっかり忘れてしまったのでした。

 

(中略)

 

 お姫さまはついにすっかり怒ってしまって、カエルを乱暴に掴み上げるとありったけの力を込めて壁に投げつけます。

「本当にいやらしいカエルね。これで楽に寝れるわよ!」

 

 しかしどうでしょう。

 

 壁にぶつかったカエルは床に落ちた時にはもうカエルではなくなって、優しい瞳をした美しい王子様に変っていたのです。

 この王子様は悪い魔法使いに呪いをかけられカエルの姿にされていたのでした。

「あの泉から助け出してくれたのは君だけだったんだ。おかげで呪いが解けた。有難う」

 そういうとルガーP08を取り出してきて、お姫様の額に新しく大きな穴を開けました』

 

(『銃は物事を簡単にする』より 著者:アヴェリン・ジョーンズ)

 

 

==========

 

 

 再び、僕は不安定に漂っていた。あの連邦のどこかで。

 

 襲撃を受け、朦朧とした意識の中でなにかに運ばれ続けていた僕は。

 あれからずっと――。

 

 

 最初に意識を取り戻したとき、僕はVaultの施設に似た住居のフロアに投げ出されていたようだった。

 着ていた服も、持っていた武器も、ピップボーイも。すべて取り上げられ、下着姿にさせられていた。

 

 投与された薬のせいだと思うが、頭痛が激しく。気分は沈んでいて、なぜか眠気のようなものに捕らわれて、頭は思ったようには動かない。

 時間の感覚が戻らないまま、這うこともできずにその場で体を支えた腕だけの屈伸を繰り返す。ゆらゆら、ゆらゆら、止まることができない。

 

 弱っているそんな僕に、いきなり抱きついてきた枯葉のような長身の老人がいた。

 飛びつき、激しく書き抱かれたせいだと思うが。ただそれだけで僕の意識は明滅を繰り返し、頭痛は最大級の痛みを与えた。

 

 その中で耳元で老人の泣きながら囁く言葉が――「愛しい息子よ」と繰り返すそれを聞いた。

 僕の感情のメーターが一気にレッドゾーンにまで振り切れる。

 

 自分でそんなことをした理由は思いつかなかったが。

 心が勝手に指示を出し、体はそれに従って、容赦なく実行する。

 

 腰砕けだったそれまでの自分はいきなり立ち上がろうとし。

 怒りの叫び声とともに老人を殴りつけ、振りほどこうとし、突き飛ばすと。床の上で四股を踏む形でバランスを取ると、憎悪の言葉と表情をショックを受けている老人にたたき付けた。

 

 絶不調とあって視界が狭まっていたこともあり、周囲の様子は確認しきれていなかったが。多分、この老人とともに何人かが僕の周りに取り囲んでいたようだ。

 

 老人を口汚くののしる僕の周囲から殺意の視線が次々と裸の僕を貫くと、激しい衝撃が僕の全身を襲い。僕は意識をまたもや失う。

 

 そしてこれ以降、僕の意識は夢と現の境界線上で緩やかに波を描き続けていた――。

 

 

==========

 

 

 真っ暗な部屋の中で、静かに誰かが体を起こす気配がした。

 わずかに明かりをともす電灯に近づくと、白い光の中に栗色の肌がうっすらと浮かび上がる。

 その誰かの手が伸びると、闇の中から慣れ親しんだガスマスクを取り出し。自分の顔に戻しにいく――。

 

 闇の中の誰か、とは”観察者”であった。

 

 大事な任務を失敗してしまい。

 ここへ帰還した観察者は家族から先ほどまで責められていたのだ。

 そのお仕置きの時間は終わった。だが、その責めが今回あまりにも厳しかったのは、観察者自身の失敗というよりも。同じく帰還を果たしたアキラに対する家族の怒りが収まらずに、こちらにも飛び火したからだと思われた。

 

――家族はずっとこの日を待っていた。ひとつに集まることを。

――だが戻ったアキラは、”一番やってはいけない事”をして、家族はすっかり失望させられてしまった。

 

 残念ながら彼の衝撃的な帰還の場に、観察者は同席を許されることはなかった。

 だから家族の言う「失望」とはどれほどのものであるのか――それをこれから知っておかなくてはいけないと思うのだ。

 

 

 服を着ると、ようやくのこと部屋から出る。

 すでに処置が施され、体のダメージは回復されているはずだが。それでも歩く足には重さを感じている。

 

 我等”小さな宝物”――この”家族”が住む家は、この10年。連邦に人知れず存在を続けていた。

 かくいうこの観察者も、アキラのように連邦から家族の元へと帰還を果たした貴重なひとりだった過去がある。そういう意味で、長く戻ろうとしないどころか。姿を消していたアキラが戻れば、彼への怒りで家族が少しだけおかしくなっても仕方がないのかもしれない。

 

 だがわれわれは家族なのだ。

 正しく互いを愛さねばならない、はず。

 

 足の重さが、視点の位置を自然と下げてしまい、うつむきながら歩き続けた。

 それが廊下のT字路で、意外な相手に出くわしてしまった。

 

「っ!?」

「あっ――や、やぁ。その、戻ったんだよ。”愛する家族”の皆に、会いたくて」

 

 靴とシャツ以外を全身黄色で染め上げているビジネスマンがそこに立っていた。

 かの時、舞台で最後のお別れにと観客に蜂の巣にされたはずのイエローマンは、彼が望んだとおりに帰ってきた。

 

 いや、戻ってきてしまった。

 誰にもこれまでは見つからず、ここに入り込んで――。

 

「お、怒らないでよ。僕は、皆と仲良くしたい」

「……」

 

 イエローマンは――そうじゃない、こいつは観察者にとって家族ではない。仲間ですらない。

 元はそうだったが、今はもう違う。

 

 こいつはただの廃棄された者。そう、廃棄物と呼ぶべき残骸なのだから。

 ここにいるべきではないし。話すべきでもないし、存在しているはずがない奴だ。

 

 

 顎を引き、正面を見据えると観察者は”そこに誰もいない”ように乱暴に自分よりも長身のイエローマンの体を突き飛ばしてその場を立ち去っていった。

 あいつは知らない。”家族”じゃない。

 関わっていい相手でもない。今はもう”小さな宝物”ではなくなったのだから。

 

 

==========

 

 

 変化は一瞬、それはいきなり始まると同時に終わった。

 生きた死者は「えっ」と声を上げて目を開けると、それまで浮いていたロボットは力を失って崩れ落ちる。

 

「成功よ!本当に成功した!」

 

 興奮気味にドクター・アマリは声を上げた。

 想像通り、いやそれ以上に上手くいったようだ。人造人間の空っぽだったところに何かが収まってくれた。

 意識を取り戻すことのない患者が、目を見開いて声まであげた。

 

 だが驚いたこともある、ロボットの体の方は壊れてしまったらしい。実行と同時に力を失い、地面に崩れ落ちてしまった――もう起動することはなさそうである。

 

「な、なに?」

「キュリー、どうしたの?」

「ドクター変です……」

「ああ、そういうことね。キュリー、息をするの。あなたは生体となったから、呼吸をしないといけない。大丈夫、深刻に考える必要はない。あなたの体が求めるように、好きにさせればいいの」

 

 グッドネイバーのメモリー・デンに奇跡とも思える実験が行われた。

 そのためにドクター・アマリは隙なく大胆に物事をすすめてきた。それがここに報われたのだ。

 

 人造人間に人の記憶を与えるように。ロボットのそれも、人造人間の記憶として受け渡すことができる。

 生命の禁忌を明らかに踏み越えた。まさにかのフランケンシュタイン博士の発想は、ここでも素晴らしい可能性という甘い果実を熟して落ちた。

 もちろん、これはサンプルの一号であり。この先の未来でも選択肢となりうるものなのかどうかはまだわからないが……。

 

(それでもやはり、リスクを犯しすぎたわ)

 

 キュリーの新しい体を保存していた提供者は、目覚める姿を確認すると。そっと目元に涙を浮かべつつ、イルマに導かれてここから立ち去っていった。

 あの提供者にとって、この別れはすでに定められていたことだった。新しい、キュリーという名の人造人間が誕生したのだから、過去の繋がりは断たれた。あとは幸福に無事に暮らしていけますようにと、連邦の空の下で祈るくらいだ。

 

 だがレールロードにこの事をまだ知られるわけにはいかない。

 人間に隷属的なロボットの記憶を人造人間に移すことは、インスティチュートのような奴隷扱いと変わらないなどと言いがかりをつけられては、困るのだ。

 

 だからこそ科学者は新発見に常に慎重でなくてはならない――。

 

 

==========

 

 

 相変わらず意識は混濁していた。

 だがそれだけじゃない。体温は予想だが、この感じだと39.6度をこえている。

 すでに悪寒が身体中をサーキット代わりに走り回り、レースの熱を伝えるように休むことなく会場である肉体を激しく震わせ続けた。手と足の関節に力が入らず、逆にして握るように力が抜けていく感覚に抵抗できるはずもない。

 

 意識が現実に近づけばわかるが。

 うなされているのだろうか?僕の口からは勝手に言葉が飛び出し――といっても、意味のあるものではなく。不明瞭な「ああ~」とか「うおお~」とか出しているようだ。

 

 そして極め付けなのが、今の僕は文字通り素っ裸で――拘束具のついた椅子に横になって固定されていた。

 これがどれだけヤバイ状況にいるのか、わかるかな?

 

 

 ホールに入ると、ガスマスクをしているとはいえ。はっきりと嗅ぎ分けられた異臭に”観察者”は足を止めた。

 人の匂い。汗と汚物の混ざり合った匂いがした。その原因については理解している。

 

 ホールの中央には椅子に拘束された人の姿と、その傍らに立つローブ姿の男がひとり。巨大なディスプレイがおりていて、映像がずっと垂れ流されていた。

 

――お……お前、ダレ?

――ふむ、わかりました。お互い自己紹介をしましょう。私の名はキンジョウ

――誰?

――あなたを裁くもの、裁定人ですよ。アキラ

――ンフフフ

――なにが可笑しいのです?

――俺?……なんの、罪で?

――やはりね……まさか、恐れてはいましたが。あなた、家族としての記憶を……

 

 観察者は彼らの元へと近づいていく。

 やっぱりそうだった。椅子の上にはあのアキラが横になっている。何かされたのか、ブルブルと体は震え、皮膚は赤く、体温も明らかに異常に高い様子が見られた。

 

 戸惑う観察者を前に、ローブの男はリモコンで操作し。ディスプレイを消す。

 

「これはなんだ?アキラになにをした、キンジョウ?」

「よく来てくれましたね、観察者。大丈夫ですか?」

「こちらは質問をしている。答えろ」

「気遣ったのですが。あなたが珍しく、失態を演じるなどありえないと思ってましたから。驚きましたよ?」

 

 スペースシップの確保とそのパイロットの血清の入手。

 

 船の回収こそ成功したが、血清は残念ながら失敗に終わった。ヘーゲン砦で、レオたちに半分以上のアンプルをつかってしまったせいで、必要とされる量の血清は手に入らなかったと報告するしかなかった。

 

 観察者は血清自体、手に入らなかったと嘘の報告をした。

 

 実はまだ2本、血清は懐の銀ケースの中に残っている。

 だがそれでも家族は任務は失敗したのだとなじられるのことにかわりがないので、嘘を突き通してされるがままにしてきたのだがー―。

 

「この男が家族に、我々の”あの人”になにをしたかくらいは耳にしているでしょう?私はあのようなことが起こった原因を、この男の中から探し出していただけです」

「本当か?なぜ苦しんでいる?」

「それは簡単なことです。

 これが、この男が。五十嵐 晃なる存在は、実はいうほどのものではなかったという証明が、これです。我々のアキラは壊れていた、私の結論です」

「……」

「フン、この症状は私が何かしたからではありません。この男の中に、おかしな細菌が紛れ込んでいたので活性化させてみただけです。ひどい話ですが、面白いサンプルが出来上がりましたがね」

「ふざけているのか?すぐになんとかしろ」

「いや、そんなことはしません」

 

 キンジョウと名乗るローブの男はそういうと首を横に振る。

 

「ここにあなたを呼んだのは、説明するためです。私は裁定人に選ばれ、先ほどの映像とあわせてこれは取り調べの一環としてやっています。そして家族に私は報告を済ませました、そうです!もう判断は終わりました」

「まさか……」

「それだけ家族はショックを受けていたのですよ。それほどのことをこの生ゴミはしでかしてくれたのです。帰還した直後にね!」

「!?」

「これはあの人の望みでもある。私、キンジョウを”裁定人”とし。五十嵐 アキラを廃棄せよ、と」

「ありえない!」

 

 観測者はマスクの下の表情をゆがめる。

 目の前の兄弟の言葉がただただ、不愉快であった。

 

「嘘ではありませんよ。私、キンジョウの手でこのイガラシ アキラは廃棄されます。そしてそれが終わった時、これを勇気を持って実行した息子。つまりこのキンジョウが、新たな裁定者の地位に就任いたします」

「!?」

「ええ、そうです。あなたの同位者が誕生するのです。祝ってください」

 

 ローブの男の顔には、もう隠す必要のないものが露にされていた。

 野心と勝利を味わう獣の笑顔が。

 

「私が今度こそ家族が待ち続けた本物のアキラとなるのです。キンジョウ アキラ、良い名前だとは思いませんか?」

 

 ホールに張り詰めた緊張と静寂が降りてきた。

 だが、ただそれだけで。それ以上は何もおこることはなかった。

 

 

==========

 

 

 眠っている僕は、明らかに弱っていた。

 そして今は夢のほうへと針は振られ、僕は過去の記憶を再現してみていた。

 

 そこはあのVault施設の中。

 レオさんが前に立ち、僕は後ろに立って静かに。そしてかなり早足で前進を続けている。その2人を僕の意識が追いかけている――。

 

 ここはあそこだ。

 キュリーがいた、Vault81の秘密のエリア。コズワースのことがあって、2人だけで僕らはそこへ侵入していた時のものだ。好戦的なモールラッドはこちらに気がつくと、次々と襲ってきた場所だ。

 

 当時はレオさんを心配して、僕はついていくと申し出たが。実際のところ僕の力はまるで必要なかった。

 冷静で、迷うことのない動きは鋭く、決して何者も近づかせることはない。まさにこれを体現する、最高の兵士の姿を僕は後ろからみていた。つまり僕はあそこで自分の面倒だけを見ればいい――。

 

 

 秘密のエリアの奥に進むにつれ、次第に驚くようなものを目にするようになった。

 居住者を完璧に管理および監視するシステムが残され、そして今もちゃんと機能していた。Vaultの住人たちが、モールラッドの疫病に倒れた子供を心配し。

 わずかな望みを託した外から来た客人について会話しているのを聞いた。

 

 僕の意識はそこにうつっていく――ああ、馬鹿だったよな。

 目を閉じると、無様に「うわっ」と声を上げながらあの時の僕の銃が火を噴き、引き裂かれたモールラッドの体が床を転がった。

 目を開けるとレオさんは視線を前に置いたまま背後の僕に「大丈夫か?」と聞いていた。僕は答える「ええ、すいません」と。

 

 左のわき腹の皮膚を傷つけた、モールラッドの歯のかけらを慌てて爪で払い落としながら――。

 

 

==========

 

 

 ファーレンハイトは困惑していた。

 いつもは使わないほうの応接室に通されていたのは、サングラス姿のスカベンジャーとそのロボットのアサルトロン。顔も名前も知らない彼らが、どうやら自分の客だと名乗ったという。

 

 この町で、わざわざ名指しで彼女に会いたいという命知らずはいない。

 例え口にできないようなおぞましいことをしている最中でも、感情の変化に乏しい声は普通のままで。その暴力性はあまりにも凄惨に過ぎて、理解できずに誰しも気味悪がって彼女に進んで近寄ることもない。

 

 それでも一応は人間で女であるのは間違いないようで、たまに男と関係を持つことだってあったが。そいつらは結局のところハンコックの敵に回ったことで、彼女の手で無残な最期をとげてきた。

 

 それなのに――。

 

「誰なの?見慣れない顔だけど」

「え、ええ――へへへっ。俺たちはですねぇ」

 

 機嫌を損ねてしまい、空気が悪くなったのを察したか。男の口が忙しく動かされようとしていたが。

 そんな主人など気にならないのか。カタカタとキャタピラを低く音を立てて、ロボットの方が前に進み出てきた。

 

「?」

「え、おっ、おいっ」

「あなたはグッドネイバーの市長、ハンコック氏の護衛ですね?人間の女性、名前はファーレンハイト」

「――ええ、そうよ。暗殺ロボットさん、その情報は間違ってないわ」

「私の友人があなたに預けた『スタンレーのピクニック』は、ここにありますか?」

 

 ファーレンハイトの顔色が変わった。

 そしてキビキビとした動作でいつもは開け放つことが決まっている部屋の扉を閉めると、外に立つトリガーマンたちを締め出してしまった。

 

「それは私じゃなく、市長が預かっているわ。ところで、それが何かわかって聞いたのか教えて頂戴」

「――1枚の絵です。そのはずです」

「……そうね、その通りよ。あなた達、何か用?」

「はい」

 

 扉の外にいたトリガーマンたちはまだ困惑していた。あの警備にうるさいファーレンハイトが、自ら進んでこの扉を閉めるなんてこれまではなかったはず。

 そしてそれと同じくらい驚く速さで、扉は再び開けられる――。

 

「話はそれだけ?なら、聞いたわ。さようなら――」

 

 外に出て行くように促され、スカベンジャーは「それじゃ」などと言いながら部屋を出るが。ロボットはまだ動こうとはしない。

 

「なにをしているの。出て行って」

「おい、おいっ」

「……」

「へへへ、すいませんどうも――このポンコツが、さっさと来いって!」

 

 怒鳴られるとようやく、ひとつ頷いてからロボットも部屋から出て行く。

 

「姐さん?」

「なんでもなかったわ。つまらないゴミをつかませにきたのよ

「――どうします?町からたたき出しますか?」

「放っておきなさい。ここはハンコック市長のグッドネイバーよ。市長もああいうのがいるから面白いと、かえって大喜びするでしょうから」

「わかりました」

 

 ファーレンハイトは自分のいるべき場所へ戻っていく。

 あのロボットが彼のものだと、すぐにわかった。名前はエイダ、ということはあのスカベンジャーはレールロードの者か?

 

 しかしやっぱり彼女の表情も声も、いつものように気だるげで。

 誰にも彼女の心の中のものを見せようとはしなかった。

 

 

==========

 

 

 扉を開けると、部屋の中はほとんど真っ暗で。装置についた計器類やボタンだけが原色の発光することで存在を知らせていた。

 イエローマンはギョッとして立ち止まったが。すぐに部屋の中へ入ると「明かりを」と弱弱しい声で命令する。

 

「アキラ――やっと会えたね」

 

 部屋の扉は閉められ、照明がつくと中央に置かれたポッドの中に眠るアキラがいた。

 

 イエローマンがここにたどり着くまでに長い時間が必要だった。

 家族は彼に出会っても、見ようともせず、話を聞こうともしてくれなかったから。ここを見つけるのに自分で探すしかなかったのだ。

 

 ここはモニタールーム。

 自我を持つコンピューターに実験動物を管理させ、研究室とも近い場所にあった。

 イエローマンにはわかっていた。このアキラはかつての自分と同じ運命を今、たどり始めていることを。家族に不義を糾弾された彼もまたここに来て、今の姿となってからは。家族からはじき出されてしまったのだから――。

 

 

 グズグズはしていられなかった。

 イエローマンは試しに近くのボタンをいくつか押すと。ディスプレイにはキンジョウの顔写真に続いて、ずらずらとなにかを作業したというリストが留まることなくスクロールした。

 

「えっ、えっ?」

 

 残念ながらイエローマンはキンジョウがこのアキラに何をしたのかまったく理解することはできなかった。

 ただわかったのは最初に書かれた「廃棄処分」と「実験体として活用」の2つだけは、帽子の下の黄色のマスクにくりぬかれた穴からのぞく両目に焼き付いていた。

 

ー―アキラ、君もあの人に僕のようにされてしまうのかい?

 

 哀れみという感情が、イエローマンの心を塗りつぶすと。遅れた悲しみの激しい波がその上から押し寄せてくる。

 

「コ、コンピューター?」

 

 顔を上げたイエローマンは自信なさげに声を上げると。部屋の中にガキガキと雑音が短く響いたが、イエローマンの耳にはそれは声としてメッセージを受け取っていた。

 

「ご、ごめんよ。ただ、やってほしいことがあるんだ。

 ここに眠っているアキラを起こして欲しい――この部屋から出したいんだ」

 

 再びガキガキと音が響くと、イエローマンはビクンと体を震わせた。しかし要求することはあきらめなかった。

 

「手伝ってくれたら、すぐに部屋を出て行くよ。2人でここから出ていくから」

 

 今度は雑音が返ってこなかった。

 変わりにポッドの周りにあるスイッチや計器類が勝手に反応し、ディスプレイにもキンジョウの処置した情報が消え。知らない指示が次々とそこに表示されていく。

 

「ああ」

 

 思わず声を上げる。

 ゴボゴボと音を立ててポッドの中の液体が抜かれると。次に巨大な注射針が2本、眠るアキラの左右の胸に突き刺さり。何かを肺の中へと投入する。

 続いて頭のてっぺんからフラッシュが足の先までチカチカしながら移動すると、ディスプレイに『呼吸、体温、血圧、正常。準備完了』と表示された。

 

 ポッドのふたが音を立てて動き始めると、空気がその中へと勢いよく侵入していく音がした。

 イエローマンは恐る恐る手を伸ばし、アキラの右手に触れた。ほんのりと体温を感じ、間違いなく脈を打っていて、呼吸が開始され胸が上下に動いていた。

 

「アキラ――兄弟、目を開けて」

 

 声をかけて体をゆすぶると、アキラは静かに目を開け。瞳はイエローマンを捕らえて動く。

 だが――。

 

「あああっ」

 

 イエローマンの声には絶望があった。

 アキラの表情は死んでいて、瞳はイエローマンを見つめてもそこに意思が浮かび上がってこない。もう、すでに彼はキンジョウの手で壊されしまったのだろうか。

 

「外へ行こう、家族は――僕らはもう”小さな宝物”にはなれない。離れたほうが絶対にいいんだから」

 

 相変わらず目に正気はもどってきていなかったが。イエローマンの言葉に反応してか、静かにアキラは体を起こすと台座からふらつきながらも立ち上がろうとした。

 

「支えるよ、僕がね」

 

 イエローマンはそういってアキラに肩を貸す。

 胸に熱いものがこみ上げるのを感じる。家族の一人と今、自分はふれあい、支え、共に未来へと歩き出そうとしているのだ、と。

 もちろん部屋を出て行くときには、礼を口にするのを忘れない。

 

「あ、ありがとう。

 もういくからね、電気を消していいよ。あと、どうせ皆は”僕を知らない”ことにしたいだろうから、ここで何をしたのか。ログを消してもらえると助かるかな」

 

 今度も返事はなかったが。

 2人が扉の前に立てば勝手に開き、部屋の外に出て行くと明かりは勝手に消灯する。

 再び闇の中で、ボタンと計器類だけが光ることになるが。ディスプレイには、はっきりと消去完了の文字が点滅していた。

 

 

==========

 

 

 夢は、かなう事はなかった。

 

――そこで止まれ!!

 

 警告するキンジョウの声は、怒りによって裏返り。かえって滑稽に聞こえた。

 そのキンジョウの前には、様々な塗装が施されたT-51 パワーアーマーが複数並び、レーザーライフルをいつでも発射できるように構えている。

 

 そのキンジョウの背後の奥に扉があり。その先こそが外の世界への出口がある。

 だがそこに2人がたどりつくことはないのだ。イエローマンとアキラは寄り添って進むだけで精一杯で、武器を持たずに立っている。

 

 立ち塞がる連中の向こう側にある出口を悲しげに見つめたイエローマンは、肩を貸していたアキラからそっと離れる。

 そしてキンジョウたちにむかって叫んだ。

 

「僕は空気にさせられた!僕は皆を、君たち家族を愛していたのに!」

「こっ、このっ。こいつっ!」

「ここにいたらアキラも僕と同じになってしまう。

 でもそれなら、もう空気であってもいいはずじゃないか!僕たちを外に行かせてほしいんだ。家族として、愛してくれるなら」

「ふざけたことを言うなっ、廃棄された分際でっ!」

 

 やはりこうなったか。

 キンジョウが外に出て行くことを許さないことは明らかだった。なぜ、2人をレーザーで焼き殺さないのか疑問であったが。それならそれで、このチャンスを生かさなくてはならないだろう。

 

 イエローマンはポケットの中のシルバーケースを取り出し、始めて中を確認する。それは他でもない、観察者が持ち帰っておきながら、提出しなかったあの血清がはいっていたものだ。

 

 多分、イエローマンと廊下ですれ違った際に、こっそりと懐から抜き取っていたのだろう。謎の血清が残り2本、そこに残されていた。

 

「それはなんだ?何をしようとしている?あいつを狙って、構え!!」

 

 キンジョウの指示に従い、列に並ぶ銃口はいっせいにイエローマンにだけ向けられた。

 

 残り時間はあとわずか。

 自由になることも許されず。お互いの言葉を交わす機会はもうないだろうと思われた。イエローマンにはわからないはずだったが、自然と彼の指が2本のアンプルに触れると。ケースが床に落ちていく。

 

「撃てっ、殺せ!」

 

 アンプルを両手の中に握り締め、イエロー・マンは振り返った。

 アキラはゾンビのようにただその場に立ち、意思の戻らない虚ろな視線をイエローマンにむけている。

 時間が限りなくゼロへと磨り減る中では言葉では足りなかった。イエロー・マンはせめて最後にアキラを抱きしめようとして、それぞれの手にアンプルを握り締めたまま走り出そうとした

 

 その背中を緑のレーザーが伸びてきては次々と直撃する。

 走り始めたスーツ姿の人の形はあっという間に崩れると、アキラの体には緑の液体となったそれが塊となって襲い、全身を汚してみせた。




(設定)
・銃は物事を簡単にする
グリム童話第2弾はカエルの王子様から。

・小さな宝物
オリジナル設定。なんかの組織名。

・あの人
出てきたお爺さんのこと。他はまだ不明。

・家族
共同体、なんらかの理由で関係付けられた人々。

・イエローマン
色には意味があるとされている。黄色は臆病者の色。

・キンジョウ
漢字だと金城と書きます。


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