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次回投稿は明後日。
連邦の輝ける夜空の下、それでも冷たい風がこちらの不安を誘おうとして遠くで近くで強く、弱く、うなることをやめようとしない。
だが、もうそんなの知ったことじゃないんだ。
太陽が昇っても、沈んでも。あいつらはそれをやめようとしないんだし、それに今は静寂と眠りがここにはある。
それで十分じゃないか?
探偵は闇の中、地面に座りこんでいた。
最後のミニッツメンで知られているプレストン・ガービー氏の求めに応じ。今はこうしてパイパー、コズワース、そして若きミニッツメンのジミーと旅をしている。
おかしな話だが、この探偵は山積みの仕事を放り出し、ひとりの男のためだけにここにいる。
事務所で待っている秘書にも内緒で、まるで女房に隠れて若い女の元に通う亭主みたいなやり方だ。そうする理由が記憶の中に今もしっかりと残っている――。
古来より窮地のお姫様を救うのは、笑顔の素敵な輝ける鎧の騎士と相場は決まっているものだろう?
だからあのVaultでとらわれていた自分の前に現れた男にも、そう言ってやったんだ。「ここに麗しの姫様はいない。ごましお頭の老いた探偵がいるだけだ」ってな。
最初は向こうも驚いていた。レオ――元Vault居住者は、やはり聞かずにはおられなかったのだろう。
自分が助けた探偵が、何者であるのかということを。
――あんた、何者なんだ?
――いっただろう、探偵だよ。確かに、この皮膚とその中に見える金属部分に戸惑う気持ちはわかるが。それは重要なことじゃない。他になにを知りたい?
――人造人間、なのか?
――今風の最先端技術で作られた、お洒落なものではないがな。まぁ、そうだ。
――こっちは……何も間違っていない。探偵さん、あんたを救いにやってきたんだ。
向こうも驚いてはいたが、それでも失望はまったくしていなかった。少なくとも、彼は本気でそう思っているのだとわかった。
誰にもわかってもらえるとは思わないが、そう言われた時の。この探偵の心の内ってやつを誰が理解してくれるのだろうか?
戸惑い、尊敬、驚き、友情。
付き合ったのは決して長い時間ではなかった。
それでも彼が紳士であり、戦士であり、そして家族を失って苦しんでいる男だと理解するのに十分だった。彼の力になりたいと強く思いいれを感じていた。
俺と彼は、まだ友人とは呼べないが。
しかし、かなうならそうなれればと期待もしている。
そしてあの日、彼を。自分の恩人を危険な傭兵の元にひとりで行かせてしまったことを今は後悔している。
あの時はそれが正しいことだと信じたから送り出したが、それが実は間違いではなかったのか?
連邦の空の下を駆け回り、嘆く人々の声に触れるとそれを考えてしまうようになっていった。あれからもう半月以上が過ぎている、それなのにまだ彼の噂はどこからも聞こえてくる気配がない。
そもそもこの連邦は、人々に優しくしたことなんて一度だってなかった――。
「う、うーん」
「――目が覚めたか?若き勇者よ、見ればわかるがまだ太陽は出番を待っている。眠れるなら、今はそうした方がいい」
「いえ、目が覚めてしまいました」
若者はそう言って体を起こす。
ジェイコブ・ファウラー、若干14歳でミニッツメンとなった若者。彼は上司のミッキーの指示で、この集団についてきてくれる。
「お前さんを見たときのことだ。正直、若すぎると思っていたんだが。あやまらないといけないな」
「え?」
「よく俺たちを守ってくれている。口やかましい新聞記者、情緒不安定なロボット、おかしな老いた探偵。これでダイアモンドシティからここまでトラブルなしでやってこれるのは、すべてお前さんのおかげだ」
「いや、自分は別に――」
「厳しいんだな、自分に。だが素直に受け取ってくれていい。これは嘘じゃないんだ」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして……旅慣れているのは、理由が?」
探偵はなにげなく触れた疑問が、若者のわずかな沈黙を生む。
彼はそれを話すのに躊躇しているのだ。
うっかりニックは、連邦を生きてきた若者の人生をのぞき見てしまうことになる――。
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バンカーに入る侵入者が息を飲み、「キャプテン・ブランディス!?」と名前をなぜか呼んだことにさえ。この男が気がつくことはなかった。
ただ、こっちに人がいることに驚いて。
なんの警戒も見せていないことと、そうする必要もないパワーアーマーをどちらも装着していたことをのぞけば。
最初こそ出て行けと威勢よく口にできたが、続く言葉にはやはり恐怖が見え。レーザーライフルの銃口は感情のコントロールを失い、狙いにブレをみせている。
震えているのだ、B.O.S.の戦士だった男が!
「だ、誰だ?何を言っている!?ここにどうやって入ってきた?」
相手は強固に鍵がかけられていたバンカーの扉が開けられ、ややパニックを起こしているように見えた。
レオは素早く隣に立つダンスのうでをつつく。
「ダンス、説明を」
「私だ!パラディン、ダンスだよ。わかるか?」
「……パラディン・ダンス?ダンスだって?違う、そんなわけがない。ここは連邦なんだ」
「冷静になってくれ、パラディン・ブランディス。アルテミスの消息が絶たれたので、私が部隊を率いて新たに派遣されたということだ」
「B.O.S.が――」
「ああ、そうだ。
偵察任務だ、あんたと同じように連邦に派遣された。探していたんだ。部隊は襲撃を受け、自爆したのもわかっている」
バンカーに隠れ住んでいた男は、これまでの孤独な日々をおびえて過ごしたのは明らかだった。
目に浮かぶのは、今も喜びや希望では決してない。不安、恐れ、そして自分が正気を失いかけているのではないかという絶望だけ。
歪んだ表情からは歪な笑いが浮かび上がっていた。
「ははっ、ずっとひとりでいた。孤独にな、ここから動くことができず。なのに――そうだ!どうやってここに来た?このバンカーに入ってこれるはずがないっ」
「やれやれ、パラディン・ブランディス。話がループしているぞ」
レオの雰囲気が変わる。
それまでの静かで、温和だったものが消え、軍人特有の張り詰めた空気を自分から作り出して声にもより一層強いものが込められている。
「よし!まずは銃をおろせ、パラディン。何だそのザマは、敵を前にまさか怯えているのではないだろうな?」
(レオ!?)
「冷静にこちらの話を聞くんだ、兵士よ。さぁ、早くしろ!」
ダンスは息を呑むが、驚いたことにブランディスはのろのろとその指示に従うようにレーザーライフルを構えるのをやめた。だがなにかあれば、今もすぐに爆発して銃爪に指を今度こそ力をこめたとしても不思議はない。
レオの居丈高な命令口調は続く――。
「アルテミスの捜索は、同じく派遣されたダンスの部隊の任務のひとつだった。
我々がここにいるのは、簡単な話だ。あんたのチームにいた部下を発見した。その救援ビーコンをたどった結果だ。
彼らはここと、あんたの情報をホロテープに残してくれていた」
「仲間、仲間はどうしている?」
「死んだ。誰も生き延びることはできなかった、その理由も彼ら自身が話している。
あんたは彼らに感謝するべきだろうな。メッセージがなければ、我々がここに来ることは不可能だったろう」
感情はなく、機械のように冷酷に事実だけを次々と突きつけていく。
一見して残酷なやり方に見える態度だが、しかし軍人としての骨にまでしみこませた体質が表に浮かび上がると、いつの間にか正気と狂気の間で孤独に踊っていたブランディスは表情から消えていた。
怯えが消え、落ち着きを取り戻すと、そこにいたのは連邦に叩き潰された無残な兵士の姿だけが残されている。
「そ、そうなのか……やはり、そうなってしまったのか」
「彼らの遺体とタグは回収してある。あとはあんたを残すだけだ」
「私?私が、B.O.S.に戻るっていうのか!?」
「当然だろう、兵士よ。なんの疑問がある?」
「それは出来ない。出来るはずがないだろう。もう長いことずっと、孤独だったんだ」
「それはすでに聞いたな」
「部隊は全滅。こうなってしまったら、もう私が帰る場所はB.O.S.にはない。どうせ使い物にはならないさ」
弱弱しく自嘲気味に答える兵士の姿に、たまらずダンスは声を上げる。
「一緒に帰るんだ、パラディン。それでもあんたは兵士、B.O.S.の一員じゃないか」
「ダンス、見ればわかるだろう?兵士としては使い物にならない。無理なんだよ」
(自信を失っているのか?それなら――)
レオのかもし出す空気がまた変化する。
大昔の戦場で、彼を目の前にしてヌケヌケとそれを口にした上官たちから学んだものをここでアレンジして。
厳しい姿勢の中に同情を見せるようにする。
「パラディン・ブランディス。連邦でのアルテミスの戦いを、あなたが苦しんだ日々になにがあったのか。
B.O.S.はその情報を必要としているのだ。私はあなた自身が、それを皆の前で胸を張って堂々と報告するべきだと思う」
「し、しかしだな――む、無理なんだよ……昔の話なんだ。役には立たない」
「ならここで何をしていた?話してみろ」
「ああ――偵察を、しようとしていた。少しでも探索をしようと。
でも無理だったんだ。長くはここを離れられない、なにより孤独だった。連邦は危険で、なにかあるとすぐに手に負えなくなることばかりになってしまっうから」
「そうだろうな。それを報告すればいい。あなたが話すことは一杯あるはずだ」
「う、ううっ」
老兵の顔に苦悶の表情、そこに流れる汗は冷たいものなのだろうか。
「アルテミスは任務に失敗した。だが、その経験はあんた以上にこの手強い連邦を知る兵士はいないということでもある。
心配などしなくても。戻ればあんたの居場所はあるし、望めばまた前線に戻れる機会もあるかもしれない。そして報告するのにこれ以上のタイミングはないだろう」
「そ、そうだぞ!ブランディス、B.O.S.は今。この連邦に来ているんだ。アーサーが、エルダー・マクソンがついに決断された」
「れ、連邦に?ここに来ているのか!?」
「ダンスの言うとおりだ。部隊にあなたの力を貸してほしい、彼らはすでに連邦に苦しめられようとしている。
兵士たちの多くが、まだ連邦を知らないから自分たちは簡単にすべてを行うことが出来ると信じきっている。それは危険なことだ」
「ああ、ああ。その通りだ、危険だ」
「だからこそ苦しんだアルテミスの情報が役に立つ。
それに――パラディン・ブランディス。あんたの部下達は皆、あんたのことを心配していた。タグも、ホロテープも、ただ持ち帰っては情報として処理され。彼らの記憶も過去に放り投げだされてしまうだろう。
あんたはそれを許してはだめだ。
仲間を思い、共に戦ったあんたがその物語を伝え続けなければ。あの時も真に尊敬すべき兵士は確かにいたのだ、とね。
ここでこれ以上の準備は必要ない。我々と一緒に帰ろう、そして倒れていった部下たちのことを語って聞かせてほしい。あんたにはその義務があるはずだ」
弱弱しく抵抗をみせていたブランディスは、ついに黙ってしまう――。
バンカーの外に立ち、夕暮れに飛び立っていくベルチバードをレオとダンスは無言のままバンカーのある地上から見送っていた。
パラディン・ブランディスは決断した。
再びB.O.S.へ、兵士として戦う日々を取り戻しにいくのだ、と。
「レオ、お前に感謝する」
「ダンス?」
「最初にブランディスを見たとき、すぐに思ったんだ。彼は戻ってこないだろう、と。
連邦が彼を壊し、兵士だった彼は消えてしまったんだ。そう考えてしまった」
「……」
「彼が兵士としてああして戻っていく。あれは君がやったことだ。
仲間だと口にしておきながら、すがる事も出来なかった私はどうしようもない。だが、君は違う。
ブランディスを最初から兵士として扱い。彼が果たすべき任務を思い出させ、ああして帰還させてみせた」
「パラディンから誉められることに、悪い気はしないものだよ」
「茶化さないでくれ――本当に恥ずかしいよ。昔の彼を知っていた私は、あまりに無力だった」
レオは内心、このダンスの言葉に少なからずショックを受けていた。
繊細に過ぎる――。
軍人とは命令を忠実に実行する殺人機械なのだ。それは一度学べば、決して忘れることはない。
使い道さえ決まっているなら、錆びた剣となっても再び危険な暴力装置に仕立てる方法はいくらだってあるのが軍であり、戦争ではなかったのか?
(ガービーはミニッツメンをヒーローだと考えているが、実態はただの民兵にすぎなかった。B.O.S.は軍を自認し、自らの役割と正義を定めて連邦に侵入してきたはず。
彼らの目的はまだはっきりとはしていないが、ダンスやブランディスを見る限り。彼らにこの連邦を制御する力が本当にあるのかどうか。
これを見定めるチャンスなのかもしれない)
置いてきたコズワースはかつてレオにこそ、この連邦を正しく導ける力の持ち主であるはずだと。平和を求める善の心を体現できるはずだと、やや盲目的に持ち上げられたことがあった。
それを信じようとは思わない。引き受けようともまだ、思っていない。
だが、息子を探して歩き回るこの連邦のあまりの惨状を知るようになると。自分の中に熱い別の炎が静かに燃えはじめ、その勢いを強くしているのもわかっていた。
エルダー・マクソンに会わねばならない。
かつてはアキラと一緒に手を貸したことでミニッツメンを復活させたように。今、ここに自分がいることでB.O.S.には大きなアドバンテージを与えている可能性は否定できないのだ。判断を下すまでは、冷静でいなくてはならない。
B.O.S.はこの連邦の、敵か?味方か?
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若きミニッツメン、ジミーのわずか14年の人生は過酷の一言に尽きるものだった。
「両親は、お互い旅商人でした」
だがジミーは父親の顔を覚えていない。
彼がまだ幼い時、母が妹を出産すると。まるでそのタイミングを計っていたかのように、父親は生まれたばかりの娘だけをさらって姿を消したのだそうだ。
「母はインスティチュートがやったのだと、そう信じていました」
何が起こったのか、最初はわからなかった。真実もわからなかった。
半狂乱になった母親が愛した男は娘をさらって文字通り姿を消してしまったのだ。
幼い赤子を連れた商人の姿を見たという噂もなく、他に考えられることはなかった。
そしてインスティチュートはすでにこの連邦を圧倒的な恐怖で満たしていた。
同時に別の事情が――問題が母と子を襲っていた。
猜疑心で半狂乱となった母親が正気を取り戻したときには、やみくもに他人に助けを求めたせいで大事なキャップをほとんど吐き出してしまっていたのだ。
さらに同じころ、リン・カレッジスクールそばの居住地に住んでいた母の妹がレイダーの襲撃で命を落としていた。
居住地は崩壊し、全てを奪われたジミーの従兄弟が助けを求めて2人の前にやってきたのだ。幼い子供を持つ母は怒りをかみ殺して無理やりに正気を取り戻すと、インスティチュートを憎むことで、ようやく厳しい現実に立ち向かうことにした。
ジミーはその時が懐かしいのだろうか。
星空を見上げて、わずかに笑みを浮かべている。
「それはとても幸せな時間だったと思うんです」
今振り返れば、ということか。
ニックは黙って聞いていた。
愛した夫は失ったが、若く働き盛りの若者がその穴を埋めてくれた。
ジミーも妹を失ったが、それほど長く一緒だったわけではないので感情はとくになく。新たに出来た従兄弟を兄と呼んで慕った。
不幸を乗り越えて誕生した新しい家族には、幸せを感じる時間が必要だった。
ニックは興味が出て、つい質問する。
「君の母親は、店を出そうとはしなかったのかい?」
「ええ、まったく考えていませんでした。母は一箇所に留まることを嫌ってました。多分、妹と父のことがそれを悪化させたのかもしれませんけど」
「ああ、なるほどな……」
実際に怒りを飲み込んで息子をこの連邦の中から探し出そうという男をニックは知っている。
それが母親であっても、きっと変わらないのだろう。ただ彼と違い、ジミーの母親にはまだ守るべき家族が残っていたというだけだ。
だがその差だけでも、人はどれだけ救われるのか知れない。
「母は連邦の南部で商売をしていました。あのクインシーにも行ったことがあります」
「クインシーの虐殺の?」
「ええ――母はあの町は嫌いでした。
兄は――従兄弟は平和な場所だと言ってましたけど、母はそうは考えなかった。天候と問題がないとわかったら、そこから2日と長居はしませんでした。従兄弟はそれが不満そうでしたけど」
心休まる数年が過ぎたが、ついに連邦は小さなこの家族の足に噛み付いた。
この頃、傭兵団が力を急激につけ始めていた。
強い力を求めた傭兵達は軍と呼べるまでの力を必要とし、その活動の一環としてレイダーの如き略奪を自らの職分に加えてはいたが。ついにそれがバランスを崩させ、レイダーが次々とそこへと勢いよく流れこんでいってしまった。
最終的にそれが、強大なガンナー族ともよばれる傭兵団の誕生へと結びつくことになる。そして奴等が仕事として襲った居住地のひとつに、運悪くジミーたちの家族も訪れていたことがあった――。
「僕はバラモンと荷物を持って逃げたんです。銃は使えましたが、人を撃ちたくなかったから……。
母は僕と従兄弟を探して――大怪我を。従兄弟はそこで死んだそうです」
「そうか。大変だったろう?」
「ええ、まぁ。といっても、僕はまだ子供でしたけど。もう商売のやり方はしってましたし。連邦を歩く道も覚えてましたから。
母は傷がひどくて、もう旅は出来なかったんですが。僕はひとりで旅をしました、1年ほどでしたけど」
「子供が連邦を歩くのか。驚いたな」
「ルートを変えたんで、従兄弟とずっと話していたことだったし。ガンナーはすでにありましたし、当時はまだ他にもいくつか傭兵組織がありましたけど、最後は彼らがそのあたりを支配する未来は見えていました」
それも理解できる。
人間の勢力として考えるなら、今は連邦の南部をほぼほぼ支配しているガンナーたちを無視することは出来ない。
危険なアポミネーションは別にしても、”真っ当な”レイダー達は傭兵によってボストンにまで押し上げられてしまっている。今の南部はガンナーの支配する狩場であり、餌場になってしまった。
そして徐々に北部へも手を伸ばし、連邦全てを支配する可能性さえ噂されている。
「子供でも立派な旅商人というわけだ、どれだけやっていたんだ?」
「別に、言ったでしょ。1年もありません」
「そうか――」
「兄が死んでから、母がすっかり塞ぎこむようになってしまって。今度は僕が旅に出ることを許さないって」
「店を出すと言ったのか?」
「いえ、そんなキャップは残ってなくて。バンカーヒルで手伝いの真似をやってましたけど、それじゃ生きていけなかった」
「厳しい話だな」
「そうじゃないんです」
若者の顔が歪んでいく。
口にしたくないことを、話そうとしているのかもしれない。
「?」
「母は――あの人はそういうんじゃなかったんです」
「どういうことだ?」
「母は弱ってました。だから――はぁ、あの人は従兄弟と関係を結んでいたんです。そういう意味です。
あの人はだから従兄弟が、兄が死んで僕が自分を捨てるんじゃないかって。疑心暗鬼になってしまった」
「……参ったな」
眠れぬ夜に聞くような、ちょっとしたほろ苦くも甘い昔話を彼に求めたのは間違いだとニックは認めなくてはならなかった。
そこから出てくるものはなにひとつ、聞くに堪えられない悲しい物語ばかりだった。
なのに夜はちっとも終わる気配はないし、もう話はいいだろうとここで言うのも失礼なことだ。
「バンカーヒルでも色々あって、そのうち母も死にました」
「そうか……こんな時になんだが、聞いてしまった以上はいわないといけない気がするんでな。君のお母さんにお悔やみを」
「―-ありがとうございます」
「それでミニッツメンに?商人はやめたのか?」
「いえ、ミニッツメンはその後です。商人をやめました。
やっぱり子供だと態度を変える客が多くて、出て行った後をつけて襲おうとした奴もいたから――」
「人を撃ったのは、その時が初めてか?」
「まぁ」
「そうか――」
「旅をしてました、あちこちを見て回りたかった。自由だったし、それで死んでもいいと思ったから」
「……」
「でも、そこである人にあったんです。彼について回って、弟子にしてくれって言ってました」
「そりゃ、面白いな。君が弟子入りしたい相手とは、誰なんだい?」
「正義のミカタです」
「え」
思わずニックはジミーを見直してしまった。
だが、本人はまじめなまま。どうやら嘘ではないようだ。
「結局、僕は弟子には出来ないといわれて。ライフルの方が得意だからって」
「ライフル?彼は――その正義のミカタとかなんとかは、なにをしていた?」
「昔ながらのリボルバーのピストルを。すごく目とか、鼻とか、耳もよくて。遠くで助けを求める声があると、すぐに飛んでいってバババッて、倒して――」
「ちょっと待った!」
ニックは知らないうちに腰を浮かしていた。変な話だが、この人造人間は自分が機械であるくせに、興奮している自分を自覚した。
だが、その価値のある。凄いものを自分は聞いているのだとわかってしまったから、仕方ない。
「その人の名前は?」
「わかりません。名乗る必要はない、って」
「君はなんと呼んだ?」
「ミステリーマンって、本当に謎の――」
「そうだ。それは謎の人物その人だよ、ジミー!」
若者は言われた意味がわからずキョトンとしていた。
ニックは冷静さを必死に取り戻すと、話を先に進めるように求めた。
しかし、若者の言葉にはもう彼を興奮させるものは出てこなかった。
ミニッツメンの復活とサンクチュアリの情報を聞いた。ガービーにも彼と同じものがあると信じて、ミニッツメンへと加入した――。
「ミステリーマンのこと、ニックは知っていたのですか?」
「私も彼には興味を持っているひとりでね。まだ直接は会ったことはないが、噂を調査していた。彼は連邦以外でも活動しているようで、あのキャピタル・ウェイストランドでは守護天使などと呼ばれていたらしい」
「守護天使――わかります、そんな人でした」
ジミーの顔にようやく若者らしい、子供のような無邪気な笑みが浮かぶ。
憂鬱な夜のなにげない会話が、ようやくその本質を取り戻した瞬間がこの時だったのかもしれない。
そしてニックは心の中で決断していた。
プレストン・ガービーには会いに行く。だが、その前に自分たちは向かうべき場所があるのではないか?
太陽が昇れば、夜は西の空へと沈んでいく。そしてそこにあの男はあの日、旅立っていった。
だからその先で何があったのかを、この探偵がさっさと見つけてしまえばいい。
あの男を知っている連中が知りたいことは、ようするにそういうことなのだから。それがわかれば、問題だってほとんどないのも同じなのだ、と。
(設定)
・パラディン・ブランディス
ゲームでは「Lost Patrol」で登場。
部隊の指揮官であり、最後の生き残りであった。この作品では、多分ゲームとは違う未来をたどると思われる。
・リン・カレッジスクール
正確にはリン(市)・カレッジ・スクールの意味。
原作には出てこない学校跡の植民地という設定。実際にはリン・ピアー・パーキングくらいしか残されていない。廃墟の町になってしまった。
・クインシーの虐殺
旧ミニッツメン崩壊の原因となった事件。
派閥争いがついに分裂を生み、町を襲うガンナーの側に走った事件。だが不思議な話、ゲームではガービーは彼らへの報復に興味がないという設定のようだ。
イイ人すぎるだろう、ガービー。
・ミステリーマン
主人公が戦闘中、突如としてあらわれてはリボルバーで一撃必殺の援護をしてくれる。
パーク「Mysterious Stranger」の相手。
実は今のアキラの姿(綺麗なコート、スーツ)は彼の噂を利用しようと背後にいる連中が考えてさせている。ここでちょろっと公開。