「いけません」コズワースは慌てて声を上げたが、そんなことでこのパイパー・ライトさんはブレーキなんて決して踏む間違いは犯さない。
何者かの襲撃を受けたらしく、モクモクと黒い煙が上がっている高台の頂上にむかって走り続ける。
争う音はもうしなかったけれども、いやな感じはそこにまだ残っていたのでパイパーはそれを確かめようと考えた。
いつもながらの無謀な行動というやつだ、わかっている。
坂を一気に駆け上ると、そこで暢気にしている2つの人影に向けて銃を向けた――。
一方、探偵のニック・バレンタインはへーゲン砦の中を再び最初からたどり直していた。
ついてきているジミーは、不安そうに何度もミニッツメンの証でもある帽子をかぶりなおすしぐさを見せている。彼がそんなにする気持ちはわからないではない。安全と分かっても、なおここにいることが不安なのだろう。
何せ床には、破壊されたインスティチュートの人造人間達がこれまで見たことのない数で、動かなくなっているのだから――。
「あの、パイパーさんとロボット。戻ってきませんね」
「ああ。彼女が怪しいと飛び出していったのなら、彼女自身が納得するまではここに戻ってはこないだろう。
こっちはこっちで、のんびりと捜査をやらせてもらおうじゃないか」
「いや、女性ひとりでも大丈夫でしょうか?」
「君は紳士なんだな。彼女に言ってやるといい、喜ぶだろう」
「はぁ」
自分がいかにおかしな返答を口にしているのか、ニックは自覚しても恍けていた。
パイパーはどうせあんな性格だ。ここで起きたであろう激闘の後を何度も検証し、決死の覚悟でここを訪れた彼に何が起こったのかを再現する作業に、彼女は心のどこかで恐れているのかもしれない。
「心配は要らないさ。彼女はあれでも見た目と違い、修羅場はこなしている女性だ。馬鹿はしない」
「ええ、そうですよね」
(ここで口やかましくされなくていい、とは言えんよな)
一番重要な部分は、やはり口には出さないでいる。
思えばダイアモンドシティを出る前から、自分はここを目指すべきではないかと探偵はずっと悩んでいたのではなかったか?
別の仕事で情報を求めたとき、なにげに連邦の西部での騒ぎには特別神経質になっていたのは、やっぱりちゃんとした理由があったのだ。
彼の足跡、その危険な追跡劇がどんな終わりを迎えたのか。ハッピーエンドがあったのか、そうでなかったか?
それを自分はどうしても知りたいと思ってはいなかったか?
探偵の目は、あの時のレオたちとは違い。ケロッグが待ち構えているであろう一か所をあっさりと見つけ出していた。
へーゲン砦、なんでそれがわかるかって?
まぁ、探偵の感ってやつだろうとしか答えられない質問だな。
ここに辿りついてみると、まず全員は言葉を失ってしまう。
ケロッグがなにかの理由でここにいたのは想像がついたが、それがこんなとんでもない数の人造人間を率いていたとは、考えもしなかった。
パイパーの様子がおかしくなったのはその時からだ。まぁ、彼女にしたら知りたくなかった現実だろう。
「だが希望はある、多分な」
探偵はまだ諦めてはいない。
なぜならばここの床には破壊された人造人間達があっても、そこに人間の――彼の遺体らしきものはどこにもなかったからだ。
そして忘れてはいけない、犬のことだ。どうやら忠実なる従者は復讐鬼となった男と共に、この戦場を戦い抜いた痕跡を確認することが出来た。
(そうなると、犬は戦闘の後で。レオとはここの外で、離ればなれになったと考えるべきか)
フム、と唸ると探偵は砦の最奥の部屋の中でようやく足を止める。何度も同じ道をそれまで行ったり来たりしていたのが突然終わり、ジミーは何事かと疑問の表情で探偵にふりむいた。
「俺達はここの捜索に5回、そう5度やり直してみたよな」
「はい、ほとんど丸一日。何度も」
「そうだ、大変だった。だがそこまでやっても、なぜかすっきりと問題が解決していないんだ。これが困った」
「……」
「レオの、君達ミニッツメンの将軍である彼の足跡からは、どうしてもわからないことがある」
探偵の推理がさく裂しようとしていた。
レオの侵入方法はすぐにわかった。
砦の外に取り付けられていたターレットをまず破壊すると、次に彼は何をした?
いきなり砦の中に飛び込むような真似はしなかったはずだ。
建物の出口の場所を歩き回って丹念に確認してから、地下駐車場から建物の中へと侵入した。当然、そこで人造人間達との交戦状態に入る。
そして復讐は果たされる、しかしハッピーエンドはなかった。
そして――。
「違うな、その前に……何かが起こったのだ」
「え?」
「それが何なのかはわからない。それが何かはわからないが、とにかくそれはあったとしか思えない。
入口のそばの部屋の中では爆発の破壊、それにズタズタにされた人間の装備と。あきらかに機械工学ではありえない生物の血がそこかしこに飛び散っていた。
そこに死体があれば、致命傷だと断じてもいいくらいの量の出血だ。
だが男とそれに付き従う従者の足は止まらなかった――まるでラジオドラマのようなドラマチックな展開だが。地獄の底から戻ってきて、再び復讐のために歩き出した。
そして実際にそうなった。
なぜならば、あそこ以降。
彼らが戦いに傷ついて、血を流したという痕跡はこの部屋にたどりつくまでにほとんど残っていない。これが問題だ」
「えっ、えっ?」
「そうだ、なにもかもがおかしいんだ。
この物語はどうもおかしい。死にかけた男が、最後の力を振り絞って戦ったというなら、それは納得できる。
だが、違うな。
レオは”死にかけてから”突然元気よく暴れ始め。自分の前に立ちふさがるすべてをなぎ倒してしまった。
歩き方がそれを証明している。警戒していた最初がまるで間違っていたというように力強いものとなっている。そしてかなりの早さですべてを終わらせている」
「それって、つまり?」
探偵はコートのポケットから煙草を取り出した。
一本を口にくわえると、わざわざマッチで火をつける。煙を吸い、煙を吐きだす――バイオ工学で作られた人造人間ではないことの悲しさだ。
ロボットの身体では、この行為を完璧にやり遂げるのにコツがいる。
「つまり真実はなおも闇の中というわけさ。それでも彼の無事は確認できた。
ミニッツメンの将軍は今もこの連邦で元気に活躍している。ただし、それは誰にも知られないように。内緒で行動しているってことだ。
プレストン・ガービーもこれには納得してもらえるだろう」
何があったのかはわからない。
だが、レオは間違いなく生きている。それがわかっただけでも、だいぶマシなことになったはずだ。
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プリドゥエンに三度衝撃が走った。
その報告が信じられなくて、迎えに現れた艦長のケルズを遠巻きにして。兵士達はベルチバードの到着を待った。
「……よく、帰還してくれた」
「あ、ああ――どうも。あ、ありがとうございます」
「うん、パラディン・ブランディス。
まずは医師のチェックを受けてもらう。その後は……とにかく、まずは疲れを癒すことだけ考えたらいい」
「は、はい。り、了解で、す。」
「アド・ヴィクトリアム。パラディン、君を再び迎えることが出来て大変にうれしく思っている」
なんてことだ。
到着したベルチバードから降りてきた、やせ細った無残な老人の姿には絶句した。
あんな姿を見ることになろうとは。
かつての自信と経験で明快な人柄であった古参の兵士の面影はまったく消え去ってしまっている。あれほどの男が、今では新兵のように頼りない敬礼と怯えた目で周囲を落ち着きなく見ていた。
彼はここにいるだけで、すでにパニックをおこしかけていたのだ――。
少年兵――いや、従者のひとりに付き添われて立ち去る彼の背中を見てどう思った?
この連邦は優れた兵士を数年をかけてあそこまで徹底的に弱らせ、破壊してしまったのだ。なんて恐ろしい場所、恐るべき敵であるか!
思わず艦長は青い空を見まわし、それからうつむくと誰にも聞こえない小さな声でもう一度だけ「なんてことだ」と声に出した。
エルダーが兵士に「ここまでプリドゥエンが無傷で進軍できたことは大勝利」と口にしたことが、はからずも真実であったのかもしれないのだと、いまさらにして思い知らされた。この連邦は決してたやすいものではない。
一呼吸を置いてから、姿勢を正すとそれですべて終わらせる。
死んだと思っていた仲間の帰還、それは確かに喜ばしいことではあるが。そうとはっきり言いきれないあたりが、この組織の難しい話でもあるのだ。
すぐに動揺は兵士たちの間を走り、なにか事件も起こるかもしれない。それが大きな騒ぎにしないよう、今からしっかりと目を光らせておかなくては―ー。
プリドゥエンの食堂では、パラディン・レーンが部下と離れて将官用のテーブルでひとり、食事の最中であった。
下の空港のフェラルどもを一刻も早く駆除しなくてはならない――。
ほとんど強迫観念にも近いこの考えで、パラディンとナイトを中心にフル稼働で戦闘と調査が実行され。
それに付き合わされたスクライブ達とは我慢比べに突入。現場はすでに殺伐とした空気と言葉が飛び交い、どちらが先に爆発するのかを。フェラルに作業を邪魔されながらも続けている。
そうした外でため込んできた緊張と疲労はあそこから船内へと持ち込まれ、ここの食堂と寝床にも不満の空気をはっきりと漂わせていた。
「おや、まぁ。パラディン、その不満そうな顔は久しぶりに見たね」
「――プロクター・イングラム、あんたもこんな時間に食事?」
「休憩だよ。8分間だけね」
「この皿のなかのものをやっつけたら。こっちは12時間の睡眠だよ、まるで天国だ。悪いね」
「別に、それにそっちがいいとばかりは言えないようだし」
レーンの目の周りに浮かんでいるクマを見ないふりをして、イングラムはむかいの席に座った。
整備班も仕事の山を前に、似たような状況なのだろうが。だからといって慰めあうだの、騒ぐだのという元気はない。
「下ではフェラル共の泉を夢中になって掘り起こしているらしいね?」
「スクライブの連中も気の毒よ。こっちにつきあって、調査を何度も何度もやり直しさせられている」
「また数字を間違えていたんだってね」
どうでもいいことだ、レーンはあえてこの言葉は口にしなかった。
地下鉄網を徘徊しているフェラルが尽きることはないらしい。戦闘は常に断続的におこなわれ、攻撃はつねに激しいものだった。そんな中で調査に集中しろと、言われて涙目になる彼らが、むしろ気の毒でならない。
そのうちこっちもおかしくなってきて。
疲労の中でバカなことを考えたパラディンが、殺したフェラルの残骸をかき集めてそこを腐肉の壁を築き上げてしまった時が、一番ヤバかった。
その結果?
悲劇が喜劇と惨劇が同時におこったといえばわかってもらえるだろうか?
とんでもないことになった、ふさがれた通路が崩れ落ち、その肉片の向こうから新しい肉片の原因が這いずり、かき分けてこちらに殺到してくる――冗談じゃなかった。
「なんとかなりそうなの?正直、ここから見下ろす空港内にある物資に、こっちはずっとお預け食らっているのよ」
「――話は決まっている。でもそうじゃない、ってハナシ」
「なにソレ?」
皿の中の物体をつついていたフォークを置いた。
「本当はあそこを吹っ飛ばしてしまいたいの。でも、手続きやら説明が必要で。それでスクライブ達に無理をやらせているってワケ」
「それじゃ。会議のために、縄張り争いであんな消耗戦じみたことをやってるの?」
「エルダーは落ち着いているのが救いかな」
彼を見習って落ち着けば、時間が少しくらいかかっても別にいいのだ。リーダーはすでに心を定めていて、兵士たちはそれにちゃんと従っているのだから。
なのに士官だけが浮ついたように戦いに焦りを持ち込んでくる。
「それより、ダンスの話は知ってる?」
「ああ――敗走中の部隊のひとつを欠員を出すことなく回収したってヤツ?」
「情報が古いよ。最新はもっと驚くはず」
「なに?」
「アルテミスの最後の生き残り。それを回収したんだよ、あの新人と一緒にね」
一瞬、疲れたレーンの脳みそは「アルテミスってなんだっけ?」と思ってしまった。
だがそれが何か、思い出すと。さすがに両目を大きく見開いて、思わずイングラムを見直してしまった。
「誰?生き残りがいたって、本当!?」
「ああ、そうさ。パラディン・ブランディスだって。今、医務室で検査を受けているらしいよ」
「ブランディスが――」
驚いた、とにかく驚いた。
だが、それはそれでマズイことにもなりそうだ。
「あれ?なによ?」
「ん?」
「顔が曇った。なにかあるの?」
「いや、別に――」
「トボケるなよ。キャプテン・ケルズもエルダー・マクソンも表面上は良かったと喜んでいるようだけど。
確かにこれはこれで色々と難しいことになるかもしれないね。あんたも、ダンスとあの新人のナイトとは付き合い方をちゃんと考えておいたほうがいいかも……なんてね」
「――時間、過ぎてるんじゃないの?」
そうやってイングラムを追い払うと、改めてレーンは考え込んだ。
確かにブランディスの帰還はいいことばかりじゃない。ダンスや、あのレオとかいうナイトの意見は今後の組織にとっては無視できないものとなっていく可能性が出てきてしまった。
(あんた、どこまで運がないっていうの。ダンス……)
せめて綱紀粛正の名の下で、味方の手で殺されないよう。
今はのんきに連邦を新人ナイトと共に飛び回っているらしい同僚に、これからの無事を祈ってやらなくてはいけない気がする。
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見覚えのない機械がそこにあった。
装置の中には、グロテスクな人の脳が液体の中を漂い。そこには目がひとつだけくっつけられていた。
私とダンスがいぶかしげにそれに近づくと、驚いたことに向こうからこちらに話しかけてきた。
「パワーアーマー?お前達はラスト・デビルには見えない。ここで何をしている?」
「……お前の見るからに邪悪そうな脳味噌を、これから乱暴に引きずり出そうとしているところだ」
ダンスと顔を見合わせると、私は過剰な表現を用いてこれからの予定を口にした。
パラディン・ブランディスの回収を終え、彼が暮らしていたバンカーに部隊が派遣されるのを待つと。
やってきた部隊はエルダー・マクソンからの新たな指令を持ってきた。
「どうやら残りの部隊の壊滅が確認されたようだ」
「そうか、残念だ」
「ああ――だが、どうやらレイダーがそれに関わっていた証拠がでたようだ。ハイテク・レイダーらしい」
「――それはラスト・デビルのことか?」
知っている名前が自然と口にした。
「たぶんそうだろう。そいつらが部隊から武器を奪った可能性がある。それを回収してこい、だそうだ」
「レイダーのねぐらを2人で襲撃しろというのか」
「なに、そうはいってもレイダーが相手だ。奴らに襲われて引っ掻き回されるのは腹が立つが、こっちからむこうを引っ掻き回すなら。
我々だけでも不可能ではないのではないか?」
妙に明るい声で簡単なことのようにダンスは言うが。
これはそういう話ではない。
(エルダー・マクソンはこちらを疎んじている?それとも、俺のことを試しているつもりなのか?)
とにかくそんなこともあって、兵士がバンカーの物資を残らず運び出すのを確認すると、ベルチバードで2人新たな任務にそのまま出発したのであった。
今度の敵はハイテク・レイダー。
だがその本質はロボットを使っているというだけで、レイダーという連中の戦い方までが変わっているなんてことは絶対にない。
相手にロボットをけしかけ、自分たちは安全な後方からチマチマとちょっかいを出す。これが彼らの戦闘における約束事だ。
私もダンスももう慣れたもので、お互いをフォローしあいながら一気に入口から突入すると。泡を食った連中は、あっさりとなぎ倒してしまった。
「ここまでは順調だな」
「あんたはいつもそれだな、ダンス。やつらのひとりでも生かしておきたかった。ほかに何人いるのか、聞き出せない」
「物事のポジティブな面を見る、これはお前から学んだことなんだが――」
お互いまだまだ余裕がある。
結局は黒煙を噴き上げる衛星アレイの中枢に向け、2人は並んで中に入っていくことになったのであった。
「では、私は少し話をしよう」
「――変なロボットだな。それなら、早くしてくれ。こっちは今、戦闘中なのでね」
アキラがいればきっとこいつに大喜びしたであろうが、私にはそれがわずらわしく感じられてならない。
==========
ハングマンズ・アリーでは、ここの支部長を任されていたマクナマスが半狂乱になっているところであった。
「あの野郎……」
唸り声と共に飲み込む憎悪の言葉には、まだわずかに理性が残されている。
自分は情けないことに、あのダイアモンドシティの市長にしてやられた。
例の挨拶の会話は、交わされた言葉を改竄されてボストンのあちこちに噂ではなくはっきりとメディアにのせて伝えられてしまったのだ。
曰く、ミニッツメンはついにボストンへと戻ってきた。
調子よくトップに取り上げられる言葉は、盛大に花を添えるための打ち上げ花火でしかない。読み進めればさらに威勢の良い言葉が、ポンポンと簡単に飛び出してくる。
「まずいですよ、これって――」
ビー・ハイブ(蜂の巣)の設備を整える作業を進めている、部下たちも顔色が悪くなっている。
それも仕方ないだろう。
「あの市長の野郎、あなたとの会談が終わったあとから街のあちこちで演説して回ったそうですよ。例の宣言したってのは、翌日に『噂の真実を』とかなんとか理由をつけてのものだったとか」
「全部が計算づくか、ただただ。一方的にやられたわけか、こっちが」
「――復活したミニッツメンは、以前のものよりもさらに精強なものとなった。このボストンに限らず、これからのつらく苦しい連邦の人々の希望の光となるだろう。
最後のミニッツメン、ガービーの指示を受けて。ダイアモンドシティに更なる危険がまとわりつくことがないように、マクナマス司令率いる部隊は旧レイダーのアジトの要塞化を今も進めている」
「……」
「これが完成した暁には、さらなるミニッツメンが次々と誕生し。連邦の北部に始まった彼らの平和活動はついに完成へと――」
「もういい、読むのをやめてくれ」
今ならダイアモンドシティに突入したがるレイダー共の気持ちが何やらわかってしまいそうな気がする。
マクナマスは突如として自分と部下達の前方に発生した暗雲のその不吉さに、戦慄せずにはいられなかった。
「なんでここを要塞化している、なんて話になるんだ?あそこでは、そんな話はしていないっ」
これについてはマクドナウ市長の責任というより、ミニッツメンの側に実は責任があった。
物資の調達に商人を使う時、ミニッツメンの若い兵士たちはついつい気が大きくなって、適当なことを話に混ぜて彼らに語って聞かせていた。
ビー・ハイブというのは蜂の巣のようにして、居住空間を仕切っているというものでしかなく。もちろん防衛についても考えてはあるものの。要塞化するための計画では決してなかったのだが、彼らはそうとは考えなかった。
気が付くと、ここは蜂の巣のようにして兵士たちにとって安全な空間であり。外敵が来ても余裕で対処できる要塞、と理解されていた。
「どうしますか?」
「今更、あの町に怒鳴り込んでもどうしようもない。それよりも――」
この後のことが問題だった。
あの市長の考えは簡単だ、露骨すぎて隠してすらいない。要するにここをレイダー共の遊び場にしてやろうというのだろう。
そしてそれはあっさりと成功した。マクナマスにも隙は多くあったせいで。
だがそれもすべて終わっていることだ。
レイダーは間違いなくこの瞬間にも、どこからかこの話題を耳にしているだろうし。そのせいで間違いなくここに攻撃される危険性はレッドゾーンにまで引きあがっていることを認めないわけにはいかない。
今週か?来週か?それとも数日以内か?
さらには朝か、夜か、夜明けを狙うのか?
ここにいる手勢がわずかに小隊規模しかいないと知られれば、間違いなく猛って攻め込んでくるに違いなかった。
「俺達、マトにされてますよね?」
「――しっかりしろ!設備を、防衛ラインで急いで組み上げなくてはならない。すぐに物資の状況を確認しておけ」
「わかりましたっ」
仕事の質が変わったが、忙しいことに変わりはない。
攻撃を受ける前にやらねばならないことはあまりにも多すぎる。
構築中の防衛設備とは別に、武器を再点検し、弾薬の確認も必要だ。食料と医薬品も、揃っていただろうか?
(ガービーにはどう報告する?)
ぎくりとして動きが止まった。
かつては先輩と後輩。かつての同志、古参兵。
その期待を受けて、この場所での責任と力はガービーから与えられたものであった。
だが――残念ながら悲劇は避けられなくなり始めている。
己があまりにも間抜けであったがために!
これほど大きな声で吹聴してくれたのだ。
隠そうとしてこのまま黙っていたとしても、すぐに噂はサンクチュアリにいる彼の耳にも届くだろう。
彼の信頼を重要だと考えるならば、この瞬間にもこの難しい状況に陥った事情をまとめ、新たな援軍を求める使者を送り出さなければならない。
だが、しかし――。
(かつてのミニッツメンで学んだことは、今の連邦ではまったく通用しないと認めなくてはならないのかっ)
不条理な怒りと、悔しさがあった。
かつてはなにがあろうとも、住人達はミニッツメンを自分達の守護者として認めてくれていた。なにか思惑があったとしても、礼節を守らせるものが互いに持っていたはずだったのに。
そんなものにダイアモンドシティの住人達は気にもしていないということだ。
マクナマス支部長は、頭を振る。切り替える必要があると考え、建設途中の2階から居住地を見下ろしてみた。
ちょうど作物を植えた土の上を手で掻き回しているケイトの背中が見える。
土をいじる、冬用のジャケットを着た彼女の背中には、ミッキーの芽には別の姿がぶれて見える気がした――。
(ダメだ!そんな場合じゃない。彼女とのことは、後回しにしないと……)
ミニッツメン達の怯えは現実のものとなる。
翌日、ハングマンズ・アリーの真正面にある建物の壁に旅商人の死体が飾られた。
首のない死体は杭でもって建物の壁に張り付けにされ。
失った首の代わりに、その商人が連れていたと思われるバラモンの首がそばにうちすてられていた。
深夜のうちにこれを飾って立ち去ったらしい。
それはメッセージであった。
ミニッツメンよ、首を洗って待っていろ。ボストンのレイダーたちからの殺意が、そこにぎっしりとはっきり込められていた。
==========
飛び出してきたバイパーは「動くな!」と格好よく叫びつつ、銃を向ける。
向けられた方は――正直、戸惑っていた。
「ああ、お嬢さん。どなたかな?」
「はぁ?なにをいってるのよ。見ればわかるでしょ」
「――いや、わからないな」
「こっちはイイモンで、そっちがワルモノ。ほら、理解できたじゃない?」
「ああ、いや。ちょっと待ってほしい、落ち着いて話をしないか?」
「はァ?のんきだね。それ、本気で言ってる?」
パワーアーマーのふたりは、まったく動揺を見せないままピストルをむけている強気のパイパーに混乱しているようだ。
普通に考えれば、パイパーは圧倒的にまずい状況にいるはずなのだが。当の本人は、そうは考えていないのは明らかだ。
「我々はパワーアーマーを着ているのが、わかるかい?」
「そうみたいだね。だから、なに?」
「こうしよう、お互い顔を見せて。つまり、このヘルメットを脱いでもいいかな?」
「いいよ、それくらいなら別にね。でも、へんなことをしようっていうなら」
「しないさ。ちょっと待ってくれ」
ヘルメットを脱ぐと、そこには男のむせるようなひげ面が現れた。
「私は、B.O.S.のパラディン・ダンスという。お嬢さんは、どなたかな?」
「パイパー。パイパー・ライト、ダイアモンドシティの正義。パブリック・オカレンシアの美人記者だよ」
「そうか。なるほど、たしかに――美人だ」
どうにも会話のリズムがお互いに合いそうにない。
「無口な方は、顔を見せてくれないの?」
「彼か?彼は――」
しかしもうひとりはヘルメットに手をかける気はないようで。パイパーの問いかけに対しては両手を開いてただ、肩をすくめて見せただけだった。
「ああっと……私だけでいいだろう?別に、君がどうしても彼の顔を見たいわけでもないだろう?」
「そうかもね。それで?噂のB.O.S.が、こんなところで何をしているのかな?」
「ソレなら答えられるよ、レイダー退治だ。我々の仲間が攻撃を受けたんでね――取られたものを回収しようと」
「へェ、それでレイダーはどこに?」
「そこの物陰や、アレイの中にもいる。といっても――」
すでに死んでいるのだが――。
パイパーはようやくゆるゆると構えを解く姿勢を見せた。
「なるほどね。それじゃ、ご苦労さんとねぎらったほうがよかったのかな?」
「そうだな。出来たら美人の記者さんが、なんでこんなところにいるのか。説明を聞かせてくれると、こっちもありがたいのだが」
パイパーは銃をしまい込む。
「へ―ゲン砦ってところに人を探しに来たんだ、友人と一緒にね。私は周りを見て回ろうと思って、そしたらここで騒ぎが見えたから――」
「なるほど、飛び込んできたわけだな。我々との出会いも、それで説明はつく」
遠くでコズワースの安否を気遣う声が聞こえてきた。
どうやら戻ったほうがいいようだ。
「呼ばれてる、もういかないと――」
「ああ、そうしたほうがいいだろうね。悪いが、君を送り届けるつもりはない」
「私はここを離れるけど、そっちはまだ用事が?」
「嫌、我々もすぐに退散するよ。結局、ここのレイダーは我々の武器を回収してはいなかったからね」
「そう、それじゃ」
やはり嵐のようだった、改めて彼女をそう思う。
コズワースの元へと風のように走り去っていくパイパーの背中を見ていたが、私は結局自分の存在を友人達には知らせることはなかった。
彼らを目にして、思うことは色々あったが。
今はまだ戻れない。
「それでは、我々もこれから本隊に戻ろうじゃないか。ようやくエルダー・マクソンが、君と会いたがっているはずだからね」
「――ああ、楽しみだよ。ダンス」
(設定)
・グロテスクな人の脳
これは実際に人の脳をつかったロボット、ロボブレインの頭部。