ワイルド&ワンダラー   作:鷹雪
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暴発して投稿してしまった回。
色々あるんですが、ひどいことになってます。


笑顔(Akira)

 ディーコンはピンチに陥っていた――。

 

「おーい」「ステルス能力、素晴らしい」「生体反応、ない」「隠れてますね、無駄ですよ」

 

 壁の向こうから、有象無象がそれぞれ言いたい放題だ。

 

「嬉しいね、泣けてくる」

 

 出血がこれ以上、地上を汚してあいつらにまだここに残っていることを知られたくはない。

 首に巻いていたマフラーを包帯代わりにし、急いでスティムを立て続けに投薬した。暗い屋敷の地下室で、必死になってこの状況を切り抜ける方法を考え始めている。

 

 

 サレムを離れ、そのままレールロード本部へとむかうつもりであったが。

 皮肉なことにサレㇺの出口で、なんとインスティチュートの人造人間――部隊と鉢合わせしてしまったのである。

 デズデモーナらがディーコンに語ったことと同じ理由で、もはや人の気配の消えたサレㇺに新たな拠点を作ろうとインスティチュートは部隊を派遣していた。

 

 ディーコンはさっそく緊急計画を実行した。

 連れていたひと際鈍感なバラモンのトレマーの尻を思いっきり蹴り上げ。敵の部隊の気を引いてもらう間に自分はここから静かに逃げよう、そのつもりであった。

 

 ところがである。

 痛みに悲鳴を上げたトレマーは、一転してディーコンが望む方角の逆に向かってこれまで見せたことのない機敏さで走り去ってしまったのだ。

 残されたディーコンはただ愕然とし、「敵と交戦中」などとわざわざ教えてくれた人造人間達が放ったレーザーにいくつも貫かれてしまう。

 

 それでもなんとか、だましだまし後退を続け。

 ポツンと荒野にただ残された屋敷の中へと転がり込んだ。で、一息ついているわけだ。

 

 過剰にスティムパックを使用したせいで喉が渇く。だが、残念なことに水のボトルはトレマーが逃げていく際に地面に荷物を少しづつぶちまけていったので、どこにあるのかもうわからない。

 

(手元にあるのは何本かのスティム、それにレーザーピストルと冷却グレネード2個か)

 

 火力が全く足りない。

 ということはここから逃げるしかないが、追われるのは御免だった。とはいえ、向こうもこの場所になにか確信めいたものを持っているらしく。先ほどから家の周りをあの独特な複数の足音がひっきりなしに聞こえてくる。

 

「入口を発見」

「では突入しよう」

「鍵がかかっています。どうやらここで間違いないようです」

 

 ディーコンは思わず舌打ちする。

 今日はとことんツいていない。この家に住人がいるようには感じないが、まさか外から入ってこれないように中からカギがかかっているなんて――。

 

(待て、おかしいぞ?)

 

 外から地下室への侵入口は開いていた。だからディーコンはここに隠れているわけだ。

 ではなぜ、正門の鍵は掛けられたままなのだ?

 中に守るものがあって、ということなら「うっかり」しているのでもなければそもそも自分は中に入ってこれなかったはずだ。

 

――背筋に冷たいものが流れ落ちていく

 

 レールロードの作った携帯用の広角ライトをポケットから探り出すと、慌てて周囲の様子を探った。

 この不穏な状況が当てはまる、そんな唯一の最悪の可能性を否定したかった。

 

 部屋の中にはなにもない。

 ホコリとゴミ、そしてアルミ缶などが転がっているだけ。よし、ここにはなにもない。

 続いて部屋を出て、廊下を進む。

 別におかしいところはどこにも――。

 

 ぐるるるるっるるゥ。

 

 獣の低い唸り声と、自分の真上。床がミシミシときしみをあげ、明らかに巨体とおぼしき物体がのたくる音をはっきりと聞いた。今の動きで弾き飛ばされたらしい、人の死体が床に空いた穴から地下室へと落下し。光を向けると、そこには他にも上から落とされたらしい死者たちの残骸が積み上げられていた。

 瞬きは止まり、息を殺し、しゃがんでよちよち歩きをしていたが。それもやめた。

 

「……クソッ」

 

 間違えようもない、デスクローだ。

 

「諦めて出てきなさい、こちらから行きますよ」

「この扉を破壊する」

「攻撃態勢をとれ、逃がしてはならない」

 

 お気楽なものだ。

 この家自体がちょっとしたビックリ箱になっていることにまだ気が付いていないのだ。

 

(連中は上の家主に任せて、すべてが終わったら俺は外に出ていけばいい。そうだ、むしろ幸運だったんだ)

 

 静かに息を吐く。するとちょうど人造人間達は上の階の出入り口を押し開けて建物の中へとなだれ込んできたようだ。

 不愉快そうだった獣の声は今、はっきりと怒りの咆哮へと変わる。

 人造人間達は相手が何者かを考えるまでもなく、闘争本能をむき出しにする新たな敵にさっそく攻撃を開始する――。

 

 

==========

 

 話は簡単、そうボッビは自信ありげに言ったが。実際はとんでもない地下迷宮を彷徨う羽目になった。

 メルの自慢のロボットが壁に穴をあけるたび、連邦の地下世界がいかにフェラルの天国であるのか。知りたくはなかったが、それでも十分に思い知らされる。

 

 それでも、なんとかやってはこれたのだ。

 しかし――。

 

「なぁ、もう黙ってなくてもいいと思うんだ。俺は疑っている。

 ボッビが本当に正しい方角を指示していたとして、この先に本当に目的のものがあるのだろうかって」

「……彼女を信じていないのか?」

「どうかな?いや、わからないんだよ。本当にそれだけだ。

 ボッビのやり方は知っているが、それにしたってこの期に及んでも彼女は計画の詳細について語ろうとしない」

「不安か?」

「どうかな?いや、多分そうなんだろうな。ボッビも依然と同じじゃない。

 グッドネイバーではハンコックに叩きのめされ、下っ端は殺されて最近は落ち目の一方だっていわれてたし」

「それだけか?」

「ビビってるんじゃないんだ。いや、ビビってるかも。

 なぁ、俺は別にただ怯えているわけじゃない。おかしいことだらけだから。

 

 ダイアモンドシティにむかっているなら、俺達はボストンの地下を歩いているはずなのに。さっきからソーニャが切り開くとほとんど必ず地下鉄網にぶち当たっている。彼女はわざと、方角とは関係のない場所に向かわせようとしているんだ。これは間違いない

 

 だが、本当に心配なのはそんなことじゃないんだ」

「なんだ?」

「このチームの人数さ。ボッビ、俺、あんた。

 たった3人だが、考えてみれば狙うものに対してあまりにもかかわっている人間の数が少なすぎやしないか?」

「今更の話だな。それに、人が少ないということは支払われるキャップの額も大きいというだけだ」

「あんたもそれを本当に信じているとしたら、いいんだけどな」

 

 イエローマンがあまりにもつれない態度でいるために、メルはついに不貞腐れてしまう。

 すると前を歩いていたボッビが2人の方へと振り返った。

 

「靴の中が水浸しよ。靴下も濡れて、気持ち悪い」

「そんなの、みんなそうだ」

「カリカリしないでよ、メル。

 それより、いよいよダイアモンドシティの隠し金庫に到着するわ。やる気が出てきた?」

「なぁ、ボッビ。本当に俺達はダイアモンドシティへ向かっていたのか?

 俺の地図だと、あの町はもっと北側にあったはずだ」

「あんたの地図なんて、どうだっていいじゃない。いつもいってるじゃない。

 目的地へはストレートで向かうものだって。大丈夫よ、心配はいらない」

「ああ、なるほどな。あんたのストレートは、例えるなら俺が雷雨の中で密造酒を4杯飲みほした後に曲がったライフルで1キロ先のターゲットを狙い撃ちするようなものだって意味だよな?」

「すねるんじゃないの。心配はいらない、

 あんたの可愛いロボットにも、もうひと頑張りしてもらうわよ」

 

 その時、イエローマンは――アキラはようやく口を開く。

 

「ボッビ」

「なによ?質問がまだあるの?」

「本当は、どこにむかっている?”今なら”まだ、嘘であっても許そう」

 

 声には脅すような響きはなく、普通であればそれを簡単に聞き流すこともできただろう。

 だが、ボッビの答えは頑なであった。

 

「ダイアモンドシティの隠し金庫の下、よ。さぁ、いくわよ」

 

 もはや”賽は投げ”られようとしていた。

 

 

==========

 

 

 長椅子に座ったハンコックは、無言でずっと煙草の煙を吐き出し続けている。

 そこに部下のトリガーマンがはいってくると雑事の報告を簡潔に伝えにきた。

 

「取引は無事に終了したそうですよ」

「そうかい、そうかい。で、実際の話。今日の俺の街の様子はどうなっている?」

「そうですね。悪だくみしてそうな顔が、あちこちにありましたよ。いつも通り、楽しんでいるようですよ」

「それはよかった。それでこそ、グッドネイバーだ」

「では――」

「いや、ちょっと待ちな」

 

 なにか?と振り向くトリガーマンにハンコックは手を差し伸べると、相手の手の中に何かを握りこませる。

 

「これは?」

「仕事のための必需品ってやつさ、楽しんでくれ」

 

 ハンコック特製のジェットである。

 

「これはどうも、ありがたく――」

 

 そう言って笑顔で部屋を出ていく部下に、「ああ」とだけ答えるハンコックはやはり長椅子に座ったまま。煙を口からくゆらせたまま。

 

 グッドネイバーの市長、ハンコック。

 正直に言うとあれからずっと気分は晴れず、愉快ではない毎日をなんとか窮屈な思いに耐えながら暮らしていた。

 

 

 ハンコックは考える。

 実際、すべてはあのバカ騒ぎがそうだったのだ、と。

 

 新年を迎えるバカ騒ぎを邪魔されたばかりか、あろうことかくだらない広告を無理やり聞かされ。

 ただそれだけでも十分に怒りを感じざるを得ない出来事ではあった。

 

 その原因であるB.O.S.はどうやら空港の上空でいまもプカプカ浮いているらしい。

 調子に乗てやってきたのはいいが、結局はフェラルの駆除に頭を悩ましているのだろう。いい気味だ、とは思うが。それでずっと高みの見物というわけにもいかない。

 

 なにしろあいつらはキャピタルのB.O.S.なのだ。

 10年前、エンクレイヴを叩きのめし。そのテクノロジーを奪った軍団。

 いくらフェラルが湧き出てくるといっても、そういつまでもやられっぱなしにはなるとは考えられない。

 

(ところが、だ)

 

 乱暴に手に持っていた煙草を灰皿に押し付け、力の限りそれを押しつぶしてやる。

 

 ところがここに悩ましい現実があった。

 

 自分の愛するグッドネイバーという町と、市長という自分の肩書。

 これが急に窮屈なものに感じられ……というか、この両方をそろえているのは決して良いことではないと、ハンコックは考えるようになっていた。

 

 ハンコックの目は、未来へとむけられている。

 すべては見通すことはできないが、それでもある程度のことまでは理解することが出来た。

 B.O.S.にミニッツメン、レールロードにインスティチュート。さらにガンナー。

 これらは必ず、どこかで衝突するだろう。

 

 その時、ハンコック市長とグッドネイバーは何ができる?

 結論を先にすると、なにも出来ないということだけがわかった。

 あいつらがいっちょまえに戦争を始めると、グッドネイバーも市長もただの的にしかならないのだ。介入できることはほとんどないといってよかった。

 

 仮定の話となるが、このゲームに参加しようと考えるならば。グッドネイバーと市長は、縛り付けて自由を奪うものでしかなく。かといって手放すにしても、やり方を間違えればこれまでの苦労が水の泡にもなりかねない。

 

(今はただ、名案が空から降りてくることに期待するしかないのか)

 

 もうそれも信じられなくなり始めていた。

 ただの言い訳、時間切れが来た時にそれに気付けなかったと自分を誤魔化すためだけの嘘。

 そんな風にも思えてきた。

 

 

===========

 

 

 ようやくのこと目的地の金庫の中に入る。

 

「あら、ご苦労様」

「しまった……」

 

 計画は失敗だった。

 そこは列車の車庫をまるごと金庫として使っているようだったが。金庫には番人がしっかりとこの侵入者たちの前に立っていた。

 

「ハンコックが気が付いていないと、本気で思っていたの?この金庫も破れると?

 そんなわけがないでしょう。どうなるのか泳がせておいただけよ。そして見事にまた、一杯食わされたってわけね、ボッビ。無残なものね、ピエロにそんなになりたかったの?」

「――これはどういうことだ、ボッビ?」

 

 イエローマンは状況の把握を務めようと、チームリーダーに厳しく問いかけていく。

 だがボッビはすぐには答えない。悔しさに顔をゆがめ、それでもなんとかしようと考えているのだろうか。

 

「盗めるわけがない。それに、そのほうがあなた達にはむしろ良かったのよ」

「あいつの言葉に耳を貸さないで!」

 

 ハッとなってボッビは警告をあげるが、イエローマンもメルもすでにこのリーダーへの信頼は失っていた。

 

「ボッビはあなたたちをだましていたのよ。ダイアモンドシティの市長が隠した金庫、だったかしら?

 そんなものはないし。だいたいここはダイアモンドシティですらない。

 

 そもそもあなた達、まだ自分がどんなに危ない場所に立っているのかその見当すらついていないようね」

「そういうことかよ畜生、クソッタレだ、ボッビ。

 彼女がいるなら、ここはダイアモンドシティの市長の金庫なんかじゃない。

 グッドネイバーの市長、ハンコックの金庫ってことになる。あんた、俺達を道づれにしてくれたんだなっ」

 

 メルは悲鳴交じりに推理を口にすると、3人の侵入者を部下と一緒に見下ろすファーレンハイトは視線を外して小さく手で拍手を送る。当然、喜びはない。

 イエローマン――アキラから、感情の気配が消えた。

 

「説明しろ。それとも、まだ誤魔化せるとても思っているのか?」

「よく聞いて。確かに嘘をついたかもしれないけれど、山のようなお宝はもう目の前にあるわ」

「ふざけるなよ、ボッビ!

 そいつはハンコックのものだ。俺達がそれに手を付けるってことは、ハンコックからも恨みを買うってことになる」

「加えておくと、こちらは別にあなた達の命をもらおうとはまだ考えていない。

 ハンコックはもうボッビに興味はないし、あなた達2人は騙されていたのだから、多少は優しくしてやってもいい。

 

 ここから彼女を連れて立ち去りなさい。それで今日のことはなかったことにしてあげる。こちらは綺麗に忘れてあげるってことよ、悪くないでしょ?」

 

 ファーレンハイトの慈悲深い申し出を聞くと、グール特有の瞳の向こう側に感情の嵐が吹き荒れた。

 だが、表面上は冷静に落ち着いてまだ仲間であるはずの2人に訴え続けようとした。それぞれがそれぞれの意見を口にしようとする。

 

「あいつは信じちゃダメ。もうここまで来てしまったのよ、今更変えることは出来ないの。

 まだ計画は終わっちゃいない。”あんた”が彼女を殺すのよ!

 

 そうすればここにあるもの全部、私たちのものになる。市長から奪ってやるの」

「ボッビ、無茶だ――」

「できるわ。まだ、そのチャンスはある!」

「反対よ。あがいても、あなた達の手に残るものは何もないわ」

「なんてこった。彼女は、ファーレンハイトはあのハンコックの護衛だ。それに――」

 

 ここに至って、メルもついに目の前に立つイエローマンの正体にも気が付いていた。

 あのハンコック市長も認めた、グッドネイバーの若きプレーヤー。町の噂では、彼は彼女と――。

 

 

 ファーレンハイトもまた、いつもと変わらぬ茫洋とした表情と冷たい視線ですべてを見ている。

 悪党として落ちているボッビは、この計画に自分の全てをかけてきている。ここでしくじれば、彼女はこの連邦で再び浮上することは叶わないであろう。

 

 だからこそ、あえて残酷に許してやるのだと免罪符を与えた。

 この瞬間のために、ファーレンハイトもまた多くのことを人知れず成し遂げてきていた。連れてきた2人のトリガーマンには、本気であることを示すために。

 あえて耐熱スーツを着用させ、火炎放射器を持たせてある。万が一にもことが始まったとしても、炎は侵入者たちを無残にも黒焦げにしてくれるはず。

 

 なればこそ引けない。

 そしてすでに覚悟も出来ている――。

 

 アキラは無言で、まだ答えは口に出していない。

 

 

===========

 

 

 人生は驚きに満ちている――ディーコンはおかしな話だが、そんなことを考えていた。

 

 騒ぎが始まってからすでに5時間は経過した。

 だが、彼はまだ地下室でじっと息を殺して身動き一つしないように細心の注意を払っている。

 

 

 思惑通り、最初の脅威である人造人間の部隊は無事に壊滅したようだ。

 あいつらの使うレーザー音は途絶えて久しい。それに、あの鉄のこすりあうような関節音も聞こえてこない。

 ということでディーコンの問題は一つ減った。

 

 ところが今度は違う問題が出てきたのだ。

 

 それはもちろん上で寝ていたデスクローのことだ。

 自分に向けてレーザーで攻撃してくる相手を倒し、再びおとなしく眠ってくれるものと期待していたのに。

 あれからなにやら興奮気味で、開け放たれた屋敷の外をグルグルと周ったり。家の中を歩き回ったりしている。

 

 最初は何をやっているのだ?などと呑気に聞き耳を立てていたが、それが実はこちらの存在を察して探し回っているのだと気が付くと血の気がひいた。

 原因はすぐに分かった。

 ここに転がり込んできたとき、ディーコンの身体から発せられた人間の気配とそこから流れ落ちた血の匂いに反応していたのだ。傷口はすでにスティムの効果でふさがれてはいるものの、衣服に染み付いた血の匂いはしっかりと残ってしまっている。

 

(とはいえ、そろそろ限界も近づいているかもしれない)

 

 もう自分の血の匂いはしっかりと覚えられてしまっている。

 ここから逃げ出すにしても工夫がいるし、あの巨躯で追われては逃げ切れるものではない。

 それにちょうど自然の呼び声も厳しい状況だとこちらに訴えてきている。これを利用して、一か八かの賭けに出るしかないだろう――。

 

 

 ディーコンは移動を開始した。

 自分がこの屋敷の地下室に転がり込んできた裏口にむかったのだ。

 そこはすでに自分がカギをかけておいたが、それを前にして、いきなりズボンを下ろすと用を足す。

 さらに扉の取っ手に出血を抑えていたマフラーを巻き付け、さらにコートもそこに挟み込んだ。この冬空の下を旅するのにコートを失うのは厳しいが、これも自分が助かるためだ。

 

 

 作戦はこうだ、糞便を交えたディーコンの匂いにデスクローが反応するのを待つ。

 外に出て裏に回ったとわかったら、こちらは正面出口からそろそろと静かにでていく、ただそれだけだ。

 

 チャンスはすぐにもやってきた。

 こちらの思惑通り、表に出ると裏口に向かって移動を始めた。

 ディーコンはピストルをズボンのベルトに挟むと、音をたてないように静かに階段を登り、出口へと向かった。

 

(こりゃ、ひどいな――)

 

 1階のフロアはバラバラにされた人造人間と人間が床にばらまかれている。

 鼻をつく油と血と腐肉をはじめとしたアンモニア臭がたまらない――それどころじゃないとわかっているが。

 

 扉まであと数歩、そこまで行った。

 そこで急いた気持ちを無理に押し殺して一度足を止めたのは、入口の外側で小賢しくも逃げようとしていたディーコンを待ち構えていたデスクローが、フンと鼻を鳴らしたことに気が付いたからだ。

 

(どうする?引きかえすか、今なら……)

 

 無駄な問いかけであった。

 ここで背中を向けて地下に戻れたとしよう。それでどうなる?もう、迫ってくる詰めを逃れたとしても、他に手は残ってはいないのだ。

 それどころか、今度は床を破壊して地下に降りてくるのは間違いないだろう。、

 

 ディーコンは逆に姿勢を低くして出口から飛び出していく。

 頭上を鋭い爪の一振りが通り抜けるのを感じ、自分に喝采をあげたかったがそんな余裕はなかった。

 

(このまま、このまま)

 

 頼みは冷却グレネードだ。

 こいつで相手の体温を奪い、動きが悪くなった隙に逃げるのだ。

 レーザーピストルを引き抜くと、すぐさま道路のむかいにある大木の蔭に滑り込む。

 おくれて衝撃が大木を揺らし、太い幹を鋭い爪が簡単に半分まで切り裂いてみせた。

 

 すでに深夜、天上には満月が美しく輝いている。

 青い閃光が数回走り、獣は獲物を捕らえた満足な唸り声をあげた。

 

「チクショウ」

 

 やはり無謀であったようだ。

 3回、5回と降りぬいていく爪をかわしたが。それでチャンスを生み出すことは出来なかった。

 

 冷却グレネードのピンを引き抜く前に、相手の大きな手がディーコンの胴体を捕らえて宙高く持ち上げてみせた。

 ふざけたことにデスクローは、暗闇でもはっきりとわかるくらい満足げな笑みなど浮かべている。これみよがしに空いた手に力が込められていく。

 

(俺はここで終わりか……)

 

 クソッタレな人生の終わり。

 だが、なぜか心残りがあるような気がした。そんなものはないと、ずっとレールロードでは言い続けてきたはずだったのだがな――。

 

 突然、ディーコンの感覚はこれまでにないほど拡大されたことを認識した。

 遠いサレムの町からは老人の怒りの銃声が響いてきたような気がする。海岸線に押し寄せる夜の波の音、ひたひたとこんな時間に路上を歩く誰かの足音。

 隠れていた建物は、よく見るとあまり見たことのない風情のあるデザインだとわかる。

 その真上に輝く青白い月、なんて美しいことか――。

 

 気が付くと、建物の屋根の上から月光にまぎれてこちらを見下ろす人の姿を見た気がした。

 

 薄汚れた黄色の帽子、黄色のコート、なのにその下はTシャツにジーンズ、スポーツシューズで決めている男。

 そいつは左手を動かすと、その手の中にリボルバーが握られていた。

 

 そんなものにいつの間にディーコンは見とれていたようだ。

 衝撃と共に自分が地面の上に乱暴に投げ出されたのだと理解すると、彼を捕らえてとどめを刺そうとしたあのデスクローは絶命していた。

 

 頭部に2発、ただそれだけでこの最強の生物は命を奪われてしまったのだ。

 

 ディーコンは大きく息を吸い、吐き出した。

 それから誇りをわざとらしく払いながら立ち上がると、空を見上げるようにして屋根の上の男に話しかける。

 

「本当に助かったよ。あんたには、本当にデカイ借りを作ってしまったみたいだな。どうしたらいい?」

「……」

「言ってくれ。ぜひ、この恩を返したいんだ」

 

 男は無言のままであったが、ポケットから何かを取り出すと銃を握らない右手が閃いた。ディーコンの頬をかすめるように飛んできたそれは、先ほど幹をえぐられた大木の表面に突き刺さった。

 

「これか?こいつはなん……」

 

 それを拾い上げつつ、顔を上げたディーコンはそこで言葉が出なくなってしまう。今の一瞬の間に、そこにいた男の姿は消えてしまっていたからだ。

 

「どれどれ――『メッドフォード』か」

 

 思わずニヤリと笑みが浮かんだ。

 アキラのことでもそうだが、どうやらあそこには何かがあるようだった。

 とはいえ、一度は余計なことに首を突っ込むなとレールロードからは指示を受けている。それを無視することは、立場を守る意味で避けねばならないだろう。

 

「そうなると、色々と時間もかかるか」

 

 なにやらまた面白いことが始まりそうな予感があった。

 多分それは気のせいではないだろう。なぜなら、この先にはきっとあの男も――。 

 

 

===========

 

 

 緊張が張り詰める中、アキラの頭は完全に真っ白になっていて。思考は停止していた。

 命令はただ一つ『ボッビの仕事を手伝ってやれ』ということ。

 

 だが、このグールは度重なる警告を与えたにもかかわらず。自分に嘘をついた。さらには、身動きが取れないようにはめようとしていた痕跡もある。

 この展開に、封印されていたものが揺り動かされ。徐々になにかが悪化していっている気がした。

 

 だが、それがなにかがわからない。

 無言をながながと貫ける状況でも決してない。

 

 

 イエローマンは……いや、アキラはファーレンハイトを見上げていた。

 彼女も若者を、見つめていた。

 そういえば愛だの、恋だの、口にしたことはなかった。ただ獣のように。それとも、すでにもはや離れることも考えられぬ夫婦のように。ただ、互いを濃密に求めた時間があった。

 

 だが、夢のような時間は終わりだ。

 彼女自身もそう言っていた。

 

 アキラはボッビに視線を移した。

 

「やり遂げよう、最後まで」

「フフフ、後悔はさせないわよ」

「腹をくくるしかないんだな。引き返すことは出来ない」

 

 木箱に寄り掛かっていたファーレンハイトは立ち直ると、部下に合図を送りながら冷酷に言い放つ。

 

「間違っているわ。あなたはここで死ぬのよ、坊や」

 

 賽は、投げられた!

 

 

 

 とはいえ、戦うなんてことはそもそも不可能な話であった。

 タラップから飛び降りたトリガーマンたちは、火炎放射器に炎を吐き出させると。列車の左右から進んで、侵入者たちを挟み込みにかかる。

 

 そして情けないことに侵入者たちは揃って炎に背中を向け、そのまま車両の蔭へと逃げ込んだ。やはり火に抵抗するのは簡単ではないのだ。

 

「クソ、やっぱりどうにもならないじゃないか!」

「煩いんだよ、メル!根性出して、そいつを使えばいいよ」

「ふざけるなよ、ボッビ!顔なんて出したら、あっというまにカリカリに焼かれちまうよ。俺達、もうここでオシマイだったんだな」

 

 アキラはだまっていた。

 不思議と心は落ち着いていた。ここまでが約十数秒。

 そして反撃は突然に始まる。

 

 炎に関係なく、トリガーマンのひとりの前にいきなり立ちふさがった。

 彼が見たのは炎の向こう側にある隠れた顔の表面に鈍く輝くエメラルドグリーンの斑紋のようなものがうかんでいるところを。

 そして同じく突き出された手の甲は、火によって焼かれているはずなのに黒く炭化することはなく、同じく皮膚に輝く斑紋がうかんでいた。

 悲鳴も声もなく、ただ乾いた銃声だけがバンバンと繰り返された。

 

 

 それまで見下ろすだけだったファーレンハイトがついに自慢のミニガンに手を伸ばしたのは、炎に焼かれてもなお悠然と2人のトリガーマンの顔を徹底的に破壊した時。彼らの体が地面へと崩れ落ち、轟轟とそれまで不吉な音を立てて炎を吐き出していた火炎放射器が沈黙した時。

 

 イエローマンもそれは同じで、いつものごとく両手に10ミリとレーザーのピストルを構えて、決着をつけようとしてくる。

 数百発を発射するミニガンと、2丁あわせても60発もないピストル。

 常識的に考えるなら、これはまったく勝負にならないはずであった。

 

 赤い光弾も10ミリ弾も、ファーレンハイトに届くことはなかったが。

 金切り声をあげるアッシュメイカーのそれは、床を砕いては破片を巻き上げ。車両にはじかれては火花を散らす。

 このガンマン同士の殺し合いは圧倒的に美しく、そして普通では味わえぬ死の芳香を艶やかに匂い立たせていた。

 

(まさか……これで、仕留めきれないとはね)

 

 訳もなく湧き上がる喜びに、ファーレンハイトは人前では見せたことのない笑顔を浮かべていた。

 手早く装填をおこないながらも、タイマンでこんな経験をしたのは過去にはなかったことだと、改めてこの瞬間に感謝すらしていた。

 

 一方、同じようにピストルの装填をこちらも終わらせながら、しかしその殺意にはまったく揺らぐことはないイエローマンがいた。

 こんな常識にとらわれない戦いができるのは、あのレールロードで回収したDIAのパリスティック・ウィーブ技術があればこそである。ヌカ・ワールドでもそうだったように。

 圧倒的な不利と破壊力にさらされても、まだまだ傷つくことなく戦うことが出来る。

 

 もはやボッビもメルは関係ない。そもそも彼らはいまだに物陰で必死に互いをののしっていることしかしていない。

 2人だけの世界、誰にも邪魔されない。

 

 再戦のゴングは2人の中では同時に鳴り響き、いきなりファーレンハイトはアキラをとらえ、引き金を引いた。

 周囲がおびただしい量の着弾で騒がしくなる中、衝撃がついにアキラを叩きのめそうとした。

 だがー―。

 

 アキラはまるでそれが当然というように、踏ん張り続けながらあらぬ方向に向けて10ミリ弾を発射した。

 次の瞬間、ファーレンハイトは頭部に衝撃を感じ。思わず膝をついてしまう。

 自慢のアッシュ・メイカーも手から離れ、タラップを地上まで無情にも転がり落ちていく。

 

 頭に手をやると、醜い傷跡のあるほうに違和感がはっきりとあった。

 出血し、頭蓋骨にも穴があけられ、異物が傷口にうめこまれているのが触っただけではっきりとわかる。

 あれは意識したものかどうかはわからないが、跳弾となった10ミリ弾がファーレンハイトをついにとらえていた。

 

(負けたのね、私)

 

 あの攻撃を偶然とか、ただの運とはファーレンハイトは考えなかった。

 致命傷ではないが頭がいに穴をあけられそうになり、脳を揺らされ、足腰どころか体の自由があやしい状態であった。

 それでもまだ意識だけは妙にはっきりしていて、ファーレンハイトは頑固に2本の足で立ち上がろうとした。

 

 わずかな間をおいて、一度の銃声が。

 愛用の武器に遅れ、ファーレンハイト自身もまた崩れ落ちるようにして落下すると。地上にその体を投げ出して動かなくなる――。



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