この世界では人間は一歩踏み出すと、うっかりグールになることがある。
逆にグールになると、あのすべすべした肌の人間に戻ることは出来ない。さらになにか別のものへと足を踏み入れようともがいたりすれば、あっというまにそこらを徘徊しているフェラル・グールへとレベルアップ。
だから大抵は、こうなった自分には恩恵が与えられたとは考えないし。それが”当然”の常識って奴だ。
だが、これだけじゃないんだ。
グールになってみるとわかることだが、ほとんどすべてのグールたちはこの狂った世界を別の角度で見るようになる。
それは自分にもあったし、一緒に暮らす仲間たちもそうだったと言っていた。
だから、理解できる。
これは言ってみれば、自分に送られてきたタロットカードが強引に回収され。
新たな運命が次々とまた手元に入ってくるのを見る行為と考えることは出来ないだろうか?
自己嫌悪、パラノイア、異常性欲といった全てがパッとその瞬間に変わってしまうのだから。人間からグールに。
しかしだからこそ、自分がこれから進む道を選ぶときに、大きく変更するのにはいい機会となるはずだ。
だが、持って生まれた運ばかりは、どうしようもない――。
ジョーンズは「やめてくれ、乱暴しないでくれ」と相手に伝え終わる前に、自分が殴られるのと蹴られることが同時に行われたことを知った。
グールであることの利点の一つが痛みに鈍感になれることだが。それでもクラクラと眩暈が終わらず、人間の身体であれば今のようにうめき声をあげるだけではすまなかったかもしれない。
そして相手はそういうことをちゃんと理解している。
「おーおー、なんか痛そうですねぇ」
「ぎゃはははは」「腐った脳味噌がつぶれて、ガーガー喚きだすんじゃね?」
抵抗は出来ない、囲まれているのだ。
それにそもそも武器だってない――。
今日は本当に運がなかった。
知り合いの旅商人が約束の期日を過ぎても居住地に姿を見せず。つい、気になって遠出をしてみれば。
旅商人はすでにこの世にはなく。彼をこの世界から追い出した連中は、ジョーンズを彼と同じ目に合わせてやるからと彼らの家へと捕らえられ、引きずり込まれていた。
「なぁ、話をしようじゃないか。私はジョーンズ、この近くの――スロッグの住人なんだ」
「そこなら知ってるぜ、グール」
「あそこはちゃーんといつか焼き払ってやろうって、決めているからよ。俺達が襲われちゃ怖いし、グールは臭くていけねぇ」
「ママー、グールがあたいたちを食べにくるー」
何がおかしいのか、腹を抱えて笑っている。
だがそんなことで簡単にあきらめることは出来ない。
「聞いてくれ。あんたらは、よくうちに食料を奪いに現れるだろう?」
「グールはなんでも食うからいいが。俺達はグルメだからよ、食えるものしか食わねぇ」
「――なんでもいい。気が済んだのなら私を開放してほしい。もし、私を殺したりすれば。仲間は君たちを恐れて、あそこからにげだすかもしれないだろ?」
「……」
「どうだ?そうは思わないか?」
「――ってことは、逃げられる前に俺達できっちり消毒してやらないとなー」
『イヱァ!!』
残念だが話にならない。どうやら、覚悟を決めなくてはならないようだ。
ところが――。
「おい、あいつ。誰だ?」
妙に冷静な声が奴らの中で上がると、こちらをなぶっていた全てが同じ方向に視線を向けたのを感じた。
私もつられて、そちらを見る。
ここはサウガス製鉄所。
あの悪名高きガンナーにも負けないと自ら豪語する、フォージなるレイダー集団が占拠している危険な場所。
その入り口に立つのはイエローマンこと、アキラである。
無言であったが恐怖などみじんもなく、幽鬼のような凶相はさらに悪化しており。これまで隠していたバンダナのないそれがはっきりと誰の目にも見えるようになっていた。
若き東洋人は笑っていたのだ。
その姿、まさに鬼そのものである――。
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ジョーンズは自分が怯えていないことを願った。
震える声では、この感謝の念を伝えきれないのではと心配だったから。
「あ、あんたには礼を言わないと。助かったよ、本当に。ありがとう」
「……そうか」
すべては終わっていた。
これまで人の争う姿や、殺しあう場面を見たことはあったが。
今、彼の前で行われた惨劇の光景はあまりにもおぞましく。そして圧倒的に過ぎて、逆に爽快にすら感じていた。
先ほどまでジョーンズを囲み、笑っていた奴らは倒れて動かなくなっていた。
「ダメだ、我慢できそうにない。ひとつ――質問をしてもいいだろうか?」
「なんだ?」
「その、あんたを怒らせたくはないし。もしかしたら、とても失礼なことではないかとも。思うのだけれど――」
「言ってみろ」
感情のない言葉、ジョーンズは冷や汗がどっと自分に流れるのを感じ。
ゴクリ、と音を立ててつばを飲み込んで見せる。
心の中では「やめたほうがいい」とささやいているが、やはり止められなかった。
「あ、アンタは今」
「ああ」
「こいつらを、フィーンドの連中を、その――食べたのかい?」
相手に変化はない。だがその背筋が凍るような禍々しい凶相はそのままだ。
しかし、”血に汚れた”口元は動くと、逆にジョーンズに問いを投げてくる。
「お前が見た通り、それが答えだ」
あの時、フィーンドの連中は一瞬だけ戸惑ったが、すぐに間抜けな新しい獲物が自分たちの前に現れただけだと考えると。気勢を上げてイエローマンに襲い掛かっていったところまでは、現実だった。
放たれた銃弾は何発も黄色の身体をとらえ、そのたびによろめき。
まだくたばるな、などと暴力の予感に歓喜する彼らはすでにそれだけで勝利を確信していた。
だがすべては逆転する。
彼らがそれに気が付いたのは、あれほど確かに銃弾で貫かれたはずの男の服が。ちっとも血で汚れていないな、と違和感を覚えた時であり。
それに気が付いた時には向こうの牙は、フィーンド達に逃がすまいと逆に襲い掛かっていく。
町に行けばどこにでも見かけるようなただの人間にしか見えないのに。
銃弾が、レーザーが、そして真っ赤に獲物の血で汚れた彼の口の中が――フィーンド達を破壊して回っていた。
ジョーンズは頭を振って、それらのシーンの特に不適切な部分は見なかったことにした。それくらいは、簡単なことだと思えた。
「とにかくありがとう、あんたには礼をしたい。それに、ここから離れたほうがいい」
「……」
「こいつらはこの製鉄所を住処にしている、フィーンドっていうレイダー達だ。ボスがまだ中にいる、危険だ」
「スラッグ、だな?」
「――!?あんた、知っててここにいるのかい?」
「そいつの客に用がある」
「なんてことだ……」
「あんたはもう帰れ」
「ちょっと待て。まさか、中に入るつもりかい?」
イエローマンは答えない。
答えないばかりか、もう話すことはないと背中を向けて。ジョーンズが恐れた通り、製鉄所の入り口に向かって歩いていく。
「私はジョーンズ!この近くに住んでいる!」
なんとか伝えようと叫ぶが、イエローマンはそのまま建物の中へと姿を消してしまう。
「良かったら……もし、生きていたら。ぜひ、うちにも来てほしい。スロッグっていう素敵な場所なんだ」
小さく、そして弱々しい声になるのは。今更にして自分が本当に”運が良い”ということに気が付いて、安心できたからだ。
そして改めて知ることになった。
このような狂った世界では、いつもは人々を苦しめる。つまりは連邦のような存在であっても、受け入れられないような悪性の塊のような存在が生れ落ちることがあるのだということを。
そしてそれは今、自分の目の前を横切って行ってしまった――。
あのような修羅の道を平然と進まずにはいられぬ存在は、いったいどのような因果を背負わされたのか。ただのグールでしかないジョーンズにはわからない。
きっと理解できることはないのだろうと、思う――。
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”鼻なしのボッビ”には我慢できないことがあった。
連邦のグールにそうした夢だの希望だの、青いことを語らせると。必ず出てくるのが、グッドネイバーであり、それを生み出したハンコック市長の名前だ。
それがボッビに深い絶望にも似た憎悪の炎をたぎらせてならない。
ビジネスと割り切って必要だからと頭を下げた時もあったが、あいつはまるでこちらを愛しい生娘のように称え、褒め、王のように新たな隣人よ、この町にようこそと告げてきた。
あの町はそんなおかしな市長を愛し、恐れ、尊敬してやまない。
自らをあの旧世界に存在したとかいう”ハンコック”という偉人の名前で呼ばせる、変人の偽善者。
悪事を許し、悪事を自らも行い。しかし、許せぬ悪事には断固として存在することを許さない――。
光を感じられないグールとなっても、なお真っ黒に輝き続けるダイアモンドや太陽のような存在。
圧倒もされるだろうし、好意を抱かずにもいられないだろう。
だが決して天使というわけじゃない。自分たちと同じ、光に嫌われた堕ちた存在であるのに。
そしてボッビにも夢があった。
グッドネイバーとハンコックの伝説。
それを叩き潰すために、バンカーヒルを我がものにせんと計画した。
そのためにトリガーマンと呼ばれる、ハンコックの兵隊に対抗するため。いくつかのレイダー達をまとめて、彼らのフィクサーとなってあの商人どもの町を手に入れようと考えていた。
バンカーヒルは商人の影響が強すぎるという弱点がある。
武器や殺し屋の質に頭を悩ますより、資産だのキャップだのでこの世界でやっていけると本気で考えているようなお花畑の連中だった。
最初の計画は見事にハンコックに叩き潰されたが。
これからは違う。手に入れた情報を小出しに使い、グッドネイバーに休むことなく破壊工作を仕掛け。その男が自らの町を引き裂こうとする、そうしたひび割れをふさぐことに必死になっている間に、ボッビはこんどこそバンカーヒルをその手にできると考えている。
だが、どうやら簡単ではないらしい――。
「ねぇ。スラッグ、聞いてちょうだい」
「なんだ、グールの婆ァ?」
「あんたはあたしの計画に参加すると決めた。それなら、計画を進めるためにこっちの意見も聞いてもらえるようにしてもらいたいのよ」
「どういう意味だ?しわくちゃの婆さん」
「――まずはそうね。例えグールでも、ここにいるのは立派なレディのひとりなのよ。だから、あんたのパートナーとして、それなりにリスペクトしてくれないと。関係の改善はすすまないって、頭はないのかしら?」
「婆ァってのは死にかけているもんだ。そしてお前は婆ァで間違いない」
最初の計画でも戦闘力こそ十分以上に合格ではあっても、あまりにも暴走しそうな危険な噂から、候補をはずしていた連中のボスとあって。話し合いはまとまっても、この計画の未来に待つ利益に、この狂った男はまったく集中しようとしてくれないのだ。
つまり、話が通じない。
「くだらない処刑ショーなんて、いつでもできることじゃない」
「いつだってやっている。必要ならそのたびにな」
「なら、退屈になるまでそいつを延期してくれればいい。計画よ、あたしたちの計画。他に参加する組織をどこにするのか、早急に決めて――」
「そんな必要はない。フィーンドは誰とも、組まない」
「なに?」
「婆ァ、お前の頭と俺と、俺のフィーンドが全てもらう。俺の王国はそこから始まる」
「――スラッグ、何を言っているの?力が足りないわ、今のアンタであってもね。わからない?」
「いや、クソッタレ婆ァ。お前が分かっていない。
これからフィーンドはさらに人を集める。とても、とても大きくなる。この場所では足りないくらいに、人が来る。そいつらは危険だ。俺はさらに、強くなる」
パラノイアか……だが、それでは困るのだ。
「とにかく――」
「とにかく処刑だ!婆ァ、わかったな?」
こうまで言われたら、ボッビも何も言えなくなる。
フィーンドの処刑ショーはだいたいパターンが決まっている。
スラッグが裁判官のふりをするために、セッティングするのだから自然とそうなってしまうのだ。今回もそうだ。
近くに住む一家の気の弱そうな若者が”フィーンドに参加できるかどうか”を判断するために、用意されたらしい。
フィーンドはどこからかさらってきた哀れな入植者たちを縛り上げ、若者にそいつらの処分をさせようとする。
「わからないのか、ジェイク?お前にその価値があるのだと、俺と仲間たちにそれを示すだけでいい」
「でも――でも、あんたに頼まれたことはちゃんとやったじゃないか。贈り物は受け取っただろ?」
「家族から宝を盗めば、それが強さの証明だと?そんなわけがない」
「そんなァ」
「だが、お前の贈り物は素晴らしいものだった。この価値あるものを持つべき相手に渡せるだけの頭がおまえにあると思ったから。こうやってお前に特別にチャンスを与えてやっている」
「俺は仲間になりたいわけじゃない。あんたらにあの場所と、そこに住む家族には手を出さないと約束してくれるだけでいいんだよ」
「これが最後だぞ?捕虜を殺せ、残忍に、むごたらしくな」
「連邦の外で襲撃すると言っただろ?だいたいこの人たちは脅威でもなんでもない」
「価値を証明しろと言っている。ここで死ぬのは、そいつらか。それともお前――」
スラッグの演説は突然に打ち切られる。
儀式の背後で、突然扉が開くと。イエローマンが、平然と部屋の中へとはいってきたからだ。
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スラッグは不快には思ったが、動揺は見せない。フィーンドの戦士だから当然だ。
「外にいた価値のない奴等と遊んでいたのがお前か。ここまで入ってくるとは、たいした奴だな」
「――あれが、フィーンドか?
お前の部下はバーベキューが好きでたまらないと材料をなげつけられてしまったが。残念ながらそのどれも”味がイマイチ”で退屈だった」
イエローマンがここまでに至る現実に起こしたことを思うと、その表現はあまりにもひどいセンスであったが。スラッグはこれを単純にジョークと受け取った。
それが言葉通りだと知るのは、おそらくはここにいる、ただひとり――。
「ハハッ!面白い奴だな。俺はお前を気に入ったぞ、ガッツがある。価値も間違いなくあるだろうな、こんなことは本当に久しぶりだ」
普段ならボッビは絶対にしないが、スラッグの話が途切れたのを計って自分から問いかける。
「ここにきたのはなんでかしら?追いかけてきたの?それとも何かある?」
「ボッビ」
なぜかもう隠そうともしない凶悪な表情が自分に向けられたと知ると、ボッビの背中に冷たい汗がはっきりと流れ落ちる。なぜか、あの金庫室の中で冷酷に撃ち殺されている自分の姿を頭の中で思い描いていた。
これは、殺気に違いない。
「なに?」
「ハンコックと話した。お前の命が欲しいと言っていた」
「……メルは死んだ?」
「さァ、知らないな」
「あいつは捕まらない。いい鼻を持っているもの、それならどうして――」
嫌な予感が頭をよぎる。
「あたしをあいつに売ったのね?嫌、それではここにいる理由にはならない」
「クソ婆ァ!あいつと話すのはまず俺だ。俺が話す――」
「口を閉じるのはあんたよ、このクソガキ」
「なっ!?」
溶鉱炉の火に照らされてもわかるくらい、レイダー自作のパワーアーマーを身につけたスラッグの顔は真っ青になる。
あまりの怒りに頭の中が真っ白になってしまい。空白の時間が生まれてしまう。
だが、ボッビとイエローマンの会話はフィーンドの存在を無視して続けられた。
「あんたがそもそもハンコックに捕らえられるはずがない。あんたの”お仲間”は、そんなことを許さないはず」
「……」
「そもそもあんたが命惜しさにハンコックと取引したってのが、おかしい。だってそんなことをする必要は――」
最悪の答えがボッビの脳裏に浮かんだ。
それを否定しようとしたが、できなくてことが詰まる。
イエローマンの口が開くと、恨みに満ちた憎悪の言葉がそこから流れ出してきた。
「お前は嘘をつき、選択肢を奪い。なによりも”本当の理由”を最後まで俺に言わないですまそうとしたな。俺がお前のような奴が考えることに気が付かないと、本気で思ったのか?」
「なんの――なんのこと?」
「お前が金庫を襲うのに俺を選んだ、その本当の理由だ。
どんな結果になろうとも、俺はあそこにいた彼女への有効なカードとなると考えた」
「……」
「最悪、ハンコックらに見破られたとしても。あの場でファーレンハイトが申し出るために俺が必要で。俺がそれに答えた時は俺と彼女の関係はまだ続いているのだと周りは考える。男のために、ハンコックにとりなしたとな。
あんたはそれで少なくとも、わずかばかりに市長の周りに火種をふりまくことが出来たってことになる」
「自分を棚に上げないでくれない?
それがわかって、あんたは自分の手であの女を殺したんじゃない。あんたの銃が彼女の首筋を見事に貫いたところ、この目でちゃんと見ていたんだから」
スラッグはこの瞬間に、いきなり復活した。
身近においていた哀れな入植者をいきなり蹴飛ばすと、「助けてくれ」と懇願しながらも無情にも溶鉱炉の中へと消えていく。
「俺だ!俺こそがフィーンドのスラッグ!俺が話しているなら、俺の言葉を聞け!」
瞳孔は開き、そこに理性と知性のかけらも残ってはいない。
「ジェイク!殺せ!すぐに殺せ!」
発狂するスラッグだが、彼をまったく恐れぬ存在がここにはいる。
イエローマンは誰もが分かるくらい、はっきりと嘲笑を込めて鼻を鳴らすと。怯えているだけの年の近い若者に口を開く。
「お前、死にたいのか?」
「え?ええっ」
「なら、その人を連れてここから消えろ。残れば慈悲はない」
「どうしよう、どうしよう、どうしよう……」
「邪魔だっ!!」
それまで秘めていた殺気があふれだしたのだろうか。響く声は腹の底までをも震わせ、ジェイクと呼ばれた間抜けな少年は、半ば引きずるようにして囚われていた捕虜の腕をつかむと部屋から飛び出していく。
「クソっ!ジェイク、俺は最後のチャンスと言ったんだぞ!」
スラッグが声を上げたが、それが背中に届く前に部屋の扉は静かに閉じていた。
そしていきなり、ジェイク達のそばでなにもできないでいた無能なフィーンドのレイダー2人が。無言のまま崩れ落ちるように溶鉱炉へと落ちていく。
いつの間にそれを抜いていたのか。
手の中にあるそれは銃口から煙をくゆらせており、イエローマンは階段に向かって歩き出していた。
ボッビやスラッグらがいるところまで行ってやるということだ。
「いいぞ!こっちに来い!俺の手でみじめな最期を味合わせてやる!」
(冗談じゃないよっ!)
この瞬間にボッビは計画とスラッグを捨てた。
今はとにかく、ここから離れないといけない。
だがここから逃げ出そうにも、ホラー映画のモンスターのように出口の横を足取り軽く登ってくるあいつはすぐそこまで来ている。
「はっはー!」
スラッグは歓喜の雄たけびを上げる。
目の前に迫るのが、まさしく彼が見る死神のごとき恐ろしい相手ともわからないまま。それでも自分の圧倒的な勝利をしんじているのだ――。
==========
ジェームズはそれでも素直に帰る気にはなれなくて。
距離こそとったが、木の陰の間からサウガス製鉄所の様子をうかがっていた。
あの若者が入っていってから、明らかに建物の雰囲気が変わったように感じていた。
建物の中から悲鳴や争う音もわずかに聞いていたかもしれない。
そのうち入口から外に逃げ出してくる人影が見えたが。彼らは何事か話すと、お互いが別々の方向に向かって逃げて行ってしまった。
あれは自分以外にもとらわれていた旅人かなにかだろうか?
「……まさか、アレが噂に聞く。不思議な男、なんだろうか?」
黄色の帽子に、黄色のコート。
だがビジネススーツとは聞いていないし、銃は使ってはいたがリボルバーではなかったはずだ。
なにより――あの大きく開かれた口でもって。人間をスーパーミュータントのように、噛みちぎったのは凄まじいとしか表現のしようもない。
「無事だといいんだが」
改めてここに自分がいてもしょうがないような気がして、ジェームズはようやく立ち去る決意をする。
そして文字通り、サウガス製鉄所のフィーンドは壊滅した。
スロッグが率いるフィーンドと連邦の人が聞けば、あのガンナーにも名は知れ渡り。その知られた蛮勇によって引き抜かれてしまうほど、強力な存在だと評価がされるような連中であったのに。
そのスロッグの最期は、彼自身が考えてもみなかったひどい瞬間となった。
「ひ、左肩が……俺の、古傷だった」
まったく無意味な気がかりであった。
パワーアーマーを着ていたスロッグの両腕は、すでに溶鉱炉の中へと放り投げられていたからだ。
そんなスラッグの元へ戻ってくるイエローマンの姿は、もはや人のそれではない。
顔が、手が。服が隠さない、あらわになっている部分は、あのエメラルドグリーンの輝きでもって塗りつぶされ。表情を読むどころか、これでもまだ本人は自分を人間と思っている、その存在を認めることすら難しい。
「……時間だぞ」
「うっ、うっ」
「まだ重いなら、足も”取り外そう”な」
襟首をつかまれると、重々しい音と共に引きずられて地面と接触する下半身からの振動にスラッグは哀れにもうめき声で痛みを訴えることしかできない。
「自作のパワーアーマーを自慢する奴は多いが、大抵は評価に値しない。
バランスや凡庸性を無視するから、限定された状況でしか力を発揮しないからだ」
「ううっ」
「なんであれ、生まれる者には調和のある美が必要だ。それは時とともに衰えるが、手を加えることでさらに美しく栄えることもできる。だが、お前たちのそれにはない」
「やめろ、やめろよっ」
「これまでレイダーはなんであれ、クソだと思っていたが。愛せるレイダーもいるかもしれないな、面白い」
そうして生きたままスラッグを、彼がそれまでそうしてきた連中と同じように溶鉱炉へとアキラはパワーアーマーごと放り込んでみせる。
その姿を見ていればわかる、慈悲など欠片もないのだ。
鼻なしのボッビはまだ生きていた。
とはいえ、逃げることはもうできないだろう。往生際が良すぎて、嫌になるが諦めるしかない。
足首を狙われて見事に破壊され、片腕には鉛玉が貫通しなかったせいか、ひどい痛み方をしていて不快感が凄いのだ。
「こんなになるとは、思いもよらなかったねぇ」
ボッビはそう言って目を開いて見上げると、そこにはいつの間にイエローマンが立っていた。
だが、先ほどまでとは違い。見る限りは普通の人間の姿にもどっていた。
「あの連中がね、あんたを探しているとわかったのは。ハンコックがあんたを気に入ったと聞いたあたりだよ」
聞かれもしないが、ボッビは語りだし。イエローマンは――アキラは黙ってそれを聞いていた。
「連中が何を考えているかなんてわからない。でも、いつも『いつか返してもらう』といって、ねがいをかなえてくれたんだ。もちろん、そんな関係に不安になる奴もいたらしいけど。
ブルっちまうと、あいつらはそれを見抜いて処分しようとするんだよ。だから、あたしはずっとそれなら借りて置くって口にしていた」
視線を相手から外し、床へと落とす。
「あんたが連中の所へ”戻った”のは、あたしが教えたからさ。珍しく興奮して、あんたを家族だなんだと騒ぐから。たっぷりと恩を着せて、教えてやったんだよ。
記憶がないとうわさがあったから、思いもしなかったね。
まさか、あんたがあの連中と敵対したなんて。そうでないと、この話の結末はおかしい。連中はアンタを取り戻せると本当に喜んでいたし、あたしにこんなひどい最期をくれる理由もないからね」
「……」
「ちょっとした、会話じゃないか。どうせ長くはないんだから、さっさと答えなよ。イケずな男だねぇ」
「俺は――誰なんだ?」
ボッビは乾いた笑い声をあげた。
虚無感に満ちた、悲壮な笑い声であった。
道化師にも似た哀れな話の登場人物が自分だとこの瞬間に知ってしまったのだ。
策でもってハンコックという巨星を地上に落とし。そこに新たなボッビという星を輝かせようという企みは。
ただ危険なうえに”壊れた”兵器を使って無理に物事を動かそうとして。ハンコックに向けてはなったと思った攻撃は、なぜか戻ってきて自分の心臓を貫いてみせたということだ。
「アキラ――少なくとも、グッドネイバーではそう名乗ってたね」
「……」
「連中もたいしたことはなかったってことかね?アンタを使ったのはひどく道理にかなっていると思わされて、とんでもないことにしてくれたよ。
アンタ、気を付けるんだね」
「なにが?」
「連中にとっちゃ、このあたしは連邦の大事な資産のひとつだ。それをハンコックと取引して殺すんだろ。
きっと顔色を変えて、あんたのことを追ってくる」
「それでいい」
体は重くなっていたが、その声を聞いたなぜかもう一度あの凶相を見たくなった。
「それで構わない」
そこには怒れる若者がいるだけであった。
憎悪に満ちていて、邪悪ではあるかもしれないが。バケモノじみたものはそこにはまったくなかった。
「そうかい、それじゃ好きにやりな」
「なにか、あるか?」
「情けかい?そういうのはいらないよ。あたしのゲームは、もう終わってしまったからね……」
ボッピは目を閉じた。
グールになってからは一度として信じたことのない”神”って奴だが。今は少しでもすがるものが彼女には必要だった。そのうち襲ってくるであろう苦痛に、恐怖と弱音を決して口にはしないように、と。
(設定)
・ジョーンズ
スロッグとよばれる居住地の代表。
プールを使った農作物を作るアイデアを実現させた。
・サウガス製鉄所
鉄をも溶かす、真っ赤に燃える溶鉱炉がいまも稼働している。
・我慢できないこと
ゲームでも、一応はボッビの犯行の動機らしき情報は存在している、らしい。
ここで、らしい、となるのは。実はバグで普通では閲覧不可能という事情があるから。CS版にバージョンアップ、今からでもしてもらえないものか。
・もはや人のそれではない
原作のゲームを知らない人に、情報だ。グールは悪化するとフェラル・グールとなって襲うようになるのだが。さらにひどい状態になることがあるんだ。
ピカピカと不気味に光るようになるわけ。
ちなみに発光するクリーチャーは他にも色々と出てくるんだよ。