ワイルド&ワンダラー   作:鷹雪
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ヒーローとヒロインを自認する変人たちによって宇宙に来てしまった主人公その2。
次回投稿は明後日を予定。


鬼ごっこ (Akira)

 扉が開き、その中へと病衣姿の僕はそこへと入っていく。

 一歩踏み入れた時は、わずかな違和感を覚えたが。気にはしなかった。

 

「すいません、誰かいますか?」

 

 そう口にしながら、部屋の中央へと進むと。

 今度こそはっきりとそれを感じることが出来た。

 それはどこにでもあるような普通の部屋ではあったが、空間の仕切り方がはっきりと別のものだと主張していた。

 

 真ん中には広大な空間を作りつつ。部屋の隅には小さく、そして整理されて物がしっかりとまとめられている。

 こんな場所はあの連邦では決して見られなかった、明らかに異国の文化からくる美的感覚がここにあるのだと思った。

 

『おお、目が覚めたのかよ』

 

 銅鑼声が響き、僕は体をこわばらせる。

 

『死に損なったと聞いたが、まだまだやれそうじゃないか』

 

 来ている服は、ここに住む連中に似ていて。鈍い銀色のゆったりした上下を身に着けてはいたが。

 髪にわずかにして白髪が交じり、刻まれた皺が長く厳しい戦いを生き抜いた証明のようだった。

 そして僕よりも10センチ前後身長の低い彼は、階段を下りてきて僕の前に立つと。これまでも長い間友人であったかのように、肩をつかんで微笑みかけてきた。

 

 しかしこの時の僕は、先祖返りしたかのように。

 あのVault111から這い出たばかりの頃と同じく、緊張し、対応する余裕を失ってしまっていた。

 

『どうした?キサマもやはり、大和言葉は理解できんのか?』

 

 僕は慌てて答える。

 なぜか、それが自然にできてしまった。

 

『そんなことはっ、わかりますよ。日本語、ですよね』

『二ホン?――まぁ、いいわ。やはり、言葉が通じるだけで、満足だ。もう長いこと、グチャグチャと訳の分からん言葉で話しかけられていたのだからな』

 

 そう告げると、彼は「まぁ、座れ」と言うと飲むものでも持ってくると僕に背中をむけた。座れとは言われたが、”どこに”とは聞かされてなかったので、僕はまたも戸惑いを覚える。

 

 ここには椅子らしい椅子も、机もないのだ。

 座るとするなら床の上しかないが、座り方とか、位置取りとか。どうしたらいい?

 

 本当ならば、戻ってくる彼に僕は「どこに座ればいいのですか?」などと間抜けな質問をするのが正しかった。

 だが、困ったことに厄介な僕は、こんな時に限って。どうしたらいいのか、わかってしまったらしい。

 キョロキョロと部屋の四方を確認しながら、思うままに移動し。そこに胡坐をかいて腰を下ろす――。

 戻ってきた彼は、ニンマリと笑みを浮かべた。

 

『ほう、礼儀はわきまえていたか。感心、感心』

『これで問題はなかったですか?』

『それでいい。貴様は客人よ、下座につくのが当然。そして、この部屋の主である俺は。上座に座る』

 

 あいつらはそれをちっとも理解しない、そう言いながら彼は僕の隣に座ると、持ってきた銀の盆の上に置かれた白く曇っているグラスを僕に渡し。続いてそこに液体をなみなみと注いできた。

 

『まずはひとつ、長らく出会えなかった同胞と』

『頂きます』

 

 液体の正体をうっかり確かめることも忘れ、僕は一気に杯をあおってしまい。キツイのど越しに目を白黒させてしまった。これはウィスキー?

 

『奴等の酒よ。悪くない風味ではあるが、飲みつづけたいというほどではない』

『水と、氷が……欲しいかも』

『それでもやはりこれがない人生は、つまらんものさ』

 

 そこまで話すと、彼はコチラをじっと見つめてきた。

 その目に僕は居心地が悪く、モゾモゾしたくなる。

 

『落ち着かぬようだな。どうした?』

『えっと、その……わかってほしいんですが、難しいのです。この、日本語で日本の人と話すの、初めてなんで』

『そうなのか?親の腹から生まれおちた時から、それを使っているかのように流暢ではないか』

『ははは、おかしいですよね。本当に、自分。おかしいんです――』

 

 なんだか自分には躁鬱の気があるのではないか、頭のどこかでそんな風に思う。

 あの場所から地上へ出てきて、それからわずか数カ月。僕の精神の針は、右へ、左へつねに振り切れっぱなしになっているじゃないか。

 安定した時なんていつにあったのだろうか?

 

 それまでは子供のようになんにでも怯えて、自信がなかったくせに。

 ひとつ、何かをきっかけにすると。まるでなじんでいたかのような、大悪党のふりをしてみせ。周囲を巻き込んでに大いに迷惑をかけている。

 

 狂人、まさにこれだ。

 なぜだろうか、僕はなぜかその瞬間に突然にして。猫をかぶったバケモノのように、性格どころか人格から一変してしまうことをやめられないのだ。

 

『そういえば、我らはまだ。互いに名前を名乗りあってはいなかったな』

『え、あァ。そういえばそうですね』

『これは失礼した。それでは、改めて――』

 

 そうして彼はグラスを置くと、わずかに体をずらしてからあぐらのまま自身の拳を床に押しつけ。わずかに体制が前かがみとなって僕にお辞儀をする。

 

『俺は尾張の正四位下弾正大弼様が家臣。加護 十四郎と申す』

 

 腹の底から押し出されたその自信に満ちた言葉は、さっそく今の僕を簡単に打ちのめしてしまった。

 慌てて同じ姿勢をとり『僕は……』と口にしたところで、言葉が途切れてしまう。

 

 自分は誰なんだろうか?

 あの日、怯えて自分を不気味に感じていた五十嵐 晃なのか?

 流れる血の量など頓着もせず、非情に振る舞うことができる大悪党のアキラなのか?

 そのどちらでもない。自分を家族だと信じているらしい、おかしな集団では実験動物のように扱われた哀れなイエローマンがそうなのか?

 

 逡巡する僕の顔を見ていたトシローの顔が不快に歪み始める。

 かの時代のサムライ達は気は良いものが多いとはいえ、総じて短気で癇癪もちと知られていた。

 図体だけはでかくとも、モゴモゴと口ごもる若者の姿がさっそく気に入らず。容赦なくこの男は雷を落とした。

 

『貴様!!ご神木の中より火を抱えて飛び出してきた赤子であったというわけでもあるまいよ。たかが己の名前、なぜここで口にできぬのだ!』

 

 彼の勢いではない。

 その言葉のどこに反応したのかわからなかったが、僕の心の底でなにかが力強く、怒涛の勢いで押し上げてくるものを感じた時には、口は開かれていた。

 

『――アキラっ!俺は、五十嵐 アキラッです、はい』

 

 トシローはいきなり素面にもどると、「そうか」というと再びグラスを手に取った。

 僕はつい今しがた自分で口にしたことが信じられなかったが、出た言葉にはなぜか不思議と安堵のようなものを感じていた。

 

 そうなのだ。

 こんな意味不明で滅茶苦茶な運命を嘆いてみせたとしても。

 僕は結局は晃でしかなく、アキラとしてやっていくしかないのだ、と。

 

 同じくグラスを手にすると、残っていた液体を無理やりに胃袋に放り込んでいく。

 焼けるような痛みにも似たそれは、しかし今はなぜか少しだけ悪くないように感じられている。

 

『もう一杯だ、いけるだろう?』

『はい』

 

 そうして僕たちは、日本人は。

 この異世界で別の世界の酒を黙々と飲み干し続けた。

 

 

==========

 

 

 ドクター、つまりエリオット・ターコリエンは新しい自分の患者のそんな様子を。コントロール室のモニターからじっと観察していた。

 そのそばではコスモスが長らく通信装置の前に座り。縋ったり、吠えたり、忙しく騒いでいたが。ついに諦めたのか、席を立つとドクターのところまでやってくる。

 

「キャプテンからは返信ナシ?」

「他の連中もそう。早めに手を打ったって知らせたのに、誰も何にも返してこない。これって、無視されてるよね」

 

 そういうと、珍しいことに彼女は弱気な表情をこちらにみせた。

 

「早めに手を打ったの、別に、良かったんだよね?間違いだったのかな?」

「――多分」

 

 正直に言えば、アライアンスはきっと僕たちの行為を非難する気持ちがあるのかもしれない。コチラの呼びかけに反応しないというのが、その証拠だ。

 だが自分は医師として、そしてコスモスはヒロイン(?)として彼のことを見ていられなくなってしまったのだ。

 

 モニターを覗くと、コスモスは鼻を鳴らす。

 

「なんだ、うまく話せているじゃない。仲良く、飲んでるし。心配はなかったのかも」

「どうかな。トシはさっき、彼をさっそく怒鳴りつけていたんだよ」

「うわっ、可愛いボーイフレンドに育てるんだから。いじめて欲しく無いなー」

「――なにをいっている?」

 

 またはじまったのか、ドクターはため息を心の中でついた。

 このコスモスは少女の時代から夢見がちなところがあるにはあったのだが。大人になってもそれは収まることはなく、本人の暴走も加わって大きな欠点と断言できてしまうほどにまで育ってしまった。

 

 オレンジ色の髪をしたそこそこの美人が、これですっかり台無しになっている。

 医師の見るところ、彼女の中のブレーキはすでに完全に壊れて回復の見込みは全くない。だから主治医として、ドクターはいつも気を付けてやらねばならないのだ。

 

「宇宙じゃ出会いは期待できないしね。それに、いちど年下のカレシって欲しかったんだ。どんな味がするんだろう?」

「よぉし、コスモス。大きく息を吸ったら、そのまま吐くんだ。冷静になって、そんなくだらない妄想は忘れろ」

「どうしてよ!?この新しい恋路を邪魔するの?」

「君の都合を、彼に。”僕の患者”に押し付けて欲しくないと言ってる」

「どこが!?」

「ボーイフレンドといったかと思えば、次には彼氏ときた。ダーリンと言い出すまで、こっちは付き合いたくはない」

「だって彼、フリーなんでしょ?」

「それが駄目だと言ってる。彼は、傷ついているんだ」

 

 コスモスはこちらの言葉を聞くつもりはないようで。

 コンソールにその小さな尻を乗せると、多分本人は精一杯であろう足を高くあげてのセクシーっぽいシナを見せると。

 

「ドクター、知らないのかい?『女の渇きは、女で癒せ』って」

「相手の考えを無視する。ただの迷惑でしかないな。だいたいそのセリフはなんだ?」

「ジェット・コミックスの『テイルズ・オブ・アドベンチャー』に出てくる主人公。

 ミスター・チェック・ハッタ―のセリフだよ。他にも『身体の傷は勲章でも、女の傷には手当てが必要だ。もちろん新しい女で』ってね」

「それ、知ってるよ。

 新しい冒険の旅に、新しい彼女を作る性倒錯者の墓荒らしの盗賊の話だろ。君は嫌いだと言ってたじゃないか」

「そうだっけ?」

「童貞野郎の願望丸出しだって、下品に大笑いしていたのは誰でしたっけ?」

「忘れたわ、過去なんて。女だもの――」

 

 首を横に振ると、ドクターはモニターの中の2人に集中する。

 どうやら砕けてきたようで、何かを話し合っているようだ。青年の方が、トシになにかを熱しんに語っているのが見える。

 

――どうやら上手くいきそうだ

 

 ここでようやく、ドクターは自分の判断が正しかったと安堵した。

 

 

 アキラの治療はこの母船であっても難しいものであった。

 傷の深さもさることながら、なによりも彼自身の心が弱り切っていて、コチラの施す治療の成果が思うように上がらなかったのだ。

 

 自分への不信、憎悪。ためきれない多くの怒り。

 

 これだけではないものの、とにかくこうした負の要素がアキラの心を激しく衰弱させていて。それが傷ついている肉体にも悪影響を与え続けていた。

 

 

 医者としてそれに気が付くと、エリオットは早い段階で劇薬の用意を――トシとの面会をさせるべきかを考えた。

 トシはここにいる誰よりも戦士だ。

 戦場で戦えない奴は彼の興味には入らない。だが、もしかしたら――。

 

「とりあえず、これなら一息付けそうだよ」

「なにが、一息つけるのかね。ドクター」

 

 いきなり”いるはずのない第三者”からの声がして、ドクターもコスモスも飛び上がった。

 

 コントロール室の中に、いつの間にか彼がいた。

 2メートルをこえる長身の大男、油でねめつけたような金髪はオールバックでキメ。普通以上に白い肌と、感情のかけらも感じない無機質な表情は。

 その全てを裏切るように、強く激しいアクセントとリズムをそなえ、かなり滑稽にも聞こえる言葉を発してくる。

 

 そしてそれはここにいるヒーロー達へむけられた非難の声でもあった。

 

「ゲゲッ、もう帰ってきちゃったの?」

「帰る?カエルだと――この原生動物のメスがっ。いつになったら正しい言葉を覚えるのだ。私は帰ってなんか来ていない、ここに仕方なく来てやっただけだ」

「うッザ」

「それにしてもドクター、わずかに知性的で。常識をわきまえる君がいて、ここはどうなっている?アライアンスはどこだ、君たち以外の姿が見えないぞ」

「母船の中を回ってきたのか?ああ、ちょっと。それはね、事情が……」

 

 ドクターは事情をどう説明するべきか、慌てて脳を活発に動かし始めたが。

 回答が出る前に、相手の不満は一気に頂点めがけて駆け上って行ってしまう。

 

「何を見ている!?それは誰だ!?なんだ、あれは。なんでここにいる?誰が呼んだ?」

「あたし!このコスモスさんがどこからともなく放たれた愛のウェーブを感じて。あの汚れた大地から、攫ってきちゃいました」

 

 止める暇もなくこちらも主観を大いに混ぜた、乱暴な説明などしてしまう。それを聞いて初めて大男の顔に、驚愕の表情として眉が跳ね上がった。

 しかし声は、その何倍も激しく跳ねていく。

 

「なんだとっ!この万年発情娘がっ!なんて軽薄な行為に及んでくれたのかっ」

「ふたりわ~、体ァが、求めあってたのさァ。ならそれも、愛だろ?」

「馬鹿だっ!愚かすぎる、どういうつもりだ!」

 

 ドクターはもう頭を抱えるしかなかった。

 こうなるとも止められない、ふざけた会話への介入のチャンスはとっくに過去のものとなっていた。

 そして常識人にとって、これほどわずらわしい存在が目の前で対立するのを見続けるのは。とても耐えられるものではない。

 

「あの青い、泥の星――」

「違う、青い海の星だよ」

「海っ!?はっ!これだから、愚かな原生動物は、度し難い。

 君らが自分を知的生命体であると自称するならわかっていて欲しいことだが。青い泥沼だってあるのだよ。そして、それが君達のあの星のことなのだ」

 

 すぐそこにある窓の外の巨大な地球を指差して、巨人は吐き捨てる。

 まぁ、”彼の立場”ならばそういうことも言えるのかもしれない。

 

「ブーブー、エイリアン。調子に乗るな―」

「黙るのだ、この原生動物が……まったく、君らに呆れない時はないのか?

 今、ここには迫る強大な敵がいるというのに。いや、待てよ……まさかそのことを都合よく忘れてしまったのか?トラブルを認識できぬほど、この短期間で退化してみせたということかっ!」

 

 そう叫ぶように声をあげると、大男はビシッと部屋に置かれたメインモニターを今度は指さした。

 するとそこは突然切り替わると、ここからは見えていないはずの月の裏の様子を映し出してみせた。推進装置がへばりついている、そんな巨大な岩の塊が小さく映し出されている。

 

「もうすぐあれが、この星の大気圏上へとやってくるぞ。そうなれば、この母船とも撃ち合うことになる。

 だがあれほど巨大な相手と会っては、この船では太刀打ちできない。

 

 つまり君たちの危機は、もうすぐそこまで迫っているんだ!

 すぐそこに迫る君達への脅威なんだぞっ」

 

 そう、いつの間にか知らないうちに。

 連邦どころではない。この地球にZ星からの侵略の魔の手が、またも襲い掛かろうとしていたのであった。

 

 

==========

 

 

 僕とトシローの会話は、驚くことに再び始まると。今度は僕の独壇場となっていた。

 彼は、自分が仕えた殿様のその後を気にいているのだと呟いたので、僕は思いつくさきから取り出した情報を口に出していく。

 

 彼は黙ってそれに聞き入り。

 時々にだけ、疑問を持ったことを詳しく知りたがり。

 それでも最後まで――主君、織田信長公が本能寺の変にて命を落とすまでを静かにグラスを何度も空にしながら黙って聞いていた。

 

「そうか。殿はそうやって、最期を迎えられたか……」

 

 僕はつい気を利かせたつもりで、その後の話も続けようとするが。

 彼は「もういい。知りたいことは、わかった」と言って聞こうとはしなかった。

 

「それならそれで、僕は構いませんが。それでいいのですか?」

「なぁ、俺の一生も50年。この忠義は一代限りで十分よ。俺はそれを、あの織田の殿様に捧げると誓っていた」

「だから、家のことはもういいと?」

「そう、知らんよ。どの道、俺にはもう関係ない。

 貴様の話が本当なら、気も遠くなるような未来とやらでこうやってまだ生き汚く苦界にひとり残っているわけだしな。

 そして俺もここでは新たな戦場にすでに立って、長い」

 

 彼の言葉の意味の全てはわからなかったが。

 彼の口にする、心意気(?)のようなものはなんとなく理解できた気がした。

 

「トシロー、ひとついいですか?」

「なんだ?若いの」

「あなたの話を聞いて思ったのですが……」

「イライラさせるな」

「僕には過去が思い出せません。すると、それがとても気になって仕方がないんです。

 でも、今。あなたはこう言いました。『自分にはもう関係ない』って。

 実は僕も、自分の過去なんて関係ないと考えられたらなって。思う時があります。でも、そんなことが出来るのでしょうか?」

 

 聞くと、彼は口元に皮肉めいた笑みを浮かべ

 

「そりゃ、坊主にでも問うべき設問に思えるがな。貴様、俺がどう見えるんだ?」

「――武士?」

「まぁ、それもそうなのだが。そういうことじゃない。

 あのな、俺はな。人斬りよ、人を斬る鬼なのよ」

「……」

「なにもこれは、俺が言い出したことではないぞ。この俺を、この苦界へと産み落とした女がそう言ったのだ」

「つまり、トシローの母親?」

「そうとも言うな。ま、もう顔も覚えておらんが」

 

 そう言うとまた一杯、琥珀色の液体は彼の体の中へと消えていく。

 再びそこに液体が注がれていく中、僕は戸惑いを覚えながら。それを口にする。

 

「人を斬る鬼になれば、もう気にならないと。そういうことですか?」

「違う」「違う?」

「だいたい貴様、人は斬らんのだろう?」

「ええ、まぁ……刺したり、裂いたりしか。やったことはないです」

「それは――もういい」

 

 なんだか僕の答えはピント外れだったらしい。トシローは呆れたように何度か首を横に振ると、急に真面目な顔をして僕の顔を覗き見た。

 

「貴様、利口だと聞いていたが。なぁんにもわかってはおらんのだなぁ」

「自分が頭がいいかどうかなんて、知りません。でも指先は不器用ですよ」

「フン、知るかよ。

 だいたいな、人を斬ったとして。貴様は俺のように人斬りの鬼には絶対になれん」

「――どうしてですか?」

「それはなぁ」

 

 彼の僕を見る目が、なぜか怪しく輝いたように見えた。

 

――貴様は人を喰らう鬼だからよ

 

 僕は両目を大きく見開くことしかできなかった。

 

 

==========

 

 

「人をそのまま、食っているのだろう?」

「――ええ」

「うまかったか?どんな肉と比べても?」

「別に、味わっているわけじゃないんで」

「そうなのか?」

「それに……まぁ、生で。衝動でやってるようなだけなので」

「なんだ、つまらん!」

 

 お主には興味があったのだ。

 トシローはそれをまた繰り返した。本当にそう彼は思っているようだった。

 言葉の端々に、残念がっている様子すら感じられた。

 

「あいつらが言っとったのよ。貴様が来たとかいう連邦とやらにはな、血と肉をすする鬼がいると」

「鬼、ですか」

「おおよ!そんなのがいるなら、会いたいと思っていた。なぜなら儂も鬼だからな」

 

 そう口にすると、またもやグラスの中のものを空にする。

 そういえば黙っていたが、いい加減飲みすぎではないだろうか?

 

「鬼同士、向かい合って大いに騒ぎたい。下らぬ願いだが、今の儂には贅沢に過ぎるというものだったらしい」

「鬼、同士」

「キサマにはがっかりさせられた。

 人だの、過去だの、なんだかんだ。生きていれば面倒がおこるのは当然だろうよ。

 

 それが鬼であるというならば、キサマは人に憎まれて当然。恐れられて当然」

「……」

「なのにっ!

 ぴーぴーと、泣き叫ぶガキも同然で。あれがない、これもない。どうしてないとそうやって聞いて回りたいのか?

 それで何かキサマはわかったのか?」

「――それは」

「答えられんだろう。当然よ、なにもないからな。

 いいか?俺はキサマの過去など知らん。誰を殺して、どんな奴に憎まれているのか。そんなのはどうでもいい。

 だが、そのような業を背負って生きる鬼なら。俺は是非会って見たかったのだ」

 

 トシローの言葉に僕はただ、打ちのめされ続けていた。

 

「お主は犬よ、それも間抜けのな。

 賢い獣と愛でられてもいいのに、ガキのように己の尻尾めがけてグルグルと回り続けるアホウよ。

 

 獲物を捕らえることもせず、己の尻尾めがけてじゃれるようなキサマは。賢かろうが、間抜けだろうが。ただの大バカ者と、どう違う?」

「そこまで、アンタに言われなきゃならないのか」

「なら、キサマ。俺に教えてみろ。己の記憶とやらが戻れば、それで何が変わるのだ?」

「え……」

「もう人は殺さぬのか?鬼をやめて、喰らうのもやめて。

 賢いその頭とやらも使うのをやめるのか?武器を捨て、頭を丸めて。南無阿弥陀仏と仏の道とやらを、残りの命尽きるまで唱え続ける覚悟があるというのか?」

「それは、わかりません」

 

 確かにそうだ。

 僕はあの連邦に初めて殺された日、同じく殺した相手を僕は食べた。

 簡単にそのまま死んでいればよかったのに、相手を殺してその血肉を頂いてまで生き残ってしまった。

 それからはずっと、もう止まることなんてできなかったし。もし止めたなら、どう生きようかなんて考えたこともなかったじゃないか。

 

「そうか、ならこれはどうだ?

 女はもう抱かないのか?愛するのもナシか?男を抱けば問題ないか?

 飯はどうする?肉は食わんのか?草木を口にして、水があればいいのか?

 どこに住むつもりだ?人の多い場所では、わずらわしいことは日々おこりうるし。金はどうしても必要になる。

 

 まさか、山奥に一人でこもるなどと考えているのか?」

「……」

「どうだ?己がどれほどの大バカ者か、これでわかったか?

 キサマの過去なんてものはな、実際の話。キサマになにも与えんよ。

 

 だから俺が代わりに教えてやるわ。

 キサマは鬼よ。人を殺して、おぞましくもそれを喰らう悪鬼そのものよ。

 

 だからこれからも殺す。大勢を殺す。

 キサマが憎いと誰もが口にするし、キサマが死ねばと誰もがそう考えるだろう。

 

 だからと言ってキサマはなに一つ変わらん。

 人を喰らうくせに、別腹だというて肉も喰らうし。草木や水だって口にするだろう。

 だからなにがあろうとも女は構わず、目についた先から抱くし。なんなら血迷って愛することもあるかもしれん」

 

 わずかな首をもたげた反骨心はもはや僕の中にも残っていなかった。

 この数カ月の間違いを、彼は正しく僕の前に突き付けていた。

 僕には過去がない。だが、未来だけは残されている。というよりもそれしかもう残されてはいないのだ、と。

 

 ただの人間ではない。

 彼のいう、人を喰らう鬼として。ただ、生きていくということが――。

 

「トシロー、まったくあなたは全て正しい」

 

 いつの間にか胡坐のまま頭を垂れ、肩も落としていた僕だったが。

 絞り出すような声で、それを認めた。認めるしかなかった。

 

「この五十嵐 晃は、本当にどうしようもない大馬鹿者だったと。あなたの今の言葉。僕はそのどれにも、なに一つ言い返すことが出来ない」

「……」

「豁然大悟しました――いや、待てよ?

 この場合は、大悟徹底の境地と言った方がいいのかな?」

「おい、キサマ。そういう些末なことはいいんだ」

「あ、そうですね。そうでした」

 

 そう口にすると、僕は目の前のグラスに残っていた液体を一気に腹の中に収め。さらにもう一杯、それを繰り返す。

 

 焼ける喉の痛み。

 腹の底にズドンとそれが落ちていく感覚。

 アルコールが引き起こす血流がさらに熱を帯び、腹から四肢へと走り回り始める。

 

「人にはなれないんですね」

「ああ、キサマは鬼だからな」

「人には戻れない」

「人ではなかったのかもしれん、初めからな」

「19なんて年は意味がない。あるのは数カ月――ハハ、僕。生後半年もたっていないかもしれないんですね」

「人ではない。鬼であるなら、それでもなんの不思議もないのではないか?」

 

 僕はうなずいた。

 

「大昔。大江山の酒呑童子は、生まれてすぐに己の父の名を聞いて周囲を恐れさせたそうですよ」

「そいつは鬼の大将だったな」

「なるほど、たしかにどれもまったく。僕には関係なくなったな」

 

 僕には名前があり、この体がある。

 しかしそれ以外の一切に理由を求めても仕方がない。

 だって、自分は人間ではないのだから。この問いかけ自体に答えがないのだ。嫌、なくてもいいのだ。

 

「どうだ、若いの。今の気分は?」

「いいですよ、とっても――なんだか、酔ってるみたいだ」

 

 僕がそう答えると。

 カカカッとトシローは笑い。

 ケケケッと僕も笑った。

 

 ああ、なんだかとてもいい気分になった。

 

「酒は、つよくなかったのではないか?」

「どうでしょう、今の僕なら。あなたが酔いつぶれても飲めるかもしれませんよ」

「ククク、面白い寝言を口にするのだな。人を喰らう鬼殿は」

「それなら、もう酒は残りが少ないですよ。人斬りの鬼の大将」

 

 続けて大口を開けて笑う鬼達は、心の底から同じく笑いあっていた――。




(設定)
・大和言葉
日本語の事。どうやらアキラは2か国語を操れるようだ。

・正四位下弾正大弼
織田上総介信長の事、だと思われる。
朝廷の官位を信長は生前、正二位までなったが。死後に正一位を贈られている。

・エリオット・ターコリエン
Fallout3のDLCに登場する人物。
アンカレッジ作戦に参加した元は医者の衛生兵であったが。宇宙人に部隊ごとさらわれてしまい、皮肉にも宇宙で冷凍されていた。
同じ部隊の仲間達が次々と人体実験の犠牲者となる中で。Vault101のアイツに助けられてからは一転して攻勢に打って出る。

この物語では事件後、年齢を重ねてすでに自分の人生を達観しており。以前のような臆病で頼りなさそうなところは随分と矯正されているという設定。
壊れた世界で生きる、という決断を下した後の多くの出来事が。彼の新しい立ち位置を見つけ出したのかもしれない。

・スーペリア・コスモス
彼女も正確にはFallout3のDLCに登場する人物、の慣れの果て。
レオが体験したあの世界が崩壊する日、不幸なことに両親を失った彼女は宇宙人によってさらわれた。
かつての夢見るメカとコミック大好き天才少女は、あれから10年を生き。
20代半ばの美しくも大変に残念な女性となっている、という設定。

彼女はあの頃から妹は生きていると信じていたが、その後どうなったのだろう?

・いるはずのない第三者
彼についての詳しい説明は、次回を待て。


・すぐそこに迫る君達への脅威
『Z星人はあれから一向に地球圏に戻ることが出来ず、苛立ちをつのらせている中。敵と敵によって運用されているかつての自分たちの母船をどうにかするのではなく。
新たな巨大要塞を運び込もうと考えた』みたいな、ストーリーが他であったりなかったり。


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