ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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次回投稿は明後日を予定。


汚れた聖域

 僕はこの時、はじめて酒で酔いつぶれた。

 その何倍もウィスキーを飲んだはずのトシローは、まだ隣に座って。大の字にのびて寝てしまった僕を横目に笑っていた。

 

 あいまいな眠りの中で、僕は僕の家族――彼らを想っている。

 名も知らぬのに、僕を息子と呼んで抱き寄せ、嘆いた干からびかけた老人。

 怪しげなガスマスクで素顔を見せない観察者。

 存在から裏切り者だと僕をあらゆることで責め立てたキンジョウ。

 そして、僕を兄弟と呼び。目の前で溶解してしまった、イエローマン。

 

 いつかは記憶と共にそれらの意味するものを取り戻したいと願っていたけど。

 どうやら彼らは正しくて、僕は間違っていたらしい。

 笑顔あふれる、この家族の未来にそんな日は来ないだろう。

 

 それでも僕はいつか一人でそこに戻るのだ。

 僕を憎み、僕を殺そうとする家族となのる彼らの前に立つ。

 そして――。

 

 

 ボッビは最後に言った、彼らは僕を求めているのだと思ったと。

 今の彼らはどうかは知らないが、今の僕も彼らを求めている。

 

 強く、激しく、それを求めていく――。

 真っ赤に燃えることをやめられぬ、悲しみも憎しみでもないこのただ一つの感情の命じるままに。

 

 

==========

 

 

 コスモスらが拠点とする母船、そこに突如現れた変人の大男。

 地球人であるところの彼ら彼女らを原生動物などと呼び捨てては、見下し。

 まるで自分だけは違うのだと言わんばかりの態度を貫くこの”存在”だが、こいつは自らのことをQと名乗っていた。

 

 宇宙人、Q。

 それがこいつなのだ。

 

 こいつとアライアンスとの付き合いは、そこそこに長いものであったし。

 宇宙人がなんで地球人を、それもZ星人から守ることにやる気を見せるに至ったのかという理由はしっかりとあるのだが。これらについてザックリと説明するにしても、とても長くなるし。そもそもこれはVault111の放浪者達の物語で、聞かせねばならぬようなことはまったくないので。

 

 つまりは詳しい説明はここではあえてしないし。

 納得してくれなくてもよい。

 

 

 しかしそんなQの訪問に、仕方なくドクターもコスモスも。

 本来であるならば地球から戻ってこようとはしないばかりか、連絡すら絶っている仲間達の前に。彼らがアキラをなぜ、そこへと導いたのかを説明する羽目になっていた。

 

「それではドクター。嫌、エリオット・ターコリエン君。説明してもらおうか」

「――ああ、Q。わかってる」

 

 地球を守る守護者達が地上から一人の若者を救い出す理由。

 

 そのすべては200年前、アンカレッジまでさかのぼらねばならなかった。

 第108歩兵大隊――後に連隊へと再編成されたそこに。彼、ドクターとレオは共に所属していた。もちろん存在は耳にしていたが、直接会って話たことは多分ないだろう。

 

 そのつながりが、皮肉にも200年の時を越えて意味がでてきてしまった、というのが大雑把なあらすじとなる。

 

 数年前、メンバーの中でキャピタルB.O.S.に不穏な動きがあることが母船にも知らされた。

 とはいえ、守護者の役目はこの地球への宇宙人の侵入を許さぬことであり。地上のパワーバランスを管理するわけじゃない。最初はこの問題には関われぬと、一同は揃って横目に見て見ぬふりを続けた。

 

 ところがそうこうしているうちに、準備をやめようとしないB.O.S.の最終目的が核戦争ではないかと予想がついたあたりで、彼らの仲にもついに我慢の限度をこえてしまう奴等が出てきていた。

 

「やはりバカだったのか。感情に負けるとは、情けない限りだ」

「そうは言うけど、Q」

「お前達、原生動物は。知性が足りないばかりに己の身を亡ぼす決断を下し。その愚かさで知的生命体の範疇の限りなく外側へと弾き飛ばされてしまった己の種の過去をいい加減に認めてしまえ。

 そうだ、私たちは本当に愚かでした、とね」

「ちょっと!それってバカって意味でしょう」

「そうだ、メスよ。お前もバカだ。

 いいかね、君らは200年以上前にもやってみせたことなんだから。今更規模の大小は別にしても、それを繰り返すことに何故不安と疑問を持つのだ?

 好きにさせたらいいんだ。それに介入するなど、不毛とは考えられないのか?」

「なら、喜んで欲しいね。Q、アライアンスは介入には否定的だった」

「――ほう」

 

 地上には何とかしたいという気持ちがあったが、干渉はしないという厳しいルールを守ったうえで方法がないか。そんな都合の良い答えは、問題と同じキャピタル・ウェイストランドから掘り出してきた。

 

「キャプテンが、キャピタルにはVault-TECの本社もあると思い出したんだ。そこで僕らは、そこから旧マサチューセッツ州に作られたVaultのデータを復元した。難しいことだったし、決して簡単ではことではなかった」

「ルールの抜け道を探る、ということか。ミジンコたちのけなげな努力をうかがえるね。感動して涙を流すのはここでいいのかな?」

 

 エイリアンの嫌味は聞かなかったことにする。

 

「僕はそこで少佐――いや、元大佐だったね。彼の名前をリストから見つけ出すことが出来た」

 

 するとなぜかコスモスが得意げな顔でそれを口にした。

 Vault111、冷凍技術で眠らせる施設、と。

 

「なるほどな。それで、愚かなミジンコ達は。その元大佐とやらを眠りから叩き起こしたわけか」

「いいえ、やってないよ」

「――ナニ?この期に及んで、なぜ嘘をつくというのか?」

「嘘じゃないよ、本当に僕らは何もしなかったんだ……正確に言うと、人は送り込んだけど。何もせずに戻した」

「なぜだ?君ら、無駄な努力とはいえ。なぜそこでやめる?決断力まで失ったか!?」

「マズイ状況がそこでおこっていたから、だよ」

 

 凍らされて時の止まったVaultの中にあったもの。

 それはケロッグとインスティチュートによる、襲撃の痕跡。

 レオの息子は攫われ、妻は殺され。そして夫はその目前でVault社の邪悪な計画により強制的な眠りの中にいた。

 

「まだ、わからんね。どういうことだ?」

「つまり、僕らが求めたのはアライアンスの仲間になってくれそう。そう考えていた元大佐だったけど。その一家が、とんでもない事件にすでに巻き込まれたいたんだ。

 そんな状態で彼を目覚めさせることは出来なかった」

「ふむ」

「奥さん殺されたってだけでも、相手はぶっ殺してもおかしくないもん。こっちの話も、聞いてもらえるかどうか――」

「なるほどな、お前達の下らぬ感情が。復讐心に取りつかれた男を世に放つことに、戸惑いを覚えたわけか」

 

 Qはそれで大きく頷くが。

 すぐにハッとなると、だまされないぞと大声をあげた。

 

「元大佐、といったな?

 なら、ドクターよりも年上であってもおかしくはないはずだが。

 先ほど見た人物は、この私から見ても。君ら人間の年齢では若いとよばれるような奴だったろう。これはどう説明してくれる?」

「だから、問題だらけになったんだよ……」

 

 アライアンスは結局、自分たちのルールの新しい抜け道を探ることにし。

 連邦に新たな協力者を求めることを一度はあきらめた。だからVault111のことなどすぐに忘れ。哀れな眠り続けている元大佐も、そして連邦に野心をあらわにしようとするキャピタルB.O.S.も、一時は忘れたふりをするしかなかった。

 

 

 そうして気が付くと、問題があふれかえっていた。

 年末を直前にして、キャピタル・ウェイストランドが激震する。

 ついにB.O.S.は連邦へと無事に到着してしまい。アライアンスは、残したままだった宿題をどう終わらせようかと頭痛にまた苦しむことになった。

 

 その最中、彼等はかつてあきらめたVault111にて変事がまたもおこっていたことを知った。

 突如壊れていたと思われたVaultのシステムが、レオを目覚めさせたばかりか。施設から地上へと出てきた彼の隣には、アライアンスも知らないもう一人の若者が――そこに付き添っていたのだ。

 

「君らが知らない?勘違いではないのかね?」

「いや、間違いはないよ。ここにいるのは五十嵐 晃という青年だが、彼の名前はVault-TECのリストには載っていなかった。つまり、彼はあそこにあった冷凍施設で眠らされていたわけじゃないんだ」

「……意味が分からないな」

「やったぞ。エイリアンもお手上げだって!」

 

 コスモスの言葉に、Qは不快そうに激しく首を横に振る。

 

「やめろっ、お前達と比べないでもらいたい。この超、高高度生命体とも呼ばれるべき我らに。そんな無意味なロジックでなにをするつもりだ。混乱が望みか?200年を生きる原生動物が存在しているだと?認められん」

「落ち着けよ、Q。

 それは僕らも通った道さ。Vault111に残されたデータは何度もチェックしたよ。あの当時の混乱の中で若者が施設に入った形跡はナシ、僕らのような記録を改ざんした痕跡もナシ。そもそもあそこの機械は死んでたはず。トリックはなにもない。

 だが、奇妙な事実だけは現実に存在したんだ」

 

 しばし沈黙がコントロール室に流れる。

 

「つまり、君らはこういうのだな?

 沈黙する機械が突然動き出し。そこにいるはずのない若者と、残っていた元軍人を外に吐き出した、と」

「そうだよ」

「ではその不思議な青年をなぜここに――いや、待てよ」

 

 コスモスはつまらなそうに、Qが皮肉を口にする前に結論を言った。

 

「そうだよ。最初に探した仲間の候補に、彼ならいけるんじゃないかって。私らは恩を着せるために、ここに連れてきたんだよ」

「――奇妙な物語の若者に、君らという悪魔が無理矢理に契約させてやろうと、迫ろうということか。随分と悪辣なのだな、可愛いミジンコ達」

 

 表情はまたもないものへと戻ったが、言葉の中にはしっかりと侮蔑の色はこびりついていた。

 だがドクターもコスモスも、この程度で動揺は見せなかった。

 

「こっちの下心と、彼の事情がたまたま一致しそうだったの。でも、まぁ、間違ってはいないよね」

「そうだ。そうやってなんとか、キャピタルB.O.S.の暴走を封じ込めやしないかと、そう考えていたんだ――」

 

 2人は動揺は見せなかったが、言葉の歯切れが悪くなったことをQは気が付いていた。

 

「それで?なにかあったのだろう。新しい問題が、出てきたのかね?」

「――その通り!彼もまた、大問題を抱えたひとりってわけだったのさ。本当に悩ましいことにね」

 

 そういうと、ドクターの指はコンソールへとのびていった。

 

 

==========

 

 

「これを見て欲しいんだ」

 

 そう言うとドクターは、巨大スクリーンに彼が調べ上げたアキラの生体情報を次々と表示させていく。

 コスモスは横目に、しかしQは興味津々のようで食い入るようにそのデータを端から見ていった。

 

「拷問――って感じではないけどね、どうやらひどい扱いをされていたようだよ。

 彼の細胞は放射能に耐性をもっているというだけではない。どういう方法でやったのか知らないが、単純に構造も強化されていたようだ」

「構造の強化、とは?」

「単純にタフ、ってことでいいのかな。

 切れ味の悪い刃物や、なんだったら小口径の銃の弾丸程度なら、はじいてしまうだろうね」

「なるほどな、見た目では判断できない甲羅をつけているミジンコというわけだな」

「夢がないなー、エイリアンはこれだから。肉は薄いけど、あの胸は鋼で出来ているってことだよ。鋼の男、ワオッ」

「コスモスの表現はどうかと思うけど、まぁ完全に間違ってはいないようだね」

 

 そして次に、透過映像を呼び出してくる。

 Qはそれをみると、目を輝かせ始めた。

 

「ほう、こちらのほうが分かりやすいな」

 

 数枚の、しかしどれも何かが違うその映像は。

 アキラの体内がまったく普通ではないことを、はっきりとそこに見せつけていた。

 

「貴様らの身体の骨とやらは、いつからこんなに輝くものと差し替えられているのだ?」

「合金アダマンチウムだと思うよ。200年前でも軍はこの技術を一般化させようと、苦心していたからね」

「だがそれは、本物の骨の上に熱を帯びた薄く液状のそれで覆うものではなかったかな、ドクター?

 原生動物らしい、野蛮な方法ではあったと思うが。こちらはそれとはまったく違うように見える」

「へぇ、どういうこと?」

「見ただけで分かるとは、さすがだQ。

 僕も同意見だよ、彼のは普通の金属ではないということさ。初めて見るけど、彼のアダマンチウムは”生きている”のだと思う。

 調べようと思ったけど、普通とあまりにも違いすぎて触れることは出来なかったよ」

「それだけではないだろう?本体の頭蓋と背骨、こちらもやはり何か別のものと変えられているな」

 

 Qは愉快そうに言葉を挟み込む。

 

「これならわかる。〇××▲星系で使われているものだ。カーボナディウムだったか。

 特徴は高い硬度と、それでは考えられぬほど弾性を備えていることで知られていたかな。あの星の連中にとっては野蛮な戦闘用のオプションだったはず。

 連中に言わせると、この方法がもっともシンプルに身体を強化する使い方なのだと聞いたことがある」

 

 大男はボウと熱に浮かされたように、独り言をもらす。

 

「――なに星系だって?よく聞こえなかったんだけど?」

「なに?そんなこと?お前達、ミジンコが知らなくても構わんよ。どうせ、この船であったとしても。あそこまでたどり着くには、簡単ではないからな。もちろん、このQは別にしてもらわねばならないが」

「はいはい」

「ドクター、彼からサンプルは頂いたのかな?君も、君の好奇心のためにも本当のことを話したまえよ」

「……いや、やってないよ」

「どうしてかね?君ならば、当然のようにそれは行われたと思ったのだが」

 

 彼は首を横に振り執拗にそれを否定する。

 

「興味はあるよ、確かにね。でも――」

「なるほどな、ドクターはこの同胞に憐れんでいるのかな?」

「ああ!そうだよ!」

 

 いきなり声を荒げた。

 

「戦場じゃこんなの、あきるくらいに見てきたよ。あの青年は、彼は誰かに実験動物にされていたんだ。

 調べればなにか別の事もわかるかもしれないが。これを見た後だと、そんな気分にはなれない」

「ふむ」

 

 Qは骨格の写真から目を離すと、別のモノへと順に眺めていく。

 

「人にはない臓器らしきものがいくつか見られるね。それとこれは特定の振動に対して反発している?これもなんとも興味深いミジンコだ」

「どうやったのかは知らないが、光学兵器への耐性も持たせようとしたようだ」

「なるほどなるほど」

「細胞を採取して、直接レーザーを照射すれば。どの程度まで効果があるか、わかるかもしれないけどね――」

 

 どうしても必要だというなら、やるだろうが。今はドクターにその気がやはりないようだった。

 

「一見、皮膚は綺麗なものに見えるが――」

 

 Qはそういうと、隣の灰色のレンズがとらえた皮膚に刻まれたそれを目を細めて観察した。

 

「見たまえよ、このあり得ぬほどの傷」

 

 幼児がクレヨンで、真っ白な画用紙の上に塗り込むようにして色で塗りつぶした後のように。

 体中の皮膚に綺麗な部分が筋状の傷によってほとんどないことが、証明されていた。

 

「どうしたらこんなことが出来る?

 まるで君らミジンコを、生きたままに臓器を取り出して改良を加え。

 遺伝子に刻まれた生体スペックと寸分たがわぬ代価品を用意し。それらをきちんと混ぜ込んでみせながらも、あり得ぬ骨の間に押し込みなおすと。包装紙でくるむようにして、皮膚を綺麗にその上に巻いて動くようにしている。

 そうしてこのバケモノは完成する」

「うぇっ、ちょっとグロいよ。エイリアン」

「そうだろうな。君ら矮小なる生物に神を凌辱するかのような、このおぞましい技術を実行させたのは。誰だろうね?興味はないのかい、アライアンスの諸君」

「無いね」「あるわけがない、Q」

 

 素早い返事にエイリアンの顔も曇る。

 

「そうか、それならそれでもいいがね。

 ところで君らが拾ってきた、この哀れな存在の正体は。つまるところなんなんだね?」

「……」

「サイボーグ、という奴か?」

「違う。彼のは生体部分からして、手が加えられている。ただ人工物がまぎれこんだ、そういうものじゃない。信じられないほど高い技術が施されている」

「ではなんといったかな――そう、人造人間という奴かね?」

 

 それは連邦の脅威。

 かのインスティチュートによって生み出された存在。

 だが、ドクターは即答する。

 

「違うだろうね。そんな感じはしなかった」

「しない、とは?」

「人造人間は人を模造した所で、完成とされているけど。彼のを見るとその先を――どれほど先かは分からないが。なにか別の設計思想があったとしか思えない」

「では結論は?」

 

 ドクターは改めてデータに目を泳がせた。

 コスモスは興味ありげに、横目でそんな彼を見ていた。

 難しいことであったが。しかし、推論でも確かに一つの回答がドクターの頭の中に存在していた。

 

「人型生命体」

「――なんだね、随分とぼやけた物言いだ」

「彼の肉体を完全に理解しようとするなら、全てをバラバラにしてから始めないとだめだ。つまり生かしてはおけないから、現状ではこれしか言えない。

 他に表現するなら、新解釈とか、広義でのデザイナーチャイルドってあたりかな」

「人造人間ではないと、言い張るのかね?」

「エイリアンの君の目から見たらどうかは知らないけどね。僕にはこれ以上のことはわからないし。知りたいとは思えないよ。それに――多分、実際に暗黒面に落ちてそれをやったとしても、どれだけ僕に彼に使われた技術を理解できるのやら」

「フフフ、ドクターは自身の理性を勝たせたいあまりに。耳元でささやく、悪魔の声はないものとしたいようだね」

 

 そう口にしながら、Qは舌なめずりを始めそうな顔をした。

 

「確かに問題だらけで、興味深い存在のようだな。

 そしてドクター、君の意見に賛成するとは自分に驚くよ」

 

 人の姿をしたエイリアンは、喉をゴクリと大きな音を立てた。

 

――たしかに。ここにあるすべてを手にするなら、生かしておきたくはない

 

 地球人には決して聞かせられぬ、異星人の本音がそこにあった。

 

 

==========

 

 

 連邦から南西に約460キロほど移動したそこは、かつての世界ではワシントン・コロンビア特別区と呼ばれていた。

 強大国家、アメリカの心臓部。

 そんなかつての都は――それゆえに存在を脅威と考えているあらゆる敵からの激しい攻撃にさらされ、破壊された。

 

 その爪痕は200年を過ぎても一向に復興の兆しはどこにもみることができない。

 土地は死に、作物は育たず。空気は淀んで、雲は太陽をそこからのぞかせることを好まない。

 

 だからここで生きる人々に希望はない。

 常に迫ってくるのは飢えや渇き、そして死への怯え。これに耐えかねると、人でなしに堕ちるか、またはそれ以外の道を選ぶことになるが。そのどちらも決して楽なものではない。

 

 だが、皮肉なことにその過酷さが。ここの人々に命の大切さを学ばせていた。

 つまりそれがこのキャピタル・ウェイストランドを言い表す全てだったのだ――。

 

 

 昼間、地平線まですべて残骸で埋め尽くされた丘をのぼっていくひとりの旅人の姿があった。

 荷物を背負い、フードをかぶり、顔は見えないのでよくわからないが。荒い息遣いの主が年のいった女性のものだとそれだけがわかる。

 周囲に人の影も気配は感じられないが。こんな今でさえも、野生のロボットや生物。アポミネーション、レイダーの脅威は依然としてここに存在していた。

 

 旅人が丘の頂上に立つと、地図を取り出し自分の現在位置を確認する。

 休憩とばかりに背嚢から水を取り出した。生暖かい一口が、乾いた喉を湿らせるのを感じる。

 アクア・ピューラ――10年前、民間からの動きで実行された浄化プロジェクトの最大の恩恵であり、そして呪いだ。

 

 これは昔話だ、この救いのない大地で暮らす賢い人間達は考えていた。

 汚染された天と地の間で循環する自然のプロセスに、完全に浄化された水をまぜることで土や雨も無害にしようという壮大な試み。その計画の再開。

 

 そしてこの計画が思いもよらぬところで。当時、戦いが始まっていたB.O.S.とエンクレイヴをついに正面から激突させる原因となった。

 ややも押され気味であった当時のB.O.S.であったが、その対決から華々しい勝利を重ね。ついにはアダムス基地を制圧したことで完全勝利することができた――。

 

 その事実が、キャピタルのB.O.S.に無限とも思えるほどの栄光をもたらし、10年が過ぎている。

 彼女の回想はいつもここまで来ると、苦々しい想いから。無理にでもそれ以上を考えることを自分に許さなかった。

 

 だが、今でも腹が立ってしょうがないのだ。

 あの栄光は、決して良いものとばかりはいえなかったのだということを。

 

 乱暴にフードを顔の前から払いのける。

 黒い肌、きっちりと角刈りにされた頭髪は白く。肌に刻まれた皺は年相応にそこにあるが。持って生まれた気迫はまだまだ衰えることを知らない。荒々しい息を吐き出しても、そこにかくしゃくたる強さは依然として備わっていた。

 

 

 彼女の名前はクロス。

 キャピタルのB.O.S.では栄誉あるスターパラディンの称号を持つ30年をこえる戦歴を誇る伝説の兵士である。

 かつては起きているときは誇りと共に身に帯びていたパワーアーマーは今はなく。

 かわりに腰には長年使い続けている愛用のレーザーピストル。背中には背嚢の下に、スーパースレッジを隠している。

 そんな彼女がこうして一人旅をするのはいつ以来だっただろうか?

 

(キャピタル・ウェイストランド、かわらないな)

 

 この荒野を目にすれば、この10年の変化などないように感じるが。

 そこに生きる人々の生活と意識は、明らかに大きく変化を生み出していた。

 

 かつては海岸沿いにかろうじて浮かんでいた空母だけで町としていたリペットシティは、大きく成長し。沿岸線に沿って、人の居住空間を広げているし。

 あの狂った町、メガトンはついにキャピタルで2番目に栄える町となった。

 そしてこの2つの町を中心に、ぽつぽつとアガサ・タウンのような小さな新興の居住地までも生まれ始めている。

 

 そのかわりに、当時はあれほど栄えていたテンペニータワーは、ついに跡形もなく吹き飛ばされ。今は瓦礫の山となって、無残な姿になり果ててしまった。

 そうなってしまった原因をクロスは知っているが、それを誰かに話したことはない。多分、一生ないだろう。

 それが友人の――このキャピタルの数多くの伝説をのこした”彼女”のためだと、思うからだ。

 

「元気にしているかね、アイツ」

 

 クロスは地図をしまい込みながらそうつぶやくと、フードを元に戻してから再び歩き出した。

 彼女の友人は――Vault101のアイツの家はメガトンにある。

 このまま何事もなければ明日の日暮れまでには、到着できそうだと思った。もっとも、昔からトラブルメーカーで好奇心の塊だったアイツがそこで大人しく普通にしているとも思えなかったが。

 

 

==========

 

 

 憂鬱なミーティングを終えたばかりの母船に、新たに帰還者が姿を現した。

 転送装置の上から降りてくると、帰還者は地上から持ってきた多くの土産をその場でバッグの中から引っ張り出そうとしていた。

 そこにコスモスが、慌てて飛んでくる。

 

「驚いた!どうしたの、いきなり」

「戻った。呼んだだろ?」

「そ、そうだけどさ。返事がなかったし――」

 

 肩の高さで切りそろえられた髪は黄金色。

 しかしちらりとコスモスを見やった顔にあった眉毛は赤みを帯びていたので、地毛ではなく染めているのかもしれない。

 180センチを超える長身でありながら、皮膚の下を暴力的な筋肉で満たすその細身は。必要であれば、爆発的な力を簡単に引き出すことも可能であっただろう。

 

 目鼻顔立ちには、特に美しいとよべるものではないが。

 凛とした力強い意志が、その肉体にとどめおくことが出来ず。体外へと漏れ出ると、眩しいばかりの輝きを彼女を見る全ての人々にカリスマを感じさせるのは間違いない。

 

 そして何よりも重要な手掛かりが――。

 10年の時をへて、さらに改良を加えられた。もはや存在しないVault101のロゴの入ったアーマード・ジャンプスーツ。

 

 伝説のDJ、スリードッグに”Vault101のアイツ”と名付けられた女。

 キャピタルの生きる伝説が、そこにいたのである。

 

「なぁ、トシはどうしてる?」

「え、キャプテン。あいつに用があったの?」

「ああ」

「大変、なら起こしてくるね」

「起こす?」

「えっと――ちょっと、飲んんでてさ。酔っぱらってるの」

「へぇ、それは珍しい」

 

 そう言いながら、荷物の中からそれを掴みだした。

 サムライに持ってくるように頼まれ、キャピタルのゴミを漁ってわざわざ新しく作り上げた一品がそれであった。

 

「あれ、それって?」

「作ったばかりのものだ。新品を大急ぎだって。なんでも、誰かへの贈り物にしたいらしい」

「そんなもの、誰がもらって喜ぶの?」

「さぁ?」

 

 2人はお互い、肩をすくめて奇妙なサムライの考えに苦笑を浮かべる。その手に握られたのは”Vault101のアイツ”作製による一振りの異形の刀、シシケバブ。

それはこの母船で酔いの中を眠っている、2人の鬼のつながりの証明となる、はず――。




(設定)
・宇宙人Q
ジャスティスリーグのジョンジョンみたいな存在と理解していただけると。
当初、このQの情報でアライアンスが月面の裏に存在する衛星母艦に突入。アキラもそこに見習いとしてついていき。
この宇宙人と云々――という展開があったが。

登場人物が多く、簡単には終わるわけないだろうってことで。
全部カット!

いつからかの銃〇夢みたいな「これ、べつに本編にいらないんじゃね?」的なことになりそうで、そうなってしまったのも仕方がない。

ちなみにこの名前はスタートレックのQ生命体へのリスペクトでわざとそうしてます。

・アキラの生体情報
ここで言われている大部分は、あのキンジョウの手による調整のおまけである。
ただでさえ正常からほど遠い存在だった彼は、完璧にバケモノへと作り変えられていることがわかる。
だが、ここでもまだその正体がはっきりされたわけではない。

・クロス
フォールアウト3ではほとんど存在感のないB.O.S.のオバサンだった。
この物語の設定では10年後のキャピタルに当時のコンパニオンは彼女とトンネルスネーク、軍曹以外は存在しない。

・キャプテン
噂の”Vault101のアイツ”、女性版である。
見た目を裏切る人外の存在はますます悪化の一途をたどっている。パワーフィストのビッグバンパンチで軽くデスクローを殴り殺せるので。Z星人なんて、相変わらずザコ扱いに違いない。

現在、29歳。
自宅のあるメガトンの床屋の若旦那とつきあいあり、という設定。
ジャンク品から武器を作り、それをニコイチで使い続けるスタイルは今も健在の模様。

残念ながら上記の理由での全面カットのせいでアキラと交わす言葉も没になってしまった。一番影響を受けてしまった人。
でも、また出てくると思う。

・Vault101アーマード・ジャンプスーツ
実は初期案ではこれを着ていないことになっていた。
あのトンネルスネーク・ジャケットのアーマー化したものを考えていたが、わかりやすいほうがいいかと元に戻した。

付け加えると。
母船からVault101のアイツがクロスの待つ自宅に戻るところで。元祖トンネルスネークに会ってその姿に嫌な顔をされる、というシーンがあった。


【新たな技能を取得しました】
これまで不明であった現象が、今回の検査結果で判明された。
情報が多いため、後でまとめてそれらを発表したい。

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