ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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次回投稿は明後日を予定。


良き隣人たちへ

 意識を失うほど浴びるように酒を飲み、そして目覚めると。

 僕は決めた。

 

 地球の守護者同盟を自称する誰も知らないヒーローにならないかと、誘うようなことをほのめかされたが。

 僕はそれに気が付かぬふりをして、地上へ戻りたいのだと恩人たちに告げた。

 宇宙人という存在に興味がなかったわけではないが、僕にはまだあそこに――地球に残してきたものがあまりにも多すぎた。

 

 

 トシローと、そして遅れてきた皆にキャプテンと呼ばれていた彼女。

 後にそれがキャピタル・ウェイストランドの生きる伝説”Vault101のアイツ”と呼ばれる女性は――ただ「わかった」と頷き。

 それ以上は何も言わず、僕のことを快く送り出してくれた。

 

 眠っている間に着せられた病衣を脱ぐと、奴等の手先である証でもあるイエローマンへと僕は戻る。

 だが、もう僕は彼らの道具ではない。

 彼らから与えられた武器もない。今はただ、それだけの存在だ。

 

「鬼とはいえ、なにもないのは寂しかろう」

 

 餞別だと言って、この宇宙でいきるサムライは一振りの刀をくれた。

 キャプテンとはほとんど話すことはできなかったが。僕が連邦へと戻る段になると、「何か注文は他にあるかな?」と申し出てくれたので、少し我儘を聞いてもらった。

 

 キャプテン、ドクター、コスモス、トシロー。

 

 地球を守っているヒーローたちに見送られ。次の瞬間に僕は、連邦の大空へと投げ出されていた――。

 

 

==========

 

 

 感激と驚愕の再会を終えれば、いつの間にか夜だって来る。

 かつてのように連邦の外で危険な野宿も、楽しく思えるのは久しぶりだった。

 

 眠らぬエイダは仲間を中心に円を描くようにして警戒を続け。

 踏み消した火元の近くではそれぞれが横になって、眠っていた。その時までは。

 

「ボス、起きてるんだろ?」

「……ああ」

「そうか」

 

 そんな風に話すのから始まると。

 暗闇はこの2人の男を妙に正直にさせたようで、体を起こし。そのうちなぜかコーヒーでも飲もうかとなって、火元を再び新しくする。

 

 しばらくはそうして、互いに火を眺めては黙っていたが。

 ついにマクレディは口を開いた。

 

「まさか、あんたがいきなり出てくるとは思わなかったぜ。マジでアンタ――」

「……」

「嫌、そうじゃねぇよな。違う、こんなこと。話すつもりじゃなかったんだ」

「どうした?」

「ボス――俺は、アンタを裏切っちまった」

「?」

「実はな……」

 

 冬の星空の下で、マクレディは淡々とあのボストンコモンでの戦いを。

 ニック・バレンタインの救出から、ケロッグとの対決に西へと向かったあの一カ月前の事件を説明した。

 そして――。

 

「おれはよ、浮かれてた。それをレオは見抜いたんだよ。

 気が付いたときはもう遅かった。俺の前にはガンナーの宝の山があって、守るべき男は俺をそこにおいて。さっさとそこから立ち去っていた」

「やられたな」

「ああ、ひどいもんだろ?

 狙撃手は獲物を見逃したりはしない。そうあんたに偉そうに言っていたのにな。

 俺は出し抜かれたのに、それも見抜けず。本当なら、あんたに合わせる顔だってないんだろうな」

「――真面目だな」

「そうだ、俺は真面目な話をしてるんだ。ボス、その――なんというか」

「ああ」

「悪かったよ。すまなかった、あんたの信頼を、裏切っちまったんだから」

 

 悔しそうな顔でマクレディはようやくそれを口にする。

 思えばこうするには、他に方法がないのだからと。ファーレンハイトに蹴飛ばされたとはいえ、ずっと走り回ってきたのだ。

 それを再会したからもういいや、などと。簡単に、なにもなかったように振る舞うことはなぜか許せないような気持があった。

 

 アキラはそれをなんとなくは察したが、あえてそれに答えず。

 別の事をこの年の近い部下に聞いてきた。

 

「グッドネイバーにいたって聞いた、市長が」

「ああ、こいつらと一緒にな。アンタを探そうってなったんだ」

「ハンコックは、どうだった?」

「なにも――数日ホテルの部屋に押し込められたけどな。酒も食事も、煙草もタダの上客扱いだったよ」

「そうか」

「……ファーレンハイト、あんたが殺したんだな」

「――ああ」

 

 己がしでかした大罪を口にするのに、アキラはわずかな間を開けるだけで。感情もなく認める。

 だが、その一瞬だけ。

 マクレディは火で揺らめく黒髪の男に妖気めいた恐ろしさを見たようで、事情を問うことは出来ないでいた。

 

「なぁ、ボス」

「ああ」

「俺、あんたに謝ったんだが」

「ああ」

「なんかないのか?それだとちょっと、困るんだ」

 

 アキラは顔をあげると、丁度問いかけるマクレディの顔が正面にある。

 

「僕はまだ、お前のボスなんだよな?」

「もちろんだ。ヘマした分のオプションってやつ。あの契約は、まだ有効だからな」

「また、ひどい目にもあうし。トラブルにうんざりすることにもなるぞ?」

「そのためのキャップだろ?もっともっと、俺を稼がせてくれよな。ボス」

 

 それならいいさ。

 

「実はマクレディ、僕はとんでもない計画を考えているんだ。手伝ってくれるか?」

「いいぜ、ボス」

「よかった」

「で、なにをするって?」

 

 視線を外す、顔に笑みを張り付ける。

 本性は仲間でも隠したい。それがおぞましい、人食いの鬼のそれならば特に。

 

――コペナントを焼くんだよ

 

 万華鏡のようにひび割れ、判別難しい記憶の中でもそれはしっかりと覚えていた。

 ワット・エレクトロニクスから離れて訪れた連邦一奇妙な居住地のことを。

 

「ところでボス、キュリーとの再会のキスはどうだったよ?」

「マクレディ。本人はそこで寝てるんだぞ?気を使えよ」

「いいからさ、アンタ。ひょっとしてヤバイ性癖もってたのか?」

「ははは、面白い冗談だな。僕がロボット相手に”シゴいてた”って言ってるのか?」

「おれはぁ――そこまでいってないぜ、ボス」

「ほう、お前のよく動く舌のなめらかさ、気が付かなかったよ。キスしようか?」

「やめろ、その趣味はねぇ」

「お前の尻の感触、新しい世界が広がるかもしれないな」

「やめろ。マジで吐き気がする、あんたの頭を吹き飛ばす理由がこれでひとつなくなったぜ」

「それはお互い様だ、馬鹿野郎」

 

 愉快な夜はそうやって過ぎていく。

 

 

==========

 

 

 グッドネイバーではハンコック市長が。

 珍しく自身の店。サードレールのカウンター席でひとりを静かに楽しんでいる。

 

 部下達には命じて、あの可愛い護衛の葬儀はつつがなく行われたはずだが。そこにハンコックは参加することはなかった。そしてその理由を彼自身も誰にも言おうとはしない――。

 

「市長、つぎましょうか?」

「そうしてくれ。なみなみと、だ」

「……やってますよ。いつも」

「なに?」

「いいえ!わかりましたよ。グラスに、なみなみと、ね」

「ああ、そうだ」

 

 バーテンのロボットの愚痴も、今のハンコックの耳には届かない――。

 

 彼は今、別れを告げているのだ。

 大好きな自分のいるべき場所、作り上げた場所。この連邦で最も自由な町、グッドネイバー。

 彼はもうすぐこの場所としばしの別れを告げることになる。

 

 するべことは毎日だって山積みにされて市長の元へと送り付けられてくるが。

 そんな市長の力でもどうにもならないことが、徐々に借金のように膨れ上がっていることにとっくに気が付いていた。

 

 そして相棒が、ファーレンハイトのやつが死んだ。

 ハンコックはそれで結論を出すことを迫られた。

 

 

「いっそ、俺達は”自由”になるか?」

 

 まだ生きていた相棒に、なかば誘うようにそう声をかけたことがあった。

 何度もじゃない、その時はつい弱音を吐いたのだ。

 

「そう、なら後のことは任せて。休暇を楽しんできて頂戴、前市長」

 

 そう言ってあいつはそれを許さなかったが――。

 

「嫌、違うな」

 

 あの時の自分は本当にこの町の自分が築き上げたものを全て投げ出したくて。だが本気じゃなかったし、彼女と出ていくつもりもなかった。

 いくならひとりで――それがわかっていたから、あいつはわざと俺を挑発するように。この席を奪うように挑発していたのだ。俺はそれにひっかかった。

 

 自分が自分であるための責任と人生を、どうして放棄できるって言うんだ?

 

 そんな店のオーナーの元にトリガーマンがやってくる。

 彼は「ボス」とだけ呼びかけると、すべては滞りなく終わりましたよ、と答えた。彼女の葬儀が終わったのだ。

 

「敬意を払って、送ってやったか?」

「もちろんですよ。あの人に助けられたのはここには大勢いますから」

「本人には聞かせられない言葉だぞ。あいつは自分が周りに変な女だと思われているとずっと信じていたからな」

「そいつも否定はしません。実際、市長に負けない。そんな不思議な変人でしたから」

「――そうだな、まったくだ」

(オンナにしておくのが惜しいくらいだ)

 

 別に性別で能力うんぬんを言っているのではない。

 生きていた時、ハンコックの側に立つことで彼女は何度も厳しい決断を下したことがあった。

 

 それに貸し借りを口にするような野暮なことは互いにはなかったが。

 しかしその結果が、あのような繰り返される運命――宿命といってもいいくらい、悲劇でついに終わってしまうと。

 彼女のために涙を流すより、怒りを湧き立たせるより、長く深いため息をつきたくもなるのだ。

 

 可能性の話だが、考えてしまう。

 彼女は自分をいっそ見限ってあの若いのと組み。敵となったほうが本人はもっと楽しかったんじゃなかろうか?

 むろんだからといって、ハンコックもむざむざ殺されてやるつもりはないが。

 過去を繰り返すような決断をこれからも繰り返すなどという絶望をあんなに感じなくてよかったのでは――。

 

 報告を終えたトリガーマンは立ち去り。

 ハンコックのそばには小さな骨壷がひとつ、置いていった。

 

「とうとう不老不死のグールにはなれなかったな――だが、フェラルなんてひどい姿のお前は見たくはなかった」

 

 異国では、あの青年の国では死者は火に焼くものだと知っていたこともあって、ハンコックはそれをこの相棒にぴったりだと考えたのだ。

 お世辞を抜きにして、火傷のないあいつは美人と呼ぶにふさわしい女だった。

 

「ファーレンハイト、俺は決めた。お前の望み通り、ここでお別れだ」

 

 バーテンのロボットに、もう行くと伝えると。

 ハンコックは自分の店から、市長の自室まで相棒だったそれを胸の中に抱えていき。

 2人でよく話し合った長椅子の前の机の上に、それを置いた。

 

 これで、準備は完了だ――。

 

 

 その日、多分歴史は動いたのだと思う。

 グッドネイバーの市長は、いつもと変わらぬ演説を聞いてもらおうと住人たちに呼びかけるが。

 その声にはいつものような張り、だけではない。多くの色合いの混ざりあった深い情のようなものが込められていたように感じた。

 

『聞いてもらいたいことがある!あわてないでくれ、ごゆっくりどうぞ……』

 

 ハンコックの金庫が破られ、相棒と部下が死に、それを実行した鼻なしのボッビの死はすでに伝えられていた。

 騒ぎの最中では、あれほどしてやられたハンコックを笑った住人達も。決着がつけられたことで、それ以上はなにもないだろうと考え、すっかり油断をしていた。

 だから市長の口からここで知らされる決断に仰天することになる――。

 

『集まってくれてありがとう――ここにいるみなに聞いてほしい。突然に思うかもしれないが、俺には休暇が必要だ。

 これまでは恐れを知らない、優秀なリーダーであり続けようとしてきたが。そんな俺も、ここから出ていく時がきてしまったんだ』

 

 弱気ではない、そんなものは感じない。

 だが穏やかだが、いつものようにしっかりとした言葉が。彼の決意が本物であると訴えていた。

 

『だが俺とこのグッドネイバーは切っても切れない関係にある。それはわかっている。

 親子が血でつながるように、俺はこの町と共に暮らしてきたんだ。

 しかし情熱的な愛があったとしても、それだけじゃ駄目なんだ。感情に流されない、冷静に対処しなくちゃならないことだってある。つまり、別々に過ごす時間が必要な時もあるってことだ』

 

 不安を覚え始めた住人達の中から、市長に思いとどまってくれと声が上がり始める。

 ハンコックは市長は彼らに兄弟、と呼びかけながら冷静に最後まで演説を聞いてくれることを求める。

 

『……俺は市長だ、町が必要とするときはいつだってここにいる。

 しかしもう安全な場所にとどまり続ける生き方は、できない。この世界では、権力をもった奴がそこに死ぬまで胡坐をかいていることを許さないことを俺達は知っている。

 だから、俺は行かなくちゃならない。連邦へ、ここから出ていくことが必要だ』

 

 ハンコックを見上げる住人達の顔をハンコックは知っている。

 その多くが、あのダイアモンドシティから追い出され。この連邦でも自由に生きたいと願う、そんな善人とはおよそ呼べない癖のある悪い連中がほとんどだ。

 

 そしてグッドネイバーはそれを実現した――。

 ここでは聖者を気取って、権力の上から裁こうとする存在は許さない場所。

 

 町が震えていた。

 市長への愛と別れへの悲しみ。そして自分のいる場所が、この世界では唯一の希望あるものだと理解するがために。

 グッドネイバーは消えるわけではないのだ。今までもそうであったように、これから先も続いていくのだ。

 だがしばらくは、愛する市長はそこから消える。

 

 そしてそれはきっと永遠のことではないのだろう。

 

 

 驚くことだが、ハンコックのこの決断は連邦を揺るがすどころか。たいしたことのない、ジョークとして人々は理解していた。

 もちろん、グッドネイバーの住人達は別だが。

 

 彼らがそう考えるのは簡単なことで、グッドネイバーは市長が居なくてもそのまま変わらぬ日常を始め。

 市長がいないはずの市庁舎を、トリガーマンたちは変わらずに警護を続け。

 住人達はそれをなんでもないことのように口にしながら、またそれぞれの悪事に邁進していたからである。

 

(ハンコック市長の気まぐれか、地下に潜っているのかもしれないな)

 

 事情通を気取って、そんな妄想を垂れ流す連中もいるが。グッドネイバーはそんな連中にも、沈黙した。

 

 別れの挨拶がされた日。

 誰も見送りにはあえて出ていかなかったが、町に背を向けた市長の背中が。グッドネイバーの扉をくぐって連邦へと消えていったことを確かに住人達は知っていた。

 

 彼がどこを旅するのか、それを知らないまま。

 だが、その無事を彼らは愛する市長のために願っている。人がただ願うだけなら、無料でいいのだから――。

 

 

==========

 

 

 Vault111の友人たちの元へ、それぞれメッセージが送られた。

 彼らが知ったのは、差出人は不明。しかし内容はどれも同じもの。

 

――コペナント へ コラレタシ アキラ

 

 どうやって連邦に散らばっている彼らの元へと送り届けることが可能であったのか。

 それが全員に送られたとはまだ知らない彼らは考えもしなかったが。

 

 その答えがこの地上ではなく、宇宙――それも大気圏外からのものだと聞かされたら目をむかずにはいられなかったであろう。

 地球の守護者達同盟は、アキラを地上へと戻す際に。彼の願いをかなえたのだ。

 

 レオ達が。

 ガービーが。

 ニック達も。

 

 メッセージの意味するところを知ろうと、ただちに約束の場所へ。

 コペナントへと向かうことを決める――。




(設定)
・大空に投げ出されていた
同じくベゼスタ作品の「スカイリム」では、神様にこれをやられる。
当初の予定では、アキラは連邦に戻るのに宇宙船の脱出艇で墜落する予定であった。

・コペナントへ
それぞれがどのようにメッセージを受け取ったのか。
一応書いては見たものの、似たような描写が繰り返されるだけなのでカット。

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