ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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笑顔の絶えない町、コベナントに。悪鬼推参。
次回は明後日更新。


報復の権利者

 ガービーは自分がつまらぬ貧乏くじを引いてしまったのだと、最初は思った。

 

 連れている中でもケイトは会った瞬間から今まで終始不満顔で、それが気に入らないのだろうか話しかけてはいないのにパイパーもイライラし始めている。

 平然としているのはストロングくらいなものだが。人ではないミュータントに、女性同士のいざこざを見せられる男のうんざりする気持ちなど、決して理解はしないだろう。

 

 太陽が沈みかけた頃、ようやくガービーたちは件の居住地を目にすることが出来た。

 

 川沿いに立つ大きな屋敷は外から見る限りはまだまだしっかりしていそうであるが。

 他にもあったであろう近隣の家々は、すでに壊され、朽ち果てたのか。影も形もなく、ただそこに一軒だけがぽつんと存在し。なんとか視認できる川底に、多くのジャンク品が残されているのが分かった。

 

「あれだ、あそこが確認された場所になる」

「――無人、なの?」

「そのはずだ。人の姿はない、そもそも近くにブラッドバグの巣があるようで。ここも安全ではないかもしれない」

「ああ、だからこのメンツなんだ。納得」

 

 皮肉な表情でそう口にするパイパーにガービーは何かを言おうとして、やめた。

 

 あのレオが本当に危険な場所にこの破天荒な女性陣を選んだ理由、考えてみたら意外と本当かもしれないとそんなことを考えてしまったのだ。

 

 

 なにかにつけ騒ぎたがるストロングを落ち着かせつつ、無事に家の扉を(そもそもドアはなかったが)抜けるところまでは何もなかった。

 しかし先頭に立ってスレッジハンマーを構えたケイトは、後ろを振り向くと何やら困惑した表情をむけてきた。

 理由はすぐに分かった。暗くなっていく連邦に構わず、家の中にあった長椅子の上では、横になってのんきに寝息をたてている男がそこにいたのを確認したからだ。

 

(騒がれないように、静かに起こせ)

 

 ガービーはライフルを、パイパーは10ミリピストルを、ケイトはハンマーを構えて静かに距離を縮めていった。

 

「……おいっ、アンタ。ここで何をしている!?」

「――ああ?」

「俺はミニッツメンだ。ここは無人だと、そう聞かされていた」

「へぇ、ミニッツメンだって?」

 

 帽子を頭において寝ていたらしき男はそう口にすると、体を起こしてその顔を――グールであることを知らせてきた。

 

「そうか、ここを居住地として使うつもりだったんだな」

「その通りだ。アンタ、いつからここに?」

「俺?最近だよ、せいぜい数日ってところさ」

 

 そう言うとグールは指をさす。

 その先に見える部屋の奥には”解体されたブラッドバグ”が何匹も放置されていて。あれが俺の食料だったんだとそいつは言った。

 

「ちょっと待って!その声、その恰好、それって――」

「ケイト?」

「ウッソ!?嘘でしょ、アンタ。あたし、知ってるよ」

「おや?お嬢さんとは会ったことがあったか?」

「あるよ!あるあるっ。コンバットゾーンに何度かお忍びで来たことがあったよね?」

「コンバットゾーン?――おお、思い出してきたぞ。そういうお前さんは、あそこの野蛮なファイターだったか」

「そう、ケイトだよ。コンバットゾーンのチャンピオン」

「チャンプだって?俺が見た時はアンタ、まだ駆け出しだったはずだがなぁ」

「へへへ」

「そうか、そりゃおめでとうチャンプ。コンバットゾーンは残念だった」

「ああ、ありがとう。しょうがないよ、トミーも諦めてたし。でも、嬉しいよ。ハンコック」

 

 ガービーとパイパーはケイトの最後の言葉に目をむいた。

 

『ハンコック!?』

 

 そう思わず合唱してしまったのも、無理はない。

 連邦の悪の巣窟たるグッドネイバーの支配者が、たったひとりでこんな場所に――誰もいない薄暗い居住地で寝ていると誰が思うであろうか?

 

 

 なんだ、気が付かなかったのか。そう言いつつ長椅子に座った彼は、懐から煙草を取り出すとそれを咥える。

 しかしとっさのことに、ガービーはライフルをハンコックへとむけてしまう。

 

「ちょっと!?なにしてんのさ」

「いや、しかし――」

「いいってことさ、チャンプ。おい、ラストミニッツメン(最後のミニッツメン)。俺はコレでも寝起きはいい方でな。その不愉快なモノをコチラに向けるのを今すぐにやめるなら。なかったことにしてやっても、いいぜ」

 

 ガービー自身は警戒を緩めることが出来ず。ライフルを下ろすつもりは微塵もなかったが、隣に立つパイパーがそれを静かに手で降ろすように指示を出した。

 彼女は知っている。ハンコックはただの悪党というだけではない。今でも優秀で恐ろしい暗殺者として、毎年のこと両手の指以上の犠牲者をだしている。

 敵に回すにはあまりにも危険な相手であった。

 

「そうそう、そうしなって」

「ありがとよ。ミニッツメン」

 

 いきなり上機嫌になっているケイトにこのままハンコックの相手をしてもらう方がいい。パイパーは引き続き黙るように、ガービーに視線で訴えた。

 

「ここにはなんでいるの?まさか、町から追い出された?」

「おいおい、俺がなんで俺の愛する町から追い出されなきゃならない。そうじゃないさ、これは休暇だな」

「休暇?市長をやめたんじゃないの?」

「なんだ、チャンプ。お前が市長をやりたいのか?悪いがやめておけ、俺はあそこでは人気者なんだ」

「ケイトだよ。それで、なんで休暇なんか?」

「そりゃ――ここまで聞かれたら誤魔化せないな。そう、認めなきゃならん。

 俺は確かに追い出されたわけじゃないが。でも、市長を続けることもできなくなったから。こうして休暇をとる羽目になって、ここでひっくり返っているのさ」

 

 市長を続けることが出来ない?

 どういうことだ?

 

「よくわかんないんだけど」

「ほら、わかるだろう?今の連邦は、あっちもこっちも大騒ぎしている。

 ジャレドを血祭りにあげてミニッツメンは復活。同じくダイアモンドシティを襲おうとしたレイダー共も敗れて敗退。当面はあいつら同士で仲良くグチャグチャしてるだろうな。

 ガンナー族は北上する計画を停止させ。そこになぜだかキャピタルのB.O.S.なんてのが捻じ込んできた」

 

(ガンナーの北上が中止だって!?)

 

「そうそう、ボストンコモンではついにコンバットゾーンも消えちまったって事件もあったな」

「そうだね」

「そしてこの俺も、ついにそれに巻き込まれちまったってことさ」

「そっ、それはなにが?」

 

 ガービーは思わず聞いてしまう。

 連邦の南部にほぼ絶対の支配をしくガンナーの情報が出て。ついつい小出しにされた情報に反応して欲目が出てしまったのだ。

 

「俺か?俺のはな――みんなに秘密にしていた金庫を破られ。ついでに相棒も殺されたんだ」

『っ!?』

「ひどいね。そんなクソをしでかした奴はわかってるの?」

「もちろんさ。アキラって奴だ」

 

 パイパーもガービーも心臓が止まるかと思ったが。ケイトは無邪気にも――。

 

「あれ?アキラって、あの最低野郎が探しに来た若い奴と同じ名前だね」

『ケイトっ!』

「おお、なんだ。アンタらもあの大馬鹿野郎を探しに来たのかい」

 

 自分たちの受けたショックから回復することが優先され、そのせいでケイトの口を閉じさせる暇は全くなかった。

 パイパーは青い顔になると冷や汗が噴出し、ガービーは頭痛ににた感覚に頭を伏せてしまう。

 

「そうか、どうやらそっちもまだ会えてはいないんだな」

「ハンコックは会えたの?」

「俺もまだなのさ。だが、もうすぐだろう」

 

 そういうとフゥと煙を吐き出した。

 思わぬ情報の数々に、我慢しきれぬパイパーが今度は口をはさんでいく。

 

「その、ハンコック市長?なにが、もうすぐなの?」

「ん?そりゃ、決まってるだろう」

 

 ガービーは自分の耳がおかしくなったのだと、そう思った。

 ハンコックの続いて出た言葉の意味を、うまく理解できなかったからだ。

 

――コベナントさ。あいつはあそこに復讐するつもりだろう、と

 

 

==========

 

 

 コベナントの秘密のエリアを守る護衛達に緊張が走った。

 開くはずのない扉が音を立てるのを確かに聞いたと皆が確認しあったからだ。

 

 武器を手に取り、ターレットを起動し、照明も用意して待ち構える。

 

 光の中に黄色のコート姿が浮かび上がってきた――。

 

「テストを受ければ町に入れるとは言ったが。どこでも入っていいことではない、当然だろう」

「……」

「ここまで来ておいて迷ったなどと言うなよ。どうして入れると思ったんだ?」

「入れないとは説明されなかった」

 

 若い男の声は、しかし向けられる敵意にも銃口にも気にしないのか。平然としたものであった。

 

「ふざけるな。よそ者は許可されない。それにどうしてここがわかった?」

「町で聞いたのさ。そしたらここで責任者と話せと言われた」

「それなら町長が――ジェイコブから、前もってここにも連絡が来るはずだ。つまり、お前は嘘をついている」

 

 まぁ、そうなるよな。

 これでやる気のない嘘に引っかかったら。それはそれでこっちも困ったことになっただろう。

 

 攻撃の叫び声と共に、自分は物陰へと移動し。

 奥で隠れていたエイダとマクレディの攻撃で、いきなり正面のターレットが火を噴いて破壊された。

 

「アキラ!?武器を」

 

 キュリーは転がるようにして僕の側に近づくと、その小さな手の中にはデリバラーが握られていた。

 ほんの少し、それも短い時間にお気に入りだった僕の物だったそれは。なぜかもう、心動かされるものがなにもない。

 

「キュリー、それは君が使え。自分の身を守るんだ、これまでのように」

「で、でもっ。あなたはどうするんですか?」

 

 無言のまま僕はそれを掴みだした。

 鯉口を切ると、あらわれる刀身は切れ味のよくない鈍い輝きを見せる。

 

 トシローに譲られたその刀に、僕は同じく違うモノを与えた。

 命名、シシカバブ(獅子椛奉)

 僕はあの宇宙(そら)で自分が人ではなく、鬼であることの証となるものを手に入れてきた――。

 

 

 戦闘中だというのにマクレディも、そしてロボットのエイダでさえも目の前で始まった蛮行に思わず唖然とし。一瞬だけだが攻撃するのを忘れてしまっていた。

 

 自分達よりも前の位置で身を隠していたアキラが。

 タラップを簡単にひょいと飛び上がって登ってしまうと、そこで踏ん張っていたコベナントの護衛たちに手にした刀でもって斬りかかる。

 以前も呆れてしまうような”馬鹿な戦い方”をする奴ではあったけれど。これはあまりにも現実離れした、異様なスプラッタショーが、それから眼前で繰り広げられる。

 

 柱の陰からのぞき込んでは銃を撃っていた相手の、頭部の一部と手をあっさりと斬り落とし。

 進む次の一歩では、背中を向けていた相手の襟首をひっつかんで身体をふり回してから、抵抗しようとあがく相手の背後から手にするそれで乱暴に胸を一気に貫く。

 さらにまだ足りないとばかりに、突き出た刀身が真っ赤な炎を噴き上げると。貫かれた肉と骨、そして臓物が生きたままに焼かれ。悲鳴を上げた男のそれが、途中から絶叫まで変化し、そこで一気に力尽きて崩れ落ちていく。

 

(イカレてるのがパワーアップしてるじゃねーかっ)

 

 抗議(?)の声をあげる暇もなく。

 アキラはそこから奥に向かって、1人で先頭きって進んでいってしまう。

 

「お、おいっ、ボス!?」

「アキラ、待ってください!」

 

 マクレディ、エイダに、キュリーと続く。

 この瞬間、唯一の出口を抑えられ。コベナントの秘密のエリアは地獄と化す――。

 

 

==========

 

 

 部屋には鍵がかけられ。

 中には息を殺し、それぞれ武器を手にはするものの恐怖に震えている研究者姿の男女が数人隠れていた。

 

 連邦の奇妙な町、あのコベナントには秘密があったのだ。

 ここは一見すると無防備であるかのように見せてはいるが。実際は鉄壁の小さな砦でありながら、ひとたび中へと引きずり込めば外には出られない。そんなゴキブリホイホイにも似たシステムを生み出した理由、それはいわゆる人造人間とよばれる存在に対処するための秘密拠点であった。

 

 すべては2229年5月のあの時から始まった。

 ダイアモンドシティで起こった、あの痛ましい事件――通称、壊れた仮面事件のことである。

 町を訪れた一人の男は、店で食事をとった後。突如、態度を豹変させるや無差別な発砲事件をおこして多くの犠牲者を出した。

 

 インスティチュートはついに人と区別が出来ないレベルに人造人間を完成させたが。

 同時にこの事件は、そんな人造人間であっても精神にはまだまだ付け入るスキが残っているのだというはっきりとした証明を知らしめる結果となった。

 

 以来、人造人間を憎む健常な人間達、または恐れる出資者たちに何とか支えられ。

 ここにいる研究者たちはテストの改良を続け、いつの日か人造人間と人の判別する方法の完成を目指して活動を続けていた。

 ただし問題は、そんな彼らを助ける組織の一つは、あの――。

 

 

 凄まじい衝撃がドアにくわえられると、小さなのぞき窓一杯に血を吐きだした護衛の恐怖に歪む顔があった。

 己の口から「ひっ」などと声が漏れそうになり、慌てて自分の手で口をふさぐが。

 そんなけなげな努力をあざ笑うかのように、ドアを突き破って刃があらわれ。続けてそれが、炎をまとうと。外の通路側から不愉快な焦げた肉の匂いがしっかりと部屋の中へとながれこんでくる。

 

「は、入ってくるぞ。準備はいいなっ」

 

 小さな声での警告。いや、すぐに襲われるという恐怖を紛らわしたいだけなのか。

 窓に張り付いていた顔の表情は虚ろとなると、不自然な形で崩れるように消えていく。だが、刃はさらに激しく火を噴きだし、扉を貫いたまま乱暴に上下左右にとグリグリと動かされ。次第に大きく裂けていく向こう側に、黄色のコートを着た悪鬼が怯えている獲物の存在に笑っていた――。

 

 

 扉に鍵がかけられていたのはムカついたが。

 それが簡単に刃を突き通せる程度のものだとわかると、僕は乱暴にそこをこじ開けるようにして、破壊するのに2分。

 中に入ると、隠れていたはずの臆病者共が反撃するのに数十秒。

 僕が全てを斬り伏せて確認するまでが3分。

 

 この勢いを止める者はここには存在しない。

 

「さて、次だな」

 

 僕は血刀を振って、血脂を乱暴に払うと。

 柄にあるスイッチを押すことで、刀身をまた轟轟と音を立てて唸り声をあげさせた。

 ぬぐい切れぬ血が炎にさらされて蒸発し、血脂がパチパチとはぜる音がするが。どうということはない。

 

 

 目を閉じて、感傷に浸らずとも思い出せる。

 仲間の目の前で襲われ、力を奪われ、それでも細々と逃げ出すチャンスをうかがっていたあの時。

 あいつらと接触した、コベナントの町長らの何気ない会話――。

 

 トシローの元で目を覚ますと、ミニッツメンへと再び戻ろうと思いつつ。

 しかし、ここを忘れることはどうしてもできなかった――。

 

 だが、やはりそれがよかったのだ。コベナントの秘密は暴いた。そして手に入れた、いとも簡単に。

 

 人造人間を滅することを望む、レールロードの敵。

 連邦の平和を乱す、旅人を害するミニッツメンの敵。

 

 この2つの正義を手で、今の僕は復讐者ではない。報復者でもない。

 パニッシャー(断罪する者)として、その報いをくれてやるチャンスを手にすることが出来た。

 

「正義は我にあり、ククク。ヒヒッヒ……」

 

 恥も躊躇い、そうした恐怖を失って。僕はようやく鬼になれた。

 

 

==========

 

 

 Dr.チェンバースは秘密のエリアの最奥部で、自分たちが目指した未来がガラガラと音を立てて崩れていく現実を聞いていた。

 襲撃者はわずか、しかしその圧倒的な勢いは炎のように入口から押し寄せてきて。

 きっとこのままでは誰も彼もが沈黙する死者の列に並ぶ羽目になるだろう――。

 

(そんなことは、許されない)

 

 自分に「ここから動かないで」と告げて駆け出していく護衛の男たちの背中を見つつも。彼女は自分の正義の終わりをまだ認めようとはしない――。

 

 

 コベナントの秘密の場所とはいえ、かつてこれほど静寂であったことはなかっただろう。最後の絶叫が鳴りやむと、しばらくそれを感じる。

 あの日からずっと怯えていたものがあった。これこそが死、なのだ――。

 

 Dr.チェンバースは死神たちが自分の前に立つその時を待っている。

 

「アンタが最後だな、博士」

「そうね、その通りよ。それで?

 あなた達のおかげでこの場所はもう滅茶苦茶。私のライフワークも終わろうとしているわ」

「それは気の毒に。その理由を聞いても?」

 

 彼らを率いているらしい黄色の服の男のその言葉に、彼女は内心では最初の勝利だと喜ぶことが出来た。

 ここが破壊されることを考えた時、真っ先に考えた脅威はあのインスティチュートであり。2番目がレールロードであったからだ。

 この連中が彼らのどちらかに属しているならば、こんなことをわざわざ聞いたりはしない。

 

「あなたの前には今、殺し屋以上となれる多くのチャンスが並んでいるわ。それを手にするためにこのバカげた騒ぎを止める理由を、この私なら教えてあげられる」

「聞いてるよ」

「そこに捕らえているのはバンカーヒルの商人、ストックトンの娘よ。でも彼女は人間じゃない、多分ね。

 私たちの研究の成果が示すのは、彼女は70%の確率で間違いなくそうなの」

「完璧じゃないんだな」

「そうね、それは認める。本当の所は解剖してみないとわからない。

 今のインスティチュートが生み出す人造人間達は、人間と区別することは本当に難しい。ほとんど不可能に近いくらいに」

「続けて」

「人造人間達は連邦に住む私たちの影となって、苦しめ、コントロールしてきた。私と仲間たちはあいつらを根絶するために人生をささげてきた。奴らは根絶する、消滅させて構わない存在」

 

 彼女に同意する声はなかった。

 

「コベナントには多くの秘密がある。私たちはこの研究を完成させ、ついに不可能と言われた人と人造人間の選別を的確におこない、安全な世界を取り戻そうとしてる。この戦いは素晴らしい未来を約束している。

 そしてそこにあなた達も今なら加わるチャンスがある」

「チャンス、ねぇ」

「仕事もあるわ、あそこにいるストックトンの娘。あれが面白いことを口にしていたの。自分の父親はレールロードのメンバーだって。

 

 私はあなた達に彼に近づいてレールロードが集めている人造人間をここへ連れてきてもらいたい。その仕事を続ける限り、あなた達が望むものを報酬として用意もする。

 真剣に考えて頂戴。このパラノイアの時代を終らせた時、心理テストの完成であなた達が手にする栄光も、そして私の組織の中での栄達も約束されてるのよ」

 

 僕は彼女の言葉を鼻で笑ったりはしなかった。

 歪で不完全だが、それが正義だと信じて当然のようにやってきたのだ。それいまさらに曲げることも、そのつもりもないのだろう。

 

「さて、それで皆はどう思う?」

 

 僕は背後に立つ仲間に問いかけた。

 

「さぁな。好みで言えば、女を助けてその親父とやらからたんまりと報酬を頂くのが楽そうだ」

 

 マクレディはフンと鼻を鳴らしながら、面倒くさそうにそう答えた。

 

「キュリーは?偉大な医療研究者を目指す君の意見は重要だぞ」

「そうですね――ここまで目にしてきたこと、耳にしてきたことから考えますと。彼女が口にした70%の信用があるというのは過大評価に聞こえます」

「あなたも研究者?それはどういう意味かしら?」

「あなた達はテストを始める前に、対象者に必ず拷問を行っていますよね?これでは当然、テストの有用性を示す説得にすら出来ていません」

「私たちは別に拷問で人造人間の口をわらせているわけではない。そうしたプレッシャーを与えた状態が、彼らから反応を引き出すきっかけになるというだけのこと。重要なことではないわ。不快なのは認めるけど、これは必要なこと」

 

 ついに僕は冷笑を浮かべた。

 キュリーの前へと立つと、仲間を背にし。Dr.チェンバースの目をのぞき込む。

 そして向こうは気が付くだろう。この僕の目の奥にたぎり続ける、終わることのない炎の勢いの強さを――。

 

「なるほど、未来の平和はまずお前達の拷問から始まるわけか」

「どうやら考え直す気はないようね」

「魅力に欠ける話だからね、しょうがない」

「それなら私はこれからするべきことをするわ。覚えておくことね、私を手にかければ。あなたは汚名をかぶることになるのよ。そのことを理解することね」

「それは君が心配する必要はない。始めたのだから、最後まで面倒を見てやるさ」

 

 彼女はコチラに背中を向けると端末に向かって歩き出そうとした。

 僕はただ、獅子樺奉を抜くとその勢いのまま横に一閃振りぬいただけだ。

 

 悲しい記憶の少女はその優秀な頭脳と共に、ゴロリと床の上に落ちて転がる、もう悲劇は必要ないと――。

 

 

==========

 

 

 私はガービーと合流すると、そこに驚くべき人物と再会した。

 ジョン・ハンコック――あのグッドネイバーの市長が、なぜかそこに1人でいたのだという。

 驚いたのは彼もあのメッセージを、アキラからのそれを受け取っていた。

 

 私はまずニックらと調べて確かにあのコベナントにはなにかしらの大きな秘密があることを確認したと、みんなに告げた。

 続いてハンコックは驚くべき彼の最近の事件について語り始めると、私の顔はいつしか蒼白のそれとなっていく。

 

 

 てっきりレールロードでなにかしらやっているのだろうと、あのダンスから聞いた話で思っていたのに。

 自分の失われた記憶を探した若者は、想像を絶するような苦痛の中で誰の助けも求められずに一人でもがき続けていたのだと知ったのだから。

 

 私は改めて自分の愚かさと、自己憐憫に怒りを抱いた――。

 妻の仇を討って、息子をあのインスティチュートにさらわれたからと言って。なぜ自分を憐れんで、あんなことをしでかしてしまったのだろうか?

 一月前、あの霧が晴れた頃であのような決断を下さなければ。まだハングマンズ・アリーだってあんな騒ぎを回避できたかもしれないのに。

 

 曇る表情の私にハンコックは冷静に告げる。

 

「200歳をこえるあんたに俺が言うことじゃないがね。そういうつまらない考えは、さっさとやめた方がいい」

「――だが」

「アンタだって楽なもんじゃなかっただろう。それに――どの道、アイツには選択の余地があったとは思えないしな」

「それほどの相手だと?」

「さぁ、俺にはワカラン。なにせ見たことはないし、噂にだって聞いただけだからな。だが、アイツはそこに引きずり込まれたのだから、本当のことはわからないさ」

 

 そして翌朝、まだ太陽がわずかに顔を出したあたりの事だった。

 見張りに立っていたガービーに皆が叩きおこされる――コベナントの方角が、そちらの空が朝焼けにしては不気味なほど真っ赤に燃えているというのだ。

 

 

 闇の中で人が吠えた。

 

「お前がやったことは確かに正しいことかもしれん!だがそれで絶望する人々がいると、わからなかったのか!?」

 

――それが自分達だって?

 

「ストックトンの娘は人造人間だ。ストックトン自身はそれをわかってて受け入れてるのかもしれん。だがそうした行為が、インスティチュートを増長させ。奴らに傷つけられた人々の怒りを自分とは関係がないと思わせている」

 

――他人が幸せなのが許せない?

 

「そうじゃない!現実に目を向けるべきなんだ。人造人間は敵だ。奴らに我々は――連邦は苦しめられてきた。そしてそれはこれからも続く。こんなバカげたことは、終わらせてしまった方がいい。そう考えて何が悪い!」

 

――今が苦しい時で、だからお前らが好き勝手に”おもちゃ”を選ぶのを見逃せと?

 

「正義の話じゃない。正当な理由がないなら、やらないのが一番だと言っている。それでまた友人に戻れる」

 

――ところで、ここはいつからあんなオブジェを用意したんだ?

 

「……あんたが、お前が悪いんだぞ」

 

――だからあんなオブジェを作ってしまったって?

 

「ミニッツメンがあらわれて。あいつからお前のことを聞き出すのが遅れた。手遅れになる前に、なんとかしようと私たちも必死に考えた結果なんだ」

 

――本当にどうしようもなく救いようのない連中なんだな。もうなにも言わなくていいぞ。

 

 闇の終ろうとする空の下で、鬼はただ無言になると、その手で炎を吹き出す刀を引き抜いてみせる。

 

 

 

 走ってコベナントへと向かった私たちは、朝日がのぼるその場所を見て絶句する。

 

 コベナントからは黒煙が立ち上り。

 その固く閉ざされているはずの門は開かれ、配置されたターレットもすべて破壊されていた。

 そしてその住人達は、何者かと最後まで激しく戦かったのであろう。うつぶせになったままで。門の外から中へと倒れて、全滅していた。皆殺しにされていた。

 

「よォ、遅かったな」

「マクレディ――」

「ボスなら、中にいるぜ」

 

 門の外にある焚火の側ではマクレディが知らない女性とエイダと呼ばれるアサルトロンとくつろいでいた。

 彼らの横を通り、私は死体を踏み越えながら。フラフラとそちらへと進んでいく。

 

「なんで、こんな酷いことを」

「……」

「ニック!これって!?」

「パイパー、落ち着いた方がいい。感情的にならざるを得ないのだろうが、今はそれが必要だろう」

 

 ニックは静かにこの惨状を受け止めていた。

 彼とレオの捜査は始まってすぐにも終了したが、そのとっかかりからしてなにがしかの”まずい事”がこの居住地にはあると予想はされていた。

 実際、レオもそれを考えてコベナントに長居することを避けたではないか。

 

「やれやれ、まったく。現実だとしても、それを目にすると説得力も増すってもんだよな」

「なんのこと?」

「ケイト、コイツをやった奴はな。少し前にこの俺にもグッドネイバーを炎で沈めてやると言ったことがある。あの時は、何をつまらん脅しだと本気にしなかったが。これをアイツは一晩でやってのけやがった」

 

 ハンコックは皮肉めいた口調でそうは言うが。もし彼を知るあの相棒がここにいれば、そこに喜びのようなものが隠れているのを決して見逃したりはしなかっただろう。

 

 

 ガービーは眼前の惨劇の跡地にショックを受けていたが。ようやく冷静になると、瞬時に激高した。

 

「マクレディ!これはどういうことだ!?なぜ、やった!?」

「おいおい、苦しいだろ。やめろよ」

 

 襟首をつかんでくる相手を、若き傭兵はまったく相手にしようとしない。

 それがガービーの怒りにさらに火をつける。

 

「ここには平和に暮らす人々がいたんだぞ。それを、それをお前らがっ!」

「いいや、いなかったぜ」

「なんだと!?」

「ここにはおっかない変態の変人共がいただけさ。俺もボスも、それをただ止めようとしただけだ」

「ふざけるなっ、そんなありもしない理由を――」

「ガービー、アンタだって俺のボスがどんな奴かぐらいわかってるだろ?証拠はあるぜ、山ほどな」

「そんな、まさか」

「それどころから奴ら、何も知らない奴をああしてキャンプファイヤーで焼き殺しちまった。馬鹿だよ、本当に」

 

 夜明けを前にして行われたあの問答は。

 事実上、ここに住む全員への死刑執行のサインをしたも同然の行為だった。

 

 ガービーの身体から力が抜けていく。あの時自分が目にした平和な人々の暮らし、当然のようにあるべき姿。

 あれが全てが嘘で、卑劣な彼らはその下で恐ろしいことを平然とやってのける――レイダー(無法者)であったというのか?

 

 

 私はコベナントの中へ進んでいく。

 居住地にもはや生きている人の気配はなく、そして昨日にはなかったそれが――燃え続ける不快な”刑場”がそこに作り出されていた。

 

 その炎の前にはあの若い友人の背中がある。

 

「アキラ――」

「レオさん」

「ひどい、ことがあったんだな。ここで」

 

 彼は私の言葉ではなく。目の前の炎の中に吊り上げられた”彼”を顎で示した。

 

「彼、傭兵でした。正直者のダンって名乗って」

「ああ、知っている」

「捜索者の契約にやたらこだわっていて、説得できそうになかった。

 だから、こっちが出し抜いたように思わせたんですよ。それなら怒っても、恨んだとしても、ここにいつまでも残ってはいないだろうと考えてね。

 これでも僕は、気を使ったんですよ」

「……」

「まさかそれが、まだこのコベナントに残っていたとは。僕の判断ミスですね、考えもしなかった」

 

 ダンは死ななくてもよかった。

 彼が自分の契約に固執し、周りにいる全員が危険な狼であることもわからず。レオ達が来て、まだチャンスは残されていたというのに。結局何も行動も決断もせず。

 結果、豹変した住人達の手でアキラたちの場所を言えと拷問され。最後は魔女裁判よろしく燃えさかる火に吊り下げられて命を落としてしまった――。

 

 アキラは炎の前で、黄色の帽子をようやく頭からとった。

 

「レオさん」

「ああ」

「僕はもう、どうしようもなく散々でしたよ」

 

 そこには私が覚えている、あの複雑な表情で笑うことが出来ないでいる若者のそれだった。

 

「ああ、実は私も酷いものだったよ」

 

 

 

 混迷する連邦の新年最初の一カ月は終わり。新しい月が始まっていた。

 そして驚くことにこのコベナントの騒動を最後に、まるでそれまでがなかったかのように。あのいつもの冬の連邦が、この時から思い出したかのように始まるのである。

 

 

 同じ時を傷つき、そしてなんとか再会を果たしたVault111の2人であったが。

 しかし彼らの苦難は、この時はまだ始まってすらいなかったのである……。




(設定)
・壊れた仮面事件
インスティチュートがダイアモンドシティに人造人間を送り込んだことで発生した。
当然だがその目的は不明。

皮肉にもダイアモンドシティの住人達はそれを理由に町からグールを追放したが。かわりに今も多くの人造人間達を住まわせてしまっていることに気が付いていない。

・これでも僕は、気を使ったんですよ
アキラは行方が分かった、と暗に告げた直後に姿を消してみせた。
ダンは自分が間違った相手を信用してしまったと理解したが。残念なことに素直にあきらめることだけが出来なかった。


・正直者のダン(その後)
原作ではクエストでコベナントの調査の最中、彼を放り出すという選択ができるのだが。その際、彼は連邦から消えてしまうようだ。
この物語はではその理由をはっきりと決めてみた。

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