ワイルド&ワンダラー   作:鷹雪

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第2章は今回がラストの予定。
次回更新はまだ未定。続報をお待ちください。


春、遠し

 その日、ダイアモンドシティ・ラジオが流す番組に新しいCMが――というよりもメッセージが混ざっていた。

 不快なほどに下手な喋りでイラつかせるDJがようやくのこと押し黙ると、弾むような女性の声がその電波に流された。

 

『こちらはバレンタイン探偵事務所のエリー・パーキンスよ。

 ニック、あなたとあなたの”新しいパートナー”にメッセージを送ります。新しい事件、緊急事態だってこと。

 でも他にも一杯、休暇は当分諦めないとね。

 

 手が空いたら、オフィスにちゃんと顔を出して。待ってるわね……それじゃ』

 

 ニックのアシスタントはCM枠を買いながら、まるで普通の事のように探偵達にむけて話しかけるだけであった。

 

 しかし人々はそれを聞いて、不思議な探偵ニック・バレンタインはさっそく戻ってきてから仕事に復帰し。この連邦を今も忙しく飛び回っているのだろうと知る。

 その中の不幸な人は、わずかな希望を掛けるならとこれを聞いて。もしかしたらダイアモンドシティへと向かうかもしれない。

 

 人々がどうしようもなくなった時。

 誰かに助けを求めるなら、それは探偵ニック・バレンタインに頼むのが一番だ。

 

 

==========

 

 

 Vaultめいた施設の廊下を歩くのは、”家族”からサカモトとよばれている男が一人。

 この世界では本当に珍しいくらいな光量あふれる清潔なその場所は他に人の姿がなく、それがなにやら幻想めいて――現実感を失わせてもいる。

 

 そんなサカモトは先日。

 組織の今後の方針で、あろうことか裏切り者と呼ぶべき存在となった人物を再び迎えようなどと呼び掛けている。

 あのキンジョウなどは私怨や己の栄達のために、その意見には決して首を縦に振ろうとはしなかったが。

 

 

 とはいえ、このサカモトだってバカではない。

 キンジョウに体を弄り回され、弄ぶかのようにこちらの使いっ走りのようなこともさせた。あの”アキラ”を、だ。

 自分達のような”存在”は、ことさら己の意思を他人に無理にして捻じ曲げられることを本能的に心底憎悪するものだと理解している。

 

 ならば、アキラの帰還など実現しないと考えるのが普通であるはずだが――。

 

「コンピューター、なにをしている?起きろ」

 

 部屋の中に入り、一直線に椅子に向かってからそこに腰を下ろすと。

 しかしそれにまったく反応しようとしないこの場所のAIたちを代表して、目の前の端末を注意する。

 すると、慌てたかのように。部屋の中に光がともり、静かで小さな音量の音楽が流れ始め、端末も静かに起動した。

 

「さて、それでは――」

 

 片手でキーボードに触れると、何かを呼び出している。

 

「どうしているのか、な?」

 

 呼び出しているデータは彼のものでも、この組織のものでもない。

 あのインスティチュートより対価として受け取った、最新の情報についてのものであった。

 

『……報告する。

 ミニッツメンの動きがおかしいらしい。噂だと、またひとつ彼らに協力している居住地がレイダーに襲われたというから、そのことに関係したことじゃないかと思う。今から直接この目で確かめてくる。以上』

 

 音声は女性のもので、無機質な響きが心に刺さる。

 

『……報告する。

 やつらがサンクチュアリと呼んでいるあの居住地に来た。あまり変化のようなものは感じない。

 最近では生意気に、こちらに何かを売りつけようとしてくる。そして実際、品は悪くない。医薬品、食料、ゴミの類は今もよく買い求めてくるが。武器、弾薬はもう必要とはしていないらしい。

 

 また、ここの住人は30人前後。まだ人を集めたいなどと口にしているが。

 どうもあやしい。

 

 もうずいぶんと人はここへ入ってきているはずだが、いつだって増えているようにはちっとも見えない。

 近づいてきた間抜けな連中は殺して食っているんじゃないかと、そんなことを思う時もあるが。証拠はない』

 

 サカモトは鼻で笑う。

 ミニッツメンは人を集めながら、それを管理して他の居住地に入れていることはすでにアキラからキンジョウが情報を引き出している。

 

 あのサンクチュアリは看板のようなもので、そこに放浪者が向かったとしても。そこに住めるということではないというだけのこと。提供されるものが同じなら、そこが約束のサンクチュアリでなかったとしても新入りだって別に文句も出るはずもない。

 

『そうそう、ひとつ面白い話しを聞いた。

 ここの代表は最近までロボットが務めていたが。ついに人間に交代したという話だ。

 なんでも物珍しいと狙ってやったが、おかげで不気味に思われることも多いらしく。それでようやくのこと――』

 

 サカモトは体を乗り出した。

 確かこのサンクチュアリの代表にロボットを作り、置かせたのはアキラだったはず。

 ということは……。

 

(なんだ、ちゃんと動いているじゃないか)

 

 プロテクトロン1台、たったそれだけではあるが。

 それがどうなったのか。この報告者はなにもわかっていない。

 

『……報告する。

 いつもの帰り道のことだ。ミニッツメンとバンカーヒルの同業者との情報交換で、奇妙な話を耳にした。噂が本当なのか、そいつを確かめに行こうと思う。

 例のレイダーどもの襲撃の1件からか、ミニッツメン達の巡回が多いようだ。

 しかしその割に、あいつらに緊張の様子は見えない。きっと余裕でも見せておきたいのだろう』

 

 サカモトは考える。

 ミニッツメンがレイダーを気にしているのは間違いないだろう。

 だが、それで人員を増やすというのはもっともあり得る話ではあるが。連邦全土でこれを改めて考えると、まったくつじつまが合わないことに気が付く。

 

 北部を抑えようとこれまでやっきになってきたミニッツメンではあるが。

 ここに来て、限界を思わせる足踏みと厳しい状況にさらされているはずであった。

 

 ボストンの新しい支部はあそこのレイダー達を見事に追い返してみせたものの。

 居住地などの運営に迷いのようなものが見えることが、そこでおきる不測の事態に傷口を大きくしていたし。

 最近ではB.O.S.の出現により、あいつらはボストン空港から連邦全域に対して影響力を発揮しようとみせてきている。

 

 彼らはむしろ、増員だの余裕だのとは無縁であるはずではないか?

 

『……報告する。あの噂は本当の事だったようだ。

 コベナントというおかしな連中のいる居住地があったが。いつの間にかそこはやり方どころか、住人達までも変わっていしまったらしい。門番はいないし、住人達もいなくなっているようだ。

 そしてここにはロボットたちがあふれている。そびえたつ壁の上に新たな建築が始まっていて、ロボットたちは中で何かをやって忙しくしていることだけわかった。

 

 とりあえず、コンタクトできるか試してみようと思う』

 

 サカモトに驚きはない。

 コベナントはあのアキラによって殲滅させられたことはすでに知っている。

 小さな宝物は、またしても外の世界にある資産のひとつをあの男に破壊されたということになる。キンジョウなどは「ほれみたことか」と鼻で笑っている風ではあるが、こうなる可能性はすでにあった。

 

 あそこで行われていた人体実験は過激に過ぎ。

 聞けば最後はバンカーヒルの商人にまで手を出していたというではないか。

 

(バンカーヒルは明らかにレールロードとも繋がりがある。遠からず、奴ら変人共の興味も引くようになっただろう)

 

 人造人間の撃滅、それを目標に掲げて活動する組織を。

 あのレールロードがみすみす見逃すとは思えなかった――皮肉にもそれはレールロードのエージェントであるフィクサーが……アキラの手によってなされたわけだが。予感はつまりは的中したというだけのことだ。

 

『……報告する。どうやら近くに新たにミニッツメンも居住地を準備していたようだ。

 そちらにはつい先日まで、あのブレストン・ガービー自らが出てきて指揮を執っていたとも聞いた。コベナントの変事にミニッツメンが関わっていたとしても、なんの不思議もないように思う』

 

 こんなものだろうな、サカモトはついにデータの呼び出しを解除する。

 あの会議から数週間がたとうとしている。その間の動きを気にして、こうして別の資産から情報を譲り受けてきたわけだが。やはりミニッツメンとしてとらえると、たいしたことはしてないように見えるのかもしれない。

 

 

 B.O.S.やガンナー、そしてミニッツメンにレールロード。

 それぞれは表面上では静かにはしているが、明らかに活発に活動を開始している――。

 

 B.O.S.は空港を占拠すると、本格的に過去の遺産をそこから掘り出すことに注力しつつ。

 同時に連邦の全土に向けて状況の確認と、明らかに何らかの調査目的で部隊を送り込むようになった。兵士達は今のところ、歩き回っているだけなので。連邦の人々と、特に意見の衝突が見られることはない。

 だが、彼らが何らかの行動を始めれば。空港からの距離を考えても。同じ連邦中部に存在し、それぞれが強い影響力を持つバンカーヒル、グッドネイバー、ダイアモンドシティに何もしないとは考えられない。

 

 レールロードのリーダー、デズデモーナはさらに任務の秘密レベルを数段上げている。

 このおかげで彼らの存在はますます不確かなものとなりはするものの。せっかくにして勢いづき始めていた組織の復活の足取りを重くさせてしまった。

 また、このために彼らの協力者。いわゆるツーリストと呼ばれる人々にもさらに難しい要求を突き付けており。彼らの中に不信と、命の危機を感じて徐々に支持を失っているという噂がある。

 

 ガンナーに関しては、それまではゆるゆるでも連邦全土へと手を伸ばす姿勢が見えていたはずなのに。

 新年のあの霧以降、一転して連邦の南部を中心に守りに入るような動きを見せている。組織に大きな揺るぎこそないが、幹部候補とみられる幾人かが命を落としたことで次のかわりを探しているというところだろうか。

 

 ただ、それでもすでに巨大な組織であるため。末端までは上の指示に従わずに好き勝手にやっているところもあって、相変わらずイマイチ整合性がとれていないようにも見えた。

 それは彼ら自身も、自分たちのリーダー達がこの状況になにをしようとしているのか。さっぱりわかっていないということを意味している――。

 

 

 そして。

 そしてミニッツメンだが――。

 

 

==========

 

 

 キュリーは自身のために与えられたという、コベナントの自身の研究室の中を見回した。

 ここには確かに、自分の研究に必要なものが揃っている――。

 バイオスキャナー、マイクロスコープ、他にも色々。

 

(だけど……)

 

 環境はすべて揃っている。

 ロボットの肉体を捨てて、人造人間へ。

 そして今は、心から存分に研究へと没頭できる環境が用意されている。意欲だってある、十分に。

 

 キュリーは目に涙を浮かべた。

 悲しく、情けなく、どうしたらいいのかわからない。

 自分は望んだ以上のものが目の前にあるというのに、肝心の自分の中に。あのひらめき、というものがまったく浮かんでくることがないのだ。

 

 これこそなんといったか――そうだ、宝の持ち腐れというやつだ。

 自分にある偉大な科学者たちとの経験と知識と、そして尋常ではない時間の中でやってきた実績が。あれらはまるでなんであったのか、わからなくさせてしまっている。

 

 

 そしてそんなキュリーの嘆きをさらにいっそう深いものとしている原因が――そうだ、あのアキラのせいなのだ。

 

 キュリーはこの巨大な施設を自分一人が独占するのはさすがに申し訳がなくて。

 そこにある、そこそこの大きさの部屋にアキラの工房を用意してもらった。こうすれば――彼が作業するとき、自分も研究室にいれば、距離は近いなどと少しは考えたのは事実ではある。

 だが、ここで作業を始めた彼の仕事量はもはや圧倒的に過ぎてキュリーを愕然とさせているのだ。

 

 コベナントを含めた複数の居住地の設計

 クライオレーターMKⅡの開発をスタート

 ベルチバードの復元と新武装

 ロボット軍団の割り振り、次の計画。新たな自分たちの新装備etcetc

 

 彼女にしてみたら、彼はこれまで普通の人間(?)にしか見ていなかった青年が。

 工房に籠ると、これだけの仕事をこなすだけではない。さらにミニッツメンの相談まで引き受けてみせているのだ。

 

(自分はここで一体何をしようとしているのだろう)

 

 目の前の現実の光景に打ちのめされ、キュリーは静かに沈んでいくと。

 ついには自分への自信を喪失しかけていた――。

 

 

  

 僕が工房と名付けたその場所は、間違っても研究室ではない。せいぜいが工作室といったところだ。

 だが集中して作業するには最適で、キュリーは嬉しい提案をしてくれたと感謝している。

 そして今、クライオレーターからスピンオフした新型を実現できないか。そのテストを行ってもいた。

 

「ジャック、どうだ?」

「要望に、応えられていると思います。ご自分でも確かめてみますか?」

「もちろん」

 

 ジャックは僕が作り出した大量のロボット達のひとつ。

 レーザーを搭載していないアサルトロン頭部パーツと手足に、不格好なふとましいロボブレインのボディーパーツ。

 面白いことに戦闘ではなく、アシスタントとして今はここで僕とキュリーを手伝うように命じている。

 

 実際、彼の存在は僕には大いに助かる。

 なにせ――思いついたとしても、僕の指は意外と不器用で、時にできないことがこれまでは多かったが。このジャックは3つの指を繊細に使いこなして、見事に僕が要求したことをかなえてくれる。不器用ってやっぱり損をしているのだ、間違いなく人生を。

 

「どんな感じ?」

「再現性を重視し、エネルギーを強大なパワーセルにしたおかげで出力は十二分に足りています。インスティチュート製のレーザーライフルにある高制御装置もかろうじてですが、機能しているようです」

「暴発する心配は?」

「それは大丈夫でしょう。ギリギリのラインですが、あなたの予想されたようにしっかり安定させています」

「――ってことは、成功かな?」

 

 クライオ・パワーピストル。

 超長距離用の銃身に収めたそれらにはあまりにバランスの悪いピストルタイプの銃床がつけられ、これはまさしく小型化したクライオレーターそのものである。

 残るは――。

 

 4分後、僕は悲鳴を上げてその新型を床の上に叩きつけるようにして放り出していた。

 さっそくのこと簡易式のシューティングレンジに立って試射を開始したわけだが。これが大失敗であった。

 発射するたびにパワーセルから引き出し変換された低温エネルギーが、ピストル全体をも凍結しようとしてしまい。このまま我慢してあと数発でも撃ち続けたら、僕の手は凍傷になってしまうに違いない。

 

「クソ、失敗か」

「やはりあのクライオレーターの大きな銃身は、耐久性だけではないようですね」

「大容量のエネルギー、高性能な制御装置、扱いやすさを考えての携帯性。まったく、安易に武器開発の真似事なんてするもんじゃないね」

「やはりエネルギーセルを使った上で、目標への冷凍化が可能となる。これが一番、安全かもしれません」

「体中に、いろんなピストル仕込める服のデザイン考えたかったけどなぁ。そっちはすぐに実現できそうなのに」

 

 左手で冷たい右手を必死にさすりつつ、軽口と愚痴を混ぜてジャックに愚痴った。

 僕は天才ではないし、科学者でもないんだ。

 上手くいかないことがあっても、別にそれは不思議なことじゃない――。

 

 

 

 隣のシューティングレンジから工房へと戻ると、扉の前に何故か泣きそうな顔のキュリーがいた。

 

「あの、今。少しお話しても大丈夫ですか?」

「もちろんだ、キュリー。君と話せるのは、嬉しいことだからね」

 

 内心では、この右手はまさか火傷してないよな?などと考えながら。

 このままキュリーに診断を願おうと思い、工房の中へと彼女を招き入れた。

 

「僕も君を真似て、ここに籠って色々やってるけどさ。ちょうど今、ジャックと大失敗に終わったところ」

「そこまでひどい結果とは思えません、サー。何事もトライ&エラー、我々の冒険とはそういうものでしょう?」

「電子音のイケメンボイスでそんなこと言われて、僕はどんな顔をしたらいい?エイダもそうだけど、アサルトロンって皆、こんなにポジティブなのかねぇ」

 

 そう言いながら振り向いて――僕は慌てた。

 キュリーはなぜか、僕の後についてきながら静かに泣いていたからだ。

 

 

==========

 

 

「すいません、取り乱してしまいました。それだけなのです」

 

 自分は落ち着いた、もう大宇丈夫だと伝えたが。やはり、あまりに馬鹿なことをしたのだと理解する。

 アキラはそうかと頷きはしているが、顔にはしっかりと「本当か?大丈夫か?」とそれは心配というよりも不信に近しいものが見えて。それが自分の浅はかな行動のせいだとわかるから、余計に傷つくものがあった。

 

「本当です。ちょっと――複雑なのです、今。

 いえ、これまでもたくさんお世話になっていますし。恩知らずと思われたくないのですが……」

「わかった。ちゃんと聞くよ」

「ムッシュ。私、自分を見失いそうなのです。本当に」

 

 まただ、また涙腺が崩壊しようとする。

 胸の中でグルグルと渦巻く多くの感情が暴れて回り、やめろと言っても聞かず。それどころか一層好き勝手にして、こうやって自分の思いとは別の事をやってみせようとする。

 これは一体、なんなのだ!?

 

「私は、多分。人造人間になることに――人間になることに圧倒されているのだと思うのです」

「――なるほど」

「目を覚ました時は、呼吸することに驚きましたし。タイコンデロガでも、本当に口にできないことまで含めて。多くの基礎動作とその必要性を理解し、習得するのに苦労してきました。

 自分の身体のメンテナンスを自分の意思で出来るということは、同時にとても煩わしく感じます」

「そうだね」

「眼も、手も2つしかないのは本当に大変で――すいません、これは重複してますね。愚痴ではないのです」

 

 この安定しないものは本当に難しく、集中していないと簡単に自分というものを押し流そうとして見せる。

 それに身をゆだねることは決して不快ではないし。それどころかその流れに目の前のアキラに対し、傲慢にも受け止めてもらいたいと要求したい気持ちも出てくるのが、自分でも信じられない。

 

「私の思考は今、ささいな感情があふれ出てきて。頭の中がゴチャゴチャしているのです。行動にも、混乱が生じているのも感じます。これがつまり、人間であるということなのでしょう。

 アキラ、アナタたちはこれをどうやってコントロールして。他の多くのことに対処できているのですか?」

「……」

「今では集中することですら大変なのです。研究するのもそうです。

 期待していた”ひらめき”は相変わらず見つけづらいですし。このままでは私は世界になにも貢献できないのではと、恐ろしくなることがあるのです」

「……」

「私の願いはかなえられないかもしれない。この研究所での私の未来も、先が見えにくいのです」

 

 次第に無口になっていくアキラは、ジッとキュリーのことを観察していた。

 再会の思わぬサプライズからこっち、少しは気にはしていたことだ。それでも、彼女はすでに人造人間であり。この連邦ではそれは憎悪の対象に簡単にもなりうる危険なことなのだ。

 レールロードのエージェントをやってるとはいっても、必要以上に彼女を甘やかせることは彼女自身にとって良くないと思い。あえて見て見ぬふり――鈍感であろうと努めてきた。

 

――僕は生後半年もたっていないのかも

 

 宇宙ではサムライを相手にそううそぶいたアキラであったが。決してそれは本気ではない。

 彼が目にしてきた。助けてきた人造人間達がそれをよく示してくれたからだ。

 

 インスティチュートによって作られた彼らは大抵は素直で従順だが。それは単には経験と心が幼すぎるせいというだけで、普通の人間に混ざれば当然の事それが浮き上がってしまうわけだ。

 そしてそう考えると、自分はやはり人造人間ではないのだろう。自分は彼らのように素直ではなかったし、従順な態度など。思えばそれが出来ていればサンクチュアリで半ベソかきながら今も腐っていたはずだ。

 

(いや、今はキュリーのことだ)

 

 そう、キュリーだ。

 彼女もまた、プロセスこそ違えど。200年以上の経験を持つ(といっても、Vaultに閉じ込められただけだが)元ロボットの彼女は同じように、心と経験不足であることに不安定に苦しんでいるのだろう。

 なんとか力にはなってやりたいが、これは言葉で言ってもなかなか納得できることではない。

 

(そうなると。ハァ……彼女につけいるしかないかぁ)

 

 悩ましい、自分の問題を自ら進んで作りだすかもしれない。もちろんそれを小賢しく、知らぬふりをすることだってできるが――それをこのキュリーに?本気でやるのか、外道が!

 

――君の力になるよ

 

 あんな事、思えば簡単に口にするんじゃなかったな。

 

「なるほど。そういうことならキュリー、ひとつ質問があるんだ」

「はい」

「その、制御が難しいという感情の中には。この僕についても、当然入っていると考えてもいいんだよね?」

「――えっ。ええっ?」

「混乱は時間をかけて。忍耐強く付き合っていけば慣れることだとは思うけど」

「な、なにをっ」

「キュリー?」

「えっ、あっ、大丈夫。冷静です、冷静になれます。

 そんな呼吸でもするかのように簡単に私を軽々と混乱させる、あなたが悪いのです」

「善人では決してないからねぇ。僕は君の迷惑な存在になりつつあるのかも」

「いいえ!いいえ、それは違います。

 私にとってあなたの存在が、この世界で唯一の救いになってます。ロボットでいた時の、あなたへの感謝と忠誠心は今もここにちゃんとあります。でも、今は……多分、もっと複雑な感情になったのです」

「なら、それを何というのか聞かせてくれよ。人と、人としてさ」

「わかりました。つまり、私が言いたいのは――あなたは私の大切なお友達なのです。そして一緒にいることも、やりたいと思ってるからやっています」

 

 まぁ、こういう反応だよな。

 

「ただの友達ってだけ?君の深い感情と、友達はバランスが良くない気がしないか?」

「そっ、それはその」

「それ以上は欲しくない?」

「ま、また混乱してきました。変な気持ちです。話を終らせましょう、それがいいです。きっと、故障しているのかも。この部屋を出ます、さようなら」

 

 多分、その時のキュリーの表情はきっと僕の脳裏に深く刻みこまれることだろう。

 恋する乙女の顔というにはあまりにもひどすぎた。

 表情はこわばり、一部は引きつってみせ、目は恐怖で飛び出さんばかりに見開くし。なのに口周りは緩んで、呆けているようにも見えた。

 機能不全一歩手前、自己防衛から逃避しようと判断したのは感心するが。下手をしたら活動停止でもして、唇の端からよだれを垂らしていたとしても不思議はなかった。そしてそうならずにすんで、お互いにとって良かった。

 

 だが、それとこれとは話は別だ。

 

 決断すると同時に立ち上がる彼女を僕は許さずに、その手を掴んで自分の方へと引っ張った。

 彼女はその力に抵抗を見せず――というよりも、多分だが無意識に望んで。簡単に僕の厚くもない胸の中に倒れてきたので。しっかりと、しかし決して苦しくないように抱き留めた。

 

――アンタ、またトラブルかよ

 

 ここにはいないのに、マクレディの声がこちらの脳内で僕に変わって悲鳴を上げてくれた。

 

 

==========

 

 

 こんなことを聞いた覚えがある――どこで知ったとか、突っ込まないで欲しい。

 

 生まれてまだ人の手になれぬ小犬を抱き上げるとき、決して恐れることなく。しっかりとして、それを抱け止める必要があるのだそうだ。

 そうすることで子犬は自分がどれほど抵抗しても無駄であるというお釈迦様と孫悟空の対決した境地へと至り。人の方は下らぬ感情に押し負けて、抱き留められないからとその子犬を放り出さないことを学ぶ。

 

 まったく失礼な話だけれど、この時のキュリーに僕がしたことは正にこれだった。

 

 お互いが触れ合うという圧倒する感覚が、男とか女とか、さらには人ってものは――そこまでをも簡単に分かった気にさせてしまう。

 これは僕をなぜか選んだ、あの彼女から教えられたことだった。

 

 

 そしてキュリーは悟った子犬そのものに今はなっている。

 最初こそ混乱したか、暴れようとしたけれども。こっちも覚悟を決めてしっかりと抱きしめていたら、いきなり静かになった。

 

 というよりも、逆に自分の身を預けてこようとまでしている気がする。

 だが、さすがに僕だって理性全開して行動しているわけで。簡単に動じるつもりはなかった。というよりも、そんな彼女との関係への不安と恐れが悟られないことを願っていた。

 

「不思議です。とても穏やかになりました。でも、興奮も感じます」

「論理的じゃないよね。ヒトって」

「まったくその通りだと思います。でも、この現実は嫌いではありません。いえ、もっといいと思ってます」

「それはいい事だよね」

 

 むこうはどうかは知らないが、こっちは性的な衝動は押さえこんでいるので。この状態だとまったくとんでもないことを色々と考えてしまっている。

 まず、彼女の体重だ。

 やっぱりまだまだ細すぎる。軽すぎるのだ。

 

 もう少し、いやだいぶ肉がついても構わないはずだ。

 そうすればもっと美しさと魅力に磨きがかかるだろうし、それに――。

 

(これでは彼女は連邦を連れ歩けない)

 

 

 

 マクレディに聞いた、自分の捜索の旅の苦労を。

 タイコンデロガから出てきたキュリーの身体は、恐ろしく体力が不足していたのだ。

 当然、彼女はそれを一応は自覚しており。

 

 長旅に耐えられるようにと、ディーコンが置いていった僕がレールロードから買い求めたパワーアーマーを使ってなんとかしていた。

 それでも、やはり無理があって。体調を何度か悪くしていたらしい。

 

 

 僕が工房に入り、忙しくしていたのはそれ自体。やりたいことが多くあったのは事実ではあるが。

 レオさんのように身軽に動けなかった理由の一つが、キュリーをどうやってこの研究所にしばりつけておくのか。その上手な説得方法が思いつかなかったというのもある。

 まぁ、このままいけば。その話もできるだろうけどさ――。

 

「本当に驚くばかりですが、あぁ……あなたは、とても大事な人なのです」

「ありがとう。嬉しいよ、キュリー」

「離れた時からずっと、これは思い悩んできたのだとわかりました。私には望むにはあまりにも恐れ多くて」

「ヒトなら――そりゃ時には恋だってしてもいいよ」

「愛しています!その――これは苦手ですが、ちゃんと伝えておきたいのです」

 

 地上にむき出しになってる地雷原の中にひとりで放り出されるって、きっとこんな気持ちなのかもしれない。わずかにでも動いたら、こっちもヤラれる。

 

「あなたは私の才能を信じてくれました。そしてそれ以上の事も。世界は活気と可能性にあふれていて、希望はどこにだってあるように思えます」

「君の身体がまだロボットなら。僕は今すぐにでも、チェックするようにメンテナンスを勧めるところだね」

「からかわないでください。でも、まったくそれには同感です」

 

 そういうとなぜか、ぱったりと無言の時が流れる。

 

 僕は焦りを感じている。

 ここまでは想像通りに事は運んでこれたものの。今のキュリーはすっかりリラックスしてしまい、無防備そのもののままで僕に寄り添ってきている。

 この次の余地絵は当然「それじゃ、相談はここまで。出て行ってくれ」となる予定だが、違う選択肢がチョロチョロと存在をアピールしてきていて誘惑を感じる。

 

 だが、そんなことは選ばない。

 自分で回避すべき爆弾のスイッチに飛びついて、自分でそれを破壊していくなんて。あり得ない!

 しかし、突き放すにしてもかなり苦手で。それを口にするのは簡単ではなく、むしろ厳しいと言っていい。

 

「私、思い出しました。なんで、これが愛だとわかるのか」

「なんのこと?」

「皆さんと一緒にダイアモンドシティに行きました。覚えてますか?」

「君をVaultから解放した後の事?そりゃ、もちろん」

「あなたが突然、町の外へと飛び出して行って。私はパイパーの妹――ナットと慌ててそんなあなたの後を追いました」

「ああ、そうだったね」

 

 あれはレールロードに参加する直前だった。

 ハンコック市長のちょっかいを知ったが、気が付かないふりをした。彼の手下になるつもりはなかったから。

 そうして、彼の隣にいる彼女に近づくのが。自分の目的を困難にするに違いないと思えたから――。

 

「その後の事です。覚えてませんか?」

「ええと――帰ったとしか。別に」

「ダイアモンドシティの学校を見学しましたよ。忘れてます?」

「ナットを送った時か。それなら覚えている。あそこの教師があの時の君と同じ、Mr.ハンディだった」

「あなたは彼女の悩みに答えていました。愛について」

 

 そうだったっけ?

 同じ職場の、人間の老教師とのつきあいかたへのアドバイスをした記憶しかないのだが……。

 

「それならこれも知りませんよね。あの2人は、あのすぐ後に結婚しました」

「ナニ!?」

「ダイアモンドシティの教会で、本当に幸せそうでした。愛についてお互いが確かめ合い、これから学ぶすべてが世界を輝かせていると。本当にうれしそうに彼女は口にしてました」

「――そ、そう」

「それでもマクレディはひどい人なのです。聞こえないところで幸せな2人のことを『イカレてる』って。あの人、ヒドイとは思いませんか?」

「ソウダネ」

 

 悪いが、今なら心の底からマクレディに賛同の絶叫を空に向かって放ちたい。

 まさか自分の何気ない一言で、1人の教師と一台のロボットの関係にとんでもないカオスを実現させたなんて――そんなことは絶対に信じたくはない。

 いや、忘れてしまいたい。

 

「すいませんでした。私、気が付いたらここに長くあなたを独占していますよね」

「ああ、でも――大切な話だったから」

 

 ありがとう、キュリー。

 君は本当に素晴らしい女性だ。

 言い出せずに困っている僕に、なんとむこうのほうからこの部屋から出て行ってくれそうだ。

 

「私、あなたのおかげで今日も多くを学ぶことが出来ました。このことはちゃんと、自分の研究室に戻ってから生かしていきたいと思います」

「それはよかった」

 

 満面に浮かんでるはずの笑顔に、引きつりがないことを祈りたい。

 誤魔化せてるよな?

 

「それと、また一緒に行きましょうね」

「えっ?」

「ダイアモンドシティです。あのおふたりは、あなたに会ってお礼が言いたいと言ってましたし。私もあなたに彼らの幸せな姿を見て欲しいと思います。

 それがいいことです」

「あ、ああ。そのうちに、ね」

 

――ダイアモンドシティ、壊滅させられないかな

 

 困惑する僕の中の暗黒面がボソリとそんなことをつぶやいた。




(設定)
・ジャック
作業用、アシスタントでもあるアサルトロン。
アキラが生み出したロボット集団は徐々に個性というか、特徴めいたものがあらわれてきており。
このアサルトロンは助手として、この秘密のエリアに名前と共に立場を与えられる。



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