数回は、沈黙する元Vault111の2人の様子を中心に進みます。
サブタイトルの「沈黙は金、雄弁は銀」は海外の言葉。
前者は日本では別の意味で使われていることでも知られている。
意味は雄弁に語りもするが、沈黙で明言しないことも大切ってことらしい。
なにやら誰かの事を指しているような気も・・・しないではない(すっとぼけ)
沈黙は金、雄弁は銀 (Akira)
3月下旬――。
この辺りではしばらく姿を消していたハンコックはコベナントへと再び戻ってきた。
そんな彼の横には小太りで、少しおどおどと怯えている風でもある男が付き従い。閉じられたコベナントの入り口を見上げていた。
居住地の中からは忙しいのか、それで騒がしいというべきか。木材を叩き、削り、運ぶとか。鉄を叩き、引き裂いたり、こすりつけられている様子がここまで伝わってくる。
正直、不気味で異様な感じしか伝わってこない。
「おう、入るぞ」
「……」
ハンコックが先頭に立つと、あっさりと開かれた扉の中を見れば。続く2度目の衝撃を男は感じずにはいられないだろう。
そこはあらゆるロボットにあふれかえっていて、その全てがなにがしかの作業を行っている。
「ここも少し、変わったな」
ハンコックはそんな目の前の光景を、自分が留守にした間の変化を確認して。ぼそりとそうつぶやいた。
以前もあった居住地を囲む壁の高さがさらに少し高くなり。そこには網目状の鉄の天井が敷かれ。なんだか刑務所じみた閉塞感がうまれている。小さな中央広場(?)には階段がそんな違和感を無視してその上へと昇っていけるようになっているが。なんでそんな必要があるのかが、よくわからない。
居住地の中に残っている邸宅についた、あの日の不穏な攻撃の痕跡は。あとかたもなく修繕されてわからなくなっているし。
入口から入って左側にあった燃えた家屋はきれいにとりはらわれ。新たな共同住宅となる家屋の骨組みがだんだんと形作られていた。
「ハンコック?戻ったんだ」
「アキラ、連れてきたぜ。お前のお望みの野郎だ」
かつてはこの町の代表がつかっていた家から出てきたアキラは、今は白いシャツとズボンのラフな格好をしていた。
この若者がここを滅ぼした元凶だとは――。
それでも上機嫌な笑みを浮かべ、アキラはハンコックについてきたこの男に握手を求めていった。
「連邦で一番奇妙な場所へようこそ、ドクター……なんと呼べばいいのかな?」
「あっ、ダニエル。ダニエル・コールと――いや、Dr.ダンと」
「……なるほど」
アキラと名乗った東洋人はなぜかその時、奇妙な表情を浮かべ。ハンコックは面白そうな顔をしていたが、その理由は教えてはもらえなかった。
「ここは、新しく立て直しているのですか?」
「いや、そうではないです。以前のこの場所はちょっとした――”テーマパークのような場所”でしてね。といっても、裕福な複数のスポンサーがついていたからできていたことなんですが。
まぁ、それが色々あって、ついに愛想をつかされてしまいまして。その路線をあきらめなくてはならなくなった」
「は、はぁ」
「以前は居住地に見せてはいましたけど。別に住人は求めてなかった。
なぜなら全員をスタッフとして雇っていたものでね。おかげでこの通り、キャップの切れ目が縁の切れ目。あっというまにここから”綺麗に人がいなくなってしまいました”よ。なんで、そのまま新しく住人を募集しようと、そう考えています」
「ニューコベナントとして?」
「いやいや。コベナントはそのままです。
町はこれからもこのままですし。住人も新しく入れるから、こうして古いものはきれいに壊したというだけなので。それに、ニューなんて言葉。まるで以前の町が失敗していると、自分たちで認めるようで。嫌じゃないですか?」
「な、なるほど――」
なにやらわずかな会話の中に、不穏な影のようなものを感じたが。
しかしそれが何か、まではDr.ダンにはわからなかった。
そうしてアキラに「こちらがあなたの職場になります」と案内されたのは、小綺麗な一軒家。
思わず胸が高鳴るのを抑えようとするが、中に入ると途端にそれもしぼんでしまう。
「えっと、こちらは?」
「Dr・ダン。あなたにご紹介します。あなたの同僚となる――ドクター・ベンクマンとドクター……キュリーですよ。仲良くしてくださいね」
そこに立っていたのはひとりの女性と、1台のMr.ハンディタイプのロボットがこのダンの同僚なのだそうだ。
最初は迎えた医師のために用意された助手と看護士と思ったのは、勘違いということか――。
「実はこのロボット医師である、ベンクマンは。これから月の半分は、ミニッツメンの拓いた居住地をまわりたいと望んでいまして。
このキュリーは医者、ではなく専門が医療研究者なんですよ」
「あ、ああ。そうですか……」
「つまり、先日まで売店だったこの素敵な場所を診療所としても。そこに居てくれる医師がいないと、コチラは困ってた」
「なるほど。ということは――」
「そうです。つまり彼らは同僚ではありますが……ここはあなたのための診療所ということになります」
ダンとよばれたその男の複雑そうな表情は、この瞬間。
ようやく安堵すると、満面の笑みを浮かべることが出来た――。
==========
診療所となる底をさっそく改装したいと申し出たDr.ダンをそこに置き。仲間たちは秘密のエリアへと場所を移すと、アキラはさっそくハンコックに問う。
「本当に医者を連れてきてくれたんだね」
「約束しただろ?『いい奴を知ってる。紹介してやってもいい』って」
「久しぶりの里帰り。グッドネイバーはどうだった?市長」
「あいつら、市長の事なんてどうでもいいんだろう。なにもなかったかのように楽しくやっているようだ」
ついてきたキュリーは、それでも不安そうにしている。
「市長の推薦を疑うわけではないのですが。あのドクターの見識は、信用できるものなのでしょうか?」
「おいおい、俺の好意を疑うのかい?」
「いいえ――はい、というのも。この時代に医師は貴重な存在です。簡単には増えせませんし、連れてきたりも出来ないはずです」
「それは僕も同感。市長にはちゃんとした説明をお願いしたいかな」
「若い奴等はすぐにこうだ。いい事があっても大人の好意を無理にだって怪しみたがるんだ。お前達、少しは変化を楽しめ」
そうは言っても説明はちゃんとしてくれるらしい。
人が集まる時、何が必要かと問われたら。
まずは生活の糧となるものが一番に来る。それは農業だったり、暴力だったりと違いはあるが。とにかくそれがまずは必要なものだ。
次にリーダーがいる。意見をまとめ、判断し、集まってくる人々の意思をまとめられる人物。
そして最後が――医者だ。
グッドネイバーもそうだ。
だが、それはあのメモリー・デンのDr.アマリの事ではない。
彼女も医師ではあるものの、あの店の技術スタッフというのが正しい認識であり。そもそも彼女は、記憶と脳の専門医なのだ。
あの町が日々、生み出している死人、怪我人たちを見てやるなんてことを見てやることはない。
ではどうするのかといえば。当然、医者が他にいるということになる。
だが、それは医者ではあるが本当の医者ではなく――。
旧世界では集合洗濯所として使われていたと思われる、グッドネイバーにある建物の中にある薄暗い大きめの地下室。
そこへと続く廊下にある看板には「墓守」と記されていて、まさにそれこそがここにいる医者の本業であったりする。彼は人間で、本名は確かにあったはずだが。誰も彼を名前では呼ばず、
この墓守人は別に副業で医者をやっているわけではない。考えてもらえばすぐにわかると思うが、グッドネイバーは死者がよく出る、時には毎日。
ところがそうなると”死に損なって”運ばれてきてしまう連中も多くいる。
すると墓守人は医者の目で、それが生きるか死ぬかを見極め。”運悪く”生き残るとわかった時は、ため息をついてから死体から患者となったそいつに治療を施すと。
本人の耳元でもって「次は死んだら来い」とだけ告げ、路上に放り出すのである。
この墓守人には面白いことに弟子がいた。
いや、本人がそう言ったこともないし。誰もがそう口にしたことはないが、そういうしかない奴がくっついていた。
ある日、サードレールに墓守人とハンコックは話す機会があり。そこでこの男の話が出た。
どうやら”死に損なって”運ばれた元病人が「じぶんもあなたのような医者になりたい」と血迷っていついてしまったらしい。
そいつ――つまりダンは、ヤル気もあって。墓守人からもよく仕込まれたから、医者と名乗ってもよいくらいの腕はあったはずだったが。
次の問題はグッドネイバーにあった。
この町は、別に本職の腕のいい医者ではなく死体の面倒を見てくれる墓守人こそ求めていた――。
ダンはそれをついに理解してしまう。
無駄に怪我人を生かすような医者は必要なく、死体の埋葬のために墓守人が居れば十分。
そして自分は、そんな墓守人の後継者であればそれでいいのだ、という町の本音を。
ハンコックはそこで大きく手を振り上げると、嘆かわしいと口にだした。
「そうしてあのダンの野郎。墓石の隣で酒瓶を離さずに飲んだくれるようになっちまった」
「――そんなんで役に立つの?」
「安心しろ。ここに連れてくる間に、ちゃんと言い含めてある。俺の顔を潰すんじゃないぞってな」
「それは、怖い」
「本人の夢をかなえて、ドクターと呼ばれる立場をくれてやったんだ。当然だろう」
「助かったよ、ハンコック」
アキラは素直に、ハンコックに頭を下げる――。
「いいさ。どうせあのままグッドネイバーにおいても、あいつは使い物にはならなかったしな。
それに――アイツはここでもう”アレ”を見ちまった。今更、グッドネイバーには帰すことは出来ない」
「ああ、そうでした」
「――おいおい、しっかりしてくれよ。そんな調子で、新しい治療法なんぞ考えられるのかい」
ハンコックがキュリーを相手に呆れているが。アキラは別の事を考えていた。
ここにある”アレ”――回収されたベルチバード。
この場所を奪ってから一ヶ月以上をこのコベナントで閉じこもって色々と開発なども行っていたが。
僕が一番にこだわっていたのが、あのB.O.S.が連邦に持ち込んできたベルチバードであった。
レオさんが持ち帰ったB.O.S.の技術をキュリーの協力も得て解析しながら。彼らが持つ、空飛ぶ機械を僕もまた手に入れようと模索してきた。
復元は簡単ではなかったが、不可能じゃなかった。
組み上げたエンジンはすでに地上へと持ち出され、そこでのテストでは80%をこえる程度には完成していると思える結果を出している。
今は急ピッチで、機体の方の工夫であれこれと試している状態にある。
「あの遥かなる青い空へ――いつ、飛べるんだ?アキラ」
「数日中には、形になる。第一段階のテスト飛行も、まず間違いなく成功するはず」
今は小さな会議室として使っているその部屋に入ると、ハンコックは壁に貼ってある連邦の地図の前へと直行する。
「となると、別の連中のことが気になってくるわけだ。情報を俺に教えてくれるつもりはあるのか?」
「――エイダはローグスと組ませて、スロッグに送り込んだ。すでにあそこで作業に入っているはずだ」
イエローマンとして動いていた時分。
僕はあそこの代表者と面識を持つことが出来た。
エイダに僕のメッセージを持たせて送り込んだところ、良い返事がもらえたので。僕はミニッツメンと名乗りつつエイダを再びあそこに送り込ませていた。
「順調だな」
「スロッグが、あっさりとミニッツメンに協力してくれると言ってくれたからね。レオさんやガービーを連れて、交渉に行かなくて済んだのは大きい」
「よほど誰かさんに、恩義でも感じていたのか」
「――どうかな」
「マクレディとケイトの方はどうだ?」
僕の顔がしかめっ面に変わる。
するとキュリーがなぜか僕のかわりに答えてくれた。
「ちゃんと仕事をしているはずです……きっと、今頃は」
「へへっ、あいつらを説得したのか?よくできたもんだな」
「――久しぶりだよ。あんなにメンタスをぼりぼりと貪る羽目になったのは」
強情な彼らを説き伏せるために、文字通り僕は錠剤を口に放り込んでそれを実現した。
彼らはちょっとレオさんに厳しすぎる。あんなに素晴らしい大人なのに。
「そりゃそうだろう。むしろそれでも、よくあいつらが言うことを聞いたな」
「留守番は嫌なのだそうです。本当は私とアキラが行くことになるかもしれないって、話しだったのに」
「我儘な奴等だな。どちらが雇い主で護衛なのか、わかりゃしねぇ」
まったくだ。
それでもレキシントンを大きく迂回した彼らが目的地に着くのはまだ何日か先のことになるはず。
ベルチバードの完成が前倒しできれば、僕らもそれに参加できるとは思うが。
「厳しいか」
「なんだって?」
「いや――あれを着るのは、もう少し先になりそうだってこと」
それを口にする僕の視線の先には等身大のシルバー・シュラウドの格好をしたスタチューがライトの前に立っていた。
ハンコックによってもたらされたアレは、このコベナント陥落からずっと。そこで出番が来るのを待っている――。
==========
日付を見れば例年ならばとっくに陽気な春の訪れを感じるような時期なのに。
今年の連邦は機嫌が悪いのだろうか。冬本番にも思えるような寒さに加え、積もることはない粉雪をも降らせてみせた。
しかしそれがいっそ幻想を感じさせるものらしい。
ケイトはグレーガーデンから見下ろす橋の上を、ミニッツメンが列をなしてボストンへと渡っていくその姿を見守るようにながめ。彼らの姿が消えてもなお、そこから離れずに見えなくなってしまった幻影を求めるように見つめ続けていた。
随分と時間がたってから、そんなケイトの様子を見に来たマクレディは背中から声をかける。
「静かにしているなと思ったら、ここにいたか」
「まぁね。ここにはサビと油臭いのしかいないからね」
「ポンコツの天国だな、それはわかる」
いいながら少し距離をとった場所に腰を下ろし、マクレディもまた橋を見下ろす。
このグレーガーデンは、戦前にひとりの天才によって作られたロボット達によって管理されている農園であった。200年をこえても変わらずに、彼らは今日も土と作物をいじり続けている。
「実際の話――俺達はうまくやったよな」
「多分ね」
「レオやガービーとも結果は出したんだ。ボスも満足だろうよ」
自分を納得させるかのよううなその言い方が、ケイトの勘にさわる。
それと同時に、妙な疲れも感じてしまい。思わず自分が弱くなっていると思った。
「マクレディ」
「ああ?」
「あたし、なにか――悪夢を見ているみたい」
「それなら安心しろよ。お前の見ているのは間違いなく、悪夢そのものだ」
「へぇ、やっぱりそうなんだ」
「ああ――俺達のボスは、そういうことをさせようとするやっかいな大馬鹿野郎なのさ」
やっぱりこのスカタンは自分の言いたいことをわかっていないんだと思った。
ケイトは振り返っていた――。
わずかにひと月、違った2カ月ほど前の話だ。思えばあれからなにやら自分は夢の中にでも入り込んでしまったのだろうか?
あれは確か、もう一秒だってハングマンズ・アリーにはいられないとキレていた時だった。
それでもそこに留まっていたのは、惚れた死んだ男の葬儀にこだわったわけではなく。よりにもよって美味しい場面で帰ってきたクソッタレとの決着がついていないと思えたからで、それでどうにか踏みとどまることが出来ていた。
だがそんなケイトにレオは時間を要求し、なぜかそれを自分は認めてしまった。
「すいません。ここにミニッツメンの将軍がいる?」
「いるよ。あっち」
「ここは知らないんだ。案内願えるかな」
それは突然の訪問者だった。
かつてはレイダーのアジトであったそこへ。いくら今はミニッツメンがいると噂を聞いたとしても、普通の感覚を持っているならそこには近づかないものだ。
なのにそいつはヘラヘラと笑みを浮かべ、ケイトにレオの元へと案内を頼んできた。
(あのクソ野郎の知り合いか)
おかたいミニッツメンの将軍様の前まで連れていくが。今度は肝心のレオが首をかしげて、ケイトに「誰?」などと聞いてくる。
「あなたとも初対面だ。実は、アキラに頼まれてメッセージを届けに来た」
「アキラ?あなたは彼とどのような知り合い?」
「ただの知り合いだ。そしてあんたにメッセージを持ってきた。これを受け取ってほしい」
笑顔は絶やさなかったが、とにかくそいつの全身がこの任務を早く終わらせたいと訴えており。
どういうことか?と聞いても、ちっとも事情を話す気にはなれないようで。仕方なくレオが手紙を受け取った。するとそいつは笑顔が無表情となり、いきなり背中を向けて足早にそこから立ち去って行ってしまう。
残された方は、あの笑顔は何だったのかと唖然とするしかない。
「アキラ?コベナントだって?」
「……知り合い?」
「ああ――ケイト。どうやら少し旅に出る必要があるみたいだ」
その時は何とも思わなかった。
いや、あの時はまだ――クソッタレな時間がそのままにあったに違いないのだ。
冷気の中で頭から湯気でもなんでも立ち上りそうになり。かぶりを振って、別の事を――その後のことを考えた。
ハンコックとマクレディに連れられて初めてあのコベナントやらの陰鬱な地下通路に案内されたんだっけ。
自分におかしなことでもさせるんじゃないかと身構えてたのは、別に自分の経験からいえば至極当然の事だった。
だから部屋の中に待っていたアキラの前に通され、2人だけにされるとすぐに拳を握って構えようとすらした。
「さぁ、何が望みなのかしら?」
などと不敵に笑って挑発してやったっけ。
あの東洋人はそんなコチラを見てポカンとアホな顔をして呆れていた。
「ここに戦いに来たのかい?てっきり――君は護衛の口を探していると聞いてたけど」
「そうさ!こっちが本業。冷たいベットをあんたのために暖める役目は望んじゃないのさ」
「――誰もそんなこと、望んでないけど」
「へぇ?本当に?男なんて、どいつもこいつも。代り映えしないんだから」
目つきだけはやたら悪い癖に、それ以外の表情――例えば口元とか、鼻筋とかそういったものだ。
そこに困惑と苦笑をうかばせつつも、あいつは自己紹介から始めようなどとおかしなことをいいだしたっけ。
まぁ、話をすれば何のことはない。
護衛としての契約を、レオからあのアキラとかいうのに移したいのだと。あの将軍様が願っての、雇用主との面談の場というだけで。自分は見事に空回って、未来のボスを敵と勘違いして挑発していた。そうなると、今度は自分が酷く頭が悪かったのではと、気分がめいり始めてくる。
「愉快な人なんだね。まぁ、そういうのは僕の周りにも多くいるから――」
そうやって気が付くと、変人集団の中に自分は組み込まれて――。
何やら静かに思いに沈んでいるケイトは、そこからまだ動きたくはないらしいと悟り。マクレディは再び声をかける。
「レオやガービー達はもう、とっくに橋を渡っていっただろ?」
「うん」
「まったく、ひどい仕事を押し付けるよな。ボスも」
「……」
「ここにいるポンコツと取引するためだけに。スーパーミュータント共が占拠する水処理プラントを奪ってこいとかさ」
昨日、マクレディとケイトはそれをレオとガービー率いるミニッツメンと共に行っていた。
2人が手を貸したのだから当然だが、ミニッツメンはスーパーミュータントを圧倒した。
「あいつら、結局はここに来なかったね」
「へへへ、間に合わなかったな。何やら参加したげだったから、きっと残念がるぞ」
「――バカね。そんなわけないじゃん」
雇い主にしたら、護衛なんて使い捨ての道具みたいなものだと聞いている。それは間違いないだろうとも思う。
だから、そんな身分で奴隷のように簡単に契約を渡された今の自分への自重めいたものがあって。とっさのことに、とげとげしい響きでマクレディに間違いを指摘しようとする。
だが、効果はなかったようだ。
一瞬だけ、ケイトの激しい反応に驚いた顔をしたマクレディであったが。
何やら納得したらしく。うんうんと頷くと。
「ま、普通はそう思うよな。俺も最初はそう考えてたさ」
「最初?あんた何言ってるのさ」
「ケイト、お前も生き延びられたらいやでもわかるぜ。俺達のボスが、どんだけ面倒くさい奴かってことがな」
「フン」
「ま、明日を楽しみにしようぜ」
「明日?」
「ああ、確か予定じゃ本人がここにやってくることになってるはずだしな。生きていれば」
マクレディはそう言って苦笑いする。
連邦の天候は御覧の通り、春を拒否するように異常気象なのかわからないが。雪が降っている。
明日までこれが続くかはわからないが。あの男ならば絶対に、決めたことはやめたりはしないだろうと思われた。
マクレディとケイトは明日。
このグレーガーデンへと飛来する。アキラの乗ったベルチバードを見上げて迎える手はずになっていた。
それが成功すれば、ついに連邦の空を飛ぶ足を手に入れたことになる――。
==========
それは連邦の南部、戦前にはギャラクシー・ニュース・ネットワークことGNNのロゴが輝くボストン支局。
しかし今では見る影もなく。
そこを占拠している連邦の最大の戦闘力を有することで知られるガンナー族が支配し。その本部となっているため、人々はそこをガンナープラザと呼ぶようになっていた。
その強固な監視が続く建物の入り口に、今。
薄汚れたグールたちが、その”普通の感覚”では醜悪にも見える諂いの笑みを全員が浮かべて立っていた。
「面会、かないますんで?」
「そうだ。ボスは会ってやると言ってる。ただしそれは1人だけだ」
「そりゃそうでしょう。自分が行きますよ」
他のグールたちはそこらにいるスカベンジャーや、レイダー。そして傭兵のような武装をしていて、まとまりを感じない不思議な連中であったが。
周りに断りなく「自分が」と申し出たそいつを回りは口を出すことはなかった。
そしてその男――グールはやはり、変人のようだ。
なぜなら彼だけが綺麗に洗濯されているだけでなく、アイロンまでかけたと思えるほどぴっちりとしたタキシードと赤く濁った紫色のリボンのついたシルクハットに黒光りするステッキを手にしていた。
このグールは周囲に自らをギブスと呼べと要求していた。
そんな怪人じみた男が面会を希望する相手が、ガンナーを統べる男、キャプテン・ウェスである。
ウェスは知らせを受けてからゆっくりとくつろいでいる風に見えるよう。自分の仕事部屋で待機して、部下に連れられたギブスが入口に姿を現すなり声をかけた。
「おやおや、これはこれは。仕事を失って路地裏に戻ったギブスじゃないか。こんなところに現れるとは」
「どうもこりゃ、へへへっ。厳しい評価を頂いたもので」
「当然だな。あのクインシーの採石場、キサマと違ってスラウの野郎は自分の立場をよく理解していた。今更にここに来られても、奴の仕事ぶりには満足している」
「本当にそうなんですかい?なんでもアイツ、道端に湧き出る商人どもを襲うのに忙しくて。たいしたことはやれてないって、噂を聞きましたがねぇ」
「うちのシマを丸ごとひとつ預けてるんだ。稼いでもらわねば、奴の仕事もなくなる。
まぁ、そうなったら貴様にもまたチャンスが巡ってくるかもしれないがな。それは別に今じゃない」
「へっへへへ。偉大なガンナーのリーダー様に意見するなんて正気じゃないとは思いますがね。こっちは最初に言ったように、あんな場所にはなんの魅力もないってのが。答えが出てますから」
「ハンッ、随分と強気だな?」
抉る傷口の痛みが本当にないのかと疑いながらも、ウェスはしつこく嘲るのをやめようとしない。
だが、相手はそれを了承の上で来ているのだと訴えており。嬲り続ける相手にも粘り強く怒りをこらえて、話を続ける。
「そりゃそうですよ?
土地を得ても、それを失うまいと必死になってしがみつく奴らと違って。こっちはいつでも大金を稼ぐために自由であることを選んでいる。そしてそれが見つかれば――」
指と舌を口の中でパチンと音を立ててみせた。
「こうやって身軽に、新しい取引のためにとびまわる時間がある。ってことで、関係ない話はやめて。ちょいとうちの新しい商品について検討してもらえませんかね?」
「新しい商品、だと?」
ウェスの目が光る。
自分で言うだけあって、このギブスはあのスラウとは確かに違う。
スラウはどこにでもいるわかりやすいレイダーだとするならば。このギブスはスカベンジャーであり、レイダーでもあり。そして傭兵ですらあるという、多彩な仕事をこなせる仲間たちを連れていた。
そいつが新しいビジネス、商品と口にしたからには。それなりのなにかを確かに持ってきたという意味にとれる。
「そいつは武器か?それともガラクタか?」
「武器でもあり、ガラクタでもあるでしょう。ついでにちょっとした飾りにも使えるかもしれません」
「――売りつけるのに、商品について教えないつもりか?」
「商売になるのなら、喜んですべてを」
「まだ駄目だ。クソを豪華なものだと舌を滑らかにして言い切るバカが、この連邦にどれだけいると思う?
うちの抱えている詐欺師の中にも「戦前のキャッシュカード」とやらを復活させたなどと騙しているのがいるというのにな」
今度はギブスの目が光った。
ウェスは横暴で、独善的な独裁者気質ではあるが。その性格は案外にして読みやすいことを知っていた。
だからこの時も彼が意外とこの話に興味を持っていることを話しぶりから知ることができた。
「北部の動き、よくないそうですね。噂で、そう(聞きました)」
「だからなんだ?」
「キャピタルのB.O.S.が、あいつら空を飛んで全てを連れて来たそうじゃないですか。今もこの空の上を好き勝手にして、飛び回っているとか」
「――そうだな」
「ベルチバード、名前をご存じで?」
「馬鹿にするな。当然それくらいは知っている」
同じく武装集団を自認するガンナーにとっても、あのキャピタルの空を飛ぶベルチバードは喉から出るほど欲しかった代物だった。しかし、それは叶わぬ願いでもあった。
何度もその機体を復元しようと、様々な模索をガンナーでもおこなってきたが。結局どれもが失敗に終わっていた。
「ギブス、そろそろ話せ。飽きてきたぞ」
「キャプテン、ガンナーにもアレを――ベルチバードをうちが用意すると言ったら。どうします?」
「――そんな寝言を、信じると本気で思ったのか?」
「そう思いますなら私めを間抜けな詐欺師というだけで、これは笑い話で終わります」
「ほう、その後でキサマはどうするつもりだ?」
「ミニッツメンへ。噂のプレストン・ガービーかジョン・ハンコックに会いに行くでしょうな」
「なんだと!?」
どちらもガンナーにとっては忌々しい敵といえる存在達だ。
「うちは色々と器用な連中がおりますからね。本当に多くの仕事を引き受け、サービスを提供します」
「……」
「それがなんであれ、こちらへの正当な評価とキャップが誠実なものであれば。うちはそれだけで満足なのですよ」
「ハンコックは別にしても。あのミニッツメンがお前のような奴の話を真面目に聞くとでも?正気か?」
「これは噂――あのダイアモンドシティラジオでも流しているものですから、聞いたこともあるでしょう。
その最後のミニッツメンは。再起するにあたって自分ではなく、協力者である元Vault居住者に願って。ミニッツメンのリーダーに据えたとも聞いてます。
ガービーはどうかは知りませんが。このVault居住者ならば、もしかしたら万が一にもこちらの話だけは真面目に聞いてくれるかもしれない。ふふふ、確かに正気とは思えませんなぁ」
ウェスの気持ちはそれであっという間にクルリと裏返った。
このレイダーもどきが、あのミニッツメンに持ち掛けるほどの商品に自信があるというなら。それを無視する愚かさに耐えられなかったのである。
「話は聞く。いつ、ベルチバードを用意できる?いくつ?」
「ゼロですよ」
「――どういうことだ?」
いぶかし気な相手の態度に満足したのか、ギブスはグール特有の笑みを浮かべると
「正確に計画があります。これは、確実な」
「計画?なぜそれが確実なんだ?」
「私の仲間は多彩だと、さきほどいいましたが――」
「そうだったかな?」
「最近、入ったキャピタルから来た新入りが面白い奴でしてね。200年以上前の、あの大戦では空軍で整備をしていたとかなんとか……」
「そいつに作らせる?」
「ご希望通りに、数を揃えるところまでを望むのであれば。
信頼に足る時間と、十分なキャップ。それがこの計画には必要です」
「――ふっかけるつもりか?」
「キャピタルの連中、あの空港でもなにやら掘り起こしているとゴミ漁りの間じゃ噂になってますよ。ちょいと分け前をもらおうと忍び込もうとした連中が、最近はあまり戻ってこないとか。
どうも連中、縄張りに入り込む盗賊などと蔑んでは獣を追い払うつもりで、マト代わりにしているそうで」
ウェスにとってそれは聞きたくない情報であった。
最近、彼が北部に近いガンナーたちに活動を控えるように命令を通達した理由は。
まだ準備というほどではないが。ボストン空港のB.O.S.を襲撃し、奴等の装備を奪おうという計画を立てていたからだ。
当然その中には、ベルチバードも武器と並んでリストにちゃんと入っていた。
だが、あいつらがそこに近づくゴミ漁り程度でも神経質に追い払うと知っては。
襲撃するにしても、もっと本格的にやらなければならないし。衝突したとしても、確かな結果が残せると思えなければ自分の指揮能力を部下に疑われても仕方がない。
ギブスはそんな危険は冒さなくてもよいと言っているのだ。
「自信があるのか?」
「ガンナーはこの連邦では無双にして最強の武装集団です。それをあの連中が、どう考えるのか?
さえぎるもののない雲の間を抜けてやってきた奴らにとっては、同じ空に誰も立ち塞がる者がいないという事実は。大変な優位性を持っていると、考えているでしょう」
「失敗は許さん。それに、必要な時にもそれは出来ていないでは困る。
このしばらくは落ち着きを見せているとはいえ。あいつらが連邦に来てまでその牙をむかないはずがないからな」
「安くはありませんが。それに見合うだけの利益は、確かにお約束しますが?」
キャプテン・ウェスは沈黙した。
考えているのだ。
ガンナーはこれまでもずっと、最高の武装傭兵団であろうとしてきた。
そしてそうなるための努力は全てやってきた。これまでのリーダー、全員が。
ならば自分も、それにならい。そしてこの大陸で10年前にその勇名を轟かせたキャピタルB.O.S.をも打ち破る力を手にしなくてはならないのだろう。
「ギブス」
「なんでしょう、ダンナ?」
「ガンナーズは空が欲しい。ベルチバードはお前が何とかしろ」
ここにひとつの危険な契約がなされるのであった――。
(設定)
・ドクター・ベンクマン
アキラがコベナントの資源を奪い、製造した数あるロボットの一台。
かつてキュリーがまだロボットだった時分のこと。
バックアップに備えて、記憶と経験以外の医療知識のみをコピーしていた。
キュリーは無事に、人造人間へと生まれ変わり。バックアップは必要ではなくなったが。
アキラはそれを使って医療ロボットを新たに用意し。居住地を歩く巡回医師として、用意したのである。
予定では、これ以降に登場することは考えてない。
・ニュー・コベナント
アキラは誤魔化しているが、実際にはコベナントの事件はほとんどしられていない。
この辺の事情はそのうちパイパーが絡んでいく予定。
・墓守人=アンダーテイカー
グッドネイバーに医師は不要だろうか?
そう考えると、やはりNOと結論を出さないといけない。ダイアモンドシティのような立派な医師が必要ではないが・・・というところから誕生した。
アキラのシルバーシュラウド編で、2部での登場予定があったが削られたため。ここで登場することになった。
・ベルチバード
この機体については、ゲームでは使われないような仕様にしてある。
次のアキラの回でその性能の一端を明かす予定。
・別の連中のこと
現在、コベナントにはアキラとキュリー。そしてハンコックしかいない。
・ローグス
ロボット軍団のこと。詳細はそのうち。
・グレーガーデン
おかしなロボット達が経営する農園。
ここでは後に、ヘリポートが作られることになっている。
・キャプテン・ウェス
ガンナー族の現リーダー。
・ギブス
グールにして、技能集団のリーダー。
彼らは原作には登場しない、アーティサンと呼ばれる。戦闘、情報収集、ゴミ拾い、商品販売を手広く行う器用貧乏を絵にかいたような存在。
武装商人とハイテクレイダーが悪魔合体した、と考えてくれればいいかも。
・スラウ
人の定住できないクインシーの採石場に現在、居座っているグールのレイダー。そのリーダーの名前。