ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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次回投稿は週明けを予定。


銀の輝き(Akira)

 崖の上の居住地に、またもや襲撃の影が近づきつつあった。

 あの冬空の下で起きた惨劇の後も、軋みをあげる人間関係を何とかまとめながら再出発したこの場所であるが。

 無法者の影はそれからも2度ほど現れ。しかしその時はミニッツメンの協力と、強い報復心もあって。近づかせることなく払いのけることに成功していた。

 

 

 だが、それは常にそうだというわけではない。

 現在は経験を積んだ頼もしいあのミニッツメン達は連邦の北東部へと流れていて。この北西部には経験の浅い、まだ兵士とも呼べないような若者たちが最低限の巡回で誤魔化そうとしており。

 この場所の住人達は次の襲撃があれば、今度もうまく撃退できるであろうかと表面には出さないが不安に震えている所であった。

 

 

 昼過ぎに居住地に鳴り響いたサイレンの警告は、見張りが木々の間を移動するレイダーを見かけたという確実なもので。

 いつものように間近にいるであろうミニッツメンを頼ろうと、居住地は天空めがけて信号弾を打ち上げたが――。

 

 そして4時間が過ぎたが、誰もここには近づいてこない。

 レイダーも、ミニッツメンも、誰も。

 人々は不安におびえていることを迫ってくる脅威には悟らせたくないため、何度も信号弾を打ち上げるわけにもいかず。

 「やはりあのクインシーの虐殺は、ここで再現されるのでは?」などと住人達は恐怖に震えさせ。太陽が沈み、夜が周囲を暗闇に沈めていくことにも耐えねばならなかった。

 

 

 そして哀れなことに、その様子はこの場所を観察し慣れた無法者たちの目でしっかりと確認されてしまっていた。

 すべては深夜、あの日のように。

 崖の上の居住地を包囲しようとする影たちが次々と闇の中に現れて動き始めると、ゆっくりとその距離を狭め。あの惨劇の続きをこの夜に再現しようと舌なめずりをする。

 

 ミニッツメンは帰還したらしいが、それでこのレイダーの時代(無法の時代)が終わりを告げたわけではないのだ。

 人は暴力を手放せない。昔も、今も、そしてこれからだって――。

 

 

 最初の銃声が鳴り響き、鉛の弾が居住地内の地面に撃ち込まれると。消えたミニッツメンのかわりに増やされたターレットが勢いよく活動を開始する。

 戦いはこうして始まったが、しかしそれまでの長い緊張の時間はあまりにも長すぎたのかもしれない。もはや途切れることのない銃声の恐怖に耐えられなくなった住人のひとりが恐怖にとりつかれて必死に走り出すと、信号弾を手に取って狂ったように夜空に向けてそれを連射する。

 周囲はそれを止めるべきだとわかってはいたが。鳴り響く銃声と闇の中から上がる野獣共が吠える声に惑わされ、すぐには行動できないでいた。

 

 暗い空に昇っていく赤い光弾、あの独特の燃えるシュウシュウという音もする。

 

――1発

――2発

 

 輝きが地上も照らし、木々の間にランランと目を輝かせ。獲物を狩りつくさんとする暴力にとりつかれた人間達が武器を手にしてそこにいるのがはっきりと住人達にも分かった。

 ついに恐怖と絶望に泣き出したそいつは「頼む、助けてくれよ……」それだけをつぶやいて、3発目をはなってみせた。

 

 

 コツン

 

 輝く光は宙空で固い何かにぶつかって。不自然に、そして急速に地面へと落ちていく――。

 

「今の、見たか?」

「あれはなんだった?」

 

 その現象をたまたま目にしてしまった住人達は、しばし銃声の響く周囲の喧騒を忘れ。ポカンと口を開いて、空を見上げて何が起こっているのかを知ろうとする。

 

 

――悪が世間にはびこる時

――ひとりの男が影の中に身をひそめる

――それは無実なるものを守り、罪人を裁くために必要なこと

 

 そう、彼の名は――。

 

 銃声響く居住地の直上に、突如として天使が羽ひらくように。多くのフレアが放出され、白い輝きと煙が夜の闇を光で駆逐する。

 そこに飛んでいたのは神々しい守護天使ではなかった。

 漆黒の機体は、信じられないほどの静穏をたもったままでそこに停止している。だが、初めてそれを目にする者にとっては恐ろし気な空飛ぶ怪物に思えたとしても不思議はない。

 

 その中より地上へと信じられない高さを飛び降りてくるのは――。

 

「シ、シルバー・シュラウド!?」

「正義は執行されなければならない……」

「ほ、本物なのか?お、俺達。恐ろしいからって、頭がおかしくなってしまったのか?」

「罪人は、この死神が相手をしよう」

「助けてくれるのか?」

「ここはいい。反対側を手伝ってやれ、終わったらそちらもまかせてもらおう」

「わ、わかった」

 

 本物だ、夢じゃなかったんだ。

 恐ろしく白く輝くこの場所の中で、漆黒の帽子にコート姿。

 必殺のシルバーマシンガンは持っていないようだったが。そういえば顔を見られたくないのか、口元に悪趣味なスカルバンダナで表情を隠していた――。

 

 立ち去る男はもっとよく観察するべきだった。

 このシュラウドは懐から取り出したのはプラズマピストル。そして背中に背負うのはどこかでみたことのあるレールガンと、一振りの刀めいた鈍器。

 

 歩き出すヒーローは、背中の刀を抜けばそれはたちまち炎を噴き上げ。

 闇の中に隠れているはずのレイダーにむかって放たれる緑の閃光は、人をスライム上の液体へと次々に変化させ。時折、鈍い音と共に放たれる杭は自作の防具で身を固めたレイダー達の肉体を容易に引き裂く鋭い一撃を与える。

 罪人たちは光の下から迫ってくる処罰する者(パニッシャー)に抵抗できずに、ただただ悲鳴を上げることしかできない――。

 自分達が無慈悲にこの場に居る人々にさせようとしたことを、逆に自分たちが演じる羽目になり。さらには圧倒的な暴力と共にふりまかれる死の恐怖に抵抗することもできない。

 

 

 騒がしい夜は終われば、夜明けがくる。

 それが住人達を安堵させたが、同時にまた不安にもさせる。

 いつからだったろう?闇の中で争う獰猛な叫び声や、悪夢にみるであろう断末魔の声が途絶えたのは。

 

 静かに立ち上がりながら、首を伸ばして居住地の外の木々を覗き見ようとした。

 

 見えるのは木々の間に無造作に放り出された、襲撃者達の武具と無残な彼らの残骸の数々。だが、そこにあの男の姿はない。

 

「俺達、助かったのか?」

「あ、ああ。どうやらそうらしい」

「生きてるの?あいつら、逃げて行ったの?」

「わかんねーけど。そうだな、そうだと思うっ」

「勝ったのか?俺達が、あいつらをやっつけてやったんだ!」

 

 最後の言葉が引き金となって、住人達は喜びを爆発させる。

 歓喜の声に満たされる居住地の中で、しかしただひとりだけ。あの瞬間に突如現れた守護天使と言葉を交わした住人だけは別の疑問に、とりつかれていた。

 

――彼は。シルバーシュラウドは、どこに消えた?

 

 

 

 コベナントの早朝に、ハンコックは住居の扉に寄り掛かるようにして煙草を楽しんでいた。

 彼は昨夜、めずらしく睡眠を許されないという貴重な経験をすごしてここにいる。

 

「おや、お嬢様がた。どうやら戻ってきたようだぜ」

 

 コベナントに近づいてくるローター音を耳にして、家の中の――台所に向かってそう声をかけると。

 荒々しい音と共に椅子が動く複数の音と、机の上のポットが悲鳴を上げるが。飛び出してくる2人はそんなことは知ったことではないらしい。

 

 コベナントを囲む壁の上に作られた網目模様の天井に出ようと広場の階段を駆け上り。

 雲間に焼けるような顔を出そうとする太陽の照らす空を見上げている。

 

 漆黒のベルチバードはコベナントの屋上へと静かに着陸すると、中からマクレディとシルバーシュラウドが――。

 いや、もはや隠す必要もないだろう。シュラウドに扮しているアキラが笑顔で降りてきた。

 

「おやおや、皆さんでお出迎えとは。こりゃ――」

「黙れ、このクソッタレの男どもがっ」

「……静かな着地をしたつもりだったけど。起こした?」

「寝ていません。私達はずっと、起きていました」

 

 笑顔でのん気な2人の男にケイトはさっそく噛みつくと。

 その隣に立つキュリーは恨みのこもった眼で非難する。

 

「黙って2人で行くのは、ひどいのです!私もちゃんと連れて行って欲しいと、アキラにはちゃんとお願いしたはずです」

「そうだよ、もっといってやんな。キュリー」

 

 マズイと気がついたマクレディは、両手をあげて降参としつつ女性たちの隣を横切って背後のハンコックの元へと移動すると。

 ならばとばかりに2人はアキラの前に向かっていくと声を張り上げた。

 

「あたしは護衛なんだけどね?それを雇い主のアンタに、好き勝手されたら仕事になんないんだよね」

「ひらめきのためにも、多くの経験が必要なのです。それはあなたもわかってくれていると、ずっと信じていたのに」

「昨夜の稼ぎはマクレディと山分けってワケ?新参者にはそのチャンスも与えないってこと?」

「空を飛ぶ経験がないのはもう私だけなのです。ケイトでも一回、グレーガーデンから乗ってきています。これは重大な問題だと考えられるのです」

 

 感情的に迫る女性たちに、アキラは顎を引いて帽子のつばを押し下げ。

 沈黙することで完璧な防御陣形を構築した。むろん、それがどれだけ鉄壁であろうとも。彼女たちは許さずに突き崩さんと攻撃をやめることはないだろうが――。

 

 自分のボスがやりこめられるのを眺めてマクレディは「コエ―、コエ―」となにも出来ないでいるボスの姿を楽しそうに眺めていた。

 

「まったく、留守番するのにこんなひどい目にあわされると知っていたら。お前達につきあったんだがな」

「あれ?なんだよ、ハンコック。あんたは夜遊びするのは相手を選ぶとかなんとか言ってたじゃないか」

「そうだ。そう言っただろ?

 だがそのせいで、まさか怒れる女神たちをなだめる役を押し付けられると知らなかったからそう言えたんだ」

「うへぇ」

「冗談じゃないんだぞ?

 俺はこう見えても肌の手入れには神経を使ってるんだ。ストレスや睡眠不足は、このイイ男が放つ輝きを鈍らせちまう」

「へっ、そうかよ」

「――それで、上手くいったのか?」

「ああ、まったく相変わらずイカレてたぜ。アホ共を腹いっぱいまで食らったよ」

「そうか」

「空を飛ぶとか、バカなことやってるんだなって思ってたけどさ。ああいうことが出来るってのは、愉快なものだったって思えるかな」

 

 ハンコックは漆黒の機体、アキラのベルチバードを見つめた。

 

 彼自身、遠目ではあるがB.O.S.の使うこの機体を確認したことはある。

 だが目の前にあるこれは、奴等の持っているものに外見に少し違いがあって。さらに性能にいたってはまるで違うとわかるのが、なんとも興味深い。

 

(もしかしたら、これが俺の最初の一歩ってやつなのかもしれないな)

 

 グッドネイバーから飛び出した男は、グールであっても浮かび上がる悪人の顔に笑みが浮かべた。

 

 

==========

 

 

 プレストン・ガービーはハングマンズ・アリーで新兵たちに休憩を告げる。

 彼の前に並んだ若者たちはほっとした表情でその場に次々と倒れこむのを横目に、苦笑いを浮かべる。

 まだまだ青い、だが未来にはきっと彼らは立派なミニッツメンへと成長してくれるはずだ――。

 

 

 元Vault居住者たち――レオとアキラの帰還は再びミニッツメンを活性化させてくれた。

 その事実をガービーは認めないわけにはいかなかった。

 レオと共に行ったいくつかの作戦は多少は無理にも思える難しいものであったはずだが。彼は自ら先頭に立つと戦場では敵を圧倒し、犠牲は信じられないほど軽微でありつづけたし。

 アキラの提案には当初、目をむいて彼の正気すら疑いもしたが。

 実績を信頼するのだという気持ちでしぶしぶ飲み込めば、これほどなにもかもが変わってしまうとは思いもしなかった。

 

 この場所で起こったあの苦い経験は――失った古い友人とハングマンズ・アリーでの戦い――しかし、ボストンでの新生ミニッツメンの存在を証明する最高のイベントでもあったのだと人々に受け取られていたことに遅まきながらガービーも気がついた。

 マクナマスらの死は、決して無駄死になどではなかったのだ。

 

 レッドロケットより移した本部の機能は、オークランド駅跡地とここで2分割され。

 いまやここはダイアモンドシティを近くした砦というだけではない。新兵訓練と受け入れるための場所としても生まれ変わってみせた。

 思えばサンクチュアリにいた時は、放浪者の中からおずおずと自分も参加したいのだと小さな声をあげる自信のないもの達ばかりであったが。ここでは違う。

 

 若く健康で、希望に燃えた若者たちが列をなしてこの偉大な目的のために参加したいのだと毎日殺到してきている。

 ガービーはここで新兵の訓練を、もう片方ではミニッツメンの幹部として指揮をするというのを数日おきに行き来することでおこなっている。

 

(将軍、アキラ。君たちの力があれば、不可能に思えた北部制圧もきっとこの手で成し遂げられるはずだ)

 

 そのためにも自分も、もっと力を入れて動かなければ彼らに笑われてしまうだろう……。

 

 

==========

 

 

 さて、現在のコベナントについてだが。アキラが口にしていた居住地として使われているかというと、大いに疑問の残る事実しかない。

 

 アキラと彼の友人達。それと診療所にいるドクター、それだけだ。

 

 実際にはそれよりも多くの人がここには居るのだが。それはここのドクターを頼って運び込まれてきた病人や怪我人たちと家族で、残念ながら彼らにアキラが居住を認めるつもりはまったくなかった。

 

 だが一方で、当初はここには居住地をあふれんばかりに動いていたロボットたちがいたはずだが。

 いまでは警備担当のプロテクトロン3台と、かつてのコベナントから唯一破壊されずに残されていたディーザーという名のMr.ハンディがいるだけである。

 あの多くのロボットたちは、どこへ消えてしまったのか?

 

 

 元町長の邸宅に、珍しくアキラとその友人達が集まっていた。

 昨夜、暴れてきた2人はそこで朝食をとったらぐっすりと朝寝を楽しむ予定であるらしい。

 そんな2人の机の周りを、昨夜の留守番組が囲むように、見張るように黙ってそこに居た。

 

 なにやら興奮の収まらない様子のマクレディは饒舌に夕べの騒ぎについて語っていて、ハンコックらはそれをただ聞かされるという役回りにうんざりしているようであった。

 

「……でな、俺達はまさしくあいつらの悪夢になれたってワケさ。

 称賛されてもよかったはずなんだが。あそこにいた連中、俺達が離れたのも気がつかないようだった」

「気付かれてないさ」

「へっ、あの空飛ぶバケツは凄ぇんだな。飛んでるのにまったく音がしないんだ」

「音はしてるさ。ただ、押さえているだけだ」

 

 得意げにマクレディが口にすると、アキラはそれに答えるように続く。

 両者に違いがあるとするなら、アキラ自身が食事とおしゃべりを交互に行うのは。この瞬間にも何やら別の考え事をしていて、あまり考えて口を開いているようではないということか。

 

「へぇ、俺の真上に降りてきても。風みたいな音しかなかったぜ?」

「ベルチバードの回天翼による翼渦干渉(BVI)によって発生する騒音を抑えるために。あれはローターに――」

 

 技術的なことを口にしようとして、空気が変わるのを感じ。

 ハッとなって、慌ててアキラは口を閉じた。

 

「ちょっとしたウィスパー(静穏)・モードってやつだよ。悪くはなかっただろ」

「――そうだな」

 

 マクレディはフォークを置くと、椅子に体重をかけて寄り掛かる。

 昨夜の武勇伝は、どうやらこのボスにとってもどうでもよいことだったのだとわかってしまったことで、彼もようやく頭を冷やし。冷静さを取り戻してしまった。

 

「それじゃ、昨夜のミッションは成功でいいんだよな?ボス」

「ああ、それはもちろん」

「――そうか、それじゃ。この際なんであんたが何を考えているのか、ここでそろそろ俺達に話すつもりはないか?」

 

 緊張するものが、そこにあらわれようとしている。

 

「あんたと一緒に大暴れしてから、もう2カ月だ。

 ここであのベルチバードとかいうのをいじりはじめたし、ポンコツの兄弟分も馬鹿みたいに作りもした。

 

 稼ぎがないのは不満ではあったけど、ちょっとした休暇だと思って。

 俺もケイトも黙って、ここらで狩りでもして楽しませてもらったよ。レオ達と一緒に、グレーガーデンとやらにも行って。スーパーミュータント共とも遊んだ」

「……」

「そこから戻っても、まだアレをいじってよ。

 ようやく昨夜は、俺と久しぶりに出かけたいって言うんで。こうしてひと暴れして戻ってきたわけだし」

「そうだな」

「なら、もういいだろうよ。そろそろ話してくれ、ボス。

 レオやガービーからも話は聞いてるが。俺はアンタの口から聞かせてもらいたいんだ」

 

 これは雇用主と護衛の関係が求めることではない。

 マクレディはあえて、仲間として聞きたいと言っているのだ。

 

「オイオイ、お前ら。ひさしぶりに血を見てまだ興奮しているんじゃないか?寝ぼけた頭に空腹じゃ、難しい話も頭には入っては来ないものだぜ?」

「へっへっへっ、悪いがその手にはのらないぜ。ハンコック市長。

 グッドネイバー。いや、連邦じゃアンタは大悪党と知らない奴はいないが。ここじゃあんたは新人なんだ。

 

 あんたが聞きたくないと思ってるとしても俺は知りたいし、そこに居るケイトもキュリーも。知りたいはずだ。

 なら俺はボスにそれをはっきりと伝えるさ。例えアンタが邪魔をしようともな」

「俺はただ、食事と殴り合いは同時にするものじゃないってつもりで忠告したいだけさ。

 だが、確かにそうだな。お前の忠告に従って、今は黙ってよう」

 

 ハンコックはそうやって引き下がってしまうと、僕に逃げ場はなくなったということになる。

 食欲が一気に失せた。

 ナプキンで口元をぬぐい、ひとつ深呼吸しつつ。己に集中しろと語り掛け、準備整える。

 

「……わかった。何が知りたい?」

「あんたが話してもいいと思える。計画の全てを」

 

 横目で壁際に寄り掛かるハンコックをちらりと確認した。

(話してやれ)、グールの身体は僕にそう言っているように思えた。

 

 続いて女性たちを見る。

 ケイトはまだこの空気を理解しきれずに困惑もしているようだが。キュリーはまっすぐにこちらに目を向けていた。でも僕はこの唐突な展開についていけないこともあって、素直になり切ることがまだできてはいない。

 

「計画――計画か。そんなものがあるのかな、僕に」

「あるさ。わかるんだよ。”あんただけの計画”ってやつの存在を」

「どこから話せばいいのやら」

「なら、これなんてどうだ?”コベナントの住人達の遺体”はどうなったか?」

「……それ、パスしてもいいかな?」

「いきなりか?」

 

 正直者のダンを火あぶりにして処刑し。

 僕は激怒するままに、あいつらを皆殺しにした。数日は野ざらしであったはずの奴等の死体は、ロボットが忙しくしだした頃には姿を消していた――。僕が、そうさせたから消えたのだ。

 

「――処分させた」

「墓を掘ってやったとは思えねぇんだけど?」

「もちろん。それ以外の、不適切なやり方で処分した。家の前で死体を腐らせる趣味は持ってなくてね」

「その調子でよ。どんどん話していってもらえると助かる、ボス」

 

 しょうがないなぁ。

 

 

==========

 

 

 まず、ミニッツメンに連邦の北部を管理下に置かせる。

 はっきりさせたいけど、これは簡単なことじゃないし。そもそも実現可能かって疑うような話だけど、それが当面の目標ってことになってる。

 

 正直に言うけど、本当はミニッツメンにそこまで求めたくはなかった。

 現在の状況を考えたら、こうする以外に方法がないっていうそれだけのこと。

 

 この2カ月はそのための準備期間のようなものだった。

 レオさんはガービーに命じて組織改革を断行させている。

 でもそれだけじゃ、まだ全然足りない。

 

 僕はその、足りない部分を埋める作業をやる。

 

 穴はいくつかあるけど、特に大きなのがレキシントンってあの場所だ。

 レイダー、フェラル・グール、スーパーミュータント。悪いけど、その全てを駆逐することはできない。

 

 

 先日、僕はミニッツメンとしてレオさんたちと方針会議に出席した。

 そこで僕はいくつかの提案と決断を下した。

 

 実はサンクチュアリを立ち上げた時、あそこでちょっとした利権を手にしたんだ。

 それを僕は放棄した。

 

 同時に僕はこのコベナントを含めたレキシントン近辺の居住地の監督、運営の権利をミニッツメンとの間に約束させたんだ。

 彼らの立ち上げに僕は偉そうに口をはさんで、ある程度自由な裁量でそこを居住地に反映させるってワケ。

 

 ミニッツメンは今後、レキシントンの問題の大部分を気にしなくてもいい。その面倒は僕と居住地でなんとかする。

 そのかわり、それらが生み出す莫大なキャップはこっちの懐に入るって話。悪くないだろう?

 

 といっても、当分は赤字だろうけどね――。

 

 

 そしてここの屋上においてあるベルチバード、あれは最初の武器ってことになるかな。

 最初っていうのはつまりすでに2番機を用意しているって意味だ。

 

 アレの最初のテスト飛行で、マクレディとケイトを連れて戻ったあのグレイガーデン。

 あそこで今頃はここにいたロボットたちが用意を進めていることになってる。

 そして僕の工房には、それに搭載するいくつかの重要なパーツがすでに用意されている。

 

 で、そんなの2機も使って何をするのかって言うと――。

 

 

 これをつかってミニッツメンの北東部への侵食を加速させる。

 今のところは順調に進んでいるから、2週間以内にそれを始めるつもりだ……。

 

 

 ここまで話したが、マクレディ達の反応は良くなかった。

 キュリーもマクレディも、ここまでを語るアキラにはまだ何かを隠そうとしているのだと感じていた。往生際悪く、まだ誤魔化せるとでも考えているのかもしれない。

 それを自分はなめられていると解釈したのか、マクレディは幾分か不機嫌そうに口を開く。

 

「ボス、そりゃミニッツメンの話だろ?あんたの計画はそれじゃない。続けてもいいが、そりゃガービーの奴のものだ。

 俺にだってそれくらいはわかる」

「マクレディに同意します。

 あなたにはもっと別の目的があるはずです。その証拠が、消えたロボット達とここにエイダが居ない理由です」

 

 確かにもう長い事、エイダはコベナントから姿を消していた。

 しかしアキラはそのことにも特に何も気にしている様子は見せていなかった。

 

「まったく、お前らの関係はどうなっているんだ?」

 

 ハンコックの声には呆れるものがあった。

 

「金汚いはずの傭兵が、キャップの話を聞いてもそれに興味がないなんて言いやがる。とんでもないものを見てしまったと、驚いてるよ。

 護衛が雇い主にする話でもないしな」

「だからあんたはここじゃ新人なのさ、ハンコック」

「フン、ついに市長閣下が抜け落ちたな。マクレディ」

 

 同じように鼻を鳴らすのことで返事とする狙撃手には構わず、ハンコックはアキラに話した。

 

「もう誤魔化してもしょうがないだろう。話してやったらいいさ。

 俺のことは構わん。あとはお前自身が納得させろ。そうしないとこの話は終わりそうにないぞ」

「……」

 

 口を閉ざしていた僕は目を伏せた。

 隠している心の奥底に燻るそこから、妖気漂わす青い焔が音もなく静かにチロチロと姿を見せようとする。

 それが僕からあふれだし、わずかでも危険を感じるそれを周辺に漂う空気の中に匂わせてしまう。

 

 他のと違い、ケイトは全くこの話の流れについてこれていない。

 

――この連邦に、危機が迫っている。

 

 次の言葉はまず予言から始まった。

 

 キャピタルのB.O.S.が連邦に来たその目的。

 長らく連邦の脅威とされながら、姿が見えないばかりになにも出来ないでいる存在。インスティチュート。

 

 この2つの勢力がぶつかれば、それはたちまち戦争となり。

 その結果によって、この連邦の未来は大きく違うものとなっていってしまう――。

 

「インスティチュートは今も謎ではあるけれど。この戦争が始まれば必ず姿を現さずにはいられないだろう。

 あいつらが空港に居て、今は静かにしているのがその証拠だ。キャピタルからわざわざ部隊を率いてやってきたのは、手掛かりを彼らは持っていると確信しているんだ。それが解明されれば、当然の事インスティチュートは姿を消し続けるわけにはいかなくなる」

「だから戦争か――」

「インスティチュートの人造人間の部隊が、B.O.S.のパワーアーマー部隊とこの連邦全域でぶつかることだって考えられる騒ぎになるだろうね。僕はそうならないように、今のうちにできるだけミニッツメンに力を与えておきたい」

「なるほどな、B.O.S.かよ。それでハンコックがボスの所に来たのかようやく納得できた。

 なぁ――ヤバいのか?グッドネイバーも」

「ああ、マクレディ。

 俺達が愛するあのクソッタレな町は、あいつらの目には別のものだと映っているから、どうしてやろうとでも考えてるだろうよ。当然、ひどく悪い未来しか想像できないくらいにな」

「そうだろうな、キャピタルのB.O.S.のやり口は俺も知ってる。

 俺があそこを出て連邦まで来る羽目になったのも、言ってみりゃあいつらの存在があったから、みたいなもんだった」

 

――だが、それだけではまったく足りない

 

 続けて僕は口を開いた。

 

「足りないんだ、もっと必要だ。

 だから他にも多くを同時に行うんだ」

「ほう、そこは俺もまだ聞かされてないな」

「そうなのか、ハンコック?でも、そのわりにはあんたボスと怪しげなこと色々やってたようじゃないか。あのへんな医者を連れてきたりしてさ」

「俺は好きな奴には甘いんだよ。お前にもグッドネイバーじゃ、そうだったろう?」

 

 悪党同士の掛け合いを僕は無視する。

 

「エイダとは出会った時にひとつ約束をしていたことがある」

 

 マクレディの顔がハッとなった。

 

「今、この連邦では人々を襲うロボット集団がいる。そいつらの中に、メカニストと名乗り。救助を口にしているくせに襲撃しては皆殺しを繰り返している凶悪な存在がいる。

 エイダの前の持ち主は、そんなロボットたちによって殺害された。エイダは敵討ちと正義を求めている」

「ほう――なにやら今のお前らしい話になってきたんじゃないか?アキラ」

「なんだよ、結局はヒーローの登場か」

「メカニストに借りを返す。その力も奪う、そして――」

 

 僕は最後のカードを見せる。

 

「連邦南部を支配する最大勢力、ガンナーを攻略する」

『!?』

「ガンナーズは知っての通り、この連邦では最強の武装集団。威力の高い武器と装備を身に着け、それぞれは兵士となって部隊で動く。

 戦争が始まる時、北部をミニッツメン。南部をガンナー、それもいいが……」

 

 怪しげな輝きが僕の瞳の中に宿る。

 

「いっそのこと連邦を一つにまとめて、キャピタルとインスティチュート。そこに連邦最大最強としてぶつかるのも、悪くないと思わないか?」

「――アンタの正気を疑うぜ、ボス」

「アタマ、おかしいんじゃない?あんたら」

「……」

「だが、たとえだ。例え――」

 

 ハンコックはそこでわずかに口を閉ざす。

 どう考えてもそれは妄想にしか聞こえないが。この若者がそこまで考えているとして、そのために動いているなら。もしやというわずかな期待が、それを口にすることをためらわせたのだ。

 

「そんな短期間に連邦を一つにまとめるってことは。それこそ、この連邦を丸ごとひっくり返すとか、そういった大騒ぎをやる羽目になるってことだぞ。本気なのか?」

 

 僕は無表情を続けられたはずだ。

 その仮面の下にあるのは、狂気を称えた満面の笑み。

 

――そうだ、それが僕の望みさ

 

 自分が自分に語り掛ける。仲間には決して明かせぬ、僕のバケモノ。

 

――そこまで連邦を滅茶苦茶にしてやれば

――B.O.S.もインスティチュートも関係ない。戦争はすぐにも始まる。

――そして当然だがそんなことは望んではないんだろう?

――そうなったらどうする?俺の家族、”小さな宝物”達よ。

 

 

 再生の道はきちんと残しておくさ。

 だが破壊するものはすでに選んである。そのリストの一番最初にある名前もまた――。

 

 

==========

 

 

 昼過ぎのグッドネイバーは、メモリー・デンの女店主イルマに驚きを与えた。

 

 いつもは部屋にこもり、全てから背を向けて空想の中のシルバー・シュラウドを頼りになんとか正気を保っている様子のケントが、自分から部屋を出てきた所でばったり出会ってしまったからだ。

 

「あら、まぁ。どうしたのケント?」

「あ、ああ。その、ちょっと出てくるよ。たまには自分の用は、自分で片付けないと」

「え、ええ。それがいいわ。じゃ、いってらっしゃい」

 

 背中を丸めて、メモリー・デンから出ていくグールの背中を見ても。

 イルマの受けた衝撃はなかなか立ち去ってはくれそうにない。

 

「ケントが、外出を?グッドネイバーは明日には滅んじゃうんじゃないかしら」

 

 無期限の休暇を口にして消えた市長の影響が、この町に不安定にさせていくのを感じる日々を思い。ややも物騒な予言を口にするが、すぐに頭を振って自分の仕事に戻ろうとする。

 メモリー・デンには今日も記憶の中の美しい世界を求める客たちが列を作る。Dr.アマリの力を借りて、イルマはこの恐ろしい連邦の現実に傷ついた人たちに慰めの時間を与えている。

 

 その仕事を滞らせるわけにはいかないのだ。

 

 

 ケントが向かったのは、グッドネイバーの商人であるデイジーの店。

 

 いつも世話になっているイルマは、なぜだかこのデイジーをひどく避けたがるので。こうやって訪れるにしても、自分の足でここまで来なくてはならない。

 

「おや、こりゃ驚いたね。珍しいお客さんじゃないか」

「や、やぁ。デイジー」

「こんにちは、ケント。なにか、あるのかい?」

「その、なにか珍しいものはないかな」

「珍しい?あんたが?」

「ああ、ええと。だから――」

 

 なんてことだ、あんなに頭の中で準備を繰り返しやってきたっていうのに。

 舌が絡まると発音すら怪しくなり始める。動揺が、自分を弱くさせ。グッドネイバーの高い建物の上にわずかにのぞける青い空が、重力を失って地上へと落下してきたかのように潰されていくような気分だ。

 

 デイジーは客の扱いは達人だ。

 ケントのことはわかっているから、彼がこの店を飛び出していくなんてことにはさせない。

 いきなりカウンターの下からなにかを取り出してくる。

 

「ひとつ、あるよ。ちょっと見てみな」

「えっ、あっ」

「こいつはバンカーヒルから流れてきたんだよ。ヴィム・クォーツってやつ」

「ヴィム?」

 

 出てきたのは瓶に入った炭酸飲料か。

 確かに横に「Vim」とロゴがしっかりと入っている。

 

「こ、これはなに?」

「さぁねぇ。ヌカ・コーラの偽物みたいなものさ。これでいいかい?」

「た、高いのかい?」

「まさか!ヌカ・コーラと同じ値段さ。でも、これ一本しかないからあたしゃ飲んでないけど。味が気に入らなかったからって、恨まないでおくれよ」

「わかった」

 

 そう言って笑顔のデイジーにケントは救われた。

 落ち着こうと自分に言い聞かせつつ、支払いを済ませる。

 

「と、ところでさ。デイジー」

「なんだい?」

「なにか、面白い噂とか。聞いていないかな?」

「噂?どんなのだい?」

「ふ、不思議な話。その、ありえないようなものとか」

 

 さすがに今度はデイジーでもすぐには思いつかない。

 なにかあったかねー、とつぶやき。ここ数日に入ってきた商人たちとの世間話を思い返す。

 ああ、そういえば――。

 

「天使の話でも、いいかい?」

「て、天使だって?」

「ああ、それがおかしな話なんだよ。

 ある居住地がさ、またぞろレイダーに襲われてしまったらしいのさ。

 

 ところが、突然空から真っ白な羽をはばたかせて天使が地上へと降りてきて。黒い死神を遣わせたんだそうだよ。

 そして天使が見守る中で、死神は居住地をレイダーから守ったとか」

「天使、黒い、死神っ」

「どうせ楽しみがないってんで、住人全員でジェットでも楽しんでいたんじゃないかね。

 集団幻覚ってやつ?

 

 レイダーが襲ってきてるのに、天使と死神がそこに出てくるとか。どういうことだよって話」

「黒い死神――」

「ケント?これでいいのかい?」

「あ、ああ。ありがとう、また来るよ」

 

 結局、ケントはデイジーの店から飛び出していった。

 デイジーはため息をついた。それをさせないってのが、腕のいい商人の証明だったんだが――。

 

 

 部屋に戻ると、買ってきたドリンクは適当なところに放り出した。

 収穫はあった、ついに!

 

 流しているシルバー・シュラウドのラジオが区切りがいいところまで待つのが今は難しい。

 ジングルが流れ出すと、ケントはたまらずにマイクのボタンを押して叫んだ。

 

「すべてのシルバー・シュラウドファンへ。信じられない、最高のお知らせがあるよ。

 みんなもまだ覚えているよね。そう、僕らのシルバー・シュラウドのことさ。

 

 グッドネイバーに現れた彼は、どうやら連邦へとさっそく飛び出していったみたいだ。

 それはある、居住地での出来事さ――」

 

 デイジーが口にした天使とやらが何かはケントにはちっともわからなかったが。

 黒い死神ならば、彼に決まっている。

 

 彼の名は、シルバー・シュラウド。

 この荒れ果てた連邦に誕生した、正義のヒーローさ。




(設定・紹介)
・ベルチバード(ロメオワン)
全長18メートル前後。操縦者がAIで搭乗最大11名、最大速度340キロ弱の垂直離着陸機、ではなく”飛行物体”。これがアキラの最初のベルチバードとなる。

B.O.S.製との違いは多く。
フォルムは真っ黒な長方体の弁当箱(ランチボックス)の横に粘土とプロペラがついているような形に見える。
性能面では最高速度と航続距離が劣る一方で、電子やエネルギー、防弾などの防衛機能やステルス装置、静穏飛行を可能とする装置が搭載されている。

武装は機体下部に装備される着脱可能なガンポッドのみ。

あくまでも秘密裏に人員輸送することを目的としており。戦場に強制着陸といった使われ方は想定されていない。
現在は2号機ことロメオツーが組み立てられ、準備中。こちらは最大搭乗者数が23名と、さらに増えている。

・天使の羽
いわゆるエンジェルフレアとよばれるやつ。
熱源ミサイルなどに対して使われるものだが、ここでは深夜に不意打ちとしていきなり使用している。

・遺体
人体を構成する元素は29種類。そのうち4種類だけで98%以上をしめる。
それが10数人分・・・。

・ヴィム
魚臭い体臭になる、キツイ味らしきもうひとつの炭酸飲料。
ヴィム・ポップ社で製造されていた。

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