ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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今回、愛のダーク成分がいつもより過多。
閲覧注意・・・・次回は来月を予定。


リフレイン (LEO)

 部屋の中に居る男たちの顔にはまだ、緊張があった。

 中央には2人が向かいあって席に着き、それぞれの仲間がその背後に立って事の成り行きを見守っている。

 それでも――。

 

「では、それで」

「――約束はなされた、と。そういうことですか、最後のミニッツメン?」

「ええ。ようこそ、カウンティ―・クロッシング。あなた方がミニッツメンの活動を支援してくれることに感謝と共に、新たな仲間を咥えることが出来たことに歓迎します」

「ああ、よかった。本当に良かった、ガービー」

「それはコチラの台詞ですよ。参加を決めてくれて、本当に感謝する。ミニッツメンは皆さんのために全力をあげてこれを守ります」

 

 合意はなされた。

 代表者とガービーの顔に喜びが浮かび、椅子から立ち上がって固く握手を交わせば。

 周囲もホッと胸をなでおろしてから、この新たな約束に期待と未来をもって受け入れようとする。

 

 アキラのベルチバード、ロメオ・ワンによってスロッグと降り立ったガービーとその一行は。

 スロッグから南下をしつつ、複数の居住地との会談にのぞみ、新たな協力者をこれで手に入れることに成功していた。

 

 去年まではスーパーミュータントを始め、ガンナー、レイダー、フェラル・グールにメカニストのロボット軍団。最悪だったのは、デスクローの大量発生なんてことがあった。

 そこにB.O.S.が出現し、もうダメかもしれないと半ばあきらめていたところ。

 このふた月ほどは、まるでなにごともなかったかのような平穏を取り戻し。そして姿を見せ始めていたミニッツメン達の活動が、注目を集めていた。

 

 

 北西部から南下してボストンへと手を広げていると聞いていたミニッツメンがこの東部に現れたことは、この場所に暮らす多くの居住者たちにとって願ってもいない喜びであったのだ。

 

 合意と共にその日はガービーとミニッツメン達は一晩を過ごすことになり。

 ガービーは海岸線の向こうに見える、夕暮れを代表者と彼が振る舞ってくれたビールを片手に語り合った。

 

「ミニッツメンの復活と、ここへ来てもらえないかと思っていた」

「遅くなってしまったかもしれない。それは、申し訳ないと思っている」

「いや、謝罪なんてしないでくれ。助けが欲しいと思ったと言っても、こっちから何か行動したわけじゃない。そんなことすら出来ないほど、ここでの暮らしは厳しいものへとなっていたんだ。むしろ、私たちは幸運だったとあんたと天の神様に感謝しないと」

「バンカーヒルの噂でしかないが、大変な状態だったと聞いていた」

「スーパーミュータント、ガンナー、レイダー。あのボストンからあふれ出た災厄たちがこの近くを徘徊するのも無理はない。

 バンカーヒルに行けば兵士はいるが。あそこの商人たちは自分たちの事で精一杯で助けてはくれないし、傭兵を雇うような状態ではこっちもなかったからね。自分達もパイプ銃くらいは持っているが、そんなもの――ははは、ここらじゃ何の役にも立たない」

 

 代表者の顔は笑ってはいるものの、目の奥にはまだその頃の絶望がちらちらと残っているのか。

 その顔を正面から見ることが、ガービーにはつらいことに感じていた。

 

「これからは、ここも少しづつでも良くなっていくはずだ。約束する」

「それが事実ではなかったとしても、あんたを恨んだりはしないよ。でも、未来と希望が約束されるってのはいい。明日への活力が、まだ自分の中にもあるんだってこと。わかるものだからね」

「――明日の昼には、後続の巡回部隊が到着する予定だ。

 連れてきた、工作部隊と共に。この場所を少しでも守れるように手を入れることになっている」

「その後は?」

「まず、君らの隣人を増やさないとな。

 ここはバンカーヒルからも近い。活気づくだけで、商人たちが頻繁に訪れるようになるはず。

 もちろんそうなれば、ここの危険もさらに高くなるだろうが。それまでにはしっかりと守れるようにするよ」

「襲撃は、増えると思うのかい?」

「残念ながら――ここはボストンからも近い。人が増えると聞けば、当然悪い奴等の耳にもそれが入ってしまうだろう」

「そうか。そうだよな……」

「大丈夫だ。カウンティー・クロッシングの後ろには俺達ミニッツメンがいる。

 それに人の出入りが多くなれば、ここはそれだけでも十分にやっていけるだけのキャップも入ってくるはずさ。それでバンカーヒルから、独自に傭兵団を雇うことだって出来るようになる」

「まさか、そうなったらミニッツメンは助けてくれないのかい?」

「ハハハ、そんなまさか!?俺達も目を光らせているし、ここに近づこうとする悪人共は追い払うのは我々の役目さ」

 

 軽口や冗談が混ざるようになると、自然と情報交換へと流れるように話はうつっていく。

 

「本当に不気味な話なんだ。

 ここしばらくの間で、まるで別の場所のようにも感じることがある。それまでは商人や旅人を襲う――レイダーやロボット、スーパーミュータントなんかの話は毎日嫌になるくらい新情報が入ってくるばかりで。

 それが今じゃまったく聞かれないんだよ」

「……」

「それどころか、そういう連中。つまり、レイダーやロボットなんかのことだが。

 ここにもチラチラと姿を見せたことのあった連中が、消えてしまったんだ。最初は、あのB.O.S.とかいうのがやってくれたのかと思ったんだが――」

「違うのか?」

「どうやらあいつら、害獣を――ほら、デスクローだとかクマとかのことさ。

 ああいうのは熱心に狩っているって話だが。レイダーはガンナーには興味がないらしい。今は数日おきに、ここにも部隊らしいのが通りがかることはあるけど。こっちが話しかけるのを迷惑そうだし、興味もないみたいなんだ」

「B.O.S.はなにをやってるか、わかるか?」

「さぁ?何かを探しているのか、ゴミでも集めているのか。

 バンカーヒルの連中も、なんどか商売にならないかと接触しようとしているらしいが。あそこにいる連中の大将は、まったく会ってもくれないらしいと聞いた。キャピタルからここへ、いったい何をしにやって来たのやら」

「……そうだな」

 

 ポーカーフェイスには、多少の自信がある自分をほめてやりたい。

 自然に頷いてみせながらも、ガービーは重い気分でそれを受け止めていた。

 

 

 将軍が持ち帰った情報から、あの連中がインスティチュートを相手に戦争しようとしていることはわかっている。

 部下を連邦中に送り込んでいるということは、しかしまだインスティチュートの隠れ家を特定はできていないということだろう。だが、それはいつまで可能なのか?

 

 レオもアキラも、その日はそう遠くないと予言していたが。

 頭では理解しようとしたとしても、ガービーにはそんなことを信じることがどうしても難しかった。

 数百年をこの連邦で共に暮らす人々の目から消えてみせた連中が、本当にあとわずかの間でこの地上にひきずりだされるなどと。そんな現実が起こるなんて、なんだか現実味がない。

 

「なぁ、この東部にある居住地の情報が他にもあるかな?

 正直に言うが、今のミニッツメンには東部の情報はあまり詳細にはつかめていないんだ」

「それなら助けになれると思うよ」

「よかった」

「ただ、ほとんどは使われてない場所だと思う。

 ここ数年だけで、本当に多くの居住地が消えていってしまったからね」

「そうだな――」

 

 沈む太陽を見ながらそうつぶやくガービーの声は苦いものが混じっている。

 そのひとつは、この胸にしっかりと刻まれている事件だ。クインシーの虐殺――栄光のミニッツメン最大の汚点であり、崩壊などという屈辱てきな状況をつきつけられた悲劇でもあった。

 

 

 翌日、ガービーは予定通り、ボストンの新しい活動拠点にむかって帰ることにした。

 その途中に、バンカーヒルとダイアモンドシティを入れたのは、次につながるかもしれない新たな情報がないか。しっかりと情報収集をしておきたいとの思いがあったからだろう。

 

 

==========

 

 

 その日、パラディン・ダンスは数カ月ぶりに警察署に残ったかつての部下達と顔を合わせ。近況を報告しあいながらも、再びプリドゥエンへとベルチバードで帰還したばかりであった。

 

 部形はややも、前線が恋しいといった愚痴をこぼしてはいたものの。

 しっかりとあの場所でも存在感をもって、仕事をしていることが分かってダンスは安心した。

 そして自分もエルダー・マクソンのそばでもそうありたいと、気合を入れなおす。

 

 だがしかし、今のダンスの立場はいささかに難しいものであった。

 フォロワー、アドバイザー、コンサルタント――どれもが彼の力を必要としていたが、同時に誰もが彼の力を必要としても居なかったからだ。

 

 

 空港の制圧完了が正式に認められた後。

 調査に送り出す部隊について、パラディンたちの間の意見は真っ二つに分かれてしまった。

 先遣隊を率いたダンスとブランディス、その向かい側には大勢のパラディン達。パラディン・レーンが危惧した通り、連邦を知り。警戒を最大レベルに設定して発言する彼らの意見はあまりにもこの場所を知らないパラディンたちの耳には消極的に聞こえてしょうがなかったのだ。

 

 マクソンはその両方を良しと認めると。

 互いに妥協点を出させ、実行するように命令を下す。

 

 犠牲を恐れる姿勢は、士気にも重大な影響を与える。そう考えるパラディンたちの不満は、容易に先遣隊の無様な姿と現状の彼らの立場を揶揄する材料となって広まっていた。

 

 部下を見捨て、死なせた無能者達。

 失敗を恐れ、犠牲を嫌がる敗北者の発想。

 

 だがダンスもブランディスも、その陰口を気にはしていない。

 そうした陰口があるであろうことはわかっていたし、それに一面においては彼らの言葉は真実でもあったからだ。

 認めるのはつらいが。片方は部下の全滅すら気がつかずに連邦に長く身を隠し続け、片方は任務続行不可能なまでに消耗するのを止められることはなかった。 

 

 だが、2人はまだB.O.S.に忠誠を誓っている――。

 

 

 それは珍しく、デッキに立っていたマクソンの側にダンスは近づいていった。

 

「ダンス、戻ったみたいだな」

「ええ、アーサー」

「君の仲間はどうだった?元気にしていたか?」

「どうやら刺激を受けているようで。また前線に出たいと、暗にこちらに要求してきましたよ。現金なものです」

「頼もしい限りじゃないか」

「それは、確かに」

「だがあまり期待されてもな。計画は今も前進を続けているが、君達はそこに兵士として加わる可能性は低いままだ」

「わかってます」

「とはいえ、君やブランディスといった連中の経験を我々は必要としている――」

「それはもう、アーサー。わかっていますから」

「心無い噂を口にする連中もいるだろう。だが、それに惑わされないで欲しい」

「信頼をしてくださって――」

 

 ダンスがそのまま最後まで美しい上司と部下の愛の言葉を交わすことはなかった。

 突如、Beep音が鳴り響き、兵士の間に緊張が走る。

 

『兵士は正門へ、襲撃者警報!』

 

 キャプテン・ケルズの声に敵の存在が知らされるが。

 それが何者化まではまだ把握は出来ていないらしい。

 

「アーサー、ここは――」

「ダンス!ついてこい。出動するぞ」

「了解!」

 

 元気に返事をすると、ダンスはエルダー・マクソンの背後についた。

 

 プリドゥエンに戻って来ていたベルチバードは2機あったが、エルダーは一瞥して片方の間だランサーが残っている方へと乗り込んでいった。

 

「ランサー、出せるか!?」

「え、エルダー!?はいっ、待機命令が出たばかりですが」

「構わん、このまま出してくれ。上空から正門を見たい」

 

 普段から服を着るような気軽さでパワーアーマーを装着するダンスと違い。エルダー・マクソンは身一つのまま。

 だが、ダンスはそれを気にする風ではなく。後部席をひっくり返して、なにか装備が残ってないかを確かめている。

 

「アーサー、レーザーガトリングがありますよ」

「機体に残していった無精者がいたわけか。問題だな」

「まだ使えるようです」

「それをこちらに。使い方は十分」

「ええ、ですよね」

 

 獲物を渡すと、今度は入れ替わるようにしてランサーの背後に立ち。ダンスは地上に目をやった。

 

「騒ぎは何処だ?正門を攻撃されたんじゃないのか?」

「攻撃はあったようです。しかし、敵はまだ判明していません」

「正門じゃないぞ。見ろ、海岸線でなにかやっている」

「そちらに向かいます」

 

 サイレン音で地上では正門の中は大騒ぎになっているようだが、それ以外に変化はなかった。

 だが、ダンスが指摘するように。東の空の下が、何やら騒がしいことは遠くでも確認できた。

 

 背後の席ではマクソンが手早くレーザーガトリングの点検を乱暴でありながら素早く終わらせると。ローター音の中であっても聞こえるほどの音を立てて、打ちつけるようにして新たなフュージョン・コアをそこに放り込んだ。

 大火力の重火器であるこのガトリングは、通常のレーザーにつかうようなセルではなく。その上の大容量のエネルギーユニットをつかって充電するのだ。

 

「見えました!」

「なんだ……あれは、いったい!?」

「ダンス?どうした?」

「アーサー、地上を見てください。海岸です!」

 

 まだ機内で腰を下ろしたままだが、言われるままにマクソンはひょいとベルチバードの横腹から地上をのぞき見た。

 

 海岸をびっしりと生物的なうろこが埋め尽くしている――。

 

 生物的な悪寒が背中を駆け抜けると、ようやく理性的に状況を受け止めることが出来た。

 恐ろしい数のマイアラークと連邦が呼ぶ海中生物たちが、地上に居るB.O.S.のナイトたちめがけてジワジワと迫っている。

 

「前線が崩されようとしています」

「ひどいもんだな。恐慌状態になって、見れたものではない」

「あれほどの数ですから。しかし、状況が変化すれば彼らも兵士です。戦えます」

「その通りだ、ダンス。我々が彼らを助けてやればいい。

 ランサー、このままあの薄汚い甲羅の上を飛び回ってくれ」

「了解。エルダー」

 

 ベルチバードは旋回を始めると、マクソンの「攻撃開始」の声と共に地上に向けて2人はレーザーを発射し続けた。

 だが、しっかりと重なるようにしてジリジリと進軍するマイアラークを蹴散らすことは容易ではない――。

 

「パラディン!ウェポンラックの中を見て!」

「――おい、なんでミサイルランチャーがここに入ってる?」

「レイダー共から頂きました。弾も近くに残っているはずです」

「やれやれ、部下の気のゆるみを平然と上司の前で披露しないでもらいたいがな。しかし、ミサイルは悪くない」

「ええ、まったくです!」

 

 古びたミサイルランチャーに装填を終えると、ダンスはそれをさっそく構える。

 発射音に続いて、ヘリから伸びていく火線は煙を吐き出し。地上に炸裂すると、爆発と衝撃でもってマイアラークの群れに混乱を生み出すことについに成功した。

 

「ダンス、そのまま続けろ!」

「ですがアーサー、残りは3発しかありません」

「それを残して帰れば、この機体は綱紀粛正の対象となってしまう。証拠は全部、放り出せ」

「やった!感謝します、エルダー」

「そういうことなら、たっぷりくれてやるぞ。カニ共めっ」

 

 鱗にできた穴に、エルダー・マクソンのレーザーがさらに嘗め尽くすように何度も掻き回し。ついに列に乱れが生まれた。

 続いて2発が発射される頃には、マイアラークの絨毯も。前進を止めさせた。

 

「パラディン、海上に何かがっ」

 

 ようやく一息つけるかと思った矢先、ランサーの恐怖に満ちた声に2人はそれまでとは反対の方向に視線をやった。

 海岸線近くの海上に、突如としてブクブクと気泡が湧きだすと。

 続いてみたこともない異形の巨体がゆっくりと海の上へと出現してきた。

 

「なんだ、あれは!?」

 

 それはマイアラークに似て甲殻生物に間違いはないが、その体はあまりにも巨大にすぎて。

 さらに数分程度の間隔でもって、体内からあのマイアラークの幼生を体外に吐き出し続けていた。B.O.S.にはデータはなかったが、もし連邦の人間がここに居れば。あのミニッツメンがキャッスルと呼ばれる砦を失ったその原因が。

 この海中から出現したという、通称マイアラーク・クイーンのせいだと知ることが出来ただろう。

 

「余計なことは考えるな!アレを上陸させてはならん、空港にいつかれても。隣人などと認めるつもりもない!」

 

 エルダーマクソンの考えは明確そのものであった。

 ベルチバード内からマクソンとダンスの攻撃が開始され。クイーンにミサイルとレーザーが着弾する。

 しかし同時に、クイーンからも信じられない勢いで巨体の口腔からぇ遺体を発射すると。それはベルチバードの全面部分にびしゃりと音を立てて吹き付けられた。

 

 途端にランサーの口から絶叫があがった。

 慌てて確認するとベルチバードの全面のうち半分が音を立てて溶け始めていて、強烈なその酸はランサーの身体にまで降りかかっていたのだ。

 

「ランサー!?」

「落ち着くんだ、ランサー!正門まで戻れ、着地だけしてくれたらいい」

 

 驚いて助けようとするダンスの身体を押しとどめ。マクソンは冷酷に命令だけをパイロットに伝えるにとどめた。

 

「り、了解」

 

 乱暴な運転で、機体を振り回すようにしてベルチバードは戻っていく中。

 ダンスはマクソンとその場にしゃがみつつ、彼が傷つかぬようにと体を守ろうとパワーアーマーのその体で覆いかぶさるようにした。

 

 苦痛に耐える悲鳴を押し殺しながらも、ランサーはそのまま乱暴な着地を成功させると。マクソンはガトリングを抱えて期待を飛び出していきながら、支持を残した。

 

「ダンス、ランサーは任せたぞ」

「りょ、了解しました」

 

 とはいえ、ダンスにできることなどもうほとんど何もない。

 自分も飛び出して、外装をむき出しにされかけているパイロット席からランサーを運び出し。「衛生兵!」とそれを繰り返し叫ぶことしかできなかった――。

 

 

 B.O.S.への海中からの攻撃はそれから間もなくして終わりを迎えた。

 地上に飛び降りて再び前線へと走り出したエルダー・マクソンにパラディンたちが付き従い。

 マイアラークの軍勢は結局、前線ラインを突き崩すことが出来ずにそのまま全滅した。海岸ではすさまじい数の広角生物たちの死体でもって埋め尽くされ、すでにひどい悪臭もあたりに漂い始めていた。

 

――だが、しかし。

 

 あの海上へと出現したマイアラークのクイーンの身体はそこにはなかった。

 どうやら互いの攻撃が相打ちとなったのか。ベルチバードの後退に合わせるように、巨大な怪物もまた再び海中へと戻っていってしまったということであった。

 

「兵士達よ!君たちは良く戦った、この勝利は我らの力が成し遂げたものだ!アド・ヴィクトリアム!!」

 

 いつもであれば自身もまた喜びを爆発させ、皆と同じように勝利の雄たけびを――天に向かってアド・ヴィクトリアムと叫んでおくべきであっただろうが。この日のダンスはただ、口の中で小さくそれを唱えるだけで終わらせた。

 

 マイアラークの群れに飲み込まれ、生きたまま貪り食われてしまった数名の兵士と。命令を守って激痛の中で強引に着陸を成功させた、あのランサーは死亡した。

 その両者の死を悼む気持ちと共に、どうしてもわきあがるのがこの連邦のみせる凶暴で無慈悲なその攻撃性に戦慄せずにはいられない。

 

 だからこそダンスはーーこの小さな勝利に、おおきく喜べるものはないのだと。

 自分にそう言い訳をするのであった。

 

 

==========

 

 

 グッドネイバーで最高の夜を私は過ごした。

 ホテルの部屋に入るなり、互いの身体を隠すものを素早く取り払うと。

 続くベットの中では、互いに疲れ果てるまですべてをさらけ出しあった。

 

 疲れ果ててもなお、尽きぬ激情に突き動かされて私は動き続け。彼女と起こすシーツの波は、夜明けまで変わらぬ海の波際にも似て様々な紋様を夜の闇の中に描き続けた。

 暴虐の彼方で彼女が死の疑似体験を味わう中で、私はようやく力尽きるように崩れていくと。眠りがすぐに私を闇の中へと引きずり込んで見せた――。

 

 

 窓の外からさす光が朝の到来を告げ。

 昨夜の経験を思い返しただけで、すでに頬を赤く染めてみせる彼女は恥ずかしそうに笑い。

 私はまだ、しつこい睡魔によって半分だけ覚醒しているような状態にいた。

 

 そうやって私の日常は再び動き出す。

 氷の世界から、突然動き出した時計の針のように。唐突に、全てがひどく残酷で無慈悲な最悪の世界に。連邦になってしまうのだ。

 

 

 メモリー・デンでの話が長引いてしまい。

 ニックがようやくサードレールに待つレオの元へと向かったのは、もう夜中もだいぶ過ぎようという時間だった。

 

 どう謝罪しようかと、頭を抱えながら地下の酒場へと降りていったが。そこに居るはずのレオが、消えている。

 

 ニックの疑問に答えたのは、バーテンのロボット。ホワイト・チャペル・チャーリーの下品な笑いつきの説明であった。

 どうやらこの店の歌姫に気に入られて、2人で仲良くよるのグッドネイバーへと飛び出して行ってしまった、と。

 

 ニックは驚いたが、とりあえずそれだけだった。

 店に残っていたとしても、どうせこの老いぼれを相手に悲しい酒を一晩中あおっているなんてこともあったかもしれないのだ。

 それなら美女を相手に、自分がまだ男であることを試してみるって言うのは。そう悪いことではない気がする。

 

 まぁ、とりあえず今夜に関しては。という意味でだが――。

 

(マグノリアか。レオもまずいのにひっかかったな)

 

 この店の歌姫は人気者として知られているが。同時に気に入った相手にも、遠慮がないことで知られていた。

 運と実力を彼女に認めさせることが出来るならば、その夜は最高のものとなるに違いない。だが、それは夢でしかないのだ。

 彼女は決して相手に全てを与えようとはしない。

 店と歌が恋人なの、そう口にしてあれは夢だったのだというように。またここに戻って来てしまうのだそうだ――。

 

 それはきっと、あのレオであっても変わらないことのように思える。

 マグノリアは変わらないし。だから結末も変わることはない。今夜は素晴らしい夢を見ることが出来ても、それは朝には消えてしまう。そんなあまりにも儚い、夢のような出来事でしかないのだ――。

 

 

 

 私はまだベットの中にいた。

 驚きも悲しみもなかったが、心に湧き上がる虚しさが。痛覚を刺激でもしているのか、ひどく苦しませてくる――。

 

 夢の終わりを彼女は唐突に口にした。

 その理由も口にして、だからまた店にきて頂戴と寂しそうに笑って私を置いて出ていった。

 

 多分、こうなることを私は薄々気がついていたように思える。

 彼女が分かれる理由を口にしたように。私もその理由を自分自身が知っている。

 

 私は今、弱っている。

 そしてこの経験もまた、最初のものではないのだ。

 

 

 アキラと別れ、ガービーと共にサンクチュアリ、グレーガーデンで仕事をし。オバーランド駅、跡地に到着した。

 ミニッツメンと共にそこで住人と自分たちの建築にかかわる中。私はひとつの親子と知り合うきっかけを得た――。

 

 最近夫を亡くしたという未亡人と、まだ幼い娘だった。

 

 人が集まる中で、弱い女性だけの家族というのはなかなかに不便なことが多いものだ。

 出会ってから気にかけるようになり、数日が過ぎると私は自分でも思ってもみなかったことに。未亡人である母親と、いつしか深い関係になっていた。

 ミニッツメンの将軍としてガービーに反論を許さずに組織改革を推し進めながら。

 私はこの思わぬ関係の未来を想って、真剣に考える必要を感じていた――。

 その意味がもたらす、苦しみについてもまた――。

 

 

 彼女には娘が居て、彼女との関係を進めるということは家族になるということだ。

 それは同時に、私の最後の家族。ショーンについてどうするのか、という決断を迫ることになる。

 あの子は取り戻したい……だがそのために、新しい家族となると口にしておいて。2人を置いていったり、不安がらせるような状況はさせたくはない。

 

――息子は諦めよう。死んだと思えばいいさ

 

 悪魔の囁きだった。

 私は氷の世界で家族を、愛を失い。それをこの連邦からどうやっても取り戻したいと思っている。

 だが、それはもう完ぺきではないだろう。妻は殺され、罪人はこの手で葬った。あとは息子を取り戻すだけだが――その方法がさっぱりわからないと来ている。

 それならば、壊れた家族などに執着せずに。新しい女を妻に、子供は娘がついてくると考えれば――。

 

 

 私のその最低な計画がご破算になったのは、驚くことに彼女の娘の一言が切っ掛けとなった。

 雨の降りそうな、曇った午後のことだ。

 川から吹く冷たい風の中に居る少女に私は気を使い、上着を届けてから。まるで親子のように座って話をした。ただ、それだけでよかったのだ。

 

 だがその時、少女は私に聞いてきた――。

 

「あなたの事を、パパってよんだらいいのかな?」

 

 少女の言葉と表情だけを受け止めていれば、きっと私は素直に喜んでいられたのかもしれない。

 だが――私はあまりにも人の嘘に多く触れてきて。そしてその中の真実を見抜く力をも、持ってしまった。これのおかげで命を救われてきたから、手放すなんてことは出来ない。

 

 私は少女の本当の意味をそれで知ってしまった。

 知らなければ、本当に良かったとは思う。

 

 

===========

 

 

 あれは旧世界の、それも戦場での話になる。

 

 米国は迫る大戦に備え、乱暴にもカナダを併合する決定を下した。

 カナダは当然否定しようとしたが、米国はそれを許すわけもなかった。決定は、すぐに実行されたからだ。

 

 カナダ人たちの中に、そうやって米国への不満が生まれた。

 私の最高の親友であり副官は、最初の関係から全てが最高であったわけではない。中国と戦う兵士達は、ここにいる元カナダ人であるところの新しい米国市民を守るために来たが。元カナダ人たちは全てがそう考えていたわけではなかった。

 だから――戦場の外ではしばしば兵士達が、その厳しい真実にさらされて苦しめられることがあった。

 

 

 私の死んだ同期の中に、何人か英雄として称えられた兵士達がいる。

 その中のひとり。彼がまだ生きている時、地元の盛り場で若い女性と恋に落ちた。

 2人は炎のように激しく愛し合い、その勢いを弱らせたくないと。証を立てるんだと言って、結婚まで一気に進めた。

 周囲はそれを半ば呆れつつ、しかし盛大に2人の門出に祝福を贈った。

 

 結婚生活はわずかに2年で終わりを迎えた。

 

 彼が部隊と共に前線に立った日。その時、その場所が地獄となった。

 友人は大いに奮戦し、仲間を助け、敵の進軍を止め。そして死んだ――。

 新聞はその働きを一面トップに載せ、葬式では中将クラスがしかめっ面しいそれを並べて参列もした。

 

 我々が友人の死から立ち直る頃、ひどいことがおこったのだ。

 彼の妻の両親が、なぜか私たちに会いに来た。彼らの娘が、姿を消したのだそうだ。

 

 その言葉を真に受けて、我々は彼女を探した。

 すぐに彼女は見つけることが出来た。そして、真実もまた。

 我々はそれで簡単に友人の事を過去にすることが出来た。ただ、虚しさだけを残したが。

 

 

 友人が信じた彼女との愛は、本物ではなかった。

 言ってしまえば答えはただそれだけのことだったのだ。

 

 彼女にはずっと愛した男がいた。そして友人と夫婦になるほど熱烈に愛を交わしても、その男をこそ夫と定めていたらしい。

 秘密の関係は2年で終わった。

 死んで英雄となった友人の金を全て手に入れ。腹の中の友人の子を殺し。カナダにある全てを捨てて、素晴らしい夫の元妻という肩書だけをもって。本当の愛のある夫婦生活を、勝手にスタートさせていたのだ。

 

「彼がまだ生きていたら、あの子くらいは残してあげようと思ってたわ」

 

 感情の失ったような冷酷なその言葉に、私はただ戦慄した。

 そしてこの経験が、誘惑の多い軍隊の生活の中で。私をより完璧な殺人機械となろうと励む軍人という姿勢につながり。遠く離れて、すぐには触れることのできない妻を想いつづけることができたのだと思う。

 

 

 そしてその経験が、時を越えて私にまた真実を告げてきたのだ。

 

「あなたの事を、パパってよんだらいいのかな?」

 

 少女の目が語っていた。その言葉は決して純粋無垢なものではないのだ、と。

 

 私はこの2人が失った夫の話はあまり知らなかった。

 それはつらいことだと思うし、遠慮は確かにあったが。必要以上にどんな家族であったのか、などとは聞くことはなかった。

 

 

 少女の言葉は願いなどでは決してなかった。

 あれは幼い誘惑だ。

 自分の母親だけではない。なんなら自分を選んでもよいのだと、そうこちらに伝えてきていた。

 

 ミニッツメンの将軍。

 そう呼ばれる男の寵愛を自分に向けさせたいという、捨て身のエゴがそこに投げ出されていたのだと気づかされた。探偵の服を着て、ニックのところへ出入りするようになったのはそれからだ。

 

 パイパーは言っていた。「人は善人であり続けようとしないと、できないものだ」と。

 だが、私はあまりにも善人でいることと。無防備であることを履き違えてしまっていたのだ。

 

 家族。

 彼女への愛。

 彼女との息子。

 全ては真実だった。そして本物で、私だけのものであった。

 

 かつては兵士の私は、厳しい戦場を生き抜くために。強く私の愛を心に抱いて、そこで日々を戦い続けた。

 だが今は――。

 今の私はその逆になってしまった。

 

 使命が、命令が私を支えている。戦場で戦い、勝利し、生き残るために。だが反対に私の愛はいまだに凍ったままになっている。

 満たされることのない喉の渇きはあの事件からずっと私を苦しめ続けている。

 ノーラが居て、ショーンが居た。

 あの朝に感じた愛を、幸福をもう一度取り戻さなければいけないのだ。まだ私が、正気でいられる間に――。

 

 

 

 立ち上がって服を着れば、私は探偵ニックの相棒に戻れる。

 ミニッツメンの将軍としての使命、探偵の相棒としての使命が、まだ私を支えてくれる。善人でいられることを許してくれる。

 

 心は冷たく、虚ろにすら感じるが。

 まだ大丈夫だ。

 

 

 ホテルの部屋を出て歩き出す。

 階段を下りて、受付で鍵を返したらそのまま出ていけばいい。酒場に行ってニックに会い、謝罪し。そこで歌うマグノリアに微笑みかけられても、もう平気だ。

 グッドネイバーでの用事が済めば、私たちはダイアモンドシティへ戻るのだ。

 

 

 だが私が階段の踊り場にさしかかると、そこでいきなり誰かがこちらの肩に手を置いてきた。

 

「あんた。あんたっ、まさか!?」

「失礼、どなたでしょう?」

「本当だ。本物だ、間違いない。間違うわけがないっ」

「?」

 

 それは男性のグールだったが、どうやら私の事を知っているとでも言いたいように見えた。

 だが、私はあいにくグールに知り合いはほとんどいないと言っていい。

 

「人違いのようだが?」

「人違い?いいや、違ってなんかいないさ。あの朝、あんたに会ったんだ。あんたの奥さん、子供もいた。赤ん坊だった。そしてロボットもいた!どうだまだ思い出せないのか?」

「あの朝だって?だが、あの日は確か――」

 

――爆弾の衝撃が襲ってくる。

――Vaultへの収容者リストの確認で滑り込みで案内される

――テレビが爆弾による破壊の第一報を告げた

――ショーンを前に、家族の最後の幸せな時間

――コズワースがお手上げだと告げた

――訪問者をようやっと追い返せた

 

(訪問者だって!?)

 

「おはようございます!Vault-TEC社です」

 

 そいつは営業畑の男がする、あのうさん臭い張り付けた笑顔でそう口にした。私は、もうそれだけでウンザリした。




(設定)
・合意はなされた
スロッグ、フィンチ、カウンティー・クロッシングと居住地をめぐってこれと話をまとめたことを指す。
ちなみにこれをまとめたのはアキラとハンコック。だが、ガービーがなぜこの2人がそんなことを可能にしたのか、当然だが理由は知らない――。


・ダンス、戻ったみたいだな
ケンブリッジ警察署の事。
レオはミニッツメンの活動と探偵の傍ら、あれから数回。ここを訪れて情報交換をしている。


・マイアラーク・クイーン
当たり前の話ですが、原作には空港にクイーンは登場しませんし。マイアラーク軍団が水面からせりあがってくる描写はありません。
あったら、良かったんだけどなー。

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