ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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今回はレオ側のその他の人々のお話。
いきなりあの人、やってきちゃってます。次回12日に投稿予定。


Reinforce

 パイパーは激怒した。

 

 あのダイアモンドシティの夜の別れからずっと心配してやって、助けが必要じゃないかとわざわざ連邦に飛び出し。足取りを追っては、砦の戦いの後を調べ、さらに色々あってこうしてようやく再会したというのに。

 

 その男の口から飛び出した言葉がどうしても許せないと思ってしまった。

 

「すまない、パイパー。でもわかって欲しい、コベナントの事件は公にはできないんだ」

「記者である君にしたら許せないことだとは思うが。ここはひとつ、わかって欲しい」

 

 レオとガービーが並んで自分に懇願してきている。

 だが、パイパーにはそれが理解できない。どうしてそんなことを彼らは口にするのか。

 

「信じられない。どういうことなの?まさか、理由もないなんて言わないわよね!?」

「あのコベナントは多くの支援者がいたに違いないが、それが誰なのか。未だにわからないままなんだ」

「それで?」

「彼らは人造人間自体を敵視していた。君だって見ただろう?連中がどんな酷いことをやっていたかってこと。

 ここで行われていたことが明らかになったとして、それでどうなる?

 インスティチュート、人造人間を保護するレールロード、そしてここにいた連中を援助していた黒幕達――彼ら全てを敵に回すことになる」

「ミニッツメンは、正義を恐れるって言うの!?」

「パイパー、ガービーはそういうことを言っているんじゃない。

 君にも危険があると、わかって欲しいんだ」

「あたし!?なにいってるの、ブルー?」

「この情報の全ては君のパブリック・オカレンシズが独占するってことになる。

 事情を知りたい、もしくは情報を必要と考える奴らが居れば。ミニッツメンではなく、まず君の所に行くだろう」

「それが、なに!?」

「冷静になってくれ、パイパー。それがどれだけ危険な事か、本当に分からないのか?」

「どう危険だって言うのよ!?」

「……ナットを騒ぎに巻き込むつもりかい?」

 

 真っ赤に燃える美女の表情が、一変した。

 はっきりとわかるほどに血の気が引いて、両目は大きく見開かれている。恐怖を感じているのだ――。

 

「君も妹も、勝気な女性だからそういうだろうとは思った。でも、だからこそあきらめてもらいたい。友人として」

「私もガービーも、君の友人だ。

 何かあれば力になるし、出来ることは全てやってもいい。

 

 だけどパイパー。

 君達が教えてくれたんじゃないか。この連邦の脅威であるインスティチュートについて。

 今は更に、キャピタルからB.O.S.がやってきて彼らを攻撃目標にしようとしている」

「――あいつらも、興味を引くって考えてるの?」

「レオはそれを恐れているんだ、パイパー」

 

 政治的な大義を掲げた武装組織というものは、時に冷酷な決断を下せることをレオも俺も知っている。

 人造人間を兵器と考える連中が、コベナントの事件に価値を見出せば――どのような動きを見せるか、まったく想像がつかない」

 レイダーの服を脱ぎ棄て、昔懐かしいミニッツメンの服を着たレオは困惑顔を見上げた。彼はわずかに目を伏せると、覚悟を決めたのかパイパーの目を見つめ返す。

 

「インスティチュート、レールロード、B.O.S.に、よくわからない連中。

 コベナントの犯罪に興味を持つのはパッと考えてもこれだけいるんだ。彼らの興味を引くような危険な真似を、君達姉妹にやって欲しくない。

 

 私は妻と息子を奪われた。

 彼女は子供を守ろうとして殺され。

 子供は生きているというけど、その無事を確認する方法はまるでない。

 

 それでもね、事情が分かってくると理解しなくちゃならないんだ。

 こんな最悪で、生き地獄のような状況に陥っているというのに。それでもきっと私は――まだ運があるから、それを追うことが出来るんだろうって事」

「――わかった。ちょっと考えさせて」

 

 パイパーは冷静になって考えようとした。

 残された犯罪の記録は覚えてしまいそうなくらい何度も見直しもしたし。そのたびに湧き上がる怒りをこらえようとして、ボートハウスの外にでては。叫んだり、川面に銃をぶっ放したりして気を紛らわせた。

 

 で、納得は全然できなかったし。さらに怒りが湧いたけれど。

 悔しくて悔しくてたまらなかったが、この事件については忘れることにした。

 そしてレオとガービーらとは顔を合わすこともなく、さっさとニックと一緒にダイアモンドシティへと帰っていく――。

 

 

 それがまぁ、2月ほど前の話だ。

 

 

 そしてナットは――パイパーの妹は、うんざりさせられている。

 原因は他でもない。

 「目からウロコのパブリック!」といつもの宣伝と一緒に売り出された新年第2号と3号の評判がよろしくないのだ。

 そしてその原因は、認めたくないが気落ちしているらしい自分の姉の記事のキレが失われていること。

 

 製造と販売を引き受ける担当として、姉のこの無様な態度はもう何とかしないといけない。そう考えることにした。

 ナットはコレでも女の子なのだ。

 多分、”傷心らしい”姉の姿を見て、気を使って黙ってきたことに。今更ながら失敗したのだと理解した。

 

 記事が書けない、ご飯も食べられないほどヌカ・コーラを飲み過ぎて気持ち悪くなった、そう言って長椅子に横になっていた姉の前に仁王立ちになる。

 

「もういいわ、もうこんなのは沢山だよ。パイパー」

「――なぁにィ?」

「いい加減にしろって事!どうしちゃったの、お姉ちゃん?」

「……なにか、やっちゃった?」

「ええ、そう!もうやってる、見てられないくらいにね」

 

 ここで必殺、2号と3号を机の上にポンと投げ出してみせる。

 妹の本気をこれで察したか、気だるそうにして。それでもパイパーは体を起こした。

 

「独占の取材、ミニッツメンの今!それなのに、記事に力がないって売れ行きが良くないの」

「そう。それじゃ――取り上げる内容が悪かったのかな」

「違う!記事が、良くないのっ」

「ナット?」

「ニックと飛び出していって、戻って来て……なんだか調子が良くないのは知っていたけどさ。

 黙っていてもパイパーは全然復活してくれないんだもの。

 だから、何とかしなくちゃ。どうしたの?なにかあった?」

「なにか?なにかって――なにが?」

「ホラッ!それだよ、それがおかしいっての。

 ミスターに思いっきり振られちゃった?」

「――はい?」

「死んだ奥さんが忘れられないとか、もしくはお前みたいにガサツな女は御免だとか言われた?

 そんなヤツ、さっさと忘れちゃいな――」

「待って!ちょっと待て」

 

 妹の暴走に、姉は待ったをかけた。

 

「えっと、ブルーと私になにかあったって思ってるの?」

「当然。そうなんでしょ?」

「ないない、そんなの。あるわけがないじゃない。そんな、ブルーと」

「まんざらでもなさそうだったじゃん」

「それひゃ――ゆ、友人としてって奴だし」

「噛んだよ?」

「うるさいなぁ。そんなんじゃないって」

「そう、振られてないの?」

「――まぁ、はっきりとは」

「ホラァ!」

「指をさすなっ、そんなんじゃないって!」

 

 ひたすらに否定を続けたが――結局、パイパーは可愛い妹の追求から逃れることは出来なかった。

 だから、ゆっくりと。あの時の事を語り始める。

 

 

==========

 

 

 コベナントでは色々あって感情に任せた行動をとったことを、実のところパイパーはダイアモンドシティに戻って来てからずっと気にかけていたのだ。

 

 だから、あのミニッツメンがボストン付近に機能を動かしたという話を。

 ハングマンズ・アリーで耳にして、さっそく仲直りを兼ねた取材ということでオバーランド駅跡地にある居住地へ向かう。

 

 

 そこは以前とまるで別物となっていた。

 代表も務める一組の夫婦が続けていた畑は、さらに拡張されると別のものも育てていて。

 旧世界のレールの両脇には、当時の駅のホームを思わせるコンクリートが並び。片方には見張り台やターレットなど。防衛に必要なものが用意され。

 その反対側にはこの場所に必要と思われる電力を生み出す大型のパワージェネレーターが何台も並んでいた。

 

「まるで――別世界ね」

 

 面白くもない率直な感想を口にして、別方向に目を移すと。

 

 ミニッツメン用と居住者用に、別々の集合住宅がすでにそこに存在し。

 驚くことに屋台ではあるが、店もいくつか開かれている。

 

「川向うにある、グレーガーデンのおかげなのさ」

「へぇ」

 

 店でヌードルとマイアラークケーキをつつきながら、店主から話を聞けた。

 

「あそこにいるのはグールだけど、店が充実しててね。こっちと連携をとってるんだよ。

 ミニッツメンもが今はいるし、ちょっと最近は忙しくなりすぎているかもねぇ。ありがたい話しさ」

「ブレストン・ガービーとか、いるのかな?」

「最後のミニッツメンかい?忙しくしてるから、留守かもしれないねぇ」

「それじゃ、将軍は?」

「――将軍だって?ああ、あの人かい」

「?」

「評判は良くないよ、確かにいい男だと思うけどね。あんたみたいな、美人さんは好きそうだ」

「え、いや。そういうんじゃなくて――」

「でもね!気に入らないよ、ガービーに意見してさっ。戦闘じゃ恐ろしく強いって話だけど、元は地底人だっていうし、おっかないじゃないか」

「……」

「それにね、あの女共っ!」

「女?」

「1人じゃないよ、2人さ。まったく――」

 

 店主が何を口にしているのか、最初はわからなかった。

 だが、他にも話を聞くとだんだん何のことだか理解してくる。

 

 レオは――ブルーはここに来て。

 熱心に助けている未亡人と娘がいるのだそうだ。

 別につきあっているというわけでもないらしいが。その2人は、この居住地では事あるごとに彼の名前を出しては楽な仕事ばかりしようとし。他よりも多くの分け前を主張するらしい。

 

 ミニッツメンの将軍、その女と言うだけで――。

 

 パイパーは新鮮なショックというものを感じていた。

 動揺している、間違いなく。

 あれほど素晴らしいコンビでやっているように見えたブルーとガービーを。周囲は逆に、ブルーがガービーに逆らっているとみているようだし。

 そんなブルーの人気をさらに貶めているのは――彼とつきあいのある親子が原因だとか、なんとか。

 

 

 なのにパイパーは直接それを見てもしまった。

 兵士と共に戻って来たばかりのように見えるあのブルーの姿を。

 そうして周囲の目もはばからずに、糟糠の妻よろしく近づいては仲良さげに振る舞う。ピンクのワンピースを着た、悪くない――少なくとも自分と比べてもそう負けてはいない女性と親しげに話している所を。

 

 

 ナットの我慢もそこが限界であった。

 

「なに、それ!?サイテー、ミスター」

「うっ」

「パイパーがいるのに、他の子持ちに目移りするなんてっ」

「べ、別にブルーとはつきあっているわけじゃないし。個人の付き合いというのは……」

「なにいってるの!?パイパー?」

「か、彼はホラ。色々あってさ。大変な時期だし、側に支えてくれる女性がいるなら。それは、それでも」

「いいっての!?」

「――こっちがどうこう言える!そんな立場じゃないって言いたいのよっ」

「何言ってるの?」

「……」

「パイパー、その女と話した?」

「話してない。その、彼女とは」

「彼女とは?」

「……娘さんと、ちょっと」

 

 なんだか、あの時は耐えられたけど。

 こうして妹を前にして白状させられ、思い返してしまうと。泣きそうになる。

 

「なにがあったの?っていうか、何を話したの?」

「私たちの幸せを邪魔しないでって」

「ナニ?」

「あの人が――ブルーが、彼女の母親に飽きても。まだ自分が居るから、だって」

「……頭、おかしいのかな?放射能に長く漬け込まれて。おミソがグールとかになっちゃってるのかな、その娘?」

「彼以外の男、探せばッて」

「っ!?」

 

 その瞬間、ナットの怒りに火がついた。

 拳を握り締め、怒りと共に長椅子の前に置かれた机の上にガンっと音を立てて右足を踏み出した。

 

「ちょっ、ナット!?」

「そいつはブッコロス!地獄に叩き落す、必ずだっ」

「はァ?」

「いいわよ、この戦い。受けて立とうじゃない、パイパー」

「ど、どういうこと?」

「簡単っ、すぐにミスターの所に行って。パイパーが告って、そのまま寝取っちゃえばいいんだよ」

「ナットー!?」

 

 妹の口から飛び出した過激な――それでいて随分と魅力的な――計画に姉は顔から火を噴いた。

 せめて妹だけには、自分と違ってつつましい女であって欲しいと思うのに。思っているのにっ。

 

「黙っていれば、今でもダイアモンドシティ一番の美人はパイパー・ライトさんだってこと。馬鹿親子に思い知らせてやればいいよ」

「――やらないよ、そんなこと」

「どうして!?」

「それと、寝取るとか。馬鹿なこと言わないの。

 バツとして明日から3日間は外出禁止だよ」

「なによ、それっ!?」

 

 パイパーは妹の抗議に耳をふさぎ、席から立つ。

 気分は少しも晴れないが、妹のおかげでちょっとは元気が湧いてきた。

 

 そう、落ち込んでいる自分なんて。あり得ない――。

 

 

==========

 

 

 ミニッツメンのジミーにとって、この2カ月はただただ忙しいだけで終わってしまった。

 

 あのマクナマスの指示で、パイパーらを連れて連邦に出た後。

 上司は戦死、同僚も多くが怪我を負い。命を失ったものさえいた。

 

 だが、ジミーだけは違った。

 ガービーらの友人達と付き合ったというだけで、どうやら顔と名前を憶えられたようだ。

 将軍らと一緒に作戦に参加を命じられ、気がつくとちょっとした役職を与えられていることに気がついた。

 

 『メールマン.Co-op』なる居住地間の多様な運送業を将軍の命令で開始したのだが。

 その運営と報告の担当に、商人の息子であるジミーも選ばれることになったのだ。自分は兵士として戦いたいとは思ってはいたものの、将軍らのそばにいると。

 彼らがそうした兵士以外の事で頭を悩ましている様子が度々目にする機会があったことで、ちょっとした意識改革が彼の中で怒っていたようである。

 

(ミニッツメンの――あの人らのためになるならば)

 

 そう思って、仕事に打ち込んでいる。

 

「それで、どうなってるんだ?」

 

 会議の席上、ガービーに問いかけられる。さっそく立ち上がった。

 

「色々と意見はありましたけど、やはりアーマーは中古でもコンバットアーマーにすべきとの結論に至りました。

 バンカーヒルに注文書を送っていて、近日中にルーカスのキャラバンが届けるとのことです」

「どのくらいあてにしていいんだ?」

「20人分は用意するということでした」

「そんなに?――予算を聞くのが恐ろしいな」

「長い付き合いになると、だいぶ安くしてもらえましたから」

「今後はどうなりそうだ?」

「弾薬などの問題がなければ、数人分ずつ定期的に買い求めるようにしていこうと考えてます」

「サンクチュアリとの取引次第ということだな」

「はい」

 

 今のところ、ミニッツメンの武装強化案は順調に進めそうな気配である。

 

「整備班からは何かあるか?リッチー」

「パワーアーマーがダブってる。おかげでヒマなことが多い、それくらいだ」

 

 不機嫌そうなリチャード・サルディーノことリッチーは、最近の仕事ぶりを簡潔にそう口にした。

 

「……東部への輸送は、パワーアーマーは入れるなという条件だからな」

「この機会に、今のうち使えそうな新人にパワーアーマーの操縦法を学ばせるのもいいかも」

「なるほどな」

「訓練程度なら、修理にもそんなに手間はかからないだろうし」

「――例の、アキラから送られてきたものは調べてくれたか?」

「これのことだよな?」

 

 そういってリッチーが机に置いたのは、一丁の信号弾の発射装置と。

 プラスチックの箱に入った、銀色の信号弾12発。

 

 それはアキラからミニッツメンへと贈られた。「グレーガーデンで、東部に送り込む兵士のためのベルチバード召喚に必要なもの」とだけ説明されていた。

 弾が12発しかないのは、なくなる頃にまた新しく送ってやるということなのだろう。

 

 ガービーは念のため、レオに内緒にこの弾頭の仕組みをリッチーに解明するように伝えていたのだ。

 

「わかったか?」

「ああ、わかったよ――。なにも、わからんってことがさ」

「どういうことだ?」

「この弾頭に、あのベルチバードを呼び寄せるようなものがあるとは思えねぇんだよ」

「意味がないと?そういうことか?」

「わかっているのは、コイツの弾頭には硫黄となにか植物の胞子が入っているって事だけはわかった。複製しようにも、植物が何かわからないから無理だし。

 あの空飛ぶマシンが、こんなものに反応しているとはちょっと考えにくいかな」

「――はァ、他にはないのか?」

「ないな……なぁ?そのアキラってのは、ミニッツメンなんだろ?

 直接本人に、問いただしてみちゃどうなんだ?」

「そうだな」

 

 できるわけがない、心の中でガービーは唸り声をあげる。

 レオは今も、あの若者の善良を信じて疑ってはいないようだが。ガービーの目を通した彼の姿は、ますますもって危険な存在になろうとしているようにしか思えないのだ。

 

 そもそもにして、あのB.O.S.が所持するベルチバードの技術を。

 彼はミニッツメンに提供するではなく、貸し出すとしか言ってくれないのである。

 

 来る戦争を前に、ミニッツメンの強化を口にしておきながら。

 アキラはまたも彼が生み出した兵器の運用をこちらにゆだねようとはしないことに、疑いを持たないというのはさすがにありえないだろう。

 

――約束された場所と時間に、その信号弾を使え。

――そうすれば、予定通りのコースを飛んでやらんことはない。

 

 ミニッツメンには余裕も時間もないのではなかったか。

 西から東へ、兵士をただ運ぶだけではない。

 

 北部全域を空輸させれば、もっともっと。

 人々は安心して、このミニッツメンへの支持を表明してくれるではないか。

 

(将軍――あのアキラが、本当に俺達を裏切らないと。あんたはどうして信じていられるんだ)

 

 疑いはますます深まっていくが。

 ガービーはレオの人を見る目を信じてもいる。

 その彼が、「大丈夫だ」というなら。きっとそうなんだろう――。

 

 会議が終わると、ジミーは部屋を出てようやく胸をなでおろすことが出来た。

 夕方まで待ってから、川を渡り夜までにグレーガーデンにたどり着かないといけないことになっている。

 兵士達と共にそこでベルチバードを待ち、夜の空へ。

 

 兵士達はスロッグで降りることになると思うが、自分はコベナントで降りることになるだろう。

 そこで仮眠をとったら、バンカーヒルまで歩くことになるだろう。

 

 

 ドリンク・バーと看板に書く屋台の前には、仕事を終えたわかいみにっつめんたちがたむろっていた。

 だが、ジミーが近づくと。

 皆が冷たい目を向けて背中を向けてくる――。

 

 

 信じたくない話ではあるが、ジミーはうまくやっているのだそうだ。

 ハングマンズ・アリーで生き延びたかつての同僚たちは、死闘を免れてひとり扱いが良くなっていくジミーのことをそう言って皮肉っているのだとか。

 彼にしてみれば、上司に言われて仕方なく命令に従い。戦うチャンスを奪われてしまった、そういう話であったはずなのに。

 

 かつての仲間はそうではなく。

 マクナマスに取り入り、戦場を離れてひとり。出世の道を歩いて行ったのだそうだ。

 なぜか評判の良くない将軍に属してもらっているのも、それを証明するものなのだそうだ。

 

(嫌な流れだな――)

 

 ジミーに、その声に反論する機会はたぶん。与えられることはない。

 

 

==========

 

 

 会議は終えたが、ガービーは部屋の中から動こうとはしなかった。

 今回も将軍は――レオは、欠席している。

 

 ミニッツメンの中に問題が芽生えつつあることを、ガービーも認めないわけにはいかなくなってきていた。

 

 レオと兵士達の間に、なんともしようのないズレが生まれ。

 それを解消する方法が全く思いつかないのだ。

 まったくおかしな話ではあるが。ここに来てミニッツメンはさらにレオやアキラの力を欲しはするものの、彼らに存在感を放たれることを兵士達が望んでいないという空気が流れているのだ。

 

 

 滞っていた仕事を進め、いくつかの障害は若い兵士を率いてまたたくまに武力で解決してみせたレオは。

 そんなミニッツメン達に気を使ってか、距離を置くように探偵と行動を共にしていると聞いている――。

 

 咎めて、あるべき場所に戻ってくれと求めるべきなのだろうが。

 今は彼の仕事はここにはほとんどないと言っていいし。ただここでふんぞり返って偉そうにしてくれと言っても、彼がそれを喜んで応じてくれるとは思えない。

 そして何より――自分がまた、失敗をしてしまうことに恐れを感じている。

 

 

 サンクチュアリではアキラとの関係に溝が生まれ、しかしそれは自分は決してすべてを間違えていたわけではないとおもうのだけれど。

 それからさらに危険な雰囲気を漂わせていくアキラに対し、レオは今も平然と彼を信じていられるのを見て。あの2人のきずなの強さを思うと、自分の能力に疑問を抱かないわけにはいかなくなる。

 そしてだからこそ思うのだ。レオとの関係を、将軍とはうまくやっていかなければならないのだ、と。

 

(仕事だ。仕事をするんだ)

 

 ガービーにとって、友人達も大切ではある者の。

 やはり何よりも重要なのは。この生まれたばかりの新しいミニッツメンが。かつての栄光を取り戻すことなのであった。

 

 

==========

 

 

 ダイアモンドシティの酒場と聞かれたら、それは普通はコロニアル酒場だろうと人は返すだろう。

 だが、それを鵜呑みにして信じてはいけない。

 

 そこは確かに酒も食事も出しはするものの。

 この壊れた世界でも、まだ存在すると考えている。キャップ持ち達のための憩いの場所だ。休憩しようとうっかり訪れて、そこにいる店員と客にたっぷりと嫌味を聞かされたうえに、セキュリティに連行などされる経験はしたくはないだろう?

 

 

 だから素直にダグアウト・インに向かえばいい。

 

 あの悪名高きボブロフの密造酒を生み出した張本人たちが経営する安酒場がそこにはある。

 なんなら一度、その酒をちびりとでもなめてみるのもいいだろう。その強烈なアルコールに目を回してぶっ倒れたとしても、前もって宿にチェックインしていれば。優しく寝床に放り込んではくれる、そんな場所だ。

 

 

 その安酒場に、誇りまみれの西部のガンマンの如き男たちの一団がぞろぞろと入ってくる。

 どこにでもみるようなガンマン達だが、皆一様に目がギラついていて。安酒場で楽しいひと時を過ごしていた他の客たちは慌ててその視線と交わらぬようにと顔を伏せていく。

 

 空気が若干の重さを生むのを感じたか。

 店主のバディムは声をかけた。

 

「またあんたらかい……別に客なら歓迎するが。それにしたって、他の客を怖がらせないでくれよな」

「――わかってる、すまないな」

「ビールでいいよな?7本、食い物が欲しけりゃ、カウンターに注文してくれ」

「ああ、頼むよ」

 

 男のひとりがそう話している中、向かい合う長椅子に残りが近づくと。

 そこに座っていた連中は、黙ってそそくさとその場から立ち去っていった――。

 

 女性がビールを運んできて、机に並べると。

 すぐにそれを手に取り、無言のまま彼らは喉を湿らせる。

 

 このあたりになると、少しは慣れたのだろう。

 酒場の空気も幾分か緩み、彼らをおっかながっていた他の客たちもまた。元の話題に戻っていく。

 

「――だよなぁ。さすがミニッツメン、ブレストン・ガービーさまさまだよ」

「生まれ変わったミニッツメンに」

「最後のミニッツメンによる、連邦の未来に」

 

 乾杯、そういって後はグラスをあわせるだけのことだった。

 この会話は奥の席に座っていた2人の旅商人の間での事であったが。

 ブレストン・ガービーの名前が出たあたりから。長椅子に座る男たちに変化が生まれた。怒ったのである。

 

「……」

「おいっ、あんた達。いい加減にしろよな。大人しく酒を飲むって事すらできねぇのかい!」

 

 入って来た時から、彼らの一挙一党則から目を離すまいとしていた店主は。騒ぎが始まりそうなのを察し、先んじて声をあげる。

 そうしている間にも、共同経営者である弟のイェフィム・ボブロフの姿は店の中から消えていた。

 ダイアモンドセキュリティへと、駆け込みに行ったのである。

 

「ちょっとばかし、話をするだけじゃねーか」

「その素面のツラで、よその客に絡みに行くんじゃねぇって言ってるんだよ」

「なんだと?」

「パブでの作法ってヤツを、母ちゃんの腹の中でお勉強してこなかったんだな」

 

 今度は店主の方から、男たちを煽るようなことを口にしはじめ。

 血が流れると確信した感のいい連中は、さっそく出入り口に向かって移動を始めようとしていた。

 

「ちょっと!なに騒いでるんだい?」

 

 その出入り口から勇ましく入ってきたのは、戦闘服にベレー帽をかぶった。老齢の女性兵士であった。

 彼女の声を耳にしたとたん、殺気立っていた男たちはいきなりしつけられた犬のようにしずかになってみせる。

 

「別に――」

「そうかい」

「なに、つまらねー小芝居やってやがるんだ。おめーらは」

「なんだい、バディム。今日はやけに絡んでくんだね?」

「ロニーの婆ァ。今日はてめーらのキャラバンに出す酒はキレちまってるぜ。そいつらを連れて、さっさと出て行ってくれ」

「追い返すってのかい?あんたんとこの宿に泊まろうと思ってたんだけどね」

「へっ、ゴメン被るぜ。少なくとも、今日はあんたらの寝るベットは置いてないぜ」

「……どうも怒らせちまったみたいだね。どうしたらいい?」

「なにもしなくていいぜ。俺も、お前らの顔を忘れるまでは、気を変えるつもりはないしな。弟がセキュリティを連れて戻ってくる前にさっさと出ていきな」

「そうかい。ビールはいくらになる?」

「つけにしておいてやるよ。忘れないうちに、支払いに来てくれ」

「――わかったよ」

 

 ロニー・ショーは、素直に回れ右をすると。

 若者たちに顎で「出ていくよ」と合図をして、立ち去っていく。

 

「お客さん方!野暮天はさっさと追い出しましたんでね、どうか続けて。ボブロフの密造酒!どんどん注文していってくださいよォ」

 

 ダグアウト・インに、また静かな時間が戻ってこようとしていた――。

 

 

 

 ダイアモンドシティの入り口に、3頭のバラモンが並んでいるそばに店を追い出された一団は戻ってくる。

 彼らのリーダーらしき老婆は、しかし騒ぎを起こそうとした男たちを別に叱ろうとはしなかった。

 

「モメちまって、本当に――スイマセン」

「いいさ。どうせ、あんたらが酒を飲めないってだけだからね。あたしゃ、構わんよ」

「あの店はもう、つかえないってことは?」

「銭ゲバのボブロフ兄弟が、ちょいと騒ぎそうだった連中をいつまでも覚えたりはしないさね。次は、ちょいと割高になってるかもしれないけどね」

「はい」

 

 

 この兵士の身なりをした老婆、ロニー・ショーは。

 かつてのミニッツメンでは重鎮として知られた古参の兵士であった。

 

 だが、そのミニッツメンは自ら堕ちてしまう――。

 クインシーの虐殺の事ではない。

 それよりも、もっと以前の話、そう2282年のことだ。

 

 ミニッツメンは当時、有能なベッカー将軍の元で連邦の正義を象徴する存在として輝いていたが。

 彼の突然の死が、ミニッツメンの中にあった醜い権力闘争を引き起こしてしまい。どいつもこいつも、自分たちが何者であるのか。どんな任務を守らなければならないのか、それを忘れて好き勝手なことを口にし始める。

 

 ロニーはそんな仲間達に呆れ、早々にミニッツメンから抜けていったのだ。

 それから5年……馬鹿共は結局、任務すら忘れてしまい。

 ついにクインシーの虐殺なんていう汚名を残すに至っては、さすがの老女も乾いた笑い声を上げるしかなかったものだ。

 

 

 そうしてロニーは、『自由の戦士』を名乗って旅するキャラバンの目的地を連邦と決めた。

 5年という長い時間は、連邦の姿を信じられないほど大きくかえてしまっていた――。

 

 

「ケビンの奴にね。ちょいと行ってもらったんだよ」

 

 煙草をくわえ、ポケットから火を探りながら老女は続ける。

 

「ガービーのやってることをね。ハングマンズ・アリーだっけ?新兵希望ってことにしてさ」

「……ロニー」

「連邦に帰ってきて、ここで情勢を見直そうって思ってたが。あいつがやってる新しいミニッツメンだったかい?

 そろそろ、話をしなくちゃいけないんじゃないかって思うのさ」

 

 ミニッツメンから離れてからずっと。

 ロニーは自分を慕う若い兵士達を連れ回し。商売をしながら、自分たちなりのミニッツメンという活動を続けてきた。

 だが、この老婆の才能では。せいぜいキャラバン程度の組織までしか作ることも、維持することもできなかったのだ。

 

 そして今回はついに、現実まで思い知らされた。

 

 新たに誕生した居住地は、商人としてのロニーの集団を受け入れはしたものの。

 彼らを守ろうという申し出を、彼らは丁重に。しかし即座にことわってきた。「その必要はないよ。我々にはすでに、新しいミニッツメンが守ってくれているから」と。

 

 同時に、信じがたい屈辱も感じた。

 申し出た彼らの事を……まるで新手のレイダーか何かじゃないかと、疑う眼差しを向けてきた。

 

 ミニッツメンの精神は、自分たちが引き継いでいるのだ。

 それを信じて、戦ってきた5年間をすべて否定されたような気持ちだった。

 だが、ロニーは若者たちと一緒になって。ただ悔しがってばかりはいられない――。

 

「ブレストン・ガービーだったね。あの若造、どれほどのもんなのか。

 新しい将軍とやらを立てているそうだが。あたしらはついにその両方を、見定める時が来たんだろうね」

「それは俺達も、あいつに合流するってことですか?」

「結論を先に出すんじゃないよ!……言いたいことはわかるさ。

 だがね、こっちがやっていることを。本当にガービーのいう、ミニッツメンとやらが果たせているというなら。そりゃ、むしろ喜ぶべきじゃないのかい?

 

 自分たちの事ばかり主張して、まとまる気のない馬鹿共はもう消えたか死んだかしたんだ。

 連邦の状況もさらに変化しているし、このまま小さくキャラバンと傭兵団を気取って。チマチマと活動を続けたとしても、限界は見えてくるものさ。

 今のうちに、備えておかないと――」

 

 

 ロニー・ショーはキャピタルから来たB.O.S.の目的を知らない。

 だが、長く戦場にいたその経験から。あのような武装組織が意味もなく。ここにやってきたとは考えられない、と思っている。

 

 そういう意味では、彼女は正しくかつてのミニッツメンの精神を引き継ぐ一人と言えるのかもしれない。

 連邦の正義はひとつ、ミニッツメンだけにあればいい。




(設定)
・コベナントの事件は公にはできない
この物語では、アキラが重要なコベナントを援助した人間達のリストを隠したことからこのような流れになった。
それが 話でアキラが口にした「方針を変更した」という意味につながる。

原作でも主人公がこおkで虐殺しても、事件は大きく騒がれることはない。


・ロニー・ショー
旧ミニッツメンに参加していたベテラン。
原作ではキャッスル陥落後に登場するが、この話では前倒しされている。

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