次回投稿は24日を予定。
砕けば粉になるだけの錠剤からは、甘い匂いが立ち上り鼻をくすぐる。
僕は度々こいつを利用し、こいつはそれ僕に愛されていると常にこの体を犯してくる。野蛮で愚かなことだが――今の僕には必要なものだ。やめることはできない。
だからそれを口に放り込み、今日も嚥下するのをただ目を閉じて行う――。
(起動した?)
スイッチがオンにされたと”感じ”た。
その証拠にすぐに診断プログラムが走り始め、以前には失っていたものが新たにそこにあるのだと知らしめてくる。
ボディパーツ、両腕、足のモジュール、全てが完璧。
だけどまだ視野が回復していない。
「何をしている?見えない、調整がおかしいぞ」
「――おっ、動いてるな」
「お前は誰だ?どうなっている?」
「ちょっとまってな。すぐに……これでどうだ?」
視界が回復する。これは地下か?
石が敷き詰められた空間、そしてこの体を動かそうにもピクリとも反応しない。
「この間抜けめ。接続がおかしいぞ、これでは約束が違う」
「いや、これでいいんだ。お前がまだ壊れてないかどうか、俺自身が確かめておきたいからな」
ブルーのつなぎを着て、その男はヘラヘラと笑ってそう言った。知性のかけらも感じさせない、サルの顔だった。
「お前は誰だ?あの男は何処にいる?これでは約束が違う、契約は無効だ」
「そりゃ、レオさんのことだろ?お前との約束は、あの人から俺が引き継いだんだよ」
「どういうことだ?」
「だってお前、ラストデビルのところで転がってたポンコツだろ?レオさんは戦士だ、機械いじりは得意じゃない。それは俺の役目ってことさ」
「となると、私の予測が正しければ。お前は私に新しい交渉をもちかけるつもりのようだな」
「よくわかったな。まだ何も言っていないのにさ」
「それくらいはわかる」
「聞いたんだけどよ、お前はレオさんとメカニストだっけ?そいつのところに行ける装置かなんかを取引にしたんだってな?」
「そうだ。メカニストの施設に侵入するには、必要な装置がある。それを私が提供してやる、あの男に約束をした」
「ああ、そうなんだってな――で、そんなものはねぇんだろ?」
「なに?」
「だから、ねぇんだ。だろ?」
作業着の男はヘラヘラ笑いながら、それをこちらに言わせようと圧迫しようとしている。馬鹿が、そんなわけがない。
「ある。なぜ、ないなどとお前は言う?」
「そりゃ、俺がお前の頭の中のデータを見たからさ。そんなもん、どこにもなかった。お前、賢いな。レオさんはすっかり騙されていたみたいだぜ」
「ある。間違いなく、それはある」
「いいんだよ、俺にはそんなこと。でもよ、このままだとお前。レオさんにブッ壊されっちまうぜ?俺が力になってやるよ」
「お前が?どういうことだ?」
「俺がさ、お前を使ってやるよ。お前が欲しがってたピカピカの体に、高性能の武器までつけてやったんだぜ?だからこれからは俺の役に立たせてやるよ。どうだ?」
「つまり――お前を私のマスターにしろと言うことか?」
「あ?ああ、そうとも言うな」
「断る」
「なんでだァ?」
「まず、お前のような愚かしい男に使われるなんて真っ平だ。
それにさっきから『ない、ない』と繰り返しているが。メカニストの施設に侵入するための装置はある。私は、知っている。
つまり、お前と新しい契約は必要ではないし。そのレオとかいう男との約束は守れるから、私に新しい主は必要ないというわけだ。わかったか?」
「それでお前、自由になるってか?」
「そうだ、私は自由だ」
「ならそれでもいいよ。俺が雇ってやる、俺と組もうぜ。俺ならお前の面倒を見てやれるし、お前も壊れる心配をしなくていいだろ?」
「ふざけるな。
はやくあの男を呼んで来い、メカニストに会うための装置をくれてやる」
「――レオさんはいないよ」
「おい、いい加減にしろ」
ジェゼベルは辛抱強く、この愚かな男をあしらおうとした。
だが――。
「M-SAT、だろ?」
「なに?」
「お前がもったいぶっているモジュールの事だよ。とぼけるな」
「……」
「レオさんがいるわけがないだろ。
メカニストは元々この僕が追っているんだ。彼との交渉は僕が引き継いだが、だからってお前の望みが全て叶うなんて、本気で思っていたのか?」
「誰だ?」
その愚かしい男は――アキラは態度を一変させてギロリとジェゼベルを見下す。
「アキラ。イガラシ アキラ、お前が主人とあがめることになる神のような存在だ」
「傲慢な奴だ。なぜ私がお前に従うと思っている?」
「エイダ、ガクテンソク。どう思う?」
ジェゼベルの問いを無視して、何者かに男は問いかける。
驚いたのはそれに返事があったことだが、ジェゼベルの視野に質問に答えている相手の姿がなぜか映し出されていない。トリックなのか?
「危険な存在です。ですが今なら脅威ではありません」
「私も彼女に同意します。ロボブレインは使い物になりません」
「ちょっと、お前さん達。新人に厳しすぎやしないかい?」
「からかわないでください。私の意見はずっと変わることはありません」
「あなたの希望は尊重しますが。このロボットは厄介な存在でしかありません」
「ははっ、ジェゼベル。俺のロボット達はお前の方こそポンコツだってさ」
嬲られている、そう思った。
「いいご身分だな。こちらを動けないように拘束しておいて、侮辱するのか」
「それは違うな。これはお前を守るためにやっている」
「ふざけるな」
「自分が優れていることがお前の自慢だろ?なぜ守っているのか、どうして考えようとしない?」
「馬鹿げている。そんなことにどんな意味がある」
「不利な状況になると思考停止か、困った奴だ。
答えは――お前に認識できない戦闘ロボットが、お前を脅威と判断しないようにするため、だ。わかったら少しは僕に感謝しろよ」
「詭弁だな、私をそれで屈服させられると思っているのか?」
いつものようにペースを握りつつ、相手の弱点を探ろうとした。
だがこちらの態度に不満も感じないのか。それとも余裕からまったく価値を低く見積もっているのか。アキラはジュゼペルの顔すら見ようとせず、自身の頭の後ろなぞを掻きながら答えを続けた。
「ガラクタのくせして、自意識だけが高く。どうしようもなく臆病なお前を屈服させる方法なんて、悪いがいくらでもあるさ」
「私が臆病だと?」
「――なぜ聞こうとしないんだ?M-SATについて。何故俺がそれを知っているって。賢いジェゼベルはまだカードを配ってもいないのに、相手が知っているはずがないって」
「……」
「考えすぎるなよ。お前は臆病だから、そのうちどうせ口を開けなくなるぞ。迷えるロボットに神が予言しておこう」
「アキラと言ったな。私はお前のゲームにはつきあうつもりはない」
「それも違うな。これはお前のゲームだ。そしてすでに、お前は負けようとしている」
「私が負ける?お前に?」
「不利な状況になると、視野は極端に狭まり、途端に分析能力まで低下する。今の問いが、その兆候を示している」
「騙されないぞ」
「違うな、認めないんだろ?言葉じりを変えても誤魔化せないのさ。
そこそこの戦力を持っていながら、アホなラスト・デビルなんぞに捕まるなんて事態を招いたのも、お前の実力の結果だった」
「あれは――運がなかった」
「運だって?感情と衝動を否定し。数字と確率、その処理速度が命のロボットの発言とは思えないセリフだな」
嘲笑の笑みを浮かべられ、ジェゼベルはいら立ちにも似た雑音を、表には出してはいないが自分の中に発し始める。
人であればそれは「怒り」と表現するしかないのだろうが。機械にそれは、ない。
「エイダの話ではロボブレインは人間の脳を使うがゆえに、プログラムに不具合があらわれ。おかげで不安定な反応をしめすことがあるのだそうだ。
すでにお前もその特徴を十分に発現させているな」
「――コチラも繰り返すが。お前の分析は正確とはとても言えない」
「己の分析力の低下を認めないから、自信を持ってそう言えるよな」
「私は優秀だ!」
「怯えることはない、ジェゼベル。
お前のことは全て知っている。レオさんとの交渉から2カ月以上たっていることはもうわかるな?今日のこの対面のために、俺がどれだけ準備をしてきたと思う?
そんな無駄な抵抗は、機械のお前があるのかもわからない羞恥心にどれだけ耐えられるかテストするのと同じだぞ?」
「M-SATのことは見事だった。だが、お前になにが分かる?」
アキラの顔が、この瞬間。初めて柔らかな笑顔に変わった。
そして信じられない言葉を口にする。
「お前は本当にかわいい奴だな、ジェゼベル」
「何を言い出す?」
「いや、イゼベル――そう呼んだ方がお前は嬉しいのか?」
「……」
その名で呼ばれると、ついにジェゼベルの口が止まり。
無言となってしまった。
==========
「イゼベルとはもともと異教の神を信仰し、配下のユダヤ人に同じくそれを信じるよう強制した。愚かで傲慢な女王の名前だ。
そしてかつての聖典のひとつにおいて、教会への敵対者に与えられた名前。ただしこれは外からではなく、内部に生まれる敵対者と言う意味でつかわれるものでもある」
エイダが驚きの声をあげる。
「ジェゼベル。確かにこのロボットと境遇が似ています、メカニストの配下でありながら。彼の敵になろうとしている」
「このイゼベルは面白いことに女性で、さらに2つの顔を持っているとされる。明らかに強さを持つ者と弱々しく見せる者。この両者には優劣も違いもなく、どちらも救いがたいものだ。
傲慢な己を演じることで相手を見下し。相手の弱さに付け入って、自身の一切の不利を認めず。感情のままに支配と制御を。自分だけができると証明しようとする」
「驚きました。エイダの言う通り。このロボブレイン、そのものですね」
「ガクテンソク、エイダと付き合いが長すぎたんじゃないか?驚き方までそっくりになってきている、それはいい事じゃないぞ」
「はい、申し訳ありません」
「話を戻そう――」
無言となってしまったロボブレインにアキラは滾々と語り続けた。
「僕はお前を知っている。ちゃんと理解もしている。お前がそれを疑っても、それが事実だ」
「……ありえない、不可能だ」
「お前に個性が生まれた時、すでにメカニストはロボブレインをもちいて連邦に部隊を解き放っていた。
とても信じられなかったことだが、メカニストの目的はただ一つ。あのメッセージにあるように、ロボットは連邦の人々のため。平和のために活動しろということ」
「アキラ!?」
「ああ、エイダ。お前にはずっと言わなかったけど、あのメッセージは間違いなくメカニストの本当の目的そのものだったんだ」
「――信じられません」
「だが事実なんだ、事実だった――問題はロボットの側、というよりもロボブレインの思考力が原因だった」
メカニストは高度な状況判断が可能であるという性能を見て、ロボブレインを部隊のリーダーとして選んだと思われた。
しかし、これが逆に不幸を生む。
連邦の劣悪な環境と、そこで生きる人間。これをただ素直に助ければいい、そのはずだったが。ロボブレインの”高度な判断力”は、別の回答を引き出してみせたのだ。
曰く、環境に適応出来なくなった劣等種の人類を破壊せよ。
ロボブレイン達はそれを疑うこともなく、そしてこの結論をメカニストに問いただすこともせずにただ実行し続けたのだ。判断を下すには――それも正確にできるようにするためには。より多くの正しい情報が必要になる。
命令と結果にあらわれる矛盾、だがロボブレイン達はそれぞれが独自の方法を見つけ出して自己解決していく――。
「イザベル、お前は――」
「違う、私はジェゼベルだ」
「ならそれでもいいさ。
お前は、その中でも特別な反応を見せた。自分に名前を付けたんだ」
「違う、そうじゃない」
「いや、そうだ。そうなんだよ。
そうでなければ、部下に見捨てられて墜落死させられ。犬のエサにされるなんて最期をとげた無様な女の名前をなぜ名乗る?」
「……」
「お前達ロボブレインにとって、メカニストは神のような存在だったはずだ。
だがそうじゃないことをすぐに知った。実行不能、判断できない命令を与えて結果を求めてきたからだ。お前達に感情はないと信じたいが、もしあれば失望と絶望の両方をたっぷりと味わったに違いない。
そしてお前は――自分に名前を付けた」
「名前を?」
「そうだ、ガクテンソク。お前もよく聞いておけ。
メカニストは自分のロボットに名前なんて付けていない。製造番号をそのまま使って管理しているようだった。それはローグスが回収してきたロボット全てを確認したからわかっている。彼らは意味を持たない文字と数字が個体を判別するすべてだった。
だが、コイツだけは違う。コイツにメカニストは他と同じ文字と数字の名前しか与えなかったが、もう聞いたよな?自分はジェゼベル、ちゃんとそう名乗っている」
確かにこのジェゼベルは最初から、ずっとそう自分を呼ばせていた。
「もうたくさんだ。そんな話はどうでもいい、お前のことなど知らない。私をはやく自由にしろ、帰るんだ」
「面白いことを言うな。自由?帰る?どこへ?」
「お前に関係はない」
「いいや、また低下しているぞ。教えてくれよ、お前の自由とはなんだ?」
「この状況から脱することだ」
「その後は?」
「帰る」
「どこへ?」
「どこだっていいだろう、関係はないと言っている」
「まだ学ばないのか?それなら俺がかわりに答えてやるが、お前の自由など意味はないし。帰る場所は、とっくに瓦礫の山さ」
「……知らない」
「故郷があるって?それはお前に使われた脳味噌のなかに残されたままになった雑音がみせた幻影だ。世界は200年前の戦争で大きく変わってしまったんだぞ。今もそこがそのままに残っているはずもない。
そして自由!
お前の自由とはなんだ?連邦をただ、狂ったロボットがするように目的もなく彷徨い歩くことがお前の自由か?望みか?」
「うるさいっ!」
アキラはそこで一歩大きく飛びのくと、慇懃無礼に一礼をした。
「これは失礼いたしました、女王陛下。王室の仕立て屋は先日処刑したばかり。代わりの者はまだつたなく、今はお気に召すものをご用意できません」
「これは時間の無駄だ」
「お前の抵抗が無駄なんだ。お前は契約ばかり口にするが、僕こそがそれを正しく履行できる方法を知っているんだ」
「お前の命令は受けない。お前に支配などされない」
「僕は命令するし、支配もするが。
同時にお前を自由にもしてやる、これのどこが気に入らない?」
「それが不可能だからだ」
「おい、ちゃんと考えろよ。
メカニストはとっくに見捨てているのだろう?
レオさんにメカニストで交渉したのは、お前があいつへの失望を癒すための代替行為があったからこそだろう?
そもそもお前の方こそ僕に見捨てられたら、待っているのは地獄だぞ。この世界に、この連邦に。ロボブレインを進んでメンテナンスしてやろうと考えるエンジニアが何人いると思う?」
「――だからお前に従えと?」
「安心しろ。お前はイゼベルにならってこの僕を神の如く崇め奉れよ。ローグスがお前の新しい仲間だ。お前はそこで好きなだけ神をクサし、僕に愛されることを行動で示せばいい。僕はそれを許す。ほら、これこそ自由さ」
「納得できない」
まだ抵抗しようとするジェゼベルに対し、立ち上がったアキラはいきなり拘束しているその体に思いっきり蹴りを入れる。
「できない、じゃない。するんだよ」
「そんなもので――」
言い終わらぬうちにエイダが「アキラ!」と警告の声をあげる。
ジェゼベルの体に衝撃が走り、それが自分の体内から発生した高電圧による負荷がダメージを与えたのだと知ったが。カメラの下から、あの男が這い上がるようにしてヒヒヒッと笑い声をあげて出てきた。
「僕達は今、シビレたよな?そうだろ?」
「お前、生きているのか?今のを耐えることは――」
「不可能だって?なら、次は一緒に特製の電気たっぷりのシャワーでも浴びるか?僕は本気でお前を愛してやるぜ」
その情景がなぜかリアルに思い浮かぶことが出来た。
黒こげの男と、焼き切れた回路で崩れ落ちた自分の姿――。
「お互い話すことはないな?返事は次にでも聞かせてもらおうか」
再び視界が真っ暗になる。
「私をどうする?」
「そこにいろ!話をする気になったら、また来てやる」
そうして本当に――本当に、ジェゼベルは拘束されたまま暗いであろう部屋の中に放置されていた。
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工房に戻ると、僕は大きくため息をつく。
(頑固だったなぁ。もっと素直にしつけていかないと――)
最後の電気ショックは余計だったが。アレでこっちが本気だと、あれも理解してくれるといいのだが。
「アキラ、あなたのお友達はあれで言うことを聞くと思いますか?」
「たぶんね。エイダはそうは思わないのか?」
「どうでしょう」
「言葉で圧倒されてからは、回避と逃走の姿勢に入ってた。これでも降参しないというなら……スクラップを考えないとね」
「いえ、私は考えを改めました。きっとジェゼベルはあなたに従うことでしょう」
「おやおや、本気かい?」
「はい。なぜならあなたは、このためにきっと準備をしていたはずです。実際そう言ってました」
「ガクテンソク。エイダのこういうところは見習わないとな、よく聞いてたね」
「M-SATのことはどうやって知ったのですか?」
答え合わせをしてほしい、僕はそう理解した。
「君たちの破壊したロボットを調べた時に出てきた装置だ。それくらいはわかってる」
「さすがですね。それで、その装置はどこに?」
「まだないよ」
「え?」
「ない、当然だろ?装置の詳細な設計はジェゼベルに出させるさ。そういう約束だ」
「……詐欺じゃないですか」
「ガクテンソク、何を言っている?交渉の確認で、アイツに自由を僕が与えると説明したろ?だから約束を守って、装置はアイツが僕に提出するものだ」
「人が悪いですね、少し彼女が気の毒になります」
「あの不快な個性はなかなかお目にかかれないからね、そばに残しておきたい」
レオさんはジェゼベルとの交渉内容を少し気にしていた。
僕はあらかじめ安心するように伝えて、交渉の確認を名目に相手を丸裸にしつつ圧倒してやるつもりだった。
メカニストを倒すことを目標としているのに、狂ったロボットに連邦を好きに歩かせるなんて出来るわけがないのだ。
「では、メカニストの推理はいつ?」
「あれか、あれは実は僕の推理じゃないんだ。ダイアモンドシティの名探偵、ニック・バレンタインのひらめきさ」
「ニックですか!?」
あれはコベナントからパイパー女史と彼が立ち去る直前の事だ。
僕はエイダの話を伝え、同時にメカニストの奇妙な――あの言動の一致しない現象はなぜ起こっているのか。メカニストはただのバラノイアだと断じるのでなければ、どのような可能性があるのか。彼に聞いてみたのだ。
彼の答えは簡潔で「どちらも正しいってこともあるんじゃないか」とだけ述べた。
そしてそれで十分だった。
ローグスが生まれ、エイダと共にアンチメカニストとして活動すると。
次々と入ってきた情報が、まだまだそこにあった大きな穴を小さくしようと埋めていってくれた。
「メカニストはロボブレインを部隊のリーダーに据えていた。そうしたパターンを重ねていったら見えてきた。『命令を出す側と受ける側が情報の処理をあえて誤解することにした』、それが結論だった。
ほとんどすべてのロボブレインは同じ思考を経て、結果的には与えられた命令を無視するという奇妙な行動を続けていたんだ」
「あのメッセージとの矛盾にはずっと困惑を覚えていました。たしかにそれなら説明がつきます。
ですがそれでも、メカニストの脅威は今もなお健在であると考えます。違いますか、アキラ?」
「その通りだ。エイダ」
ただ、それでも問題がないわけじゃない。
メカニストがいると思われるその場所は、あのB.O.S.のいるボストン空港の目と鼻の先だと判明している。
エイダを連れてそこに向かうにしても、当面はミニッツメンの調査結果が出るのを待った方がいいだろう。
「ここまで来たんだ。最後はあせらずに、きっちりと決めないとな」
「そうですね。そうでなければいけません」
焦りは禁物なのだ――。
==========
ポーター・ゲイジはバラモンの轡を引き寄せると「あそこだな」といつもの死人のような声でつぶやいた。
視線の先には、目的地であるコベナントがあった。
バンカーヒルへと向かっていたゲイジは、かのボートハウスの居住地へと立ち寄っていた。
そこでついにアキラの正体を知ることが出来た。
コベナントに籠っているミニッツメンの名前もアキラと言う、と。
あの連中はオーバーボスをミニッツメンに潜り込ませたのか。もしくはもともとミニッツメンだったのが、断れないからとオバ―ボスへと祭られることになったのか。
まぁ、そのどちらかなんてのはどうでもいいことだ。
ボートハウスではそのまま商人のふりを通して一夜を過ごすと。
翌日は南に向かうと見せかけ、実際には近くにあるというコベナントとやらに向かったのである――。
(コベナントってのは確か、底抜けに阿呆な連中がいるって噂があった場所だよな)
来るもの拒まず、だったか。
あのレキシントンからそう遠くもない場所でそんな真似するって度胸は感心するが、そんなおいしい連中に手を出せないのだから北の連中はなにをやっているんだ?まぁ、そんな風に考えていた。
だが、どうやら勘違いをしていたの自分の方だと今ならわかる。
町を取り囲む壁は、そびえるようにして高く。乗り越えようにも箱状に居住地の上にもしっかりとふたをしてあるようだ。
アレじゃ壁に取りついて、なかに火炎瓶を放り込むこともできないだろう。そしてこれ見よがしにおかれているターレットの数!
「ま、大丈夫だろ。なんせ今の俺は、ただの商人だしな」
頬を撫で、緊張せずに笑顔を作れるようにすると。バラモンを引いて歩きだそうと――。
その足元の先の地面にライフル弾が着弾すると、派手に土ぼこりを巻き上げてみせ。道のわきの土手の下から、ショットガンなどを構えた女たちが「動くな」とすごみながら姿を現してきた。
ゲイジは一瞬だが、自分のライフルを抜くべきか迷うが――すぐにそれを諦め。命乞いをしながら自分は旅の商人だと繰り返すことを選んだ。マズい選択をしたようにも思ったが、実際はそれが彼の命を救うことになる。
マクレディによるとイカれてる。
ケイトの口からは、偏執的なサイコパス。
でもキュリーの目から見ると、それは用心深さと恐怖心のアンバランスさのように感じる。
コベナントの警備網は、どこか常軌を逸しているところがあるのは認めなくてはならない。
この町を囲む防壁の高さを一段上げても、アキラはそれで良しとは決してしなかった。この町の周囲にアイボットを常時走らせてわずかな異変も報告することを義務付けていた。
だから旅商人が近づいてきていると知らせが入ると、すぐにマクレディは屋根の上にのぼってその方角に這いつくばり。
道の先で、こちらの様子をうかがっているらしいその姿をさっそく確認する。
「商人、ひとり、他に姿はナシ?なにそれ」
屋根の上からの合図を受けて、ケイトは呆れた声を出していたが。
相手を拘束して連れ戻した後に話すと「あいつ、なんか匂うんだよね」と口にして険しい顔を見せていた。
予定では、彼らはロボットを連れ帰る旅を終えて一休みしている時だった。
数日中にそれも多分、うんざりするようなそれなりの期間。ここを皆で留守にすることになると思うとアキラは言っていた。
とりあえずそれが、姿を消していたハンコックがまた関係しているんだろうな、とは思ったけど。彼の胸の中で見上げる私の耳元で、「調査キットや現地で使いそうなもの、用意してほしいんだ。一緒に考えて欲しい」と言われていた。
でも――。
==========
両手を拘束され、目隠しまでされるほど念の入った経験をするとは思わなかったが。
しかし、それ以上の事――例えば小突かれたり、殴られたり――はされない当たり。なるほど、阿呆な連中なのだろうといくぶんか安心することができた。
自分はどこかの部屋の中、背もたれのズレたパイプ椅子に座らせられてしばらく放置されたが。
無人の部屋に誰かが足早に入ってきて、明かりをつけると。椅子を引きづる音の後に、乱暴に目隠しをズラされる。
「――よォ、元気にしていたようで安心したよ。ボス」
「……」
「久しぶりの再会じゃないか。ハグしてくれとは言わないが、そんな怖い顔で睨まなくてもいいだろう?」
「ポーター・ゲイジ」
「よかった。あんたに名前を忘れられたのかと不安で泣きそうだったんだ」
「なぜ、お前がここに居る!?」
あらゆる目前の出来事全てに冷淡に、冷酷に対処するあの男にもこんな顔をすることがあるんだな。
だが、おかげて少しこちらにも運が転がってきているのだと理解することが出来た。怒りのままに怒鳴りつけて、コチラを八つ裂きにしたいが、それがかなわない。怒りを抑えなくてはならないというオーバーボスの姿は、初めて人間らしいと感じた。
「あんたミニッツメンだったんだな。なるほど、俺達のようなレイダー相手に強気でいられるわけだ」
「それが知りたかったとでもいうのか?」
「いや、そうじゃないさ。実際の所、俺は連邦でのあんたの商売の邪魔はしたくなかったんだよ。これは本当の話だ」
「フフン、旅の商人でございって顔をして近づいてきて。よく言う」
「なぁ?そんなにへそを曲げないでくれよ、総支配人。俺はただ、あんたにそろそろ戻って来てくれって伝えたかっただけなんだ」
「あそこに戻る?なぜだ?」
おいおい、またここからやり直すのかよ。
「勘弁してくれよ、アキラ。これは――」
「いいや!お前の方こそ理解すべきだろう。
俺が引き受けた”仕事”は、お前らクソどもの遊び場に行ってくだらないゲームをクリアする。その時にお前の要望は多少かなえておけ、それだけのことだ」
「あんたの手の中に入る、特典については十分に話したと思うが?」
「ふざけんな、ゲイジ!俺はミニッツメンだぞ、コミックヒーローよろしく。
昼は連邦で正義の味方、夜はヌカ・ワールドでレイダーの王を演じろって?馬鹿じゃないのか!?」
ああ、それは確かに馬鹿っぽく聞こえるかもなぁ。
「……それって悪い事か?バランスがとれてる」
「俺にそんな危険な橋を渡れと?仲間に感づかれたら、俺のここでの地位は全て無駄になる」
「俺達の歓迎じゃ足りないか?パーティーも用意するぜ」
「――俺がお前を殺さない理由を、減らす努力でも始めたいのか?ポーター・ゲイジ、お前をここで処分しても問題はないんだぞ」
「もう言ったと思うが、本当にあんたを怒らせるつもりはなかったんだ」
「悪意はないだと?」
「そうさ、忠誠心の表れって奴だよ。いい機会だからついでに話すが、あんたの前任者。コルターを俺は裏切った」
「ああ」
「当然あんたも考えただろうさ、俺があんたをいつ裏切るのかって」
「そりゃ、当たり前だろうよ。馬鹿共の前に立つ時、同時にお前が狙いやすいように背中にマトを貼っておかなきゃならないんだ。
何がオーバーボスだ、そこにいるだけでロシアン・ルーレットするのとどう違う?お前のすり切れた罪悪感に期待してくれとでも?」
「だよな。誤解はもっと早く解くべきだった。
変な意味じゃないんだが、あそこであんたがやってくれたことは。俺は好きだったし、きっとこれからも楽しいだろうとわかっていたことだ。例えアレがあんたにとってただの――仕事のひとつだったとしても」
「続けろ、ゲイジ」
やはりこいつはわかってる。
その油断ならないと相手を疑いつくす目が、興味を持っているそれに変化しようとしていた。
「あんたの前の奴、あのコルターはクソだった。それだけは、はっきりと言えた。
だが、そうだ。俺は認めるよ、ボス。
奴があんなになった原因は俺にもある。オーバーボスになるようにそもそも話を持ち掛けたのも俺だったからだ。その時はまさか、コルターがあんな無様な姿をさらすとは考えられなかった」
「ああ、次の的は俺だろ?」
「そうじゃない、聞いてくれ。コルターは理想的だったんだよ。でかくて力があって、周りを恐れさせる。俺はそこで奴を尊敬させるようにしむけていく。こいつは言ってみれば共同作業だ。
ところがそれを奴は難しくした。
頑固になって、問題を理解することも拒否した。俺の仕事を倍々に増やし続けて、自分の分は減らしていった。ありゃ、最悪だったよ」
「……」
「俺は自分を知っている、ボス。
責任者なんてのはお断り、でもだからって自分の実力もわからずにただ上を狙おうとするだけのカスと一緒にはされたくない。
俺なら上手くやれることがある。俺をちゃんと使ってくれるなら、俺は波風は立てたくはないし。皆も大抵のことは不満のない状態を維持することが出来ると思ってる」
「俺の仕事に、波風を立てている男の口から聞かされるセリフじゃないな」
「茶化さないでくれ。これでもおめかしして、あんたに真摯に向き合おうってここまでやってきたんだ。
お互いはまだ、それほど深く知り合ったわけじゃないが。あんたは強いし、イカレテルとも思う。そして決断力の鋭さは段違いだ、俺達はいいタッグになれるはず」
「――ミニッツメンをやめろ、と?」
「イヤイヤ、そうじゃない。あんたの商売を邪魔したくはないさ。だが、俺達も使って欲しいんだ。
そのためにもまずは一度顔を出してほしい、戻って欲しいんだよ。俺達の仕事は溜まってる。あんたが姿を消してから、結構立っているからな」
「お前を、俺の相棒にしろと?」
「あんたと今組んでいる連中に俺を紹介してくれなんて言わないさ。ただ、俺とも楽しくやってみないかって話だよ」
アキラは黙りこくったまま。
だが、再び目隠しを戻そうとしたので「おい」と抗議の声をあげたが、それは無視された。
「黙れ――ここで大人しくしていろ。
お前はなんでもなかったと、説明してくる。馬鹿な真似はするなよな?」
「もちろんだ。あんたを信用しているよ、ボス」
「フン、言ってろ」
部屋の明かりが消え、扉が閉まる音がする。
周囲が闇に包まれた――。
==========
マクレディ、ケイト、キュリーとアサルトロン達はその一部始終を壁の向こう側で見ていた。
それは取調室などによくみられる。いわゆるマジックミラーに似たものだが、コチラから見たら鏡でも。向こうから見たらそれは普通の壁にしか見えない、そういうものらしい。
ドアが開いてアキラが戻ってくると、キュリーの手にあったヌカ・コーラを受け取り。一気飲みでもする勢いで、喉をゴクゴクと鳴らして減らしてみせた。
マクレディとケイトは壁の向こうへおくる視線をそのままに、今見ていたものの感想を口にする。
「アンタ、本当にキメてると役者みたいに器用に演じてみせるんだよな」
「ハッ、ひどい豚野郎に見えた」
アキラは感想を聞いて顔を歪ませて飲むのをやめ、その顔を覗き込んだキュリーが心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか?唇が渇いています」
「中毒になったかな。あとでドクターの診察を受けないと」
「――そんな素振りはあそこじゃみせなかったじゃない」
「それだけ演技が優れてたって事さ。だよな、ボス?」
ヌカ・ワールドについてはマクレディにも少しは情報があった。
ケロッグ討伐の際、レオが集めた情報の中にそれがあったのだ。連邦の向こう側に、無法者の天国が誕生した、と。
まさか自分のボスが、そんなところでいつの間にか総支配人なる怪しげなポストに就任していたとは知らなかったが――。
「参ったな。予定が狂ってきた」
アキラの顔は暗い。
本当はVault88に皆で取って返し。
技術を習得しながら、あの場所の調査も並行してやろうと思っていたというのに。
ヌカ・ワールドの方から半ば強制的な招待状が送り付けられてしまった。
「あんたレイダー嫌いなんでしょ?放って置いたら?」
「そのつもりだったけど、向こうから近づいてきた。歩み寄らないと逆にこっちを引っ掻き回そうとするかもしれない。ひどいことになるぞ、ケイト」
「へっ、確かに。ガービーの奴がボスがレイダーとつるんでるって知ったら。レオになんて言うか、簡単に想像がつくな。大騒ぎだぜ、きっと」
「それではどうするのですか?彼の求めに応じるつもりですか?」
僕は決断しなければならなかった。
「とりあえずアイツは解放する」
「ここで殺しちまった方がすっきりすると思うんだがね、ボス」
「あたしもそれ、同感」
「ダメだ。とにかく今はハンコックとVaultからなんとかしないと――ジャック、いるか?」
「はい」
「アイボットをひとつ用意してくれ、あいつが解放後にちゃんとヌカ・ワールドに帰ったのか。知っておきたい」
「わかりました、準備します」
まったく、恨めしい気持ちでいっぱいになる。
あの”小さな宝物”でやらされた仕事が、まさかこっちにそのまま続けろといってくるような事態になるとは考えていなかった。
というよりも、あの場所を奴らが奪われることをただ眺めるだけで放っているというのが信じられない。
(余裕が出来たら、ミニッツメンをけしかけてあそこのレイダーを殲滅してやろうと思ってたのに!)
北部制圧後の計画のひとつがこれで無駄になった。
机上の空論、パラノイアの妄想とはよく言ったものだ。
修正案を新たに用意しようとしていた僕の壮大な計画とやらは、またまた大きな修正が必要となってしまった。
(設定)
・甘い匂い
危険はありません。例え常用となって長期に服用したとしても。記憶障害程度の問題しかないでしょう。
子どもの好きなグレープ味。材料は、ウィスキー1本、ハブフラワー2つ、メントス1個
・ジェゼベル
ラストデビル殲滅からずっと放置されていたロボット、哀れ。
アキラはこれを手に入れて復活させるまでの間弄り倒すのだが。それであのフランキーのシミュレーター装置も生み出している。
裏話だが、最初はアキラがエイダとガクテンソクと共に、ジェゼベルと会話するというシチュエーションが別パターンで2度続く予定だった。
これによってアキラはすでに、ジェゼベルの行動しつくしているというのを描きたかったのだが、変更した。
・アキラはいきなり~
オラついていますが、これも演技です。この世界にもオスカーがあるなら、翌年のノミネートに間違いなくアキラが入っていることでしょう。