ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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思えばこの話も、一年以上書いているんだよな。長すぎ・・・・。
今回が今年最後の投稿となります。皆様良いお年を。

次回投稿は未定!


完成しえない場所 (Akira)

 奪ったコベナントにアキラがもたらせた変化の最大がロボット達とするなら。

 その次に来るのが、居住地前にある湖のほとりに作られた。かつての世界の技術から誰かが生み出され、”小さな水力発電所”と異名で知られた、工業用の発電式浄化ポンプがそうだろう。

 

 近づけばわかるが、そこは大量の水をくみ上げるポンプ音を響かせ。しかし、水面はまったく後退はしていないという仕組みには首をひねらんばかりの代物である。

 

 この大量の水と電力は、秘密のエリアにも送られており、その恩恵が形としてそこに現れるのは必然というべきだろう。

 

 アキラの工房、キュリーの研究施設に続いて誕生したのが。

 植物の栽培施設である。

 とはいえ2人はこの分野には決して詳しいわけではなかった。ただ、ある時思いついたようにアキラがキュリーに伝統医学――はっきりと指すと東洋医学についてのアプローチを質問したことがきっかけとなった。

 彼女は答えられない今の自分に愕然とし。「その可能性には考えがいたりませんでした」と認め。そんな彼女のために――まぁ、かなり軽い気持ちで彼女のために用意したのだ。

 

 だが、どうも2人は考えることが専門らしく。

 そこで扱われている植物の観察を成長は、秘密のエリアを管理しているロボット、ジャックの密かな趣味の場になりかけていた。

 

 

 そしてさらにもうひとつ、それが浴場だ。

 別に綺麗好きというわけではないが、アキラは連邦を旅すると度々だが身綺麗になりたいという欲求に悩まされることがあった。元軍人でもあるレオはその辺、あまり気にしていなかったし。この世界で生きてきた人々にしても、それはたいしたことではないというのが常識である。

 

 だがとにかく浴場は作られた。

 当然だがアキラはほぼ毎日通っている。マクレディやハンコックはたまには気分転換にと利用することこともある。やはりウェイストランドを生きてきた人々の中で、浴場の文化なるものはほとんど失われてしまったものなのかもしれない。

 例外はキュリーだが、それだって別に彼女が自分の新しい体を大切にしているから。ではまったくなく、部屋を出ていく気になる彼がそちらの方角にむかっていくのを確認すると、いそいそとその後に入っていくという――。

 

 

 だが、ここにそんなものは嫌いだと断言する女がいる。

 ケイトだ。

 彼女にとって身綺麗になるということの意味は――不愉快の極致と言っていい。

 

 

==========

 

 

 浴場にはいかず、部屋の中でただ下着姿となったケイトは。

 手にしたそれを見て愕然としていた。

 

(ありえない。ありえない、これは)

 

 喉をゴクリとならす、そこで正気を取り戻したような気分になってそれを元の机の上に――そっと、つまんで置いた。

 

「キュリー?ねぇ、ちょっといいか……」

 

 仕切りの向こうにいる彼女の所に顔をのぞかせたが、口はそのままあんぐりと開いたままだ。

 なぜかそこには、ケイトと違って一糸まとわぬ生まれたままの姿のキュリーが驚いた顔で振り向いていたからだ。

 

「な、何をやってるの?」

「着替えです。ケイトも、そうですよね?」

「そうだけどちょっと問題が――なんで裸!?」

 

 キュリーは黙って何かを指さすが。

 ケイトはそれが何かを理解すると、慌てて自分の所に戻ってさきほどの机の前へと急ぐ。そして同じものを目にすると、思わずうなり声ともうめき声とも聞こえるネコ科の肉食獣の如き音を喉を震わせ部屋の中に響かせた。

 

 

 

 そんな不穏な空気の漂う部屋から離れた地上では。台座の上に空になったヌカ・コーラの瓶を並べ終えると、アキラとマクレディは離れたところにある机の元へと戻っていく。

 これからちょっとした試射を行うつもりなのだ。

 

「これか?」

「そうだ」

「――信じられネェ、まるで別物じゃねーか」

 

 味わいのある木製のレバーアクションライフルは、今は黒く塗られてはいるものの。

 ちゃちな作りのプラスチックにも似た肌触りと輝き。手に握れば、元の重さよりあきらかに軽くなっていた。

 

「弾丸の方も解析が終わって、今は量産にかけてる」

「あんたにライフルも練習しろって意味で贈ったんだがなぁ」

「――選んだのはお前でも。実際に買って、贈ってくれたのはキュリーとエイダだったよな?」

「ああ、つまり俺の愛情も詰まってるってこった」

「そうかい、愛をありがとう」

「いやいやどうも、ボス」

 

 マクレディはさっそく手に取って構えてみる。

 独特なレバーアクションであったとしても、アキラの手製にある銃のクセのようなものがすでにしっかりとこれには詰め込まれている。それがわかれば、なるほどこれは確かに武器であるようだ。

 

「スコープはつけてないな」

「今はね。中距離用を考えているから4倍かな。電子装置なら、倍率も上げてもいいと思ってるけど」

「俺はあんたやレオみたいに、アシスト装置を使わないから前者かな」

「そうだな」

 

 言い終わると同時にマクレディの構えた銃は、バンバンとリズミカルに5発を発射する。

 最初のレバーアクションライフルは、弾は本体に詰め込む。いわゆるチューブマガジンと呼ばれるものであったが、こいつは6発を収納する小さな弾倉を使用する形になっている。

 

「どうだ?」

「ああ――悪くないんじゃないか」

「それだけ?」

「……ボス、悪いけど俺にはやっぱりこいつは無理そうだ」

「そうか」

「銃が変わってもなんとかできると思うが、弾丸はやっぱり。撃ちなれたものを使いたい」

 

 地面に転がっている5発の排莢を見つめながら2人はそれで押し黙った。

 狙撃銃を使いこなすマクレディであるが、好みがかなりはっきりとしていて新しいものをなかなか気に入ろうとはしなかった。

 

「本当に――」

「いや、いいんだ。お前はプロだし、自分の道具は慣れたものを使いたいというのは当然だ」

 

 以前はマチェット、今はリッパ―と呼ばれる携帯チェーンソーを半ば冗談で持たせてはいるものの。マクレディに戦闘では狙撃と肉弾戦でどうにかしろと要求するのは、現実的な事とは思えない。

 

「ボスがこれを使うのか?」

「ライフルは好きじゃないんだ――いや、使うけどね。別に用意している」

「へェ」

「出発までには用意はできるけど、調整は向こうでやるしかないな」

 

 すでにあのケロッグはコベナントから放り出していた。

 本人はアキラの顔を見て安心した、などと口にして。再会の約束を信じると、一応は納得して戻っていったということになる。

 

 おかげであのヌカ・ワールドには行かねばならないが。それと同じように行かねばならない場所が今はもうひとつあるのだ。

 Vault88、まだ作られてもいない。200年前にすでに失敗していたVaultの地下シェルター施設。

 あの場所はガンナーの支配地域でもあるので、異変を感じた連中が採石場へと様子でも探りに来られては今は困る。戻って出来る限りのことをしなくてはいけない。

 

「まず、ハンコックを迎えに行くって事でいいんだな?」

「ヌカ・ワールドに行くにしても、今度は命がけになる。そんなところに行くならできるだけ大勢がいい」

「あんたがそんな、実に人間らしいことを口にしてくれてよかったぜ。『マッチョな俺には普通の事だ。まぁ、見てろ』とかなんとか言って、ひとりで突っ込んで行っちまうんじゃないかってケイトと話してたんだ。こっちをヒヤヒヤさせるのがあんたの役目だし」

「お前は僕をなんだと思っているんだ?そんな暴走はしないよ」

「へっ、そりゃ嘘だね。今度アンタのポンコツに頭に血が昇った自分の姿を撮影してもらったらいいさ」

「言ってろ、馬鹿」

 

 言いながら新しい瓶を並べていく。

 とりあえずは自分の準備は出来ている。すくなくとも心の準備以外は。

 アキラは自分でも驚くことだが。今回のケロッグ訪問には思った以上に動揺している自分に困惑していた。多分だが、Vaultの件で上手く自分の中で決着をつけようと悩んでた辺りで、横合いからいきなり殴られるようにしてあの時とは違う、自分らしい自分を奴に知られたことでうろたえたのだと思う。

 

 とはいえ相手は無法者の軍団が相手だ。

 アキラの情報があの中で拡散され、うっかり連邦の西部に戻ってそれをぶちまけながら暴れられたりでもされたら面倒な事になる。

 ケロッグのやんわりとした脅しは実に効果的であったと認めるしかないだろう。

 

 再び元の位置へと戻り、次はアキラの手で今度は試射が始まる。

 銃声が鳴るたびにマクレディが「ハズレ、ハズレ、命中、でもハズレ」の声がする。

 

 

 男どもに、とくにあの雇用主とかいうアキラにむかって怒鳴りつけてやらねばと思った。

 なにが「試着してみてくれ、新しい戦闘服なんだけど」だ!

 ケイトはキュリーに言われて気がついたが、アレが2人に用意したのは新しいごちゃごちゃした新しい、そしてセクシーな下着と、その上に身に着けるらしい色違いのスパンコールドレスであった。

 

 ドレスはそれぞれキュリーは薄いピンクとパープル、ケイトは黒にエメラルドグリーンが混ぜ込まれたような色合いとなっていた。

 そして――なんというか、それがケイトにとってひどく気持ち悪い。

 

 自分もアイツにはキュリーのように――そうなると考えられているのだろうか?

 

「ケイト、大丈夫ですか?」

「駄目かも。あたし、吐きそう」

「それは大変です。ドクターに診察を――」

「ちょっと待って、少し……少ししたらきっとどうにかなると思うから」

「はい」

 

 とりあえず自分はまだ下着を着ているからいいが、キュリーは裸のままだ。

 服を着るように伝えると、彼女は迷うことなく――それを手にして、身につけ始める。

 

 よく似合ってるじゃない、それを見て思った。

 ドレスはキュリーの持つ清楚で可憐な、それでいてエレガントに見せる力を持っていた。

 そしてだからこそ、自分にもそれは――ああ、考えるだけで眩暈がしてくる。これは、これは……。

 

 ここに来てから思えば、自分は雇用主の前でも結構好き勝手をやらせてもらっていたとは思う。

 でもだからこそ、この不意打ちじみた仕打ちにショックを受け――ああ、そうだ。自分は、自分はきっと怒っているんだ。

 

「そうだよね。噛みつかなきゃ、あたしじゃないじゃないか」

「ケイト?」

「なんでもない!喧嘩を買うなら、そりゃ高くしてやらなくっちゃね」

 

 ゆっくち立ち上がると、腹の底からカッカしてくるのが分かる。久しぶりの感覚、だがアリーナに立たなくなったのはちょっと前の話じゃないか。自分は今だってチャンピオン・ケイトなんだ。

 敵を見定めたら、もはや迷わない。ケイトは乱暴に脱ぎ散らかすと、新しいそれらに手を伸ばす――。

 

 

 

 続いて僕は、弄り倒したばかりのケイトの武器の感想を聞こうとする。

 

「こりゃ、ケイトのだよな?」

「コベナントの店にあった。ジャスティスと刻印されたコンバットショットガン。ようやく彼女、僕の手を入れることに同意してくれたんだ」

「なんかでかくなったし、前よりも重くないか?」

「集弾効果を高めたが、反動も強烈になったのでフラッシュ・サプレッサーや無反動ストックで軽減には成功した。マイナス面はあったけど」

「あの女にドラムマガジン?正気かよ」

「重い方が安心というし、本人の願いをかなえた結果さ」

 

 数発も撃つと、マクレディはもういいといってそれを置いてしまう。

 どうやら轟音響かせる銃声に反し、ヤケに軽く感じる反動が気味が悪いみたいだった。

 

「次はキュリー。インスティチュートのレーザーピストルをショットガン仕様にした」

「あー、レーザーか。それって意味があるのか?」

「こいつなら発射時に生じるエネルギーも低めだし、拡散力も小さいから扱いやすいと思ってね」

「まぁ、ちょっと前までは10ミリのハンドガンくらいしか触れなかったしな」

「ああ――でも、本命はこっちだ」

 

 そういいながら机の下から小さなケースを取り出した。

 もったいぶったやり方をしてみせたので、今度はマクレディも興味を持ったみたいだ。中をのぞきたがっている。

 

「なんだ、ソレ?」

「対物ライフルをレオさんに用意した繋がりでね。ちょっと試しにジャックに作らせてみたんだ」

「へー」

「45口径の自動拳銃、装弾数は11と1発。同時にプラズマ・カートリッジを使ったオプションつき」

「この重さなら1キロ前後ってとこか?女には重くないか?」

「レールロードで手に入れたデリバラーの重さの約2倍、これが僕の限界だったな」

「でも、あれは10ミリ仕様だろ?これとは威力が違うぜ」

「元はパイパー・ライト女史のためにと作ったんだけどね。キュリーもどうかなって」

「生意気にオリジナルの刻印が入ってるじゃねーか。えーっと……シー・デビル?悪魔の女?」

 

 いや、何を言ってるんだコイツ。

 

「なんでそうなる!シー・デビル、海の悪魔だ。タコだよ、知らないの?」

「キャピタルでもここでも。海の生き物なんざそんなに口にした記憶はないね」

「なら、経験させてやる。マイアラーク料理はエイダが得意だよ」

「うえっ、あんたのその趣味だけはわからんぜ。食い物がいちいち、グロテスクなものばかりじゃねーか」

 

 連邦を旅するようになってからだと思うのだが――。

 僕の舌は、味覚はかなり変化した。人が喜んで口にするようなものではなく、野性味のある粗野な味を好むようになっていた。自分でも気がついていたが、はっきりと指摘されるとさすがに少し傷ついた。

 

「なんだよ。今後は罠を作って、自分たちで材料から数を捕獲しようと考えて――」

「デスクローのステーキににマイアラークのサンドイッチ、そしてブラッドバグまでステーキ。俺、アレはもう絶対に食わないって決めてるんだぜ?」

「……ラッドスコルピオンもイケるぞ?グッドネイバーで食べたことがある」

「やめやめ、それよりそいつも俺に試させてくれるんだろ?」

 

 レオさんやディーコンなどにもそうだったけど、僕はあの秘密を仲間に打ち明けたりはしていない。ああ、でもハンコックはそれとなく想像がついているかもしれないな。

 人間食い――。

 言えるわけがない。見せられるはずもない。

 

 マクレディが隣で「おお、いいじゃねーの」と口にしながら試写を続ける中。

 僕はかなり複雑にその様子を目で追うことになった――。

 

 

==========

 

 

 翌日は雨だったが、計画はそのまま実行することにした。

 

 エイダはヌカ・ワールドへと先行してもらい。

 こっちは本隊としてT-51と45の僕とレオさんの3台のパワーアーマーをあのVault88へと持ち込むことにした。

 

 一度はあそこにむかったことのある僕はいいが、クインシーの採石場は高濃度の放射能に汚染された場所だ。

 持ち込むものはパワーアーマーを着せたキュリー達に任せ。ロメオ・ワンから素早く僕らは離れ、そしてすぐに帰還させた。

 

 

 不用心なことにVault88の扉は開けっ放しにされていたので、僕は中に入るとそこを閉鎖する。

 キュリーはこちらの被ばくを気にしていたが、今はとにかく合流することが先だ。ゲートが解放されっぱなしだったので、一応は他の侵入者を用心して奥へ進んだが。別にガンナーなどがあの後、すぐにここに来たというわけでもなかったようだ。

 

 数日ぶりに再会したハンコックは、自慢のジャケットを脱ぎ捨て。フリルの付いたシャツも胸元まで全開し、そしてどうやら疲れ果てているようであった。転がっている箱の上にうつむいて座り込んでいる彼が顔をあげたのを、僕らは随分と驚いて見つめていた。

 

「どうしたの!?」

「よォ、若者達よ。地下で干からびた死体に会いに来てくれたか」

「だいぶやられてるみたいだな、市長。普段なら俺達からそんなこと口にしたら、ブチ殺してやるってなるだろうに」

「自分で言うなら別だ、マクレディ。ここにいると時間の感覚がなくなるってのは事実だったな。俺はまだ、生きているのか?」

「どうだろう、まだグールに見えるよ」

「ハッ、面白くもないジョークだな。それになんだ、お前らまたパワーアーマーを持ってきたのか?」

 

 アキラの背後に立つそれらを見て、顔を歪めた。

 きっとただ、自分の事をアキラたちが迎えに来たわけじゃないと察して。嫌な予感でも感じているのだろう。それが正確だと、ぜひ知らせてやりたい。

 

「バーストゥは?」

「あ?ああ、なんか机に向かってやってるんじゃないか」

「グールの女性と2人っきりだったってのに、お互いの理解は深めなかったのかい?」

「口を開けば『仕事、仕事』しかいわねぇんだ。アレは以前、チャーリーが妙にこだわってた役立たずのジュークボックスを思い出したよ。女という本能はしっかりと腐り落ちたのか、俺のようないい男の価値が面の前にいてもそれが全くわかっていないらしい」

「そりゃ、お気の毒。よっぽどそいつ、見る目がないんだね」

「チャンプはそう言ってくれるから……おおおっと!これはこれは」

 

 いきなり背を丸めて座り込んでいたハンコックの声が跳ね上がり、背中を伸ばしてニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。

 マクレディらがアーマーから降りてきたのだが。ケイトとキュリーが、地下空洞にはふさわしくないドレス姿とみて元気を取り戻してきたようだった。

 

「どこかでパーティでもあるのかい?俺にも招待状があるといいが」

「それが聞いてよ、ハンコック!このクソ野郎、こんなのを戦闘服にしやがってさ!」

 

 まだケイトは文句を言っている。

 文句を言いたいのコチラの方だというのに。

 

「あらかじめ説明して渡したのに。着ておきながら、信じられないと言って殴ってきたんだぞ。ひどいのはそっちだろ」

「男が女にドレスを贈るなんて、どういう意味なのか知らない。アンタがおかしい!」

「お願いです、2人とも。また喧嘩をしないでください」

「惚れた男だからって、そんな甘い顔しちゃダメ!こういう奴はね、キュリー。何か理由をつけちゃ女を自分の好きにできると思ってるんだから。思い知らせないと!」

「拳で殴られたんだ。口の中が切れて、今も痛い。そこまでされることか?」

「フヒヒ、こっちはこの通りだぜ市長。楽しくやってたよ」

「ああ、どうやらその通りみたいだな」

 

 再会のおしゃべりはこのくらいでイイだろう。

 

「それで、今はどう?」

「――ああ、最悪だ。あの女が言っていることはほとんど事実だった。何かをしようにも、定期的にこっちの様子を探りにでも来てるのか。フェラルどもがやってきてうろちょろしてみせる。邪魔だからと最初は殺していたが、さすがに飽きたな」

「まだいる?」

「わからんよ。ここから動けないんだ、水もない。食い物もない。泥水をすすってた、久しぶりの経験だ」

「うえっ」

「ああ、お嬢さんたちにはさせたくはないな」

「つまり、なにかを始めるって状態ですらないのか」

「やることが多すぎて俺にはどうしようもない。それが全てさ」

 

 よほど大変だったのだろう。

 顔にまた影が差すハンコックに僕は笑いかける。

 

「それじゃ、ここからは任せてよ。一応、計画は立ててきたから」

 

 

 コルベガ工場をレオさんやガービーらと攻略した際、僕はそこのサーバーからいくつもの工業製品の設計図も手に入れていた。

 その一部はサンクチュアリやコベナントでも使ったが。それはここでも同じだ。

 

 この際、バーストゥのことは徹底的に無視することにした。

 ハンコックの話からどうせ役には立たないとわかっていたし、そんなのにかかわっている暇もない。

 

 キュリーとハンコックに端末機を用意させ、マクレディとケイトにはパワーアーマーで放置されている資材などのゴミを全てスクラップにするように命じ。僕は僕でそれらを適切に使えるようにするものを用意する。

 ホッパーと分類機で積み上げられていくスクラップを分類して再分配し、スクラップの中に混ざっていたMr.ハンディとプロテクトロンを見つけだすと。これを強引だけど起動させた。

 

 ああ、48時間は本当に短い。

 ここまでやるのに2日をかけてしまった。焦りはないが、準備すらされてないとっちらかった状況がただただ面倒くさすぎる。

 そして周囲は再び眠らなくなった僕を心配しているようであったが、僕自身はまったく気にしていない。

 

 

 さらに進んで――72時間経過。

 

 動き続けるコンベアとホッパー、そしてスクラップの山は小さくなっていき。かなり広大な空間がそこに存在するようになると。状況はここでようやく改善されつつある、そう思えるまでになってきた。スクラップの分類する作業はロボット達が担当し。パワーアーマーアもマクレディ達も今は勝手に水道水やら寝床を作って自分たちの居住性を追求している。

 

 まだ完ぺきではないが、次の段階に進むにはいい頃合いだと思った。

 目を充血させ、躁状態のままの僕は席を立つと、彼女の所に「今、到着しました」というような態度を見せて面会にいった。

 

「ミズ・バ―ストゥ。挨拶が大変に遅れました」

「ええ、わかっているわ。でも気にしないで。ここもだいぶ、進み始めているようだし」

「もちろん!そのため、あなたのために僕らはここに戻ってきたわけですから」

 

 80時間を同じ場所で過ごして初めて交わされる再会の挨拶だが、しかし両者に違和感は全くないようだ。

 バーストゥなどはむしろ、高揚感すら感じているようにも見える。こっちは飲み込んだ錠剤が腹の底でゴロゴロしているのを感じて吐きそうだ。

 

「前回、ここではあなたにパートナーとなる提案をされましたが――」

「そうね。でもあなたは断った」

「考え直しました。まだ、その提案に同意するチャンスを僕が失ってなければいいのですが」

 

 顔には笑みを張り付かせたまま、しかし頭の中はキラキラと輝いていてどこか暴走していた。

 もし、目の前のグールがここで「NO」などと口を開いたら、その首を問答無用落としてやると決めていた。

 だが有り難いことに、そんな考えはむこうにはなかったようだ。

 

「もちろん。提案はまだ有効よ」

「では、オーケーですね?」

「そうね。これでお互い、パートナー」

「ではさっそくですが、”あなたのためのVault"を構築するために必要な情報。それをすべて私にいただけますね」

「ええ。これは私がここで何年もまとめ上げたものよ。きっと、役に立ってくれるはず」

 

 それまで彼女がしがみついて誰にも触らせはしなかった、彼女の端末機へと導かれたが。僕は彼女の話を聞くつもりは全くないので、言葉を最後まで聞かずにそれに空のホロテープを放り込むと。彼女がまとめたとか主張するデータのコピーをとった。

 

 Vault-TECの技術、さてどんなものなのか?

 

 

==========

 

 

 相変わらず挨拶と役目を終えたバーストゥをのけ者にして、アキラとその仲間たちは部屋の一室でちょっとした会議を始める。

 はじまると同時に寝不足のアキラは血走った目とうんざりした表情と声で、衝撃的な宣言からはじめる。

 

「結論から言う。このVaultはようするに決して完成しないことを目的としたものだったことがわかった」

「――なに?」

「目的、継続、結果。それらしいことが色々、でもようする無意味。なにもないってこと」

「?」

 

 ジェゼベルじゃないが、どうやらこちらの言っている意味を理解してはもらえなかったようだった。

 しっかりと丁寧に説明が必要と言うことらしい。

 

「目的とされる実験はやたら壮大なものを計画しているけど。目を通してみたら、別にそんな規模でやらなきゃいけない理由は何もない。そもそもその実験はべつにこのVault特有のものではない。

 施設の設計は更新すると上限が常に拡張され続けていったせいで、全く開発が進まなかった。それでも新たな予算が降りると、そのたびに理由をつけてさらに拡張する必要があるって結論が用意されていた。やる気がありすぎて、現実を無視しているよね」

 

 Vault88はそもそも完成など”想定されていなかった”Vaultであった。

 

「ということで、僕らのとるべき道は2つとなった」

「?」

「完成しない施設なんて放り出して、さっさと帰る」

「嘘でしょ?こんな穴の中で、ジメジメと数日を無駄にしたってワケ?」

「――なんだよ、そりゃ」

「最悪だな」

「困りましたね……」

 

 皆は呆れ声とここに連れてきた――つまり僕へ。非難の目がむけられている、なぜだ!?

 

「そしてもうひとつ!」

「……」

「実際にシェルターを僕らの手で作ってしまおう、という道もある」

「なに?今、完成されないVaultだとお前が言ったんだぞ?」

「そうだ。だから僕らが作るのは完成されたVaultってこと」

「どういうこと?」

 

 自分では大丈夫だと思っていたが、ちゃんと伝わっているのだろうか?

 寝不足と言うものの悪影響を、僕はそろそろ認識を改める必要があるのかも――。

 

「200年以上前の設計図は全て捨てて。かわりにこっちが新しい設計図を用意する」

「――ボス。そんなことができるのか?」

「やれるよ。バーストゥは念願のVaultを手に入れて監督官となり、僕らは完成されたそれをみてニッコリ」

「あんたがにっこり、の間違いだろ」

「幸せになろうよ、こんな場所でもみんなでさ。それが一番とは思わないか、ケイト」

 

 しかしハンコックはわずかに考え、僕の計画の問題点について触れる。

 

「それだとあのバーストゥにはどう言い訳をする?お前が調べたデータってのは、あいつが長い時間をかけてまとめたものなのだろ?

 そこに記述されたものと明らかに違えば文句も出てくるだろうよ」

「どのみちこのままだと彼女の願いはかなうことはない。完成を約束すれば、たぶん彼女は騒がないと思うんだ」

「言いくるめるつもりか?」

「その必要もないと思うけどね。せいぜい『君が地下にいた200年の間に進歩した思考が導き出した結論』とかなんとか。それだけであっさりと納得するさ」

「――それなら俺の数日の苦労も報われるか」

 

 なんとなく、このままこの場所での作業を続けることに皆が同意してくれたような空気になっている。

 それなら今のうちにサッサと話を進めてしまえばいい。

 

 

 バーストゥに新たな提案として、新しい図面を引くと口にすると微妙な反応を見せた。

 どうやら僕の考えは楽観的に過ぎたようだ。ハンコックの方が、ボクよりも彼女をよく理解していた。

 

「その、あなたの提案は実に魅力的だとは思うのだけれど。それはどうなのだろう?とも思うわ」

「元の計画を進めるべき、と?」

「そうね。もちろん」

「では、予算は何処からでますか?」

「――ああ、そうだったわね」

「残念ですが”バレリー監督官”、このVaultは破滅の危機を目前になんとか踏みとどまっている状態なのですよ。お互いにそのことを理解しなくては」

「……」

「この決断を下すことがどれほど難しい事なのか。あなたとまったく同じ気持ちだとは言いません。私も悔しい――ですが、いい面もあるということに注目してほしいのです」

「良い面?」

「ドイツの生み出した天才、Dr.ブラウンからあなたが直接に依頼された実験計画。あれが始められます、Vaultも動き出します。そうしてあなたはついに、足踏みしていたこれまでの遅れを取り戻すことが出来る」

「そうね。シェルターが出来なければ。研究も始められないわ」

「では同意を?」

「――わかった。シェルターのデザインはあなたの言う通りに変更しましょう」

 

 この瞬間、200年眠り続けたこのVaultも動き始めることになる。

 だが長くは続かないだろう。かつての世界で選ばれた、そこに入るべき人々はすでになく。かわりにこの地上を健やかに生き延びてきた人々が入ってくることになる。

 つまりはそれは――。

 

(さて、あとはこれをいつ。ミニッツメンに話したらいいのやら)

 

 解決したと思ったら、また新しい問題が持ち上がる。

 こればっかりだな。

 

 

==========

 

 

 そっと踏み出した足の先に触れたコンクリートの破片が、小さくコロコロと音を立てて転がった。

 マクレディはそれを恐怖の混じった緊張して大きく開いた目で見つめ。転がるのが終わると、「チクショウ」とだけつぶやいて真後ろに振り向くと一目散に走りだした。

 

 それに合わせるように、彼が向かおうとした方角からは。

 不気味な声が、あちこちからあがる――。

 

 そんな風に戻ってくるマクレディの姿を確認したのだろう。

 真っ暗な洞窟の中からパワーアーマーの駆動音と一緒に、強化ライトが照射されてきた。もちろん怒声付きで、だ。

 

「あんた!なにやってるのよっ」

「ヘマをしたんじゃない。すげぇ数だったんだよ!」

「わかってる、すぐに来るよ!」

 

 パワーアーマーを着たケイトは言い終わる前に、自身の持つ大きなコンバットショットガンが火を噴きはじめる。

 マクレディはその後ろまで走ると、今度は迎え撃とうとして腰を落とし。ライフルを構えようとして――それを諦めた。

 代わりにキュリーから借り受けた例のタコ印の新型ピストルを取り出して構えた。

 

「俺は狙撃手なんだぞっ。ライフルが使えないなんて、最悪だっ!馬鹿野郎」

 

 悪態を口にしつつも、自分の後を追ってきているフェラル・グールの群れに戦慄を覚える。

 

 

 アキラはこの2人には別に、広大な洞窟の”特定地域”の調査を命じた。

 彼の話によるとそこが特に気になることがあるらしい。

 2人は「そんな必要があるのか?」と不満たらたらであったが――。 

 

 列をなして迫ってくるフェラルの数は多かったが、火力がそれをわずかに上回っていた。

 次々と転がり、倒れ伏し。またたくまに動かなくなったフェラルの山が作られたが、それでもまだ後続は続いて走ってきている。

 

「やべぇぞ。このままだと押し込まれる!」

「わかってる。撃ちまくれ、ケイト!」

「いや、駄目だ。これはやるしかないね」

 

 なにを?とは聞くことが出来なかった。

 ケイトはジャスティスを手から放り出し、背中に下げているソレを――真っ赤に塗りたくられ、太い部分には暗く輝く黄金色で「Good Night」と落書きされていた改造バット。

 イカレた男が、イカレた女に要求されてホイと生み出し、与えてしまったグロテスクなバットと呼びたくはないスワッタ―を握ってしまう。

 

「嘘だろ、ケイト。それを使うってのかよ」

「最高のシュチュエーションじゃない!?アハハハハ」

「やめ――ああ、クソ女がっ」

 

 力強い一歩を踏み出すと、轟音を響かせ噴射音で生み出される狂気の一振りが始まった。

 それは獲物を皆で引き裂かんと殺到しようとしたフェラルをまとめて洞窟の壁に叩きつけ、絶命させるという悪夢を実現させてみせた。

 

 あんな風に自分も壁にキスするのはご免だ、とマクレディは思った。

 壁に張り付いて叩き潰されたローチのように、そいつらもズルズルと音を立てて地面へと崩れていく。前にダイアモンドシティでは、アレに痛そうな釘を打ち込んでいたり。鉄条網を巻き付けたのが売っていたのを見たことがある。

 だがあんなものは……バットにジェット推進装置をとりつけるだって?狂っている!

 

「お前は最悪な女だっ」

「アンタも楽しみなさいよ。こいつら、腐ってる癖にイキがいいじゃないか!」

 

 目前にあるのはバケモノになって地下を彷徨う腐ったグールたちと、それに負けじと立ち向かうは楽しそうに戦う女狂戦士ときた。

 いつも思うが、なぜかいつだって常識的なのは自分だけなんだろうか?

 そんなことを考えるマクレディであったが。彼の中にあった恐怖は不思議とすでに消えてしまっていた。

 

 

 Vault88建設を前にして、アキラにはどうしても気になることがあった。

 ひとつはこのバレリー・バーストゥと共に200年前に地下に閉じ込められたという人々の行方。そして過去にこの地下空洞を拡張されていった中でおこったとされる小さな事故を報告する記録。

 

 ハンコックによるとこの数日だけでも洞窟の奥からフェラルが迷い込んできて処分したと言ったが。

 それがもしかしてこのボストンに敷かれたかの地下鉄道網につながってやしないか。その不安を塗りつぶすために、調査は絶対に必要であったのだ。

 

 この最悪の可能性は見事に的中していた。

 マクレディとケイトは洞窟を歩き回ると、いつしか人工物の中に自分たちが迷い込んでしまい。

 そしてついにここで確認することが出来た。いや、出来てしまったのだ。

 

 コンクリートで固められた空間はトンネルであり。マクレディが戻ってきた道の先にある明かりは、もはや列車がそこに停止することはないだろうと思われる駅のホーム。

 そこからフェラルの群れが闇の向こうから、終わることなく湧き出してきている――。




(設定)
・浴場
正確には大浴場、つかわれているのは薬湯の開発のために作られた。
かのサムライとの酒盛りの際、湯治に行った話でも聞いたのかもしれない。


・シー・デビル
アキラが作った45口径弾を使用するタイプの拳銃。
レジェンダリーは「プラズマ」。反動は10ミリ弾よりも強いものの、効果はこちらの方が確かに高くなっている。
女性が使うには重い方だが、ダットサイトとストックもオプションで用意している。


・パワーアーマー
整理すると、アキラとレオは複数のパワーアーマーを所持していることになっている。
T-45が2台、T-51とT-60をひとつづつ。
このうちB.O.S.仕様のT-60はダイアモンドシティのアキラの別邸そばに放置。T-45はレッドロケットからミニッツメンが移転した際にコベナントに送られ。T-51はずっとそこに収められていた。

今回、このコベナントに置かれていたパワーアーマーが全部動いている。

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