コベナントよりアキラたちがVault88へと旅立ってから遅れること数日後まで話は戻る。
エイダはロボット達”ローグス”と共に、西へ西へと向かっていた。
とはいえ、自分たちのような集団は今の連邦ではメカニストのそれと勘違いされても文句は言えないという事情もあった。そのために移動にはいちいち斥候をかけての慎重に慎重を重ねたものとなっており、おかげで自然とその歩みは非常に遅いものとなっていた。
そこまで人目につかぬようにと心を配った彼らの繊細な進軍は、しかしヌカ・ワールドに近づく前に終わりを迎えてしまう。
眼前に広がる湖と旧駐車場でそれはおこった――人造人間の部隊、インスティチュートである。
「我々は優勢にあります」「インスティチュートの命令により、このまま敵を排除する」「戦闘サブルーチンを開放、抹殺を」
意外に戦闘中でもおしゃべりな人造人間の部隊の背後を、突如としてそこにあらわれたエイダとガクテンソクが放つ
いくつもの手足が切断され、3体ほどは真っ二つに引き裂かれては地上へと投げ出されていく――。
すでに手慣れたローグスからの不意打ち攻撃は。しかし感情のない人造人間達の間に動揺を生むことはなかったが、混乱を抑えることまでは出来なかった。
「警告、シャットダウン。状況の更新、判断せよ。有効、効率的な新たな攻撃を計算中」
「本当にひどい性能なのだな。それに口数も多い」
立て直しを図ろうとする人造人間達に、
結局はアキラの指摘に答えられず。だが、負けを認めて膝を屈することのなかったこのロボットは。
ついに彼の要求をのみ、ローグスと言うロボット達の中でただ唯一。彼らに指示を与えるアキラへの不満を仲間に聞かせ続けるというポジションを受け入れたようである。
秒単位で被害を増やす中、人造人間達は新たな敵への対処に残る戦力の半分を差し向けることにしたようだ。
「センサーに異常を感知、だがお前が生き残ることは不可能――」
そのセリフは新たな敵に最後まで続けることは許されなかった。
手に握ったレーザーの数発が当たっても気にする風ではなく、飛び込んできたエイダは乱暴に相手をそのまま強引に地面へと押し倒して固定してみせる。
大きな一つ目が不気味に赤く輝き、押さえつけていた手が離れるとそこには隠されたブレードが装着される。
「終わりです、インスティチュート」
エイダのこの言葉は死の宣告となった――。
敵が沈黙するのを確認すると、ローグスは人造人間達の残骸の上で集結した。
「奴らは全滅だ。こちらの損害は軽微、許容範囲内だったぞ」
「良い戦闘だったと思います」
ジュゼペルがなぜか偉そうに報告すると、エイダはそれに感想で答える。
だが、ガクテンソクはエイダのようにこの戦闘には不満を持っているようだった。
「ですがエイダ、この作戦は必要のないものだったのではないですか?ローグスの指揮官として、私はここに抗議します」
「そうだな。アイツは目立つことはするなと言っていた。我々のこの戦闘は必要のないものだった」
ガクテンソクの言葉に、ジュゼペルはアッサリとエイダの敵となって同調してみせる。
しかし非難を受けてもエイダは自分の判断の正しさを疑ってはいなかった。
「それは認めます。ですが、今回の戦闘に関しては。私達のマスターは――アキラはきっと喜んでくださると私は確信しています。それを証明しましょう」
そういうと、前に進み出て広域用の拡声音で話し始めた。
「私の名前はエイダ、覚えていませんか?出てきてください、ディーコン」
その声を聞くと湖のほとりで傷つき、痛みに歯を食いしばっていた男の顔が苦笑するそれへと変わった。
湖岸で隠れていたのは8人の男女で、ディーコンは負傷して彼らに肩を借りてエイダの前に出てきた。
「参ったね。でもこんな再会なら歓迎だ、助かったよ」
「あなたのような熟練のレールロード・エージェントが、インスティチュートの部隊に包囲されるとは驚きです」
「俺もさ。こうなる予定ではちっともなかったんだが――少し話せるか?」
ディーコンを知らないローグスはその言葉を聞いて機械であるからどういっていいかはわからないが――不安めいたものを覚えた。
==========
連邦の情勢不安に対処するレールロードは、限界を越えつつあった。
作戦も、設備も。あちこちでエラーを吐き出し始め、完璧なことなどまったくのぞめない。
バンカーヒルと自慢のタイコンデロガの周囲にB.O.S.の目が入りこんできたことで、機能不全に陥ったことが原因だった。人造人間達を助ける――彼らの活動の根幹が崩されようとしている。
ディーコンの受けた今回の作戦は、「見込みのある人造人間」達をこの連邦の外へと送り出すこと。
ボストンコモンから離れたところで用意が出来るのを待っていた全員を、そのままインスティチュートの手の届かないところまで逃がしてしまおうという、乱暴なものだった。
ディーコンはまず7人。
これが動かせる最大だと考え、最初だから怯えていない若い人造人間を選んだ。考えたくはなかったが、もしも失敗してインスティチュートに回収されたとしても。従順な反応をする人造人間であればいきなり処分などとしたりはしないだろう。
これはそこまで考えなくてはならないほど、あまりにもリスクの高い作戦だったのだ――。
そして不安は的中する。
この作戦に参加を要請された協力者であるツーリストが全員逃げ出した。人造人間達のための輸送ルートとバックアップの両方をディーコンは道の半ばで突然失い、連邦に放り出されてしまう形となってしまった。
そして孤立して戸惑う彼らの存在にインスティチュートは気がつき。すぐに部隊は派遣され――。
「彼女――俺と一緒に彼らの面倒をここまで見ていた仲間は、待っていた旅商人のかわりに奴らに出会って挨拶を受けた。可愛そうに。
俺にはこの連中を連れて逃げ出すことしかできなかった。それでも危ない所だった」
「レールロードの状況は厳しい、そういう話は聞いていました。ここまでひどいとは思いませんでしたが」
「……それで、な。その、あいつだ。あの野郎、元気にしてるのか?」
ディーコンは実のところ、アキラの帰還について細かい話は知らなかった。
エイダは簡単にあの後の話――グッドネイバーで事件を起こした後にいきなり戻って来て、コベナントを占拠し。ミニッツメンとして今は多くの問題を抱えている――を聞かせた。
ディーコンは全てを聞くと、クックッと笑いながらどうやらトラブル好きなのは自分だけではないようだと感想を口にする。
「そうか、ミニッツメンか。随分とまた涼しい顔をして悪いことをやっているようだ。それだけにまたあちこちから問題が出てきて悩んでいるのか」
「アキラはあなたに感謝していました。もちろん、私達もです」
「いいさ。俺はたいしたことはやってない。恩に感じてもらうようなことは、なにもな」
「コベナントに来て欲しいのです。キュリーや皆にもあって欲しいと、彼ならそう思っているはずです」
「ああ……それなら、聞かなきゃならないことがあるんだ。アイツ、アキラの奴はレールロードに戻ってくる意志はあると思うか?」
「――レールロード、ですか」
「あいつを切った組織だ。俺はそこのエージェント、つきあえばそういう話もでるだろう」
「彼はあの事件から自分の事を他人に話そうとしなくなりました。ですので、その答えはわかりません」
「そうか――」
あれは情報から他人の考えを読むような奴だった。
だから自分が危険であった時、レールロードが動かなかったことはわかっているだろうし。リーダーのデズデモ―ナが彼をどう考えのかもわかっているのかもしれない。
「ディーコン、レールロードは。あなたはアキラの力を必要としているのですか?」
「まぁ、な。だが、そんなこと――」
「具体的には何が必要ですか?」
「ん?」
「レールロードについてはわかりませんが、あなたなら。私のマスターでもある彼は、きっと助けようとするはずです。それについては確信しています」
ディーコンの顔が、珍しく驚くそれを見せた。
どうやらエイダはこの苦境を救ってくれるつもりらしい。
=========
ダイアモンドシティの入り口が騒がしい。
いつもいるセキュリティはもちろんだが、それ以外にも普段なら顔を見せないようなのも。興味津々に、ゲートの一角に視線を送っては隣にいる自分の同類達となにやら小声で話してはクスクスと笑いあっている。
(なんだって、こんな面倒なところに)
シティゲートの責任者でもあるダニーは仕事が増えたと思い。今日もまた一段と機嫌が悪い――。
それはこの連邦も同じらしく。もう春先だというのに、強風と禍々しくうねりながら流れていく雲は太陽を隠している。
――プレストン・ガービー
最近ではこのあたりでもちょくちょく目にするようになった有名人が。今日に限っては、仲間も連れずにただひとりで誰かをそこで待ち続けている。
彼が姿を現してからもうすぐ2時間。誰を待っているのだろうか?
有名人を見つめる人々の好奇心は尽きることはない。
これは悪天候の中でのフライトであった。
しかしランサーは文句を口にすることはなく。この難しい天候の中で見事にベルチバードを操ってみせ、私をダイアモンドシティまで運んでくれた。
『ナイト、町には近づけません。ここでいいですか?』
「ありがとう!B.O.S.の凄腕パイロットに感謝する。この悪天候、それが楽しいクルーズのようだった」
『当然です、またのご利用を――お気をつけて、ナイト』
「次はエルダーに内緒に、アルコールを用意するよ。あのシティには、ちょっとした地酒が売っているんだ」
『そりゃ楽しみにしてますよ』
絶妙な角度でもって、ダイアモンドシティセキュリティが視認できない。すぐそばの建物屋上に私が降り立つと、B.O.S.のベルチバードは素早くそこから立ち去っていく。離れていく機影に向け、慌てたかのようにどこかの建物の屋上からと思われる銃声がいくつも鳴り響くが。ベルチバードには届かなかったのだろう、そのままどこかへと飛び去っていってしまった。
私は建物の屋上から非常梯子を使って地上へ。そこから角をひとつ曲がるだけでダイアモンドシティの正面入り口に到着できた。
「来たぞ、将軍」
「ガービー!?」
笑顔のガービーに同じく私の方からも微笑み返し、差し出された手をしっかりと握り返す。
ファー・ハーバーから戻ってすぐに友人たちに助けを呼びかけはしたものの、ミニッツメンに忙しいガービーが力を貸してくれるとは想像していなかった。
「嬉しいよ、本当に助かる」
「ん?俺はただ、旅行好きの将軍を部下として連れ戻しに来たかもしれないぜ?」
「おい、ガービー」
「ハハハ、冗談さ。あんたに助けが必要だと言うなら、もちろん俺が力を貸すよ。当然の事だ」
ガービーの待ち人が、彼にも負けない見事な体躯をしたトレンチコートの男だと知ると、ガッカリしたのだろうか。それまでゲートの内側で集まっていた人々は、途端に興味をなくしたようだった。ゲート前の2人に背を向け、マーケットへと足を向けていく。
「英雄の恋人の顔でも見たかったんじゃないか?」
「彼らの期待に、いつも答えるわけにもいかないさ」
私はそこで気になる人について口にする。
「――パイパーはいないみたいだ」
「彼女は今、外に出ている。今回は、ちょっと無理だろうな」
「そうか……彼女の力が必要だと、そう思ったんだが」
「それはいつもだろ?」
「いや、今回は特に。でも、しょうがないな」
200年前の大悪党が、今も生きていてそれを見つけ出す。
こんなことが簡単な訳がない。ニックの調査でも確実な証拠はなかった。しかしパイパーなら、ニックが見つけられなかった証拠を見つけることが出来るかもしれない。そう考えていたのだが。
「そういえば待たせただろう?約束の時間を大幅に過ぎてしまった」
「なに、この天気だよ。噂だが、また数日中に嵐が来るって話だ。今年はどうも天候が荒れているみたいだな。来月くらいまでは、週ごとにひどい天気になるかもしれないと」
「ラッドストーム、あの1月のやつのように?」
「それはわからない。だが、そうじゃなければいいが」
「――運がよかった。私がこのまま来なかっただどうするつもりだったんだ?」
「明日も待つさ」
「そうならなくてよかった」
「ああ、まったくだな」
笑いあいながらシティの中へと入っていく。
私とガービーは次に、シティにあるミニッツメンの仮の詰め所――もとい、アキラの住居(結局本人はここに一度としてこようとしないし。そのまま使ってくれと言って、私を困らせている)へと移動する。
それと入れ違うようにして、泊まっていた数人の若いミニッツメン達は外へと出ていった。
「彼らがそうなのか?」
「ああ、アンタとアキラの指示通りにしてる。うちの整備班の助手たちだ」
ミニッツメンは、ダイアモンドシティのマクドナウ市長に利用され。大きな犠牲を払う痛い目にあわされていた。
私は市長を黙らせたが。さらにもう一押し、それが必要だと感じていた。
アキラもまた、それは同じ思いを持っていたようだ。
ある日、コベナントを再訪した私が立ち去ろうとすると。3台のロボット達を連れてきて、彼らを使ってくれと申し出てくれた。
今、このダイアモンドシティのゲートと外周には。警備用のセントリーボット、アサルトロン、プロテクトロンが配置されている。
私とガービーとで、アキラのロボット達をダイアモンドシティ・セキュリティへと援助として貸し出すことに成功した。
悪辣なやり方だとはわかってはいるが。いくら平和な町だからといって、あんな騒ぎをまたやられるわけにはいかない。あの整備班の若者たちはロボットの面倒を見るという口実で、セキュリティを通して町の動きを知るための情報収集をやってもらっている。
それがわかっているからだろうが、マクドナウ市長はあれから静かなものである。
少なくとも裏ではミニッツメンの悪口くらいはあるだろうが、つまらない計画など考えてはいないだろう。それはこちらの願いでもあり、そして彼に次のチャンスをくれてやるつもりは一切ない。
「しばらくは東部の件に集中できるか」
「スロッグやバンカーヒルのそばまで手を伸ばし、順調そのものだ――と言いたいが」
「問題かい?」
「世直しを叫ぶ、狂ったロボットの襲撃や、B.O.S.だ。それがスーパーミュータントやフェラルと一緒になって難しくしている」
「――B.O.S.はなにかしてくるのか?」
「逆だよ、将軍。腫物を触るように、こちらの様子をじっと観察しているらしい」
「手を打つ必要がある?」
「正直言うと、わからないんだ。トラブルはこっちもご免だ。それに今のところは敵対する理由もない」
「エルダー・マクソンの方針は一貫していて。部下にもそれが浸透しているようだね」
「だが緊張が生まれつつある。それがトラブルに化けるのは確実とわかるくらい、これは危険なものだ。そうだろう、将軍?」
わかっている。
軍という装置の中で、冷酷な殺人機械となることを求める軍人とミニッツメンとは出来れば戦わせたくなかった。
「手は打つ。何か考えるよ、必ず」
レオが真顔で答えると、ガービーはハッとした顔をする。
つい、久しぶりに会えたと日頃の悩みをいきなり彼にぶつけてしまっていた自分の態度に気がついたからだ。そもそもレオを将軍の席へと座りなおさせるために来たのではない、それは自分自身が最初に口にしたことではなかったか。
「ありがとう、将軍。
いや、もうこの話はいいだろう?今は別の問題がある、なにがあったんだ?話してくれ」
==========
200年前の大悪党を探し出す。
レオにそう聞かされると、ガービーもなぜ彼がパイパーを気にしていたのか理解できた。
これは調査でもあるが、どちらかと言うと謎解きでもあり。そしてパイパーならまさにうってつけの人物といえる。
「私は当時は前線帰りの退役軍人ではあったが。ニュースでは度々、エディー・ウィンターの事件を報じていたのを覚えているよ」
「うーん」
「警察も検察も、まったく手が出せない。そうやって皮肉る声もあった。
組織犯罪のちょっとした帝王だって。もっとも、私が知っているのは裁判が残念な結果に終わったという一連の報道くらいだったが」
「その、そいつがグールとして生き延びたと本当に――信じているのか?」
「願望だと?」
「そうだ。生きている証拠はないんだろう?」
やはりガービーも、そこが引っかかるのだろう。
「わかるよ、確かにその通りだ。そいつが生きているというのも、ニックがただ信じたいだけなのかもしれない」
「――ああ」
「だが、彼は探偵。そしてその能力は間違いないと証明されている。そんな彼の勘を、私は信じていいと思っているよ」
「本気か?」
「自分も軍人だった時代、勘のおかげで命を失わずに済んだ経験がいくつもあった。なら、刑事の勘だって尊重するさ」
「なるほど、そういうことなら俺にも経験はあるさ。わかった、それでどこからやる?」
本当ならパイパーに意見を聞いて計画を立てたかったのだが――仕方がない、プランBだな。
「まずはボストン公共図書館だ。あそこで、旧時代の事件を調べなおす」
「それから?」
「次は――連邦中の警察署を回ってみるしかないだろうな。なにか情報はないかって」
「なるほどな。あんたがパイパーを恋しがった理由が分かったよ。そいつは大変そうだ」
ニック自身の調査にケチをつけるわけではないが、私も素人探偵なりにこの事件を調査するつもりでいた。
「この調査は俺達だけか?」
「まさか!コズワースにカール、ストロングも一緒だ。彼等には先に向かえと指示を出しておいた」
「コズワースやカールはわかるが。ストロング――あのスーパーミュータントか」
「どうした?苦手なのかい?」
「将軍――いや、レオ。
これは忠告だが、普通の人間はスーパーミュータントなんてのは近づけないものさ。知っていたかい?」
「彼なら大丈夫だよ。それに暴れようと思っても、今のコズワースとカールが相手じゃ彼も難しいだろうしね」
「なにかあるのか?」
驚くガービーに、私は苦笑で返した。
面白いことにあのカールはここにきてまたひと回り体が大きくなってきた。
それまでと変わらずに愛嬌もあって、忠実でいてくれるが。体をじかに触ってみると確かに分かる、皮膚の下にある躍動する筋肉の束が膨れ上がってはちきれそうになっているのだと。
だがそのせいだと思うが、人は本能でこの犬を恐ろしいと感じてしまうようだ。
コズワースにはそんなカールとストロングの面倒をしばらく見てもらっていた。
コズワースは変わった。
将軍としての日々を過ごす中、彼は自分を戦闘用に改造するようアキラに求めたが断られたのだと私に告げてきた。
何でもアキラは私の許可がなければ話は無駄だと切って捨てたという。その時の私も、コズワースの希望はとんでもないものだと考えていた。
コズワースは私にとっての最後の家族だ。
ショーンが――息子がインスティチュートにいるとわかっても。そこに至る方法が分からない今のこの状況でなかったとしても、決して失いたくはない存在であった。
だが、それは私の事情でしかないのだ。
逆にコズワースははケロッグとの対決になにも出来ないばかりか、知ることもできなかった自分の立場に絶望したのだと言った。
そして今の私の希望が、未来におこるであろうB.O.S.とインスティチュートの間で怒る戦争に。息子を救出できるかもしれないという、儚い思いをもっているわけだが。
コズワースはそこでも同じ間違いはしたくないのだと滾々と訴え続けてきた。
私は家族として決断する。
アキラの元にコズワースを私が直接に送り届けた時の表情は、ちょっとしたものとなった。
どうやら彼は私がコズワースの希望を許すつもりはないと考えていたようで、引きつった顔のままパニックになっているように見えた。彼には言うことは出来ないが、慌てた彼はちょっと面白かったかな。
「執事ロボットはもういないよ。今はもう、おっかない重戦車みたいになってる」
「そりゃ、とんでもないな――。
だとすると、戦力には問題はなさそうだが。今回は色々とトラブルは覚悟した方がいいのかな」
「――ミニッツメンはいいのかい?」
「やるべきこと、するべきことは残してある。それに、俺もたまには将軍を見習って息抜きをしないとな」
「危険な旅が。息抜きだって?」
「俺の心配はいいよ。それで、いつ始めるんだ。探偵さん」
私は黙って、椅子に背中をもたれさせる――。
耳を澄ますと外に出るときに使う扉が、強風でガタガタと音をたてているのがわかった。
「嵐が来るんだったよな、ガービー?」
「数日以内にな。そういう噂だ」
「じゃ、今から始めよう」
「わかった」
お互いが確認しあうと、すぐに立ち上がりながらライフルに手を伸ばした。
==========
ダイアモンドシティから西に数十キロ、流れる川の支流の先から東に向かう複数の人影があった。
そんな彼らを表現するならば、異様。この一言に尽きるだろう。
それぞれがマスク、バンダナ。そういったもので顔を隠そうとし。
来ているのもマントというか、それともポンチョなのだろうか?とにかく風が強いというのに外套を全員がはおり、強風にされるがままにたなびかせて歩いている。
思うに彼らがそんな恰好をするのは。
他人が見れば恐れおののく凶相と、死人のような正気を欠片も感じられない目を見られないように。
体を隠すのは、肌に刻まれた無数の傷と。己が振るう獲物をそれと悟らせぬための手段としているのかもしれない。
そんな彼らはついに川を前に、崩れかけた橋とその向こう側にボストンの街並みを見た。
「やっと見えたな。ダイアモンドシティは、あの中だ」
抑揚のない声が彼らの声が集団の中から上がると。それに反応する不満に満ちた声が次に上がってくる。
「遅れたぞっ、ターゲットは町を離れたかもしれん」
「ついていなかっただけだ。見ての通り、天候が荒れたせいだ」
ダイアモンドシティの空と違い。
彼らの頭上にある雲は、風と共に彼らに倣って東にむかって流れ。時折、ポツポツと頭上に雨と思われる水滴が落ちてくるのは。その雲の中に雨雲が混じっているからに違いない。
「嵐だ、町に留まるかもしれん」
「だがな、移動していたらっ――」
「落ち着け。ターゲットの情報はすぐに入る。橋を渡るのが先だ」
あの”小さな宝物”のコンドウがキジマに用意させた暗殺者。
彼らはその――レオの分に当てられた連中であった。
どうやらレオを担当するコンドウはファー・ハーバーより戻ってきたレオをすでに捉え。情報を暗殺者たちに渡しているようである。
恐るべきは彼らの監視能力か。いったいどのようにしてそんなことがこの連邦で可能なのだろうというのか。
崩れかけた橋は決して安全な道ではなかったし。さらに今は強風が横から何もかもを吹き飛ばさんと走り抜けていく。
普通ならば事故が起こるのを恐れて、足を止めてもおかしくない場所を。この暗殺者たちは静かに進み、約2時間ほどで対岸へと渡り切ってみせる。
「ダイアモンドシティは夜になるな」
彼らの足の速さならば、ということか。
もしレオがそこに留まり続けていたとしたら、今夜はあの町も騒がしいものとなったはずである。
ところが――。
町に向かって歩き出す集団の横手にある茂みの中から「やぁ」などと声をかけ。近づいてくる人影があった。
「――!?」
(よせっ、落ち着いて対処しろ)
今回の依頼人からはターゲットは危険な相手であり、そのためにこれだけの人数を用意したと言われていた。
普通とは違う状況に誰もが少し殺気立っていて、だからこそ冷静さを必要としていた。
「やぁ、旅人よ。いきなり声をかけて驚かせてしまっただろうか?」
「――別に」
「本当に?なんだかその――空気が重いね。いや、いきなり声をかけてしまった私のせいなんだろう。悪かったね」
そういうとハハハ、と相手は笑うが。暗殺者たちは微動だにしない。
ちっとも空気の重さが変わらないことを察したのか、相手は笑うのをやめると咳払いをしてから改めて口を開いた。
「驚かせて申し訳なかった。僕とは、はじめてお目にかかると思う。自己紹介をさせて欲しい」
「なんだ?」
「僕の名前はプレストン。プレストン・ガービーだ。
あのミニッツメンのリーダーだよ。世間では僕を『
「……ガービーだと?」
「そうだ、プレストン・ガービー。
栄光あるコモンウェルス・ミニッツメンの一員であり。この連邦で『民のために、悪い知らせを聞けばすぐに行動する』者達さ。まぁ、そういうことだよ。わかるよね?」
「お前が、ミニッツメンのリーダー?」
暗殺者たちは相手の頭のてっぺんから足先までねめつけてやる。
確かにそいつが手にしているのはレーザーマスケット。帽子も服も、”旧ミニッツメン”のそれではある。
だが――どうしてプレストン・ガービーが”白人”なんだ?
「もう聞いているだろうが、僕たちミニッツメンは復活した。
だが、知っての通り今の連邦はとても難しい情勢の中にあって、ミニッツメンもすべての面倒を見てはいられない。そこで、僕は率先して君達のような連邦の脅威におびえる人々から寄付を集めることにしている」
「ナニを集めるだ?」
「寄付だ、ミニッツメンのためのね。
もちろんだが、その恩恵はちゃんと君達にもあると伝えておくよ。ミニッツメンを助けてくれるなら、君達が必要な時にミニッツメンはどこからでも駆け付けようじゃないか」
「……」
「寄付は気持ちが一番だ。しかし、その――相場というのを気にする人は多いということも知っている。
だからこうしようじゃないか。まずは100キャップ」
「ほう」
「もちろんだけど、もっと多くを寄付してくれたっていい。
さっきも言ったけど、多くの助けをしてくれるなら。それに見合ったものをミニッツメンでは用意するつもりだ。ハハ、これは別に。催促しているとは考えないで欲しい」
「ワイロではないということか?」
「そう!だから100キャップ、それでも十分さ」
説明は必要ないだろう。完全な詐欺師であり、偽物である。
暗殺者たちにとっては有名人は明日のターゲットになるかもしれない相手だ。プレストン・ガービーなら、少なくとも直接顔を確認していないとしても。個人の情報はそれなりにしっかりと押さえてある。
(時間の無駄だな、クズに目を付けられるとは――)
皆がそれぞれ、このくだらない状況をどう終わらせようか考えていた。
いくら殺しが大好きな暗殺者といえど、大物を殺る前にこんな小物を手にかけて。本番でつまらない失敗はしたくはない。
「な、なぁ。頼むよ、見たところアンタらにとっちゃ負担になるような額じゃないだろう?」
「――オイ」
「あ、ああ。わかってくれたか、ありが――」
暗殺者の中でとびぬけて大きな体をしたひとりが声を掛けながら出てくると、ガービーを名乗るそいつは弱々しい笑みむけた。
次の瞬間、目にもとまらぬ剛腕が振りぬかれ。プレストン・ガービーを名乗った気弱な白人の頭部は、草むらの中へ。ポーンと勢いよく飛んで行ってしまった。
馬鹿者が退場しても、暗殺者たちの間に流れる空気は改善されることはなかった。
それどころか、こんな大仕事を前にしてくだらぬ相手を殺した仲間への不満が怒りへと昇華しかかっており。彼らは仲間割れを起こす寸前の状態にあった。
「死んだ。殺したな?」「どういうつもりだ」
「フフン」
「これは大仕事なんだぞ。それなのに――」
「俺が、やった」
「ああ、そうだよ!」
憎悪をむき出しにし始める仲間達に、しかし大男は揺るがぬ姿勢のままで。
意外なことを言い出した。
「俺だけが、仕事をした!お前ら、全然大したことない。何もやらなかったからな」
「???」
「俺が殺した。おれが、プレストン・ガービーを。ミニッツメンの『将軍』を殺したんだ、そうだよなぁ?」
危険な空気はこの瞬間に霧散した。
殺伐とした彼らの中に、驚きと呆れに交じって憐れむものが生まれようとしていた。信じられないが、ターゲットを間違えていることに気がついてない。
「俺が仕事をした。お前達は何もしなかった。つまり、報酬は俺の物」
「――ああ、そうだな」
「わかったか?」
「ああ、わかったよ。そういうことならここで別れよう。”お前の仕事”は終わった」
「いいのか?本当に、俺を認めるのか?」
「オマエがひとりでヤッたんだ。依頼人にも、お前が一人で報告するべきだろう?死体はもってかえれ、転がっていった頭もちゃんと揃えてな」
「おお、おおっ!」
大男は顔を皆と同じくマスクに隠してわからないが、喜んでいるようで獣のように飛び跳ねてそれを表現している。
「じゃ、またな」
「おおっ。落ち込むなよ、お前ら。運がなかったな」
「そうだな。次は頑張るよ」
「またなっ」
暗殺者たちの輪から離れる大男は、それでもまだ味方が信用できないか。
油断なく目を仲間たちの背中に向け、白人のプレストン・ガービーの遺体を大事そうに自分の側に足でもって引き寄せようとしていた。
だが、仲間たちはそんな姿を見ることなく。そのままダイアモンドシティを目指して歩きはじめる――。
しばらく無言であった暗殺者たちであったが、ついに我慢できなくなったか。誰かが口を開いてボソッと漏らした。
「アイツ、壊れたんだな――」
「言うなよ。放って置け」
「でもよ」
「兆候は見えていた。本人も覚悟してると言ってただろ、ああなったらオシマイさ」
「……」
「俺達はプロの暗殺をやる。生活やら悪名だの、色々あるかもしれんがそこが重要だ。なのに仕事で殺すべき相手の判別がつかないだ?ターゲットをわからずに殺すのは、レイダーやガンナーだけさ」
「やっぱ、脳に埋め込んだ強化インプラントが?」
「原因か?当然だろう、あいつのあのクソ馬鹿力はそうやって手にしたんだから。だからやり過ぎるなって――」
なんとも不愉快な話であった。
大仕事を前にして、仲間が勝手にひとり脱落。本番でも何か、悪いことがさらに起きるかもしれない。
「あのうすら馬鹿、本当に死体を持っていくんだろうか?」
「いくだろうな。もうやめろ、あいつは忘れるんだ」
「――どうなると思う?」
「さぁな」
「殺されるさ」
感情なく口にされた言葉で、彼らは再び沈黙に入る。
そう、殺されるだろう。あのキジマならそうするに違いない。
自分たちのプロの腕に自信を持つ彼等であっても、あのキジマからあふれ出る闘争本能というか。迫力には、一目置かずにはいられないでいる。
完成された完全なる殺人機械、それがあいつだ。
そしてだからこそ――壊れた暗殺者などというものを許しはしない。
「クソ仕事になりそうだな」
「――逃げたいか?」
「ハッ、それができりゃあな。連邦を出る前にあいつ――キジマに見つからない方法があるならそうする」
「おいっ、もうよせ」
その後、彼らの予定は滞ることなく。
夜半にダイアモンドシティの正門ゲートをくぐることが出来た。
しかしそこで、彼らは自分たちが追うべきターゲットがすでにここを旅立ったことを知らされる。
暗殺者たちの顔に、再び不愉快なものが漂い始めた――。
強風は更に悪化しており、雨もぽつりぽつりと降り始めようとしていた。
嵐が来るのだ、ここに。そしてその間はこの町から、彼らは身動きが取れない。
(設定)
・ディーコン
予定ではもっと後の登場予定であったが、そうなると出番がなくなる。ということで、ここからレオに近づかせていきます。
・マクドナウ市長
このあたりのエピソードとして、ロボットの無償貸与に「ミニッツメンに感謝する」というようなコメントを出している一方で。
「余計なことをしやがって」とぶつくさと文句を言いながら。某組織にむけた報告を書くというシーンがあったが、カットされた。