ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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オーバーキルズ Ⅰ (Akira)

 女性であっても無法者として生きるハンナの中の限界は一気に突き破られてしばらくたつ。

 

 ヌカ・ワールドを支配する一角であるパックスの一員にふさわしく。あふれる野心と闘争本能を持ったこの頑固な女は、他のヌカ・ワールドに存在する組織と違ってただひとりのアルファ――ボスをこそ中心とするシンプルな組織が好きだった。

 

 だからまったく納得などしていなかった。

 

 間抜けな総支配人にメイソンが従い続けるのも。その間抜けが、彼女がヌカ・ワールドを留守にしている間に前任者を勝手にブチ殺し。クソッタレのゲイジの号令であっさりとそいつが総支配人となったこと。

 さらに彼女が戻ってくるその前に、なにもしないで消えてしまったこと――。

 

 それがあのゲイジがしばらく姿を消したと思ったら、ノコノコ戻って来て。「ボスはもうすぐ帰還する」などと吹聴した時は、ついにコイツの運も尽きたろうと前祝いに仲間たちとバカ騒ぎをして英気を養っていたというのに。

 あろうことか、間抜けもまた。本当にここへと戻ってきてしまったらしい。

 

 つまりレイダーは仲良く、こいつを立ててやっていくということになる。それがなんとも頭にくる。

 

「アタシはまた、イイトコロを見逃したって事なのかねぃ?」

「急ぎの仕事だったろ?でも、今度は間に合った」

「姿を、見てない」

「――噂じゃ、ちゃんと戻ったって。もう聞いてるだろ?」

 

 狂暴な女の絡みつくような言葉に、仲間の男たちは辛抱強くつきあってやっている。

 

 アキラと名乗った連邦人は、確かにヌカ・ワールドへと戻ってきた。

 あの日と同じく、交通センターからモノレールに乗り。駅のホームへと降り立った。その時の奴の第一声は「またゲームをさせられるのか?」、だったそうだ。

 

 総支配人不在も終わると、安心するはずのレイダー達だったが。そうはならなかったのは皮肉な話だ。

 混乱が生まれた――。

 彼らの前に立つ男は、以前とは微妙にどこかが違っている。

 

 恐ろしく身綺麗な青のスーツ姿で、バンダナで顔を隠さず。代わりにサングラスで視線をさえぎっている。

 髪は肩までのばされたうえに、それはイエローグリーンを基本に青やらグリーンやらの色が混ぜられ。以前は東洋人に特徴のある、スベスベだった顎にわずかだが髭を残している。

 

 さらに顔も変わっていた。

 鷲鼻を思わせた鼻は団子鼻に近づいて低くなり。

 感じ悪かった目元などは、吊りあがって少しパッチリと開くようになると。以前とはまた別の意味で、好まれないであろう視線を左右に走らせていた。

 

「あれは本物か?」

 

 動揺するレイダー達とは違い。

 ゲイジと3人のボスたちは、涼しい顔でアキラを出迎え。早々に彼が総支配人であると判断を下し、部下にそれを伝えていた。

 それがハンナには気に食わないのだ――。

 

「どいつもこいつも。ゲイジのクソの口にひっかかりやがって」

「おい!気持ちはわかるけど、そのくらいにしてくれよ。メイソンの耳にも入ったら、面倒だ」

「アタシが悪いっていうのかい!?」

「よせよ……そうは言わないけど、さ。あんたが怒ってるのは、オーバーボスが戻って来たばかりじゃないんだろ?」

 

 思わずハンナはカッとなり、手近なグラスを投げつけたが。

 慣れたもので仲間たちはそれを予測し、パッと放物線を描くグラスの軌道から姿を消していた。

 

「チクショウ!!なんで避けるんだイ」

「ジョン・ハンコックはあきらめろ!……メイソンも言っていただろ?奴は客なんだって」

「アタシら。いつからオペレーターズと並んで、客って奴等の落とすキャップを数えるようになったんだい?知らなかったねぇ!」

「奴はあのグッドネイバーの市長だ。そんなの、わかるだろ!?」

 

 それはまるで、総支配人であるオーバーボスが戻るのを待っていたというように、これもまたいきなりであった。

 ヌカ・ワールドのマーケットに、両手に美しい女の腰を抱いた洒落た男がやってきたのだ。

 

 ジョン・ハンコック。

 

 そうだ。悪徳の町、グッドネイバーを築き上げたグール。

 連邦の伝説、悪党のビッグネームだ。そいつと商売ができるなら、それは凄い儲けを手にすることが出来る。このヌカ・ワールドで手にするものと比べてもいいくらいにデカイ話だ。ゲイジはさっそく、彼への手出しを許さないように指令を発していた。

 

「殺っちまう、チャンスだろうがっ」

「あきらめろよ。理解しろって」

 

 ハンナの考えは違った。

 普通なら殺しても死なないグールだが、今のこのヌカ・ワールドでならきっちりと息の根を止めることが出来る。

 なら、やらない理由はないだろう?

 

 しかしパックスのリーダーは、いつものように無表情で彼女の問いかけを聞くと。

 おもむろに「なぜ、パックスにいる?血を流すのがそんなに好きなら、ディサイプルズがいる場所はここではない」と、あっさり一蹴してしまったのだ。

 それが、ムカついてしょうがない。

 

「パックスは、飼い犬なんかじゃないッ」

「なぁ、やめろよ。これ以上やるならお前がアルファになるしかない。メイソンを、倒すっていうのか?」

「――そうじゃないよ」

 

 メイソンは好きだ。

 あれはアルファとしての役目を果たし、パックスはだから存在している。そこに自分がいるのが好きだった。

 

「ゲイジの奴は支配人――オーバーボスとハンコックを会わせて組ませたがってるって話だしよ」

「フン」

「オーバーボスは近く、ヌカ・ワールドの分配を決めるっていうし。今は静かにした方がいいぜ」

「……」

 

 ハンナは黙りこむ。

 別に仲間の意見を尊重したからではない。

 怒りとアルコールとに酔っている中で、忠告を受けていきなり冷静になることが出来た。つまり、薬を使わなくともこの頭がシャンと動ていいる。まっとうに。

 

 メイソンは確かにハンコックの件は却下した。アタシの目を見て。

 だが、まだもうひとつは――。

 

 

==========

 

 

 宿に戻って仲間だけになると、さっそくマクレディは「ジョン・ハンコックの愉快な一味、ヌカ・ワールドにめでたく2日目を終了ってな」と面白くなさそうに口にする。

 

 アキラと違うルートでヌカ・ワールドにあらわれたハンコックは。

 護衛にライフルを肩に担いだ傭兵だけを連れ、2人の美女と共に今日一日をマーケットの中を目的なく歩き回っていた。少なくともマクレディはそう考えていた。

 

「とりあえずは無事に過ごせそうだ。今日も一日、平和そのもの」

 

 ハンコックはそう言って同意するが、なぜそんなことをしているのかまでは説明しない。

 日中は陽気に『バカンス中にわざわざやってきた市長』というストーリーを口にし。余裕を見せつつも、しかし大物であるだけあって隙のない様子に、ここにいるレイダー達はあまり近づこうとしてこなかった。

 これはきっと、いい兆候なのだろうと思う。

 

「そんなことない!ここはクソッ、どれもこれも。頭クル!」

「そうなのですか?ですが、ケイト。昼は好きになれそうだと、そう言ってました」

「昼はね。夜はもうそうじゃない」

 

 マーケットではハンコックの横でニコニコと情婦の演技(?)とやらを楽しんでいるようだったケイトだが。宿に来ると何かが気に入らないらしく、さっそく不機嫌であるらしい。

 

「なにが、遊園地よっ!こんな安宿しかない癖にっ」

「寝泊まりするだけの場所です。なにか問題があるのですか?」

 

 同性の友人の不満を理解しようと、しかしキュリーは的確な表現でケイトを追い詰める。

 ここではあらゆることがマーケット内ですまされている。

 安宿であったとしても、そこでするのは文字通り寝て起きるだけ。別にそれ以上のサービスが欲しいなら宿ではなく店に向かうべきなのだ。

 

「それでも気に入らない。あたし、消防署はホテルって言わないから」

「元、な。ココは今はホテルだってよ」

「でも消防署。そうでしょ?」

「一人寝が寂しいなら、酒場で相手を見つけるなり。買うなりできるだろ」

「クソ傭兵は仲間の気持ちもわからないんだね。そういうことじゃない!」

 

 マクレディは両手をあげて降参を示す。

 ケイトは鉄火場では背中に置きたい類の女ではあるが、そこではない場所で不満を口にする時はできだけ相手にしないようにしたい。

 

「おいおい、この俺のセクシーさじゃ足りないと。悲しいことを言わないでくれよ?」

「市長、そういうことを言ってるんじゃないの」

「ならいい。好きにもっと言ってやれ。その分もキャップの内に入っているはずだ。ここの連中、いい値段を設定してる」

 

 言いながらもハンコックは思考の中では別の事を考えていた。

 

(とりあえずは侵入成功、か)

 

 アキラはオーバーボスとして、ハンコックは客となって。

 あれが顔だの髪だのをいじりたい、と口にしたときは。若干のこと不満に思っていたが。どうやらあれはいろいろと考えてのことらしい、ということがなんとなくわかってきた。

 

 Vaultからでる前日に話していた。

 

「自分から罠だとわかっているのに突っ込んでいく気分はどうだ?」

「――すべてがうまくいくといいな、それだけ」

「うん。だが、そうはならない。わかってるだろう?」

 

 計画はある、最悪の状況も想定したものが。

 だがそうならないようにする努力も、必要だった。

 

「僕をあそこに送り込んだ連中……なにか接触してくるはずだ」

「観察か。交渉、説得。だが、一番あるのは暗殺、襲撃。どれが確率が高いと思う?」

「襲撃、それだと僕らは行って早々にゲイジの死体と対面する羽目になるね」

「レイダー同士の争いも始まるだろう。ボストンコモンでの連中を見てれば、仲良くやりましょうなんてのは奴らの流儀じゃないのはわかっている」

「ハァ、なんでこんなことになったんだろう」

「――愚痴か」

「ゴメン。しっかりとしてなきゃいけなかったよね」

「そんなことはないさ。弱音を吐くのも大事だ。いつもとは違う自分を確認できるしな」

「そうか――」

「だから事を始めたら、それはやるな。プロの仕事らしく、必要な事をしろ。お前がファーレンハイトにしたことのように、だ」

「……」

「ここに来て、お前の今の彼女――キュリーにあいつのことを聞かれたんだ。気になっていたんだろう、気持ちはわかる。

 だが、彼女がそんな風に不安になるのは。お前にも責任があると思ってる」

「えっと、僕?手を出すべきじゃなかったってこと?」

「そうじゃない。俺はお前が新しい彼女がいることは悪いことじゃないと思ってる。

 あんな経験をした後は、こじらせておかしくなる。誰でもな、傷というのはそういうものさ」

「……」

「やはり置いていかないのか?」

「『一緒なら、身を守ってやれる』なんて考えたことは一度もないよ。提案はそれこそ定期的に申し出てるけど、どれも気に入らないと考えてもくれないんだ。強情というか、頑固なんだか――」

「それが可愛いと?」

「そうも言ってられないよ。

 そもそも本人はフィールドワークに対して貪欲だ。関係を解消したとして、僕がいなくても、行動に迷いはきっとないだろうし」

「本人が本当に納得しているならいい。だが、それだとつらい思いをするだろう」

「――そうかもね」

「それでも、お前は迷うべきじゃない。プロとして行動しろ」

「なにか、おこると思ってる?」

「これまでのようにお互いが戦場で背中を預けるのとは違う。距離や時間、状況によっては助けてやれないこともある。特に、ひとりで馬鹿どもの前でふんぞり返らなくちゃならないお前のリスクは、自殺行為といってもいい」

「無謀な行為だと教えてくれてありがとう――やめたくなってきた」

「励ましてるのさ、坊主。悪党の先輩としてな」

「へぇ、そっかい」

 

 不安はあったが、どうやら次の段階には進むことができるようだ。

 

「市長?どうした」

「俺は寝る。お前らもそうしろ、安宿でいいならな」

「なによ、それ。せめて退屈しないようにって、ベットにも誘ってくれないわけ?」

「チャンプはその前にアルコールで気分を盛り上げたいというのだろう?悪いが、そこまで付き合う元気はないな」

「もう年寄りだっていうの?」

「今日は雑魚寝なんだよ。それとも、俺との行為を周囲に見せつけて楽しませてやりたいと?」

「グッドネイバーの市長が、個室じゃないの!?」

「今日はな、違う」

「サイアク。あたしも寝る。誰か潜り込んできたら、ぶっ殺してやるから」

「そんな命知らずがここにいるといいな」

「うっさい、バーカ」

 

 それぞれがそうやってケイトのいう安宿のラウンジを離れ、寝床へと向かっていく。

 

 

 

 僕は夜でも明かりが消えることのないマーケットを部屋から見下ろしていた。

 建物の正しい構造として、そこにあるべきしきいがないせいで部屋は吹き曝しになっている。オーバーボスとやらは見事な寝床があっても、寒気と風には震えながら眠らなきゃならないものらしい。

 

 レイダーたちはボスとハンコックが同時期に現れたことに対して、様子をうかがう姿勢を見せている。

 ゲイジは本気かどうかはわからないが、両者を会わせてビジネスを。というが、どっちにしてもまずは仲間たちに危険はない。

 反対に僕のほうは、そうでもないようだ。

 

「運よく前任者を排除して逃げたくせに、ノコノコと戻ってきやがって」

 

 あの一連の惨劇をそう考える、愉快な連中が多いらしい。

 ゲイジはさっそく「もしかしたら……」なんて、こっちを脅かそうと試みていたが。問題はない。

 

 そいつらがすぐにも暴発しやすいように、この2日は何もせずにここに引きこもってやった。

 明日はマーケットに出向き。店先に立つ奴隷たちとこのヌカ・ワールドについてためになる交流というのをしてやろうと思う。騒ぎが起これば血が流れ、そして素直にこっちの話を聞くようになるだろう。

 

――このままなにもおこらなかったら?あいつらが、僕を放っていたらどうする?

 

 頭の片隅から、そんな声が聞こえてくる。

 そう、間違いなく罠があると思っていたのに。今のところ奴らの――キンジョウや監視者、あの連中の気配が全く感じられない。

 むしろこの僕にこの場所をまとめさせることを急がせたいのかというくらい、なにもなさそうに思えてくる。

 

(落ち着けよ。まだ、2日だぞ?)

 

 ここに長くとどまるつもりはないが。

 とはいえ、次に離れる前にはある程度ここでやっておいたほうがいいことも多い。

 

 ミニッツメンの北部制圧の進行はガービーに任せて、エイダとメカニストの決着もつけねばならない。それにVault88もある。ポンコツロボットに作業の工程を指示しておいたから、時間はかかるし。最悪、ロボットが停止することだってあるだろうが。

 それでもあのバーストゥが僕らのいない間に、その非常識さでもってつまらないトラブルを山のように積み上げやしないか、とか思わないわけがない。

 

 嫌だ嫌だ、考え出したら自分がひどい怠け者のように思えてきた――。

 

「ファー・ハーバーだったっけ。レオさんとニック、何をしているんだろう」

 

 その時の僕には想像もできなかった。

 探偵は島で、悪いジョークのようなロボットによるロボットの殺人事件の解決を引き受け。レオさんは連邦で、旧世界の犯罪王の隠れ家を探すために再びボストンをひっくりかえそうとしていた、なんてこと。

 

 とはいっても、向こうもこっちの状況を知ったら目を白黒させるだろうけど。

 

 

==========

 

 

 事件は起こった。

 希望や期待通りのものではまったくないものが、むこうからやってきた。

 

 フィズトップ・マウンテンの頂上。オーバーボスの個室に集まったヌカ・ワールドの4人のボスたちとゲイジ――。

 オペレーターズのマグスは困惑といら立ちの混ざり合った表情を浮かべ。ディサイプルズのニシャは、好奇心と呆れの間を行き来し。そして彼らに倣うかのように、僕もまた困っている。

 

 それじゃ、話をもう一度まとめるが――いつものように鬱々とした声でゲイジが少しでも理性を取り戻そうと話の整理を試みた。

 

「これはパックスの問題……だが、あんたはそれの解決を俺達のオーバーボスにやってもらいたい。そういうことでいいのか?」

「随分と悪い言われ方をしようとするが。それがお前たちにとって理解しやすいというなら、それでもかまわない」

 

 トラブルを持ち込んでくれた元凶。なのに、なぜか飄々として他人事のようにしているパックスのメイソンは落ち着いてそう答える。

 ありえない、こいつは何を言っているんだ?

 

 

 太陽が地平線に顔を出すと。

 いきなりメイソンが、たったひとりで戻ってから引きこもっていたオーバーボスとの面会をゲイジに求めた。

 

 巷ではまだ、このボスの真偽を疑う声がある中での突然の行動に。

 慌てて残る2つのレイダー達も遅れまいとボスとの謁見をゲイジに求めていく。

 

 そこそこにまだ良識というものが残っている人間であれば想像できるだろう。彼らが集まれば自然と様々なことが話されるに違いない、と。

 ご機嫌うかがい、自分たちの価値のアピール、なにかしらの計画。それもいいだろう。

 進まぬ計画、ボスとしての自覚の欠如、本物か偽物か。これだってありえないことじゃない。

 

 そんな思惑を、メイソンは軽く吹き飛ばして見せた。

 

「よし、それならメイソン。俺たちがあんたの言い分を正しく理解できるように、もう一度だけ最初から説明を頼む」

「またか?こんなことがわからないと?」

「なあ、わかってほしいんだが。今はまだ太陽が昇ったばかり。

 普通の奴ならまだ、頭の中は寝ぼけまなこと一緒でで寝床でひっくり返っている時間だ。そんな時にあんたはトラブルを持ってきた。そんなものを朝食の前に消化するのは、俺達にはそれなりの時間が必要なんだ」

「俺には無駄に思えるが――そうだな、わかった」

 

 メイソンは珍しいことに、ゲイジの申し入れに同意を示した。

 もしかしたら彼は彼なりに、この状況に思うところがあるのかもしれない――。

 

「俺のところに、ハンナという女がいる。

 ここじゃ知らないやつはいない、そういう女だ。ボスが興味があるなら、誰かに聞けばいい。

 

 夕べ奴は俺のところに来て、納得がいかないと言った。

 あんたがここにいる理由がわからない。自分は知らないからだ、と。

 

 あいつの言葉には真実もある。実際のところ、総支配人。

 あんたがここに来てやったことも。何もしないで消えたことも、あいつはあの時、ここにいなかったから何も見ていない。だからオーバーボスと考えることができないのだ」

「そこでストップ――どうだ、ボス?」

 

 ゲイジが理解できたか?という表情でこちらを確認してくる。

 僕は黙ったまま。それでも目で先に進めるように指示を送った。

 

「あいつはあんたを知れば納得するそうだ。だからボス、あいつを抱いてくれればいい」

 

 僕は我慢できずに、顔を伏せると指を額へとやる。

 何を言いたいのかわからない――。

 

 かわりにニシャとマグズから不安と嘲笑の声が上がる。

 

「それが真実とやらに必要?パックスの主張は意味不明で、ただ総支配人に女をあてがいたいだけのようにしか見えない」

「ハンナだって?ゴリラと寝るような、メスゴリラをわざわざ選ぶのも趣味が悪いじゃないか。笑えないわね。そういうのをお気の毒っていうのよ」

「……俺の考えは変わらない。あとはボスの返事を聞きたい」

 

 ゲイジは「どうする、ボス?」というメッセージを目で訴えてきている。

 とりあえず僕は時間稼ぎにニシャとマグズに、その女レイダーについて知ってることを教えるように求めておいた。どうせ話の内容は決まっている、大した役には立たない情報しかないだろう。

 

(……これはもしかしたら、メイソンなりのアプローチじゃないだろうか?)

 

 言葉にいちいち、メスゴリラよりマシな女を自分たちは用意できることをまぜてくる女ボス達の言葉に耳を傾けるふりをしつつ。

 僕はこのメイソンの求めが、彼にとっては悪くない計画のような気がしてきた。

 

 オーバーボスとゲイジへの不満は、今後も直接のボスであるメイソン、ニシャ、マグズが封じなくてはいけない問題となる。

 しかし思考のぶっ飛び方がサイコパス級にも思えるパックスであるなら、普通ではない問題解決の方法を結論として出してもおかしくない。

 

 ということは、総支配人である僕のいかなる答えも。少なくともメイソンにとっては今後の情報のひとつとして蓄積されるということになる。

 なるほどな。利益と技術のオペレーターズ、恐怖と狂気のディサイプルズとは違う。

 パックスにもきちんと評価するべきものがあるということか。

 

「――メイソン、質問がある」

「またか。あんたもゲイジと同じことを言うつもりか?」

「これが最後だ……お前は俺の返事を聞きたいと言ったが」

「ああ」

「それが”どんなものであったとしても”いいということだよな?」

 

 ボスたちの顔にはてなマークが浮かび上がる。

 しかしメイソンに表情はない。

 

「あんたの言いたいことが、わからない」

「俺が『そんな女はお前が勝手にどうにかしろ』と”命じたら”、どうだ?」

「その通りにする」

「『興味が出てきた。すぐに連れてこい、ここで抱いてやる』と言ったら?」

「その通りにする」

「わかった。そういうことならここで返事をする、待ってろ」

 

 僕に向けられる視線――ひとつをのぞいてだが――は興味深いものとなっている。

 長く考える時間はないし。ゲイジにのんびりと”レイダーの取り扱い”に必要な情報を求めている時間も許されない。

 

 これはテストだと考えたほうがいい。

 以前の”操り人形”だった自分と。イエローマンと比べようとする、それだ。

 僕がどんな判断を下しても、本人が認めるように涼しい顔で戻ったらそれを実行するだろう――。

 

 僕の意識の奥――たぶん腹の底に煮えたぎっている憤怒と呼ぶような激情がいきなり暴れだそうとするのを感じる。

 この一件は結局のところ、ここにいるレイダーのボスたちにとっては僕を探るだけのひとつのサンプル以上のものではない。つまりは、総支配人とかいう椅子に座る奴にはなんの得もない。

 

(こういうの、ナメられてるって言うんだろうな)

 

 吹き上げたマグマは急速に冷えると、僕に冷静さ――そして冷酷さをもたらしてくれた。

 この厳しい世界にあってクズ以上の価値のないこいつらに試されている自分、それが腹立たしく忌々しい。

 奴らの存在するすべてを用いて、パックスよりも無慈悲に奪い。オペレーターズよりもあざとく利益をむさぼり、ディサイプルズよりもおぞましく、この愚かな消費者たちを搾取する世界を鮮血と腐肉臭にかぐわしい新たなヌカ・ワールドへと――。

 

 ふと、僕の視線はニシャのところで止まり。

 冷静な部分から、とんでもない命令を下そうという提案を受け取る。

 

――ああ、これならいい具合だ。悪くない。

 

 約束された暴力を夢見てか。怒りはぬめるようにして穏やかさを取り戻していき、その瞬間が来るのを早くも期待を込めて待ち始めている。

 狂人たちによって「殺人鬼」といわれる僕の中のそれはクスクスと笑い声をこらえようとする。

 

「総支配人の帰還イベントを開いてもらおう。今夜、俺よりもうまくボスになれると信じている連中にチャンスをやる。むかしながらのやりかただが、丁度いいだろう。

 俺からもサプライズ、”下剋上”だよ。ガントレットに挑戦させてやる」

 

 メイソンの求めに対し。総支配人――オーバーボスのアキラは狂気に満ちた命令を下した。

 ゲイジは呆れつつもうろたえ、3人のボスたちは無言でその通りにしようとだけ言い残して立ち去った。

 

 

============

 

 

『よぉぉぉーしっ!この放送もまたできることが喜びだっ、新たなオーバーボスのビッグサプライズにお前らは感謝しろ!!

 今宵限りの特別プログラムッ!俺たちのガントレットが一夜かぎりの復活をはたしてくれたぞっ』

 

 ヌカタウンUSAに流れるそのラジオは、レイダー達の間に流れる興奮をさらに高めることになった。

 だがここにはそれを耳にして、困惑する一団もいる。

 

「――信じられない。アイツ、レイダーなんて言う馬鹿と阿呆に、自分を殺していいって許可証を与えるなんて」

「そうか?いかにもボスらしいと思うけどな。レイダー、八つ裂きにしてようやくスッキリしたって笑うやつだし」

「うわっ、キモイ。あんた達、デキてるんじゃないの?」

「おい、クソ女。それはない、ヤメロ」

 

 非常識なマクレディからの返答に不満のケイトは、続いてはキュリーを見て――。

 苦笑いを浮かべて首を横に振る彼女に(この娘に自分の男の悪口は無理、しょうがないか)と我慢、体を預けているハンコックへと視線を送る。

 

「なんだ、チャンプ?その視線、誘ってるのか?」

「そんなわけがないでしょ。ハンコックの考えは?あのバカの、このバカ騒ぎについて」

「不満はあるが、実のところ俺もマクレディと似たようなことを考えていた」

「ホラな!?それ、みたことか!」

「嘘でしょう!?あんたたち正気っ?」

 

 ケイトの最後の言葉は大きすぎる。

 ハンコックは彼女の腰に回している手に力を入れて自分に引き寄せると、それで息が一瞬詰まってうっとケイトは声を上げた。騒がしいマーケットでも、あまり他人には聞かれたくない会話だった。

 

「ごめん。ちょっと、馬鹿をやったみたい」

「納得できないのはわかるさ、チャンプ。だがここにきて予想されたことを含めて考えると、あいつの無謀に思えるこの計画も納得できないわけじゃない」

「あたしだけ?信じられない」

 

 噂では、ここにいる3つのレイダー組織から何人もが声を上げ。

 今はイベント開始時間に合わせて、スタート地点に数十人からがむかっているという話である。

 

「大勢を相手に、本気で勝負して勝てると思ってるの?馬鹿でしょう?」

「そうだな。普通に考えたらそうなる」

「?」

「ケイト。俺はマクレディの奴に同意したが、不満もあると言っただろう?

 その理由の半分は俺が言ったことであり。残りの半分は、あいつが言ったこと」

「それが自分を殺したがっている連中を集めた理由だっての?」

「多分な。なにか火種のようなものが目に付いて……そいつで身近な森を大火事にでもしたくなったんだろう」

「イカレてる。馬鹿じゃないの?」

 

 ついに我慢しきれなくなったか。ここでキュリーが「悪口は言わないでください」とケイトに噛みつく。

 それでケイトも黙るしかなくなったが。内心ではまだ、呆れと怒りが収まらないでいた。

 

(あたしらが助けに行けるとでも思ってるの?こんないい娘をほかの男の情婦の振りなんかさせて。あいつ、死ぬつもり?)

 

 当然だがハンコック組がやれることはなにもない。

 せいぜいが勝利を祈り、最後の対決を閲覧できる来客用のチケットを人数分用意することぐらいだ。

 そしてこのままなら、あいつは自分たちの前でレイダー達に八つ裂きにされて死ぬことになる。このキュリーだって、本当はそんな現実を目にしたくなくて今だって不安で不安で仕方ないはずだ。

 

 アキラはどうするつもりなのだろうか?

 イベントの開始時間は刻一刻と近づいていた――。

 

 

 交通センターには最終的に23人もの野心的な生贄が集まり、開始の時を待っていた。

 レイダーにルールを学ばせるのは無駄、ゲイジはスタートをがなり立てるラジオのDJにその時が来たら言わせるとだけ伝えていた。それよりも先に勝手にスタートをしようとする奴は、入り口のわきに立つディサイプルズのメンバーに殺すように命じておく。

 

 時間が来て、ラジオから『そんじゃ、スタートゥ!お前ら馬鹿どもに運がありますようにっ』との声に反応して走り出したのは18人であった。待ち時間の間に、なぜだが5人が死体となって脱落してしまったからだ。

 

 ニシャはアキラの指示に従い、短い時間の中でかつてのガントレットを可能な限り復元した。

 このくだらないイベントの復活にはいろいろと複雑なものがあり。自分より劣る部下だった奴が、下手をしたら明日のオーバーボスとなるかもしれないという予感を押し殺す苦行となっていた。

 皮肉にもこの思いはオペレーターズのマグズにもあった。

 

 パックスの立候補者たちに引きずられるように、抑えられない野心をむき出しに自分の下からも声が上がり。駅のホームで輝く明日を夢見て興奮している馬鹿達を見ている。

 なぜこんなことになったか、パックスに対する不満はどうしても大きくなる。

 

 

 このゲームは開始前からそうであったように。スタートから順調に惨劇と喜劇の混ざり合うレースとなった。

 何せ互いが唯一の存在であるボスにならんとしているのだ。最初のターレットによるキルゾーンから足の転ばしあいが始まり。

 ガス室ではうっかり銃の引き金を引いたバカのせいで、遅れていた後続はそろって真っ黒なカリカリのフライにもなった。

 

『チョット、お前ら。少しはまじめにやろうと思わないか?このままじゃ、せっかくのイベントの決勝ステージに挑戦者がのぼらないなんて悲劇が待ってるぞ?』

 

 最初はそれを下品に面白がっていたレイダー達も。

 自滅していく挑戦者に呆れて、応援などを始める始末。

 

 気が付くと最終ステージ前の控室にはハンナをふくんだボロボロになった5人だけしか残らなかった――。

 そこではあの日のようにゲイジの冷徹な声で「そこで最後の支度をしろ。ボスと観衆を待たせて飽きさせるなよ」とだけ伝えられる。

 

 傷ついた体にはスティムをうち、萎えた気力をよみがえらせようとサイコを血液に溶かす。

 薬物を山ほど消費することで元気を取り戻した4人は出ていこうとしたが。一番傷の重いひとりだけは、もう少し休んでから行くと伝えてその場にとどまろうとする。

 

 4人が部屋を出て、先にステージに立ったことを観客の反応から確信すると。

 そのレイダーは途端にあわただしく、部屋の中の物色を始めた。

 

「どこだ?どこだ?どこにある?」

 

 そいつがさがしていたのはヌカランチャーの弾。

 そう、イエローマンとして前任の総支配人を倒したアキラが使った手。

 こいつの必勝の策とは、アキラを真似て。即席のヌカ・グレネードでステージ上を吹き飛ばしてやるというものだったのだ。

 

――だが。

 

「皆が待ちくたびれている。そう言っていたのを聞いていなかったのですか?」

「!?」

「……」

「誰だ!?ここに誰かいるのか?」

 

 背後から男の声がかけられたと思った。

 しかし、振り向いても。見回しても自分以外にこの控室には誰もいない。気のせいだったのか?

 

「――へっ、サイコを使いすぎちまったのかもな」

 

 あわただしくロッカーを探っていくと、ついに目的のものを発見して手を伸ばした。

 それをうやうやしく目の前に置き。隠しポケットの中に入れておいたメモを取り出しにかかる。そこには技術者によって、弾頭部分をとりだしてグレネードのように使えるようにする方法が記されているはずであった。

 

「運がむいてきたんだ。あいつらを全員ぶち殺して。明日から俺が、ここのオーバーボスだ」

「――いいえ、時間切れです」

 

 再び声がしたが、今度は幻覚ではないとわからせるためか。背後から自分が何者かによって吊り上げられてしまう。

 男は必死に手足をばたつかせることで抵抗しようとし、背後を確認しようとするが。これがまったくうまくいかない。

 

 そして相手の姿が現れる。

 アキラが作り出したロボットたちのチーム。そのリーダーとして、エイダの思考力をもとに作られた新たなアサルトロン。

 ガクテンソクがステルス装置を解除したのである。

 

「処分します」

「いや、待てよっ……」

 

 制止する声は聞き入れられず、空いた手に出現した刃は激しく男の体を貫き。野心の炎とともに命をも吹き消してしまう。

 目的を果たすとガクテンソクは死体を放り出し。その手に握られていたメモをそっと回収してから、再びステルス装置を起動させた。

 

 アキラとて馬鹿ではないのだ。

 ディサイプルズの忠誠心とガントレットとやらの完成度に自分の命をあっさりと預けるなんてことはしないし。最悪のこと何十人を相手にひとりでどうにかできるわけがないことだってちゃんと理解している。

 だからこのレースが始まる前にガントレットにはステルス装置を搭載したガクテンソクを配置して、馬鹿共が互いに効率よく邪魔しあえるように手を貸しながら。時にはこのように直接に排除することで、その数を減らしてきていたのだ。

 

 

 ステージから、放送するゲイジの声がする。

 

『よし、お前達。控室の奴はどうやらくたばったようだから、メインイベントを始めるぞ』

 

 以前のボス、コルターはこんな時。自分を大きく見せようとして客席をあおって見せたものだが。

 今のボスにはそんなつもりは毛の先ほどもない。

 

 サングラスに隠された目によって表情は以前と同様に読むことはできないが、そこから醸し出す雰囲気は。たしかに危険を感じさせるヤバイものであることはもうわかっている。

 

『よし、試合開始だ!』

 

 ゲイジの言葉に合わせるように、なぜかアキラは前かがみになっていき――それはまるで自らの前に立つ挑戦者たちへと礼を示しているようにも見えた。

 

 

==========

 

 

 夜中、ケイトは自分が安宿とけなした旧消防署の屋上へと、風にあたろうとしてやってきた。

 見下ろす深夜のタウンは、数時間前まではあのアホなイベントの余韻が残っているのだろう。実に騒がしいものであったはずだったが――。

 

「なんだ、チャンプだったか」

「ハンコック?こんなところでどうしたの?」

「眠れないんだろ?俺もそうだ、今日は少し。刺激的なものを見せつけられてしまったからな」

 

 自分の同類、そういうことらしい。

 

「あのさ――サイコ、ある?」

「ああ、俺のスペシャルレシピの奴でよければな。強烈ではないが、普通のよりも長くキク。上品な味わいを楽しんでくれ」

「ひとつでいい、もらえる?」

「ああ、いいぜ」

 

 表向き、ケイトは自分が薬物中毒であることを仲間から隠そうとしている。

 とはいえ、レオの時とは違ってここでの仲間は一緒にいる時間も長いから、それがうまくできているとは言い難い。

 それだからこそ、この時。自分から要求することに激しい後ろめたさを彼女自身は感じるのだが。ハンコックはまったく気にしてはいなかった。

 

「その、眠れないからさ。ちょっと――」

「そういうのは俺にはいい。わかるよ、説明は必要ない」

「……ありがとう」

「――今夜は久しぶりに悪夢を見そうなんでな。俺はここで、朝を待つしかなさそうだ」

「恐れ知らずの市長が悪夢が怖いの?」

「ああ……あいつのせいだよ。アキラだ、俺の今の相棒にして友人」

「アイツ?」

「アイツを――アキラをどうやって殺そうか。今夜の俺はそればかり考えてしまうのさ」

「っ!?」

「驚くふりはいらないさ、ケイト。あんたもだろ」

 

 ハンコックからのとんでもない返しに、どうすればいいのかわからず。

 ケイトはさっそく手渡された薬でハイになっているはずなのに、凍ったように固まってしまった。

 

「わかるさ。あんなヤツを見せられたらな」

「でも、あんたは今。あいつを殺す方法を考えていたって」

「当然さ。あいつと俺が組む理由は知っているだろう?あいつのせいで、俺は頼れる相棒を殺され。俺は俺の街にいられなくなった」

「……」

「結果的に俺はあいつと握手を交わしたが。それまでには当然、殺すことだって考えていたさ」

「それって、平気なの?」

「ああ。困ったことにな、世間から大悪党なんて呼ばれるような男になると、普通の感覚なんてわからなくなる。あいつは俺の敵で、元の相棒の仇でもあるわけだが。今のおれはそいつを相棒と呼んで、大好きな友人だと他人に紹介しているのさ」

「――つらくないの?」

「俺がジョン・ハンコックでいる限りは大丈夫さ。あんたはどうだ?」

 

 問いかけられると、ケイトの脳裏にはあのステージでおきた。あまりにもあっさりと決着がついた勝負を思い出した。

 

 

 

 アキラは目の前の挑戦者たちに礼など尽くすつもりは当然なかったのだ――。

 

 腰が曲がり、頭が下がると。

 その背後からフワフワと弧を描いて飛びだしていくプラズマ・グレネードが一個。

 

 この瞬間、客席に座っていたハンコックが小さく「野郎」とつぶやくのをケイトは隣で聞いていた。

 彼にはあの若者が何をしようとしているのか。その時には理解していたに違いない。

 

 

 挑戦者たちはオーバーボスの姿勢と、そこに突然現れた小さな物体に戸惑いを覚えた。

 苦痛を抑え、自分を少しでも覚醒させようと薬物によって感覚を研ぎ澄ましていたせいで、それを感知してしまい。どうしようか判断に迷ってしまったのである。飛んでくるものを見て「あれはなんだ?」と考えても、答えが出る前に。

 

 次にプラズマピストルを構えて出鱈目に撃ち始めるアキラを見る。

 

 放たれた光弾の一発の進路上に落ちてくるグレネードが重なり、たったそれだけで勝負は決したも同然となった。

 

 輝く球状のプラズマフィールドが衝撃とともに拡散していくと、それを真正面から受け止めてしまった2人は大地に立ち続ける両足を残して消滅し。

 かろうじて横跳びを試みた男は、半身を焼かれた痛みに耐えられずに絶叫と共に陸に乗り上げた魚のように舞台の上でバタバタとのたうち回る。

 

 

 その中でもやはりハンナは頭一つ抜け出る存在であったようだ。

 左の手首から先を失い、続く上腕の半分も。皮と肉がプラズマによってどろりとスライム化して地上に零れ落ち、その痛みとダメージにはしっかりと耐えつつ自分の敵を確認しようと頭を上げて見まわしていた。

 

 サングラスをした青のスーツ――今はブルーマンか。

 そのオーバーボスの手には焔を噴きだす刀が握られ、哀れにものたうつことしかできなくなった男の体を踏みつけては、その心臓を一突きにして焼いていたところであった。

 

――次は自分の番だ。

 

 わかっている。

 そしてこれはハンナ自身が望んだことでもある。

 

 メイソンに自分はオーバーボスを知らない。知りたいのだと訴えた時。

 ボスとやらがメイソンに処分するように要求する可能性はあるとして、そうでなかった時の場合も考えていた。

 自分を殺すというなら勝負を申し出てもいいし。自分を抱くというなら、どんなものなのか味わってやってもいい。退屈だと思ったのなら、明け方にでも隙を見て絞め殺せばいいのだ。

 

 どのみち殺すことは想定していたことだった。

 ところがそのチャンスが目の前に来ると、気が付けば自分も雑魚共と並べられてあっさりと相手に処分される寸前まで追い詰められていた。

 生き残るにはここから逆転して勝利するしかない。

 

 

 まずはスティムを一本、しかしこれだけではまったく痛みを抑えるにしても足りるものではない。

 

――アキラの体が、ハンナへとむけられる

 

 次はジェットだ。それも普通のではない、グール用に作られたウルトラジェット。

 それを容赦なく自分に打ち込んでいく。

 

 アドレナリンは瞬時に吹き上げ、視界が焼けるようにぼやけていく。

 湧き上がる尋常ではない量の活力をそのまま口から咆哮として吐き出す。

 女でありながらも鍛え上げられ、ある種の美しさすら感じる残った右手を振り上げる。

 

 このたくましい腕で屈強な男の首をへし折った記憶は一度や二度ではなかった。

 あんな細い身体をした東洋人ならば、この腕の一振りだけでもって首をポロリともぐことだって可能だろう。

 迎え撃つまで待つつもりはない。こちらから走り出すと、襲い掛かっていく。

 

 降りぬく最初の一振り、かえす二振り。

 どちらも大振りで、アキラは冷静にそれをかわしてみせた。そして静かに握ったシシケバブを己の背中へと担ぐように持っていく。

 

 怒り、焦り、それらを混ぜ合わせた2度目の咆哮と共に振りぬかれた3振り目では。ハンナはついにバランスを崩してたたらをふんだ。 今度もまたアキラはよけるが、今度はそれだけでは終わりとはならなかった。

 

 踏みとどまろうと半身を見せるハンナにむかって、振りぬかれる一閃。

 しかし、その手にはもう刀は握られてはいなかった――。 

 

 アキラの手を離れた刃は回転を続け、軌道にあったハンナの頭部――約三分の一を削り落としても勢いは止まらず。

 観客席の前に広がる敷居を貫くことで、ようやくのこと威力を殺すことに成功した。

 

 

 衝撃の結末に空気は凍り、続いて崩れ落ちる烈女と共に大歓声が巻き起こる。

 

 

 ハンコックは優しく問いかけてきた。

 

「アイツを本当におそろしいと思ったんだな」

「地底人って、みんなあんなものなのかな?あのレオとかいうクソ野郎もそうだった。

 ひどくヤバイ状況なのに、まるで感情がないみたい。機械のように冷静で、平気で何でも破壊しておいて。なんでもないみたいにする」

「……まァな」

「思っちゃったんだよ、あいつらのどちらでも。あたしの立つステージの反対側に立っていたら、どうなるんだろうって」

「勝てない、そう思ってるのか?」

「わからない――でもさ、スーパーミュータントを人の手で殴っていく奴なんて知らないし。薬で獣になったジャンキーを相手に、平然とくびり殺して見せるやつも知らなかった」

「そういう意味じゃ、俺たちは運がいいといえるな」

 

 ケイトは思い出すことをやめ、ハンコックを見る。

 グールはやめろ、というように首を横に振るだけだった。

 

「つまらない考えさ。明日には忘れなきゃならない、あんたもそうするべきなんだ」

「……」

 

 お互いが同じように忘れようとしていたはずなのに、話していると悪いものを育ててしまったようだ。

 ハンコックはこの話を切り上げたがっていると感じた。ケイトだってそうしてもいい、だがそういうことなら――。

 

「眠れないんだ、ハンコック」

「……」

「今日は特に、ひとりでは」

 

 自分の誘い方としては、割と理想的なものであったと思っている。

 だが――。

 

「仲間ってのは時に家族になり、離れては他人となるものさ。だからそう、こういうことだってありうるんだろうな」

「……で?」

「悪いが断る。別にあんたに魅力がないわけじゃないし、女への興味が消えたわけでもない。ただ、ジョン・ハンコックという男はそういうものなんだ」

「どういうこと、意味が分からない」

「あんたみたいな若い娘のお遊びにつきあうほど、ジョン・ハンコックは安くはないのさ。お嬢さん」

「なにそれ。淫売には用がないってこと?」

「誰がそんなことを言ったァ?そういうことじゃないんだ。ただ――」

「?」

「お前がそれをなぜマクレディに言わない?あいつなら、年齢も近いし問題はないだろう?」

「あたしになんか、興味ないってわかってるし」

「それが理由か?本当の?」

「何が言いたいのさ!?」

 

 なぜか泣きそうな顔になっているケイトに、ハンコックは横になってリラックスしたままで。

 マーケットから見える、大きな山のてっぺんに指をさした。

 

「素直になりたいなら、お前の相手はあそこにいるんじゃないか?」

「なっ、なによいきなり!?あれは、あいつの相手はキュリーが――」

「お前さん、やっぱりいい人間なんだな。そういう義理堅いところが、本当にいい」

「からかわないでよ!どうせ、馬鹿にしているんでしょ?」

 

 ハンコックの目はそれでも優しいままであった。

 

「そうじゃないのさ。今夜は俺たちにとっては寝苦しい夜になるってだけだ。それを誰かで別のものにすり替えようとすると、相手を傷つける結果を引き寄せてしまう。耐えるしかないんだよ、歯を食いしばってな……」

「わかった!それじゃオヤスミ」

 

 もうそこに居続けることはできないと思ったケイトは、背中を向けるとベットまで直行するが。

 体をそこに横たえたくないと、未だ感じている自分に苛立ちを覚えた。

 

――あそこにいるんじゃないか?

 

 グッドネイバーほどの町の市長なら、女なんて飽きるほど抱いているだろうに。ハンコックはなんだって断る理由に、あんなことを口走ったのだろうか?

 まったく理解できない。

 

 ケイトは結局、自分の寝床に入るのをあきらめると。

 キュリーのそれへと潜り込んでいく。そしてハンコックの忠告に従い、朝日が昇るまでの長い間を。息を殺しては、穏やかな寝息を立てているキュリーの寝顔をじっと見つめ続けた――。


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