ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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図書館戦争 (LEO)

 ダイアモンドシティの宿屋にある2階から屋根の上に出ていたロニー・ショウは頭を冷やす必要があった。

 悩ましさから険しかったまなざしは、そこから見える人々の生活の息吹を感じることでいくぶんか和らいでいく。

 

(これだよ。これこそが平和な生活ってやつだよ。大切なことだ)

 

 連邦にいる力なき人々は誰もがこのダイアモンドシティに住むことにあこがれる。

 旧市街の中にあって、その緑の壁が中にいるものを守ってくれている。本当の安心と安全が、ここにはあると信じている。

 ロニーの考えるミニッツメンとは、この光景をすべての連邦に存在する居住地にもたらす存在であることだった。

 

 背後の扉が開くと、若者が顔だけをのぞかせて「ロニー?」と聞いてくる。「頭を冷やしたいんだよ」そう返すと、彼はうなづきながら出てきてロニーの隣に立った。

 

「この町はいい。いつ来ても平和だよ、外で騒ぎがあってもオタオタと怯える人はいない」

「はい」

「マクドナウ市長の手腕て奴だね。たいした男だよ」

「――でも評判は良くないようですよ。人気はありますが」

 

 若者はわざとロニーに逆らうようなことを言ったが。そんなことでは怒ったりはしない。

 鼻で笑い、手を横に振って否定を入れながらロニーは口を開く。

 

「実行できる男だからさ。他人から完璧であることを要求されてるんだよ。

 つらい事件が多くあったが、彼はその時期に人々を団結させて率いてきた。今もそうしてる」

「グールの件はどうです?」

「あのシワシワの連中かい?ただのジャンキーだろ、ここを放り出されりゃ。薬を買うキャップ欲しさに簡単にレイダーになるような奴らだ。

 実際にいるじゃないか。同じく市長を名乗っている、シワシワの殺し屋がね」

「グッドネイバーのハンコックですか」

「そうさ。だいたいだね、たしかにここの市長は過激な方法ではあったかもしれないが。不安に押しつぶされて平和だったこの場所をまとめるには最高の方法だったことは、今のここを見れば一目瞭然。説明なんて必要ないのさ。

 そりゃ確かに今でもあれを非難する奴らはいる。でも、彼が成し遂げたことこそ見るべきだ。

 苦しい時に歯を食いしばって、自分たちの居場所を守り切った男がまだここに居る。この町はこれからだって平和に違いないんだ」

「俺は別に非難してないですよ」

「そうかい?

 ここで売られてる新聞をお前らは貪るように読んでるが。あそこは毎回、マクドナウ市長を突きまわしているじゃないのさ。あんなことを、なにが楽しいやら。

 ハンコックは嫌い、マクドナウも嫌い。それじゃ自分は何ができるって?

 どうせ足を引っ張ることしかできない。口先だけの奴が書いているに違いないさね」

「ロニー、知らないんですか?あの新聞は美人記者が書いているそうですよ。だから俺達も読んでるんです」

「なんだい、色気かよ。現金なものだね」

「別にいいでしょう。それよりロニー、知らせは送りましたよ。中に戻りませんか?」

 

 若者の言葉に頷くものの、ロニーはまだ動く様子はなかった。

 彼女と彼女が訓練した”本物のミニッツメン”である若者たちの耳には聞こえていた。ダイアモンドシティの外、ボストンの中心辺りから感じる激しい戦闘の気配を。

 ロニーの商隊のひとりに市長に知らせに走らせたが。これからマクドナウがどう動くのかは興味がある。

 

 しかし中に戻らないのは別の理由だ。

 

「戻るなら整理しなきゃならないんだよ。どうにもわからなくってね」

「ああ、なるほど」

「ガービーのミニッツメン……そうじゃないね。ガービーとその将軍とかいうのは、なにを考えているんだい!」

 

 口にするごとに興奮が戻ってきて、最後はキツイ調子で血圧も上がっていく――。

 

 ロニーはあれからダイアモンドシティとバンカーヒルの間で商売を続けていた。

 それはもちろん、ガービーのミニッツメンとやらが本物かどうかを見定めるためだ。若い奴を送り込み、今の彼らが何ができて。なにをしようとしているのかをずっと探っていたのだ。

 

 聞えてくるのは驚きと感心、理解よりも先に訪れるのは不安と恐れであった。

 ガービーのミニッツメンだが。入隊には複数のパターンからなるテストが用意されていた。

 それを連日の事通うことで、すべて合格するとようやく入隊手続きに入る。しばらくはダイアモンドシティのはずれにあるレッドロケットで寝泊まりさせられつつ。そこでも毎日テスト内容が繰り返し要求される。

 

 そして人数がそろうと、チームに分けられ。本格的なミニッツメンとしての訓練に入る。

 それはまるでガンナーを思わせる傭兵を求めているかのようだが。かつてと違いガ―ビーらが最初に求めるのは正義と正しさを愛する心ではなく、まず戦士としての能力の有無であった。

 だがこのくらいならロニーも眉を顰めるくらいですませてやれただろう。

 

 問題はこのミニッツメンは居住地の経営までも手を伸ばしているということ。

 一応は自治をさせているというが。彼らの生活にミニッツメンを食いこませ、支配とギリギリの線を綱渡りしているのだという。

 さらにここで手に入れたキャップで武器とアーマーを用意し。今あるトップチームから武装と防具を強化させているらしい。賢いやり方だと認める一方で、強い力と保護に見せかけた支配を広げているようで、不快さしか覚えない。

 

 そして彼女を最大にイラつかせるのは、ガービーと将軍とやらの今の目的だ。

 まず信じられない話だが。複数のチームをガービーは誰にも見られず、気づかれることなく東に移動させて活動させているらしい。

 これは彼自身も、スロッグとかいうグールの居住地などに短期間で顔を出したという話がある。この連邦でそんな方法があるとは思えないが、やったらしいことから何かを隠しているのは間違いない。

 

 さらに送った部隊に下されている命令というのがまた意味不明なのだ。

 海岸線に沿って北東部から調査をおこなっているらしい。そんなことをする理由がロニーたちにはさっぱり理解できない。

 無人となりつつあるかつての町、かつては居住地であったが。なんらかの理由で放棄された跡地。そんなものを調べてどうするというのか?

 

 次に思い浮かぶのはボストン空港だ。

 ウェイストランドを渡って連邦に侵入してきたエルダー・マクソン率いるB.O.S。

 バンカーヒルでは彼らはインスティチュートの脅威とやらを口にしていったというが。あの連中がただそれだけのためにここにやってきたと信じるのは無理がある。ガンナーが脅威であるように、あいつらがいつ連邦の民に牙をむくのかわかったものじゃない。

 その時のことを考えて――というなら、ガービーは大したものだと感心しただろう。

 

 だがそこでもないという。

 

 ガービーと将軍とやらは東に兵士は送っても、知りたいことは北部にあると言っているらしい。

 そこになにがあるか?

 なにもない。めぼしい資源の噂もないし、なにかの兵器が隠されているという噂もない。なにがしたいのかさっぱりわからない。

 

「なんで北なんだい?南だろ?ボストン空港、キャッスル。ガンナーもいる。それら全部がどうでもいいってのかい」

「……」

「なにかわからないのかい?」

「俺達に聞いても無理ですよ。みんな頭をまだ抱えてます、あんたがいないと話が進まないんですよ」

「それはそれで困ったものだね。こんなことをいつまでも続けちゃいられないってのに」

「っ!?……ガービーとの合流はナシですか」

「まだ決められないよ。でもここでの商売は難しいんだ、このままだと身動きが取れなくなっちまう。その前に決めないとねぇ」

 

 ロニーにとって悩ましい時間はまだ続いていた。

 同時にいろいろな理由から時間切れが迫ってきている。その間に正しい情報を集め、正しい決断を下さないといけない。

 

 ブレストン・ガービーは大丈夫なのか?

 新たな将軍、レオという男はどういう奴なんだ?まだその姿が、ロニーには見えてこない。

 

 

――――――――――

 

 

 ハングマンズ・アリーに駆け込んできたダイアモンドシティのセキュリティの知らせは、見事にミニッツメンたちを不快にすることに成功した。

 マクドナウ市長はただ一言「騒がしいから見てきてくれ」これをあらゆる言葉で着飾って、送り付けてきたのは明らかだった。それでも無視するわけにもいかない。

 ボストンの市内は危険ではあるが、今は少ないが新人たちが形ばかりの巡回をやっていた。その彼らに向け空に向かって信号弾を撃ち放つ――。

 

 

 ボストン公立図書館はこの時からこの町一番の激戦区となった。

 

 トリニティタワーで次のリーダーを決めきれないでいるスーパーミュータントたちが、コリブ―駅が攻撃されたのを知ると。恐ろしいことにこれは図書館への侵入者の仕業であるとなぜか断定してしまった。

 その結果、新たな攻撃部隊が編成され。咆哮と共にタワーから出発する。

 

 一方で実はすでにレオ達の背後には忍び寄る存在があった。

 

 静かな図書館の中、建物の影、床に空いた穴の底、蜘蛛のように天井を這う人の姿。

 コンドウらが放った暗殺者たちはすでにここで襲撃しようと図書館の中に潜り込んでいたのだ。

 コンドウ自身が、今回の正しい目標はレオであるとしているだけあって。選ばれた暗殺者たちの使う技は怪人と呼んでも差しさわりのないレベルのものばかり。

 また暗殺者の側も、依頼人が集めたメンバーの中にひとり壊れたのがいて。すでにマヌケ面を下げて戻っていったことから、必ずレオをここで仕留めることで一致。珍しく全員が互いの足を引っ張ることなく、息を殺してその瞬間を辛抱強く待ち続けている。

 

 彼らが狙ったのは、ここからレオ達が立ち去ろうとする時だった。

 出入口に到達する前に次々と襲い掛かることで力と罠でもって確実に仕留めようという――。

 

 レオにとって運がなかったのは、暗殺者にとって脅威となる忠実な戦闘ロボットとして生まれ変わったコズワースと、心強い人類の友人でもある犬のカールがここにいなかったことだろう。

 

 彼らがこの建物の中に入ってくることができたなら、何者かが建物に侵入したと同時にセンサーやその鼻が異変を感知していただろう。

 もしやここまで強運で切り抜けてきたレオも、遂に終わる時が来てしまったということか?

 

 図書館に破壊と混乱が訪れたのは、スーパーミュータントたちの驚くべき俊足がなければなかったことだ。

 

――静寂はいきなりに破られる。

 

 そろそろ調べることがなくなってきた感のあるレオの耳に、遠くで犬とロボットの警告音にも似たなにかをとらえた気がした。

 自然と指は脇に置いてあったライフルに触れる。

 

 次に図書館のすべての出入り口がスーパーミュータントたちによって押し破られると、館内の警報がけたたましく鳴り響く。

 それに思わず反応してしまったのは、あろうことかと気を待ち構えていた暗殺者達。それはほんのわずかな動きでしかないはずだったが、素早く冷静に立ち上がるレオの視界と勘はそれらの位置を特定してみせる。

 

 レオのライフルは室内のひっくり返っていた木製の本棚に向けて火を噴くと、そこにしゃがむようにして隠れていた暗殺者のひとりは半身を削り取られて肉塊となった。

 続いて銃口はそのまま窓の外に見える向かいの建物の廊下へ。

 

 同じく突入してきたスーパーミュータントに反応し、警備システムはターレットと警備ロボットに攻撃命令を下す。

 こうして戦闘は始まったが、皮肉にもそれが3つ巴であるということを正しく理解しているのはまだ、誰もいない。

 

 

―――――――――

 

 

 ディーコンとエイダもまたひと足――いや、ここはふた足というべきか。

 戦闘が続く図書館を前に、隠れてそれを見て居るミニッツメンに続いて到着した。

 

(うわぁお!こりゃ、スゲーな)

 

 いつもの如くこの男は無表情、そして感想は他人事ではあったが。少なくともそこに先に到着していたミニッツメンたちを押しのけて飛び込んでいこうとまでは考えていなかった。

 でもエイダはそのつもりだ。

 

「スーパーミュータントですね。これほどの数、なにかあるのでしょうか」

「ああ、見りゃわかるが。なにかあるっていうなら、そりゃあるんだろうよ。だってあそこには俺達が会いに来た、ミニッツメンの将軍様がいるんだろう?」

「スーパーミュータントがミニッツメンを?本当にそうでしょうか?」

「ああ、まぁな。俺もそう思うが――」

 

 しゃべっている間も、図書館前の大通りでは押し寄せてくるミュータントの部隊を。大型だが見たこともない犬とロボットが。一匹と一台だけで応戦している。

 両手の重火器を降りまわしては撃ってくる相手にけん制しつつ。接近戦を仕掛けてくる緑の大男たちにはその不格好な4足を器用に動かして接近戦もこなす。

 

「突入の準備はよろしいですか?」

「準備がよろしいって何の話だ?まさかあそこに行こうって言わないよな?」

「レオは中にまだいます。戦闘中です、助けなくてはあなたも話はできません」

「ああ、それは確かだが。どうもご主人様の悪い影響を受けてるようだから教えてやるが、あのロボットはどうするつもりなんだ?それを聞くまでは絶対に俺はここからは動かないからな」

「それは問題ではありません。彼はコズワースです、味方です」

「えっと、味方?コズワース?どこかで聞いた覚えがある」

「レオのロボットです。元はどこにでもいるMr・ハンディでしたが。今は違います」

(あれが!?)

 

 よく見ると確かに胴体――それも前面から見る限り、ハンディの球体っぽさがあるように見えなくはない。

 だがもう、まるで別物である。

 

 今だって4本足を器用に使い、四股を踏むように体を大きく傾け、一本の足を振り上げて見せると。ガクン、と何か衝撃が走った後で勢いよく振り下ろされる。

 足元にいたスーパーミュータントを地面にめり込ませようとでもいうように踏み倒し、無防備な腹を踏む足首から炎が噴き出す。

 

 あまり聞いたことのないスーパーミュータントたちの悲鳴が複数あがるのをディー痕は聞く。あんな動きを見せるロボットなんて見たことがない。

 

「なぁ、あの図体はどう見てもハンディって大きさじゃない。そのコズワースと、なぜわかるんだ?」

「それは簡単です。あの体のほとんどは私のために用意されたものでした。私がアキラに頼んで、それをコズワースに譲ったのです」

「ああ、なるほどな。

 お前さんが本当はああなってたってことでいいんだな?

 なるほど、俺の親友は確かにこんな馬鹿みたいに悪夢じみた混乱を引き起こすのが得意だった。あいつがいないから、そんなことは起きないとすっかり油断していたようだな。ひどく俺は動揺してる」

「――数値はその影響は見られません」

 

 本当に調べてるのか?の言葉がのどまでせりあがったが、ディーコンは耐えた。

 

「今のはもちろん嘘だ。ジョークだよ。それで、行くんだろ?」

「はい」

「よし――それではミニッツメンの諸君!悪いが道を開けてくれ、あれは招待状が必要なパーティでね。こっちはそれに遅刻してしまったらしい」

 

 エイダの前に立つと、ディーコンはそう言って隠れて怯えて居るミニッツメンの間を抜けて大通りへと飛び出していく。

 すると戦闘状態となったエイダがディーコンを追い抜いて先頭に出て、輝くひとつ目がさっそく高威力のレーザーを発射した。

 

――――――――――

 

 

「なんてことだ、なんてことだ!?しっかりしろ、しっかりしろよ。ガービー!」

 

 頭を低くし、周囲を探りながら自分を鼓舞する。

 残念ながらここまでガービーはいいところが全くない。将軍に頼まれ、図書館内の警備システムのチェックとやらをやっていたわけだが。ターミナルにアクセスすることができないせいで、やれたことと言えばせいぜい過去にここを知識の最後の砦だと信じて戦った人々の残した記録に目を通すくらいのものだった。

 

 それが装置が突然動き出すと、あちこちで騒ぎが始まり。ターレット、ロボット、スーパーミュータントを横目に這いつくばって必死でレオの元に移動していた。

 

(落ち着け、こんなのピンチとは言わない。対処できるさ。

 ああ、そうだ。地下の駅を攻撃されたと知って、スーパーミュータントが援軍を出したんだろう。まさか日のあるうちに送り込んでくるとは思わなかった。失敗した。

 それで――将軍は無事か?彼を守って脱出しないとな。それにしても……)

 

 それにしてもさきほどからおかしなものを床の上に見る。

 レイダーではないが、明らかに見た目がアウトローであることを主張する”新鮮な”人間の死体がいくつか転がっている。

 ガービーが目を通した記録に間違いないなら、この場所は100年以上封印されていたはずなので。つまり彼らが中に入ってきてから、同じように侵入してきた奴らがいたということになる。これをレオは気が付いていたのだろうか?

 

「……将軍っ!?」

 

 廊下に出ると、その先の廊下の角に座り込むレオを見て、思わず声をかけた。

 すると「死ネ、ニンゲン!」などの罵声と共に、レオの隠れる壁の向こう側が激しく攻撃が始まって削られるのを見た。

 

 なのに本人は全く動揺するでもなく、ガービーに指でこっちに来るように指示を出している。

 

「すまない、交戦中だった。思わず声をかけて」

「しばらく会議室で地図を前に考え込むのに慣れて、現場を忘れてしまったんじゃないか?かなり面白いガービーを見せてもらった」

 

 建物は囲まれ、襲撃者複数いるというのにこの男にまだ余裕が感じられるのが信じられない。

 だがそのおかげでガービーも強がることができるのだ。

 

「それで酒場の淑女たちを口説いたらいいさ。きっと皆があんたから聞きたがる」

「そんなことがあるかな、ダイアモンドシティの密造酒は。正直なところあれは飲み物じゃなかった。君が代わりに飲んでもらえるか?」

「俺はお断りするよ。あんたの引き立て役はもう十分やってるはずなんでね」

 

 それより、と軽口を切り上げガービーは未確認の侵入者について聞いた。

 レオはうなずくと、ガラクタの下から大きな改造されたレーザーライフルを引っ張り出して見せてきた。

 

「そのひとりがコイツを持っていた。一見するとこれはただのレーザーライフルのように見せかけているが、いわゆる弾倉にあたる部分が特にいじられていて。大量の予備弾を用意できるようにされているようだ。

 このことから考えるに、信じられないがこれはライフルじゃなくて高出力のレーザーを連射するものだとわかる。冷却システムが優れてないとできないはずなんだが」

「……おいおい、嘘だろ」

「わかるかい、ガービー?」

「今更目を背けることはできないさ。こいつは暗殺者の武器だ。

 なんてこった。俺達は暗殺者に狙われていたのか!?」

「フフフ。そのようだ、私もさっき驚いた」

「笑い事じゃないぞ、将軍!」

「いや、笑うべきだよ。ガービー、今は彼らのおかげで私達はだいぶ助かってる」

 

 どうやら暗殺者たちは襲撃後、レオ達を裏口に誘導するつもりでそこで重点的に待ち構えていたようだ。

 なのに正面と裏口の両方からスーパーミュータントが突入。正面はターレットとロボットが相手をしているが。裏口でも同じ戦闘が開始されると、暗殺者たちはそれに巻き込まれてレオとミュータントに前後を挟まれる形になってしまったのだ。

 つまり2人と裏口の間には、一本の通路にスーパーミュータントとわずかに生き残った暗殺者がいるということになる。

 

「だがそれは今だけだぞ、将軍。

 スーパーミュータント達が押し込んできたら、結局は俺達は包囲されていたという現実が待っているだけだ」

「わかってる。それよりも聞えないか?外の音を」

 

 言われてガービーは耳をすませてみせたが、騒ぎがあるのでよくわからない。

 だが、確かに近くで起きている騒ぎとは別のものがそこにはあるようだと、感覚で理解することくらいはできた。レオが言わなければ、ガービーならきっと「気のせいだろう」で終わらせてしまうような引っ掛かりでしかないが。

 

「なんだ?あれに心当たりがあるのか、将軍?」

「もちろん。コズワースだ、それもちょっと前から様子が変わった。外ではなにかあったのかも」

「だがあの巨体じゃ建物の中には入れない。それはわかるだろう?」

「なら正面を突破するかい?戻る以外に、ほかに道はないよ」

「それもまた無理な相談だな。あっちは俺達それぞれが着るパワーアーマーが必要だ、それもメンテナンスされた最高の状態の奴がな」

 

 続いてガービーは「いつ(突撃を)はじめるんだ?」と聞こうとすると、レオの表情に変化が生まれた。

 両目をカッと見開くレオは廊下に顔を出すと、奥の裏口に向かって「カール、カール!!」と声を上げる。

 ガービーは慌ててレオの体を引き戻しつつ、声に反応して撃ってくるスーパーミュータントに向けてレーザーマスケットを発射する。

 

 そのおかげで一瞬だが見ることができた。

 スーパーミュータントの向こう側に見える出入口。その扉が押し開かれ、殺気を全身にみなぎらせる獣が飛び込んできた。

 それは目の前の緑の大男の首を後ろから飛びかかって引きずり倒そうとし。情けない声を上げる味方に、外から何かが飛び込んできたのだと察した仲間達が振り返った。

 

「将軍!」

「ガービー、突撃は今だ!」

 

 2人は飛び出すと、廊下の途中で必死に命を長らえることだけに集中していた動けない暗殺者を片付けていく。

 一方で、犬に続いて不気味に輝く瞳と共にガービー達にも見覚えのあるアサルトロンも図書館の中へと突入してきた――。

 

 

 ハングマンズ・アリーにいるミニッツメンたちは仲間がまだ報告に戻ってこないことを心配していた。

 あの凄まじい戦闘音は数時間前には聞こえなくなっていたが。市長の要請とはいえ、素直に応じて新兵に見に行かせたことは間違っていたのではないかと不安になっていたのだ。

 

 明日になれば、一応の捜索の名で死体を探しに行かないといけないかもしれない。

 そう思い、裏でどのくらいの規模で捜索隊を出すか話し合っていると。その報告者たちが戻ってきたという、喜ばしいニュースが飛び込んでくる。

 

 彼らは戦闘には巻き込まれたなかったらしいが、全員が魂が抜き取られたかのような有様で戻ってきていた。

 

 ミニッツメンたちは仲間に対し「大変だったろ」「無事でよかった」と言いながら、なにを見たのかと報告させようとした。

 彼らの発言はやや不明瞭ではあったものの、しかしその内容には度肝を抜かされることになる。

 

 というのも、騒ぎを見に行った彼らが見たものは。

 なんと現在は休暇を取って姿を消している将軍とブレストン・ガービーの2人が。以前からダイアモンドシティへの侵攻の足掛かりとして図書館近辺に姿を見せていたスーパーミュータントの部隊と激突。さらに押し寄せる援軍にものともせず”たった2人だけで”(この辺り、他に誰かいたという者もいたが。よくわからない、とする者が圧倒的に多かった)殲滅してしまったのだとか。

 その修羅のごとき壮絶な戦いに飲まれてしまい、彼らは何もできなかったのだと。

 

 最初は何を馬鹿な、とミニッツメンたちは信じなかったが。

 ダイアモンドシティでも商人たちが町の中でおびただしい数のスーパーミュータントン死体を見たとの情報が入ると、信じないわけにはいかなくなった。

 

 

 かくしてここに新たな伝説がまたひとつ誕生する。

 ダイアモンドシティの酒場では、休暇中のガービーが町を狙って密かに部隊を送り込もうとするスーパーミュータントの軍勢に気が付き。新たな将軍を相棒に、たった2人だけでその進行を食い止めたのだという荒唐無稽な物語が数日後には作られ、完成する。

 

 パブリック・オカレンシアは現在メインライターが別の事件に取材中につき、この件については知らないということにした。

 マクドナウ市長は、運悪くガービーなんぞに秘密部隊を見つけられてしまったスーパーミュータントの知性を嘆き。ミニッツメンの英雄の蛮勇に震えるものがあったが、わからないふりをする。

 

 そしてロニー・ショーの悩みはまた一段と深くなってしまった。

 いくらガービーや将軍とやらが凄腕だとしても、スーパーミュータントの軍勢をたった2人だけで薙ぎ払ったなんて馬鹿な話は信じはしない。だがそんなうわさ話でも、嬉々として語ってはミニッツメンを称える人々の姿に。自分の悩みなんて実はくだらないことではないか、などと考えてしまいそうになるのがたまらなかったのだ。

 

 

―――――――――

 

 

 かぐわしいコーヒーの匂いで目を覚ます。

 目の前にガービーがいて、空はうっすらと朱色になっていた。

 

「コーヒーだ、将軍。日が昇る前に準備したほうがいいだろうと思う」

「わかった、ありがとう。今、起きれ――っ?」

 

 る、というはずが別の言葉が勝手に飛び出した。

 動いたとたんに、背中と関節が一斉に軋んだせいでうなり声に変わった。

 

 ガービーはそんなこちらを見て軽く笑うと「アンタも人間だとわかってホッとしたよ。俺は結局ほとんど眠れなかったからな」と言う。

 前日、図書館での騒ぎが終わると、エイダとディーコンがこの旅に新たに加わることになった。

 

 あんな戦闘の後で夜の街を歩き回る気になれず。

 ディーコンの勧めで建物の屋上で一夜を過ごすことになった。

 

 そこでエイダから、レールロードはインスティチュートから解放した人造人間たちをミニッツメンの居住地にも受け入れて貰えないかと提案を聞かされた。

 だがそれはガービーがいい顔をしなかった。あの場所からの脱出で彼らが助けてくれなければ、きっとはっきりと「駄目だ」と口にしたかもしれない。

 

 そこで私は妥協案として「アキラが直接管理している居住地で、彼が許可すればいいのではないか」ということにしておいた。

 ガービーは表情では「賛成できないぞ、将軍」と訴えてきたが。

 思うに今後、居住地での人造人間騒ぎは避けられないだろうし。レールロードに近しく、彼らを知っているアキラならどうすればいいのかわかっているだろうという期待があった。

 事実、エイダはディーコンがもてあました何人かの人造人間たちをすでにコベナントに送ってあるらしい。

 

 ディーコンは饒舌な男ではあったが、レールロードの状況については巧みにかわす術を心得ていた。

 なのでこちらもミニッツメンの事ではなく。今回の調査の目的について話したのだが、これが面白い展開となる。

 

「連邦のすべての警察署のデータ?ふん、それならレールロードは役に立てるかもしれないな」

「レールロードが?どうしてだ?」

「レオ将軍閣下。アキラから聞いていると思うが、俺達レールロードの真の敵はインスティチュートなんだ」

「ああ」

「そのために俺達は常に広く情報を求めている――。その一環で、だいぶ昔の話になるが。警察署のデータをかき集めたことがあった」

 

 ディーコンが言うにはレールロード本部には、全ての警察署からかき集めるようにコピーしてきたデータがまだ残っているかも、と言う話であった。

 私はそれが事実であれば助かると答え、ガービーはなんでそんなことをしたんだと不思議がった。

 ディーコンの答えは明確だった。

 

「いつものことだよ。そこに役に立つがらくたでもあるんじゃないかと思ったのさ。残された過去のデータにインスティチュートに関係するものがないか、とかな」

 

 でも見つかったのは、昔のインスティチュートの主任のひとりが。デートで酔っ払い、違反切符を切られた情報くらいしかなかったのさとジョークに変える。

 もし彼の言っていることが本当であるならば、ニックの悩める捜査はかなりの進捗を見せてくれるに違いなかった。

 

「――ディーコン、そうなると聞かなきゃいけないだろうね。こちらはなにをしたらそれをゆずってくれる?」

「ゆずる、だって?」

「いや、すまない。そうだね、ここは素直に売ってくれるのかと聞くべきだった」

「……かなり重要な情報のようだな」

「私と私の友人にとっては多分ね。それでも確認してみなければ、はっきりしたことはわからない」

「ふむ、いいだろう。

 どうやら個人的なものと言うのは本当らしいからな。ミニッツメンに高くは売れないようだし。それに、実物を確認してないから俺も値段を今すぐ口にはできない。そこでこういうのはどうだろう――」

「?」

「あんた面白いことを言ってただろ。あの場所で、アキラの過去を調べていたと」

「手掛かりを求めてたんだ」

「実は俺もそれについては大いに興味を持っていてね。少しアンタの調査とやらに付き合わせてもらえないかな」

「それは構わないが――」

「これからの予定は?次はどこに行こうと思ったんだ?俺も旅には慣れてる、きっと便利だと思うぞ」

「……彼に迷惑がかかるようなことはしたくないんだが」

「それなら大丈夫だ。あの年若い小僧は、俺の一番の大親友だからな」

「参ったなぁ」

 

 結局、私は断り切れなかったのだ。

 

 そして次の目的地は、同じくこの町の中にある。

 ボストンビューグル社、戦前に存在したあの時代の新聞社。

 

 

――――――――――

 

 

それより数時間前、深夜。

 

 闇の中にあるボストン公共図書館から出てきたのはあのコンドウであった。

 

 彼は戦闘の跡から、騒ぎの最初から何があったのかを脳裏に現実のように組み立てて再現しにきたのである。

 結果はわかっている。スーパーミュータントは愚かすぎる決断と無謀な攻撃で、全滅という悲惨な最期を遂げたではどのように?。

 

 得られた情報からわかったことは彼が認めた脅威、レオの恐ろしさを改めて自分の目で確認したということか。

 この男は明らかにオカシイ。

 

 敵も味方も、すべてが滅茶苦茶で大混乱であったはずなのに。

 恐怖や不安に飲み込まれるどころか、まったく感じていなかったかのように判断して動いていた。

 

(殺そう。やはり生かしておくのは危険に過ぎる)

 

 コンドウは固く心に改めて誓う。

 レオは鈍い男ではないはず、今回暗殺者が紛れ込んだことに気が付き。この先には用心して、簡単には近付けさせなくなるかもしれない。

 

(やるならば今すぐ。それも誰かの手にゆだねるのではなく、この手で!)

 

 自分は焦っているのだろうか?コンドウは自問する。

 だが答えは、いつも通りはっきりしていて迷うものはない。

 

 B.O.S.の連邦への来訪は以前からあるだろうと予測はしていた。

 だが、そこにミニッツメンは入っていなかった。

 

 彼らは今、北部全域を手に入れようと動いている――これは間違いなくアキラが動いた結果だろう。

 軟弱な正義感だけを振りかざす民兵集団。それが今、軍隊のように装備と質を高めてきている。

 

 アキラとの決着がつけばいいが。

 このままではB.O.S.とインスティチュートの間にミニッツメンが食い込んでくるかもしれない。そうなる前に手を打つ必要があるのだ。彼らのリーダーをとにかく暗殺する。

 

 もしかしたらそれがアキラとの関係にまた新しい変化を生み出すのかもしれない。


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