ワイルド&ワンダラー   作:鷹雪

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オーバーキルズ Ⅲ (Akira)

 コベナントが新たな客人たちを迎え入れたのは、少し前の事であった。

 その時、居住地の門の前に集まっている集団がいると聞いたドクターは、自分たちはここに来て待つように言われたのだと繰り返し述べる彼らの主張に戸惑いと違和感を覚えた。

 

 というのも、一応の確認のためにと全員の健康状態をチェックしたが。彼ら全員は実に健康そのもの。持病だってないと言う。

 しかし、確かあの若いこの居住地の支配者は以前このドクターに「ここにはミニッツメンか、居住地では治療できない症状を見せる患者なんかを引き受ける。いつかは居住地としても整えるつもりだが、当分はそういうことだと考えてくれ」と言っていたのに。

 その証拠に現在、ここに居るのは患者とその家族、そして自分とロボット。

 

 彼らの主張が正しいと言うなら、あの青年は特別に認めたということか?

 

 だが到着の翌日には、彼らが存在しているというだけで問題だということが次第に分かってくる。

 ここではミニッツメンが訪れる以外には基本、患者たちの回復のための静かな時間が流れるだけだった。あとは看護の疲れが出ないよう、ディーザーのレモネードで誰かがわずかな時間休憩をとるだけ。

 これまではそれでまったく問題がなかったのだが――。

 

 自称、客人たちは静かで何もすることのないここでの生活にさっそく飽きを感じているようだった。

 ドクターや患者、その家族たちに会話を求めてくるくらいは別にかまわなかったが。そのうちにおしゃべりの内容が質問だけとなり。「どうしてここではだれも働かないでいられるのか?」「なぜ弱った人だけがここにいるのか?」「恐ろしい人たちはなぜここに来ないのか?」など、答えが難しい疑問をぶつけるようになる。

 さらにそれは会話から態度へとエスカレートし始め、ドクターの仕事の邪魔を仕掛けたり。いたずらで迷惑かけたり、検査結果やこれからの治療における考察や記録を勝手に患者に漏らしたり。

 次第に居住地の中に険悪な空気が流れるが。彼らの態度はまったく改められる気配がない。ストレスだけが溜まっていく。

 

「誰か説明してください!なんですか、あの人たち。弱っている病人相手に話すように要求して。我が物顔で滅茶苦茶やる!」

「まったく、なんで静かにできないんだ!」

 

 一つ救いがあるとするなら、それは客人としてやってきた彼らが実は全員レールロードから送り出されてきた自由にするための人造人間たちだと気づかれなかったこと。

 だが、それも時間の問題かもしれない――。

 

 ある日、コベナントの住人たちは何者かに自分たちの私物が荒らされていることに気が付いた……。

 

 

――――――――――

 

 

 不思議そうな顔をしているシート―を脇において、アキラはこのサファリアドベンチャーに設置された声明の技術を知り。圧倒されていた。

 かつてシート―の家族として迎えられたものの、何らかの理由で命を落としたと言う科学者の謎。ゲータークローなどのデスクローの亜種がここにだけ誕生した理由。終わってみれば、すべてを明らかにしてくれていた。

 

 だが――。

 

「どうした人間?めずらしく悩んでいるようではないか」

「――困った。参った」

「いいぞ。お前の困った顔は小気味いいな。近くでもっと見せてもらおう」

「ああ、楽しんでくれジェゼベル。ついでにその理由もお前に教えてやるさ」

「なんだ?不気味だな、嫌な予感がする」

「お前のようなのが工場で作られた、とするなら。この場所は生命の誕生を可能にする工場だ。

 文学的な表現ってやつをすると機械で出来た醜い巨大な子宮って奴だよ。この意味が分かるか?」

「お前のような極悪人が喜ぶ機械(オモチャ)を見つけたんだな」

「おいおい、自由と知能の信奉者がその程度の視野しかないのは失望だ。いや、ジェゼベルならそれも納得か」

「なんだと?」

 

 アキラがローグスに与えた指示に従わず。他のロボットたちがフロアの中の計器類のチェックを行っている中。珍しく上機嫌でこちらに話しかけてきたジェゼベルを軽くからかいつつ、しつけてもやる。

 その相手をしながらも、僕の脳はフル回転で「ここをどうしたら一番いい?」と考える。この生命創造のシステムは近くあのレイダーのどれかに引き渡す契約となっている。それは危険なことだし、いっそのこと”計画”を前倒しにするべきか?

 

「僕がここでお前たちを使って暴れていたのは、レイダーって子分面した馬鹿どもにここを譲ってやるためなんだ。

 だから当然、そのうち奴らの誰かが喜び勇んで居座ることになる」

「それがどうした?」

「マーケットを見張らせていたのに、あそこにいる奴等の脅威度はチェックしなかったんだな。

 ここにきた奴がこのシステムの正しい使い方を理解したら、どうなると思う?」

「……レイダー(無法者)が?ここを?最悪だ」

「随分控えめな感想だな。ネズミモグラ人間、なんて”商品”をつくらないと誰が断言できる?」

「ああ、お前はそうするということだな。

 だがなるほど、確かにお前ほど邪悪な人間がいるなら。似たようなことをやる奴がいてもおかしくはない。納得したぞ、愚かな人間」

「デスクローならぬ、ヒューマン・クローも作れるな――あんまり強そうじゃないけど」

「お前、実は楽しんでるな?つまらん……」

 

 離れていくジェゼベルと入れ違いにシート―が近づいてきた。

 

「トモダチ、終わったのか?これで?」

「ああ――そうだね。君が教えてくれた家族の……ドクターの問題は解決した。もう、君の家族を襲おうとするあいつらは戻ってこないと思う」

 

 凶暴で危険なゲータークローではあったが、どうやら個体数を増やすことにはそれほど熱心ではなかったようだ。

 群れるより、園内をバラバラで徘徊してくれたおかげで。実際のところシート―とローグスだけで事は十分に足りていた。僕はほとんど指示と推理、見学だけのためにここに居たようなものだった。

 

「そうか!シート―、本当にうれしい」

「それでなんだけどシート―。友達として質問があるんだ」

「なんだ?何でも聞いて」

「実は僕がここに来たのは、僕の知り合いたちをここにうつらせようと考え。様子を見に来てのことだったんだ」

「ああ――そうだったのか」

「それでちょっと聞きたいんだけど、君は彼らが来ても仲良くできないかな?」

 

 軽い感じで聞いてみたのだが、シート―は無表情になって返してくる。

 

「シート―は友達でなければ絶対に信用しない。そんなやつらと生活はできない」

「ああ、そうか。そうなんだ……」

 

 まさかこうハッキリといきなり断られるとは考えてなかったが、シート―の考えはしっかりとしているとわかったことで。今回は自分がうかつ過ぎたのだと舌打ちする。

 

 だが、まだまだここからだ。

 困った顔で頭を掻きつつ、片手でポケット薬剤のケースのなかをまさぐり。指の間にメンタスの1錠を挟んで自然に口元に持っていく。

 フルーツの味が口内にひろがるの構わず急いでかみ砕いて飲み込むと、唸り声をあげることでさらに時間を稼いだ。

 

 あとは自然に口を動かせば、勝手に効果が出てきてくれるはず。

 

「うーん、そうなるとだね。シート―、君の友達として僕は。君が救えなかった家族、つまりドクター・マクダーモットの問題はまだ残っていると言わないといけなくなるんだよね」

「どういうことだ、友達?お前はさっき終わったとシート―に言った。あれは嘘だったのか?」

「まさか、そんなわけがないだろう?よし、それじゃ説明させてくれよ。それで意味は理解してもらえると思うんだ」

 

 そう言うと僕はシート―の太い腕をとり、フロアのヌカ発生再現装置の前に連れていく。

 

「この場所にある装置を使うには、このターミナルから指示を出すんだけど。こいつはG.E.C.Kと呼ばれている環境改善装置に似た、ものすごい力を秘めたものなんだよ」

「でも危険なものだ。友達、シート―はこれを壊すべきだと思う」

「シート―、僕はそれはいい考えだとは思えない」

「どうして?」

「君の家族だったドクターのそれが意志だからだよ。彼はこれを使って、このエリアを守ろうとしたんだ。まぁ、残念ながら大失敗に終わったけど」

「……それはもうわかった」

「なら、シート―。もう一回だけ考えてほしい。

 博士はこの場所を守るためにあんな危険なゲータークローを生み出してしまった。それは間違いではあったけど、そんなことになるとは考えなかったし。なにより家族である君たちを守るためにしたことだ。

 ここの安全を保つには、外から来る脅威に数の差がどうにかしないと、とね」

「んんんん、難しい話。シート―、困る」

「わかってる。だからこうして君に隠すことなく話しているんだ。彼の考えの出発点は別に間違ってはいない。ゴールがひどいものだった、というだけでね。

 だから僕は考えた。ドクターの意思を尊重し、君たち家族の安全に力になるならどうしたらいいって。それがさっき言ったこと、僕の知り合いたちを隣人に迎えて貰えないか、だったんだ」

「だけどそれも難しい。シート―、どうしたらいい?」

「これも僕が考えたんだけど、彼らも君の友人として付き合ってみないかい?僕も彼らに君を友達として尊重するように言っておくから。

 どうしても無理なら、僕が何とかする。これは友達として約束する」

「シート―、友達が増えるということか?たくさん、たくさん!それはなんか、いいことのように思う」

「それとシート―、この装置の事もそれとは別にして頼みたいんだ。これは君と僕ら以外、誰にも触れさせないでほしい。破壊するのもダメ」

「なぜだ?なぜ壊したらいけない?」

「恐らくだけど、破壊してしまうとこのあたり一帯は生物が死んでしまうような毒が発生する可能性がある」

 

 いや、これはまったく嘘ではない。

 装置をそのように操作すれば、それくらいはできるという意味だ。飽くまでも危険性について触れているだけなのだ。騙してはいない。

 

「わかった、シート―このことは誰にも教えない。見張るのも任せろ、友達」

「提案を聞いてくれてありがとう、友達のシート―。

 僕らはもう少しここを調べるつもりだけど、君は家族にいい知らせを早く教えてあげたらいいと思う」

「うん、わかった。また会えるよな?」

「もちろんさ!またここに顔を出させてもらうよ、君に頼んだ装置の事もあるからね」

 

 にっこり笑いかけ、今度はお互い普通に――だけど固い握手を交わして別れた。

 

 沈黙がしばしフロアを支配した。

 僕は首を左右に振り、若い体に肩の凝りを感じて眉を顰める。友達は騙してないし、本当のことも確かに言った。

 でもやっぱり全てを話すことはしなかったし、友人に誠実だったともいえない。

 

「確認しました、アキラ。この建物から生体反応はこの部屋だけです」

「よし、とりあえず機械はドクターのデータを使用して再稼働させるが。その後で凍結するぞ」

「了解しました。凍結方法はどのように?」

「ここもどうせVault-Tecの技術が使われてる。Vault88で回収した、監督官用の管理ツールが使えるはずだ」

 

 スラスラと指示を出す僕にジェゼベルだけが不満そうだ。

 

「さすがは極悪人だ。ここにお前は友人や手下と呼ぶ奴らを”閉じ込める”というわけだな」

「神のなさることは不可解、今回もお前の理解をこえてしまってすまないな。ジェゼベル」

「お前は神ではない。恐ろしく傲慢で愚かなただの人間だ」

 

 首をすくめて返す。

 今日だけは、この狂ったロボットの言葉が妙にすがすがしいものに聞こえて新鮮だった。

 

「ついでだから確認しよう、ガクテンソク」

「はい」

「制圧したギャラクティックゾーンから、ロボットたちの武器の回収は終わってるな?」

「すでにひと通り。もう一度探してきますか?」

「そこまでしなくていい……それにしてもヌカ・コーラの生みの親、ジョン・ケイレブ・ブラッドバートンか。ヌカ・コーラ・クアンタムを使用した液体爆薬、コバルト計画。あんなとんでもないものが実用化していたとはね」

「おぞましい考えを持つ同類がいて悔しいのか?人間」

「いいや、ロボット。もっと計画の深い部分が知りたいと思ってるだけだ」

「今後のスケジュールはどうなりますか、アキラ?」

 

 スケジュール、か。

 ヌカ・ワールドは今日でちょうど半分が解放されたことになる。レイダーもいつまでもエサを前にぶら下げられては我慢できないだろうし。

 だからといって、奴らのために全てを解放すると。今度はキンジョウらがここの価値がなくなったと判断して出てこなくなるかもしれない。

 

「とりあえず数日は様子を見ることになる。その後は――レイダーにエリアをくれてやらないと、ゲイジが不満だろうな」

「かなり難しいかじ取りが必要になりそうです」

「しくじったらお前は八つ裂きにされるだろうな」

「安心しろよ。何せ僕はお前の生き神様だ、7日後には戻ってきてやるさ」

 

 皮肉を返しながらも、予定の変更は特にないことを告げた。

 とはいえ、こうも動きがなさ過ぎてはハンコック達(仲間)をここに置いていい理由にはならない。僕が動くのに合わせて、彼らにもここを出るよう伝える必要があるだろう。

 両者が知り合いだ、などと勘繰られることのないようにしないと――。

 

(なんにしても、ここからまた離れる時が来たか。ゲイジは嫌がるだろうが、ここでオーバーボスを楽しんでばかりはいられないしな)

 

 頭を切り替えようとすると、改めて失望を感じている自分に気が付いた。これまでは自分をあれほどしつこく追ってきたキンジョウであれば、必ずここでも何かを仕掛けてくるだろうと思っていたのに。

 隠し続けている復讐心を押さえつけ、危険を冒し。ハンコックにも来てもらったのにこんなこと(何も起こらなかった)になるとは――。

 

 まだ終わってはいないものの、アキラはヌカ・ワールドへの帰還に失望の思いを抱き始めていた。

 

 

――――――――――

 

 

 無事にヌカ・ワールドへの侵入を果たしたコンドウらに2流と呼ばれた暗殺者たちだが。

 マーケットの中を散策していると、硬い表情のレイダーの一団が彼らにぶつかっても何も言わずに通り過ぎていくのを見やる。

 

 別にプライドだとか、舐められた、屈辱だ、などと感じてそうしたわけじゃない。

 彼らの表情からただならぬ気配を感じたのだ。そして仲間のひとりに目配せしてそれを追わせる――。

 

 そんなレイダーの一団――つまりオペレーターズは本当に焦りを感じていた。

 マグズが会見上、ハンコックに対して女たちの安全を保障してしまったために。彼らはこうして慌てて店を飛び出してきたわけだが。

 

 キュリーは宿に残っていることを確認し、ケイトはマーケットに向かったとの情報はすぐに手に入れることができた。

 ところがそのマーケットに肝心のケイトの姿がないのである。

 彼女についてここの住人たち住人達(奴隷)は「さっきまでそこにいた」しか言わないので、苛立ちが募っていく。

 

 マーケットの側にあるパックスの領地からは、不快にもなにやら盛り上がる歓声が定期的に上がっており。それがあせる彼らの不愉快さを増していく。

 

「クソ、グールのお気に入りの女の尻ひとつ見つからないなんてっ」

「そんな言い方はやめろ。冗談じゃすまないぞ」

「もしかして外に出たというのは考えられないか?だがそうなると、すぐには見つけられないぜ」

「焦るな。荒野は危険しかないんだ、女がひとり。のんきに鼻歌交じりに散歩しようなんて考えないだろう」

「情婦だぜ?馬鹿じゃないって、どうして言えるんだ?」

「俺達のためにそう言ってるんだよ!スカタン!!」

 

 戻ってマグズに「片方は見つけられませんでした。消えたんです」なんて報告はできない。

 そんなことを口にしたら、どんな制裁が待っているか――。

 

 パックスの領地からまたも歓声が上がり、オペレーターズは次々に舌打ちしたが。

 そこに顔を真っ青にした仲間が戻ってきた。

 

「お前はどうだった?見つけたか?」

「見つけたと思う、多分」

「なんだそりゃ?それなら早く言えよ。俺達の命がかかってるんだから、な……」

 

 せかす間にも、真っ青な男はゆっくりと自分の背後を指さしていた。

 彼の指す方角を見て、徐々に仲間たちの顔色も蒼くなっていくのがわかった。

 

「見た奴がいた。ハンコックの女、あのメイソンに会いたいって要求したって」

 

 いつも理解不能で不愉快なパックス共が、なぜ騒いでいるのか理由が分かった。

 それは最悪の展開が待っていた。

 

―――――――――

 

 

 残念、ということもないが。

 ケイトの頭には結局、天から名案は降っておりてくることはなかった――。

 しかしその間にも、パイパーのいる奴隷の列は進み続け。パックスの扉の向こう側へと入って行ってしまう。

 

「くそっ……そうだよね、女は度胸。ブッコロスくらいでいけば、なんとかなる!」

 

 珍しく弱気になりかける自分をそうして叱咤すると、笑顔を貼り付け。できるだけ自然に振舞って門番に立つパックスたちに話しかけていった。

 

「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけどさ。あんたたちのボスとお話がしたいんだけど?」

 

 奴隷商をやるレイダーに詳しいわけじゃないが。

 レイダーというのは言ってみればボスの気分次第で話は難しくもなれば、簡単にもなるのはわかっている。コンバット・ゾーンの客はそういう奴ばかりだった

 賢いやり方かどうかはわからないが。

 パイパーの価値にパックスが気が付いていないことを祈りつつ、「頂戴」と言ってもらってきてしまおうという作戦だった。

 

 

 いつものようにメイソンは自分の席に座り。パックスのすべてを見守っていた。

 帰還から騒がしくしたことで、オーバーボスの機嫌を損ねたのを察してはいたが。同時に3人のボスとゲイジに先んじてアキラの本質に触れることができたと確信も持っていた。

 

 (あれもまた獣なのだ)、と。

 ハンコックがそうであるように、悪党としての魅力を。理由のない強さを持っている男だと改めてわかった、今後はもっとうまく話し合いができるようになるだろう。

 

「メイソン。マーケットの客が、あんたに話があると」

「ここに寄越せ、いつも通りでいい。なぜわざわざ聞いた?」

「――それが、あのハンコックのイロなんですが」

 

 構わない、そうやって無言でいると部下は勝手に理解してケイトを門の外から連れてくる。

 

(いい女だな。男の視線をよく引き付けてる、だが――)

 

 通り過ぎていく男達の横で、口冷えや低い吠え声を。力強い歩みと笑みだけでかわしていくケイトを一瞥しただけで、メイソンの鼻がひきつく。

 そんな仕草の中にメイソンの野生は危険をかぎつけていた。

 暴力の匂い、怒りを伴った血の匂い。あの女はそれを隠そうとしている。

 

「ハンコックの女だな。なにかパックスに用か?」

「ええ、あるわ。あなたたち奴隷の商売をしているんでしょ?買いたい娘がいるの、売ってくれる?」

「それは正しくないが。確かに時々だがそれらしいことはやっている。誰だ?」

「ついさっき、マーケット脇を運ばれていく中にいたわ。すごい美人」

「それだと難しいかもな。まだ品定めが終わってないだろう、値段が付けられていない。まだ商品ではない」

「そこは――ちょっと融通してもらえない?」

「それよりも、支払いはどうする?だれが払うんだ」

「値段を言って。キャップが足りるならここで私が。足りないとなったら、ハンコックに言わないといけなくなるけど」

「お前が本気で言っていると、どうして思える?ただのハンコックの情婦に」

 

 ケイトの顔に不愉快な影が走った。

 

「淫売相手には商売できないって言うの?面白いじゃないのさ」

「なら本当のことを話せ。なぜその女がいる?」

「……あのね、愉快な仲間を率いているボスさん?

 ハンコック市長の相手は、私が彼にかわって決めてるの。もちろん、彼が不満を感じないように彼のお相手は私が個別に仕込んでもいる。

 連れの娘も私が仕込んだわ。でも、市長はあれでなかなか強いのよね。こっちも楽がしたいからそろそろ新しい娘を用意したいと思ってたの」

「それを俺が信じる理由はないな」

「と言われてもね、あんたが気のすむような答えを言ったら、今度はウソをついたとなるわね」

「そうか。それならこうしよう、値段を決めた。それをお前が払えるなら、好きに連れていけ」

「そうこなくっちゃ」

 

 話がどうなるのか、いつになくメイソンが意外にもナーバスなところを見せるので。

 パックス達は、息をのんで目を伏せ目がちにしながら遠巻きに見守っていた。

 

「女、そこの檻の中でパックスの5人を相手にしてみろ。終わってまだ生きていたら、女はお前が連れて行けばいい」

「乗った!」

 

 ケイトの威勢の良い返事と、そこに出てきた物騒な笑みを見て。ようやくメイソンの心は落ち着こうとしていた。

 この目の前の情婦がただ者ではないことが証明され、メイソンの勘はやはり当たっていたことがまたしても証明されたのだ。

 

 

―――――――――

 

 

 コンバットゾーンの王者だったケイトは、あそこでは100戦をこえる連勝をやっていた。

 

 檻の中に入れば、ただそれだけで気迫が満ち。勝手に殺気立っていく。

 3人の男たちがまず声を上げ、数分と持たずにケイトの前に倒れ伏し、血まみれになって外に出されていった。

 

 4人目は女が声を上げたが、ケイトはこれもまた容赦なくぶちのめしてやった。

 

 この頃になると門の外でオペレーターズの部下たちが中に入れろと押し問答を始めるのだが、メイソンたちはそれにまだ気が付いていない。

 

「それで?次は誰が?」

 

 もはや隠すのも忘れ、コンバットゾーンのケイトは物騒な笑みを浮かべて次の挑戦者を煽る。

 パックスは決して臆病とは無縁な連中だったが、ハンコックの情婦とはいえ。これほどの腕を持つということは、戦士であるということでもある。

 ということは、対峙すればこの女をからかうなんてのはできない。本気で相手をしなくちゃならない、それこそ殺すつもりで。

 

 しかし、先日はハンナのような実力者たちがそろってオーバーボスのエサに飛びつき、全員が八つ裂きにされたばかりだ。

 ここでハンコックの女を間違って殺しでもしたら、今度こそパックスはオーバーボスの逆鱗にふれるのではないか?その考えが、安易な立候補を口にすることをためらわせる。

 

 挑戦者ナシ、そうなればメイソンは仕方なく。ケイトに奴隷をくれてやらなくてはならない。

 正直、パイパーの情報を知らなかった彼らはそれでもいいと心の中では半ば考え始めていた。

 

「どう?それとも終わり?」

「わかった。俺がやろう」

 

 ところがここでパックスのリーダーが声を上げると同時に『メイソン!』と仲間は叫んだ。

 さすがに自分たちのアルファの行く手を遮りはしなかったが、周囲に集まって何とか思いとどまらせようとした。

 当然、メイソンの機嫌は悪くなるが。今回ばかりは彼の仲間たちも引き下がるわけにはいかない。

 

「ボス、俺たちはすでにハンナの件でオーバーボスを怒らせている。ここで間違ってもハンコックの女を壊しちまったなんてことになったら、おしまいだ」

「……」

「メイソン。あの女はマズいよウ。動きがプロだ、冗談じゃすまなくなるよゥ」

「ここはアンタじゃなくても――」

「ちょっと待ちなよ!あたしはちゃんと聞いた。5人目は誰かってこの目と耳でね」

 

 必死に説得しようとしてるのに。命拾いさせてやろうとしているケイト自身が、ここでなんと横やりを入れてきて。パックス達の怒りの目が彼女に集中するが、本人は涼しい顔を見せる。

 

「勝手に変えるとか決めてもらっちゃ困るね。こっちも対価を払って、お願いをしてるわけじゃないんだからね。好きに話を捻じ曲げるって言うなら、帰らせてもらうよ」

「ふざけんなっ、そんなことさせるかよっ」

 

 調子に乗るな、黙ってろと声が上がるが。

 ケイトが戻ると言い出したことで、パックスはますます自分たちが追い詰められているような気分に陥っていく。

 それがまた、メイソンの機嫌を悪くさせる。

 

 そしてこの啖呵を切ったことで、門の外にまでケイトの声が響いてしまい。

 門で押し問答していたオペレーターズも顔色を変えて騒ぎ始める。このままなにもしなければ数分とたたずにゲイジに知らせが入り。オペレーターズと会談中のハンコックにも知らせが走ることになるだろう。

 

 メイソンは決断を迫られていた。

 

「――この女が言う、奴隷は確認したか?」

「ああ、ボス。レインズが確認して、今取りに行ってるよ」

「ハンコックの女!」

「やるのかい?」

「いや、賭けはお前の勝ちでいい。商品を受け取ったら帰れ」

「――そ、残念」

 

 ケイトはここでようやく余裕が生まれる。

 背後にパックスのひとりに連れられ、言いなりになっているパイパーの姿を確認した。

 

 ケイトは演技を続けようとして、自分を見てもまったく表情も感情も見せようとしない抜け殻のようなパイパーを……。

 

 

――――――――――

 

 

 ゲイジが駆け付けるのと入れ違いにケイトがパイパーを連れて立ち去るのを確認すると。

 暗殺者のひとりは顔を隠したまま、その場から離れて仲間たちの元へと戻った。

 

「なにがあった?」

「――もしかしたら罠なのかもしれないぞ。ハンコックの女のひとり、あれは普通じゃない」

 

 そう言って何があったのかを話して聞かせる。

 やはり護衛はたったひとりのライフルマンというのは見せかけなのだ。

 これはハンコック以外の全員が奴の護衛だと考えたほうがいい。

 

「それで、どうする?」

「どうする、とは?」

「このままやるのか、ハンコックを」

「殺る、連邦じゃこんなチャンスはない。俺達が奴にここまで接近しても気が付かれないなんてのはな」

 

 かつてボッビと呼んだグールも言ったが、連邦の人間の多くはグッドネイバー市長を愛している。

 あそこで暗殺者たちが近づけないのも、彼の近くにある目のどれかに見られたら。たちまちのうちにその正体と存在が市長の耳に入ってしまうからだ。

 

 だがここはヌカ・ワールド。

 3つのレイダーが表面上は穏やかに付き合い、流れ者のオーバーボスを担ぎ上げることで何とか調和を保っている混沌の世界。

 ハンコックの目と耳はふさげるが、だからといって彼らの安全もまた、全く保障されてもいない。

 

「侵入と脱出方法は1度だけど、用意されている。

 つまり俺達は今夜襲撃し、仕事を終わらせることができなければ連邦にはもう戻れないということになる」

「その覚悟はしてる。チャンスだとわかってるさ、皆」

 

 依頼人はここまでは約束を守っている。

 彼らは彼らで、約束を守らなければ明日の朝を誰一人として迎えることはないだろう。

 

「体を休めておけ――」

 

 全ては深夜、寝静まった後に決着はつく――。

 

 

 シルバー・シュラウドではなく。元のブルーのスーツ姿で、傷一つない顔でフィズトップマウンテンへと戻ってきたアキラをポーター・ゲイジが迎える。

 「今日の成果はどうだった、ボス?」「まぁまぁさ」

 この2人の会話は連日のこと変わることはない。

 

 ギャラクティックゾーンはもちろんだが、ゲイジはドライロック・ガルチとサファリアドベンチャーにアキラが手を伸ばしていることは薄々理解している。しかし、アキラはとぼけてハッキリとは言わないし。それはつまり「まだエサをやるつもりはない」という意思表示でもあった。

 しかし、この日はそうはいかなかった。

 

 ハンコックとマグズの会談は、難しいものとなりはしたが。

 少しばかりのビジネスと、将来に向けた話題を交わすことができたということで。オーバーボスの要求にこたえたと、結果を出したことになる。

 

 しかし一方で、ハンコックの連れの女とメイソンたちパックスが騒ぎがあったと聞くと。アキラの表情が自然と固くなる。

 それを見て、ゲイジは慌ててメイソンのフォローに入った。

 

「ちょっとした食い違いがあったというだけさ、ボス。メイソンは馬鹿じゃない」

「ハンコックとの話をぶち壊すタイミングで、というところが問題だろうよ」

「落ち着けよ、ボス。あいつら、美人を見て少しからかいたくなっただけさ。別にハンコックからは苦情は来ていないし。マグズの結果は無駄にはならなかった」

「メイソンに優しいな、ゲイジ」

「そりゃ――当然だろう、あんたが戻ってくれて皆がやる気になっているんだ。ちょっとばかりはしゃぐ奴がいたからって、いちいち血を流す趣味はあんたにはないんだろう?」

「ニシャなら違う答えだったか、ゲイジ?」

「俺はあんたに話しているのさ、ボス。それにメイソンはしくじったわけじゃない。奴隷をひとり、ハンコックに贈ったそうだ」

「それで揉めた?」

「おいおい、機嫌を直せって。あいつらの利用価値は、本当はあんたもちゃんと誓いしているはずだ」

 

 不機嫌なオーバーボスを演じつつも、心の中で僕は考えていた。

 メイソンに話をしたというのはケイトだ。彼女は別に馬鹿ではないから、騒ぎを起こしたというなら理由があるはず。

 すぐに理由を知りたいが。丁度ここから離れるタイミングを、などと決めた直後だけに。危険を冒してまで接触を図るのはできれば避けたい。

 

(無効にはハンコックもマクレディもいるんだ。マズいことにはならないだろう)

 

 まぁ、そんなことはまったくなかったわけだが――。




(設定・人物紹介)
・ドクター・マクダーモット
ヌカ・ワールドの開発者のひとりでありグール。

・ヌカ発生再現装置
ゼロから生物を誕生させることができるという超技術。恐らくは無尽蔵のクローン生成装置だと思われる。
長らくこの場所で人々が暮らせるよう、飢えないようにと使われてきた。

・コバルト計画
ヌカ・コーラの新フレーバー開発に偽装した、ヌカ・コーラ・クアンタムを軍事転用しようとした計画らしい。どうやらクアンタムの登場自体、この計画に関係があった模様。

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